H16. 6.29 東京高裁 平成15(行ケ)322 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第322号 審決取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年6月22日
            判        決
       原       告      株式会社大都技研
       同訴訟代理人弁護士      和田信博
       同              野中武
       同     弁理士      大塚康徳
       同              木村秀二
       被       告      特許庁長官 小川洋
       同指定代理人         藤井俊二

       同              渡部葉子
       同              大野克人
       同              立川功
       同              涌井幸一
            主        文
               1 原告の請求を棄却する。
               2 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
    特許庁が、訂正2002−39250号事件について、平成15年6月18日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実
   (1) 手続の経過
     原告は、発明の名称を「遊戯台」とする特許第3007080号(平成10年10月30日特許出願、特願平10−311405号、平成11年11月26日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者である。

     訴外A外2名は、本件特許の請求項1ないし21に係る特許に対し、特許異議の申立てをした。
     特許庁は、上記申立てを異議2000−73009号事件として審理した上、平成14年9月3日、「特許第3007080号の請求項1ないし21に係る特許を取り消す。」との異議の決定をしたところ、原告は、東京高等裁判所に対して、当該異議決定の取消しを求める取消決定取消請求訴訟を提起する(平成14年(行ケ)541号)とともに、平成14年11月25日、特許庁に対して、訂正審判を請求した(以下「本件訂正請求」という。)。
     特許庁は、同請求を訂正2002−39250号事件として審理した上、平成15年6月18日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月23日、原告に送達された。

   (2) 本件訂正請求に係る明細書の請求項1に記載された発明(以下「訂正発明」という。)の要旨
      訂正発明の要旨は、本件審決に記載された、以下のとおりである。
     【請求項1】特定絵柄を含む複数種類の絵柄よりなる絵柄列を複数列備え、メダルまたは玉等の遊戯媒体を投入し、遊戯の開始操作により前記複数列の絵柄列を絵柄表示窓上で移動を開始させると同時に、抽選により内部入賞の当否を確定し、前記内部入賞した場合を内部入賞状態とし、各絵柄列に対応した停止操作に対して、前記各絵柄列を前記内部入賞状態に基づいた所定の組み合せで絵柄が絵柄表示窓上に表示されるように制御して停止させ、停止した前記絵柄表示窓上の絵柄の組み合わせから入賞を定め、所定の数の遊戯媒体を払い戻す遊戯台であって、
      1)所定の絵柄の組み合せが前記絵柄表示窓上に揃った場合には特定遊戯状態の制御を行い、前記特定遊戯状態では通常遊戯状態よりも、所定の遊戯回数に限って所定絵柄の入賞確率が高くなる制御を行い、前記特定遊戯状態における一般遊戯中に、所定の絵柄の組み合せが前記絵柄表示窓上に揃った場合には特別遊戯の行える特別遊戯状態の制御を行い、

      2)前記特定遊戯状態での一般遊戯の回数が所定の回数経過するか、または前記特別遊戯の回数が所定の回数経過した場合、前記特定遊戯状態を解除し、
      3)また、特定遊戯状態でない時に特別遊戯の行える所定の絵柄の組み合せが前記絵柄表示窓上に揃って停止した場合には特別遊戯を1度限り行える特別遊戯状態の制御を行い、
      4)制御部が前記特定遊戯状態になるように絵柄列の停止位置を制御する内部特定入賞状態と、前記特定遊戯状態でない時に制御部が前記特別遊戯状態になるように制御する内部特別入賞状態は、前記内部入賞状態に含まれ、
      5)制御部は、前記内部特定入賞状態または内部特別入賞状態を、前記絵柄列の停止時に絵柄表示窓上に表示される絵柄列の組み合せが前記特定遊戯状態になる組み合せまたは前記特別遊戯状態になる組み合せになるまで保持し、

