H16. 7.26 大阪地裁 平成14(ワ)13527 特許権 民事訴訟事件

平成14年(ワ)第13527号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年5月24日
          判         決
        原      告   株式会社伸晃
        訴訟代理人弁護士   白波瀬 文 夫
        補佐人弁理士     濱 田 俊 明
        被      告   アイリスオーヤマ株式会社
        訴訟代理人弁護士   伊 藤   真
        訴訟代理人弁理士   畑 中 芳 実
        同          福 迫 眞 一
          主         文

 1 被告は、原告に対し、5058万4874円及びうち4976万0125円に対する平成15年1月19日から、42万4084円に対する同月20日から、40万0665円に対する同月21日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用はこれを5分し、その2を原告の、その余を被告の各負担とする。
 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
          事実及び理由
第1 請求
 1 被告は、別紙ロ号物件目録記載の物件を製造し、輸入し、又は販売してはならない。
 2 被告は、別紙ロ号物件目録記載の物件を廃棄せよ。
 3 被告は、原告に対し、7680万8177円及びこれに対する平成15年1月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
   本件は、置棚に関する特許権を有する原告が、被告による2種類の組立式置棚の製造ないし輸入及び販売が、上記特許権を侵害すると主張して、損害賠償及び補償金の支払い(ただし、内金請求である。)と、販売を継続している1種類の組立式置棚の製造、輸入及び販売の差止めとその廃棄を請求した事案である。
 1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)
  (1) 原告は、樹脂成形品や家庭用台所器具の製造販売等を業とする株式会社である。
    被告は、プラスチック製収納用品の製造販売等を業とする株式会社である。
  (2) 原告は、下記の特許権を有している(以下、この特許権を「本件特許権」といい、その特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本件発明」という。)。
     発明の名称    置棚

     出願日      平成9年12月25日
     出願番号     特願平9−368696号
     公開日      平成11年7月13日
     公開番号     特開平11−187941号
     登録日      平成14年10月11日
     特許番号     第3358173号
     特許公報発行日  平成14年12月16日
     特許請求の範囲の請求項1は、別紙特許公報の該当欄記載のとおり
    上記請求項の構成要件は、以下のとおり分説される。
     A 左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止してなる置棚において、
     B 上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に、
     C 上記外管の伸縮方向に一定長を有する固定棚は、その後方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に、

     D 当該固定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し、
     E 所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止したことを特徴とする
     F 置棚
  (3) 被告は、組み立て式の別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。なお、これを組み立てたものも、以下単に「イ号物件」ということがある。)を製造又は輸入し、販売していた。
    イ号物件は、これを組み立てた場合、本件発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属する。
  (4) 被告は、組み立て式の別紙ロ号物件目録記載の物件(以下「ロ号物件」という。なお、これを組み立てたものも、以下単に「ロ号物件」ということがある。)を製造又は輸入し、販売している。
    ロ号物件は、これを組み立てた場合、本件発明の構成要件のうち、少なくともA、B、C及びFを充足する。

  (5) 原告は、被告がイ号物件を販売していることを知り、本件特許の出願公開後である平成13年7月27日、被告に対し、イ号物件が出願中の本件発明の技術的範囲に属すること、その設定登録後には補償金請求権が発生すべきことを記載した警告書と、本件特許の公開特許公報(特開平11−187941号)を送付し、これらは同月30日に被告に到達した。
    上記公開特許公報における特許請求の範囲の請求項1は、別紙公開特許公報の該当欄記載のとおりである(甲13)。
    原告は、最初の特許料を納付した後である平成14年9月26日、被告に対し、本件特許出願について特許すべきものとした審決を受けたこと、最初の特許料を納付したこと、特許請求の範囲の記載は、出願後に補正されているとして、補正後の特許請求の範囲を記載した通告書を送付し、同書面はそのころ被告に到達した。

    原告は、本件特許権の設定登録後である平成14年10月29日、被告に対し、同月11日に本件特許権の設定登録がされたことを記載した警告書を送付し、同書面は同月31日ころに被告に到達した。
 2 争点
  (1) ロ号物件の構成要件充足性
   〔原告の主張〕
    ロ号物件は、その構成d1及びe2のとおり、置棚を70センチメートルないし71.5センチメートル幅の範囲で用いた場合は、外管2aはその伸縮に応じて1.5センチメートル幅の範囲で固定棚3の先端の支持部3bに対して摺動自在に挿入され、さらに、3枚の取替棚4のうち4s1枚を掛止したときは、取替棚4sは外管2a上に掛止される。
    このとき、ロ号物件は本件発明の構成要件D及びEの構成をいずれも備える。
    ロ号物件は、その通常の用法の一つとして取替棚に4s1枚を用いる場合があり、そのときに本件発明の構成を備える以上、ロ号物件は本件発明の構成要件を充足するというべきである。したがって、ロ号物件は本件発明の技術的範囲に属する。

   〔被告の主張〕
   ア ロ号物件は、その構成d1のとおり、置棚を70センチメートルないし71.5センチメートル幅の範囲で用いた場合は、外管2aはその伸縮に応じて1.5センチメートル幅の範囲で固定棚3の先端の支持部3bに対して摺動自在に挿入される。ここで、固定棚を支持するのは、外管ではなく、もっぱら外管に内管が挿通されることによっている。
     ところで、構成要件Dは、「当該固定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し、」というものであり、固定棚が外管によって支持されることを必要とするのであるから、置棚を70センチメートルないし71.5センチメートル幅の範囲で用いた場合であっても、ロ号物件は構成要件Dを充足しない。
   イ ロ号物件は、その構成d2及びd3並びにe3のとおり、置棚を71.5センチメートルないし102センチメートル幅の範囲で用いた場合は、外管2aは固定棚3の先端の支持部3bに挿入されず、固定棚3を支持せず、また固定棚は水平に支持されず、さらに、3枚の取替棚4のうち4s1枚以外の組合せの取替棚を掛止したときは、所定枚数の取替棚4のいずれかの一端又は両端は外管2a上に掛止されない。

