H16. 6.24 大阪地裁 平成15(ワ)4285 特許権 民事訴訟事件

平成15年(ワ)第4285号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年4月16日
                             判     決
               原      告   ユミックス株式会社
               訴訟代理人弁護士   深 井   潔
               補佐人弁理士     辻 本 一 義
               同          窪 田 雅 也
               被      告   株式会社ユアビジネス
               訴訟代理人弁護士   石 川 幸 吉
                             主     文
               1 原告の請求を棄却する。
               2 訴訟費用は原告の負担とする。
                             事実及び理由
第1 請求
    被告は原告に対し、金4275万円及びこれに対する平成15年5月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
    本件は、プレス用金型に関する特許発明の特許権者である原告が、被告の製造販売するプレス成形装置が当該特許発明の技術範囲に属するとして、被告に対し、不当利得及び損害賠償を請求している事案である。
 1 争いのない事実等
   (1) 本件特許権
      原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲記載の発明を「本件発明」という。その特許出願に係る願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)を、ダイハツ工業株式会社と共有している。
     ア 特許番号     第1466541号
     イ 出願日      昭和58年 4月21日
     ウ 出願公告日    昭和63年 3月11日
     エ 登録日      昭和63年11月10日
     オ 発明の名称    プレス用金型
     カ 特許請求の範囲  別紙特許公報(以下「本件公報」という。甲第1号証)該当欄記載のとおり

   (2) 本件発明は次の構成要件に分説することができる。
     A 上部に素材を保持するための保持部を有し、且つ内方に当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝を有する下型と、
     B 下型に設けたカム溝に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部を有する回転カムと、
     C 下型に設けた保持部の上方に昇降自在に配置されたパッドと、
     D 回転カムの上方に昇降自在に且つ横方向にスライド自在に配置された、先端に寄曲げ刃を有する吊りカムとからなり、
     E 吊りカムの下降に共なつて回転カムが素材を挟持する方向に回動し、且つ吊りカムの回転カムへの接触後、吊りカムが回転カムの寄曲げ部に向つてスライドするようにしたことを特徴とする
     F プレス用金型
   (3) 被告は、別紙イ号物件目録添付の図面のプレス用金型「カムベンド成形金型」(以下「イ号物件」という。)を製造、販売している(イ号物件の構成部分の名称、構造の説明並びに作用及び効果の説明の一部について当事者間に争いがあり、原告は別紙イ号物件目録記載のとおり、被告は別紙イ号製品目録記載のとおり主張している。)。

   (4) イ号物件は、構成要件C及びFを充足している。
 2 争点
   (1) イ号物件は、本件発明の構成要件を充足するか。
   (2) イ号物件は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか。
   (3) 本件特許は無効理由があることが明らかか。
   (4) 本件訴訟の提訴及び本件特許権の行使は権利の濫用か。
   (5) 不当利得及び損害の額
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)(イ号物件は、本件発明の構成要件を充足するか)について
   (1) 構成要件A充足性について
   【原告の主張】
     ア イ号物件は次のような構成を有する。
        下型1には、受け部1bと軸受け15とが設けられている。受け部1bは、下型1の上部に固定されており、押え型7bとともに板材3を挟持するものである。軸受け15は、下型1に固定されており、回転型4の両側端に設けられた円柱状の回転シャフト14を挿入するための円弧面を有する挿入孔17が穿孔されている。この軸受け15に穿孔された挿入孔17には、円柱状の回転シャフト14が回動自在に挿入されている。

        また、下型1には、回転ローラを有する回転型たわみ防止支え16が設けられ、この回転ローラに対応して回転型4の底面形状は円弧面に形成されており、回転型4は、回動時に、この円弧面からなる底面が前記回転ローラ上を摺動して回動する。
     イ イ号物件の受け部1bは、本件発明の「素材を保持するための保持部」に相当する。
        また、次に記載するとおり、イ号物件の挿入孔17と、回転型たわみ防止支え16を構成する回転ローラが、本件発明の「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」に相当する。
       (ア) イ号物件の受け部1bは、下型1の上部に設けられており、挿入孔17は下型1の内方に設けられた軸受け15に穿孔されていることから、挿入孔17と受け部1bとが連なっていることは明らかである。また、イ号物件の回転ローラは、下型1の内方に設けられた回転型たわみ防止支え16を構成するものであって、回転ローラと受け部1bとが連なっていることも明らかである。

       (イ) 軸受け15に穿孔された挿入孔17が円弧面からなること、及び回転型たわみ防止支え16を構成する回転ローラが円弧面からなることも明らかである。
        したがって、イ号物件は、構成要件Aを充足する。
     ウ(ア) 被告は、カム溝を、開口端部に保持部が形成されているものに限定して主張する。
          しかし、本件発明は、下型内に下型と共同してピラー(素材)を保持するために回転カムを挿入したプレス用金型に関するものであり、その目的は、下型内に下型と共同してピラーを保持するための回転カムを挿入し、下型の逃しを不要とすることにより、下型とピラーとの接触面積を増大させ、ピラーを下型上に安定した状態に載置するとともに、下型に十分な剛性を持たせることであり、その効果は、プレス成形時、ピラーを安定した状態に保持でき、パッド押え面積も大きくプレス加工時の加工精度を向上でき、プレス成形後のピラーの下型からの取出し時、ピラーを下型から上方に持ち上げるだけで下型からピラーを取り出せることである。このような本件発明の目的、効果に照らして考えたとき、溝の開口端部に保持部を形成しないものであっても、本件発明の目的を達成し、本件発明の効果を奏するから、被告が主張するようなカム溝の構成に限定されるということはできない。

       (イ) 被告は、構成要件Aが「円弧面からなるカム溝」であるのに対し、イ号物件は「円孔のカム溝」であるから異なると主張する。
          しかし、「円孔のカム溝」は円弧面で構成されたカム溝であるから、「円弧面からなるカム溝」に相違ないし、両者は技術的意義や作用効果が同一である。また、イ号物件の「円孔のカム溝」なる構成は、保持部と連なる円弧面からなるカム溝に付加的に蓋部材Cを被せて円孔を構成したものにすぎない。よって、「円弧面からなるカム溝」と「円孔のカム溝」は異なるところはない。
       (ウ) 被告は、イ号物件の軸受け15と受け部1bが別体であると主張するが、受け部1bが下型上部に、軸受け15が下型内方に設けられており両者は一体的に形成されている。
       (エ) 被告は、回転型たわみ防止支え16は通常設けないと主張するが、イ号物件がこれを備えているところに変わりはない。

   【被告の主張】
     ア イ号物件の下型1には、本件発明の保持部に相当する受け部1bは存在するが、受け部1bと連なる「円弧面からなるカム溝」に相当する構造は存在しない。
        本件発明の保持部21は、特許請求の範囲及び本件公報第6図の記載から明らかなように、円筒形状の回転カム23を回動自在に挿入するカム溝22の切欠部の端縁に形成されているもので、回転カム23の回動によって回転カム23の切欠部の端縁に形成された寄曲げ部25に衝合して素材を保持するものである。これに対し、原告が本件発明のカム溝に相当すると主張する挿入孔17を有する軸受け15は、本件発明の保持部に相当する受け部1bとは別に構成されているものであり、原告が回転カムに相当するとする回動型4(原告主張の回転型4)を挿入するものでもない。

        したがって、イ号物件は、構成要件Aを充足しない。
     イ 原告は、イ号物件の挿入孔17及び回転型たわみ防止支え16を構成する回転ローラが「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」に相当すると主張する。
        しかし、挿入孔17は単なる円孔であって円弧面からなっているわけではなく、回動型4に設定された支軸14(原告主張の回転シャフト14)を軸支するだけで、カムと共同して素材を保持し、プレス加工を行う作用効果はない。
        また、回転型たわみ防止支え16の回転ローラは、回動型4が長尺になる場合、その中間部を支持して回動を円滑にするためのもので、通常は設けていない。
   (2) 構成要件B充足性について
   【原告の主張】
     ア イ号物件は次のような構成を有する。
        回転型4は一端に寄せ曲げ成形部11を有し、この寄せ曲げ成形部11は押え型7b及び受け部1bと共同して板材3を固定し、かつ寄せ曲げ刃6と共同して板材3の成形を行う。

