H16. 9. 6 東京高裁 平成15(行ケ)325 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第325号 審決取消請求事件
平成16年9月6日判決言渡,平成16年7月26日口頭弁論終結


     判    決
 原      告  X
 訴訟代理人弁理士  鴇 田  將
 被      告  特許庁長官 小川 洋 
 指定代理人     佐藤伸夫,岡千代子,小曳満昭,大橋信彦,山下弘綱,井出英一郎


     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。


    事実及び理由
 本判決においては,本願発明の請求項,審決及び書証等の各記載を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。例えば,「および」は「及び」と,「または」は「又は」と表記した。


第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2002−6207号事件について平成15年6月2日にした審決を取り消す。」との判決。


第2 事案の概要
 本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
 出願人:X(原告)
 発明の名称:「インターネットを利用した身体関連商品の購入システム」
 出願番号:特願平11−244845号
 出願日:平成11年8月31日(優先権主張平成11年7月26日)
 (2) 本件手続
 手続補正:平成13年12月17日(本件補正)
 拒絶査定日:平成14年3月5日
 審判請求日:平成14年4月11日(不服2002−6207号)
 審決日:平成15年6月2日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成15年6月23日(原告に対し)

 2 本願発明の要旨(本件補正後の請求項1に係るもの。以下,「本願発明」という。本件補正後の請求項としては,請求項2ないし7もあるが,いずれも請求項1を引用するものであり,これらの摘示は省略する。)
 【請求項1】商品購入者の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部を三次元的,二次元的,断面図的及び又は写真的に画像入力を行い,該全身を露出した状態,身体の一部を露出した状態,肌着をつけた状態,被服を着た状態の三次元画像,断面画像及び又は身体の平面的画像,写真画像を適宜選択して画面上に写し出し,身体関連商品の販売者側から提供された商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上を適宜選択して前記商品購入者の全身,身体の一部を露出した状態,肌着をつけた状態及び又は被服を着た状態を適宜選択して画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断及び又は身体に装着する帽子,かつら,めがね,ベルト,手袋,靴,ネクタイ,ネックレス等の身廻り品,装飾品,履物等の商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断をし,商品購入者がコーディネーターデータファイルからデータ取出して好みの商品をコーディネートし,かつズボンの丈を短くあるいは長くとか,上着の袖を短くとか,長くとか商品サイズの変更が出来るか否かをEメールで問い合わせをし,併せて商品サイズの変更に要する費用の有無を聞いて商品購入者の体形に合い,好みのデザインの商品をインターネット上で購入することを特徴とするインターネットを利用した身体関連商品の購入システム。
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決は,「本願発明は,インターネットを利用した身体関連商品の購入システムに関する発明であるが,請求項1に記載の構成では,コンピュータに入力される画像データがどのようなデータであるのか,また,コンピュータにどのような処理を行わせれば画像入力ができるのか理解できないために,特許を受けようとする発明が明確でない。」と説示し,「本願は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。」と結論付けた。

 (2) 審決は,上記のように判断した理由として,「例えば」として,本願発明である請求項1の記載について,次の点を例示した。
 (a)「『商品購入者の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部を三次元的,二次元的,断面的及び又は写真的に画像入力を行い』との記載の,『画像入力を行い』との記載からみて,例えば,OCRやデジタルカメラを用いて画像をコンピュータに入力するのであれば,入力される画像データがどのようなものであるのか理解できるが,全身及び身体各部のサイズデータを三次元的,二次元的,断面的及び写真的に画像入力するとの記載では,コンピュータに入力される画像データがどのようなデータであるのか,また,上記サイズデータをどのようにすれば三次元的,二次元的,断面的及び写真的に画像入力ができるのか,上記記載では理解できないために,特許を受けようとする発明が明確でない。」

