◆H16. 9.15 東京高裁 平成13(行ケ)159 特許権 行政訴訟事件
平成13年(行ケ)第159号 特許取消決定取消請求事件(平成16年9月6日口頭弁論終結)
判 決
原 告 株式会社ノーザ
訴訟代理人弁理士 大塚康徳
同 高柳司郎
同 大塚康弘
同 木村秀二
同復代理人弁護士 和田信博
被 告 特許庁長官 小川洋
指定代理人 西村泰英
同 田中秀夫
同 高橋泰史
同 伊藤三男
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が平成11年異議第73186号事件について平成13年3月1日にした決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「歯科情報処理方法及び装置」とする特許第2860279号発明(平成7年11月9日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成10年12月4日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがされ,平成11年異議第73186号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成12年3月6日付け訂正請求書により,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「訂正明細書」という。)をする旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をした。
特許庁は,同事件について審理した結果,平成13年3月1日,本件訂正請求は認められないとした上,「特許第2860279号の請求項1乃至8に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同月22日,原告に送達された。
2 訂正明細書の特許請求の範囲記載の発明の要旨(下線は訂正部分)
【請求項1】患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置であって,
患者に対する治療情報を入力する入力手段と,
患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段と,
前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して当該治療を行なう患者の治療部位の状態を認識する認識手段と,
前記認識手段の認識した当該治療を行なう患者の治療部位の状態に従って現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面を表示する表示手段とを備え,
前記入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理装置。
【請求項2】前記表示手段が表示する歯の表示状態は,口腔内の全ての歯の少なくとも歯牙情報及び歯周の状態を視覚的に表示するものであることを特徴とする請求項1記載の歯科情報処理装置。
【請求項3】前記表示手段が表示する歯の状態表示として未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,治療済みの歯を互いに区別可能に表示することを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の歯科情報処理装置。
【請求項4】前記表示手段は,表示する歯の表示状態として併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示することを特徴とする請求項3記載の歯科情報処理装置。
【請求項5】患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段を備え,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置における歯科情報処理方法であって,
患者に対する治療情報を入力する際に前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して当該治療を行なう患者の治療部位の状態を認識し,
認識した当該治療を行なう患者の治療部位の状態に従って現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面を表示し,
前記表示入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理方法。
【請求項6】前記入力ガイダンス画面は,口腔内の歯の少なくとも歯牙情報及び歯周の状態を視覚的に表示させ,未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,有髄歯,無髄歯,治療済みの歯を互いに区別可能とすることを特徴とする請求項5記載の歯科情報処理方法。
【請求項7】前記入力ガイダンス画面における口腔内の表示情報は,併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示するものであることを特徴とする請求項6記載の歯科情報処理方法。
(以下,【請求項1】〜【請求項7】の発明を「訂正発明1」〜「訂正発明7」という。)
3 設定登録時の特許請求の範囲記載の発明の要旨
【請求項1】患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置であって,
患者に対する治療情報を入力する入力手段と,
患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段と,