     本件発明の目的は、「あらゆる寸法の収納空間に適用できる置棚を提供」するところにあり、「外管を伸縮させることにより置棚の全長を適宜調節することができる」手段として、伸縮させたいずれの場合にも本件発明の構成が用いられたものであるから、置棚の全長を最も短くして取替棚4sだけを用いるように組み立てた場合にだけ本件発明の構成を備えるとしても、そのことをもって本件発明の構成要件を充足することにはならない。
     したがって、本件発明の構成要件を充足するというためには、外管を伸ばしたときも縮めたときも、本件発明の構成要件を充足していなければならない。そして、ロ号物件は、上述のとおり、常に構成要件D及びEを充足するものではないから、本件発明の構成要件D及びEを充足するものではない。

   ウ いずれにしても、ロ号物件は本件発明の技術的範囲に属しない。
  (2) 本件特許権に無効理由が存することが明らかか
   〔被告の主張〕
   ア 本件発明は、その特許出願前に公知となっていた英国特許出願公開(第2066056号)明細書(乙2)に記載された発明と、周知慣用技術に基づいて、又は、その特許出願前に公知となっていた英国特許出願公開第2066056号明細書(乙2)に記載された発明と、米国特許第3080832号明細書(乙3)若しくは独国特許第1296762号明細書(乙4)に記載された発明と、周知慣用技術に基づいて、当業者であれば容易に発明することができたものである。
   イ 本件発明は、その特許出願前に公知となっていた特開平9−308532号公開特許公報(乙9)、特開平9−65937号公開特許公報(乙25)及び実開昭52−137122号公開実用新案公報(乙18)にそれぞれ記載された発明ないし考案に基づいて、当業者であれば容易に発明することができたものである。

   ウ 本件発明は、周知慣用技術の単なる寄せ集めに過ぎない。
   エ 本件発明は、その特許出願前に公知となっていた実公平3−40165号実用新案公報(乙35)に記載された考案と、周知慣用技術に基づいて、当業者であれば容易に発明することができたものである。
   オ 以上のとおりであるから、本件特許権には、特許法123条1項2号の無効理由が存在することが明らかであり、このような本件特許権の行使は権利の濫用であって許されない。
   〔原告の主張〕
     いずれも否認ないし争う。本件特許権には原告が主張するような無効理由は存在せず、その行使は権利濫用にはあたらない。
  (3) 損害賠償の対象期間(被告の過失責任が認められる始期)
   〔原告の主張〕
    原告は、前記「前提となる事実」(5)のとおり、平成13年7月30日到達の書面で公開特許公報を添えて被告に警告し、平成14年9月26日には特許審決がされた事実を、同年10月29日には設定登録がされた事実をそれぞれ被告に通知し、本件発明の実施を控えるよう警告している。

    以上の事実に照らせば、特許権侵害による損害賠償が過失責任を前提とするとしても、被告が本件特許権侵害について設定登録の日である平成14年10月11日の実施から損害賠償責任を負うことは明らかである。
    なお、被告は、本件特許の出願公開後に警告を受け、さらに設定登録前にも通知を受けているのであるから、被告は漫然と本件発明の実施を継続するうちに、近日中のいずれかの日から販売行為が不法行為となることを認識していたのであって、それにもかかわらず被告は本件発明の実施を継続したのであるから、被告において本件特許権の設定登録の日をそれと認識していなくとも、その日から故意又は過失を認めることができる。
   〔被告の主張〕
    原告は、平成14年9月26日に、特許審決がされた事実を原告が被告に書面で通知したことから、被告は本件特許権の設定登録日の実施から損害賠償責任を負うと主張する。

    しかしながら、上記通知の時点では、設定登録がされている訳ではない。そして、上記通知書によっても、将来設定登録がされるであろうことを知ることができたに過ぎないのであって、いつ設定登録がされるかについては全く知り得ない。そして、特許公報が発行されるまでは、特許権の設定登録がされた事実は、部外者には知り得ない。
    ところで、特許権の設定登録がされるまでは、その発明の実施は適法な行為であるところ、近い将来にそれが禁止されることになるとしても、その時点を当事者が知り得ないにもかかわらず、その知り得ない時点以降の行為について過失責任を認めるとすれば、本来適法行為である設定登録前においてまで発明の実施を中止することを実施者に強いることになる。
    そして、特許公報が発行されるまでは、本件特許権が設定されたことを知るのは不可能であるにもかかわらず、設定登録時から過失を認めることは、当事者において予見・回避不可能な事情を起点として過失責任を認めることになる。

    したがって、被告に過失が認められるのは、本件特許権の特許公報が発行された翌日である平成14年12月17日以降である。
    仮に、特許公報によって設定登録の事実を確認できなくとも、特許権者である原告の書面に基づき、その記載内容を信じるべきとして被告に過失が認められるとしても、その始期は、設定登録がされたことを記載した平成14年10月29日付の書面が被告に到達した翌日である同年11月1日である。
  (4) 損害額
   ア イ号物件について
    〔原告の主張〕
    (特許法102条1項に基づく主張)
     原告は、本件発明の実施品である、「OR−BE1」及び「OR−BE2」(なお、「OR−BE1」は組立式置棚が1組のもの、「OR−BE2」は同じく組立式置棚が2組のものである。)を製造販売している。その平均販売価格は、「OR−BE1」は1240.43円、「OR−BE2」は2353.85円である。