        下型1に固定された軸受け15は、回転型4の両側端に設けられた円柱状の回転シャフト14を挿入するための挿入孔17が穿孔されている。この下型1に固定された軸受け15の挿入孔17に、円柱状の回転シャフト14が回動自在に挿入されている。
     イ イ号物件がカム溝を有することは、上記(1)【原告の主張】イ記載のとおりである。また、挿入孔17に回転型4が回動自在に挿入された構成になっており、回転型4には寄せ曲げ刃6と共同して成形を行う寄せ曲げ成形部11があるから、イ号物件は、「カム溝に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部を有する回転カム」を備えていることになる。
        したがって、イ号物件は構成要件Bを充足する。
     ウ(ア) 被告は、本件発明の回転カムの全体形状は円筒形状であると主張する。

          しかしながら、かかる被告の主張は、本件発明の技術的範囲を実施例に示された形状に限定解釈するものであって、到底認められるものではない。
          本件発明の回転カムは、保持部と共同して素材を保持するものであり、保持部は回転カムの回動によって寄曲げ部と共同してこれにパッドが相まって素材を挟持するものである。この点、イ号物件の回転型4は受け部1bと共同して板材3を保持するものであり、イ号物件の受け部1bは、回転型4の回動によって寄せ曲げ成形部11と共同して板材3を保持し、これに押え型7bが相まって板材3を挟持するものであって、本件発明と何ら異なるところはない。
       (イ) 被告はイ号物件の軸受け15は回転型4を挿入するものではないと主張する。
          しかし、軸受け15に穿孔された挿入孔17に回転シャフト14が挿入され、回転シャフト14が回転型4の一部を構成する以上、軸受け15は回転型4を挿入するものである。

       (ウ) 被告は、本件発明の構成が、ピラーを保持部に載置した段階では保持部だけでピラーが保持されることになるものであるとか、回転カムの外周面全体がカム溝の内周面全体に摺接して回動するものであるとか、さらに、回転カムそのものが回動軸になるものであるとか、スライド板の衝合面とのカム作動によって回転カムが回動するなどと特定し、その上でイ号物件との作用効果の違いを主張している。しかしながら、被告は、特許請求の範囲に記載されていない事柄を前提として主張しているにすぎず、失当である。
   【被告の主張】
     ア イ号物件がカム溝を有さないことは、上記(1)【被告の主張】アのとおりである。
        また、特許請求の範囲の記載及び本件公報第6図によって明らかなように、回転カム23は円筒形状で回動自在にカム溝22に挿入されているものであるが、イ号物件の回動型4は円筒形状ではない。

        挿入孔17は単なる円孔であり、円弧面からなっているわけではなく、これに回動型を挿入することはできない。円筒形状の回転カム23自体を回動自在に挿入することと、軸受け15に穿孔された挿入孔17に支軸14を挿入するのとでは、構成は全く異なる。
        よって、イ号物件は、構成要件Bを充足しない。
     イ アの結果、イ号物件と本件発明は、次のような相違を有することとなった。このような作用効果が異なることからしても、イ号物件が本件発明の技術範囲に属さないことは明らかである。
       (ア) イ号物件の特徴は、回動型4を両側から軸受け15によって軸支する構成により、軸受け15の設定位置の調整を可能とし回動角度を小さく設定することを可能とした。この結果、回動ストロークが小さくなることにより、加工板材3の取出しを迅速に行うことができる。

          これに対して、本件発明の回転カム23は、回転カムそのものが回動軸となるため、軸径が極端に大きくなり、回転中心が固定されてピラーAの取出しのために必要以上に大きな回動ストロークを要し、取出しの迅速性を阻害する結果を招いている。
       (イ) イ号物件における回動型4の回動は、加工板材3の取出しだけに行われ、軸受け15の支軸を支点としてエアシリンダー12のピストンの延伸によって行われるように構成されている。このため、ピラー(素材)の保持が安定し、また、回動摩擦等の問題が生じない。
          これに対し、本件発明における回転カム23は、回動の結果寄曲げ部と保持部の合成が行われるのであって、ピラーAを保持部21に載置した段階では保持部21だけでピラーAを保持しており、加工の位置決めが不安定である。また、回転カム23は下型に設けたカム溝22に回動自在に挿入され、回転カム23の外周面全体がカム溝22の内周面全体に摺接して回動するので、回動摩擦によるエネルギーの消耗が極めて大きい。さらに、回転カム23そのものが回動軸となるため軸径が極端に大きくなり、軸芯が固定されず回動エネルギーが分散されて回動作動の精度が低下し、摩擦、カジリ現象を起こす問題を含んでいる。

       (ウ) イ号物件は、回動型4の回動を加工板材3の取出しだけに関係させ、受け部1bと回動型4の寄せ曲げ成形部11の合成に関係させないようにして、板材加工の位置決めを安定させ、作動エネルギーが回動エネルギーに消耗されないようにして成形圧を高め、加工エネルギーを強化して精度の高いベンド加工が行えるようにした。
          これに対して、本件発明における加工用スライド駆動は、上型ホルダー30の下降により吊りカム33が下降し、回転カム23に取り付けられたスライド板24の衝合面とのカム作動によって回転カム23が回動して寄曲げ部25を上昇させピラー保持部21と衝合する構成となっており、上型ホルダー30の下降エネルギーが軸径が極端に大きい回転カム23の回動エネルギーに消費され寄曲げ刃35の加工エネルギーが減少する結果となっている。

   (3) 構成要件D充足性について
   【原告の主張】
     ア イ号物件は次のような構成を有する。
        上型7は下型1の上方に昇降自在に配置され、スライドカム7aは、下降時に回転型4のスライド板18上を寄せ曲げ成形部11に向かってスライドすべく、回転型4の上方に位置して、かつスライド部51を介して上型7に取り付けられている。
        スライドカム7aの先端には寄せ曲げ刃6が固定されており、この寄せ曲げ刃6はスライドカム7aが寄せ曲げ成形部11に向かってスライドした際に板材3を押圧するものである。
     イ イ号物件が本件発明の回転カムに相当する回転型4を有していることは上記(2)【原告の主張】イ記載のとおりである。また、イ号物件には、先端に寄せ曲げ成形部11と接合して板材3の成形を行う寄せ曲げ刃6を有し、昇降自在にかつ横方向にスライド自在であって、回転型4の上方に配置されているスライドカム7aがあるが、これは、本件発明における「吊りカム」に相当する。

        したがって、イ号物件は構成要件Dを充足する。
     【被告の主張】
        イ号物件が本件発明の回転カム23に相当する構造を有していないことは上記(2)【被告の主張】ア記載のとおりであるから、イ号物件は構成要件Dを充足しない。
        原告は、構成要件A及びBにおいては、回動型4の支軸14が本件発明の回転カムに相当することを前提とする主張しているが、構成要件Dにおいては回動型4がこれに相当すると主張している。構成要件A及びBにおける原告の主張どおりに考えれば、回転カムに該当する支軸14にはスライドカム7aの先端寄せ曲げ部と接合して素材の成形を行う寄せ曲げ刃など存在しない。
   (4) 構成要件E充足性について
     【原告の主張】
       ア イ号物件は次のような構成を有する。
          スライドカム7aの下降に備えて回転型4が回動することにより、回転型4の寄せ曲げ成形部11と受け部1bとで連続した板材保持部を形成するとともに、回転型4はスライドカム7aに固定された寄せ曲げ刃6を受容し得る状態となる。