前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報より当該治療を行う患者の治療状態を認識する認識手段と,
前記認識手段の認識結果に従って少なくとも画面の一部に現在までの患者の口腔内の歯の状態を含む入力ガイダンス画面を表示する表示手段とを備え,
前記入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理装置。
【請求項2】前記表示手段が表示する歯の表示状態は,口腔内の全ての歯の少なくとも歯牙情報及び歯周情報を視覚的に表示するものであることを特徴とする請求項1記載の歯科情報処理装置。
【請求項3】〜【請求項4】は,上記2の【請求項3】〜【請求項4】と同じ。
【請求項5】前記表示手段は,入力ガイダンス画面に前記登録手段の登録情報より治療中の歯を入力候補として優先的に表示させることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の歯科情報処理装置。
【請求項6】患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段を備え,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置における歯科情報処理方法であって,患者に対する治療情報を入力する際に前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報より当該治療を行う患者の治療状態を認識し,認識結果に従って少なくとも画面の一部に現在までの患者の口腔内の歯の状態を含む入力ガイダンス画面を表示し,前記表示入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理方法。
【請求項7】前記入力ガイダンス画面は,口腔内の歯の少なくとも歯牙情報及び歯周情報を視覚的に表示させ,未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,有髄歯,無髄歯,治療済みの歯を互いに区別可能とすることを特徴とする請求項6記載の歯科情報処理方法。
【請求項8】前記入力ガイダンス画面における口腔内の表示情報は,併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示するものであることを特徴とする請求項7記載の歯科情報処理方法。
(以下,【請求項1】〜【請求項8】の発明を「本件発明1」〜「本件発明8」という。)
4 決定の理由
決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,訂正発明1〜7は,いずれも特開平2−121657号公報(甲3,以下「刊行物1」という。)及び平成7年9月1日日本歯科新聞社発行「歯科コンピュータカタログ1995年版,dental computer '95」(甲4,以下「刊行物2」という。)記載の発明(以下,それぞれ「刊行物1発明」,「刊行物2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)ができないものであるから,本件訂正請求は,特許法(平成15年法律第47号〔平成16年1月1日施行〕による改正前のもの。以下同じ。)126条4項の規定に適合しないので,本件訂正は認められず,本件発明1〜8は,いずれも刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は同法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
第3 原告主張の決定取消事由
決定は,訂正発明1〜7の対比判断を誤り(取消事由1〜5),本件発明5の進歩性の判断を誤った(取消事由6)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正発明1の対比判断の誤り)
(1) 決定は,刊行物1発明の「上側の辺に沿って患者名等の情報が表示され,中央左側には歯の模式図が示され,中央右側のボックス内には,『生活歯』,『失活歯』,『欠損』などの歯の状態を表す絵記号等が示され,下側の辺に沿ってコメント形式で入力指示等が示されている画面(第1図の画面)を表示するCRTディスプレイ」(甲3の第1図)が,訂正発明1の「認識手段の認識した当該治療を行なう患者の治療部位の状態に従って現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面を表示する表示手段」に,刊行物1発明の「矢印を所望の位置に設定すると,その歯番の位置がブリンク(点滅)し,第1図の右に示した各データを入力する場合,次の手順による。(1)永久歯か乳歯か・・・をキーインする。(2)根管数を1〜4で指定・・・する。(3)生活歯か失活歯か・・・をキーインする。(4)欠損のときは1をキーインする。(5)分割抜歯は1をキーインする。以上の手順は前記矢印で歯牙を指定して『入力』キーを押下すると,各々カーソルが(1)〜(5)に順次移動し,各々の歯牙の状態がキーインに応じて図形表示される」(同3頁左下欄最終段落〜右下欄第2段落)とする一連の入力手法が,訂正発明1の「入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とする」にそれぞれ相当する(決定謄本7頁第2段落〜第3段落)と認定したが,誤りである。