     上記原告製品の1個当たりの利益額は、運賃(輸送費)を控除する以前においては、「OR−BE1」が471.07円、「OR−BE2」が884.63円であり、運賃(輸送費)は、原告においては製品種別毎の運賃額は把握していないものの、原告の全製品における売上に対する運賃の割合が3.43パーセントであることから、「OR−BE1」については42.55円、「OR−BE2」については80.74円と算出するのが相当であり、これを控除した後の利益額は、「OR−BE1」が428.52円、「OR−BE2」が803.89円である。
     後記被告の主張によれば、平成14年10月11日以降のイ号物件の販売数量は、「NOD−370」は1万0549箱、「NOD−370×2」は4万1386個であるから、これを前提とすれば、原告が被った損害の金額は、以下のとおりとなる。

      「NOD−370」(「OR−BE1」相当品)について
        428.52円×10,549箱= 4,520,457円
      「NOD−370×2」(「OR−BE2」相当品)について
        803.89円×41,386箱=33,269,791円
      合計          37,790,248円
    〔被告の主張〕
     原告が本件発明の実施品を製造販売していることは認める。
     被告によるイ号物件の販売数は、別紙イ号物件販売数一覧表のとおりである(なお、「NOD−370」はイ号物件1組のもの、「NOD−370×2」はイ号物件2組のものである。)。
     原告が得られるべき利益額について、販売に要した費用として控除すべき運賃(輸送費)としては、原告の同業他社における輸送費の販売価格に占める一般的割合や、原告の本件発明の実施品が原告の各種製品の中でも大きい部類に属し、その運賃が原告の各種製品の平均運賃を大きく上回るはずであることからすれば、販売価格の10パーセント、即ち、原告商品「OR−BE1」については1個当たり124円、同じく「OR−BE2」については1個当たり235円と認めるのが相当である。

   イ ロ号物件について
    〔原告の主張〕
    (特許法102条1項に基づく主張)
     原告は本件発明の実施品である、「OR−BE1」及び「OR−BE2」を製造販売している。
     上記原告製品の1個当たりの利益額は、「OR−BE1」が428.52円、「OR−BE2」が803.89円である。
     被告は、平成15年2月20日からロ号物件の出荷を開始し、月間販売数量は、「NOD−370」は3000箱、「NOD−370×2」は2万個と推定されるから、平成15年8月19日までの6か月間の販売量は、「NOD−370」は1万8000個、「NOD−370×2」は12万個となる。これによれば、平成15年2月20日から平成15年8月19日までの、原告が被った損害の金額は、以下のとおりとなる。

      「NOD−370」(「OR−BE1」相当品)について
        428.52円× 18,000箱= 7,713,360円
      「NOD−370×2」(「OR−BE2」相当品)について
        803.89円×120,000箱=96,466,800円
      合計          104,180,160円
    〔被告の主張〕
      否認ないし争う。
   ウ 弁護士費用及び弁理士費用について
    〔原告の主張〕
     原告は、本件訴訟の追行を訴訟代理人弁護士及び補佐人弁理士に委任せざるを得なかった。その報酬のうち、それぞれ500万円、合計1000万円は、被告の特許権侵害行為によって受けた損害というべきである。
    〔被告の主張〕
     否認ないし争う。
  (5) 補償金請求権の成否とその額
   〔原告の主張〕

   ア 前記「前提となる事実」(5)のとおり、原告は、本件特許の出願公開後、被告に対し、公開特許公報を添えて警告書を送付し、これらは平成13年7月30日に被告に到達した。
     本件特許の特許請求の範囲は、出願公開後に補正されたものの、この補正は出願公開時の特許請求の範囲を減縮したものであって、イ号物件は補正の前後を通じて本件発明の技術的範囲に属するものであるから、補償金を請求するためには、補正後の特許請求の範囲を改めて被告に示して再度の警告をする必要はない。
     したがって、原告は、被告に対し、上記警告書が被告に到達した平成13年7月30日から、本件特許権の登録日の前日である平成14年10月10日までの間における、被告によるイ号物件の販売につき、補償金請求権を有する。

   イ 被告によるイ号物件の平均卸売価格は、「NOD−370」については1個当たり1246円、「NOD−370×2」については1個当たり1666円であった。
     後記被告の主張イによれば、上記期間中のイ号物件の販売数量は、「NOD−370」は2万5608箱、「NOD−370×2」は17万8639個であるから、これを前提とすれば、原告が受けるべき補償金の金額は、以下のとおりとなる。
     本件発明の相当な実施料率としては5パーセントを下らない。
      「NOD−370」について
        1,246円× 25,608箱×0.05= 1,595,378円
      「NOD−370×2」について
        1,666円×178,639箱×0.05=14,880,628円
      合計             16,476,006円
   〔被告の主張〕

   ア 原告は、本件特許の出願公開後、被告に対し、公開特許公報と警告書を送付し、これらが平成13年7月30日に被告に到達したことは認める。
     しかしながら、上記公開特許公報記載の発明は、新規性、進歩性を欠き、特許登録される見込みのないものであったため、原告は、出願公開後に特許請求の範囲を補正し、特許登録に至ったものである。そして、被告は、上記補正の内容については通知されておらず、その内容を知らなかった。
     このように、原告が被告にした警告書において示された発明の内容は、特許登録された本件発明とは異なるものであり、被告は、特許登録された発明の内容を記載した書面による警告は受けていないのであるから、補償金請求権は発生しない。
   イ 被告によるイ号物件の販売数は、別紙イ号物件販売数一覧表のとおりである。

     原告が被告に発送した警告書が被告に到達したのは、平成13年7月30日の午後であるから、これ以前の販売分について補償金請求権が生じる余地はなく、その始期は警告書が被告に到達した翌日である平成13年7月31日である。
     原告主張の平均卸売価格は認める。
     本件発明の進歩性に鑑みれば、相当な実施料率としては3パーセントを超えるものではない。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(ロ号物件の構成要件充足性)について
  (1) 本件特許権にかかる明細書(甲1)によれば、その発明の詳細な説明には、次のとおりの記載があることが認められる。
   ア 発明の属する技術分野、従来の技術、発明が解決しようとする課題の項
     この発明は、押入やキャビネット等の収納空間に利用する置棚に係り、詳しくは収納空間の寸法に応じて、適宜置棚の長さを調節できる構成に関するものである。

