H16.10.29 東京地裁 平成15(ワ)27420 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第27420号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年8月24日
                   判   決
             原告          松下電器産業株式会社
             同訴訟代理人弁護士   大 野 聖 二
             同                      中 道   徹
             同補佐人弁理士        田 中 久 子
             同                      加 藤 真 司
             被告          株式会社ジャストシステム
             同訴訟代理人弁護士   福 島 栄 一
             同                      菅   尋  史

             同                      永 田 早 苗
             同                      大 向  尚 子
             同補佐人弁理士        木 村      満
             同                      石 井 裕一郎
             同           雨 宮 康 仁
                   主   文
     1 原告の請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は原告の負担とする。
                   事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,別紙物件目録イ号記載の物件を,製造し,譲渡及び貸渡しを行い,譲渡及び貸渡しの申出をしてはならない。
 2 被告は,第1項記載の物件を廃棄せよ。
 3 被告は,別紙物件目録ロ号記載の物件を,製造し,譲渡等(譲渡,貸渡し,電気通信回線を通じた提供)を行い,譲渡等の申出をしてはならない。

 4 被告は,第3項記載の物件を廃棄せよ。
 5 被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成15年12月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
   (1) 当事者
      原告は,映像・音響機器,家電品,情報・通信機器等の製造・販売等を業とする株式会社である。
      被告は,コンピュータシステムの開発及び販売等を目的とする株式会社である。
  (2) 原告の特許権
     原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲請求項1の特許発明を「本件第1発明」,同請求項2の特許発明を「本件第2発明」といい,併せて「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書(甲2。別紙公報参照。)を「本件明細書」という。)を有している。

    特許番号  第2893836号
    発明の名称  文書作成装置及び文書作成方法
    出 願 日  平成2年4月5日
    出願番号  特願平2−90840
    公 開 日  平成3年12月19日
    公開番号  特開平3−288894
    登 録 日    平成11年3月5日
    特許請求の範囲請求項1
           「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータを記憶する記憶手段と,影付き文字の生成を指示する指示手段と,前記指示手段からの指示に応じて,前記ベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成する影付き文字ベクトルデータ生成手段と,前記影付き文字ベクトルデータ生成手段により生成された影付き文字のベクトルデータを,影付き文字のビットマップデータに変換する変換手段と,前記変換手段により得られたビットマップデータを出力する出力手段とを有することを特徴とする文書作成装置。」

     特許請求の範囲請求項2
          「データを入力する入力装置と,データを記憶する記憶装置と,データを表示する表示装置とを有する装置を制御する方法であって,入力装置から影付き文字の生成の指示があると,記憶装置に記憶されている文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータを読み出し,読み出したベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し,生成した影付き文字のベクトルデータを影付き文字のビットマップデータに変換し,変換したビットマップデータを出力装置に出力するように制御することを特徴とする文書作成方法。」
   (3) 構成要件の分説
     ア 本件第1発明は,次のとおり分説される。
       1−A 文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータを記憶する記憶手段と,

       1−B 影付き文字の生成を指示する指示手段と,
       1−C 前記指示手段からの指示に応じて,前記ベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成する影付き文字ベクトルデータ生成手段と,
       1−D 前記影付き文字ベクトルデータ生成手段により生成された影付き文字のベクトルデータを,影付き文字のビットマップデータに変換する変換手段と,
       1−E 前記変換手段により得られたビットマップデータを出力する出力手段と
       1−F を有することを特徴とする文書作成装置。
     イ 本件第2発明は,次のとおり分説される。
       2−A データを入力する入力装置と,データを記憶する記憶装置と,データを表示する表示装置とを有する装置を制御する方法であって,
       2−B 入力装置から影付き文字の生成の指示があると,

       2−C 記憶装置に記憶されている文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータを読み出し,
       2−D 読み出したベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し,
       2−E 生成した影付き文字のベクトルデータを影付き文字のビットマップデータに変換し,
       2−F 変換したビットマップデータを出力装置に出力するように制御する
       2−G ことを特徴とする文書作成方法。
   (4) 被告の行為
     被告は,業として,別紙物件目録イ号記載の製品(以下「イ号物件」という。)の製造,譲渡及び貸渡し,譲渡及び貸渡しの申出を行うとともに,別紙物件目録ロ号記載の製品(以下「ロ号物件」という。)の製造,譲渡等(譲渡,貸渡し,電気通信回線を通じた提供)又は譲渡等の申出を行っている。各製品の販売期間は,別紙販売期間目録記載のとおりである。

     被告からロ号物件の譲渡等を受けたユーザーは,これをパソコンにインストールして使用している(ロ号物件をインストールしたパソコンとイ号物件とを併せて,以下「被告製品」という。)。
 2 本件は,原告が,被告による前記1(4)記載の行為が本件特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法100条及び101条に基づき,イ号物件及びロ号物件の製造,譲渡等の差止め並びに廃棄を請求するとともに,民法709条に基づき,損害賠償を請求する事案である。
 3 争点
   (1) 被告製品は,構成要件1−C,1−D,2−D及び2−Eにいう「影付き文字のベクトルデータ」を生成するか。
   (2) ロ号物件の製造及び譲渡等は,間接侵害(特許法101条1ないし4号)を構成するか。
   (3) 本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か。