      6)前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記内部特定入賞状態と内部特別入賞状態を含む、前記内部入賞状態並びにその種類を物理的手段により遊戯者に容易に識別できるように報知し、
      7)前記特定遊戯状態における一般遊戯中にあっては、前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記特別遊戯の前記内部入賞状態を遊戯者に容易に識別できるように前記物理的手段により報知することを特徴とする遊戯台。
   (3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、訂正発明が、特開平6−335560号公報(甲3の1、以下「引用例1」という。)、登録実用新案第3053235号公報(甲3の2、以下「引用例2」という。)、実公平5−7008号公報(甲3の3、以下「引用例3」という。)、株式会社白夜書房発行「パチスロ必勝ガイド 5」の8、9、16及び17頁(甲3の6、以下「引用例6」という。)及び株式会社双葉社発行「パチスロ攻略マガジン 8月号」の8、9頁(甲3の7、以下「引用例7」という。)に記載された各発明(以下「引用発明1」ないし「引用発明3」、「引用発明6」及び「引用発明7」という。)並びに周知技術(上記引用例2、3、6及び7のほか、特開平7−136313号公報(甲3の4、以下「引用例4」という。)及び株式会社白夜書房発行「パチスロ必勝ガイド 9」の91頁(甲3の5、以下「引用例5」という。)を例示する。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件訂正請求は、同法126条4項の規定により認められないとしたものである。

 2 原告主張の本件審決の取消事由の要点
    本件審決は、訂正発明が、引用発明1、2、6及び7並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと判断するとともに、引用発明2、3、6及び7並びに周知技術に基づいても、当業者が容易に発明をすることができたと判断するものであるところ、本件審決は、訂正発明と引用発明1との対比における、相違点(ニ)についての判断を誤るとともに、訂正発明と引用発明2との対比における、相違点(D)についての判断も誤ったものである(取消事由1〜3)から、違法として取り消されるべきである。
   (1) 相違点の認定について
     ア 訂正発明の最大の特徴は、前記「7)前記特定遊戯状態における一般遊戯中にあっては、前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記特別遊戯の前記内部入賞状態を遊戯者に容易に識別できるように前記物理的手段により報知すること」という構成(以下「特徴的構成」という。)を具備する点にある。

     イ 訂正発明が上記の特徴的構成を有することを前提として、訂正発明と引用発明1との相違点(ニ)が、本件審決認定のとおり、「訂正明細書の発明では、「特定遊戯状態における一般遊戯中にあっては、前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記特別遊戯の前記内部入賞状態を遊戯者に容易に識別できるように前記物理的手段により報知する」のに対し、引用例1の発明では、特定遊戯(ビッグボーナスゲーム)状態における一般遊戯中において、特別遊戯(ボーナスゲーム)の内部入賞状態(JACK入賞フラグがセットされた状態)であるか抽選しているが、内部入賞状態を報知していない点」(16〜17頁)であることは認める。
       また、訂正発明と引用発明2との相違点(D)が、本件審決認定のとおり、「訂正明細書の発明では、「特定遊戯状態における一般遊戯中にあっては、前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記特別遊戯の前記内部入賞状態を遊戯者に容易に識別できるように前記物理的手段により報知する」のに対し、引用例2の発明では、前記構成を備えていない点」(20頁)であることも認める。

       なお、本件審決では、引用例1を主引用例とした場合と引用例2を主引用例とした場合との、訂正発明の特徴的構成に関する進歩性の判断の内容が共通であるので、以下、双方の場合について共通に述べる。
   (2) 相違点判断の誤り1(取消事由1)
     ア 本件審決が、上記各相違点の検討において、ビッグボーナスゲームの一般遊戯中ではないが、内部入賞状態であることの報知を遊戯者に行うことは周知技術であること(引用例2〜4)、遊戯者が「リプレイ外し」を行っていることも周知であること(引用例5〜7)から、ビッグボーナスゲームの一般遊戯中においてシフトレギュラーボーナスの内部入賞状態の報知が遊戯者の支援となることは明らかであると判断した(17〜18頁、20〜21頁)ことは、いずれも誤りである(なお、「リプレイ外し」とは、ビッグボーナスゲームにおいてシフトレギュラーボーナスに内部入賞した場合に、これに対応する絵柄を意識的に有効ライン上に揃わないようにリールの停止操作を行うものであり、シフトレギュラーボーナスに対応する絵柄として、通常、リプレイ(次回の遊戯においてメダルの投入が不要となる入賞役)に対応する絵柄が併用されていることから、リプレイ外しと呼ばれている。)。