     従来から、押入等の収納効率を高めるために、支脚間に棚受用横桟を架橋し、当該横桟上に棚材を載置してなる置棚は公知である。当該置棚によれば、棚材によって押入の収容空間を上下に区画することができるため、棚の上には布団を、下には洋服の収納ボックスを置くというように、収容物の整理が図られ、押入等の収容効率も高めることができる。
     ところで押入の寸法は、その建物がどのような尺度によって建てられたかによって異なる。つまり、建物尺度としては日本工業規格で中京間、京間、関東間、メートル間等が定められているが、その尺度が異なれば押入の寸法も異なる。
     しかし、上記従来の置棚は、横桟の長さが固定されたものであるため、製造者側は各尺度における押入の寸法に応じた数種類の置棚を用意する必要があり、この種置棚の製造コストを低減できないという課題があると共に、消費者側にとっても押入の寸法を確認した上で、対応する置棚を購入しなければならないという課題があった。なお、こうした課題は押入用に限らず、クローゼットや、また洗面台キャビネット、ガス台キャビネットに用いる置棚にも共通して見られるものであった。

     本発明は、上述した課題を解決するためになされたもので、その目的はあらゆる寸法の収納空間に適用できる置棚を提供することである。
   イ 課題を解決するための手段の項
     本発明では、上記目的を達成するために、左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止してなる置棚において、上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に、上記外管の伸縮方向に一定長を有する固定棚は、その後方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に、当該固定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し、所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止するという手段を用いた。
     当該手段によれば、外管を伸縮させることにより置棚の全長を適宜調節することができる。このとき、固定棚の外管に対する支持部は、外管を摺動するため、固定棚の支持高さは一定に保たれ、常に水平に支持される。また、固定棚と共に取替棚も外管に掛止するため、段差無く両者を水平に支持することができると共に、内管よりも径の太い外管に支持することにより、その分、棚の積載荷重を大きくとることができる。

   ウ 発明の効果の項
     棚受用の横桟を伸縮自在に構成したので、収納空間の寸法に応じて置棚のサイズを調整できる。また、固定棚および取替棚を外管のみで支持することとしたため、ガタツキがなく、外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができる。
  (2) 上記(1)のとおりの明細書の記載に照らせば、本件発明は、収納空間の幅はそれぞれの建物によって異なるところ、あらゆる寸法の収納空間に適用可能な置棚を得るために、その長さを調節可能とし、さらに、固定棚と取替棚を常に水平かつ段差なく支持し、加えて、棚の積載荷重を大きくとるために、固定棚及び取替棚を外管のみで支持することにその特徴があるものというべきである。
    したがって、ある置棚が本件発明の構成要件D及びEを充足するというためには、その置棚が通常用いられる、調節可能な長さの全範囲において、構成要件D及びEを常に充足する必要があるというべきである。この点についての原告の主張は、上に述べたところに照らして採用することができない。

    これをロ号物件についてみるに、ロ号物件は、その構成d2及びd3のとおり、置棚を71.5センチメートルないし102センチメートル幅の範囲で用いた場合は、外管2aは固定棚3の先端の支持部3bに挿入されず、固定棚3は水平に支持されないのであるから、本件発明の構成要件D(「当該固定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し」)を充足するということはできない。また、ロ号物件は、その構成e3のとおり、置棚を71.5センチメートルないし102センチメートル幅の範囲で用いて3枚の取替棚4のうち4s1枚以外の組合せの取替棚を掛止した場合は、所定枚数の取替棚4のいずれかの一端または両端は外管2a上に掛止されないのであるから、本件発明の構成要件E(「所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止したことを特徴とする」)を充足するということもできない。
    以上のとおり、ロ号物件は本件発明の構成要件D及びEをいずれも充足しないのであるから、ロ号物件は本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。
 2 争点(2)(本件特許権に無効理由が存することが明らかか)について
  (1) 本件特許権にかかる明細書(甲1)の発明の詳細な説明の記載は、前記1(1)のとおりであり、これに照らせば、本件発明は、あらゆる寸法の収納空間に適用可能な置棚を得るために、その長さを調節可能とし、さらに、固定棚と取替棚を常に水平かつ段差なく支持し、加えて、棚の積載荷重を大きくとるために、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」ことにその特徴があるものというべきことは、前記1(2)で述べたとおりである。
    被告は、前記「争点」(2)のとおり、4とおりの構成で本件発明の進歩性を争うところ、以下ではこれらを一括して検討する。