 (b)「更に,『画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自分の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断及び又は身体に装着する帽子,かつら,めがね,ベルト,手袋,靴,ネクタイ,ネックレス等の見廻り品,装飾品,履物等の商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自分の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断をし,商品購入者がコーディネーターデータファイルからデータを取り出して好みの商品をコーディネートし』との記載は,『商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上』と『自分の身体のサイズデータ』について,画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かをみるために,どのような算術演算による処理を,また,どのような比較による判断,すなわち,論理演算による処理を,コンピュータに行わせようとしているのか理解できないために,特許を受けようとする発明が明確でない。」

第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 1 審決は,前記第2,3のとおり判断したが,誤りである。
 商品購入者の全身又は身体の一部のサイズデータと購入する商品のサイズが合致するからといって,直ちには商品購入にはつながらない。本願発明の最大の特徴は,あくまでもサイズが合った上で,専門家であるコーディネーターの意見が蓄積されているコーディネーターデータファイルからデータを取り出して好みの商品をコーディネートして商品を購入する点にある。そして,本願発明は,上記のような新規な発明特定事項と,その余の公知の発明特定事項とを組み合わせてなる発明である。審査段階で引用された引用文献のいずれにも,コーディネーターデータファイルからデータを取り出して好みの商品をコーディネートして商品を購入する点の記載はない。

 2 審決の前記第2,3(2)(a)の判断について
 (1) 審決の上記判断は誤りである。なぜならば,「商品購入者の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部を三次元的,二次元的,断面図的及び又は写真的に画像入力を行い」と記載されていれば,当業者レベルでは,具体的にどのような手段で解決するかは明確であるからである。例えば,本件出願前から二次元画像,三次元画像についての技術が多数開示されている(甲5)。
 また,原告は,1999年(平成11年)8月31日,同一発明について米国に特許出願したが,画像入力が理解できないので発明が明確でないといった拒絶理由通知は一切受けていない。
 しかも,上記のように記載されていれば,当業者レベルでは,具体的に商品購入者の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部のデータ入力命令に基づく三次元的,二次元的,断面図的及び又は写真的に画像プログラムを作成するかは公知の技術によって明確である。

 (2) 被告は,コンピュータに入力される画像データがどのようなデータであるのか理解できないと主張する。
 しかし,全身のサイズデータは,商品購入者の全身のサイズデータであり,例えば,身長,胸囲,ウエスト,袖丈,首廻り,座高,股下等のサイズをいう。また,身体各部とは,めがね,カツラ,ベルト,手袋,靴,服装等を着用するときに必要となる顔の大きさ,頭のサイズ,ウエスト,手袋をはめるときの手のサイズ,靴を履くときの足のサイズ,ズボン等を着用するときの股下等のサイズ等である。このように商品購入者のサイズを入力することにより,商品購入者自身の全身画像を写し出したり,被服を着た状態の画像等を平面的画像,三次元的画像,写真画像等として画面上に表すものであり,サイズデータは商品購入者の画像を表すための手段である。このようなことは特別なことではなく,当業者には理解できる記載である。

 (3) 請求項1記載の構成要素中,「商品購入者の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部を三次元的,二次元的,断面図的及び又は写真的に画像入力を行い」の記載については,商品購入者が,自己の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータをあらかじめ用意されたコンピュータの画面上等にデータを入力すれば,そのサイズデータに従ってあらかじめコンピュータに用意された全身画像又は身体の一部の画像が修正されて全身を露出した状態,身体の一部を露出した状態,肌着をつけた状態,被服を着た状態の三次元画像,断面画像及び又は身体の平面的画像,写真画像を適宜選択して画面上に写し出すことができることを記載したものである。
 コンピュータには全身を露出した状態,身体の一部を露出した状態,肌着をつけた状態,被服を着た状態の三次元画像,断面画像及び又は身体の平面的画像,写真画像が記録されており,サイズデータにより適宜各画像が修正された状態での商品購入者の画像が得られる。この商品購入者の画像が入力画像となって,この入力画像に好みの身体関連商品を順次,着用したり,装着するものである。入力画像に好みの身体関連商品を順次,着用したり,装着する技術は,プログラムの業界では公知技術の一つである。

