◆H16. 7.26 東京高裁 平成15(行ケ)456 商標権 行政訴訟事件
平成15年(行ケ)第456号 審決取消請求事件(平成16年6月7日口頭弁論終結)
判 決
原 告 三菱住友シリコン株式会社
訴訟代理人弁護士 日 高 和 明
被 告 特許庁長官 小 川 洋
指定代理人 宮 下 正 之
同 伊 藤 三 男
主 文
特許庁が不服2001−5444号事件について平成15年8月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年11月7日,「SUMCO」の欧文字(標準文字による。)を書してなり,別表第9類「半導体ウエハ」を指定商品とする商標(以下「本願商標」という。)について,商標登録出願(商願2000−120417号,平成11年11月29日に商標登録出願をした平成11年商標登録願第109473号を原出願とする分割出願,以下「本件出願」という。)をしたが,平成13年3月9日に拒絶の査定を受けたので,同年4月9日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2001−5444号事件として審理した結果,平成15年8月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年9月16日,原告に送達された。
2 審決の理由
審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願商標は,「サームコ」の片仮名文字を横書きしてなり,旧別表第11類「電球類,照明器具,電池,電気磁気測定器,電線,ケーブル,民生用電気機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。),電気材料」を指定商品とする登録第4347216号商標(昭和58年4月21日登録出願,平成11年12月24日設定登録,以下「引用商標2」という。)及び「THERMCO」の欧文字を横書きしてなり,旧別表第11類「電球類,照明器具,電池,電気磁気測定器,電線,ケーブル,民生用電気機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。),電気材料」を指定商品とする登録第4348733号商標(昭和58年4月21日登録出願,平成12年1月7日設定登録,以下「引用商標3」という。)と称呼において類似の商標であり,かつ,本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」は,引用商標2及び3の指定商品のうち,「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)」中の各種商品と類似する商品であるから,本願商標は,商標法4条1項11号に該当し,商標登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,本願商標と引用商標2及び3との類否の判断を誤り(取消事由1),本願商標の指定商品と引用商標2及び3の指定商品との類否の判断を誤った(取消事由2)結果,本願商標は,商標法4条1項11号に該当するとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(商標の類否判断の誤り)
(1) 審決は,「本願商標『SUMCO』からは,『サムコ』又は『スムコ』の称呼を生ずると見るのが相当である。そして,引用商標2及び引用商標3は,共に「サームコ」の称呼を生ずるものと認められるものである」(審決謄本2頁下から第3段落)とした上,「本願商標より生ずる『サムコ』の称呼と引用商標2及び引用商標3より生ずる『サームコ』の称呼とを比較すると・・・両者をそれぞれ一連に称呼するときは,その語調,語感が近似し,いずれも特定の観念を想起させない造語商標であることとも相俟って,彼此聴き誤るおそれがあるものというのが相当である」(同頁下から第2段落)から,「本願商標と引用商標2及び引用商標3とは,外観上の差異を考慮しても,なお,その称呼において互いに紛れるおそれのある類似の商標といわなければならない」(同頁最終段落〜同3頁初行)と判断した。
上記審決の判断中,本願商標から「サムコ」の称呼を生ずること,引用商標2及び3から共に「サームコ」の称呼を生じること,及び「サムコ」と「サームコ」とが称呼として非類似とは断定し難いことは,いずれも認める。
しかしながら,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,上記三点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか,又は取引の実情等によって,何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては,これを類似商標と解することはできない(最高裁平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁,最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,以下,それぞれ「平成9年最判」,「昭和43年最判」という。)。本件において,本願商標と引用商標2及び3とは,外観上の差異が甚だしい上,審決も認めるとおり,いずれも特定の観念を想起させない造語であるから,結局,両者は,外観及び観念において著しく異なるということができ,本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」の取引の実情に照らせば,何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないから,商標として類似しないというべきである。
(2) 本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」の取引の実情は以下のとおりである。
ア 半導体ウエハの外形は,直径又は1辺が数百ミリメートルのごく薄い円盤状又は正方盤状であり,シリコン等の単体又は化合物から成る半導体の単結晶又は多結晶の鋳塊(インゴット)を薄くスライスした後,多様な物理的・化学的加工を施すことにより製造される。
半導体ウエハの需要者は,半導体ウエハの小片(チップ)を基盤とする各種半導体素子(ダイオード,トランジスタ等。これらを多数かつ高密度に集積して成るマイクロ・プロセッサやメモリといった高次の半導体素子も,通例ここに含められる。)の製造者や,この半導体素子を部品として組み込んで製造する各種電子応用機械器具の製造者である(以下,前者と後者を区別するときは,前者を「デバイスメーカー」,後者を「電機メーカー」といい,両者を総称して,「デバイスメーカー等」という。)。デバイスメーカー等は,納品された半導体ウエハに多様な物理的・化学的加工を更に施し,所望の各種半導体素子に仕上げる。
なお,半導体ウエハに加えられる上記一連の加工は,大気中の微粒子を極限までろ過し,温度,湿度も制御されたクリーン・ルーム内で行われる。
イ 商品としての半導体ウエハの納品までの通例のステップは,大要,以下のとおりである。
(ア) 半導体ウエハメーカーの営業・技術各部門による,顧客であるデバイスメーカー等に対する商品仕様の提案(プレゼンテーション)。
(イ) 顧客による商品評価のため,顧客が独自に定めた仕様に基づき,少量のサンプルを提供。
(ウ) 数百枚規模のサンプル(認定用サンプル)の製造・提供と,顧客による詳細評価及び認定。この認定により,後記(オ)の量産時の商品仕様並びに製造場所,製造装置及び使用資材を含む製造諸条件が確定される。
(エ) 顧客からの書面による正式受注。受注には,従来のファクシミリ受信のほか,最近ではウェブ・サイトを経由するいわゆる事業者間電子商取引も多用される。
