◆H16. 6.29 東京高裁 平成14(行ケ)541 特許権 行政訴訟事件
平成14年(行ケ)第541号 特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年6月22日
判 決
原 告 株式会社大都技研
同訴訟代理人弁護士 和田信博
同 野中武
同 弁理士 大塚康徳
同 木村秀二
被 告 特許庁長官 小川洋
同指定代理人 藤井俊二
同 立川功
同 涌井幸一
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が、異議2000−73009号事件について、平成14年9月3日にした異議の決定を取り消す。
第2 事案の概要
1 争いのない事実
(1) 手続の経過
原告は、発明の名称を「遊戯台」とする特許第3007080号(平成10年10月30日特許出願、特願平10−311405号、平成11年11月26日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者である。
訴外A外2名は、本件特許の請求項1ないし21に係る特許に対し、特許異議の申立てをした。
特許庁は、上記申立てを異議2000−73009号事件として審理した上、平成14年9月3日、「特許第3007080号の請求項1ないし21に係る特許を取り消す。」との異議の決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同月24日、原告に送達された。
(2) 本件特許の各請求項に記載された発明(以下「本件各発明」といい、請求項1に記載された発明を「本件発明」という。)の要旨
本件各発明の要旨は、本件決定に記載された、以下のとおりである。
【請求項1】特定絵柄を含む複数種類の絵柄よりなる絵柄列を複数列備え、メダルまたは玉等の遊戯媒体を投入し、遊戯の開始操作により前記複数列の絵柄列を絵柄表示窓上で移動を開始させると同時に、抽選により内部入賞の当否を確定し、前記内部入賞した場合を内部入賞状態とし、各絵柄列に対応した停止操作に対して、前記各絵柄列を前記内部入賞状態に基づいた所定の組み合せで絵柄が絵柄表示窓上に表示されるように制御して停止させ、停止した前記絵柄表示窓上の絵柄の組み合わせから入賞を定め、所定の数の遊戯媒体を払い戻す遊戯台であって、
1)所定の絵柄の組み合せが前記絵柄表示窓上に揃った場合には特定遊戯状態の制御を行い、前記特定遊戯状態では通常遊戯状態よりも、所定の遊戯回数に限って所定絵柄の入賞確率が高くなる制御を行い、前記特定遊戯状態における一般遊戯中に、所定の絵柄の組み合せが前記絵柄表示窓上に揃った場合には特別遊戯の行える特別遊戯状態の制御を行い、
2)前記特定遊戯状態での一般遊戯の回数が所定の回数経過するか、または前記特別遊戯の回数が所定の回数経過した場合、前記特定遊戯状態を解除し、
3)また、特定遊戯状態でない時に特別遊戯の行える所定の絵柄の組み合せが前記絵柄表示窓上に揃って停止した場合には特別遊戯を1度限り行える特別遊戯状態の制御を行い、
4)制御部が前記特定遊戯状態になるように絵柄列の停止位置を制御する内部特定入賞状態と、前記特定遊戯状態でない時に制御部が前記特別遊戯状態になるように制御する内部特別入賞状態は、前記内部入賞状態に含まれ、
5)制御部は、前記内部特定入賞状態または内部特別入賞状態を、前記絵柄列の停止時に絵柄表示窓上に表示される絵柄列の組み合せが前記特定遊戯状態になる組み合せまたは前記特別遊戯状態になる組み合せになるまで保持し、
6)前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記内部特定入賞状態と内部特別入賞状態を含む、前記内部入賞状態並びにその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知することを特徴とする遊戯台。
【請求項2】 前記内部入賞状態並びにその種類を複数の物理的手段の組み合せで報知することを特徴とする請求項1記載の遊戯台。
【請求項3】 前記報知は、前記物理的手段による所定の報知パターンを所定の報知順序に従って報知することを特徴とする請求項1または2記載の遊戯台。
【請求項4】 前記物理的手段は、照明、音源、振動、固体の突出動作、またはこれらの組み合せによる物理的手段を含むことを特徴とする請求項1乃至3項のいずれかに記載の遊戯台。
【請求項5】 前記照明には、照明による所定の絵、文字、図形、またはこれらの組み合せを報知パターンとして含むことを特徴とする請求項4記載の遊戯台。