     イ まず、通常遊戯中に内部入賞状態であることの報知を遊戯者に行うことが、周知技術であることは認めるが、通常遊戯とビッグボーナスゲームとでは遊戯の性格が別物であり、通常遊戯が、何らかの入賞を得るための遊戯であって、遊戯者に対する利益(メダルの払い出し)が保証されていない退屈でつまらない状態であるのに対し、ビッグボーナスゲームは、既に入賞を得た遊戯であって、遊戯者に対する利益がある程度保証されて興味をそそる状態である。そして、遊戯台における報知は、退屈な通常遊戯においても遊戯者の興味をそそり、持続させることを目的として発案されたものであり、この目的が既に満たされているビッグボーナスゲームとでは自ずから性格が異なる。
       このような遊戯の性格の相違から、通常遊戯の内容、特に報知の仕方をそのままビッグボーナスゲームに適用することが周知慣用的に行われているものではなく、当然に適用されるようなものでもない。

     ウ また、本件審決は、遊戯台における報知に閲し、遊戯者に有利となる報知は当業者がその報知の仕方を任意に採用し得ると認定しているように思われるが、訂正発明の特徴的構成の発明思想は、リプレイ外しの支援にあり、初心者でも容易にリプレイ外しが行えるという発明思想は、本件特許において始めて着目されたものであり、当業者が何ら着目していなかったものである。
       この点について本件審決は、引用例5〜7を引用してリプレイ外しが行われていることが周知であることを指摘している。しかし、リプレイ外しは、遊戯者側が行う攻略要素の1つであり、上記引用例は、いずれもパチスロの攻略雑誌である。このような攻略要素は、遊戯台が本来予定していないものであり、各遊戯台毎の個別の仕様を熟知した熟練遊戯者により発案されるものであるから、熟練遊戯者等の限られた者のみがなし得るものであって、攻略要素が存在するからといって、訂正発明のように、直ちに遊戯台のメーカがその攻略要素を誰でも行えるように遊戯者を支援するわけではない。

       また、このようなリプレイ外しは、一部の熟練遊戯者の間では古くから行われていたものと推測されるが、攻略雑誌等で頻繁にとりあげられ、一般に浸透し始めたのは平成6年ころである(甲4)。
       そして、本件特許の出願(平成10年10月30日)当時、訂正発明の特徴的構成を備えたパチスロは実施されておらず、原告が平成11年の春ころに最初にこれを実施した(甲5の1)。一方、訂正発明の特徴的構成を備えた他の遊戯台のメーカのパチスロは、平成11年末あるいは平成12年ころから出現し始めており、その後、業界内の標準的な技術に至っている(甲5の2〜5)。
       このように、他の遊戯台のメーカが訂正発明の特徴的構成を備えたパチスロを実施し始めた時期は、リプレイ外しが一般に浸透し始めた時期から6年近くも経過しており、本件特許の出願時において、当業者は、攻略要素としてのリプレイ外しが存在することは当然知っていたにも関わらず、このようなリプレイ外しを誰でもできるように支援するという認識、発想は全くなかったのである。

     エ さらに、本件審決は、ビッグボーナスゲームの一般遊戯中においてシフトレギュラーボーナスの内部入賞状態の報知が遊戯者の支援となることは明らかであるとしているが、後述するように、引用例6及び7では、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態に関連する報知を行っていても、遊戯者の支援になっていないから、誤りである。
   (3) 相違点判断の誤り2(取消事由2)
     ア 本件審決は、引用例6及び7には、ビッグボーナスゲームの一般遊戯中において、内部入賞状態になった一部ではあるが、特別遊戯の内部入賞状態であることの報知を音により遊戯者に行うという技術思想が開示されているとしている(18頁、21頁)が、この「一部ではあるが」の意味が曖昧であって、仮に、引用例6及び7が訂正発明の特徴的構成の動機付けとなると認定しているのであれば、これらの引用例にはリプレイ外しを支援するという思想は存在しないから、誤りである。

     イ なぜなら、引用例6及び7では、シフトレギュラーボーナスと小役との報知(予告音)が区別して行われず、遊戯者は、どちらの入賞役に内部入賞しているかを当該報知に基づいて判断できない。これでは、小役に内部入賞している場合に、予告音による報知をシフトレギュラーボーナスに内部入賞したと誤解してリプレイ外しを行った結果、リプレイ外しのみに集中してしまい小役を取りこぼすおそれがあり、遊戯者は、リプレイ外しを効果的に行うことができない。すなわち、引用例6及び7の予告音による報知は、リプレイ外しに向けられた報知ではなく、リプレイ外しを支援するという思想はないのである。
     ウ 原告は、引用例6の「サンダーN」(以下「サンダーN」という。)及び引用例7の「バーサス」(以下「バーサス」という。)並びに比較例として訂正発明の実施形態について、それぞれビッグボーナスゲームのシミュレーションを行った(以下「本件シミュレーション」という。)。このシミュレーションは、各条件毎にビッグボーナスゲーム中の一般遊戯の回数の理論値をコンピュータにより算出したものである(別紙1に本件シミュレーションの内容を示し、別紙2〜4に「サンダーN」、「バーサス」及び訂正発明の実施形態のシミュレーション結果を示す。)。この結果によれば、「サンダーN」及び「バーサス」では、ビッグボーナスゲーム中の報知(予告音)が全くあてにならず、遊戯台からなされる報知に従って遊戯を行ってもリプレイ外しが満足に行えないことが理解され、リプレイ外しを支援するものではないことが明らかである。