(オ) 商品の量産と納品。半導体ウエハメーカーが,上記(ウ)のとおり確定された製造諸条件を変更して量産するには,軽微な変更であると否とを問わず顧客の承認を得る必要があり,無断で変更することはできない。量産時に,顧客による工場監査が定期的に実施される。
ウ 以上によれば,半導体ウエハの取引の実情として,以下のような特徴を指摘することができる。
第1に,半導体ウエハは,一般需要者向けの商品ではない。半導体ウエハや半導体素子の品質及び歩留まりは,ナノ(10−9)メートル・オーダーの極微の世界で制御されるため,上記アのとおり,半導体ウエハに対する一連の加工は,大気中の微粒子を極限までろ過し,温度,湿度も制御されたクリーン・ルーム内でしか行うことができないから,その取引当事者は,こうしたクリーン・ルーム設備を保有する者だけに限られる。
第2に,半導体ウエハは,半導体素子の製造工程で消費される材料であり,半導体ウエハが完成品として何らかの効用を発揮することはない。また,半導体ウエハは,半導体素子の一部分を構成する組立部品ではない。審決は,半導体ウエハが電子応用機械器具の「部品」(審決謄本3頁第2段落)であるとするが,半導体素子中において,半導体ウエハがその円盤状または正方盤状の形状をそのまま保つことはないから,明らかな誤りである。
第3に,半導体ウエハは,受注生産されるテイラーメイドの商品である。
第4に,半導体ウエハは,標準規格化された商品ではなく,また,標準規格化が可能な商品でも,一つの商品が広範な用途をもつ汎用商品でもなく,顧客から指定された仕様以外での製造はあり得ないから,あらかじめ受注を見越して見込み生産されることはない。
第5に,半導体ウエハの市場は,世界市場も日本市場も90%超のシェアを大手6社が分け合う寡占状態であり(甲5の202頁図2及び203頁図4。同図中「住友金属工業」と「三菱マテリアル」は,いずれも原告の前身である。),半導体ウエハメーカーの数は少ない。
第6に,半導体ウエハの取引は,需要者と製造者との専門家同士の直接取引であり,上記のとおり請負契約的な性格を帯びている。ラジオ,有線放送等の音声による広告や電話取引が可能な商品ではない。
第7に,半導体ウエハは型式,品番,数量等とともに,各メーカー名製の商品ということで取引者間に明確に認識され,商号取引的に取引されている。
第8に,複数のメーカーが見込み生産した標準規格品を取り扱う代理店,卸,小売りといった独立の中間流通業者は,半導体ウエハの市場には初めから存在しない。
(3) 少なくとも,上記(2)ウの第1,第3,第5及び第7の各実情は,昭和43年最判の原審(東京高裁昭和39年9月29日判決・行裁集15巻9号1783頁)が認定した硝子繊維糸の取引の実情と同一である。
また,半導体ウエハの需要者であるデバイスメーカー等は,半導体ウエハの専門家であって,その注意力が高度であるとの実情があるが,これは,可塑剤の取引に携わる者は専門家に限られ,そうした専門家の商標に対する注意力は高度であるとした東京高裁昭和39年8月15日・行裁集15巻8号1511頁の事案における取引の実情と同様である。
(4) 半導体ウエハの取引の上記実情によれば,半導体ウエハの取引において,商標,特にその称呼が,商品の出所を識別する上で一般の取引におけるような重要性を持つことはあり得ない。
ア 半導体ウエハは,上記(2)ウの第3及び第4のとおり,受注生産される非標準規格化品であり,受発注には製造仕様の指定を必ず伴うから,本来,受発注品を本願商標をもって特定することはできない。
イ 半導体ウエハの取引は,上記(2)ウの第6のとおり,直接取引であるから,例えば,原告に対する発注であれば,製造仕様等の表記された出荷ラベル(甲12の1)の付されることとなる半導体ウエハの発注であることは,当初から取引担当者双方の暗黙の了解となる。
ウ 上記(2)ウの第8のとおり,複数メーカー製の半導体ウエハを取り扱う中間流通業者は存在しないから,半導体ウエハ取引の過程では複数メーカー製の半導体ウエハが紛れる場面は存在せず,自他識別の必要性に乏しい。
エ 半導体ウエハの取引においては,昭和43年最判の事案における硝子繊維糸の取引と同様,一定の取引系列が存在し,その取引は,上記(2)ウの第7のとおり,商号取引的である。
オ デバイスメーカー等にとって,半導体ウエハの仕様は極めて重要なものであるから,商品としての半導体ウエハの納品までの一連のステップにおける受発注者の関心事は一貫して仕様であり,商標ではないから,半導体ウエハ取引の過程で商標が果たす役割は元来限られている。
(5) 半導体ウエハ取引における受発注書面等中,受発注対象を特定する機能を果たすのは,当該半導体ウエハの種類や製造方法等を示す「品名」ないし「部品名」の記載であるが,本願商標が「社標」であることに加え,上記(4)ア〜オの理由により,当該「品名」ないし「部品名」の項目中に,本願商標が記載されることはない。
まして,本願商標の称呼「サムコ」が,半導体ウエハの取引において用いられることは,絶無である。仮に,半導体ウエハの受発注を電話等口頭で行うとすれば,細かな仕様数値を逐一口授しなければならないが,そのような非効率かつ不合理な口頭による受発注は行われ得ず,ファクシミリ又は事業者間電子商取引が用いられる。また,上記のとおり「品名」ないし「部品名」中に欧文字列「SUMCO」はそもそも含まれないから,「品名」又は「部品名」の称呼中に称呼「サムコ」は含まれない。したがって,半導体ウエハの取引においては,商標の称呼のみによって商標を識別し,ひいて商品の出所を知り品質を認識する場面はない。
半導体ウエハ業界においては,宣伝広告はそれほど盛んではなく,会社案内で自社商品の品質や商品ラインを顕示したり(甲4),日刊紙あるいは業界誌に企業イメージ広告をまれに掲載することがある(甲14−1,2)程度である。その際,商標が付されることもあり得るが,会社案内等はいずれも文字媒体であるから,例えば,本願商標であれば「SUMCO」と表記することであり,「サムコ」と称呼することではない。もとより,一般大衆を聴取者とする音声メディアで「サムコ」を連呼する半導体ウエハの広告は,現に行われておらず,あり得ないものである。
(6) 以上によれば,半導体ウエハの取引においては,「商標の称呼は,取引者が商品の出所を識別するうえで一般取引におけるような重要さをもちえない」(昭和43年最判)し,「商標の称呼のみによって商標を識別し,ひいて商品の出所を知り品質を認識すること」(同上)はあり得ないから,本願商標と引用商標2及び3とが登録商標として並存しても,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはない。
2 取消事由2(指定商品の類否判断の誤り)
(1) 審決は,「本願商標の指定商品『半導体ウエハ』は,引用商標2及び引用商標3の指定商品のうち,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品の原材料として提供されるものであるから,『半導体ウエハ』と『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品とは,原材料とその製品という関係において密接な関連を有するものである。また,『半導体ウエハ』は,電子応用機械器具の部品となって同機械器具を製造するという用途が限定されることから,流通経路も電子応用機械器具と同一ライン上にあるといえるものである。さらに,これら商品の製造・販売業者も,資本系列を同じくするなどの関連会社である場合も少なくないことからすれば,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品と『半導体ウエハ』に同一又は類似の商標を使用した場合は,その出所について混同を生ずるおそれがあるものというべきである」(審決謄本3頁第2段落)とし,「本願商標の指定商品『半導体ウエハ』は,引用商標2及び引用商標3の指定商品のうち,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品と類似する商品というのが相当である」(同頁第3段落)と判断した。