【請求項6】 前記照明による報知パターンには、各照明の消灯、点灯、点滅、またはこれらの組み合せを含むことを特徴とする請求項5記載の遊戯台。
【請求項7】 前記照明には、絵柄の前面からの照明、絵柄の背面からの照明、遊戯台の前面の表示パネル、またはこれらの組み合せによる表示を含むことを特徴とする請求項4乃至6項のいずれかに記載の遊戯台。
【請求項8】 前記絵柄の背面からの照明には、前記絵柄背面からの照明の組み合せによる所定の報知パターンが、所定の順序にしたがって順次遊戯者に報知されることを特徴とする請求項7記載の遊戯台。
【請求項9】 前記音源には音楽、声、鳥や動物の鳴き声、騒音、擬音、またはこれらの組み合せを含むことを特徴とする請求項4記載の遊戯台。
【請求項10】 前記振動にはスタートレバーの振動、または特設の振動部を含むことを特徴とする請求項4記載の遊戯台。
【請求項11】 前記報知をする時は、前記絵柄列の移動開始時から、前記絵柄列が等速移動に達するまでの間であることを特徴とする請求項1乃至10項のいずれかに記載の遊戯台。
【請求項12】 前記絵柄列が絵柄表示窓上で停止した時に、前記内部特定入賞状態と内部特別入賞状態を含む、内部入賞状態とその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知することを特徴とする請求項1乃至11項のいずれかに記載の遊戯台。
【請求項13】 前記内部入賞状態並びにその種類を複数の物理的手段の組み合せで報知することを特徴とする請求項12記載の遊戯台。
【請求項14】 前記報知は、前記物理的手段による所定の報知パターンを所定の報知順序に従って報知することを特徴とする請求項12または13記載の遊戯台。
【請求項15】 前記物理的手段は、照明、音源、振動、固体の突出動作、またはこれらの組み合せによる物理的手段を含むことを特徴とする請求項12乃至14項のいずれかに記載の遊戯台。
【請求項16】 前記照明には、照明による所定の絵、文字、図形、またはこれらの組み合せを報知パターンとして含むことを特徴とする請求項15記載の遊戯台。
【請求項17】 前記照明による報知パターンには、各照明の消灯、点灯、点滅、またはこれらの組み合せを含むことを特徴とする請求項16記載の遊戯台。
【請求項18】 前記照明には、絵柄の前面からの照明、絵柄の背面からの照明、遊戯台の前面上部のパネル、またはこれらの組み合せによる表示を含むことを特徴とする請求項15乃至17項のいずれか記載の遊戯台。
【請求項19】 前記絵柄の背面からの照明には、前記絵柄背面からの照明の組み合せによる所定の報知パターンが、所定の順序にしたがって順次遊戯者に報知されることを特徴とする請求項18記載の遊戯台。
【請求項20】 前記音源には音楽、声、鳥や動物の鳴き声、騒音、擬音、またはこれらの組み合せを含むことを特徴とする請求項15記載の遊戯台。
【請求項21】 前記報知の期間は、全絵柄列が停止した後数秒間継続して報知されることを特徴とする請求項12乃至20項のいずれかに記載の遊戯台。
(3) 本件決定は、別紙異議の決定書写し記載のとおり、本件発明が、登録実用新案第3053235号公報(甲3、以下「引用例1」という。)、実公平5−7008号公報(甲4、以下「引用例2」という。)、特開平8−117390号公報(甲5、以下「引用例3」という。)、特開平5−237257号公報(甲6、以下「引用例4」という。)、特開平6−335560号公報(甲7、以下「引用例5」という。)及び特開平10−33750号公報(甲8、以下「引用例6」という。)に記載された各発明(以下「引用発明1」ないし「引用発明6」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものである。
2 原告主張の本件決定の取消事由の要点
本件決定は、本件発明が、引用発明1、2及び6に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと判断するとともに、引用発明5に基づいても、当業者が容易に発明をすることができたと判断するものであるところ、本件決定は、本件発明と引用発明1との相違点(C)における判断を誤る(取消事由1)とともに、本件発明と引用発明5との対比において、引用発明5の認定を誤り、その結果両者の相異点を看過したものである(取消事由2)から、違法として取り消されるべきである。
(1) 相違点(C)の判断誤り(取消事由1)
