◆H16. 1.29 大阪地裁 平成15(ワ)6624 不正競争 民事訴訟事件
平成15年(ワ)第6624号 不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成15年11月11日
判 決
原 告 日立マクセル株式会社
訴訟代理人弁護士 高 橋 元 弘
同 横 山 経 通
同 松 井 秀 樹
被 告 株式会社日本マクセル
訴訟代理人弁護士 相 内 真 一
同 寺 中 良 樹
主 文
1 被告は、大阪法務局平成14年11月12日受付をもってした設立登記中、「株式会社日本マクセル」の商号の抹消登記手続をせよ。
2 被告は、その営業上の施設又は活動に、「マクセル」又は「MAXELL」の文字を含む表示を使用してはならない。
3 被告は、「株式会社日本マクセル」、「(株)日本マクセル」又は「JAPAN MAXELL CO.,LTD.」の表示を、ドア上の表示、パンフレット及び名刺から抹消せよ。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第2、第3項に限り、仮に執行することができる。
事 実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 主文第1項同旨
(2) 主文第2項同旨
(3) 被告は、「株式会社日本マクセル」、「(株)日本マクセル」、「JAPANMAXELL CO.,LTD.」、「マクセル」及び「MAXELL」の表示を、看板、パンフレット、名刺その他の営業表示物件から抹消せよ。
(4) 訴訟費用は被告の負担とする。
(5) (2)ないし(4)につき仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告
原告は、昭和36年2月1日、「マクセル電気工業株式会社」という商号で設立され、昭和39年1月1日、商号を現商号の「日立マクセル株式会社」と変更した。原告の前身は、昭和25年に日東電気工業株式会社(以下「日東電工」という。)内に設けられた、乾電池の製造等を行うマクセル部門であり、日東電工からマクセル部門が独立して原告が設立された。
原告は、カセットテープ、ビデオテープ、CD、MD、DVDなどの磁気媒体及び乾電池の製造販売を主な業務としている。
イ 被告
被告は、平成14年11月12日、「株式会社日本マクセル」という商号で設立され、大阪法務局同日受付により設立登記を行い、化粧品、美容機器の輸入販売、指紋照合装置等の住宅設備機器の輸入販売等を業務としている。
(2) 不正競争
ア 商品等表示
(ア) 表示
別紙原告商品等表示目録記載の表示は、原告の営業又は商品を表示する原告の商品等表示である(以下、別紙原告商品等表示目録記載1の表示を「原告表示1」、同目録記載2の表示を「原告表示2」、同目録記載3の表示を「原告表示3」といい、原告表示1ないし3を包括して「原告商品等表示」という。)。
原告商品等表示は、原告の創業当時の主な製品である乾電池の商品表示であった「MAXIMUM CAPACITY DRY CELL」(最高の性能、容量をもった乾電池の意味)に由来する造語である。
(イ) 使用態様
a 製品
原告商品等表示は、原告表示1が原告の商号の中に使用されているほか、乾電池については日東電工マクセル部門当時の昭和25年から、録音テープについては同部門当時の昭和35年から、製品及び包装に付され、使用されている。
原告商品等表示は、現在に至るまで、情報メディア部門のコンピュータテープ、放送用ビデオテープ、CD−R、CD−ROM、DVD−R/RAM、DVD−ROM、MOディスク、フロッピーディスク、メモリカード、ICカード、RFIDシステム、プリンタ用光沢紙・ラベル・カードなど、オーディオビデオ部門のミニディスク、オーディオテープ、ビデオテープなど、電池・電器部門のリチウムイオン電池、ポリマーリチウムイオン電池、小型二次電池、リチウム一次電池、各種ボタン電池、アルカリ乾電池、マンガン乾電池、小型電気機器、電鋳・精密部品などに付され、それらの製品が販売されている。
b 広告宣伝
原告商品等表示は、テレビコマーシャル、ネオン塔、新聞・雑誌の広告、パンフレット、駅貼りポスターなどに付され、使用されている。
c 子会社