  (2)ア 乙第2号証は、本件特許出願前である1981年7月8日に発行された英国特許出願公開第2066056号明細書であり、「伸縮テーブル」に関する発明が記載されている。同明細書の記載及び図面によれば、同明細書には、「2つの固定式両端部の裏面に脚を取り付け、左右の脚間に前後に架橋した圧縮装置を設け、圧縮装置の上方に適宜着脱自在な中間部を配置する伸縮テーブルにおいて、上記圧縮装置は外管に内管を伸縮自在に挿通してなり、中間部は2つの固定式両端部間に圧縮装置の圧縮力により挟持される伸縮テーブル」の構成が記載されていると認められる。しかしながら、圧縮装置が、本件発明における「取替棚」に相当する中間部を支持する機能を有することは記載されておらず、したがって、同明細書には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。
   イ 乙第3号証は、1963年3月12日に特許権が付与され、本件特許出願前に発行されたと認められる米国特許第3080832号明細書であり、「折り畳み式伸縮テーブル」に関する発明が記載されている。同明細書の記載及び図面によれば、同明細書には、折り畳み式伸縮テーブルにおいて、所定枚数の適宜着脱可能なテーブル上面の板を、上面を面一に形成した、開いた方形チャンネル状の内側セクション、中間セクション、外側セクションを伸縮可能に接続したスライドに載置し、前後のスライドの中間セクション及び外側セクション状に掛止する構成が記載されていると認められる。しかしながら、本件発明における「取替棚」に相当する着脱可能なテーブル上面の板が掛止されるスライドセクションは、開いた方形チャンネル状のものであるから、これを管ということはできず、したがって、同明細書には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。
   ウ 乙第4号証は、本件特許出願前である1969年6月4日に発行された独国特許第1296762号明細書(公開文書)であり、「戸棚状の家具、特に台所用の家具、水平方向に移動可能な板を装備」に関する発明が記載されている。同明細書の記載及び図面によれば、同明細書には、戸棚状の家具において、4本の管状の伸縮はめ合い部品の上方に、本件発明における取替棚に相当する延長板を配置する構成が記載されていると認められる。しかしながら、同明細書には、「延長板の全面が安定して支えられるようにするため、伸縮はめ合い管の末端の突き出た部分に、リング状のディスタンスピース4bと4cが取り付けられている。このディスタンスリング4bと4cの外径は等しく、それによって、延長板1の確実で安定した支え台が形成される。このディスタンスピースが必要な理由は、伸縮案内装置2の伸縮はめ合い管2a〜2dの直径がそれぞれ異なるためである。」と記載されており、これによれば、本件発明における「取替棚」に相当する延長板は、伸縮はめ合い管のみによって支持されるのではなく、最も直径の大きい伸縮はめ合い管及び他の伸縮はめ合い管に取り付けられたディスタンスピースによって
支持されることが認められ、したがって、同明細書には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。
   エ 乙第9号証は、本件特許出願前である平成9年12月2日に発行された特開平9−308532号公開特許公報であり、「棚構造」に関する発明が記載されている。同公報の記載及び図面によれば、同公報には、「左右の柱部材に前後に架橋した伸縮パイプ材上に適宜着脱自在な基本板を掛止してなる棚において、上記伸縮パイプ材は外筒に内筒を伸縮可能に挿通してなり、左右の柱部材を、左辺部材・右辺部材の後方部に設けた柱部材挿入用の筒部に嵌入すると共に、左辺部材・右辺部材に伸縮パイプ材を連結し、所定枚数の基本板を2枚以上連結して平面板状に形成した伸縮棚板部を、前後の伸縮パイプ材上に掛止した棚構造」の構成が記載されていると認められる。しかしながら、同公報の図2では、本件発明における「取替棚」(ないし「取替棚」及び「固定棚」)に相当する基本板の一部は、本件発明における「内管」に相当する内筒に掛止されており、他に基本板を本件発明における「外管」に相当する外筒のみに掛止する構成は記載されておらず、したがって、同公報には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。

   オ 乙第18号証は、本件特許出願前である昭和52年10月18日に発行された実開昭52−137122号公開実用新案公報であり、「水切棚」に関する発明が記載されている。同公報の記載及び図面によれば、同公報に記載された水切棚の構成は、パイプ自体を棚部材とするものと認められ、これ以外の棚部材の構成は記載されていないから、同公報には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。
   カ 乙第25号証は、本件特許出願前である平成9年3月11日に発行された特開平9−65937号公開特許公報であり、「置棚」に関する発明が記載されている。同公報の記載及び図面によれば、同公報には、伸縮可能な置棚において、大径管とこれに摺動自在に挿通される小径管とからなる2本の棚受バーの間に棚部材がはめ込まれる構成が記載されていると認められる。しかしながら、同公報の図1では、本件発明における「取替棚」に相当する棚部材の一部は、本件発明における「内管」に相当する小径管の間にはめ込まれており、他に棚部材が本件発明における「外管」に相当する大径管のみの間にはめ込まれる構成は記載されておらず、したがって、同公報には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。

   キ 乙第35号証は、本件特許出願前である平成3年8月23日に発行された実公平3−40165号実用新案公報であり、「伸縮式ラック」に関する発明が記載されている。同公報に記載された実用新案登録請求の範囲の第1項は、「左右一対の縦フレーム3L,3Rと、該フレーム3L,3Rから対向状に突設される横桟5L,5Rとでラックフレーム1を構成し、横桟5L,5Rどうしを左右方向へ挿縮自在に嵌合連結し、左右に分割された一対の棚板部材2L,2Rのそれぞれを重合姿勢で伸縮可能にラックフレーム1に支持し、かつ重合部で下方に位置する方の棚板部材の突端に係合孔9を設けた下向きの側壁8bを形成し、該係合孔9が前記横桟に係合支持されている伸縮式ラック。」であり、同じく2項は、「左右の横桟5L,5Rが直径の異なる管材で形成されており、これら横桟5L,5Rの突端どうしが直接に嵌合連結されている実用新案登録請求の範囲第1項記載の伸縮式ラック。」であることが認められる。しかしながら、同公報の第1図では、本件発明における「固定棚」ないし「取替棚」に相当する棚板部材2Rの側壁8bの係合孔9は、本件発明における「内管」に相当する横桟5Lに係合支持されており、他に棚板部材の係合孔を本件発明における「外管」に相当する横桟5Rのみで係合支持する構成は記載されておらず、したがって、同公報には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。
   ク 乙第20、第28号証は、いずれも本件特許出願前である平成6年11月29日に発行された登録実用新案公報であり、「流し台キャビネットにおける置棚」に関する発明が記載されている。同公報に記載された実用新案登録請求の範囲の請求項1は、「左右の両側支脚間の前および後方に、丸または角パイプからなる横枠を係着固定し、該前後の横枠間に別途両端に鉤部を備えた適宜な棚材を架設したことを特徴とする流し台キャビネットにおける置棚」であり、さらに、同公報の考案の詳細な説明には、「前後の横枠(パイプ)を互いに嵌合可能な異径パイプによって伸縮可能にすることで、棚長を随時変更し得るような手段も講じたものである。」(段落【0009】)、「前後の横枠2・2又は2’・2’は、丸パイプ、角パイプの別を問わず、互いに嵌合してスライド可能な異径パイプ2b、2cによって構成することにより(図4参照)、伸縮可能な置棚とすることができるが、この場合において、前後の伸縮横枠2又は2’を構成する左右の大径パイプ2cと小径パイプ2bとが、前後の横枠で左右反対に位置するようにすれば、横枠の強度バランスがとれるだけでなく、仮に上記棚材4の鈎部4aが非伸縮の横枠用として前後同形の鉤部に成形されている場合であっても、前後いずれか一方の鉤部4が大径パイプ2cに緊密に係着されて、棚材の移動や脱落等を確実に防止できるのである。」(段落【0016】)との記載があることが認められる。しかしながら、上記記載の構成は、本件発明における「取替棚」に相当する棚材が、本件発明における「内管」に相当する小径パイプ2bにも架設されるものであり、他に棚材を本件発明における「外管」に相当する大径パイプ2cにのみ架設する構成は記載されておらず、したがって、同公報には、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。
   ケ そして、本件の他の証拠(とりわけ、被告が本件特許権にかかる無効審判請求事件及び異議申立事件において提出した証拠でもある、乙第5ないし第8、第10ないし第17、第19、第27、第29号証の1・2、第30ないし第33、第36ないし第43号証)のいずれにも、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成は記載されていない。