(2) 訂正発明1における入力ガイダンス画面とは,治療情報を入力する際の指針(ガイダンス)を与えるという意味でのガイダンス画面である。すなわち,口腔内の歯の現在の状態をガイダンス情報として示すことにより,現在の歯の治療の進行状況を容易に把握することができ,かつ,当該歯の状態の表示と,治療情報の入力表示が同一画面上に表示されることにより,「前記入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とする」(訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】)ものである。これに対し,刊行物1(甲3)の「矢印を所望の位置に設定すると,その歯番の位置がブリンク(点滅)し,・・・各々の歯牙の状態がキーインに応じて図形表示される」(3頁左下欄最終段落〜右下欄第2段落)との記載は,第1図の左側に表示された口腔内情報について,当該表示内容を変更する場合は,同図右側に示された入力データを参照して行う旨を記載するにすぎず,同図右側に示されたデータは,歯の状態を示す図形を変更するためのガイダンス情報であって,治療情報を入力するためのガイダンス情報として機能するものではない。訂正発明1は,本件特許出願の願書に添付した図面(甲2参照,以下「本件図面」という。)の【図8】に代表されるように,同一画面上に口腔内情報と治療情報入力部を並列に表示した上で,口腔内情報を,治療情報入力時の指針を与えるものとして利用することを特徴とするものであり,訂正発明1のこの特徴は,刊行物1には全く開示されておらず,そのような示唆もない。
(3) また,訂正発明1の入力ガイダンス画面は,登録手段に登録された患者の歯科治療情報に基づいて認識された当該治療を行う患者の治療部位の状態に従って,現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含むものである。これに対し,刊行物1の第1図中央左側の模式図は,初期メニューであって,単に入力データを格納する部位を特定するために,永久歯であれば32歯分を「●」で表示し,現に入力した情報を確認するために,キーインに応じた図形表示を行うものにすぎず,訂正発明1のように,表示に現在までの治療行為を反映させ,これからの治療行為を正しく導くガイダンス機能を持たせるような発想はない。刊行物1には,「前記メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示する」という記載はあるが,これは,初期メニューの模式図において32歯分を「●」表示にするための図形データと,データ入力が行われた場合に,その入力内容をその場で確認するために模式図に表示するための図形データとを内部メモリに格納することをいっているにすぎず,入力ガイダンス画面として「現在までの患者の口腔内の歯の状態を治療履歴を反映して表示する」ものではない。刊行物1の第1図には,患者の情報と共に,「前回63.12.12」という表示(第1図右上部)がされていることから,第1図の模式図は「初診時の患者に対する初期メニュー」ではないことが分かるが,このように再診時においても,当該模式図に初期メニューと同じ「●」表示がされるのは確実であって,前回までに処理された内容を反映して表示するものではない。また,刊行物1の模式図に,過去の入力内容が表示され,現在までの患者の口腔内の歯の状態が反映されるとすれば,新たに入力したデータが過去の入力データと混在して表示され,新たに入力したデータの区別が不明確になるので,歯牙の指定が容易ではなくなるから,模式図が患者の治療の履歴まで反映して表示するとすれば,刊行物1発明が本来想定する目的と矛盾することになる。
2 取消事由2(訂正発明2の対比判断の誤り)
訂正発明2の本質は,口腔内情報として,歯牙情報と歯周の状態を示す歯周情報を同時に対比させてガイダンス画面に表示することにある。本件図面(甲2参照)の【図6】には,同一画面上に,口腔内情報と治療情報入力部が並列に表示されており,口腔内情報を表示する部分には,上顎と下顎の歯牙情報と対を成して歯周の状態が示されている。この表示は,【図8】に示される治療情報入力画面におけるガイダンス画面にも反映され,これにより,歯周情報と歯牙情報とをセットで表示する口腔内情報を治療情報入力時の指針を与えるものとして利用することができる。これに対し,決定が引用する刊行物2(甲4)の模式図(27頁,28頁)には,歯牙情報と歯周情報を示す画面が表示されたCRTディスプレイが記載されているが,単に歯牙情報と歯周情報から成る口腔内情報のみを示すにすぎず,歯科治療情報の入力画面は表示されていない。また,刊行物2の28頁右下部に記載された「診療内容入力」では,入力画面がカルテと全く同じ画面表示である旨が記載されており,入力画面には,口腔内情報が表示されないから,歯科治療情報を入力するためには,口腔内情報を表示する画面から,当該入力画面に切り替えて入力を行わなければならないことが分かる。訂正発明2は,歯周情報と歯牙情報をセットでガイダンス画面に表示することを特徴とし,当該情報を確認して歯科治療情報を入力することを可能とするものであるから,歯科治療情報を入力するために,一々画面を切り替える必要はなく,患者の口腔内情報をリアルタイムで表示確認でき,各種歯科情報の入力時における入力誤りを有効に防止できると共に,予想される処置を特定することが容易になるという,特有の効果を奏するものである。したがって,刊行物1発明と刊行物2発明を組み合わせたとしても,歯牙情報及び歯周情報から成る口腔内情報の表示内容を変更する場合に,刊行物1の第1図右側に示された入力データを参照して行う発明にしか至らないから,訂正発明2の構成に想到し得ないことは明らかである。
3 取消事由3(訂正発明3の対比判断の誤り)