ア 本件発明と引用発明1との相違点(C)が、本件決定認定のとおり、「前記内部入賞状態並びにその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知するのが、本件請求項1に係る発明では、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」であるのに対し、引用例1の発明では、その内部当り状態が設定されている特定の賞に入賞しなかった場合に遊技者に内部当り状態が設定されていることを報知する点」(16頁)であることは認めるが、上記相違点の検討において、「引用例2又は6に、スタートレバーが操作されリールが回転しているときに内部入賞状態を遊技者に報知することが記載されているから、引用例1の発明において、リールが回転したときに、内部当り状態並びにその種類を遊戯者に報知するように構成することは当業者なら容易に想到できることである。」(17頁)と判断したことは、以下のとおり、誤りである。
イ まず、引用発明1では、内部入賞状態の報知の時期について、内部入賞状態に至った遊戯において入賞に至らなかった場合に、次遊戯以降でこれを報知することしか記載されておらず、各遊戯のどのタイミングで報知を行うかについて何ら着目されていない。
しかも、引用例1(甲3)の【0008】ないし【0010】では、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に報知する」ことを記載した引用例2を従来技術として位置付けるとともに、「しかしながらこの場合は、遊技者の意識はその表示装置の作動の有無に集中しがちとなり」として、引用例2における「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に報知する」ことを従来の課題としている。要するに、引用例1では、内部入賞状態の報知のタイミングとして、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」とすることを一つの問題であるとしているのである。
そして、進歩性の判断において、各引用例記載の発明を相互に組み合わせることが容易であるためには、一方の発明を他方の発明に適用するに当たり、これを妨げる事由が存在しないことが前提となる。この点、引用発明1においては、報知のタイミングとして「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」を採用することに問題があるとしている。したがって、引用発明1においては、該報知のタイミングを適用することを妨げる事由が存在する。
ウ また、本件発明は、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」に、「前記内部特定入賞状態と内部特別入賞状態を含む、前記内部入賞状態並びにその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知すること」を特徴とするものであり、単に内部入賞状態の有無のみならず、その種類を遊戯者がリールの停止操作前に認識できるようにすることで、各入賞役を狙い打ちすることを可能とし、容易に入賞を得られるようにしたものである。
一方、引用発明1は、遊戯者の興味を継続的に引きつけることに着目し、内部当り状態にあることを報知するとともに、内部当り状態となっていない場合にも擬似報知を行うようにしたものである(段落【0010】等)。また、内部当り状態にあることの報知も、内部当り状態に至ればすぐに行われるのではなく、その遊戯で入賞できなかったことを前提として行われる(段落【0011】等)。要するに、引用発明1は、内部当り状態の報知又はその擬似報知を適宜行うことで、内部当り状態にあるかも知れないという期待感を遊戯者に常時抱かせ、遊戯性を向上せんとするものである。
したがって、引用発明1は、本件発明のように、各入賞役を狙い打ちすることを可能とし、容易に入賞を得られるようにするという遊戯の構成とは、異なる構成を前提とするものである。
エ さらに、引用例2及び6には、絵柄列の停止操作前に内部入賞状態の種類を遊戯者に知らしめるという発想はなく、このように遊戯の構成の着目点が異なる引用例2及び6を引用例1に組み合わせても、本件発明を実現することはできない。