   (4) 損害の発生及びその額
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)(構成要件充足性)について
 〔原告の主張〕
   (1) 本件第1発明について
     被告製品における影付き文字の生成方法は,別紙「影付き文字の生成方法(原告の主張)」記載のとおりである。したがって,被告製品は,以下のとおり,本件第1発明の構成要件をいずれも充足する。
     ア 図1の文字のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E)は,「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」としてメモリに記憶されるから,構成要件1−Aを充足する。
     イ 影付き文字生成をキーボードやマウス等で指示することが「影付き文字の生成を指示する」ことに当たるから,構成要件1−Bを充足する。
     ウ 指示に応じて,図1のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E)から図2の影付き文字のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E,A',B',C',D',E')が生成されるから,構成要件1−Cを充足する。

     エ 図3のように影付き文字のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E,A',B',C',D',E')が影付き文字のビットマップデータに変換されるから,構成要件1−Dを充足する。
     オ 影付き文字のビットマップデータは,パソコンのスクリーンに表示され,変換手段により得られたビットマップデータが出力されるから,構成要件1−Eを充足する。
     カ 被告製品は,「文書作成装置」に当たるから,構成要件1−Fを充足する。
   (2) 本件第2発明について
     被告製品における影付き文字の生成方法は,別紙「影付き文字の生成方法(原告の主張)」記載のとおりである。したがって,被告製品は,以下のとおり,本件第2発明の構成要件をいずれも充足する。
     ア 被告製品は,キーボードやマウス等の「データを入力する入力装置」と,メモリやハードディスク等の「データを記憶する記憶装置」と,モニタの「データを表示する表示装置」を有しているから,構成要件2−Aを充足する。

     イ 影付き文字生成をキーボードやマウス等で指示することが「影付き文字の生成を指示する」ことに当たるから,構成要件2−Bを充足する。
     ウ 図1の文字のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E)は,「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」としてメモリに記憶され,図2において読み出されているから,構成要件2−Cを充足する。
     エ 指示に応じて,図1のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E)から図2の影付き文字のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E,A',B',C',D',E')が生成されるから,構成要件2−Dを充足する。
     オ 図3のように影付き文字のベクトルデータ(座標A,B,C,D,E,A',B',C',D',E')が影付き文字のビットマップデータに変換されるから,構成要件2−Eを充足する。
     カ 影付き文字のビットマップデータは,パソコンのスクリーンに表示され,変換手段により得られたビットマップデータが出力されるから,構成要件2−Fを充足する。

     キ 被告製品では,上記の機能は「文書作成方法」として実現されているから,構成要件2−Gを充足する。
   (3) 被告は,被告製品における影付き文字の生成方法は,別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」記載のとおりであると主張するところ,この内容を前提としても,本件発明の構成要件を充足することに変わりはない。
     ア 本件発明の「影付き文字のベクトルデータ」とは,@元の文字のベクトルデータから生成されるものであり,A影付き文字のビットマップデータに変換できるものである。
       被告は,これを「影付き文字の文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したもの」であると主張するが,クレーム上そのような限定はなく,実施例でも影付き文字の輪郭に含まれない点を除去する処理など行っておらず,限定的に解釈する被告の主張は失当である。

     イ 被告の主張によれば,当該実施形態における投象点の座標データ(別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」図8及び図9.1のA,B,C,D,E,A',B',C',D',E'のデータ)は,本件発明の元の文字のベクトルデータに相当するベクトルフォント(図1のA,B,C,D,Eのデータ)を仮想的な3次元空間に配置して表側図形とする。この表側図形を平行移動して,表側図形とは異なる平面内に配置して影側図形とする。表側図形の制御点(各頂点)と,これに対応する影側図形の制御点とを結んで立体物のモデルを作る。次に,ある投象中心と投象面を設定して,この立体物モデルの制御点(各頂点)と投象中心とを結ぶ線が投象面と交わる点(投象点)として,A,B,C,D,E,A',B',C',D',E'のデータを得る(以下,この一連の処理を「取得処理」という。)。
       したがって,取得処理によって得られる投象点の座標データは,上記@の元の文字のベクトルデータから生成されるもの(構成要件1−C,2−D)に該当する。

     ウ さらに,この投象点の座標データ(A,B,C,D,E,A',B',C',D',E'のデータ)は,図9.2から図9.7までの処理を経て,図9.8に示されるビットマップフォントに変換される(以下,この一連の処理を「変換処理」という。)。このビットマップフォントは,「3次元グラフィックスのビットマップ図形」すなわち「影付き文字のビットマップフォント」である。
       したがって,投象点の座標データは,上記Aの影付き文字のビットマップデータに変換されるもの(構成要件1−D,2−E)にも該当する。
     エ よって,投象点の座標データは,上記@の元の文字のベクトルデータから生成されるものであり,上記Aの影付き文字のビットマップデータに変換されるものにも該当するから,本件発明の「影付き文字のベクトルデータ」に該当する。