  (3) 上記(2)のとおり、本件に現れた全証拠によっても、本件特許出願以前において、本件発明における、「固定棚及び取替棚を外管のみで支持する」との構成が公然知られ、公然実施され、又は頒布された刊行物に記載されていたと認めることはできない。
    したがって、被告が主張するように、本件特許出願当時公然知られ、公然実施され、又は頒布されていた刊行物に記載されていた発明に基づいて、当業者であれば、本件発明に容易に想到することができたものと認めることはできず、本件特許権について、被告が主張するような無効理由が存在することが明らかであるということもできない。
 3 争点(3)(損害賠償の対象期間)について
  (1) 原告が、本件特許の出願公開後である平成13年7月27日、被告に対し、公開特許公報を添えて、警告書を送付し、これが同月30日に被告に到達したこと、及び、原告が、本件特許出願について、補正後の特許請求の範囲で特許すべきものとする旨の審決を受け、最初の特許料を納付した後である平成14年9月26日、被告に対し、補正後の特許請求の範囲と共にその旨を記した通告書を送付し、これがそのころ被告に到達したことは、前記「前提となる事実」(5)のとおり当事者間に争いがなく、甲第2及び第3号証の各1、第6号証によれば、上記警告書及び通告書は、いずれも原告から委任を受けた弁理士が原告を代理して発したものであることが認められる。

    弁理士は、その信用を害するような行為をすれば、弁理士法に基づく懲戒事由となるから(同法32条、29条)、一般に、弁理士が依頼者を代理して上記のような警告書や通告書を送付する際に、その中で客観的事実として記載された事項は、一応信頼するに足りる場合が多いと認めるべきである。
    したがって、上記警告書及び通告書の送付を受けた被告は、通告書が到達した時点(発送日からすると、遅くとも平成14年9月30日には到達していたものと推定すべきである。)においては、本件特許出願について、通告書に記載された補正後の特許請求の範囲で特許とすべき旨の審決がされ、最初の特許料も納付されたことを知っていたと認められる。
    そして、一般に、特許査定ないし特許審決がされ、特許料が納付されれば、特段の事情がない限り、早晩特許権の設定登録がされるのであるから、被告は、上記通告書の到達時において、本件特許出願についても、数日間ないし遅くとも数週間のうちには、特許権の設定登録がされるであろうことを、高い確度をもって予見することができたものと認めることができる。

  (2) 以上述べたところを前提として検討するに、被告は、上記通告書の到達によって、本件特許出願について、近い将来において、特許権設定登録がされるであろうこと、すなわち、近い将来において、自己のイ号物件の販売行為が原告が取得する特許権を侵害し、原告に損害を与える結果を招くであろうことを高い確度で予見することができ、しかも適法に販売行為ができる期間の正確な終期(特許権設定登録時)を知らなかったのであるから、被告としては、自らの違法な行為によって特許権者となる原告に損害を生じさせることを避けるために、その時点でイ号物件の販売行為を中止することができ、かつ、中止すべき注意義務を負っていたというべきであり、被告がこの注意義務に反してイ号物件の販売行為を継続した行為は、上記注意義務に違反したものというべきである。したがって、本件特許権の設定登録時以降に被告がイ号物件を販売し、本件特許権を侵害した行為については、過失を認めることができる。
    この点、被告は、上記通告の時点では特許権の設定登録はされておらず、発明の実施者には、将来のどの時点で設定登録がされるかは知り得ないところ、発明の実施行為は、設定登録までは適法な行為であるのに、実施者には知り得ない設定登録時以降の行為に過失を認めれば、実施者としては、実施行為が適法なはずの設定登録以前の時点で実施行為を中止せざるを得なくなると主張する。
    確かに、被告が主張するとおり、特許権の設定登録がされるまでは、その発明の実施行為は適法である。しかしながら、時期については確定的に知り得ないとしても、近い将来において実施行為が違法となり、これによって他者に損害を生じさせることが、実施者において高い確度で予見される場合において、その時点で実施行為を中止すれば、将来他者に損害を生じさせることを防止することができるのに、漫然とその実施行為を継続し、その結果、将来他者に損害を生じさせることまでもが許容されると解するのは相当ではなく、実施者においては、上記の予見が可能となった時点において、当該実施行為を中止すべき注意義務を負うものというべきである。