原告の子会社は、国内及び海外を合わせ32社であり、国内の子会社としては、製造を担当する九州日立マクセル株式会社、株式会社マクセルハイテック、マクセル精器株式会社、マクセル北陸精器株式会社、株式会社東伸精工など7社、販売等を担当する株式会社マクセル商事、その他の業務を担当する株式会社マクセルライフ、マクセルエンジニアリング株式会社、マクセルソフトエンジニアリング株式会社など8社があり、海外の子会社としては、マクセルコーポレーションオブアメリカ(Maxell Corporation of America)など16社がある。
これらの子会社の多くは、原告又はそれらの子会社の営業及び商品を表示する商品等表示として原告表示1又は原告表示3を使用している。
d 商標
原告商品等表示、又は原告商品等表示を含む標章は、商標登録第1079986号(登録商標は原告表示3)のほか、多数、商標登録されている。また、商標登録第1079986号を基本登録商標として多数の防護標章が登録されている。
イ 周知、著名性
(ア) 周知、著名性を基礎づける事実
a 製品の種類
原告は、当初、乾電池と録音テープを販売していたが、電池については、昭和38年、国産初のアルカリ乾電池を販売し、その後ボタン電池を開発し、録音テープについては、昭和41年7月、C−60シリーズ、昭和45年6月、他社に先駆けてステレオ録音を可能にした音楽専用カセットテープUD(ウルトラダイナミック)カセットテープシリーズの販売を開始し、昭和51年2月、フロッピーディスクの販売を開始し、昭和53年10月、VHS型ビデオカセットテープの販売を開始するなど、順次、業務範囲を拡大してきた。現在では、前記ア(イ)a記載のとおり、情報メディア部門、オーディオビデオ部門、電池・電器部門に属する各種製品を販売している。
b 原告のシェア
原告の製造販売する製品は、国内でも高いシェアを占めている。
磁気テープについて、昭和63年の国内の販売数7億5600万本のうち、原告の販売数は1億6632万本であり、国内シェアは約22%であった。
フロッピーディスクについて、原告の国内シェアは、平成6年には31%(1位)であり、平成7年には30.5%(1位)であった。
乾電池について、昭和63年の原告の国内シェアは、マンガン乾電池では10.1%(3位)、アルカリ・マンガン乾電池では9%(5位)、酸化銀電池では31.8%(1位)であった。
c 売上
原告の昭和45年度ないし平成13年度の売上高は別紙売上表記載のとおりである。
原告は、昭和40年6月、月当たりの総売上が3億円を突破し、そのうち磁気テープ、電気かみそりの売上が1億円を超えた。昭和45年6月からはUDカセットテープシリーズの販売により販路を拡大し、昭和47年下期には、月当たりの総売上が10億円を突破するようになった。このような実績を背景として、原告は、昭和55年9月、東京証券取引所及び大阪証券取引所の市場第1部に指定替えとなった。
d 広告宣伝
原告は、昭和39年前後から積極的な広告宣伝活動を行い、昭和45年以降は、別紙広告宣伝費一覧表記載の広告宣伝費を用いて、テレビコマーシャル、ネオン塔、新聞・雑誌の広告、パンフレット、駅貼りポスターなどにより、その販売する製品等の広告宣伝を行い、原告商品等表示は、これらの広告宣伝に付された。テレビコマーシャルは昭和49年から開始され、岡本太郎出演の「芸術は爆発だ」、山下達郎出演の「UD・RIDE ON TIME」などに代表される印象に残るコマーシャルが、原告商品等表示とともに全国に放映され、原告商品等表示を需要者に強く印象付けた。
e 報道
原告に関する新聞記事は、全国紙、地方紙、業界紙などに多数掲載されており、それらの新聞記事において、原告は、「マクセル」(原告表示1)の略称で表されていることが多い。
f 著名商標としての取扱い
前記ア(イ)d記載のとおり、商標登録第1079986号(登録商標は原告表示3)を基本登録商標として多数の防護標章が登録されている。また、「日本有名商標集(FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN)」や特許庁電子図書館の「日本国周知・著名商標検索」には、原告表示3が掲載されている。
(イ) 周知、著名性
前記ア(イ)aないしd記載の原告商品等表示の使用態様と前記(ア)aないしf記載の周知、著名性を基礎づける事実を総合すると、原告商品等表示は、遅くとも、原告がテレビコマーシャルを開始した後の昭和50年ころには、原告及び原告の子会社の営業又は商品を表示するものとして周知かつ著名となっていた。