しかしながら,審決の上記判断は,半導体ウエハの取引の実情に適合しない誤った判断である。
(2) 指定商品の類否は,それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれ(以下「誤認混同のおそれ」ともいう。)があると認められる関係にあるかどうかによって判断されるべきであり(最高裁昭和36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁,以下「昭和36年最判」という。),その際,取引の実情を考慮すべきことも当然である(最高裁昭和39年6月16日第三小法廷判決・民集18巻5号774頁〔以下「昭和39年最判」という。〕参照)。
ところで,単結晶シリコンウエハの日本市場では,合計90%超のシェアを握る上位6社(甲5の203頁図4)は,いずれも単結晶シリコンウエハ専業メーカーである。他方,化合物半導体ウエハの日本市場の規模は,単結晶半導体ウエハ日本市場を含めた半導体ウエハ日本市場全体の高々十数%を占めるにすぎない(甲5の203頁図4と206頁図3との比較)。さらに,半導体ウエハの取引は直接取引である。したがって,個々の化合物半導体ウエハメーカーの中には専業でない者が含まれている(例えば,住友電気工業株式会社〔以下「住友電工」という。〕,甲8−1,2)にしても,半導体ウエハの製造販売業者と,電子応用機械器具に属する各種商品の製造販売業者とは,一致しないのが常態である。
そうすると,半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品とが「通常同一営業主により製造又は販売されている」とは到底いうことができず,そうである以上,昭和36年最判の判断基準に照らし,両商品の間に誤認混同のおそれはないというほかはない。このように,半導体ウエハの製造販売業者と電子応用機械器具に属する各種商品の製造販売業者とが一致しないことは,遅くとも1990年代以降,半導体関連業界では常識に属する。加えて,半導体ウエハの取引者は専門家であるから,誤認混同のおそれを肯定した審決の判断は,半導体ウエハの取引の実情に沿わず,昭和39年最判にも背馳する。
更にいえば,半導体ウエハは紛れもない生産財であるが,電子応用機械器具に属する各種商品中には産業用機械器具のほか,一般需要者向けの多種多様な消費財も含まれるから,誤認混同の主体である両商品の各需要者の層も範囲も著しく異なっており,誤認混同のおそれを肯定するための自明の前提を満たしていない。
(3) 確かに,過去の一時期には,デバイスメーカー等が,自社内で,又は関連会社を通じて半導体ウエハを製造し,専ら自社商品の材料として消費していたこともあったが,1950年代末ころ以降,デバイスメーカー等から,生産効率等の面で優る主として非鉄金属メーカーへの技術移転が徐々に進んだ。現在では,半導体ウエハの製造は,専業の半導体ウエハメーカーにゆだねるというのが半導体関連業界の揺るぎないすう勢である。
ア 例えば,日本電気株式会社(以下「NEC」という。)から,原告の前身である旧大阪チタニウム製造株式会社(以下「OTC」という。)への技術移転は,まず,昭和34年にシリコンウエハの製造技術とシリコンウエハの販売の両面でNECとOTCの間に提携が成立し,次いで昭和38年に単結晶シリコンウエハ製造技術がNECからOTCにライセンス供与され(甲6),その後,単結晶シリコンウエハ製造各種装置のNECからOTCへの移転が続いた。原告の顧客は,単結晶シリコンウエハについても多結晶シリコンウエハについてもNECだけではないが,上記のような経緯があるため,NECと原告とは,特に,単結晶シリコンウエハについては,現在もなお,互いに主要顧客・主要サプライヤーの関係にある。
イ 株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)では,従来,シリコンウエハ需要量の20〜30%をその甲府製造事業所及び子会社で製造し,日立製作所のグループ会社内のデバイスメーカー等およびOEM先に供給してきたが,「半導体デバイス事業への経営リソースの集中を図る」ため,平成11年4月に半導体ウエハ事業を信越化学工業株式会社(以下「信越化学工業」という。)に一括営業譲渡し,シリコンウエハの製造から完全に撤退した(甲7−1,2)。営業譲受人である信越化学工業は,大手半導体ウエハメーカーである信越半導体株式会社(以下「信越半導体」という。)の親会社である。
ウ 本件出願当時である20世紀末の時点において,既に,世界市場及び日本市場における上位各6社を構成する7社(甲5,信越半導体,原告,Wacker Siltronic社,MEMC社,コマツ電子金属,東芝セラミックス,ニッテツ電子(現ワッカーNSCE社))中に,デバイスメーカー等は1社も含まれていない。
(4) なお,昭和36年最判にいう「同一営業主」とは,営業主体が同一との意味であり,同一か否かは資本関係や業務提携関係の存否とは関係がない。仮に,「同一」か否かを資本関係等の存否をも参酌して判断するとすれば,「同一営業主」の範囲が著しく拡大することとなり,既登録商標の過当保護等の弊害を招来し,妥当でない。
(5) 以上によれば,第1に,半導体ウエハの流通経路と電子応用機械器具に属する各種商品の流通経路が重なることは事実上皆無に等しいから,審決の上記判断中,流通経路が「同一ライン上にある」とする部分は誤りである。第2に,審決は,半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品の製造・販売業者が関連会社である場合も「少なくない」とするが,そのような場合は少ないから,この点も誤りである。
商標法4条1項11号の要件としての指定商品の類否は,両商品の共通の需要者の視点に立脚して判定しなければならないところ,半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品との共通する需要者とは,つまるところ高度の専門知識を有するデバイスメーカー等だけである。そして,デバイスメーカー等から見て半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品とが類似しないのは,食用未加工農産物と各種外食料理とが類似しないのと,何ら異なるところはない。両者が類似するとした審決の上記判断が誤りであることは,明らかである。
(6) 被告は,商標法施行令1条に規定する「商品及び役務の区分」等における商品区分上,半導体ウエハは,集積回路等の原材料として,電子部品や電子応用機械器具の各種商品と一つの商品分野を構成する旨主張するが,そのような商品区分は,商標法4条1項11号所定の指定商品の類否を判断する上では何ら効力を有しない。
(7) また,被告は,半導体ウエハの製造者又は販売者が「電子応用機械器具」に属する集積回路等の製造又は販売を行う例は,少なからず存在する旨主張する。確かに,そうした兼業ウエハメーカーは存在するが,その数は少ないというべきであるから,被告の上記主張は誤りである。
さらに,被告は,半導体ウエハの需要者である集積回路等の製造者は,引用商標2及び3の指定商品である電子応用機械器具に属する集積回路等の商品の需要者でもあること,及び,上記のような兼業ウエハメーカーが少なからず存在していることを根拠に,「半導体ウエハ」と「電子応用機械器具」に属する集積回路等について,同一又は類似の商標を使用するときは,誤認混同のおそれが生ずる旨主張する。