          その後、上型7が下降すると、前記状態にある回転型4の寄せ曲げ成形部11は、押え型7b及び受け部1bと共に板材3を固定する。次いで、スライドカム7aが固定された板材3に向かってスライド板18上をスライドすることで、寄せ曲げ成形部11は寄せ曲げ刃6と共同して成形加工を行う。
       イ イ号物件が回転カムに相当する回転型4を有していることは、上記(2)【原告の主張】イ記載のとおりである。
          そして、イ号物件の回転型4は受け部1bと共同して板材3を保持するものであり、イ号物件の受け部1bは回転型4の回動によって寄せ曲げ成形部11と共同して板材3を保持し、これに押え型7bが相まって板材3を挟持する。さらにその後、イ号物件のスライドカム7aが固定された板材3に向かってスライド板18上をスライドすることにより、寄せ曲げ成形部11は寄せ曲げ刃6と共同して成形加工を行う。これは、構成要件Eの「吊りカムの下降に共なつて回転カムが素材を挟持する方向に回動し、且つ吊りカムの回転カムへの接触後、吊りカムが回転カムの寄曲げ部に向かつてスライドするようにした」に相当する。

          したがって、イ号物件は構成要件Eを充足する。
       ウ 被告は、イ号物件について、回転型4の回動は加工板材3の取り出しだけに行われるという特徴があると主張するが、イ号物件の回転型4は反時計方向に回動した時に受け部1bと寄せ曲げ成形部11との合成の解除を行うとともに、時計方向に回動した時に受け部1bと寄せ曲げ成形部11との合成を行うものであることから、かかる主張に理由はない。
          被告は回転型4はエアシリンダー12によって回動するからイ号物件は構成要件Eを充足しないと主張する。しかし、回動が何によってなされるかは構成要件充足性とは無関係であるし、エアシリンダーは、本件発明が使用するところのスプリングの代替手段にすぎない。
     【被告の主張】
        イ号物件が回転カムに相当する構造を有していないことは、上記(2)【被告の主張】ア記載のとおりである。また、イ号物件における回動型4の回動は、板材3の取出しだけに行われており、支軸14を支点としてエアシリンダー12のピストンの延伸によって行われるように構成されている。したがって、イ号物件は構成要件Eを充足しない。

 2 争点(2)(イ号物件は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか)について
   (1) 構成要件Aについて
     【原告の主張】
     ア イ号物件の構成は、円孔からなるカム溝であって円弧面からなるカム溝ではなく、円孔は受け部1bと連なっておらず、イ号物件は構成要件Aの「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」の部分を文言上充足しないと解する余地があるとしても、以下に述べるとおり、最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁の要求する均等成立のための5つの要件をすべて満たしているから、イ号物件は本件発明の構成と均等ということができるので、本件発明の技術的範囲に属するというべきである。
     イ 均等の要件@ー非本質的部分
        本件公報の記載(1欄16、17行、3欄19ないし40行、42行ないし4欄2行、6欄19行ないし34行)によれば、本件発明は、プレス用金型において、従来のものに比べて素材を保持する面積を増大させて素材を安定した状態で保持するとともに、成形後の素材を移動することなく容易に取り出すことができるという作用効果を達成するための手段として、下型上部に設けた保持部と、保持部の上方に昇降自在に配置したパッドと、下型内方のカム溝に回動自在に挿入した一端に寄曲げ部を有する回転カムと、回転カムの上方に昇降自在で横方向にスライド自在に配置した吊りカムとを有機的に結合した構成を採用し、具体的には、下型内に回動自在に挿入した回転カムは素材を保持するとともに素材の成形を行う寄曲げ部を備えており、この回転カムが素材を挟持する方向へ回動すると、回転カムの寄曲げ部が保持部と接合することにより素材保持面を形成して素材を保持し、この素材を保持する回転カムの寄曲げ部と保持部がパッドとの間で安定的に素材を挟持した状態となる一方、この状態で回転カムの上方にスライド自在に配置した吊りカムが回転カムの寄曲げ部に向かってスライド移動すると、回転カムの寄曲げ部が吊りカムの寄曲げ刃と接合することにより素材を成形し、回転カムの寄曲げ部に素材が食い込んだ状態となり、成形後、この状態で回転カムが素材から離れる方向へ回動すると、素材が食い込んだ回転カムの寄曲げ部が素材から離脱することにより、素材を移動することなく上方に持ち上げるだけで下型から取り出すことができる状態となる構成を採用したことに特徴があるものであるから、これが本件発明の本質的部分である。
        そうすると、イ号物件は、下型1上部に設けた受け部1bと、受け部1bの上方に昇降自在に配置した押え型7bと、下型1内方の挿入孔17ないし回転ローラに回動自在に挿入した一端に寄せ曲げ成形部11を有する回転型4と、回転型4の上方に昇降自在で横方向にスライド自在に配置したスライドカム7aとを有機的に結合した構成を採用しており、具体的には、下型1内に回動自在に挿入した回転型4は板材3を保持するとともに、板材3の成形を行う寄せ曲げ成形部11を備えており、この回転型4が板材3を挟持する方向へ回動すると、寄せ曲げ成形部11が受け部1bと接合することにより素材保持面を形成して板材3を保持し、この板材3を保持する寄せ曲げ成形部11と受け部1bが押え型7bとの間で安定的に板材3を挟持した状態となる一方、この状態で回転型4の上方にスライド自在に配置したスライドカム7aが寄せ曲げ成形部11に向かってスライド移動すると、寄せ曲げ成形部11がスライドカム7aの寄せ曲げ刃6と接合することにより板材3を成形し、寄せ曲げ成形部11に板材3が食い込んだ状態となり、成形後、この状態で回転型4が板材3から離れる方向へ回動すると、板材3が食い込んだ寄せ曲げ成形部11が板材3から離脱することにより、板材3を移動することなく上方に持ち上げるだけで下型1から取り出すことができる状態となる構成を有しているのであるから、上記本件発明の本質的部分を備えている。他方、本件発明とイ号物件との間で異なる構成部分、すなわち、構成要件Aが「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」であるのに対し、イ号物件が蓋部材Cを被せたことに伴い「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝に蓋部材Cを被せてなる円孔のカム溝」であるという差異部分は、本件発明の本質的部分には当たらない。
     ウ 均等の要件Aー置換可能性
        本件明細書の発明の詳細な説明の記載ないし特許請求の範囲の記載を併せて考慮すると、本件発明は、プレス用金型において、従来のものに比して、素材を安定した状態に保持でき、パッドの押え面積も大きくプレス加工時の加工精度を向上させ、プレス加工後の素材を移動することなく上方に持ち上げるだけで下型から取り出せるという作用効果を奏するプレス用金型を提供することを目的とするものである。

        イ号物件においても、板材3を安定した状態に保持でき、押え型7bの押え面積も大きく、プレス加工時の加工精度を向上させ、プレス加工後の板材3を移動することなく上方に持ち上げるだけで下型1から取り出せるという作用効果を奏するものであり、本件発明とイ号物件との差異部分をイ号物件におけるものと置き換えても、すなわち、蓋部材Cを被せて円孔のカム溝としても、本件発明の目的を達成することができ、これと同一の作用効果を奏するものである。
     エ 均等の要件Bー置換容易性
        イ号物件の円孔のカム溝とした構成は、円弧面からなるカム溝に蓋部材Cを被せたにすぎず、何ら工夫を要するものではない。
     オ 均等の要件Cーイ号物件の非容易推考性
        本件課題を解決するための本件発明の構成は、本件発明にかかる出願日前に存在しなかったものであるから、これと同じ構成のイ号物件は公知技術と同一又は容易に推考できたものではない。

     カ 均等の要件Dー意識的除外
        本件発明の出願経過において、イ号物件の構成を意識的に除外したような事情はない。
     キ このように、イ号物件は、構成要件Aを文言上充足しないとしても、これと均等の構成を有しているということができる。
   【被告の主張】
     ア 本件発明の本質的部分なるものは、構成要件Aに関していえば、開口端部の上面(外側)に形成された保持部の内方(内側)に当該保持部と連なる円弧面によってカム溝を形成したことにあり、この構成により軸受け機構や支軸機構を設けることなく、直接に回動カムをカム溝に回動自在に挿入でき、保持部と回転カムの切欠部の端縁に形成された寄曲げ部とが協働して素材を支持するという独自の作用効果を持つ点にある。
        被告のイ号物件には、このような構成は備えられておらず、このような作用効果はもちろんない。