   (4) 被告は,影付き文字を構成する各部分の図形の頂点の投象点の座標データとして生成されることはあっても,各図形をビットマップ描画した後に順次消されていくのであって,影付き文字の頂点の座標データとしてまとまって存在することはないと主張する。
     ア しかしながら,本件発明の構成要件1−Cは,単に「前記ベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成する」と規定し,同2−Dは「読み出したベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し」と規定しているだけであり,影付き文字のベクトルデータが一度にデータ上揃うことや,まとまって存在することは要求していない。すなわち,影付き文字のベクトルデータが生成されていれば,それが処理の過程でまとまった形で存在しなくても,構成要件1−C及び2−Dを充足する。

     イ 被告製品では,影付き文字を構成する各部分の図形の頂点の投象点の座標のデータは,影付き文字の各部分ごとに全部分について生成されるのであり(甲16),「影付き文字のベクトルデータ」に該当する投象点の座標データ(A,B,C,D,E,A',B',C',D',E'のデータ)が生成されている以上,たとえそれが各部分ごとに「順次消されていくのであって,影付き文字の頂点の座標データとしてまとまって存在することはない」としても,構成要件1−C及び2−Dを充足することに変わりはない。
     ウ 実際には,被告製品においては,影付き文字が生成された後でも,以下のとおり,影付き文字の座標データはまとまって存在している。
       すなわち,「一太郎13」からWindowsのクリップボードに送られたメタ形式のデータ及びプリンタに出力されるプリントアウトデータを解析すると,いずれも「一太郎13」から,影付き文字の座標データがまとまってクリップボード又はプリンタに渡されていることがわかる(甲21)。

       また,影付き文字を拡大・縮小するたびに影付き文字のベクトルデータを生成し直していると考えられる「JSフォントエフェクト」ツールに対して,「一太郎13」では,最初に生成された影付き文字のベクトルデータに基づいて,文字の拡大・縮小を行っている(甲21)。このような拡大・縮小を行うためには,影付き文字の座標データがまとまって存在している必要があり,被告が主張するように,座標が順次消去されていくのでは,このような拡大・縮小は不可能である。
       ビットマップデータとして影付き文字のデータがエクセルに移動したとしても,各パーツの抽出が可能であるとすれば,パーツを抽出する際,他の部首によって隠れた部分は,ビットマップデータが存在しないため,パーツの抽出ができないはずである。しかるに,実際には,元の位置の部首で隠された部分を含むパーツが抽出されている(甲9)。

 〔被告の主張〕
   (1) 原告は,「影付き文字のベクトルデータ」を@元の文字のベクトルデータから生成されるものであり,A影付き文字のビットマップデータに変換されるものと広く解釈している。しかし,本件明細書の記載及び実施例において影付き文字のアウトラインフォントのベクトルデータを生成することのみが説明され,影付き文字の輪郭に含まれない点をわざわざ除去する処理を行って,描画されない図形を含まないようにベクトルデータを生成していることによれば,本件発明における「影付き文字のベクトルデータ」とは,「影付き文字の文字パターンをその輪郭線上の座標列で表した」ものをいうと解するべきである。
   (2) 被告製品における影付き文字の生成方法は,別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」記載のとおりである。別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」の図8及び図9.1では,影付き文字の輪郭線に相当する図形は,七角形ABB'C'D'E'Eであり,影付き文字の影の図形は,四角形BB'C'C,四角形CC'D'D及び四角形DD'E'Eである。

     したがって,図8及び図9.1で示されるものは,影付き文字の文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したものではないから,「影付き文字のベクトルデータ」には該当しない。
   (3) 別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」の(5a1)ないし(5b6)の処理の過程において,いったん生成されるべきベクトルデータは,単なる多角形のデータであって,その一部が影付き文字の断片を構成することはあっても,到底「文字」や「影付き文字」のデータとはいえない。また,この多角形の頂点のデータは,各図形をビットマップデータ描画した後に順次消されていくのであって,影付き文字の頂点の座標データとしてまとまって存在することはないから,「文字のベクトルデータ」として存在することはない。
   (4) したがって,被告製品においては,「影付き文字のベクトルデータ」を生成しておらず,構成要件1−C,D及びE,構成要件2−D,E及びFを充足しない。

 2 争点(2)(間接侵害の成否)について
 〔原告の主張〕
   (1) 本件第1発明について
     ロ号物件をインストールしたパソコンは,本件特許権を侵害するから,ユーザーがロ号物件を購入し,これをパソコンにインストールする行為は,本件第1発明に係る物を生産する行為に該当し,直接侵害行為を構成する。
     ロ号物件の影付き文字生成の機能を奏するモジュールは,その生産にのみ用いられるものであるから,「のみ」の要件を満たす。また,本件第1発明の課題は,ロ号物件をパソコンにインストールすることによって解決されるから,ロ号物件は,上記発明による課題の解決に不可欠なものである。
     ロ号物件は,日本国内で流通している規格品又は普及品ではなく,上記発明による課題の解決のために特別に構成されたものであるから,日本国内において広く一般に流通しているものには当たらない。また,被告は遅くとも原告が平成14年12月13日に申し立てた仮処分命令申立書の送達の時から,上記発明が原告の特許発明であること及びロ号物件が上記発明の実施に用いられることを知っている。