 本願発明は,「方法の発明」であるから,どのような手順でインターネットを利用して身体関連商品を購入することができるのかの具体的手順,工程が示されていることが重要である。そして,本願発明においては,身体関連商品を購入するための第1段として,データにより適宜各画像が修正された商品購入者の画像が得られ,この商品購入者の画像が入力画像となって,この入力画像に好みの商品を順次,着用したり,装着するという手順が示されているので,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしている。
 3 審決の前記第2,3(2)(b)の判断について
 (1) 審決の上記判断は誤りである。前記のように,審決の判断で示されたような特許を受けようとする発明が明確でないなどということは,米国の特許商標庁の審査官からはそのような指摘を受けていない。また,原告は,ヨーロッパにも同一発明について特許出願しているが,各国において,発明のとらえ方が異なっているとは考えにくい。

 (2) 被告は,「画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを」なる記載が文脈的にどこにつながるのかが不明確であると主張する。
 しかし,請求項1には,「画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断」と記載されおり,明確である。
 (3) 被告は,「商品コード」と「自己の身体のサイズデータ」とは一般に次元(単位)を異にするデータと考えられるのであって,これらがどのようにコンピュータで演算,比較による判断がされるのかは,当業者といえども理解できないし,「演算」と「比較による判断」の関係も不明確であると主張する。
 しかし,「商品コード」とは,ある特定の商品を他の商品と区別するためにその特定の商品に付されたコード番号であり,同種の商品でもサイズ,素材,柄等が異なる場合でも識別できるように個々の商品にコードが付される。したがって,同種商品でもサイズ,素材,柄等が異なればコード番号が異なる。「商品コード」には,商品を特定するために,サイズ,柄,素材等の色々な要素が盛り込まれているものであり,サイズ同士の比較も可能である。

 また,「演算」とは「加算」,「減算」,「比較」などの処理を行うこと,広義には,論理演算までを含む。すなわち,商品購入者が画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを判断するために,商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータで演算したり,比較を行うものである。
 (4) 被告は,「商品購入者がコーディネーターデータファイルからデータ取出して好みの商品をコーディネートし」なる記載は,「商品購入者」のなすべき行為であり,人のなすべき行為が,本願発明の対象物たる「購入システム」の構成ないし機能とどのような関係を有するのかも不明確であると主張する。
 しかし,「コーディネーターデータファイル」は,専門家である「コーディネーター」が衣服,めがね,靴,かつら等を身につけたときにトータルのファッション等を判断するファイルがファイル装置に格納されているもので,コンピュータで比較判断するときに随時出力するものであり,商品購入者はコーディネーターの意見を参考にして商品を選ぶことができる。被告の主張は誤りである。

 (5) 被告は,本願発明が「物の発明」であるとした上,「適宜選択」,「問い合わせをし」,「費用の有無を聞いて」,「購入する」などの人のなすべき行為と考えられる事項が発明特定事項として含まれており,その人のなすべき行為と,「物」としての「購入システム」との関係が不明確であり,そのため,どのような物が本願発明の範囲に含まれ,どのような物がその範囲から外れるのかが不明確になっていると主張する。
 確かに,特許・実用新案の審査基準においては,特許法36条6項2号違反の類型として,「システム」は「物」のカテゴリーを意味する用語として扱うと記載されている。
 しかし,本願発明は,「方法の発明」に属するものであり,「システム」という用語を使用したからといって直ちに「物」の発明と形式上考えるのではなく,あくまでも請求項に記載された発明の実体に則した判断がされるべきである。現に,平成8年から15年に出願公開された「商品購入システム」においては,大部分は「物」の発明として記載されているが,「方法」の発明をシステムとして記載している発明も存在する。特にシステムの発明の従属項では,使用方法に関する発明が目立つ。本件手続においては,最初から形式的に「物」の発明であると判断して発明の内容を検討しないで,「物」としての構成要件の記載不備を指摘するにとどまるのであり,発明の内容が「方法」の発明であるととらえての適切な拒絶理由通知がなされていない。本願発明は,「方法の発明」であるから,請求項の記載に不備はない。