確かに,デバイスメーカー等は,半導体ウエハ及び電子応用機械器具に属する集積回路等の商品について共通する需要者ではあるが,以下のような理由により,誤認混同のおそれは存在しないというべきである
ア 半導体ウエハメーカーの数が元々少ない。
イ シリコン結晶と化合物半導体とでは,基本的な物性が異なる(物性物理学上,シリコン結晶は間接遷移半導体,化合物は直接遷移半導体である。甲15の74頁),から,ウエハの製造方法や用途の適不適等にそれぞれ固有の特徴があり,代替可能性が必ずしも高いとはいえない。
ウ 半導体ウエハメーカー群を,シリコンウエハのみを製造するメーカー群と,化合物半導体ウエハのみを製造するメーカー群と,双方を製造するメーカー群とに大別すると,甲5の203頁図4と206頁図3に社名が表示されている大手メーカー11社中,信越半導体のみが双方を製造するメーカーであり(ただし,同社は専業ウエハ・メーカーである。),他は,いずれか一方のみを製造するメーカーである。
エ シリコンウエハは,そのほぼ全量が専業メーカー群により供給されているから,結局,兼業メーカー群が供給するのは,「化合物半導体ウエハ」と「それを材料とする電子応用機械器具に属する各種商品」という組合せであって,一つの兼業メーカーが,それ以外の組合せの商品について出所となることはない。
オ 昭和36年最判が想定しているのは,需要者が取引の過程で一般需要者向け両商品に付された各商標を主要な拠り所として両商品の各出所を推知する場合であるが,@本件におけるデバイス・メーカー等は,半導体ウエハについては,請負契約的要素が強いいわゆる製作物供給契約に基づきそれを正式発注した時点で,将来納品されることとなる当該半導体ウエハの出所を確定的に知っており,当該半導体ウエハが納品された時点で,出荷ラベルに付されている商標を拠り所として出所を推知するわけではないし,加えて,Aデバイス・メーカー等は,専門家かつ電子応用機械器具に属する各種商品の頻回需要者であるから,同種商品の出所に関する誤認混同を妨げる上記ア〜エの情報を含む,多くの情報を有しており,情報非対称環境下にあるナイーヴな需要者ではない。
なお,半導体ウエハは,半導体ウエハメーカーのクリーン・ルームからデバイスメーカー等のクリーン・ルームに直接搬送され,かつ,そこで消費されるから,電子応用機械器具に属する各種商品のみの需要者は,半導体ウエハに接する機会さえない。
第4 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(商標の類否判断の誤り)について
(1) 本願商標をその指定商品である「半導体ウエハ」に使用する場合,当該商品を他人の商品と識別するために「SUMCO」と表示し,又は,電話等口頭により「サムコ」と称呼して取引に当たり,又は宣伝広告することも決して少なくないものであり,むしろ,それが一般的な商取引や宣伝広告における実情ということができる。
この点について,原告は,半導体ウエハは,ラジオ,有線放送等の音声による広告や電話取引が可能な商品ではない旨主張するが,半導体ウエハの業界に限り,その商品に使用されている商標を称呼により表現する場合がほとんどないなどという主張は不自然というほかはない。原告の会社案内に係るパンフレット(甲4)の記載(9頁の〈国内関連会社〉の欄など)を見れば,本願商標に係る「SUMCO」の欧文字を「サムコ」と称呼することにしていることは容易に推察できるところであり,そうとすれば,原告主張のように,半導体ウエハが,半導体ウエハメーカーとデバイスメーカー等との企業間取引によって取引される商品であるとしても,当該取引において,自社の商品を他社の商品と区別するために,「サムコ」と称呼して取引に当たり,又は宣伝広告する場合があるというべきである。
(2) 原告は,半導体ウエハの取引の実情と称する事情を主張した上,そうした実情は,昭和43年最判の事案における取引の実情と同一であるなどとして,本願商標と引用商標2及び3とは類似しない旨主張する。そして,原告の上記第3の1(2)の主張事実中,アの事実並びにウの第1及び第5の事実は争わない。
しかしながら,商標の類否は,各事件ごとに,その時点における実情を考慮して個別具体的に検討すべきものであり,昭和43年最判の事案に類似する点があるからといって,直ちに同一の判断をすべきものではないし,本件と昭和43年最判の事案とでは,取引の実情等において,以下のような重要な差異がある。
ア そもそも,昭和43年最判の事案における本願商標(以下「氷山印商標」という。)は,円輪郭内に,上部輪郭に沿って「硝子繊維」の文字,その下に氷山の図形,「氷山印」の文字,更に下部輪郭に沿って「日東紡績」の文字が配されてなるものである。これに対し,本願商標は「SUMCO」の欧文字のみからなるものであるから,両者は,その商標自体の構成,当該商標から生ずる観念の有無等において大きな差異がある。
イ また,引用商標との外観の類否の程度においても,昭和43年最判の事案では,上記のような構成からなる氷山印商標と,「しょうざん」の仮名文字からなる引用商標との対比が問題となったものである。これに対し,本件では,本願商標は「SUMCO」の欧文字からなるものであるのに対し,引用商標3は「THERMCO」の欧文字からなるものであるから,両者は,共に欧文字つづり,しかも,その語尾部分が「MCO」で共通する比較的近似したつづりと見られるもので構成されている上,両商標とも特定の意味合いを看取させない造語であることからすれば,本願商標と引用商標3との外観上の差異は比較的小さいということができる。
ウ 昭和43年最判の事案における硝子繊維糸の取引の実情は,その原審の認定によれば,「硝子繊維メーカーの大手会社は,原告会社を含め五社であり,そのほか小さいメーカーの指摘しうべきものもまずな」いとされている。これに対し,本件における半導体ウエハメーカーは,原告が主張する大手7社以外にも,市場シェアは小さいとしても,小規模製造業者(乙1−2,乙1−2の1〜5,乙1−3,乙1−3の1〜4)や,半導体ウエハの部分工程メーカー(乙1−4)もあり,また,半導体ウエハメーカーとして新規に参入するメーカー(乙2の1,2)もある。加えて,販売業者をも含めるとより広範な業者が存在し得るものであり,本件における半導体ウエハと昭和43年最判の事案における硝子繊維糸とでは,その取引の実情が相当に異なるものといわざるを得ない。
エ 昭和43年最判の事案においては,その原審の認定によれば,「前記メーカーの製品についても,多く品番,数量,単位等とともに,その社名に係る製品ということで前記取引者間に明確に認識され取引されている」との取引の実情があったとされている。
半導体ウエハの取引についても,これと同様の実情が存在するとすれば,本願商標は,「社名」に準ずる商標と見られるから,むしろ,その指定商品について商品の出所を示す表示として,取引者,需要者に認識される場合も多いということができる。
(3) また,原告は,半導体ウエハの需要者であるデバイスメーカー等は,半導体ウエハの専門家であって,その注意力が高度であるとの取引の実情があるとした上,東京高裁昭和39年8月15日・行裁集15巻8号1511頁を援用する。しかしながら,同事件においては,商標「サンソサイザー」の構成部分である「サンソ」が,当時,可塑剤製造業者として,我が国における主要メーカーの一つであった当該事件の原告会社の商号,酸水素油脂工業株式会社の表示を省略したものと解される等の特別な事情があったものであるところ,他方,本件においては,本願商標も引用商標2及び3も,いずれも特段の意味合いを看取することのできない造語とみられるものであって,そのような事情は認められないから,両者は事案を異にする。
(4) 原告は,その主張に係る半導体ウエハの取引の実情によれば,半導体ウエハの取引において,商標,特にその称呼が,商品の出所を識別する上で一般の取引におけるような重要性を持つことはあり得ない旨主張する。