オ 個々に見ても、引用発明2は、遊戯者が内部当り状態を知ることができないことに着目し、内部当り状態を報知することで遊戯の興趣を向上させようとしたものであり、その報知はリールの停止操作前に行われ、内部入賞状態を知ることができるものの、その種類までは知ることができない。したがって、本件発明のように各入賞役を狙い打ちすることに着目したものではなく、遊戯の構成が異なるものである。
同様に、引用発明6は、内部当り状態の報知の有無が遊戯店の経営方針に影響することに着目し、内部当り状態の報知をするか否かを、適宜設定できるようにしたものであるから、そもそも遊戯の構成に関するものではない。
このように、引用例2及び6は、本件発明の遊戯の構成に着目したものではなく、それぞれ独自の着想に基づいた遊戯構成を提案したものであるから、各引用例に散点的に本件発明の構成が記載されているからといって、これらを結びつける動機付けとなるものはなく、本件発明は、引用例1、2及び6から容易に発明できたものではない。
(2) 引用発明5の認定の誤り(取消事由2)
本件決定は、引用発明5が、内部入賞状態の種類を報知するものと誤認し、その結果、本件発明と引用発明5との対比において、「本件発明が内部入賞状態の種類を報知するものであるのに対し、引用例5はそのようになっていない」との相違点を看過したものである。
(3) 本件各発明について
本件決定は、請求項1に係る本件発明が進歩性なしと判断したことを前提として、その従属項である請求項2ないし21に係る本件各発明が、引用例1ないし6に基づいて当業者が容易に発明することができたと判断するところ、上述したとおり、本件発明は進歩性を有する発明であり、上記判断の前提が誤っている以上、請求項2ないし21に係る本件各発明の進歩性も誤って判断したものである。
3 被告の反論の要点
本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。
(1) 取消事由1について
ア 引用例1における、ボーナスゲームの内部入賞状態を報知する表示装置を設け、複数のシンボル列の少なくとも最初の1個が停止制御されるまでの間は継続して内部入賞状態であることを報知するという「従来の技術」の記載(段落【0008】)と、「しかしながらこの場合は、遊技者の意識はその表示装置の作動の有無に集中しがちとなり」という「考案が解決しようとする課題」の記載(段落【0009】)からでは、引用発明1が、「絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に報知する」ことを課題(問題点)としているとは、到底いうことができない。
ボーナスゲームの内部入賞状態を表示装置によって報知する遊戯機においては、報知時期の如何を問わず、遊戯者は、内部入賞状態であることを知るために、その表示装置の作動の有無に意識を払わなけらばならず、また、その表示装置が作動しなければ決してボーナスゲームに入賞することはないから、上記「考案が解決しようとする課題」の記載は、内部入賞状態を表示装置によって報知する遊戯機における、一般的な問題点を述べたものにすぎない。
引用例1の記載(段落【0010】及び【0095】)からみて、引用発明1は、従来技術である引用発明2が、ボーナスの内部入賞状態のみを表示装置によって報知しており、その報知が136ゲーム程度の間に1回程度しか報知されないことに問題があるとしているのであり、内部入賞状態であることの報知のタイミングを、絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時とすることに問題があるとはしていないことが明らかである。
イ また、引用発明1は、その遊戯で入賞できなかった場合に、内部入賞(内部当り)状態及びその種類を遊戯者に報知するから、その報知によって、遊戯者は、内部特定遊戯状態に入賞しているか、あるいは内部特別遊戯状態に入賞しているかを知ることができ、リールの絵柄を見ながら、特定遊戯状態、あるいは特別遊戯状態の図柄が絵柄表示窓上に揃うようにストップボタンを押す(狙い打ちする)ことができるのである。
このように内部入賞を報知している引用発明1は、本件発明のように各入賞役を狙い打ちすることを可能とし、容易に入賞を得られるようにするという構成と異なるものではない。
ウ さらに、引用発明1は、絵柄列の停止操作を行う前に、内部入賞状態(内部当り状態)であるか否かの抽選を行っており、しかも、報知情報の内容とその報知時期とは分離することができないような関係があるものではない。そして、引用発明1、2及び6は、いずれも遊戯台に関する発明であり、抽選によって決定された内部入賞状態であることの情報を遊戯者に報知することによって、遊戯者の興趣、遊戯意欲を高める等の点で共通するものであることは明らかであって、内部特定入賞状態と内部特別入賞状態の報知を行う引用発明1において、その報知のタイミングを引用発明2及び6の時に変更することは、当業者なら容易にできることである。