       結局、これらのパチスロの場合、遊戯者は、従前のパチスロと同様に、自己の知識と経験とに基づき、自力でリプレイ外しを行わなければならない。すなわち、引用例6及び7のパチスロにおいて、リプレイ外しは、熟練遊戯者等の限られた者のみがなし得る攻略要素のままである。
     エ しかも、引用例6及び7のパチスロでは、報知の手段として音(予告音)を用いており、実際にこれらのパチスロで遊戯を行うと、報知である予告音が小さく、一般に騒音の大きいホールでは極めて聞き取りづらいものであり、この予告音一発で内部入賞状態を遊戯者に知らしめる性質のものではないと考えられる(これらのパチスロでは、予告音の後に行われるリールの停止操作毎の段階的な報知がセールスポイントである。)。このような予告音を報知の方法として採用した点からも、リプレイ外しの支援を想定したものではないことがわかる。

   (4) 顕著な作用効果の看過(取消事由3)
     本件審決は、訂正発明の効果が各引用例及び周知技術から予測できる程度のことであって格別顕著なものではないとする(19頁、21頁)が、これは訂正発明を理解した上での事後的な判断に基づくものであり、誤りである。
     まず、各引用例及び周知技術の報知は、通常遊戯において入賞役に内部入賞したことを報知するものであり、この報知から得られる効果は、遊戯者が入賞役の入賞を得られやすくなるという効果にすぎない。一方、訂正発明の効果は、初心者でも容易にリプレイ外しが行えるというものであり、各引用例等の効果とは全く異質な効果であることは明らかである。そして、各刊用例及び周知技術には、リプレイ外しを支援するという課題・思想がそもそも存在しないのであるから、このような効果は、各引用例及び周知技術からは到底予測できない効果であり、進歩性を肯定するに足る優れた効果である。

 3 被告の反論の要点
   本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。
   (1) 取消事由1について
     ア ビッグボーナスゲームは、通常遊戯よりも入賞確率が高く設定されており、その点では通常遊戯と異なっているが、通常遊戯のゲーム内容とビッグボーナスゲームのゲーム内容とは、そのゲームの基本的な点では相違することがない(本件特許に係る明細書(甲2、以下「本件明細書」という。)段落【0062】〜【0070】参照)。そして、通常遊戯において、絵柄列の停止操作を行う前に、内部入賞状態を報知して遊戯者の支援を行うことが周知であれば、ビッグボーナスゲームの一般遊戯においても、絵柄列の停止操作を行う前に、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態を報知するようにすることは、当業者が容易にできることである。

     イ パチスロの製造メーカは、営業的要素やその他様々な要素を考慮して新製品の発売を決定するから、仮に、訂正発明の特徴的構成を備えたパチスロが実施されていないとしても、直ちに当業者がリプレイ外しをできるように支援するという認識、発想を持っていなかったとすることはできない。
       また、原告がいう「リプレイ外しを誰でもできるように支援する」の意味について、本件明細書の記載(段落【0012】、【0050】)によれば、、誰でも(初心者でも)が、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを容易に識別可能とし、リプレイ外しをするためのストップボタン操作を行えるということである。
       そこで、引用例6及び7をみると、サンダーVとバーサスは、ビッグボーナスゲームの一般遊戯(小役ゲーム)において、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを予告音により遊戯者に報知しており、遊戯者は、この予告音の報知により誰でもシフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを知ることができ、リプレイ外しを行うことができるから、訂正発明の特徴的構成を備えている。