訂正発明3は,訂正発明1又は訂正発明2を,「表示手段が表示する歯の状態表示として未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,治療済みの歯を互いに区別可能に表示する」という点において更に限定し,上記ガイダンス画面の特徴を更に明確化したものであるところ,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明1,2の進歩性を否定することができないことは上記1,2のとおりである。したがって,訂正発明3は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものではない。
4 取消事由4(訂正発明4の対比判断の誤り)
訂正発明4は,訂正発明3を,「表示手段は,表示する歯の表示状態として併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示する」という点において,更に限定し,上記ガイダンス画面の特徴を更に明確化したものであるところ,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明3の進歩性を否定することができないことは上記3のとおりである。したがって,訂正発明4は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものではない。
5 取消事由5(訂正発明5〜7の対比判断の誤り)
(1) 訂正発明5は,訂正発明1を方法の発明としてとらえたものであるところ,訂正発明1についての取消事由1と同様の理由により,訂正発明5の対比判断も誤りである。
(2) 訂正発明6について,決定は,「訂正明細書の請求項2及び3に係る発明(注,訂正発明2,3)と同様に,上記刊行物1および2に記載の発明(注,刊行物1発明及び刊行物2発明)に基いて当業者が容易に想到し得たものである」(決定謄本10頁(F))と判断したが,訂正発明2,3の対比判断が誤りであることは上記2,3のとおりであるから,訂正発明6の対比判断も誤りである。
(3) 訂正発明7について,決定は,「口腔内の表示情報に関し,歯の根管数を歯牙情報とともに視認可能にすることは,上記(D)(注,「訂正明細書の請求項4に係る発明(注,訂正発明4)について」)で述べたように上記刊行物1及び2に開示されているところである」(決定謄本10頁(G))と認定した上で,訂正発明6と同様に,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づく容易想到性を肯定した。しかしながら,訂正発明4の対比判断が誤りであることは上記4のとおりであるから,訂正発明7の対比判断も誤りである
6 取消事由6(本件発明5の進歩性の判断の誤り)
本件発明5は,本件発明1〜4に従属する発明であるが,本件発明1〜4は,訂正発明1〜4と実質的に同一の発明である。したがって,決定の訂正発明1〜4についての対比判断が誤りであることは上記1〜4のとおりであるから,本件発明5の進歩性の判断も誤りである。
第4 被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(訂正発明1の対比判断の誤り)について
訂正明細書(甲6添付)の特許請求の範囲【請求項1】には,「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して当該治療を行なう患者の治療部位の状態を認識する認識手段と,前記認識手段の認識した当該治療を行なう患者の治療部位の状態に従って現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面」と記載され,この記載によれば,「口腔内の歯の状態」は,「歯科治療情報」を認識した結果として画面表示されるものであることが理解できると共に,一般的に,治療あるいは診察をした結果が「口腔内の歯の状態」に反映されるものであるから,当該「口腔内の歯の状態」が「歯科治療情報」に含まれることは明らかである。そうすると,刊行物1(甲3)の第1図右側に図示された,永久歯,乳歯,根管数,生活歯,失活歯,欠損,分割抜歯等の口腔内の歯の状態を示すデータは,「歯科治療情報」を入力するためのガイダンス情報として機能するものと理解するのが相当であり,刊行物1発明においても,「現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面」で表示される入力ガイダンス情報を確認しながら,更に新たな歯科治療情報を入力可能にしたものであると認められるから,決定の訂正発明1と刊行物1発明との対比に誤りはない。
2 取消事由2(訂正発明2の対比判断の誤り)について
訂正発明2の対比判断において,決定が刊行物2(甲4)から引用したのは,「口腔内の全ての歯の歯牙情報と共に歯周の状態を視覚的に表示し得るようにした」(決定謄本9頁(B))点であって,歯科治療情報の入力画面あるいは歯科治療情報の入力について引用したものではない。したがって,刊行物2の引用箇所以外の記載をとらえて,原告主張に係る刊行物2記載のものの効果と訂正発明2の効果とを比較すること自体,決定を正解しないものであり,失当というべきである。刊行物1発明に刊行物2記載の技術を組み合わせれば,訂正発明2に至ることは明らかであり,そのような組合せは当業者にとって容易である。
3 取消事由3(訂正発明3の対比判断の誤り)について
刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明1,2の進歩性が否定されるものである以上,その進歩性を前提とした原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(訂正発明4の対比判断の誤り)について
刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明3の進歩性が否定されるものである以上,その進歩性を前提とした原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 取消事由5(訂正発明5〜7の対比判断の誤り)について
(1) 訂正発明1は,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるから,訂正発明1を方法の発明としてとらえた訂正発明5についても,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
(2) 訂正発明2,3は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるから,訂正発明2,3を方法の発明としてとらえた訂正発明6についても,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
(3) 訂正発明6の進歩性を肯定することができないことは上記(2)のとおりであり,また,口腔内の表示情報に関し,歯の根管数を歯牙情報と共に視認可能にすることは,刊行物1,2に開示されているところであるから,訂正発明7に関する原告の主張も理由がない。
6 取消事由6(本件発明5の進歩性の判断の誤り)について
決定の訂正発明1〜4についての対比判断に誤りがないことは上記1〜4のとおりであるから,原告の取消事由6の主張も理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明1の対比判断の誤り)について
(1) 原告は,@刊行物1(甲3)の「矢印を所望の位置に設定すると,その歯番の位置がブリンク(点滅)し,・・・各々の歯牙の状態がキーインに応じて図形表示される」(3頁左下欄最終段落〜右下欄第2段落)との記載は,第1図の左側に表示された口腔内情報について,当該表示内容を変更する場合は,同図右側に示された入力データを参照して行う旨を記載するにすぎず,同図右側に示されたデータは,歯の状態を示す図形を変更するためのガイダンス情報であって,治療情報を入力するためのガイダンス情報として機能するものではないこと,A刊行物1の第1図中央左側の模式図は,初期メニューであって,単に入力データを格納する部位を特定するために,永久歯であれば32歯分を「●」で表示し,現に入力した情報を確認するために,キーインに応じた図形表示を行うものにすぎず,「前記メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示する」という記載はあるが,これは,初期メニューの模式図において32歯分を「●」表示にするための図形データと,データ入力が行われた場合に,その入力内容をその場で確認するために模式図に表示するための図形データとを内部メモリに格納することをいっているにすぎず,入力ガイダンス画面として「現在までの患者の口腔内の歯の状態を治療履歴を反映して表示する」ものではないことを理由に挙げ,刊行物1発明が,訂正発明1の「認識手段の認識した当該治療を行なう患者の治療部位の状態に従って現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面を表示する表示手段」及び「入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とする」に相当する構成を備えるとした決定の認定に誤りがあると主張する。
(2) まず,@の点について検討すると,刊行物1(甲3)には,「本発明は,データを入力する入力手段と,該入力手段に接続され,種々のデータを処理する情報処理部と,該情報処理部に接続された内部メモリ,及び表示手段より成る医療情報処理装置において,前記内部メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示すると共に該歯牙状態に対応するデータの入力時又は修正時の指示用に移動可能な指示マークを前記画面上に表示させ,カーソル移動キーの押下によって所定部位を選択する構成である」(2頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落),「いま歯科医院にて所定の患者が診察を受けた場合,初診のときは患者の氏名(実施例では「三洋太郎」)生年月日(同昭和32年10月23日)及び保険証番号,更に必要に応じて患者コード(同11720)等の患者個有情報を内部メモリ(6)の患者個有情報ファイル(7)に格納し,診察の結果をキーボード(1)から医師が作成したカルテに基づきキーインする。このときCRTディスプレイ(4)の画面上に第1図に示す歯牙の状態図を表示させて,診療及び処置を行った結果を順次キーインする。画面上には指示マークとしての矢印(13)が現われ,当該患者の1歯牙毎に第3図に示す『歯牙の状態』,『最終処置(注,「最終処理」とあるのは誤記と認める。以下同じ。)』,『算定日付』,『病名』及び『罹患日付』をキーインし,上下左右合計32歯分が口腔情報ファイル(8)に格納される。オペレータとしては画面で視覚的に実際に患者の口腔をのぞいているように対象部位を選択できる。前記キーボード(1)から入力されたデータは情報処理部を介して各々患者個有情報ファイル(7)及び口腔情報ファイル(8)に格納され,部位判定部(3)により上記キーボード(1)からのカーソル移動キー『←』,『→』,『↑』,『↓』の押下に対応して格納され,又CRTディスプレイ(4)上に表示される。前記各種データを月毎に保険請求のためにレセプトと呼ばれる印字用紙(14)に印字する場合,該当月における全患者の診療データに基づき,演算処理部(12)により診療費及び投薬による薬価を計算する」(同頁左下欄第2段落〜右下欄第1段落)と記載されている。