エ しかも、引用発明2では、リクエスト信号が出力されるのは「ボーナスゲーム」に内部入賞したときのみであるから、内部入賞した報知があれば、遊戯者は、「ボーナスゲーム」に内部入賞したことがわかるのである。すなわち、引用発明2は、「絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」に、「内部入賞状態並びにその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知」しているといえる。
また、引用発明6には、原告の摘記した構成とともに、スロットマシンにおける遊戯の構成が開示されているから、「遊戯の構成に関するものではない」という原告の主張は失当である。
(2) 取消事由2について
原告は、本件発明が引用発明5に基づいて容易に発明をすることができたという本件決定の理由に関し、引用発明5の認定に誤りがあり、その進歩性の判断が誤りであると主張するが、上記に述べたように、本件発明は、引用発明1、2及び6に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることは明らかである。
したがって、その余の原告の主張について当否の意見を述べるまでもなく、本件決定は正当である。
(3) 本件各発明について
本件発明が進歩性なしと判断した本件決定に誤りはなく、また、その従属項である請求項2ないし21に係る発明が、引用例1ないし6に基づいて、当業者が容易に発明することができたと判断した本件決定にも誤りはない。
第3 当裁判所の判断
1 相違点(C)の判断誤り(取消事由1)について
(1) 本件発明と引用発明1との相違点(C)が、本件決定の認定のとおり、「前記内部入賞状態並びにその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知するのが、本件請求項1に係る発明では、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」であるのに対し、引用例1の発明では、その内部当り状態が設定されている特定の賞に入賞しなかった場合に遊技者に内部当り状態が設定されていることを報知する点」(16頁)であることは、当事者間に争いがない。
原告は、本件決定における上記相違点(C)の判断(17頁)が誤りであると主張するので、以下検討する。
(2) 原告は、引用発明1では、内部入賞状態の報知の時期について、内部入賞状態に至った遊戯において入賞に至らなかった場合に、次遊戯以降でこれを報知することしか記載されておらず、各遊戯のどのタイミングで報知を行うかについて何ら着目されておらず、しかも、引用例1の記載(【0008】ないし【0010】)によれば、引用例1では、内部入賞状態の報知のタイミングとして、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」とすることを一つの問題であるとしているから、引用発明1において、該報知のタイミングを適用することを妨げる事由が存在すると主張する。
この点について、引用例1(甲3)には、「【0007】ところが、従来のスロットマシンのほとんどは、上述の抽選で内部当り状態となっていることを遊技者に報知しないため遊技者の認識が低く、だらだらと遊技を行って無駄なメダルを使ったり、内部当り状態が継続しているのに別の遊技台に替わって次にその遊技台で遊技する他の遊技者にBBやRB等を言わば横取りされるような結果となることが往々にしてあった。【0008】実公平5−7008号(注、引用例2)には、ボーナスゲームの入賞リクエスト信号発生(抽選での内部当り)を発光又は発音により報知する表示装置を設け、複数のシンボル列の少なくとも最初の1個が停止制御されるまでの間は継続して入賞リクエスト信号が発生されたことを報知するようにしたスロットマシンが開示されている。【0009】しかしながらこの場合は、遊技者の意識はその表示装置の作動の有無に集中しがちとなり、然も、その表示装置が作動しなければ決してボーナスゲームに入賞し得ない。抽選でBBやRBに内部当りになる確率は、例えばBBが1/250、RBが1/300程度であり、合計でも1/136程度であるから、遊技者は、平均136ゲーム程度の間、「外れ」、「外れ」、「外れ」と知らされながら遊技用のメダルを単に消費する感覚で遊技を続ける状態となって興味が続かないことが往々にしてある。【0010】本考案は、従来技術における上記のような課題に鑑み行われたものであって、その目的とするところは、特定の賞について内部当り状態にあることを遊技者に報知すると共に、その特定の賞に内部当り状態となっていない場合にも疑似報知を行うことにより、遊技者の興味を継続的に引きつけることのできる、スロットマシン等の遊技装置を提供することにある。」と記載されている。