しかしながら,商標は,商品の流通過程において同業他社の同一又は類似の商品について区別する標識であり,原告においても,自社製品の宣伝広告,出荷する商品に本願商標を付している(甲4,甲12−1〜4,乙12−1)。さらに,顧客においても,搬入されたあるメーカーの半導体ウエハが他社の半導体ウエハと紛れないための手掛かりとして,出荷ラベルに表示された商標を目印にしているものであり,これは,正に,他社製品と識別するために商標が使用されていることを表すものである。
原告は,半導体ウエハの取引は商号的取引であることをも根拠に挙げるが,商標は,自他を識別するために使用されるものであるから,仮に,半導体ウエハの取引が商号的取引であり,当該商品に使用されている商標が社標ないし社標的なものであったとしても,当該商品を他社の商品と区別する場合には,その商標をもって区別しているものである。
(5) 原告は,半導体ウエハの取引においては,商標の称呼のみによって商標を識別し,ひいて商品の出所を知り品質を認識する場面はない旨主張する。しかしながら,仮に,原告主張のように,本願商標が社標的商標であるとしても,商品を特定し取引する場合には,商標を表示するのみならず,例えば,「サムコ製○○」のように,文字からなる商標を読んで取引に当たることもあることは,商取引一般の経験則に照らし明らかであり,半導体ウエハの取引の場合のみが,その商標の文字表示(外観)のみをもって識別され,その文字が読まれることはないなどということは,到底考えられないというべきである。
また,原告は,半導体ウエハ業界においては,宣伝広告はそれほど盛んではなく,会社案内や企業イメージ広告に商標が付されることはあり得るが,会社案内等はいずれも文字媒体であるから,例えば,本願商標であれば「SUMCO」と表記することであり,「サムコ」と称呼することではないし,音声メディアで「サムコ」を連呼する半導体ウエハの広告は,現に行われておらず,あり得ない旨主張する。しかしながら,印刷物で行われた宣伝広告を見た取引者,需要者は,通常,そこに表示されている商標を把握して,その商標が文字である場合には,その文字から生ずる「読み」を記憶することになるから,対象商品が半導体ウエハであっても,印刷物によって本願商標が付された宣伝広告がされた場合,それに接した取引者,需要者は,その文字を「サムコ」と読んで,把握し,記憶するものというべきである。また,素材業界である半導体ウエハ業界においても,画像のみならず,音声をも使用した宣伝広告を行うことは十分に考えられるところであり,音声メディアを利用した宣伝広告はあり得ないとまではいうことができない。
(6) 以上によれば,本願商標と引用商標2及び3とは,いずれも特定の観念を生じさせないので観念について対比することはできないものであり,外観上差異があることを考慮するとしても,称呼において紛らわしいことからすれば,本願商標は,引用商標2及び3と類似する商標といわざるを得ないから,審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(指定商品の類否判断の誤り)について
(1) 本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」は,電子応用機械器具の部品となる半導体素子,ICチップ及び集積回路(以下「集積回路等」という。)を製造するための原材料として用いられるものであり,商標法施行令1条に規定する「商品及び役務の区分」(ニース協定で定める国際分類に即して作成されている。)の第9類に属する商品である。
また,工業統計調査,生産動態統計調査等の把握をするのに必要な統計等として使用されているものであって,商品の生産・流通等の実態を考慮して作成されている「日本標準商品分類」(平成2年6月改訂,財団法人全国統計協会連合会発行)においても,半導体素子・集積回路のウエハは,「大分類5−情報・通信機器」,「55 電子部品」の項目の下に,「55 1 電子管」,「55 4 受動部品」,「55 2 半導体素子」や「55 3 集積回路(能動成分を含む。)」等と共に,「55 82 半導体素子・集積回路の部分品及び材料」中に「55 821 ウエハ」,「55 8211 シリコンウエハ」,「55 8212 ガリウムひ素ウエハ」,「55 8213 ガリウムりんウエハ」及び「55 8219 その他のウエハ」として掲載されている(乙8)。
以上のとおり,「半導体ウエハ」は,集積回路等の原材料として,電子部品や電子応用機械器具の各種商品と一つの商品分野を構成する深い関係にあるものである。
(2) 半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品,特に集積回路等との関係を見ると,今日,半導体ウエハの大口径化や品質の向上は,集積回路等を製造するデバイスメーカー等にとって,集積回路等の高集積化,高機能化,小型化やコスト低減を図る上で,極めて重要なものとなっている。
シリコントランジスターや集積回路が開発されると,その材料であるシリコン単結晶の技術開発が進められたが,半導体の揺籃期には,その材料であるシリコンウエハを半導体メーカーが自ら手に入れることが,半導体を作る前提条件であったため,当初は,半導体メーカーがシリコンウエハの開発製造を積極的に行ってきた。半導体メーカーの多くは,半導体産業の草創期に,シリコンの加工を自ら手掛けていたが,次第に専業メーカーに移管し,自らが生産を行うことは少なくなってきている。このように,デバイスメーカー等は,半導体ウエハを自社で内部生産するよりも,半導体ウエハメーカーに依存していく傾向にあるということができるが,半導体ウエハの品質等は,デバイスメーカー等の製造する電子応用機械器具の品質及び性能に大きくかかわっている。
(3) 半導体ウエハは,集積回路等を製造する上で重要な原材料であり,デバイスメーカー等にとって,半導体ウエハの品質及び仕様は,自己の商品の良し悪しやコストに大きく影響し,デバイスメーカー等としての競争力を左右する極めて重要なものであるため,デバイスメーカー等によって,半導体ウエハの品質及び仕様は極めて厳格に管理されている。そして,デバイスメーカー等において,自己の製造する集積回路等に適した品質及び仕様の半導体ウエハを安定して供給が受けられるように,デバイスメーカー等と資本系列を同じくする関係会社や業務提携による関連会社等が半導体ウエハを製造する例が多く見られる。
また,半導体ウエハメーカーは,技術的にも,経営上又は業務上においても,デバイスメーカー等と密接な関係となっている場合が少なくない。
この点に関連し,原告は,本件出願当時,世界市場及び日本市場における上位各6社を構成する7社中にデバイス・メーカー等は1社も含まれていない旨主張する。確かに,半導体ウエハの製造は,デバイスメーカー等から独立した企業によって製造されているものと思われるが,上記のとおり,デバイスメーカー等と資本系列を同じくする関係会社や業務提携による関連会社等である例が多く,両者は,経営上又は業務上,密接な関係となっている場合が少なくないものである。
(4) 半導体ウエハは,集積回路等を製造するための基板材料として極めて厳格な仕様,品質管理により生産され,かつ,その用途が半導体製造にほぼ限定されているものであることからすると,製造された半導体ウエハは,デバイスメーカー等にほぼ100パーセント流通することとなるから,その流通経路は同一ラインにあるものといえる。
(5) 以上によれば,半導体ウエハは,その用途が集積回路等の原材料にほぼ限定され,原材料とその製品という極めて密接な関係にあるものである上,その生産量のほぼ全体がデバイスメーカー等へ流通していること,また,半導体ウエハメーカーは,デバイスメーカー等と,技術的にも,経営上又は業務上においても密接な関係となっている場合が少なくないこと等の半導体ウエハの取引の実情を総合すると,同一又は類似の商標を「半導体ウエハ」と「電子応用機械器具」に属する集積回路等の各種商品に使用したときは,誤認混同のおそれがあるというべきである。