     よって,被告が業としてロ号物件を製造,譲渡等又は譲渡等の申出を行うことは,特許法101条1号及び2号の要件を満たし,間接侵害が成立する。
   (2) 本件第2発明について
     ロ号物件をインストールしたパソコンの使用は,本件特許権を侵害するから,ユーザーがロ号物件を購入し,これをパソコンにインストールして影付き文字生成の機能を使用する行為は,本件第2発明に係る方法を使用する行為に該当し,直接侵害行為を構成する。
     ロ号物件の影付き文字生成の機能を奏するモジュールは,その使用にのみ用いられるものであるから,「のみ」の要件を満たす。また,本件第2発明の課題は,ロ号物件をインストールしたパソコンにおいて影付き文字生成の機能を使用することによって解決されるから,ロ号物件は,上記発明による課題の解決に不可欠なものである。

     ロ号物件は,日本国内で流通している規格品又は普及品ではなく,上記発明による課題の解決のために特別に構成されたものであるから,日本国内において広く一般に流通しているものには当たらない。また,被告は遅くとも原告が平成14年12月13日に申し立てた仮処分命令申立書の送達の時から,上記発明が原告の特許発明であること及びロ号物件が上記発明の実施に用いられることを知っている。
     よって,被告が業としてロ号物件を製造,譲渡等又は譲渡等の申出を行うことは,特許法101条3号及び4号の要件を満たし,間接侵害が成立する。
 〔被告の主張〕
   (1) 本件第1発明について
     原告の主張は,いずれも否認ないし争う。さらに,ロ号物件は,個人的ないし家庭内で使用されるものである以上,ユーザーの行為が直接侵害行為を構成しないことは明白である。

   (2) 本件第2発明について
     仮に,ユーザーが原告主張の機能をパソコン上で使用することが本件特許権の直接侵害行為を構成するとしても,ロ号物件がワープロを初めとする多用途のアプリケーションソフトウェアである以上,ユーザーは,原告主張の機能を使用しない場合が多い。原告主張の機能の用途は,むしろロ号物件にとって非本質的・付随的・些末的な用途であり,ロ号物件は,上記使用にのみ用いる物とは到底言えず,「のみ」の要件を充足しない。また,その他の原告の主張は,いずれも否認ないし争う。
 3 争点(3)(無効理由の存否)について
 〔被告の主張〕
   (1) 乙第2号証及び甲第2号証に基づく無効主張
      原告の充足性の解釈(前記1〔原告の主張〕(3))を前提とすると,本件特許には,特許法29条1項又は2項により無効理由があることが明らかである。

     ア 本件発明の構成要件1−A,1−B,1−E,1−F,2−A,2−B,2−C,2−F及び2−Gは,いずれも本件明細書(3欄17行ないし25行)において,「従来の技術」として開示されている公知技術である。
     イ 本件発明の構成要件1−C及び2−Dに対応すると原告が主張する取得処理は,公知技術の寄せ集めにすぎない。
       本件特許出願に先立って,次の技術は公知であった。
       @ 文字のパターンをその輪郭線上の点の座標列で表現し,拡大・縮小・回転・斜体等の変形を座標変換を用いて容易に行うことのできる技術(甲2,3欄17行ないし20行)
       A 3次元空間内の点を平行移動した後の点の座標を求める技術(乙2)
       B 平面多角形を底とし,その各頂点を通る平行な稜を側稜として立体を構成する技術(乙2)

       C 立体上の点を有限の1点を中心に,放射状に投影する中心投影法の技術(乙2)
       原告が主張する取得処理のうち,「元の文字のベクトルデータに相当するベクトルフォントを仮想的な3次元空間に配置して表側図形とする」ことは,上記@の公知技術である。「この表側図形を平行移動して,表側図形とは異なる平面内に配置して影側図形とする」ことは,上記Aの公知技術である。「この表側図形の制御点(各頂点)と,これに対応する影側図形の制御点とを結んで立体物のモデルを作る」ことは,上記Bの公知技術である。「ある投象中心と投象点とを設定して,この立体物モデルの制御点(各頂点)と投象中心とを結ぶ線が投象面と交わる点(投象点)・・・のデータを得る」ことは,上記Cの公知技術である。
       そして,本件明細書(甲2)において,文字のパターンの輪郭線上の点の座標列に対して座標変換を行う旨が開示され,乙第2号証では,その座標変換を行っているのであるから,上記@ないしCの技術を組み合わせることに何らの困難性もない。