上記記載によれば,引用刊行物1には,「患者の1歯牙毎」に,「歯牙の状態」,「最終処置」,「算定日付」,「病名」及び「罹患日付」を入力することが記載されているから,これらのデータが入力可能に構成されていることは,以下のとおり,本件特許出願時における当業者の技術水準を考慮すれば明らかである。すなわち,刊行物2(甲4)には,歯科処理情報装置「プレストSV」について,診療内容入力として,「カルテと全く同じ画面表示ですから,初めての方にも簡単に操作していただけます。診療内容は,5年間はすべて記憶できますし,確認・訂正もスクロールで簡単に処理できます。また,カルテには必要でレセプトには不要な文面も,自由に登録・入力が可能です。カルテ記載の流れと同様に処置入力して頂くだけで自動的に病名候補を表示(業界初)。・・・さらに,薬価計算も簡単処理。薬品購入時に薬価を登録するだけで,後は薬剤を何錠処方したかを入力するだけで,処方料・調剤料・薬剤の点数を表示します。笑気ガスも,使用した分数を入力するだけで,N2O,O2とも使用量と点数を表示します」(28頁右欄下)と記載され,また,歯科情報処理装置「DOC−5」について,その表示画面(37頁)には,【根管治療】として,「生切」,「失切」,「抜髄」,「感染根処」,「根管貼薬」及び「根充済み」が明示されているから,歯科情報処理装置において,「治療情報」や「処置情報」が入力可能になっていることは技術常識であると認められる。刊行物1には,従来の技術として,「歯科医の診療に際しては,歯牙,病名,歯髄の有無等各歯牙毎にデータ管理の必要があり,更に最終的には,月締めで翌月始めにレセプトと呼ばれる保険医療報告と共に窓口会計のために診療によって入力されたデータから保険負担分の計算を行う。従って各歯牙毎に診療データを管理する場合,第13図に示す株式会社モリタ製作所発行のモリタ・FACOM DOC−5のカタログのように各歯牙の番号,治療法等を画面上のカーソルで指示を行い,単に患者の口腔内情報を全て一画面に表示し,各歯牙の指定は数字で行う方式である」(1頁右下欄下から第2段落〜2頁左上欄第1段落)と記載され,発明が解決しようとする課題として,「前述の従来例では,単に各歯牙の部位は1〜8の番号を示してあるだけで,その指定は前記番号を示す数字キーの入力で所定の歯牙に対して各種データを入力する方式で,指定し難い欠点があり,本発明は上記欠点を除去した新規な医療情報管理システムを提供するものである」(2頁左上欄第2段落),「本発明によれば,歯科医用電子計算機において,画面上に永久歯の32歯分の部位を表示すると共に各部位を表示する矢印等の指示マークを表示させる構成であり,オペレータ(操作者)が容易に各歯の部位を指定できる」(3頁右下欄最終段落〜4頁左上欄第1段落)と記載されているように,刊行物1発明の「医療情報管理システム」は,従来のものにおける「番号を示す数字キーの入力で各歯牙の指定を行う方式の欠点」を除去するものであるところ,上記のように,この種の医療情報管理システムにおいて,「治療情報」や「処置情報」を入力可能に構成されていることが技術常識であることに照らせば,刊行物1の「医療情報管理システム」が,単に「歯牙の状態」を入力するだけのものではなく,「最終処置」,「算定日付」,「病名」及び「罹患日付」等の治療情報も入力されるものであること,各種データ入力の際の部位の指定を容易にさせるものであるから,ガイダンスを与える役割があることは明らかである。
したがって,原告の上記@の主張は理由がない。
(3) 次に,Aの点について検討すると,刊行物1(甲3)には,「初期メニューとして,第1図に示すように全て永久歯の場合には,8×4=32本を健全歯として表示し,前記矢印(13)によって指定した位置の歯牙に対し,データをキーインする」(3頁左上欄最終段落)と記載され,第1図の表示画面には,前回日付として「63.12.12」,永久歯32本がすべて生活歯を示す「●」として示された模式図が記載されているが,再診時の診察結果を入力する場合において,32本の永久歯すべてが「●」として示された初期メニューを表示させて入力するよりも,メモリに格納された前回までのデータを利用する方が合理的であることは当然というべきであるところ,刊行物1の「本発明は,・・・前記内部メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示すると共に該歯牙状態に対応するデータの入力時又は修正時の指示用に移動可能な指示マークを前記画面上に表示させ,カーソル移動キーの押下によって所定部位を選択する構成である」(2頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落)の記載に照らせば,刊行物1は,再診時の診察結果の入力に,「内部メモリに格納された各歯牙の形状及び状態」を表示する態様も開示しているものというべきである。しかも,第1図の表示画面には,模式図の上に「63.7.15」の日付が記載されており,これを入力日又は診察日と解すると,前回日付である「63.12.12」と矛盾することになるから,再診時に初期メニューが表示される態様のみが記載されているものと理解することはできない。原告は,刊行物1において模式図に患者の口腔内の歯の状態が反映されると,新たに入力したデータが過去の入力データと混在して表示され,新たに入力したデータの区別が不明確になるとも主張するが,画面上新しいデータと過去のデータが混在して表示されるとしても,入力されたデータの区別が不明確になるとは認められない。