(6) 指定商品の類否については,昭和36年最判の示した,商品に同一又は類似の商標を使用した場合に,その商品に関係する取引者,需要者に,その商品が「同一営業主」の製造又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあるか否かによって判断すべきである。
ア 原告は,昭和36年最判にいう「同一営業主」とは,営業主体が同一との意味であり,同一か否かは資本関係や業務提携関係の存否とは関係がない旨主張する。
しかしながら,商品に同一又は類似の商標を使用した場合に,その商品に関係する取引者,需要者に,その商品が「同一営業主」の製造又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあるか否かは,その商標に接する取引者,需要者の認識によって決すべきものである。本件においては,半導体ウエハは,半導体を製造する用途にほぼ限定されている商品であり,半導体ウエハメーカーは,デバイスメーカー等と資本関係や業務提携関係等の密接な関係にある場合が少なくないことや,もともと半導体ウエハの製造技術は,半導体等を主要部品とする電子応用機械器具を製造する電機メーカーが開発してその基礎を築き,その後,半導体ウエハメーカーに技術移転したものであることを考慮すると,その商標に接する取引者,需要者は,「半導体ウエハ」と,少なくとも,「電子応用機械器具」に属する集積回路等とは,「同一営業主」の製造又は販売に係る商品であると認識し,誤認混同するおそれがあるということができる。
イ 原告は,半導体ウエハの製造販売業者と,電子応用機械器具に属する各種商品の製造販売業者とは,一致しないのが常態である旨主張する。
確かに,原告が主張するとおり,単結晶シリコンウエハの日本市場では,そのメーカーの上位6社は,半導体ウエハ専門メーカーであり,相当な占有率を占めているようであるが,半導体ウエハの製造者又は販売者が「電子応用機械器具」に属する集積回路等の製造又は販売を行う例は,以下のとおり,少なからず存在している。
(ア) 有限会社エムオー産業 (以下「エムオー産業」という。)(乙16)
(イ) 昭和電工株式会社(以下「昭和電工」という。)(乙1−3−2)
(ウ) 株式会社セミテック(以下「セミテック」という。)(乙17,乙1−2−3)
(エ) 株式会社アイテス(以下「アイテス」という。)(乙18−1〜3)
(オ) 株式会社ルネサス東日本セミコンダクタ(以下「ルネサス」という。)(乙19−1,2)
(カ) NTTエレクトロニクス株式会社(以下「NTTエレクトロニクス」という。)(乙20−1,2)
上記実情からすると,半導体ウエハの製造,販売者と,電子応用機械器具に属する各種商品,少なくとも,集積回路等の製造,販売者とは,同一の営業主となっている場合も少なくなく,原告が指摘するように「一致しないのが常態」ということはできない。
なお,原告の上記第3の2(3)の主張事実中,ア及びイの事実は争わない。
ウ ところで,半導体ウエハの取引者,需要者である集積回路等の製造者は,引用商標2及び3の指定商品である電子応用機械器具に属する各種商品,とりわけ,ICチップや集積回路等の取引者,需要者でもあるから,本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」と,引用商標2及び3の指定商品である「電子応用機械器具」に属する各種商品との関係においては,上記集積回路等の製造者又は販売者は,両商品の取引者,需要者として共通しているところ,上記イのとおり,半導体ウエハと電子応用機械器具に属する集積回路等の商品とは,少なからず,同一営業主によって取り扱われている実情があることからすれば,「半導体ウエハ」と「電子応用機械器具」に属する集積回路等の商品とについて,同一又は類似の商標を使用するときは,取引者,需要者に,両商品が「同一営業主」の製造又は販売に係る商品であると誤認混同されるおそれがあるというべきである。本件における指定商品の類否に関する重要な点は,半導体ウエハの需要者が,電子応用機械器具に含まれる各種商品,特に集積回路等の需要者になり得る立場にあることである。
(7) 以上のとおり,本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」と,引用商標2及び3の指定商品である「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)」中の各種商品とは,類似する商品であるとした審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(指定商品の類否判断の誤り)について
(1) 審決は,「本願商標の指定商品『半導体ウエハ』は,引用商標2及び引用商標3の指定商品のうち,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品の原材料として提供されるものであるから,『半導体ウエハ』と『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品とは,原材料とその製品という関係において密接な関連を有するものである。また,『半導体ウエハ』は,電子応用機械器具の部品となって同機械器具を製造するという用途が限定されることから,流通経路も電子応用機械器具と同一ライン上にあるといえるものである。さらに,これら商品の製造・販売業者も,資本系列を同じくするなどの関連会社である場合も少なくないことからすれば,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品と『半導体ウエハ』に同一又は類似の商標を使用した場合は,その出所について混同を生ずるおそれがあるものというべきである」(審決謄本3頁第2段落)とし,「本願商標の指定商品『半導体ウエハ』は,引用商標2及び引用商標3の指定商品のうち,『電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)』中の各種商品と類似する商品というのが相当である」(同頁第3段落)と判断した。
これに対し,原告は,半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品とは,通常,同一営業主により製造又は販売されているということはできないから,指定商品の類否に関する昭和36年最判が示した判断基準に照らし,両商品の間に誤認混同のおそれはないなどとして,審決の上記判断は誤りである旨主張する。
(2) そこで,半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品との関係についてみると,証拠及び当事者間に争いのない事実によれば,以下の事実を認めることができる(証拠を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。)。
ア 半導体ウエハについて
(ア) 半導体ウエハとは,集積回路等を製造するための原材料として用いられる,半導体でできた薄い基盤であり,その外形は,直径又は1辺が数百ミリメートルのごく薄い円盤状又は正方盤状である。
(イ) 半導体ウエハの中には,単結晶シリコンウエハと化合物半導体ウエハとがある(甲5)。半導体ウエハの原料として,最も広く用いられているのはシリコンであり,シリコンは,半導体産業を支える「主要材料」ないし「代表選手」であるとされる(乙5の11〜12頁)