     イ 原告は、構成要件Aとイ号物件の構成の異なる点は、構成要件Aが「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」であるのに対し、イ号物件は蓋部材Cを被せたことに伴う「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝に蓋部材Cを被せてなる円孔のカム溝」であり、これを置き換えても本件発明の技術的思想と別個のものと評価されるものではないと主張する。
        しかしながら、本件発明における「カム溝」は、上記アのように独自の構成を備えていなければならないものであり、イ号物件における支軸挿入孔17とは技術的意義が基本的に異なるものであるから、置換可能性、非容易想到性など技術常識からして考えられないことである。
   (2) 構成要件Eについて
   【原告の主張】
     ア 構成要件Eを「下降する吊りカムが回転カムを押し下げることで回転カムが素材を挟持する方向へ回動」するものと限定的に解釈し、したがって、イ号物件は構成要件Eを文言上充足しないと解する余地があるとしても、イ号物件の構成は本件発明と均等ということができ、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属することとなる。

     イ 均等の要件@ー非本質的部分
        本件発明の本質的部分は、上記(1)【原告の主張】イ記載のとおりであり、イ号物件は本件発明の本質的部分を有している。他方、本件発明とイ号物件との間で異なる構成部分、すなわち、構成要件Eが、解釈上「下降する吊りカムが回転カムを押し下げることで回転カムが素材を挟持する方向へ回動」することであるのに対し、イ号物件が、エアシリンダーを用いたことに伴い、「下降する吊りカムに備えてエアシリンダー12が進退することで回転カムが素材を挟持する方向へ回動」することであるとの差異部分は、本件発明の本質的部分には当たらない。
     ウ 均等の要件Aー置換可能性
        本件発明の作用効果は、上記(1)【原告の主張】ウ記載のとおりである。そうすると、イ号物件においても、本件発明の作用効果を奏するものであり、差異部分をイ号物件におけるものと置き換えても、すなわち、エアシリンダー12の進退によって回転型4を回動させても、本件発明の目的を達成することができ、これと同一の作用効果を奏するものである。

     エ 均等の要件Bー置換容易性
        カム作動手段として、エアシリンダーはスプリングと並んで周知の手段であるから、何ら工夫を要するものではなく、微細な設計変更であって、当業者にとって格別困難なものということもできない。
     オ 均等の要件Cーイ号物件の非容易推考性
        上記(1)【原告の主張】オと同じ。
     カ 均等の要件Dー意識的除外
        上記(1)【原告の主張】カと同じ。
     キ このように、イ号物件は、構成要件Eを文言上充足しないとしても、これと均等の構成を有しているということができる。
   【被告の主張】
      原告は、構成要件Eについて、「下降する吊りカムが回転カムを押し下げることで回転カムが素材を挟持する方向へ回動」しても、「エアシリンダー12の進退によって回動型4が回動」しても、本件発明の目的を達成することができ、作用効果も同一であるから、置換可能性があると主張する。

      しかし、原告自身が主張するように、本件発明は、プレス用金型において、従来のものに比べて素材を保持する面積を増大させて素材を安定した状態で保持するとともに、成形後の素材を移動することなく容易に取り出すことができるという作用効果を達成するための手段として、下型上部に設けた保持部と、保持部の上方に昇降自在に配置したパッドと、下型内方のカム溝に回動自在に挿入した一端に寄曲げ部を有する回転カムと、回転カムの上方に昇降自在で横方向にスライド自在に配置した吊りカムとを有機的に結合した構成を採用したところに、本質的な点がある。ここで手段が異なれば、発明の本質が異なってくるのは明らかであって、達成手段が異なれば別の発明となり、置換可能性を論ずる余地はない。
      また、下降する吊りカムで回転カムを押し下げるのと、エアシリンダー12の進退によって回動型4を回動させるのとでは、素材保持に対する強度も安定度も異なり、作用効果的にも異なってくるのは明らかである。

 3 争点(3)(本件特許は無効理由があることが明らかか)について
 【被告の主張】
    本件発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項に反し、同法123条1項2号により無効である。したがって、原告の請求は権利の濫用である。
    頒布された刊行物の記載内容と本件発明の内容の関係は次のとおりである。
   (1) 実開昭55−171418号公開実用新案公報(乙第4号証)には、構成要件Aの「上部に素材を保持するための保持部」に相当する曲げダイ11aが、また、構成要件Aの「内方に当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」に相当する回転ダイホルダ18が記載されている。
   (2) 米国特許第4002049号明細書(乙第2号証)には、構成要件Bの下型に設けられたカム溝に相当する「ホルダー42の底部に設けられ」た(「in the bottom of the holder42」)「カム溝44」(the groove44)の記載があり、また、乙第2号証の第8図に図示されているところである。また、実公昭57−983号実用新案公報(乙第5号証)には、構成要件Bの「寄曲げ部」に相当する「可動ダイ4の可動型部7と協働して前記被加工物Wを挟持する挟持面23および前記カムパッド17の上面に当接する当接面24が形成され」る旨の記載があり、第1図及び第2図に明確に図示されている。

   (3) 構成要件Cの「パッド」については、これに相当する実公昭57−983号実用新案公報(乙第5号証)の「パッド22」、実開昭55−171418号公開実用新案公報(乙第4号証)の「材料押え金4」がある。
   (4) 米国特許第4002049号明細書(乙第2号証)には、構成要件D及びEの「回転カム」に相当する「cylinder10」が記載され、また、実公昭57−983号実用新案公報(乙第5号証)の「カムドライバ26」は構成要件D及びEの「吊りカム」と同一構成である。
   (5) 実公昭57−983号実用新案公報(乙第5号証)には、構成要件Eの「寄曲げ部」に相当する構成が記載されている。
 【原告の主張】
    被告が本件発明が無効であることの根拠とする各刊行物(乙第2号証、第4、第5号証)は、いずれもその根拠とはなり得ない。

   (1) 構成要件Aについて
      乙第4号証には、曲げダイ11aと連なる円弧面からなるカム溝を有する回転ダイホルダ18が記載されていることは認める。しかし、本件発明の「保持部」とは、特許請求の範囲に記載されているとおり、「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」に「一端に寄曲げ部を有する回転カム」が「回動自在に挿入」されて、「回転カムが素材を挟持する方向に回動」する構成によって、回転カムと共同して素材を保持するものである。
      乙第4号証の曲げダイ11aは、本件発明の「保持部」のように回転カムと共同して素材を保持するものではないから、本件発明の「保持部」に相当しない。
   (2) 構成要件Bについて
      本件発明の「回転カム」は、「下型に設けたカム溝に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部を有する回転カム」であるところ、乙第2号証のcylinder 10に本件発明の「寄曲げ部」は存在しない。また、乙第5号証の可動ダイ4の一端に設けられた可動型部7は、被加工物を単に載置する部分であって、寄曲げ成形を行う部分ではない。

   (3) 構成要件Cについて
      本件発明の「パッド」は、特許請求の範囲に記載されているとおり、「下型に設けた保持部の上方に昇降自在に設置されたパッド」であり、「回転カムが素材を挟持する方向に回動」することで、回転カムと共に素材を挟持するものであるところ、乙第5号証には、上記(2)記載のとおり、本件発明の「回転カム」に相当する構成が存在せず、乙第5号証のパッド22は、本件発明のように回転カムと共に素材を挟持するものではない。
      また、被告は、乙第4号証の材料押え金4が本件発明の「パッド」に相当すると主張するが、上記と同様に回転カムと共に素材を挟持するものではない。
   (4) 構成要件Dについて
      被告は、乙第2号証のcylinder 10 が「回転カム」に相当し、乙第5号証のカムドライバ26が「吊りカム」に相当すると主張している。しかし、これらは別個の刊行物に基づくものであるから、技術的関連性を特定した、「回転カムの上方に昇降自在に且つ横方向にスライド自在に配置された、先端に寄曲げ刃を有する吊りカム」との構成がいずれの刊行物にも記載されていないことは明らかである。