ウ 被告の行為
被告は、「株式会社日本マクセル」の商号を使用している。被告は、同商号を使用して、原告の関連会社も出展していた錠前の展示会である「セキュリティーショウ2003」(平成15年3月4日から同月7日まで東京ビッグサイトにおいて開催された。)において、デモンストレーションの展示を行った。
また、被告は、「株式会社日本マクセル」、「(株)日本マクセル」又は「JAPAN MAXELL CO.,LTD.」の表示を、看板又はドア上の表示、商品案内のパンフレット及び名刺に付して使用している(以下、「株式会社日本マクセル」という表示を「被告表示1」、「(株)日本マクセル」という表示を「被告表示2」、「JAPAN MAXELL CO.,LTD.」という表示を「被告表示3」といい、被告表示1ないし3を包括して「被告商品等表示」という。)。
エ 類似
被告表示1及び2のうち「株式会社」及び「(株)」は単に会社の種類を示すにすぎず、また、「日本」は国名であって、いずれの部分にも自他識別力がなく、類否判断の上で意味のある要部は「マクセル」という部分であるところ、この部分は、原告表示1と同一であり、原告表示2及び3と称呼が同一である。したがって、被告表示1及び2は、原告表示1ないし3のそれぞれと類似する。
被告表示3のうち「CO.,LTD.」は「company limited」すなわち株式会社を意味し、また、「JAPAN」は国名であって、いずれの部分にも識別力がなく、類否判断の上で意味のある要部は「MAXELL」という部分であるところ、この部分は、原告表示2と同一であり、原告表示1と称呼が同一であり、原告表示3とは称呼が同一で外観が類似している。したがって、被告表示3は、原告表示1ないし3のそれぞれと類似する。
オ 混同
不正競争防止法2条1項1号の「混同を生じさせる行為」には、他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を使用する者が、自己と他人とを同一営業主体と誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係など密接な営業上の関係が存するものと誤信させる行為(いわゆる広義の混同)をも包含し、かつ、他人の周知の営業表示と同一又は類似の表示を使用する者と他人との間に競争関係があることは必ずしも必要ではなく、また、商品の販売方式が異なるとしても、そのことによって出所を誤認混同するおそれがないとはいえない。
原告が製造販売する商品には、磁気記録媒体及び乾電池のみならず、電気器具、メモリカード、ICカード、ICカードリーダー、メモリカードリーダーなど、被告の販売する商品と同一又は類似の商品があり、また、原告の営業は、これらの製造販売のほか、不動産の賃貸業、建物及び建物設備の保守・清掃・警備等の総合管理事業に及んでいる。原告の取引先は、一般消費者のみならず、各種企業にも及んでおり、このことは、原告の関連企業が出展していた「セキュリティーショウ2003」に被告も出展していたことから裏付けられる。
原告商品等表示と被告商品等表示が類似していること、原告の営業区域が広いこと、原告商品等表示は著名であり顧客吸引力があること、原告及び原告の子会社が複合企業として広範な事業を行っていることを考慮すると、取引者又は需要者において、原告と被告が同一の営業主体であり、又は原告と被告の間に親会社、子会社の関係若しくは系列関係など密接な関係が存在すると誤信し、被告の営業又は商品をもって原告の営業又は商品と混同するおそれが強い。
カ 不正競争
したがって、被告による前記ウ記載の被告商品等表示の使用は、不正競争防止法2条1項1号又は2号の不正競争に該当する。
原告商品等表示の著名性、識別力の高さなどからすると、被告が被告商品等表示を使用する行為は、ダイリューション、ポリューション、フリーライドのいずれにも該当する。
(3) 営業上の利益の侵害
原告は、被告の不正競争によって営業上の利益を侵害されており、今後も侵害されるおそれが強い。
(4) 結論
よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法2条1項1号又は2号、3条1項に基づき、その営業上の施設又は活動に「マクセル」又は「MAXELL」の文字を含む表示を使用することの差止めを求め、同法3条2項に基づき、大阪法務局平成14年11月12日受付をもってした設立登記中「株式会社日本マクセル」の商号の抹消登記手続をすること、及び「株式会社日本マクセル」、「(株)日本マクセル」、「JAPAN MAXELL CO.,LTD.」、「マクセル」、「MAXELL」の表示を看板、パンフレット、名刺その他の営業表示物件から抹消することを求める。