 (6) 商品購入者は,自己の全身を露出した状態,身体の一部を露出した状態,肌着をつけた状態,被服を着た状態の三次元画像,断面画像及び又は身体の平面的画像,写真画像を適宜選択して画面上に写し出す。そして,身体関連商品の販売者側から提供された商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上を適宜選択して,商品が自分の体形で着用できるか否かを商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータとをコンピュータにて演算,比較による判断をしながら,上記自己の身体画像に商品を重ねる。
 自己の身体画像に商品を重ねる場合に,商品コードのみに基づくことも可能であるが,商品コードのみでは不十分のときは,「商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上」と表現していることから,商品サイズデータ及びデザインデータに基づいてもよい。なお,商品の選択については,拒絶理由通知書(甲2−2)の訳文の「15.」に記載されている。

 本願発明では,ファッションの専門家であるコーディネーターデータに基づいて意見を聞きながら,好みの商品を選択し,最終的に商品のサイズがあるか否かを判定し,好みの身体関連商品を購入するものである。本願発明は,商品購入の手順が具体的に示されており,特許を受けようとする発明が明確に示されているので,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしている。

第4 被告の主張の要点
 1 特許法36条6項2号は,特許を受けようとする発明が明確であるように特許請求の範囲が記載されるべきことを規定しているところ,本願特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるように記載されたものとは到底いえない。その旨を判断した審決に誤りはない。
 2 コンピュータへのデータ入力に関する記載(審決の前記第2,3(2)(a)の判断)について
 審決は,本願特許請求の範囲のコンピュータへのデータ入力に関する記載である,「商品購入者の全身のサイズデータ及び頭,手,足等の身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部を三次元的,二次元的,断面図的及び又は写真的に画像入力を行い」なる記載では,「コンピュータに入力される画像データがどのようなデータであるのか理解できない」と説示した。すなわち,上記記載においては,「全身のサイズデータ及び身体各部のサイズデータに基づく全身,身体の一部」が何を意味するのかが理解できない。仮に,画像データの一種であろうとは推測できるとしても,「サイズデータに基づく」が何を意味しているのかは,依然として理解不能である。

 3 コンピュータにおける演算処理に関する記載(審決の前記第2,3(2)(b)の判断)について
 審決は,コンピュータにおける演算処理に関する記載である,「画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断及び又は身体に装着する帽子,かつら,めがね,ベルト,手袋,靴,ネクタイ,ネックレス等の身廻り品,装飾品,履物等の商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断をし,商品購入者がコーディネーターデータファイルからデータ取出して好みの商品をコーディネートし」なる記載では,どのような演算処理をコンピュータに行わせようとしているのか理解できない旨説示した。

 すなわち,まず,「画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを」なる記載が文脈的にどこにつながるのかが不明確である。
 そして,「商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断」なる記載の意味内容(この記載により特定される事項に含まれる具体的事物の範囲)が不明確である。すなわち,「商品コード」と「自己の身体のサイズデータ」とは一般に次元(単位)を異にするデータと考えられるのであって,これらがどのようにコンピュータにて演算,比較による判断がされるのかは,当業者といえども理解できない。また,「演算」と「比較による判断」の関係も不明確である。
 さらに,「商品購入者がコーディネーターデータファイルからデータ取出して好みの商品をコーディネートし」なる記載は,「商品購入者」のなすべき行為であり,人のなすべき行為が,本願発明の対象物たる「購入システム」の構成ないし機能とどのような関係を有するのかも不明確である。

 そもそも,本願発明は,特許法2条でいう「物の発明」に属する(「システム」の発明が「物」の発明として扱われるべきことは,平成5年に特許庁が公表した審査基準で明確化されて以来,特許出願に携わる者の間では常識である。)。したがって,どのような物が本願発明の範囲に含まれ,どのような物がその範囲から外れるのかを当業者が理解可能なように特許請求の範囲の記載がされている必要があるところ,本願特許請求の範囲の記載はそのようには記載されていないものである。すなわち,本願特許請求の範囲には,以上のほか,「適宜選択」,「問い合わせをし」,「費用の有無を聞いて」,「購入する」などの人のなすべき行為と考えられる事項が発明特定事項として含まれており,その人のなすべき行為と,「物」としての「購入システム」との関係が不明確であり,そのため,どのような物が本願発明の範囲に含まれ,どのような物がその範囲から外れるのかが不明確になっている。