       なお、パチスロの攻略雑誌は、遊戯台の機能を詳細に研究、解析して作成されているものであるところ、引用例6及び7に記載された遊戯台は、ビッグボーナスゲームの一般遊戯において、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを予告音により遊戯者に報知し、リプレイ外しを行うことができるものであるから、遊戯者であっても、遊戯台のメーカであっても、当該予告音(報知)がリプレイ外しの支援となるものとして理解することは当然である。
   (2) 取消事由2について
     ア サンダーVとバーサスでは、予告音があると、「シフトレギュラーボーナス」又は小役ゲームの1つである「スイカ」(以下「スイカ」という。)のいずれかに内部入賞している可能性がある。しかし、サンダーVでは、ビッグボーナスゲームの小役ゲームにおいて、3枚掛けした場合のスイカに内部入賞したことが予告音によって報知される割合を算出すると、0.0076%であり(甲6 4頁の「BIG中小役確率」参照)、バーサスでは、同様の報知される割合が0.0076%である(甲3の7 8頁左下の「リプレイハズシ攻略手順」参照)。

       したがって、本件審決では、「スイカになる確率がきわめて低い(上記(6-f)参照)ことを考慮すると、引用例6記載の発明において、ビッグボーナスゲームの小役ゲーム中で、予告音が発せられると、内部入賞としてはほぼボーナスインである」(18頁)としたのであり、このことは、引用例6及び7の各記載(甲3の6 17頁1段目、甲3の7 8頁の左下)からも明らかである。
     イ 引用例6及び7には、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを予告音により報知することが開示され、「予告音は結構重要なのです」(甲3の6 9頁)と記載されている。そして、ビッグボーナスゲームにおける一般遊戯ではないが、「目押し」の支援となる、内部入賞状態であることの報知を遊戯者に行うことが周知であることを考慮すると、シフトレギュラーボーナスに内部入賞したときの予告音が遊戯者の支援となることは、引用例6及び7に示唆されている。

       さらに、ビッグボーナスゲームにおける一般遊戯において、遊戯者がリプレイ外しを行っていることが周知であることを考慮すると、上記引用例において、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを報知する予告音が、リプレイ外しの支援となることは明らかである。
     ウ 本件シミュレーションを記載した別紙2、3では、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを報知する場合の方が、報知しない場合より平均ゲーム数が増えており、サンダーVとバーサスにおいて、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態の報知がリプレイ外しの支援となっていることは明らかである。しかも、前記のとおり、サンダーVとバーサスにおいて、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態を報知する予告音は信頼できるものである。

       また、同別紙1に「2.報知確率」として列記されているように、サンダーVでは、シフトレギュラーボーナスに内部入賞した32/128の割合で報知し、バーサスでは、同内部入賞した64/128の割合で報知するのに対し、訂正発明の実施の態様を示す図10Dでは、同内部入賞した127/128の割合で報知しており、本件シミュレーションの結果に差異が生じたのは、単に、シフトレギュラーボーナスに内部入賞したときに報知する割合の違いによるものである。
       そして、サンダーVとバーサスでも、訂正発明と同様に、ビッグボーナスゲーム中に報知(予告音)があったときにはリプレイ外しを行うことができるから、サンダーVとバーサスにおける報知の信頼性が、訂正発明の報知の信頼性と相違するものではなく、ビッグボーナスゲーム中の報知が全くあてにならないという原告の主張は失当である。

     エ なお、訂正発明は、「物理的手段により報知する」ものであって、その報知は音による報知も含むものであり、また、引用例6及び7において、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを報知する予告音がリプレイ外しの支援となることは、上記のとおりである。
   (3) 取消事由3について
     前述したように、引用発明6及び7は、ビッグボーナスゲームの一般遊戯において、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることが予告音により報知された場合、初心者でもシフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを知ることができ、リプレイ外しを行うことができるものであり、その効果が訂正発明の効果と異質なものとはいえない。
     したがって、本件審決が、訂正発明の効果を、引用例1ないし3、6及び7並びに周知技術から予測できる程度のことであって、格別顕著なものではないと判断した(19頁、21頁)ことに、誤りはない。