      また、本件発明の「回転カム」のみを個別的に見たとしても、上記のとおり、乙第2号証のcylinder10は本件発明の「回転カム」に相当しない。
      そして、本件発明の「吊りカム」についていえば、乙第5号証のカムドライバ26は、横方向にスライドせず、かつ先端に寄せ曲げ刃も有さない。よって、乙第5号証のカムドライバ26は、本件発明の「吊りカム」に相当しない。
   (5) 構成要件Eについて
      回転カムと吊りカムの技術的関連性を特定した構成がいずれの刊行物にも記載されていないこと、回転カムと吊りカムを個別的に見ても、刊行物に記載されているといえないことは、上記(4)記載のとおりである。
 4 争点(4)(本件訴訟の提起及び本件特許権の行使は権利の濫用か)について
 【被告の主張】
    原告は、前訴(大阪地裁平成13年(ワ)第8214号特許権侵害差止等請求事件)において、本件特許権とは別の特許権(特許番号第1491321号)に基づいて、本件訴訟と同じイ号物件について、その製造販売が当該特許権を侵害するとの主張を行った。前訴判決は、イ号物件が当該特許の技術的範囲に属さず、また、当該特許は本件特許の「後願であり特許法29条の2の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由を有することが明らかである」から無効であると判示し、確定した。また、同一の理由により、同特許を無効とする無効審決も確定している。

    したがって、原告の本件訴訟の提起及び本件特許権の権利の行使は、上記確定判決及び確定審決の争点効に抵触するもので、明らかに権利の濫用である。
    また、原告は、他人の開発した本件発明の特許権を一部譲渡されたにすぎないものであり、本件訴訟はこの点からも原告による権利の濫用であるといわざるを得ない。
 【原告の主張】
    被告の主張は争う。
 5 争点(5)(不当利得及び損害の額)について
 【原告の主張】
   (1) 不当利得返還請求
     ア 被告は主として工作機械、プレス金型機械設備の設計、製造及び販売を業とするものであるが、平成10年7月頃から平成12年5月2日までの間に、イ号物件を少なくとも11台以上、単価500万円以上で製造販売し、合計売上金額5500万円を得ている。
         また、同数のイ号物件の製造設計図面の作成を請負い、同額の5500万円の売上金額を得ている。

     イ 上記アの被告の行為は、原告の特許権を不当に実施するものであり、被告は実施料相当額の利益を受け、原告は同額の損害を被った。
         本件発明の実施品は「ロータリーカム」という商品名で、国内外の多数の自動車メーカーに採用され、高い評価を得ていることからして、実施料率は売上額の5%を下るものではない。
     ウ 実施料相当額は総売上額1億1000万円の5%である550万円であるが、原告は本件特許権の共有者としてこの2分の1である275万円を不当利得として、民法703条に基づきその返還を被告に請求する。
   (2) 損害賠償請求
   ア 被告は平成12年5月3日から平成15年4月20日までの間にイ号物件を少なくとも20台以上、単価500万円以上で製造販売し、合計売上金額1億円を得ている。
       また、同額のイ号物件の製造設計図面の作成を請負い、同額の1億円の売上金額を得ている。

   イ 被告の売上額に対する利益率は40%を下るものではなく、被告は上記アの特許権侵害行為により8000万円の利益を得、原告は同額の損害を被った。
       よって、原告は被告に対し、本件特許権の共有者として、被告が得た利益の2分の1である4000万円を特許法102条2項、民法709条に基づき損害賠償として請求する。
 【被告の主張】
    否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)(イ号物件は、本件発明の構成要件を充足するか)について
   (1) 構成要件A充足性について
     ア 本件発明の構成要件Aは、「上部に素材を保持するための保持部を有し、且つ内方に当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝を有する下型と」というものである。
     イ そこで、構成要件Aの意義につき、本件明細書の記載を検討する。本件公報(甲第1号証)によれば、本件明細書には次の趣旨の記載があるものと認められる。

       (ア) 本件発明は、下型と上型とで素材となる板金をプレス成形するプレス用金型に関するものである。成形の対象となる板材は、例えば、自動車のフロントボディーのアウター側に使用するピラーなどであるが、これらは複雑な断面形状をしている。従来技術では、このように複雑な断面形状を有するピラーA(素材)を形成加工するには、プレス成形を複数回に分けて行っており、プレス用金型としては、下型ホルダー、その所定位置に取付固定した下型、下型ホルダー上に水平方向にスライド自在に配置したスライド部材、スライド部材に固定された寄曲げ刃、下型ホルダーの上方に昇降自在に配置した上型ホルダー、垂直方向に対しスライド自在になるようにして上型ホルダーに支持されたパッド、上型ホルダーに固定されたカムドライバー(固定カム)からなる構成のものがあった。従来例のプレス用金型を用いてピラーAの成形を行った場合、成形後にピラーAを取り出そうとすると、「ピラーAは下型2の側方に設けた凹部2aに食込んでいるため、ピラーAを上方に持ち上げただけでは、ピラーAを下型2から取出せない」(本件公報3欄19行ないし21行)ので、下型の一部を切り欠いたものとし、「ピラーAのプレス成形が終了すると、ピラーAを下型2上で図中右方向に移動させ、下型2の凹部2aに食込んでいるピラーAの折り曲げ部を凹部2aから離脱させた後、ピラーAを上方に持上げ、プレス機械から取出し」ていた(本件公報3欄23行ないし28行)。しかし、このように「下型2の一部を切欠いてしまうと、下型2上にピラーAを載置する時、下型2とピラーAとの接触面積が減少するため、下型2とパッド6によってピラーAを挟持する時、ピラーAを確実に固定できないといった欠点があった。このため、下型2及び寄曲げ刃4によるピラーAのプレス成形時、パッド6の押え面が少ない為ピラーAが位置ズレを起こし、正確なプレス成形が行なえないといった欠点があった。又このように下型2の一部を切欠くと、下型2に十分な強度を持たすことができないといった欠点もあった。」(本件公報3欄29行ないし40行)
       (イ) 本件発明は、上記従来技術の欠点の解決手段として、「下型内に、下型と共同してピラーを保持するための回転カムを挿入し、下型の逃しを不要とすることにより、下型とピラーとの接触面積を増大させ、ピラーを下型上に安定した状態に載置すると共に、下型に十分な剛性を持たせた」ものである(本件公報3欄42行ないし4欄2行)。
          その構成は、「プレス用金型を、上部に素材となるピラーAを保持するための保持部21を有し、且つ内方に当該保持部21と連なる円弧面からなるカム溝22を有する下型20と、下型20に設けたカム溝22に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部25を有する回転カム23と、下型20に設けた保持部21の上方に昇降自在に配置されたパッド31と、回転カム23の上方に昇降自在に且つ横方向にスライド自在に配置された、先端に寄曲げ刃35を有する吊りカム33とによって構成し、吊りカム33の下降に共なつて回転カム23がピラーAを挟持する方向に回動し、且つ吊りカム33の回転カム23への接触後、吊りカム33が回転カム23の寄曲げ部25に向つてスライドするようにしたものである。」(本件公報4欄4行ないし18行)

       (ウ) 実施例として、次のような記載がある。
          下型中央部に、「当該保持部21と連なる円弧面を有するカム溝22を設けてある。23は上記カム溝22に回動自在に挿入した回転カムであり、この回転カム23は図示の如くその一部分を略L字状に切欠いてある。そしてその一端には、後述する吊りカム33の下面と接触するスライド板24を取付けてあり、又他端には後述する吊りカム33に固定した寄曲げ刃35と共同してピラーAを所定形状にプレス成形するための寄曲げ部25を形成してある。」(本件公報4欄24行ないし33行)
          保持部21にピラーAを載置する時点では、「回転カム23の寄曲げ部25は下型20に設けたカム溝22の内方に後退している」(本件公報5欄13行ないし15行)が、「上型ホルダー30を下降させると、先ず上型ホルダー30に…吊下支持されているパッド31が下型20の保持部21上に載置されたピラーAの上面に圧接し、ピラーAを保持部21上に固定」し(本件公報5欄15行ないし20行)、更に「上型ホルダー30が下降すると、パッド31と同時に吊りカム33も下降するため、吊りカム33の下面が回転カム23のスライド板24と接触し、スライド板24を下方に押圧するため、回転カム23はスプリング29の弾性力に抗して図中矢印K方向に回動する。そしてこの回動に共なつて回転カム23の端部に設けた寄曲げ部25がカム溝22の開口端に向かつて移動し、回転カム23の寄曲げ部25とパッド31とによつてピラーAの折曲部近傍を挟持する。」(本件公報5欄20行ないし29行)