2 請求原因に対する認否
(1)ア 請求原因(1)(当事者)ア(原告)の事実は不知。
イ 請求原因(1)イ(被告)の事実は認める。
(2)ア 請求原因(2)(不正競争)ア(商品等表示)(ア)(表示)、(イ)(使用態様)aないしdの事実は不知。
イ(ア) 請求原因(2)イ(周知、著名性)(ア)(周知、著名性を基礎づける事実)aないしfの事実は不知であり、(イ)(周知、著名性)の事実は不知であり、主張は争う。
(イ)a 原告表示1は片仮名による表記であり、原告表示2はアルファベットによる表記であり、商品等表示としては別個のものであるから、著名性も個別に判断しなければならない。
不正競争防止法2条1項2号は、混同のおそれを要件とすることなく広範な保護を与える規定であり、このような広範な保護を与えるためには、表示が特別に顕著であり、独占に適するものであることが必要である。国民の8割以上が知っていること、全国に知られていることなどを基準とすべきである。
b 原告表示2は、カセットテープ、DVDのブランドとして多少有名である。しかし、原告表示1は、次のような事実から、周知又は著名とはいえない。
(a) 原告は原告表示3について31件の防護標章を登録しているが、原告表示1については防護標章は登録されていない。
(b) 原告は原告表示2及び3並びにこれらに類似する表示については多数商標登録しているが、原告表示1については3件しか商標登録していない。商標登録は著名性を要件としないから、原告商品等表示について多数の商標を登録していることは、周知性又は著名性の立証には役立たない。
(c) 日本有名商標集には原告表示3が掲載されているが、原告表示1は掲載されていない。
(d) 原告の直近の有価証券報告書によれば、原告の子会社には「マクセル」の文字を含む商号のものが多いようであるが、それぞれの子会社がその商号をいかなる方法で宣伝し、その商号がどのような範囲で知られているかについては不明であるから、原告の子会社に「マクセル」の文字を含む商号のものが多いことは、周知性又は著名性の立証には役立たない。
原告の連結損益計算書によれば、原告の直近の連結会計年度の広告宣伝費は53億4600万円であるが、それらはすべて原告表示3の広告宣伝のために用いられており、原告表示1の広告宣伝には用いられておらず、原告表示1は、現在は原告の商号としてしか使用されていない。
(e) 原告の磁気テープ及びフロッピーディスクが大量に販売されているとしても、原告表示1は、磁気テープ及びフロッピーディスクについて、商品名としても原告の商号としても付されておらず、これらに付されているのは原告表示3のみである。
(f) テレビコマーシャルにおいては、原告表示3だけが強調され、原告表示1は、商品名及び商号として目立たない附随的なものとしてしか使用されていない。
(g) 原告表示1又は3が使用されている新聞記事は、そのほとんどが、株価情報又は業界内の経済ニュースに関するものであり、これらの記事は、原告業種の株価に興味のある者又は原告と同種業界の限られた範囲の者のみが閲読するだけであるから、これらの記事に原告表示1又は3が表示されたからといって、原告表示1又は3が周知又は著名であるとはいえない。
ウ 請求原因(2)ウ(被告の行為)の事実のうち、被告が「株式会社日本マクセル」の商号を使用していること、被告が同商号を使用して、原告主張の展示会「セキュリティーショウ2003」においてデモンストレーションの展示を行ったこと、被告が被告表示1をパンフレット及び被告の営業部長の名刺に付して使用し、被告表示2をドア上の表示に付して使用し、被告表示3を被告の営業部長の名刺に付して使用していることは認め、その余は否認する。
被告は、被告表示2を看板に付しておらず、ドアそのものに付している。
エ 請求原因(2)エ(類似)の事実は否認し、主張は争う。
「日立マクセル」と「日本マクセル」は、その称呼が「ヒタチマクセル」と「ニホンマクセル」であり、全く異なる。「日立」が識別力の強い企業名であることは否定し得ないが、「日本」は我が国を示す名称であり、多数の企業名に付されている。