第3 当裁判所の判断
 1 相違点の認定について
    訂正発明と引用発明1との相違点(ニ)が、本件審決認定のとおり、「訂正明細書の発明では、「特定遊戯状態における一般遊戯中にあっては、前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記特別遊戯の前記内部入賞状態を遊戯者に容易に識別できるように前記物理的手段により報知する」のに対し、引用例1の発明では、特定遊戯(ビッグボーナスゲーム)状態における一般遊戯中において、特別遊戯(ボーナスゲーム)の内部入賞状態(JACK入賞フラグがセットされた状態)であるか抽選しているが、内部入賞状態を報知していない点」(16〜17頁)であること、訂正発明と引用発明2との相違点(D)が、本件審決認定のとおり、「訂正明細書の発明では、「特定遊戯状態における一般遊戯中にあっては、前記絵柄列が絵柄表示窓上で移動を開始した時に、前記特別遊戯の前記内部入賞状態を遊戯者に容易に識別できるように前記物理的手段により報知する」のに対し、引用例2の発明では、前記構成を備えていない点」(20頁)であることは、いずれも当事者間に争いがない。

 2 相違点判断の誤り1(取消事由1)について
   (1) 原告は、本件審決が、上記各相違点の検討において、ビッグボーナスゲームの一般遊戯中ではないが、内部入賞状態であることの報知を遊戯者に行うことは周知技術であること(引用例2〜4)、遊戯者が「リプレイ外し」を行っていることも周知であること(引用例5〜7)から、ビッグボーナスゲームの一般遊戯中においてシフトレギュラーボーナスの内部入賞状態の報知が遊戯者の支援となることは明らかであると判断した(17〜18頁、20〜21頁)ことは、いずれも誤りであると主張するので、以下検討する。
   (2) まず、原告は、通常遊戯とビッグボーナスゲームとでは遊戯の性格が別物であり、通常遊戯が、何らかの入賞を得るための遊戯であって、遊戯者に対する利益(メダルの払い出し)が保証されていない退屈でつまらない状態であるのに対し、ビッグボーナスゲームは、既に入賞を得た遊戯であって、遊戯者に対する利益がある程度保証されて興味をそそる状態であるから、このような遊戯の性格の相違から、通常遊戯の内容、特に報知の仕方をそのままビッグボーナスゲームに適用することが周知慣用的に行われているものではないと主張する。

     しかしながら、仮に、通常遊戯がビッグボーナスゲームと比較して退屈でつまらない状態のゲームであるとしても、通常遊戯とビッグボーナスゲーム中の通常遊戯とは、遊戯の内容そのものに差異はなく、単に入賞確率が相違している(ビッグボーナスゲーム中は入賞確率が高く設定されている。)のみであることは明らかであるから、通常遊戯において内部入賞状態を報知することが周知技術である(当事者間に争いがない。)以上、これをビッグボーナスゲーム中の通常遊戯に必要に応じて適用することは、当業者にとって何らの困難性もないことといえる。ビッグボーナスゲームが興味をそそられる状態であるからといって、そのことを理由に、当業者が通常遊戯における周知慣用手段を適用しないというのは、根拠のない原告の独断にすぎない。
     したがって、原告の上記主張は、到底採用することができない。
   (3) また、原告は、訂正発明の特徴的構成の発明思想は、リプレイ外しの支援にあり、初心者でも容易にリプレイ外しが行えるという発明思想は、本件特許において始めて着目されたものであり、当業者が何ら着目していなかったものであると主張する。
       しかしながら、「リプレイ外し」とは、ビッグボーナスゲームにおいてシフトレギュラーボーナスに内部入賞した場合に、これに対応する絵柄を意識的に有効ライン上に揃わないようにリールの停止操作を行うものである(当事者間に争いがない。)ところ、高速で回転するリールの特定の絵柄が揃わないように意識的に停止させるものであるから、いわゆる「目押し」に習熟した熟練遊戯者でなければ実施することが困難であることは明らかである(甲4参照)。そして、訂正発明の特徴的構成は、この高速で回転するリールの停止操作自体を初心者にとって容易とするようなものではなく、単に特別遊戯の内部入賞状態を遊戯者に容易に識別し得るように報知するにすぎないから、実際にリプレイ外しが実施できるか否かは、遊戯者の停止の技量により左右されるのである。

       したがって、上記特別遊戯の内部入賞状態の報知は、熟練者を含めた遊戯者全般の支援にはなるとしても、これによって、初心者でも容易にリプレイ外しが行えるというものではないから、原告の上記主張は誤りであり、これを採用する余地はない。
 (4) さらに、原告は、リプレイ外しが行われていることが周知であることを指摘している引用例5〜7が、パチスロの攻略雑誌であり、このような攻略要素は、熟練遊戯者等の限られた者のみがなし得るものであって、攻略要素が存在するからといって、訂正発明のように、直ちにその攻略要素を誰でも行えるように遊戯者を支援するわけではないと主張する。
       しかしながら、訂正発明が、リプレイ外しを誰でも行えるように遊戯者を支援するものでないことは、前示のとおりであるから、原告の上記主張も採用することはできない。