第5 当裁判所の判断
 1 原告の主張のうち,「3 審決の前記第2,3(2)(b)の判断について」,すなわち,本願発明のコンピュータにおける演算処理に関する特許請求の範囲の記載の明確性について
 便宜,上記の点から検討する。
 (1) 原告は,上記に関する記載は明確であると主張するのに対し,被告は,まず,「画面上で商品が自分の体形で着用できるか否かを」なる記載が文脈的にどこにつながるのかが不明確であると主張する。
 そこで,本願発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載を吟味すると,「画面上で商品が自分の体形で着用できるか否か」という記載は,「判断をし」につながり,そのために「コンピュータにて演算,比較」を行うものであると理解し得るのであって,文脈的なつながりが不明確であるとする被告の主張は,失当である。

 (2) 次に,「商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較による判断」なる記載の意味内容(この記載により特定される事項に含まれる具体的事物の範囲)が不明確であるか否かについて,以下に検討する。
 被告は,この点につき,「商品コード」と「自己の身体のサイズデータ」とは一般に次元(単位)を異にするデータと考えられるのであって,これらがどのようにコンピュータにて演算,比較による判断がされるのかは,当業者といえども理解できないこと,及び,「演算」と「比較による判断」の関係も不明確であることを指摘する。
 検討するに,「商品コード」は,原告も認めるように,ある特定の商品を他の商品と区別するためにその特定の商品に付されたコード番号を意味すると解される。そうすると,一般的には,「商品コード」は,身体のサイズデータと演算・比較し得るデータであるとは考え難い。

 この点につき,原告は,前記のとおり,「商品コード」には商品を特定するために,サイズ,柄,素材等の色々な要素が盛り込まれているものであり,サイズ同士の比較も可能であると主張する。
 しかし,「商品コード」にサイズに関する要素が含まれ得るとしても,サイズの要素を含む商品コードから,身体のサイズデータと演算や比較をなし得るデータを取り出すためには,何らかの変換データが必要であると考えられるところ,請求項1には,そのような変換データが存在することや,これを用いて身体のサイズデータと演算や比較をなし得るデータを取り出す処理は,記載されていない。なお,「身体のサイズデータ」と演算や比較をするデータが,「商品サイズデータ」又は「デザインデータ」であり,「商品コード」は,専ら,「好みの商品をコーディネート」するために用いられると解することもできない。

 また,コーディネートするためには,柄やデザインなどが必要であるところ,「商品コード」から柄やデザインに関するデータを取り出すために必要な変換データやその処理もまた,請求項1には記載されていない。
 以上によれば,「商品に基づく商品コード,商品サイズデータ,デザインデータの一以上と自己の身体のサイズデータをコンピュータにて演算,比較」という記載では,商品コードを用いてどのように演算し,あるいは比較するのか,その処理が不明であるというほかはない。
 なお,「演算」と「比較による判断」の関係については,例えば,「商品サイズデータ」と「身体のサイズデータ」とを演算し,あるいは,比較し,その結果に基づいて判断することと解されるから,この点が不明であるということはできない。
 (3) 次に,「商品購入者がコーディネーターデータファイルからデータ取出して好みの商品をコーディネート」することに関する事項が不明確であるか否かについて,以下に検討する。