また、被告の商号は「株式会社日本マクセル」で、「株式会社」が前についており、原告の商号において「株式会社」が後についているのとは異なる。被告は、パンフレット、名刺などすべての表示において正式名称を表示しており、略称を表示することはない。
被告の商号である「株式会社日本マクセル」は、全体に識別力があり、その一部が要部であるということはできない。
オ(ア) 請求原因(2)オ(混同)の事実は否認し、主張は争う。
(イ) 原告の主な業務はカセットテープ、ビデオテープ、CD、MD、DVDなどの磁気媒体及び乾電池の製造販売であり、他方、被告の主な業務は指紋錠の販売代理であるから、両者の業種、営業内容は全く異なる。原告の顧客は一般消費者であるのに対し、被告の顧客は、指紋錠の販売代理店となろうとする者(すなわち小売店)、建設業者、賃貸住宅の所有者等のかなり限定された者である。原告の製造販売する商品は安価な消費物であるのに対し、被告の販売する商品は、比較的高価な耐久性のある商品であり、被告の販売する商品の需要者は、商品の必要性、性能を慎重に検討しながら購入を決めるのが通常であって、被告の商号のみを見て原告と関係のある企業と誤認しそれを動機として購入することは考えられない。また、原告は昭和60年ころ以降、商品等表示として専ら原告表示3を使用し、原告の商号を使用していないのに対し、被告は、常に正式の商号を表示しており、被告の正式の商号は原告表示1又は3と全く異なる。
したがって、被告商品等表示を使用することにより、被告の営業又は商品をもって原告の営業又は商品と混同を生じさせることはない。
カ(ア) 請求原因(2)カ(不正競争)の主張は争う。
(イ)a 不正競争防止法2条1項2号の趣旨は、著名表示を冒用することによって、冒用者が、本来払うべき営業上の努力を払うことなく著名表示の有する顧客吸引力にただのり(フリーライド)する一方で、長年の営業上の努力によって高い信用・名声・評判を有するに至った著名表示とその使用者の結びつきが薄められる(希釈化、ダイリューション)のを防ぐことにある。また、冒用者が、良質のイメージを有する著名表示を、一般に不健全と思われている業種(例えば風俗営業)の営業表示として使用することにより、著名表示の良質のイメージが汚染されるという弊害(ポリューション)を防ぐことも指摘される。したがって、著名表示に表示の独自性、唯一性、印象の良さなどがなくダイリューションに当たらない場合、著名表示が使用された商品・役務が粗悪でなくポリューションが生じない場合、他人の名声を不当利用せずフリーライドに当たらない場合には、形式上不正競争防止法2条1項2号の要件に該当しても不正競争性はない。
b 原告商品等表示は、造語であるにせよ、「max」(マックス、最大)と「excellent」(エクセレント、優良)又は「well」(ウェル、良い)という、語義・語感の良い英単語の組合せから容易に想起される単語であるから、識別力は弱い。被告が調査した範囲でも、我が国に「マクセル」という店名、社名は多数存在し、その業種も、飲食店、英語スクール、編集プロダクション等様々であるから、原告商品等表示が原告を指すという共通認識は存在しておらず、原告商品等表示には独自性、唯一性がなく、被告による被告商品等表示の使用はダイリューションに該当しない。
c 被告の主たる業務は、指紋錠(韓国製ドアノブ一体型指紋錠)の販売代理である。被告の販売する商品は、商品名が「Secu Finger(セキュフィンガー)」で、指紋認識システムを使用して錠前破りの危険性を激減させた画期的な商品であり、信頼性と有用性が高く、粗悪性は全くないから、被告による被告商品等表示の使用はポリューションに該当しない。
d 被告の商号の由来は、@「マックス」(max、最大)と「ウェル」(well、良い)の組合せであり語義・語感がよいこと、A被告の主たる業種が外国商品の輸入販売代理であるので、他社メーカーが製造した商品の販売を任せてもらうという意味の「まかせる」を「マクセル」ともじったこと、B昭和60年ころ、東京都内で被告代表者の友人が類似の名前により企業を興しており、その友人のアイデアを借りたことにあり、被告代表者が商号を選定したものである。また、被告は、取引相手をして被告と原告とを殊更混同させようとする意図はない。被告のパンフレットにおいても、商品名である「Secu Finger」の表示が強調されており、被告の会社名は各ページの隅に小さく表示されているだけであり、また、必ず、原告商品等表示と異なる正式名称である被告表示1を表示している。この被告表示1は、原告表示3とは書体等が全く異なる。被告は、今後とも「マクセル」を自社ブランドとして使用する意図はない。このように、被告には、他人の名声を不当に利用する意図はなく、被告による被告商品等表示の使用はフリーライドに該当しない。