       上記説示に照らして、他の遊戯台のメーカが訂正発明の特徴的構成を備えたパチスロを実施し始めた時期が、リプレイ外しが一般に浸透し始めた時期(平成6年ころ)から6年近くも経過していたことを理由に、本件特許の出願時(平成10年10月)に、当業者は、リプレイ外しを誰でもできるように支援するという認識、発想を有していなかったとする原告の主張が、採用できないことも明らかである。
 3 相違点判断の誤り2(取消事由2)について
   (1) 原告は、引用例6及び7では、シフトレギュラーボーナスと小役との報知(予告音)が区別して行われず、遊戯者は、どちらの入賞役に内部入賞しているかを当該報知に基づいて判断できないから、引用例6及び7の予告音による報知は、リプレイ外しに向けられた報知ではなく、リプレイ外しを支援するという思想はないと主張する。

      そこで検討するに、サンダーVにおいて、シフトレギュラーボーナスに内部入賞した場合の予告音による報知の確率が、32/128、バーサスにおいて、同様の内部入賞した場合の報知の確率が、64/128であり、小役ゲームの1つであるスイカに内部入賞した場合の予告音による報知の確率が、いずれにおいても、5/128であることは、当事者間に争いがない。そして、サンダーVでは、ビッグボーナスゲームの小役ゲームにおいて3枚掛けした場合、シフトレギュラーボーナスに内部入賞する確率が、1/3.75、スイカに内部入賞する確率が、1/512である(甲6 4頁の「BIG中小役確率」)。また、バーサスでは、同様の場合、シフトレギュラーボーナスに内部入賞する確率が、1/3.9、スイカに内部入賞する確率が、1/512である(甲3の7 8頁左下の「リプレイハズシ攻略手順」及び下から2段目の記載)。
     そうすると、サンダーVでは、ビッグボーナスゲームの小役ゲーム中において、シフトレギュラーボーナスに内部入賞したことが予告音によって報知される割合は、
     (1/3.75)×(32/128)×100=6.7%
    スイカに内部入賞したことが予告音によって報知される割合は、
     (1/512)×(5/128)×100=0.0076% である。
     また、バーサスでは、ビッグボーナスゲームの小役ゲーム中において、シフトレギュラーボーナスに内部入賞したことが予告音によって報知される割合は、
     (1/3.9)×(64/128)×100=12.8%
    スイカに内部入賞したことが予告音によって報知される割合は、
     (1/512)×(5/128)×100=0.0076% である。
     また、引用例6には、「15枚役のスイカは無視しても全然問題がないほどの低確率だ」(17頁1段)と、引用例7には、「スイカ出現率はサンダー同様512分の1と低いので無視して問題がない」(8頁の左下)と、それぞれ記載されている。

     以上の記載等によれば、引用発明6及び7においては、いずれもビッグボーナスゲームの小役ゲーム中において、スイカに内部入賞したことが予告音によって報知される割合が極めて低く、ほとんど無視して問題のない低確率(0.0076%)であると認められるのに対し、シフトレギュラーボーナスに内部入賞したことは、一定の割合(6.7%及び12.8%)で予告音によって報知されると認められるから、引用例6及び7の予告音による報知がリプレイ外しの支援に向けられた報知ではないとする原告の上記主張は、到底、採用することができない。
   (2) また、原告は、本件シミュレーションの結果、「サンダーN」及び「バーサス」では、ビッグボーナスゲーム中の報知(予告音)が全くあてにならず、遊戯台からなされる報知に従って遊戯を行ってもリプレイ外しが満足に行えないことが理解され、リプレイ外しを支援するものではないことが明らかであると主張する。