これを市場規模で見ると,平成10年において,単結晶シリコンウエハの日本市場における実績は2157億円,化合物半導体ウエハの日本市場における実績は394億円であって,前者が後者の約5.5倍に上り,化合物半導体ウエハの日本市場の規模は,単結晶半導体ウエハを含めた半導体ウエハ日本市場全体の約15%を占めるにすぎない(甲5の203頁図4,206頁図3)。
(ウ) 単結晶シリコンウエハは,純度99.999999999%(イレブンナイン)という超高純度の多結晶シリコンを原料とし,これを加熱炉で溶かした後,小さな種結晶を接触させ,回転させながら引き上げて単結晶を成長させる方法(CZ法)などの方法で精製した上,薄くスライスし,更に,研磨その他の多様な物理的・化学的加工を施すことにより製造される(乙4の92〜99頁,104〜105頁)。
(エ) 半導体ウエハの需要者はデバイスメーカー等であり,デバイスメーカー等は,納品された半導体ウエハに多様な物理的・化学的加工を更に施し,集積回路等を製造する。なお,半導体ウエハに加えられる上記加工は,大気中の微粒子を極限までろ過し,温度,湿度も制御されたクリーン・ルーム内で行われる。
イ 半導体ウエハメーカーについて
(ア) シリコントランジスターや集積回路が開発されると,その材料であるシリコン単結晶の技術開発が進められたが,半導体の揺籃期には,その材料であるシリコンウエハを半導体メーカーが自ら手に入れることが,半導体を作る前提条件であったため,当初は,半導体メーカーがシリコンウエハの開発製造を積極的に行ってきた。
すなわち,我が国における半導体ウエハの製造は,半導体メーカーの東芝,日立,神戸工業,ソニー(当時は東京通信工業),松下,三菱,日本電気等が,米国の技術を導入して生産に取り組み,ほとんどのメーカーが単結晶の製造に取り組んだ結果,昭和33年には日立製作所やソニー等でシリコン単結晶を初めて製造した。
他方,我が国におけるシリコンメーカーの取り組みとしては,昭和32年に国際電気が単結晶引き上げ装置を発表し,昭和34年に東海電極化学,日窒電子化学が高純度多結晶シリコンの製造を開始し,昭和35年に大阪チタニウム製造,信越化学工業,小松電子金属が単結晶シリコンの製造を開始した。昭和36年には,日本電子金属,大阪チタニウム製造がシリコン単結晶の生産を開始し,その後,シリコン多結晶や単結晶の生産に取り組んだ各社により,シリコンウエハの生産及び販売が開始され,1960年代にシリコンウエハの供給体制が出来上がった(乙5の88頁)。
(イ) 半導体メーカーの多くは,上記(ア)のとおり,半導体産業の草創期にシリコンの加工を手がけてしていたが,次第に専業メーカーに移管し自らが生産を行うことは少なくなってきていた。例えば,NECから,原告の前身であるOTCへの技術移転は,まず,昭和34年にシリコンウエハの製造技術とシリコンウエハの販売の両面でNECとOTCの間に提携が成立し,次いで昭和38年に単結晶シリコンウエハ製造技術がNECからOTCにライセンス供与され,その後,単結晶シリコンウエハ製造各種装置のNECからOTCへの移転が続いた。
そうした中,1990年代後半にはIBMがシリコンの内製を停止し,日立製作所はシリコン内製部門を信越半導体に移管し,昭和33年に始まった結晶の研究及び製造の歴史に幕を閉じている。このようなことから,平成12年当時において,今後,新機能のデバイスを開発する上で必要な材料開発などで,研究所レベルでの取り組みは行われるにせよ,生産に使われるシリコンウエハは,専業メーカーに全面的に依存するようになってきていると評価されていた(乙5の141〜142頁)。
(ウ) 半導体ウエハの市場は,世界市場も日本市場も90%超のシェアを大手6社が分け合う寡占状態であり,我が国における半導体ウエハ市場の状況(平成10年の実績)を見ると,単結晶シリコンウエハについては,信越半導体,三菱マテリアル,コマツ電子金属,住友金属工業,東芝セラミックス,ニッテツ電子,MEMCの上位7社(なお,このうち,三菱マテリアルと住友金属工業とは,原告の前身である。)が,全体の96.2%を占めており(甲5の203頁図4),これらの業者は,すべて専業の半導体ウエハメーカーである(弁論の全趣旨)。
また,化合物半導体ウエハについては,住友電工,昭和電工,日立電線,三菱化学,信越半導体,住友金属鉱山の上位6社が80%を占めており,このうち,少なくとも,住友電工(甲8−1,2)及び昭和電工(乙1−3−2)は,半導体ウエハと集積回路等の双方を製造又は販売する兼業メーカーである。なお,上記の6社の中で,単結晶シリコンウエハをも製造又は販売するのは,信越半導体のみである(弁論の全趣旨)。
(エ) 半導体ウエハと「電子応用機械器具」に属する集積回路等との双方を製造又は販売する兼業ウエハメーカとしては,上記(ウ)の住友電工及び昭和電工の大手2社のほか,エムオー産業,セミテック,アイテス,ルネサス及びNTTエレクトロニクスの5社がある。
以上の7社中,住友電工及び昭和電工の大手2社及びNTTエレクトロニクスは化合物半導体ウエハのみを取り扱っており,セミテック及びアイテスはシリコンウエハを,エムオー産業はシリコンウエハと化合物半導体ウエハの双方をそれぞれ取り扱っている(甲8−1,2,乙1−2−3,乙16,17,乙18〜20の各1,2)。
ウ 半導体ウエハと集積回路等との関係等について
(ア) 半導体ウエハは,商標法施行令1条に規定する「商品及び役務の区分」(ニース協定で定める国際分類に即して作成されている。)の第9類に属する商品である。
また,工業統計調査,生産動態統計調査等の把握するに必要な統計等に使用されているものであって,商品の生産・流通等の実態を考慮して作成されている「日本標準商品分類」(平成2年6月改訂,財団法人全国統計協会連合会発行)においても,半導体素子・集積回路のウエハは,「大分類5−情報・通信機器」,「55 電子部品」の項目の下に,「55 1 電子管」,「55 4 受動部品」,「55 2 半導体素子」や「55 3 集積回路(能動成分を含む。)」等と共に,「55 82 半導体素子・集積回路の部分品及び材料」中に「55 821 ウエハ」,「55 8211 シリコンウエハ」,「55 8212 ガリウムひ素ウエハ」,「55 8213 ガリウムりんウエハ」及び「55 8219 その他のウエハ」として掲載されている(乙8)。
(イ) 集積回路等は,引用商標2及び3の指定商品である「電子応用機械器具」に含まれる。
(ウ) 半導体ウエハと電子応用機械器具に属する各種商品,特に集積回路等との関係を見ると,今日,半導体ウエハの大口径化や品質の向上は,集積回路等を製造するデバイスメーカー等にとって,集積回路等の高集積化,高機能化,小型化やコスト低減を図る上で,極めて重要なものとなっている。
半導体ウエハは,集積回路等を製造する上で重要な原材料であり,デバイスメーカー等にとって,半導体ウエハの品質及び仕様は,自己の商品の良し悪しやコストに大きく影響し,デバイスメーカー等としての競争力を左右する極めて重要なものであるため,デバイスメーカー等によって,半導体ウエハの品質及び仕様は極めて厳格に管理されている。
そして,デバイスメーカー等において,自己の製造する集積回路等に適した品質及び仕様の半導体ウエハを安定して供給が受けられるように,デバイスメーカー等と資本系列を同じくする関係会社や業務提携等による関連会社等が半導体ウエハを製造する例があり,半導体ウエハメーカーは,技術的にも,経営上又は業務上においても,デバイスメーカー等と密接な関係となっている場合が少なくない(弁論の全趣旨)。
(エ) 製造された半導体ウエハは,デバイスメーカー等にほぼ100パーセント流通することとなる。
(オ) 集積回路等を製造するには多数の製造工程があり,まず最初に必要なのはシリコンウエハであるが,通常,半導体工場では,シリコンウエハまでは作らず,専門業者から購入してくることになるとされている(乙4の76頁)。