    また、被告は、特許公報が発行されるまでは、本件特許権が設定されたことを知るのは不可能であるにもかかわらず、設定登録時から過失を認めることは、当事者において予見・回避不可能な事情を起点として過失責任を認めることになると主張する。
    しかしながら、既に述べたとおり、過失自体は、実施者において、実施行為が近い将来違法となることが高い確度で予見可能となったにもかかわらず、その実施行為を継続して行った時点から生じており、設定登録時に実施行為が違法となることで、その時点から不法行為責任が発生するものというべきであるから、被告の上記主張も採用することができない。
    以上のとおりであるから、被告は、本件特許権の設定登録時以降のイ号物件の販売行為について、過失が認められ、損害賠償責任を負うべきものである。

 4 争点(4)(損害額)について
  (1) イ号物件について
    原告が本件発明の実施品を製造販売していることは当事者間に争いがない。
    甲第21ないし第25号証の各1・2によれば、原告が製造販売する本件発明の実施品である、「OR−BE1」及び「OR−BE2」の平均販売価格が、それぞれ1240.43円と2353.85円であること、1個当たりの利益額が、運賃(輸送費)を控除する以前においては、それぞれ471.07円と884.63円であることが認められる。
    原告が得るべき利益額から控除すべき運賃(輸送費)については、原告は、製品種類毎の運賃は把握していないと主張し、上記各製品の運賃を直接認定するに足りる証拠もない。
    しかしながら、甲第29号証によれば、原告の全製品における売上に対する運賃の割合が3.43パーセントであることが認められ(被告は上記証拠の信用性を疑問視するが、乙第49号証によれば、平成10年度から平成13年度までの化学分野〔ただし、原告と同様に樹脂製品の製造を主な業務とする会社のみではない。〕の国内183社における物流コスト〔ただし、その内容は会社によって異なる。〕の売上高に占める割合の平均値が、3.93パーセントから4.38パーセントの間にあることが認められるところ、この事実に照らせば、甲第29号証は格別疑わしいものということはできない。)、一方、乙第50号証によれば、原告が製造販売する各種製品のうち、「OR−BE1」及び「OR−BE2」は比較的大きい部類に属することが認められるところ、運賃は一般に荷物の大きさと重さによって決せられるものであるから、「OR−BE1」及び「OR−BE2」の運賃は原告の全製品の平均よりも高いことが推認されるが、これは直ちに「OR−BE1」及び「OR−BE2」の平均販売価格に対する運賃の割合が原告の全製品における売上に対する運賃の割合よりも高いことを意味するものではない。

    以上の事情に照らせば、他に特段の証拠のない本件において、「OR−BE1」及び「OR−BE2」の運賃について、その平均販売価格と原告の全製品における売上に対する運賃の割合を用いて算定することは合理的なものというべきである。
    したがって、「OR−BE1」及び「OR−BE2」の運賃は、以下のとおり算定される。
      「OR−BE1」について
        1,240.43円×0.0343=42.55円
      「OR−BE2」について
        2,353.85円×0.0343=80.74円
    上記の運賃額の認定によれば、したがって、運賃を控除した後の1個当たりの利益額は、「OR−BE1」が428.52円、「OR−BE2」が803.89円となる。
    ところで、特許権は設定登録により発生するものであり(特許法66条1項)、本件特許権の設定登録は前記「前提となる事実」(2)のとおり平成14年10月11日であるが、現実の設定登録は同日のいずれかの時点でされたものと推定されるところ、被告が同日に販売したイ号物件のうち、本件特許権の設定登録後に販売されたものがあることを認めるに足りる証拠はないから、損害額の計算においては、同月12日以降の販売分を基礎とするべきである。

    乙第47、第48号証によれば、平成14年10月12日以降の被告によるイ号物件の販売数は、別紙イ号物件販売数一覧表のとおりであったことが認められ、これによれば、「NOD−370」の販売数は1万0445箱、「NOD−370×2」の販売数は4万0395箱となり、このうち、訴状送達の日の翌日である平成15年1月19日までの販売数は、「NOD−370」が1万0023箱、「NOD−370×2」が3万9594箱であり、同日より後の販売数は、同月20日に「NOD−370」が213箱及び「NOD−370×2」が414箱、同月21日に「NOD−370」が209箱及び「NOD−370×2」が387箱である。
    以上によって計算すると、特許法102条1項により推定される、被告によるイ号物件の販売によって、原告が被った損害額は、以下のとおりとなる(各計算において小数点以下切り捨て)。

    @ 平成15年1月19日までの販売分
      「NOD−370」(「OR−BE1」相当品)について
        428.52円×10,023箱= 4,295,055円
      「NOD−370×2」(「OR−BE2」相当品)について
        803.89円×39,594箱=31,829,220円
      小計          36,124,275円
    A 平成15年1月20日の販売分
      「NOD−370」について
        428.52円×   213箱=    91,274円
      「NOD−370×2」について
        803.89円×   414箱=   332,810円
      小計             424,084円
    B 平成15年1月21日の販売分
      「NOD−370」について
        428.52円×   209箱=    89,560円
      「NOD−370×2」について

        803.89円×   387箱=   311,105円
      小計             400,665円
    C @ないしBの合計    36,949,024円
  (2) 弁護士費用及び弁理士費用について
    原告が被った損害額のうち、弁護士費用相当分としては、本件事案の難易、請求額、上記認容額、その他諸般の事情を勘案し、370万円をもって相当と認める。
  (3) 合計                 4064万9024円
 5 争点(5)(補償金請求権の成否とその額)について
  (1) 原告が、本件特許の出願後である平成13年7月27日、被告に対し、公開特許公報を付して警告書を送付し、これらが平成13年7月30日に被告に到達したことは前記「前提となる事実」(5)のとおり、当事者間に争いがない。
    ところで、本件特許の特許請求の範囲が、出願公開後に補正され、公開特許公報に記載されたものと登録時のものとでは異なることも、前記「争点」(5)の各当事者の主張のとおり、当事者間に争いがない。