これらの記載によれば、引用発明1は、ボーナスゲームの内部入賞状態及びその種類を報知するに際し、従来例である引用例2のように、単に当該内部入賞状態にあることを発光又は発音により報知するだけでは、例えば、BBやRBに内部入賞する確率が合計でも1/136と極めて低いことから、遊戯者の興味が続かないということを技術課題とし、この技術課題を、「特定の賞について内部当り状態にあることを遊技者に報知すると共に、その特定の賞に内部当り状態となっていない場合にも疑似報知を行う」との構成を採用し、遊戯者の興味を継続的に引きつけることにより解決した発明であると認められる。そして、引用発明1は、内部当たり状態が設定されている特定の賞に入賞しなかった場合に、遊戯者に内部当たり状態が設定されている旨を報知するものであるが、その報知のタイミングを問題とするものでないことが明らかであり、原告が主張するように、引用例2が開示したとされる報知のタイミングの欠点を技術課題としたものとは、到底、認められない。
したがって、原告の上記主張は、引用例1の記載を正解しないで非難するものであって、採用することができない。
(3) また、原告は、本件発明が、単に内部入賞状態の有無のみならず、その種類を遊戯者がリールの停止操作前に認識できるようにすることで、各入賞役を狙い打ちすることを可能とし、容易に入賞を得られるようにしたものであるのに対し、引用発明1は、内部当り状態の報知又はその擬似報知を適宜行うことで、内部当り状態にあるかも知れないという期待感を遊戯者に常時抱かせ、遊戯性を向上せんとするものであるから、異なる構成を前提とするものであると主張する。
この点に関し、本件特許に係る明細書(甲2)には、「【0007】<内部情報の報知>更に、この内部入賞状態を内部情報として遊戯者に分かるように、絵柄列(リール)の停止制御により、通常とは異なる所定の組合せの絵柄(リーチ目)が前記絵柄表示窓上に停止するように制御して報知することが一般的である。遊戯者は、リーチ目を見たならば、内部特定遊戯状態に入賞しているか、あるいは内部特別遊戯状態に入賞しているかを判断または推定し、該当する特定の絵柄が絵柄表示窓上に揃うようにストップボタンを押し(狙い打ち)ていた。」と記載されている。この記載は、従来の技術に関するものではあるが、本件発明は、上記の記載に係る点を変更するものではないから、従来同様、特定の賞に入賞しているという「内部情報」を遊戯者に報知することによって、遊戯者に当該賞に該当する絵柄を揃えるように促すことを目的とするものであると認められる。
他方、引用発明1は、前示のように、特定の賞について内部当り状態にあること及びその種類を遊戯者に報知するとともに、内部当り状態となっていない場合にも疑似報知を行うことにより、遊戯者の興味を継続的に引きつけることとしたものである。
そうすると、本件発明と引用発明1とでは、内部当り状態にあることについての情報の信頼性に差があるとしても、報知された当該情報に基づいて、遊戯者に狙い打ちすることを促し、容易に入賞を得られるようにしたものである点では差異がないから、両発明が、(本件決定の認定した相違点以外にも)その構成において異なるとする原告の上記主張は、採用することができない。
(4) 次に、原告は、引用例2及び6には、絵柄列の停止操作前に内部入賞状態の種類を遊戯者に知らしめるという発想はなく、このように遊戯の構成の着目点が異なる引用例2及び6を引用例1に組み合わせても、本件発明を実現することはできないと主張する。