     ウ 本件発明の構成要件1−D及び2−Eに対応すると原告が主張する変換処理は,公知技術にすぎない。
       本件特許出願に先立って,Dアウトラインフォントのデータからドットマップフォントのデータに変換する技術は,公知技術であった(甲2,3欄23行ないし25行)。
       変換処理は,「投象点の座標を多角形の頂点とし,当該多角形をある色で塗り潰したビットマップ図形を生成する処理」に相当するが,「アウトラインフォントのデータ」は,「多角形の頂点の座標のデータ」であるから,変換処理はまさに上記Dの公知技術である。
     エ そして,構成要件1−Bに対応する公知技術と構成要件1−Cに対応する取得処理との組み合わせについては,本件明細書(甲2)に従来の技術として座標変換に関する記載があることからも明らかなとおり,当業者からすれば自明の結びつきにすぎない。

       また,構成要件1−Dに対応する変換処理は,ビットマップデータを生成し,構成要件1−Eに対応する公知技術はビットマップデータを出力装置に出力するが,コンピュータによる画面表示はビットマップ表現がされるから,どのような絵や図形(影付き文字も図形の一種である。)をディスプレイに表示しても,自ずとビットマップデータに変換される。したがって,ビットマップデータを生成した後に,このビットマップデータを出力装置に出力することは自明の組み合わせである。
       このように,本件発明は,いずれも公知技術を寄せ集めたもので,当業者が予想できる効果を奏するにすぎず,特に予想される効果に比して,影付き文字を生成する際の処理速度を著しく向上させることができるわけでもない。
       したがって,本件発明は,公知技術そのものであるか,若しくは公知技術から当業者が容易に発明できるものであり,新規性又は進歩性の要件を満たさない。

   (2) 乙第2,第4及び第5号証に基づく無効主張
      「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」は,アウトラインフォントのデータを含むものであり,アウトラインフォントは従来の技術であるから,「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」をあらかじめ記憶しておいて,指示に応じてこれを用いることは,公知の技術である。
      また,座標列によって表される複数の点を線分で結ぶことによって文字パターンの輪郭ができるのであるから,当該文字パターンの輪郭は,座標列によって表される複数の点を頂点とする多角形である。乙第2及び第5号証には,正多角柱や角柱を表す立体データをコンピュータを用いて生成する技術すなわち,「多角形をその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータから,当該多角形を上面及び底面とする多角柱の投影図のベクトルデータを生成する」技術が開示されている。

      一方,「文字パターンをその輪郭線上の座標列」のそれぞれの座標で表される点を線分で結ぶと,当該文字パターンを表す多角形が得られることは自明であり,乙第4号証には,英文字「N」の文字パターンを底面及び上面とする角柱の外観が開示されていることからも,「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」から,「当該文字パターンの多角形を底面及び上面とする多角柱の立体データ」を生成する技術も自明であり,又は容易に想到することができる。
      原告は,文字パターンの多角形を上面及び底面とする多角柱の投影図が生成されることをもって,影付き文字のベクトルデータが生成されたと主張しており,乙第2,第4及び第5号証に開示される透視変換の技術を適用すれば,多角柱の頂点の投影面における座標,すなわち影文字のベクトルデータを得ることができる。したがって,上記文献には構成要件1−Cの「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成する」技術が開示され,又はこれらの文献に開示された発明から当業者は当該技術を容易に想到することができる。

   (3) 乙第6号証に基づく無効主張
      乙第6号証に開示される先行技術は,カレントページ(PostScriptが描画を行う仮想的なページ)に対して,設定した文字を位置をずらして配置することにより,影付き文字をプリンタに印刷出力するようにしている。カレントページに対して配置される文字のそれぞれのフォントは,印刷時に内側が塗り潰されるアウトラインとしてフォント辞書に記述されており,原告主張の「ベクトルデータ」に相当するものである。そして,カレントページに対しては,上記の「ベクトルデータ」が位置をずらして複数配置されることとなり,カレントページにおいてできあがった影付き文字は,全体がベクトルデータで形成されていることになる。すなわち,上記先行技術においては,showpage(カレントページを出力し,白紙に戻すこと)される直前までに「影付き文字のベクトルデータ」に該当する生成が行われている。

      原告の主張によれば,構成要件1−Cは,「影付き文字のベクトルデータ」に該当する生成がなされれば足りるのだから,乙第6号証に開示されている上記技術は,「影付き文字のベクトルデータ」を生成していることになる。
      一方,実際にカレントページをプリンタによって印刷出力する際には,プリンタの解像度という性能上の制限を考慮しなければならない。したがって,showpageによって印刷を行う場合には,カレントページに配置される「ベクトルデータ」を「ビットマップデータ」に変換して出力しているのである。したがって,本件発明は,乙第6号証に記載された発明又はこれから本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項又は2項の無効理由が存在することは明らかである。
 〔原告の主張〕