          そして、「回転カム23が所定量回動した後、 …上型ホルダー30が更に下降すると、 …吊りカム33は、スライド板24に接触した状態で下方に押圧されるため、スライド板24に沿って図中矢印L方向にスライドする。そして、吊りカム33の先端に固定した寄曲げ刃35がピラーAを押圧し、ピラーAを所定形状に折曲形成する(第7図参照)。」(本件公報5欄30行ないし40行)
          このようにして、ピラーAの折曲形成が終了して、「上型ホルダー30が上昇を開始すると、先ず吊りカム33がスライド台34上の元の位置まで戻った後、吊りカム33が回転カム23のスライド板24から離れるため、回転カム23はスプリング29の弾性力によって …回動し、回転カム23の寄曲げ部25は下型20に設けた開口部22の内方に後退する」(本件公報5欄41行ないし6欄3行)。この内方への後退によって、ピラーAを上方に持ち上げるだけでピラーAを下型から容易に取り出せる。

          実施例を示す本件公報第5図ないし第8図には、断面の外縁がほぼ4分の3の円周の円弧状を呈し、残る約4分の1の部分が溝としてほぼ直角(略L字状)に切り取られたカム部材(回転カム23)が示されている。下型20には、カム部材(回転カム23)の断面円の直径とほとんど同型の円空洞を設け、そこへカム部材(回転カム23)を嵌入した図が示されている。
       (エ) 発明の効果については、次のように記載されている。
         「ピラーを保持するための保持部を有する下型の略中央部に、当該保持部と連なる円弧面を有するカム溝を形成し、当該カム溝に寄曲げ部を有する回転カムを回動自在に配置し、ピラーのプレス加工時には、パッド、下型の保持部及び回転カムの寄曲げ部の3者によってピラーを挟持するようにしたから、プレス成形時、ピラーを安定した状態に保持でき、パッド押え面積も大きくプレス加工時の加工精度を向上できる」(本件公報6欄20行ないし28行)とともに、「ピラーの下型への搬入及び搬出時、回転カムが下型のカム溝内方に後退するようにしたから、ピラーの下型への搬入及び搬出が非常に容易となり、特にプレス成形後のピラーの下型からの取出し時、ピラーを下型から上方に持ち上げるだけで、ピラーを取り出せる。」(本件公報6欄28行ないし34行)

     ウ 以上のような本件明細書の記載に照らして、本件発明の構成要件Aの意義を検討する。
        構成要件Aは、下型が「保持部」と「カム溝」を有するものとされており、しかも、この「カム溝」は「内方に当該保持部と連なる円弧面からなる」構成となっている。そして、「カム溝」は、一端に寄曲げ部を有する回転カムが回動自在に挿入される(構成要件B)ものである。
        本件明細書の記載に照らすと、本件発明は、従来技術のプレス用金型が上記イ(ア)のような構成(寄曲げ刃を有する下型のスライド部材は、水平方向にスライド自在に配置されていた。)であったのに対して、下型内方にカム溝を設けてこれに回転カムを回動自在に挿入し、回転カムが回転溝を前後に回動することができる構成とし、素材のプレス加工時においては、回転カムが回転溝内を保持部の方向に移動し、これに伴い、回転カムの先端に設けられた寄曲げ部がカム溝の開口端に向かって移動し、上方から素材を圧接するパッドと共に、下型上部の保持部に載置された素材を挟持して、下型の保持部、回転カムの寄曲げ部及びパッドの3者によって素材を安定した状態で保持した上で成形加工し、成形後においては、回転カムをカム溝内を逆方向に回動させて後退させることにより、寄曲げ部をカム溝の内方に後退させるようにしたものである。そして、この寄曲げ部の移動・後退の動きは、プレス成形のための寄曲げ刃の動き、すなわち寄曲げ刃を先端に有する吊りカムの下降に伴わせるように構成されているものである(構成要件E)。このような構成を採ったことにより、本件発明は、保持部に切欠部を設けることを不要とし、プレス成形時にピラーを安定した状態で保持できるとともに、成形後の素材の下型からの取出しが容易にできるという効果を奏するものである。
        したがって、本件発明においては、下型内方に開口部が保持部と連なる円弧面を有する溝構造を設けることによって、その溝内を回動する回転カムの先端にある寄曲げ部を、上型の寄曲げ刃の動きに連動させながら、保持部のある溝開口端に露出させることにより、素材を保持するとともに、成形後は、これを後退させることにより素材の搬出を容易にさせるところに最大の特徴があるということができる。このような技術的意義にかんがみると、構成要件Aにいう「カム溝」とは、開口部が保持部と連なっており、かつ、その内部に挿入されて内部を回動するカム部材(回転カム)の動きに応じて、カム部材先端の寄曲げ部が開口部の端部に露出したり後退したりできるような溝構造でなければならないと解すべきである。

     エ これに対し、イ号物件の構成を見るに、当事者間に争いのない別紙イ号物件目録添付の図面(別紙イ号製品目録添付の図面も同じ。)と甲第6号証及び弁論の全趣旨によれば、イ号物件には、上記ウに記載したような意味での溝構造が存在しないことは明白である。この点、原告は、イ号物件の挿入孔17と、回転型たわみ防止支え16を構成する回転ローラが、本件発明の「カム溝」に相当すると主張する。しかし、イ号物件の挿入孔17(原告は「回転型4が挿入される挿入孔」と主張し、被告は「軸受け15に穿孔された支軸挿入孔」と主張しているが、原告の表現は適切でない。その余の部材の名称は、原告の主張に従う。)は、単に回転型4を回動させるための支軸である回転シャフト14が挿入されているにすぎず、本件発明の保持部に相当する受け部1bと連なって円弧面を有するものではないし、その内部に挿入されたカム部材が回動して先端の寄曲げ部が開口部の端部に露出したり後退したりできるような構造を備えてもいない。また、イ号物件の回転型たわみ防止支え16は回転型4の回動を補助するものにすぎない。
        したがって、イ号物件は、本件発明の「カム溝」に相当する構成を有していないといわざるを得ないから、構成要件Aを充足しない。
     オ 原告は、@イ号物件の受け部1bは、下型1の上部に設けられており、挿入孔17は下型1の内方に設けられた軸受け15に穿孔されていることから、挿入孔17と受け部1bとが連なっていることは明らかであるし、イ号物件の回転ローラは、下型1の内方に設けられた回転型たわみ防止支え16を構成するものであって、回転ローラと受け部1bとが連なっていることも明らかである、A軸受け15に穿孔された挿入孔17が円弧面からなること、及び回転型たわみ防止支え16を構成する回転ローラが円弧面からなることも明らかである、と主張する。
        しかし、原告の上記主張@は、単に、原告がイ号物件において本件発明のカム溝に相当すると主張する挿入孔17や回転型たわみ防止支え16を構成する回転ローラが下型に設けられているので、保持部に相当する受け部材1bに間接的に連なっていることになるというにすぎないし、同Aは、単に原告主張の部材と本件発明のカム溝の表面的な形状の類似性をいうにすぎず(もっとも、通常使用される用語の意味からすれば、挿入孔や回転ローラに円弧面があるということができるとしても、これらが「溝」という概念に含まれる構造のものと解することはできない。)、前述の本件明細書の記載及びそこから明らかにされるカム溝の技術的意義に照らして、到底採用できるものではない。