この点について、引用例2(甲4)には、「本考案は,・・・ボーナスゲームあるいは高配当が得られるような特定の入賞が発生されやすい状態になっている場合には,これを遊技者に報知することによって遊技者に大きな期待感を与え」(2頁3欄)、「ゲームを行った結果,各リール4〜6相互間のシンボルの組み合わせが「7」−[7]−[7]になった場合にはボーナスゲームの特典が与えられるようになっている。」(3頁5欄)、「一方,リクエスト信号発生回路38からリクエスト信号が発生されたときには,表示ランプ駆動回路55に駆動信号が出力される。この結果,配当パネル15内に設けられた表示ランプ16が点灯動作してリクエスト信号の発生,すなわちボーナスゲームとなるシンボルの組み合わせが得やすいように,リール4〜6が停止制御される状態になっていることを表示する。」(4頁7欄)と記載されている。
これらの記載によれば、引用発明2では,ボーナスゲーム、あるいは、高配当が得られるような特定の入賞が発生されやすい状態になっている場合に、これを遊戯者に報知して,遊戯者に特定の絵柄を揃えるように促すことが開示されており、その報知のタイミングは、リールが回転し始めてから内部抽選により入賞が決定した時点であって、このタイミングは本件発明と同様のものと認められる。
また、引用例6(甲8)には、「【0004】【発明が解決しようとする課題】しかし、上記した従来のスロットマシンでは、スロットマシンを設置した遊技店にとっては、当該スロットマシンの設置時には、内部抽選手段による抽選結果を表示することが、市場調査等の結果、遊技店の経営上好ましいと判断したが、当該スロットマシンを設置し営業を継続していくうちに、遊技者の志向等の状況の変化に伴って、内部抽選手段による抽選結果を表示しない方が遊技店の経営上好ましくなったと判断しても、設置されている遊技機を、内部抽選手段による抽選結果を表示するように改造することは、制御ソフトの書き換え等を伴うことから、困難であるといった問題点があった。【0006】そこで、請求項1〜5記載のスロットマシンは、上記した従来の技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、抽選結果が入賞であることを報知するか否かを、変更可能にすることにより、抽選結果が入賞であることを報知する営業形態にも、抽選結果が入賞であることを報知しないとする営業形態にも、いずれの遊技形態にも柔軟に対応することのできるスロットマシンを提供しようとするものである。【0009】【課題を解決するための手段】本発明は、上記した目的を達成するためのものであり、以下にその内容を図面に示した発明の実施の形態の一例を用いて説明する。請求項1記載のスロットマシンは、フラグ発生手段(112)には、抽選結果が、特別の入賞であることを条件に、特別入賞フラグを発生させる特別フラグ発生手段(110)と、抽選結果が、特別の入賞以外の通常の入賞であることを条件に、通常入賞フラグを発生させる通常フラグ発生手段(111)とを備え、結果報知手段(例えば結果報知ランプ20)には、特別入賞フラグが発生したことを条件に、抽選結果が特別の入賞であることを報知する特別報知手段(例えば特別報知ランプ群21)と、通常入賞フラグが発生したことを条件に、抽選結果が通常の入賞であることを報知する通常報知手段(例えば通常報知ランプ群22)と、前記両結果報知手段21,22による抽選結果の報知を行うか否かを選択可能な選択手段(例えば操作スイッチ90)とを備えたことを特徴とする。【0034】スタートスイッチ73が遊技者によって操作されると、パルス出力手段120は、駆動パルスを出力することにより、各回転リール40〜42の回転を開始させる。また、スタートスイッチ73が操作されると、乱数抽出手段102は、乱数発生手段101から発生する乱数のうち、いずれかの乱数値を抽出する。入賞判定手段104は、前記乱数抽出手段102が抽出した乱数値を、前記判定テーブル103と照合し、入賞判定を行う。【0036】ここで、通常の入賞とは、有効化された賞ライン60〜64上に並んだ図柄の組み合わせが、予め定められた所定の図柄の組み合わせ、例えば「1」「1」「1」と一致する場合に、所定枚数の賞メダルが払い出されるゲームをいう。また、特別の入賞とは、有効な賞ライン60〜64上に並んだ停止図柄の組み合わせが予め定められた所定の図柄の組み合わせ、例えば「7」「7」「7」と一致する場合に行われる遊技であって、以降の所定回数のゲームにおいて、通常ゲームにおける通常入賞の確率よりも高確率に設定されている。【0037】ここでは、非入賞の場合には結果報知を行わないので、まず、特別の入賞と判定された場合及び通常の入賞と判定された場合について説明する。入賞判定手段104による入賞判定の結果、特別の入賞と判定されると、特別フラグ発生手段110は、特別入賞フラグを発生させる。特別フラグ発生手段110によって特別入賞フラグが出力されると、報知制御手段130は、特別報知ランプ群21を点滅させる。【0038】また、入賞判定手段104による入賞判定の結果、通常の入賞と判定されると、通常フラグ発生手段111は、通常入賞フラグを発生させる。通常フラグ発生手段111によって通常入賞フラグが出力されると、報知制御手段130は、通常報知手段としての通常報知ランプ群22を点滅させる。これに対し、入賞判定手段104による入賞判定の結果、非入賞と判定されると、入賞フラグは発生されないことから、報知結果手段による報知は行われない。」と記載されている。