     しかしながら、前示のとおり、サンダーVでは、ビッグボーナスゲームの小役ゲーム中に、シフトレギュラーボーナスに内部入賞したことが予告音によって報知される割合は、6.7%であり、バーサスでは、同様の報知される割合は、12.8%であるから、これらの予告音による報知が全くあてにならないという原告の主張は、誤りである。
     しかも、本件シミュレーションにおいて、「一般的なリプレイ外しの仕方」であるとされる、「報知があればリプレイ外しを行う。但し、シフトレギュラーボーナスに2回入賞するまで、又は、一般遊戯が残り10ゲームから最終ゲームまではリプレイ外しを行わない」(条件2)場合で比較してみると、全くリプレイ外しを行わない場合の平均ゲーム数が11.2回であるのに対し、サンダーVでは12.3回、バーサスでは14.2回、訂正発明では23.4回となっており(別紙2〜4)、いずれにおいても、報知に従ってリプレイ外しを行うことで一般遊戯の回数が増加しているものと認められるから、報知がリプレイ外しを成功させることに少なからず役立ち、これを支援するものであることが明らかである。

     いずれにしても、原告の上記主張を採用する余地はない。
     なお、訂正発明では報知に従ってリプレイ外しを行うことにより、一般遊戯の回数が大幅に増加しているが、サンダーVでもバーサスでも、報知に従ってリプレイ外しを行うことで一般遊戯の回数は増加しているから、報知が遊戯者の支援になるという意味では両者に相違はない。そして、一般遊戯回数の上記の差は、報知の確率の信頼度に由来するものであるところ、報知の確率をどの程度とするかは、当業者が任意に決定できる設計的事項にすぎないものであることが明らかである。
     例えば、サンダーVでは、ビッグボーナスゲームの一般遊戯においてシフトレギュラーボーナスの内部入賞状態にあることを、32/128(25%)の確率で報知をし、バーサスでは、同様の内部入賞した場合に、64/128(50%)の確率で同様の報知をしていることは、当事者間に争いがなく、このようにサンダーVとバーサスの両機種で、内部入賞状態にあることの報知の確率が25%と50%と相違するように、報知の確率を低率とするか高率とするかはゲームの興趣等に応じて設計者が適宜定められるものであり、訂正発明のように、報知の確率をほぼ100%にすることに特に技術的な困難があるとは、到底認められない。

   (4) さらに、原告は、引用発明6及び7のように、報知の手段として音(予告音)を用いて実際にパチスロで遊戯を行うと、報知である予告音が小さく、一般に騒音の大きいホールでは極めて聞き取りづらいものであり、このような予告音を報知の方法として採用した点からも、引用発明6及び7が、リプレイ外しの支援を想定したものではないことがわかると主張する。
     しかしながら、引用発明6及び7において、シフトレギュラーボーナスの内部入賞状態であることを報知する予告音がリプレイ外しの支援となることは、前示のとおりであり、仮に、その音が実際のホールにおいて聞き取りづらいとすれば、より大きな音、あるいは聴取されやすい音とすればよいことは当然である。そもそも、訂正発明自体が、「物理的手段により報知する」ものであって、その報知に音による報知が含まれることは明らかであり、予告音による報知がリプレイ外しの支援とならないとする原告の主張は、自らの発明の構成を無視するものであって、到底採用することができない。

 4 顕著な作用効果の看過(取消事由3)について
   原告は、各引用例及び周知技術の報知が、通常遊戯において入賞役に内部入賞したことを報知するものであり、この報知から得られる効果は、遊戯者が入賞役の入賞を得られやすくなるという効果にすぎないのに対し、訂正発明の効果は、初心者でも容易にリプレイ外しが行えるというものであり、各引用例等の効果とは全く異質な効果であるから、このような効果は、各引用例及び周知技術からは到底予測できない効果であり、進歩性を肯定するに足る優れた効果であると主張する。
   しかしながら、前示のとおり、「リプレイ外し」は、目押しによって特定の絵柄を揃えないようにするという熟練度を要する技術であって、初心者が容易に可能な遊戯方法ではなく、訂正発明は、このリプレイ外しが有効となる内部入賞状態を、高確率で遊戯者に報知することによって、初心者を含む遊戯者全般に同等のメダル獲得の機会を与えたにすぎず、初心者でも容易にリプレイ外しが行えることとなるわけではない。そして、引用発明6及び7も、同様に内部入賞状態を遊戯者に報知するものであり、単にその信頼性が訂正発明より低いにすぎないことも、前示のとおりであって、このような引用発明6及び7から訂正発明の上記の作用効果が容易に推測できることは明らかであるから、原告の上記主張は、採用することができない。

 5 結論
    以上のとおり、訂正発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決に取り消すべき瑕疵は見当たらない。
    よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。


      東京高等裁判所知的財産第1部


            裁判長裁判官      北  山  元  章

 
               裁判官      清  水     節

 
               裁判官      上  田  卓  哉