e したがって、被告による被告商品等表示の使用には不正競争性がない。
(3) 請求原因(3)(営業上の利益の侵害)の事実は否認し、主張は争う。
理 由
1 請求原因(1)(当事者)について
(1) 甲第1ないし第4号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(1)ア(原告)の事実が認められる。
(2) 請求原因(1)イ(被告)の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因(2)(不正競争)について
(1)ア 甲第1ないし第4号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(2)ア(商品等表示)(ア)(表示)の事実が認められる。
イ(ア) 甲第1ないし第4号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(2)ア(イ)(使用態様)aないしcの事実が認められる。
(イ) 請求原因(2)ア(イ)d(商標)について検討する。
甲第5号証によれば、商標登録第1079986号(登録商標は原告表示3)を基本登録商標として31の防護標章が登録されていることが認められ、甲第6号証によれば、原告表示1ないし3、又は原告表示1ないし3のいずれかを含む表示について58の商標が登録されていることが認められる。
(2)ア(ア) 甲第1ないし第4号証によれば、請求原因(2)イ(ア)(周知、著名性を基礎づける事実)a(製品の種類)の事実が認められる。
(イ) 請求原因(2)イ(ア)b(原告のシェア)について検討する。
甲第18号証の2によれば、昭和63年の国内における磁気テープ(総計)の生産高は4325億8700万円であり、原告のシェアは、磁気テープ(総計)では第2位の22%、磁気録音テープでは第3位の14%、磁気録画テープでは第2位の25.6%であったことが認められる。
甲第18号証の2によれば、乾電池について、昭和63年の国内における原告のシェアは、マンガン乾電池では第3位の10.1%、アルカリ・マンガン乾電池では第5位の9.0%、酸化銀電池では第1位の31.8%であったことが認められる。
甲第18号証の3によれば、フロッピーディスクについて、平成6年度(1994年度)の国内における原告の出荷数量は1415万枚であり、シェアは第1位の31.0%、平成7年度(1995年度)の国内における原告の出荷数量は1527万5000枚であり、シェアは第1位の30.5%であったことが認められる。
(ウ) 甲第1ないし第4号証、第16号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(2)イ(ア)c(売上)の事実が認められる。
(エ) 甲第1ないし第4号証、第19号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(2)イ(ア)d(広告宣伝)の事実が認められる。
(オ) 請求原因(2)イ(ア)e(報道)について検討する。
甲第20号証によれば、昭和53年(1978年)から平成15年(2003年)まで、原告に関する新聞記事は、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞などの一般紙に掲載されたほか、日経流通新聞などの経済紙、化学工業日報などの業界紙に多数掲載され、それらの記事において、原告は「マクセル」又は「日立マクセル」と表示されることが多かったことが認められる。
(カ) 請求原因(2)イ(ア)f(著名商標としての取扱い)について検討する。
前記(1)イ(イ)認定のとおり、商標登録第1079986号を基本登録商標として31の防護標章が登録されている。
甲第7号証によれば、「日本有名商標集(FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN)」(財団法人日本国際知的財産保護協会(AIPPI JAPAN)、平成10年発行)に原告表示3が掲載されていることが認められ、甲第8号証によれば、特許庁電子図書館の「日本国周知・著名商標検索」に原告表示3が掲載されていることが認められる。