 この点につき,原告は,「コーディネーターデータファイル」は,「専門家であるコーディネーターが衣服,めがね,靴,かつら等を身につけたときにトータルのファッション等を判断するファイル」がファイル装置に格納されているもので,コンピュータで比較判断するときに随時出力するものであり,商品購入者はコーディネーターの意見を参考にして商品を選ぶことができると主張する。
 しかし,コーディネーターデータファイルがどのような構成のファイルであり,どのようにしてデータを取り出すのかについては,本願発明に係る特許請求の範囲請求項1に記載がないだけでなく,本願明細書の発明の詳細な説明欄を精査しても,何ら説明がされていない。
 原告の前掲主張によれば,本願発明の最大の特徴は,サイズが合った上で,専門家であるコーディネーターの意見が蓄積されているコーディネーターデータファイルからデータを取り出して好みの商品をコーディネートして商品を購入する点にあり,この点こそが本願発明の特徴をなす新規な事項であり,引用文献のいずれにも記載されていないというのである。そうであれば,出願人である原告は,その構成を明確にし,発明の詳細な説明において,当業者が実施できるように開示しなければならないことはいうまでもない。しかし,「コーディネーターデータファイル」については,上記のように,請求項1には明確に記載されておらず,発明の詳細な説明欄においても何ら詳細な説明はないのであって,この点に関して明確でないというほかない。よって,特許を受けようとする発明が明確でないとした審決の判断は,是認し得るものである。

 (4) 原告は,本願発明は,「方法の発明」であるから,どのような手順でインターネットを利用して身体関連商品を購入することができるのかの具体的手順,工程が示されていることが重要であって,本願発明においては,商品購入の手順が具体的に示されているので,特許を受けようとする発明が明確に示されているといえると主張するので,この点について検討しておく。
 前記のとおり,本願発明の名称は,「インターネットを利用した身体関連商品の購入システム」とされている。
 ところで,特許庁は,審査基準を公表しているところ,本件出願以前から,審査基準において,システムの発明は,「物」の発明として扱うことが明記されており(この点は,原告も争う趣旨ではない。),特許出願に携わる者の間では,周知の事項であるというべきである。そして,特段の留保もなく単に「システム」の発明として記載された特許請求の範囲及び明細書に接した当業者は,「物」の発明であると理解するものと推認される。そして,本願発明に係る特許請求の範囲及び明細書を精査しても,「システム」の用語が上記審査基準とは異なる意味において使用されているものと理解すべき記載があるとは認められない。また,本願発明の実質的内容に則してみても,本願発明を「方法の発明」であると理解しなければならないものとも認められない。よって,本願発明を「方法の発明」であると扱うべきことを前提とする原告の主張は,採用することができない。

 (5) なお,原告は,本願発明と同一の発明について米国等に出願したが,米国特許商標庁からは本件で問題とされたような記載不備の指摘等は受けていないこと,ヨーロッパにも同一発明について出願していることなどを主張する。
 しかし,仮に,外国における特許出願の審査において,記載不備の指摘等を受けていないとしても,そのことが,本願発明の出願について我が国の特許法36条6項2号の要件を満たすか否かの判断を左右するものではない。原告の上記主張は失当である。
 2 以上判示のとおり,本願発明については,コンピュータによる演算,比較の処理に商品コードが用いられるところ,その処理が不明であり,また,好みの商品をコーディネートするために用いられるコーディネーターデータファイルの構成が明確でないというほかない。これらの事項は,本願発明において,商品が自分の体形で着用できるかどうか判断し,好みの商品をコーディネートする際に用いられるものであるから,結局のところ,本願発明を明確に把握することができないというべきである(本願発明が方法の発明であるとは解し得ないことは前判示のとおりであるが,本願発明が方法の発明であると仮定しても,上記事項は本願発明を把握する上で必要な事項であるから,いずれにしても,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないというべきである。)。

 そうすると,原告の主張のうち,「2 審決の前記第2,3(2)(a)の判断について」,すなわち,本願発明のコンピュータへのデータ入力に関する特許請求の範囲の記載の明確性についてなど,その余の点について判断するまでもなく,本願が特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は,是認することができるものというべきであり,審決を取り消すべき事由は存在しない。
 3 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。


   東京高等裁判所知的財産第4部
 
            裁判長裁判官   塚  原  朋  一

               裁判官   田  中  昌  利

               裁判官   佐  藤  達  文