   (2) 構成要件B充足性について
     ア 構成要件Bは、「下型に設けたカム溝に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部を有する回転カムと」というものである。
     イ 上記(1)のとおり、イ号物件には、本件発明の「カム溝」が存在しないから、構成要件Bの「カム溝に回動自在に挿入された回転カム」の構成も欠くことになる。
        原告は、イ号物件の回転型4が「回転カム」に相当すると主張するが、上記(1)で認定したところからすれば、本件発明の回転カムは、本件明細書の実施例のように円筒形状のものであることを要するかどうかは措くとしても、少なくとも、円弧面からなるカム溝に回動自在に挿入され、カム溝を前後に回動することができる構成のものである必要があるところ、別紙イ号物件目録(別紙イ号製品目録でも同じ。)によれば、イ号物件の回転型4は、その回転シャフト(支軸)14が軸受け15に穿孔された挿入孔17に挿入されて、回転型4が軸着されているというものであって、この挿入孔17が本件発明の「カム溝」に該当しないことは上記(1)で判断したとおりであるから、イ号物件の回転型4が「回転カム」に当たるとすることはできない。

        よって、イ号物件は構成要件Bを充足しない。
   (3) 構成要件D充足性について
      上記(2)のとおり、イ号物件は、本件発明の回転カムを有しないものであるから、「回転カムの上方に昇降自在に且つ横方向にスライド自在に配置された、先端に寄曲げ刃を有する吊りカムとからなり」との構成要件Dも充足しないことになる。
   (4) 構成要件E充足性について
     ア 構成要件Eは、「吊りカムの下降に共なつて回転カムが素材を挟持する方向に回動し、且つ吊りカムの回転カムへの接触後、吊りカムが回転カムの寄曲げ部に向つてスライドするようにしたことを特徴とする」というものである。
     イ まず、イ号物件は、上記(2)のとおり、本件発明の「回転カム」を備えていないから、この点で構成要件Eも充足しないことになる。
     ウ 次に、本件発明においては、回転カムは、「吊りカムの下降に共なつて」「素材を挟持する方向に回動」するものとされている。そして、上記(1)で認定した本件明細書の記載に照らせば、プレス加工時に素材を挟持する方向への回転カムの回動は、吊りカムの下降に伴って、言い換えれば、実施例にも示されているように(実施例では、吊りカムの下面が回転カムのスライド板と接触してスライド板を下方に押圧することで回転カムを回動させるようになっている。)、回転カムの回動が吊りカムの下降する動きと連携して行われる構成であることを要すると解される。

        これに対し、イ号物件においては、別紙イ号物件目録(別紙イ号製品目録でも同じ。)の記載によれば、回転型4は、本件発明の吊りカムに相当するスライドカム7aの下降とは関係なく、エアシリンダー12のピストンの進退によって、素材を挟持する方向に回動するようになっているものである。したがって、イ号物件は、「吊りカムの下降に共なつて回転カムが素材を挟持する方向に回動」するとの構成を有しない。
        よって、イ号物件は構成要件Eを充足しない。
     エ 原告は、イ号物件の回転型4は反時計方向に回動した時に受け部1bと寄せ曲げ成形部11との合成の解除を行うとともに、時計方向に回動した時に受け部1bと寄せ曲げ成形部11との合成を行うものであるから、イ号物件は構成要件Eを充足すると主張する。
        しかし、原告の主張を前提としても、イ号物件の回転型4は、「吊りカムの下降に共なつ」た回動をするものとはいえないから、原告の主張は失当である。

 2 争点(2)(イ号物件は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか)について
   (1) 原告は、イ号物件が本件発明の構成要件を文言上充足しないとしても、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属すると主張する。
      特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等する対象製品と異なる部分が存する場合であっても、@ 同部分が特許発明の本質的部分ではなく、A 同部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、B そのように置き換えることに、当該発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C 対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解される(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。そして、上記@にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付け、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる部分、換言すれば、その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような、技術的思想の中核をなす特徴的部分をいうものと解するのが相当である。
   (2) 構成要件Aについて
      イ号物件が、構成要件Aを文言上充足しないことは、上記1(1)記載のとおりである。
      原告は、イ号物件の構成は、円孔からなるカム溝であって円弧面からなるカム溝ではなく、円孔は受け部1bと連なっておらず、イ号物件は構成要件Aの「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」の部分を文言上充足しないと解する余地があるとしても、構成要件Aの「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝」と、イ号物件の「当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝に蓋部材Cを被せてなる円孔のカム溝」との差異は、本件発明の非本質的部分において異なるにすぎないと主張する。

      しかしながら、上記1(1)で判示したとおり、イ号物件は、本件発明の「カム溝」を欠いているのであり、単に、カム溝が「円弧面」からなるのか、「円孔」のものかという違いに止まるものではない。そして、上記1(1)ウで本件発明の構成要件Aの意義を検討したところから明らかなように、本件発明は、下型内方にカム溝を設けてこれに回転カムを回動自在に挿入し、回転カムが回転溝を前後に回動することができる構成とし、素材のプレス加工時においては、回転カムが回転溝内を保持部の方向に移動し、これに伴い、回転カムの先端に設けられた寄曲げ部がカム溝の開口端に向かって移動し、上方から素材を圧接するパッドと共に、下型上部の保持部に載置された素材を挟持して、下型の保持部、回転カムの寄曲げ部及びパッドの3者によって素材を安定した状態で保持した上で成形加工し、成形後においては、回転カムをカム溝内を逆方向に回動させて後退させることにより、寄曲げ部をカム溝の内方に後退させるようにし、この寄曲げ部の移動・後退の動きを、プレス成形のための寄曲げ刃の動き、すなわち寄曲げ刃を先端に有する吊りカムの下降に伴わせるように構成したところに特徴があるというべきであり、このように、保持部、カム溝を含む下型、寄曲げ部を含む回転カム、パッド、寄曲げ刃を含む吊りカムの各構成を有機的に結合したことにより、保持部に切欠部を設けることを不要とし、プレス成形時にピラーを安定した状態で保持できるとともに、成形後の素材の下型からの取出しが容易にできるという本件発明特有の作用効果を奏するものである。
      以上によれば、カム溝の構成は、本件発明の本質的部分であるというべきであり、そのような構造を有しないイ号物件は、本件発明とその本質的部分において異なっているというべきである。
      したがって、イ号物件が本件発明と均等であるということはできない。
   (3) 構成要件Eについて
      イ号物件が、「回転カム」を備えず、また、「吊りカムの下降に共なつて回転カムが素材を挟持する方向に回動」するとの構成を有さず、構成要件Eを文言上充足しないことは、上記1(4)記載のとおりである。

      原告は、構成要件Eの「吊りカムの下降に共なつて回転カムが素材を挟持する方向に回動」とイ号物件の「下降する吊りカムに備えてエアシリンダー12が進退することで回転カムが素材を挟持する方向へ回動」との差異部分は、本件発明の非本質的部分であると主張する。
      しかしながら、上記(2)で述べたとおり、本件発明において、吊りカムの下降、すなわち寄曲げ刃の動きに連動させながら、回転カムの先端にある寄曲げ部を突出させることにより素材を保持することも、本件発明の本質的部分に含まれるというべきである。イ号物件は、このような構成を採らない以上、本件発明とその本質的部分において異なっているというべきであって、この点からも、原告の均等の主張は理由がない。
 3 よって、その余の争点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。