   (1) 乙第2号証及び甲第2号証に基づく無効主張について
     甲第2号証に従来技術として記載されたアウトラインフォントに対する座標変換は,アウトラインフォントを平面上で拡大・縮小・回転・斜体等の変形処理を施すものにすぎないから,ここには,「文字パターンを輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」が示されているにすぎず,この公知の文字のベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを新たに生成してビットマップ変換することにより,効率よく影付き文字を生成するという本件発明の特徴部分は示唆すらされていない。
     また,乙第2号証に記載されている技術は,3次元空間の点の平行移動に関する技術,多面体を構成する技術,立体状の点の投影に関する技術であって,いずれも本件特許の出願時点の当業者にとって,文書作成装置における影付き文字の生成との関連が想起されるような技術ではなく,本件発明の上記特徴部分の記載も示唆もない。

     したがって,これらの技術を寄せ集めても,文字のベクトルデータに含まれる座標点に対し,様々な座標変換が可能であるというだけにすぎず,元の文字から影付き文字のベクトルデータを生成するという構成に想到することは容易ではなく,本件発明の新規性及び進歩性は明らかである。
   (2) 乙第2,第4及び第5号証に基づく無効主張について
      どのような手法で「影付き文字のベクトルデータ」を生成するかは,本件発明において何ら限定されておらず,無関係である。すなわち,「文字パターンを輪郭線上の座標列で表したベクトルデータ」から「影付き文字のベクトルデータ」を生成することに想到して初めて,その生成実現のために乙第2号証や乙第5号証のコンピュータ・グラフィックス技術を適用できることに想到し得るのであるから,コンピュータ・グラフィックス技術が公知であっても,「影付き文字のベクトルデータ」の生成が想到できることにはならない。「影付き文字のベクトルデータ」の生成については,乙第2,第4及び第5号証には示唆がない。

      加えて,乙第2,第4及び第5号証は,いずれも立体図形のコンピュータ処理に関する文献であり,本件発明が対象とする文字のベクトルデータを処理対象とすることは,記載も示唆もされていない。乙第4号証が例として挙げる「N」の文字は,立体図形である十角柱について,種々の変換ができることを示しているだけであって,「N」という文字のデータから,「N」の立体文字を生成することは記載も示唆もされていない。本件発明の出願当時の当業者は,コンピュータ・グラフィックス技術の処理対象として,文字のデータを想定していなかった。
      よって,被告の主張はいずれも失当であり,本件発明が,これに記載された発明から自明であるとかこれらに基づいて容易に想到できるとはいえない。
   (3) 乙第6号証に基づく無効主張について

      乙第6号証には,位置をずらしながら文字の標準的な印刷を繰り返すことによって,影付きのように見える出力を得るという工夫が記載されている。しかし,複数回配置された文字がベクトルデータであることは開示されていない。仮に開示されているとしても,これらは個々の文字のベクトルデータが複数回重ね合って配置されただけであり,新たな文字のベクトルデータが生成されたものではないから,影付き文字のベクトルデータが生成されるものではない。したがって,本件発明と乙第6号証に記載された発明は,全く異なるものである。
      また,乙第6号証は,文字を影付きに見せるため,個々の文字のベクトルデータを複数回重ね合わせて配置するのに,PostScript(ページ記述言語であり,プリンタへの文字出力を担う点で「ソフトウェアの文字発生器」と評価できるもの)における標準的な機能である平行移動を繰り返して出力しているだけであるから,本件明細書に記載された従来技術の範囲を出るものではない(甲2,3欄27ないし30行)。これに対し,本件発明の特徴である影付き文字のベクトルデータの生成は,上記技術とは全く異なり,PostScriptのような専用の文字発生器の標準的な機能に依存している限り生じようがない発想である。また,乙第6号証の著者であるアドビシステムズですら,個々の文字のベクトルデータを複数回重ね合わせて文字を影付きのように見せる出力しか想到できなかった。したがって,乙第6号証の発明から本件発明を容易に想到することはできない。

 4 争点(4)(損害)について
 〔原告の主張〕
    被告が平成11年3月5日から現在までの間に製造,販売したイ号物件及びロ号物件の売上高は,20億円を下らない。本件特許に係る発明の実施料相当額は,それぞれ少なくとも5パーセントを下らない。
    よって,被告は,原告に対し,少なくとも1億円の損害賠償支払義務がある。
 〔被告の主張〕
    原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)(構成要件充足性)について
   (1) 本件第1発明における「影付き文字のベクトルデータ」の意義
     ア 本件第1発明の特許請求の範囲請求項1には,「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータを記憶する記憶手段と,・・・前記指示手段からの指示に応じて,前記ベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成する影付き文字ベクトルデータ生成手段と,前記影付き文字ベクトルデータ生成手段により生成された影付き文字のベクトルデータを,影付き文字のビットマップデータに変換する変換手段と,」との記載がある(甲2)。

        上記特許請求の範囲の記載によれば,本件第1発明にいう「影付き文字のベクトルデータ」は,文字パターンを表したベクトルデータから生成されるものであり,影付き文字のビットマップデータに変換されるものである。また,本件第1発明にいう「ベクトルデータ」は,「文字パターンをその輪郭線上の座標列で表した」ものである。「ベクトルデータ」は,文字パターンを表したものであるから,文字として一つのまとまりとなっているものであると解される。
     イ 原告は,本件第1発明の構成要件1−Cでは,影付き文字のベクトルデータがまとまって存在することは要求されていないと主張する。
       しかしながら,そもそも,「影付き文字のベクトルデータ」も,影付き文字を表した「ベクトルデータ」であるから,文字として一つのまとまりとなっているベクトルデータを示しているものと解される。そのように解することにより,以下に認定するとおりの本件明細書記載の影付き文字の生成方法を合理的に理解することができ,原告の上記主張は採用できない。

        すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある(甲2)。
       (ア) 「近年,DTP等において,少ない記憶容量で文字パターンを表現し,文字のパターンをその輪郭線上の点の座標列で表現し,拡大・縮小・回転・斜体等の変形を座標変換を用いて容易に行うことのできるアウトラインフォントが普及してきている。」(3欄17ないし21行)
       (イ) 「本発明は上記した構成により,文字パターンを表したベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し,生成した影付き文字のベクトルデータをビットマップデータに変換する。」(3欄46ないし49行)
       (ウ) 「8はアウトラインフォントをベクトルデータとして格納するディスク装置」(4欄8ないし10行)
       (エ) 「ステップ11において,CPU2はディスク装置8より指定された文字コードを持った文字のアウトラインフォントを読み出す。次にステップ12において入力装置1から文字の拡大(縮小)命令と拡大(縮小)率が入力されると,CPU2は,ステップ11において読み出したアウトラインフォントにベクトル変換を施し,拡大(縮小)文字のアウトラインフォントを得,RAM3へ格納する。ここで,入力装置1から影付き文字を生成する命令,影の方向,および影の大きさが入力されると,ステップ13において,影の方向および大きさから影ベクトルが生成されると同時にRAM3から拡大(縮小)文字のアウトラインフォントが読み出され,影ベクトルと拡大(縮小)文字から影付き文字のアウトラインフォントが生成され,RAM3に格納される。」(4欄16ないし29行)

       (オ) 「影付き文字のアウトラインフォントの生成過程を,第3図のフローチャートにおいて説明する。ここで,影を付ける文字のアウトラインフォントは,座標列{P1,P2,・・・・・・,Pn}(但し,P(n+1)=P1)で表されており,PiからP(i+1)へのベクトルQiとする。・・・(省略)・・・第3図のステップ19からステップ25の処理を全てのPiについて行うことで,影付き文字のアウトラインフォントのベクトルデータが生成される。例えば,第6図(注:第7図の誤りと思われる。)に示すような文字に上記の処理が施されると,第7図(注:第8図の誤りと思われる。)に示すような影付き文字が生成される。」(4欄30行ないし5欄2行)
       (カ) 「アウトラインフォントのベクトルデータをドットマップデータに変換する過程を第8図(注:第9図の誤りと思われる。)に示すフローチャートを用いて説明する。」(5欄9ないし11行)

       (キ) 「以上のように本実施例は,影付き文字の生成をアウトラインフォントのベクトルデータに対する座標変換で行うため,影付き文字生成におけるデータの処理速度を向上させることができる。また,影付き文字のフォントをベクトルデータとして記憶しておくため,影付き文字に対する回転・斜体等の文字変換が容易になる。」(5欄37行ないし6欄5行)
        本件明細書の上記記載によれば,本件発明の実施例においては,影ベクトルと文字のアウトラインフォント(輪郭線を表すフォント)から,影付き文字のアウトラインフォントのベクトルデータを生成している。影付き文字のアウトラインフォントのベクトルデータとは,影付き文字のアウトラインフォントを表すベクトルデータであるから,文字パターンを表したベクトルデータと同様,文字として一つのまとまりとなっているものと解される。

     ウ したがって,本件第1発明における「影付き文字のベクトルデータ」とは,文字パターンを表したベクトルデータから生成され,影付き文字のビットマップデータに変換される,影付き文字を表す一つのまとまりとなっているベクトルデータであると解するのが相当である。
   (2) 本件第2発明における「影付き文字のベクトルデータ」の意義
     本件明細書の特許請求の範囲請求項2には,「記憶装置に記憶されている文字パターンをその輪郭線上の座標列で表したベクトルデータを読み出し,読み出したベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し,生成した影付き文字のベクトルデータを影付き文字のビットマップデータに変換し,」との記載がある(甲2)。
     上記特許請求の範囲の記載及び前記(1)イ認定の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件第2発明の「影付き文字のベクトルデータ」も,本件第1発明におけるのと同様,文字パターンを表したベクトルデータから生成され,影付き文字のビットマップデータに変換される,影付き文字を表す一つのまとまりとなっているベクトルデータであると解される。

   (3) 被告製品における影付き文字の生成方法
     ア 原告は,被告製品における影付き文字の生成方法は,別紙「影付き文字の生成方法(原告の主張)」のとおりであると主張するが,被告製品における影付き文字の生成方法を直接認定するに足りる証拠はない。
     イ 原告は,2通の実験報告書(甲9,21)をもって,上記主張の根拠とし,それによれば,被告製品において,影付き文字が生成された後でも,影付き文字の座標データがまとまって存在しているから,別紙「影付き文字の生成方法(原告の主張)」のとおり,影付き文字のベクトルデータが生成されていると主張する。
       上記実験報告書によれば,以下の事実が認められる。
       (ア) 甲第9号証は,一太郎Homeの「文字スタジオ」において,立体的な影付き文字を生成し,マイクロソフトエクセルに直接貼り付け,グループ化の解除処理を施す実験を行ったものである。