    このように、特許出願人が出願公開後に発明の内容を記載した書面を提示して警告した後、補正によって特許請求の範囲が補正された場合において、その補正が元の特許請求の範囲を拡張、変更するものであって、警告を受けた者の実施している物品が、補正前の特許請求の範囲の記載によれば発明の技術的範囲に属しなかったのに、補正後の特許請求の範囲の記載によれば発明の技術的範囲に属することとなったときは、補償金請求のためには、補正後に改めて警告をするなどして、警告を受けた者が補正後の特許請求の範囲の内容を知ることを要するが、その補正が、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において補正前の特許請求の範囲を減縮するものであって、警告を受けた者の実施している物品が、補正の前後を通じて発明の技術的範囲に属するときは、補正後に再度の警告等により警告を受けた者が補正後の特許請求の範囲の内容を知ることを要せず、その者に対して補償金を請求することができるものと解するのが相当である。
    これを本件特許権についてみるに、前記「前提となる事実」(5)のとおり、本件発明について、公開特許公報に記載された特許請求の範囲は別紙公開特許公報の該当欄記載のとおりと認められるところ、これを登録された特許請求の範囲の前記「前提となる事実」(2)の分説に対応するように分説すると、以下のとおりとなる。
     A’   左右の支脚間に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止してなる置棚において、
     B   上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に、
     C’〜E’ 上記内管側の支脚から外管にかけて水平に支持し、かつ外管に対する支持部を当該外管の伸縮に応じて摺動自在とした固定棚を設けたことを特徴とする
     F   置棚
    登録された本件特許の特許請求の範囲を上記出願公開時の特許請求の範囲と比較すると、構成要件B及びFは同一であり、構成要件Aは、構成要件A’の「架橋した」の前に「前後に」の文言を挿入して、横桟の架橋態様を限定したものであり、構成要件Cは、構成要件C’〜E’の固定棚と内管側の支脚との関係を、単に固定棚を内管側の支脚上に配置することとされていたのを固定棚の「後方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入する」としてその取付態様を限定したものであり、構成要件Dは、構成要件C’〜E’の固定棚の外管に対する支持部を「固定棚の先端の支持部」として固定棚における位置を限定したものであり、構成要件Eは、構成要件C’〜E’の構成においては内管側の支脚に固定棚が配置され、かつ固定棚が外管にかけられるから、取替棚を掛止するのは棚受用横桟の外管に限定されるところ、これを明確にしたものであることが認められる。

    以上によれば、本件発明についての、公開特許公報に記載された特許請求の範囲から登録された特許請求の範囲への補正は、特許請求の範囲を減縮するものであったということができ、イ号物件は、上記補正の前後を通じて本件発明の技術的範囲に属するものと認められる。
    したがって、原告は、平成13年7月30日に被告に到達した公開特許公報を付した警告書を根拠として、その後にされたイ号物件の販売について、被告に対して補償金を請求することができる。
    なお、原告は、被告による平成14年10月11日のイ号物件の販売分については特許権侵害に基づく損害賠償請求権を主張し、補償金請求権としては基本的にその前日までの販売分について主張しているものであるが、その趣旨とするところは、平成14年10月11日の販売分については損害賠償請求権を主位的に主張するものであって、予備的には補償金請求権を主張しているものと解せられるものであるから、同日の販売分について補償金請求権を認めることを妨げるものではない。

  (2) 被告によるイ号物件の平均卸売価格が、「NOD−370」については1個当たり1246円、「NOD−370×2」については1個当たり1666円であったことは当事者間に争いがない。
    ところで、補償金請求の対象となる発明の実施は警告後のものに限られるが(特許法65条1項)、甲第2号証の2及び第3号証の2によれば、原告が発した警告書及び公開特許公報が被告に到達したのは、平成13年7月30日の正午から午後6時までの間であったと認められるところ、被告が同日に販売したイ号物件のうち、上記警告書の到達後に販売されたものがあることを認めるに足りる証拠はないから、原告が受けるべき補償金額の計算においては、同月31日以降の販売分を基礎とするべきである。
    乙第47、第48号証によれば、平成13年7月31日から本件特許権の登録日である平成14年10月11日までの被告によるイ号物件の販売数は、別紙イ号物件販売数一覧表のとおりであったことが認められ、これによれば、「NOD−370」の販売数は2万5690箱、「NOD−370×2」の販売数は17万9583個となる。

    補償金請求に際しての本件発明の実施料率としては、前記1で述べたところからうかがわれる本件発明の進歩性及び作用効果の程度、また、被告が、原告による本件訴訟提起後に、イ号物件の販売を中止し、これに代えてロ号物件の販売を開始しているところ、被告は、ロ号物件について、イ号物件と同一の製品番号を付し、同一の箱を使用して、イ号物件と同等品(ないし同一品)として販売していることが認められること(検甲1、検乙1、2、乙21)などに照らし、卸売価格の3パーセントをもって相当と認める。
    以上によって計算すると、原告が受けるべき補償金の額は、以下のとおりとなる。
      「NOD−370」について
        1,246円× 25,690箱×0.03=  960,292円
      「NOD−370×2」について

        1,666円×179,583箱×0.03=8,975,558円
      合計             9,935,850円
 6 結論
   以上のとおりであるから、原告の請求は、上記4で認定した損害額及び上記5で認定した補償金額、並びに、平成15年1月20日及び同月21日のイ号物件の販売による損害金に対してはそれぞれ同日から、その余の損害金に対しては被告による特許権侵害行為の後の日である同月19日から、補償金に対しては本件訴状による請求が被告に送達された翌日である同月19日からのそれぞれ遅延損害金を求める限度で理由がある。
   よって、主文のとおり判決する。


      大阪地方裁判所第26民事部

          裁判長裁判官    山  田  知  司

             裁判官    中  平     健

             裁判官    守  山  修  生