   大阪地方裁判所第21民事部

                     裁判長裁判官   小  松  一  雄
                     
                        裁判官   中  平     健
                     
                           裁判官   大  濱  寿  美





 〔別 紙〕
イ号物件目録

1 名称 カムベンド成形金型

2 図面の簡単な説明
 図はイ号物件の上型、下型の各ホルダー内に各作動部材を組み付けた状態の全体側面によりベンド作動工程を示すものである。
第1図 イ号製品の全体構造及び基本動作を示す全体側面図
(a) 上型側面図
(b) 下型側面図
(c) (b)の回転型4を矢視Aの方向から見た矢視図
(d) (c)のB−B’位置における下型の側断面図
(e) エアシリンダー12と回転型4の作動説明図
第2図 上型7が上死点にあり、板材3を受け部1bと回転型4の寄せ曲げ成形部11上に載置した状態
第3図 上型7が下降し、押え型7bが受け部1bと成形部11上の板材3を挟持しスライドカム7aが下降してスライド板18と着合した状態
第4図 上型7の更なる下降により、スライドカム7aがスライド板18に案内されて回転型4が挿入される挿入孔17に対して斜側方から下降して先端の寄せ曲げ刃6が成形部11と衝合して板材3をベンド成形した状態
第5図 上型全体が上昇し始めスライドカム7aが右方へ後退スライドしつつある状態
第6図 上型全体が上死点まで上昇した状態
第7図 エアシリンダー12のピストンが延伸して回転型4を回動し、ベンド成形された板材3の加工成形部から回転型4の成形部11が離脱した状態
第8図 ベンド成形加工された板材3を金型から取出した状態
第9図 下型1と回転型4の関係を示す分解説明斜視図
(符号の説明)
1−下型、1b−受け部、11−寄せ曲げ成形部、12−エアシリンダー、13−回転中心、14−回転シャフト、15−軸受け、16−回転型たわみ防止支え、17−回転型4が挿入される挿入孔、18−スライド板、4−回転型、5−スライド台、51−スライド部、6−寄せ曲げ刃、7−上型、7a−スライドカム、7b−押え型、8−クッションばね、C−蓋部材

3 構造の説明
 下型1は後部が受け部1bとして形成されて両側に回転型4を軸支する軸受け15が取り付けられ、その間にピストン先端が回転型4の底部に設けられた軸支片に回動可能に枢着するエアシリンダー12が設定されている。軸受け15、15には、回転型4の両側端に設けられた円柱状の回転シャフト14を挿入するための円弧面を有する挿入孔17が穿孔されており、L字形に形成された頂部が寄せ曲げ成形部11を構成し、水平部にスライド板18を敷設した回転型4が回動可能に軸着され、エアシリンダー12のピストンの進退によって回転型4が回動するようになっている。また、中央部には長尺の回転型4の中央部のたわみを防止する支え16が設定されている。回転型たわみ防止支え16は回転ローラを有し、この回転ローラに対応して回転型4の底面形状は円弧面に形成され
ている。回転型4の回動時には、この円弧面からなる底面が回転ローラ上を摺動して回動する。
 下型1に対して昇降する上型7にはクッションばね8を介して支持される押え型7bとスライドカム7aが設定され、上型7が下降すると、押え型7bが受け部1bと成形部11上の板材3を挟持し、上型7の更なる下降により、スライドカム7aがスライド板18に案内されて回転型4が挿入される挿入孔17に対して斜側方から下降して先端の寄せ曲げ刃6が成形部11と衝合して板材3をベンド成形する。

4 作用及び効果の説明
 上型7が上死点にあり、板材3を受け部1bと回転型4の寄せ曲げ成形部11上に載置し、上型7を下降させると、押え型7bが受け部1bと成形部11の板材3を挟持し、スライドカム7aが下降してスライド板18と着合する。上型7の更なる下降により、スライドカム7aがスライド板18に案内されて回転型4が挿入される挿入孔17に対して斜側方から下降して先端の寄せ曲げ刃6が成形部11と衝合して板材3をベンド成形する。ベンド成形を完了した時点で上型7を上昇させてスライドカム7aを右方向へ後退スライドさせるとともに、エアシリンダー12にエアを送ってピストンを延伸させて回転型4を回動し、ベンド成形された板材3の加工成形部から回転型4の成形部11を離脱させてベンド成形加工された板材3を金型から取り出すものである。
                     以 上
(添付図面は省略)



〔別 紙〕
イ号製品目録

1 名称 カムベンド成形金型

2 図面の簡単な説明
 図はイ号製品の上型、下型の各ホルダー内に各作動部材を組み付けた状態の全体側面によりベンド作動工程を示すものである。
第1図 イ号製品の全体構造及び基本動作を示す全体側面図
(a)上型側面図
(b)下型側面図
(c)(b)の回動型4を矢視Aの方向から見た矢視図
(d)(c)のB−B’位置における下型の側断面図
(e)エアシリンダー12と回動型4の作動説明図
第2図 上型7が上死点にあり、板材3を受け部1bと回動型4の寄せ曲げ成形部11上に載置した状態
第3図 上型7が下降し、押え型7bが受け部1bと成形部11上の板材3を挟持しスライドカム7aが下降してスライド板18と着合した状態
第4図 上型7の更なる下降により、スライドカム7aがスライド板18に案内されて回動型4に対して斜側方から下降して先端の寄せ曲げ刃6が成形部11と衝合して板材3をベンド成形した状態
第5図 上型全体が上昇し始めスライドカム7aが右方へ後退スライドしつつある状態
第6図 上型全体が上死点まで上昇した状態
第7図 エアシリンダー12のピストンが延伸して回動型4を回動し、ベンド成形された板材3の加工成形部から回動型4の成形部11が離脱した状態
第8図 ベンド成形加工された板材3を金型から取出した状態
第9図 下型1と回動型4の関係を示す分解説明斜視図
(符号の説明)
1−下型、1b−受け部、11ー寄せ曲げ成形部、12−エアシリンダー、13−回転中心、14−支軸、15−軸受け、16−回動型たわみ防止支え、17−軸受け15に穿孔された支軸挿入孔、18−スライド板、4−回動型、5−スライド台、51−スライド部、6−寄せ曲げ刃、7−上型、7a−スライドカム、7b−押え型、8−クッションばね、C−覆着蓋体

3 構造の説明
 下型1は後部が受け部1bとして形成されて両側に回動型4を軸支する軸受け15が取り付けられ、その間にピストン先端が回動型4の底部に設けられた軸支片に回動可能に枢着するエアシリンダー12が設定されている。軸受け15、15には、回動型4の両側端に設けられた支軸14を軸支するための覆着蓋体との合成円孔による支軸挿入孔17が穿孔されており、L字形に形成された頂部が寄せ曲げ成形部11を構成し、水平部にスライド板18を敷設した回動型4が回動可能に軸着され、エアシリンダー12のピストンの進退によって回動型4が回動するようになっている。また、中央部には回動型が長尺の場合に回動型4の中央部のたわみを防止する支え16が設定されている。回動型たわみ防止支え16は回転ローラを有し、この回転ローラに対応して回動型4の底面形状は円弧面に形成されている。回動型4の回動時には、この円弧面からなる底面が回転ローラ上を転動して回動する。
 なお、回動型4が長尺でない場合は、この支え16及び底面の円弧面形状は設けない。
 下型1に対して昇降する上型7にはクッションばね8を介して支持される押え型7bとスライドカム7aが設定され、上型7が下降すると、押え型7bが受け部1bと成形部11上の板材3を挟持し、上型7の更なる下降により、スライドカム7aがスライド板18に案内されて回動型4の挿入孔17に対して斜側方から下降して先端の寄せ曲げ刃6が成形部11と衝合して板材3をベンド成形する。

4 作用及び効果の説明
 上型7が上死点にあり、下型1の回動型4が定位置にある状態で板材3を受け部1bと回動型4の寄せ曲げ成形部11上に載置し、上型7を下降させると、押え型7bが受け部1bと成形部11の板材3を挟持し、スライドカム7aが下降してスライド板18と着合する。上型7の更なる下降により、スライドカム7aがスライド板18に案内されて回動型4の斜側方から下降して先端の寄せ曲げ刃6が成形部11と衝合して板材3をベンド成形する。ベンド成形を完了した時点で上型7を上昇させてスライドカム7aを右方向へ後退スライドさせるとともに、エアシリンダー12にエアを送ってピストンを延伸させて回動型4を回動し、ベンド成形された板材3の加工成形部から回動型4の成形部11を離脱させてベンド成形加工された板材3を金型から取り出すものである。
                         以 上
(添付図面は省略)