これらの記載によれば、引用発明6は、抽選結果が入賞であることの報知をするか否かを遊戯店が選択できる構成を採用するとともに、通常の入賞と特別の入賞とを、特別報知ランプ群21と通常報知ランプ群22という異なる表示態様で報知することを開示しており、その入賞の報知は、ゲームがスタートし、リールが回転してから行われる入賞判定の結果を受けて行われることが明らかであるから、この報知のタイミングは、「前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時」とする本件発明と同様のものと認められる。
そうすると、引用発明2及び6は、いずれも絵柄列の停止操作前に内部入賞状態の種類を遊戯者に報知するものであるから、報知のタイミングは、本件発明のタイミングと同様であり、これを引用発明1に適用することについては何らの支障も認められず、原告の上記主張は、到底、採用することができない。
(5) さらに、原告は、引用発明2が、リールの停止操作前に内部入賞状態を知ることができるものの、その種類までは知ることができないから、本件発明のように各入賞役を狙い打ちすることに着目したものではなく、遊戯の構成が異なると主張する。
しかしながら、引用発明2は、前示のとおり、ボーナスゲームのみならず、高配当が得られるような特定の入賞が発生されやすい状態になっている場合に、これを遊戯者に報知することも想定しているものと認められるから、本件発明と同様に、異なる入賞状態を各別に報知することも示唆しているものといえる。しかも、引用発明2は、本件発明と引用発明1との相違点(C)に係る報知のタイミングの検討のために引用されたものであり、内部入賞状態の種類を報知することは、既に引用発明1に開示されているところである。したがって、原告の上記主張は、引用例2を正解せずに論難するものであり、これを採用する余地はない。
また、原告は、引用発明6が、内部当り状態の報知の有無が遊戯店の経営方針に影響することに着目し、その報知の有無を適宜設定できるようにしたものであるから、そもそも遊戯の構成に関するものではないと主張する。
しかしながら、引用発明6は、前示のとおり、抽選結果が入賞であることの報知をするか否かを遊戯店が選択できる構成を採用するとともに、本件発明と同様に、通常の入賞と特別の入賞とを、異なる報知ランプ群という表示態様で報知することを開示しているものと認められる。したがって、これに反する原告の前記主張も、採用することができない。
(6) 以上の説示に照らして、引用例2及び6が、本件発明の遊戯の構成に着目したものではなく、それぞれ独自の着想に基づいた遊戯構成を提案したものであるから、各引用例に散点的に本件発明の構成が記載されているからといって、これらを結びつける動機付けとなるものではないとする原告の主張が採用できないことも明らかである。
2 引用発明5の認定の誤り(取消事由2)等について
本件発明は、取消事由1で判断したように、引用発明1、2及び6から当業者が容易に発明することができたことが明らかであるから、取消事由2について検討するまでもなく、本件決定の結論は正当といわなければならない。
そうすると、本件決定が、本件発明を進歩性なしと判断したことを前提として、その従属項である請求項2ないし21に係る本件各発明についても、引用例1ないし6に基づいて当業者が容易に発明することができたと判断したこともまた、正当といわなければならない(原告は、これらの発明について、独自の取消事由を主張するものではない。)。
3 結論
以上のとおり、本件各発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件決定には誤りがなく、その他本件決定に取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第1部
裁判長裁判官 北 山 元 章
裁判官 清 水 節
裁判官 上 田 卓 哉