したがって,刊行物1には,現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含む入力ガイダンス画面が表示されているものと認めることができ,原告の上記Aの主張も理由がない。
(4) 以上によれば,刊行物1発明が,訂正発明1の「認識手段の認識した当該治療を行なう患者の治療部位の状態に従って現在までの患者の口腔内の歯の状態を画面の一部に含む入力ガイダンス画面を表示する表示手段」及び「入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する入力ガイダンス情報を確認して歯科治療情報を入力可能とする」に相当する構成を備えるとした決定の認定に原告主張の誤りがあるということはできず,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(訂正発明2の対比判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物2(甲4)の模式図(27頁,28頁)は,歯牙情報と歯周情報から成る口腔内情報のみを示すにすぎず,歯科治療情報の入力画面が表示されていないから,刊行物1発明と刊行物2発明を組み合わせたとしても,歯牙情報及び歯周情報から成る口腔内情報の表示内容を変更する場合に,刊行物1の第1図右側に示された入力データを参照して行う発明にしか至らず,訂正発明2の構成に想到し得ないと主張する。
(2) しかしながら,決定は,訂正発明2が,訂正発明1に「表示手段が表示する歯の表示状態は,口腔内の全ての歯の少なくとも歯牙情報及び歯周の状態を視覚的に表示する」という限定を更に付していることについて,「刊行物2には,口腔内の全ての歯の歯牙情報と共に歯周の状態を視覚的に表示し得るようにしたものが開示されている」(決定謄本9頁(B))と認定したものであり,歯科治療情報の入力画面について認定したものではないことは,その説示に照らし明らかであるところ,刊行物1発明が,「入力ガイダンス画面を表示する表示手段」の構成を備えることは,上記1のとおりである。
そして,決定が認定した限りにおいて,刊行物2発明の認定に誤りは認められず,また,訂正発明2の奏する効果にも,刊行物1発明と刊行物2発明を組み合わせることにより,当業者が予測し得る範囲内のものと認められる。
したがって,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 取消事由3(訂正発明3の対比判断の誤り)について
原告は,訂正発明3は,訂正発明1又は訂正発明2を,「表示手段が表示する歯の状態表示として未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,治療済みの歯を互いに区別可能に表示する」という点において更に限定したものであるところ,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明1,2の進歩性を否定できないことを理由に,訂正発明3は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
しかしながら,上記1,2のとおり,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明1,2の進歩性が否定されるものである以上,その進歩性を前提とした原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(訂正発明4の対比判断の誤り)について
原告は,訂正発明4は,訂正発明3を,「表示手段は,表示する歯の表示状態として併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示する」という点において更に限定したものであるところ,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明3の進歩性を否定することができないことを理由に,訂正発明4は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
しかしながら,上記3のとおり,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて訂正発明3の進歩性が否定されるものである以上,その進歩性を前提とした原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 取消事由5(訂正発明5〜7の対比判断の誤り)について
原告は,取消事由1〜4と同様の理由により,決定の訂正発明5〜7の対比判断が誤りであると主張する。
しかしながら,取消事由1〜4に理由がないことは,上記1〜4のとおりであるから,原告の取消事由5の主張も理由がない。
6 取消事由6(本件発明5の進歩性の判断の誤り)について
原告は,本件発明5は,本件発明1〜4に従属する発明であるが,本件発明1〜4は,訂正発明1〜4と実質的に同一の発明であり,決定の訂正発明1〜4についての対比判断が誤りであるから,本件発明5の進歩性の判断も誤りであると主張する。
しかしながら,決定の訂正発明1〜4についての対比判断に誤りがないことは,上記1〜4のとおりであるから,原告の取消事由6の主張も理由がない。
7 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第2部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 岡 本 岳
裁判官 早 田 尚 貴