(3) 商標法4条1項11号に規定する指定商品の類否は,取引の実情に照らし,それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあるか否かによって判断されるべきである(旧商標法〔大正10年法律第99号〕2条1項9号の適用事案に係る昭和36年最判及び昭和39年最判参照。なお,同項10号〔現行商標法4条1項13号に相当〕の適用事案に係る最高裁昭和43年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2559頁も同旨。)。本件において,上記(2)の認定事実に弁論の全趣旨を参酌すれば,審決時(平成15年8月22日)においては,集積回路等の生産とその原料である半導体ウエハの生産とは分業化が進み,少なくとも単結晶シリコンウエハについては,専業の半導体ウエハメーカーがこれを生産し,集積回路等を生産するデバイスメーカー等は,これを半導体ウエハメーカーから購入することが,半導体ウエハ取引における常態となっていたものと認めるのが相当である。
もっとも,上記(2)のイ(エ)のとおり,半導体ウエハメーカーの中には,半導体ウエハと集積回路等との双方を製造又は販売する兼業ウエハメーカーも見られるが,その数は決して多いとまではいえない上,そうした兼業ウエハメーカー中,比較的大手とみられるメーカーは,いずれも化合物半導体ウエハのみを取り扱っていることが認められる。他方,上記(2)のア(イ)のとおり,半導体ウエハの原料として,最も広く用いられているのはシリコンであり,シリコンは,半導体産業を支える「主要材料」ないし「代表選手」であるとされ,市場実績でも単結晶シリコンウエハと化合物半導体ウエハとの間には5倍以上もの大差があり,化合物半導体ウエハの日本市場の規模は,単結晶半導体ウエハを含めた半導体ウエハ日本市場全体の約15%を占めるにすぎないことからすれば,結局,上記兼業ウエハメーカーの存在を考慮しても,半導体ウエハという商品全体について,それと集積回路等の電子応用機械器具とが,通常,同一営業主により製造又は販売される関係にあるとまでは認められないというべきである。
そして,半導体ウエハは,一般需要者向けの商品ではなく,半導体ウエハの需要者はデバイスメーカー等であること,半導体ウエハや半導体素子の品質及び歩留まりは,ナノ(10−9)メートル・オーダーの極微の世界で制御されるため,半導体ウエハに対する一連の加工は,大気中の微粒子を極限までろ過し,温度,湿度も制御されたクリーン・ルーム内でしか行うことができないから,その取引当事者は,こうしたクリーン・ルーム設備を保有する者だけに限られることは,当事者間に争いがない。これらの諸事情を総合考慮すれば,半導体ウエハと集積回路等の電子応用機械器具とについて,同一又は類似の商標が使用されたときに,半導体ウエハの需要者であるデバイスメーカー等において,それらの商品が同一営業主の製造又は販売に係る商品であると誤認混同されるおそれはないというほかはない。
(4) これに対し,被告は,半導体ウエハは,@その用途が集積回路等の原材料にほぼ限定され,原材料とその製品という極めて密接な関係にあるものである上,Aその生産量のほぼ全体がデバイスメーカー等へ流通していること,また,B半導体ウエハメーカーは,デバイスメーカー等と,技術的にも,経営上又は業務上においても密接な関係となっている場合が少なくないこと,Cもともと半導体ウエハの製造技術は,半導体等を主要部品とする電子応用機械器具を製造する電機メーカーが開発してその基礎を築き,その後,半導体ウエハメーカーに技術移転したものであること等の半導体ウエハの取引の実情を総合すると,同一又は類似の商標を「半導体ウエハ」と「電子応用機械器具」に属する集積回路等の各種商品に使用したときは,誤認混同のおそれがある旨主張する。
しかしながら,被告の主張する上記諸事情がいずれもそのとおり認定できることは上記(2)のとおりであるが,両商品について,通常,同一営業主によって製造又は販売されるとの関係が認められないことは上記(3)のとおりであって,そうである以上,同一又は類似の商標を「半導体ウエハ」と「電子応用機械器具」に属する集積回路等の各種商品に使用したときに,それらの商品が同一営業主の製造又は販売に係る商品であると誤認混同されるおそれはないというほかはないから,被告の上記主張は,上記(3)の判断を左右しないというべきである。また,被告は,本件における指定商品の類否に関する重要な点は,半導体ウエハの需要者が,電子応用機械器具に含まれる各種商品,特に集積回路等の需要者になり得る立場にあることであるとも主張するが,半導体ウエハの需要者が電子応用機械器具に含まれる各種商品の需要者になり得るという点は被告主張のとおりであるにしても,両商品について,通常,同一営業主によって製造又は販売されるとの関係が認められない以上,共通する需要者によっても,両商品の出所につき誤認混同されるおそれはないというべきであるから,被告の上記主張は失当である。
なお,審決が,「『半導体ウエハ』は・・・流通経路も電子応用機械器具と同一ライン上にあるといえるものである」(審決謄本3頁第2段落)と説示し,被告も同旨の主張をしていることからすれば,被告の上記主張は,本願商標と同一又は類似の商標を電子応用機械器具(例えば,パーソナルコンピューターなど)に使用している電機メーカーがある場合において,当該電機メーカーと上記密接な関係を有しない原告が,本願商標を半導体ウエハに使用すると,事情を知らない上記電子応用機械器具の需要者(いわゆるエンドユーザー)が,両者の関係について何らかの誤認混同をするおそれがあるとの趣旨を含むものとも考えられる。しかしながら,上記のとおり,半導体ウエハの需要者は専門家であるデバイスメーカー等に限られるのであり,本件において,商標法4条1項11号に規定する指定商品の類否を判断するに当たっては,本願商標の指定商品の取引者,需要者における誤認混同のおそれの有無を検討すべきであり,上記のような電子応用機械器具の需要者(エンドユーザー)による誤認混同のおそれの有無を論じる余地はないから,いずれにしても,被告の上記主張は採用の限りでない。
さらに,被告は,商標法施行令1条に規定する「商品及び役務の区分」及び日本標準商品分類における分類番号上,半導体ウエハは,集積回路等の原材料として,電子部品や電子応用機械器具の各種商品と一つの商品分野を構成するとも主張し,その主張に係る商品区分等は,上記(2)のウ(ア)のとおりである。しかしながら,商標法6条2項に基づき同法施行令1条の定める商品の区分は,出願及び審査の便宜の目的に出たものであり,商品の類似の範囲を定めるものではなく(同法6条3項),また,日本標準商品分類は,統計調査の結果を商品別に表示する場合の統計基準として設定されたもの(乙8の1頁)であって,商標法4条1項11号に規定する指定商品の類否を判断する上で何ら拘束力を有するものではないから,いずれも上記(3)の判断を左右するものではない。
(5) 以上によれば,本願商標の指定商品である「半導体ウエハ」は,引用商標2及び3の指定商品のうち,「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)」中の各種商品と類似する商品であるとした審決の判断は誤りというほかはなく,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告の取消事由2の主張は理由がある。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は,違法として取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第2部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 古 城 春 実
裁判官 早 田 尚 貴