         上記実験によれば,個別に扱うことができるようになった影付き文字の影部分を枠外に移動させると,影を構成する各パーツは,一つのパーツ内は同一色彩に塗り潰されており,かつ,複数のパーツ同士では元となる文字の輪郭線の傾きに応じて異なる色彩を塗りつぶし色として選択していることが分かる。次に,影を構成する一つのパーツに対して,頂点の編集処理を施すと,編集可能な状態になった頂点が■で示されることから,当該パーツが4つの頂点を結ぶ四角形の中が塗りつぶされたものであることが分かる。また,取り出す前は他のパーツで隠れていた部分も,枠外に移動させると一つのパーツとして抽出されている。
       (イ) 甲第21号証は,「一太郎13」及び「JSフォントエフェクト」ツールで行った実験である。
         上記実験によれば,「一太郎13」の「JSフォントエフェクト」ツールで,影付き文字を作成し,拡大・縮小すると,影の付き方が元の影付き文字から変化する。しかし,「JSフォントエフェクト」ツールで作成された影付き文字のデータを「一太郎13」に移し,「一太郎13」において拡大・縮小すると,影の付き方は元の影付き文字から変化しない。

         次に,「JSフォントエフェクト」ツールで作成し,「一太郎13」に移した影付き文字のデータを「一太郎13」においてコピーする。コピーされたデータは,Windowsのクリップボードに送られ,メタ形式という一般的なデータ形式になるので,それを解析すると,影付き文字の各部分がベクトルから構成されていることが分かる。
         さらに,「一太郎13」で印刷操作を実行すると,プリントアウトデータ(印刷コマンド)がプリンタに送られるので,影付き文字のプリントアウトデータを解析すると,影付き文字の各部分がベクトルから構成されていることが分かる。
       (ウ) 以上のとおり,影付き文字になった後に影付き文字のパーツを抽出すると,影付き文字になった他のパーツで隠れた部分も抽出できること(甲9),影付き文字を「JSフォントエフェクト」ツールで拡大・縮小した場合には影の付き方が元の影付き文字から変化するが,「一太郎13」では変化しないので,「JSフォントエフェクト」ツールでは元の字から影データを作成し直しているが,「一太郎13」では影付き文字のベクトルデータを記憶しておき,拡大・縮小の際には,影付き文字のベクトルデータを用いて拡大・縮小していると考えられること(甲21),影付き文字のメタ形式データやプリントアウトデータがベクトルデータであること(甲21)からすると,被告製品においては,影付き文字生成後に影付き文字を処理する際には,影付き文字のベクトルデータを用いているものと推認される。

     ウ しかし,上記イ(ア)ないし(ウ)認定の事実からは,被告製品において,影付き文字の生成後においては,影付き文字のベクトルデータを用いて処理を行っていることは認められても,影付き文字の生成過程において,文字パターンを表すベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し,生成された影付き文字のベクトルデータを影付き文字のビットマップデータに変換していると認めるに足りない。すなわち,被告製品において,別紙「影付き文字の生成方法(原告の主張)」記載の方法で影付き文字が生成されていることを認めるに足りる証拠はなく,別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」記載の方法で影付き文字が生成されていることを覆すに足りる証拠もない。
       そうすると,被告製品においては,被告が主張する別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」に記載される方法により影付き文字が生成されているとの前提で判断せざるを得ない。

   (4) 構成要件充足性
     前記(3)によれば,別紙「影付き文字の生成方法(被告の主張)」に記載される影付き文字の生成過程においては,文字パターンを表すベクトルデータから影付き文字のベクトルデータを生成し,生成された影付き文字のベクトルデータを影付き文字のビットマップデータに変換するという過程は認められないから,被告製品は,本件発明の構成要件1−C及びD,2−D及びEを充足しない。
     原告は,被告が主張する影付き文字の生成方法を前提としても,取得処理によって得られる投象点の座標データは「影付き文字のベクトルデータ」に該当すると主張する。しかしながら,前記(1)(2)で認定したとおり,「影付き文字のベクトルデータ」とは,影付き文字を表す一つのまとまりとなったベクトルデータをいうものであるところ,被告製品においては,影付き文字を生成する際に,上記投象点の座標データが,影付き文字の頂点の座標データとしてまとまって存在することを認めるに足りる証拠はなく,被告の主張によれば,多角形の頂点のデータは,各図形をビットマップデータ描写した後に順次消されていくというのであるから,これをもって「影付き文字のベクトルデータ」に該当するということはできない。

 2 結論
   したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 
       東京地方裁判所民事第47部


               裁判長裁判官      高   部   眞 規 子

                     裁判官      東 海 林       保

           裁判官   瀬   戸   さ や か