イ(ア) 前記(1)イ(ア)、(イ)認定の原告商品等表示の使用態様と前記ア(ア)ないし(カ)の認定事実を総合すると、原告商品等表示は、昭和50年末までには、原告及び原告の子会社の営業又は商品を表示するものとして周知かつ著名となっていたものと認めるのが相当である。
(イ) 甲第1ないし第4号証、第19号証によれば、原告商品等表示のうち原告表示1及び2は、昭和40年代の前半ころまで、原告の営業又は商品の表示として多く用いられてきたが、昭和40年代の中ごろからは、原告の営業又は商品の表示として原告表示3が多く用いられるようになったことが認められる。また、前記(1)イ(イ)認定のとおり、原告の31に及ぶ防護標章の基本登録商標は、原告表示3を登録商標とする商標登録第1079986号であり、甲第6号証によれば、原告の登録商標のうち最も数の多いのは原告表示3であることが認められ、前記ア(カ)認定のとおり、「日本有名商標集(FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN)」、特許庁電子図書館の「日本国周知・著名商標検索」には、原告表示3が掲載されている。そうすると、これらの事実によれば、原告商品等表示の中では、原告表示3が最もよく知られていることが推認される。
しかし、原告表示1は、原告表示3の称呼を片仮名で表記したものであり、原告の商号に含まれており、前記ア(オ)認定のとおり、原告に関する多くの新聞記事において原告を表示するために用いられており、また、甲第19号証によれば、原告表示3よりは少ないものの、平成10年ころまでテレビコマーシャルにおいても使用されていたことが認められる。したがって、前記(ア)記載のとおり、原告表示1も、原告の営業又は商品の表示として著名であると認められる。さらに、原告表示2は、原告表示1及び3をアルファベットの大文字で表記したものであるから、原告表示3に比べれば使用される頻度が少ないとしても、前記(ア)記載のとおり原告の営業又は商品の表示として著名であると認められる。
(3) 請求原因(2)ウ(被告の行為)の事実のうち、被告が「株式会社日本マクセル」の商号を使用していること、被告が同商号を使用して、原告の関連会社も出展していた錠前の展示会である「セキュリティーショウ2003」(平成15年3月4日から同月7日まで東京ビッグサイトにおいて開催された。)において、デモンストレーションの展示を行ったこと、被告が被告表示1をパンフレット及び被告の営業部長の名刺に付して使用し、被告表示2をドア上の表示に付して使用し、被告表示3を被告の営業部長の名刺に付して使用していることは、当事者間に争いがない。本件において、被告が、被告商品等表示以外に、原告商品等表示に類似する表示を使用していること、又は被告表示2を看板に付して使用するなど上記以外の使用態様により被告商品等表示を使用していることを認めるに足りる証拠はない。
(4) 請求原因(2)エ(類似)について検討する。
被告表示1及び2のうち、「株式会社」及び「(株)」は会社の種類を表す部分であるから識別力がなく、「日本」は国名を表す部分であって識別力が弱く、識別力が強く要部となるのは、「マクセル」という部分である。この「マクセル」という部分は、原告表示1と同一であり、原告表示2及び3と称呼が同一であるから、被告表示1及び2は、原告表示1ないし3のそれぞれと類似するものと認められる。
被告表示3のうち、「CO.,LTD.」は「company limited」すなわち株式会社を意味し、会社の種類を表す部分であるから識別力がなく、また、「JAPAN」は「日本」の意味の国名を表す部分であって識別力が弱く、識別力が強く要部となるのは、「MAXELL」という部分である。この「MAXELL」という部分は、原告表示1と称呼が同一であり、原告表示2と同一であり、また、原告表示3とは、綴りが同じで、アルファベットの大文字、小文字の違いがあるにすぎず、称呼も同一であるから、被告表示3は、原告表示1ないし3のそれぞれと類似するものと認められる。
(5) 請求原因(2)カ(不正競争)について検討する。
ア 前記(1)ないし(4)の認定によれば、被告による前記(3)記載の被告商品等表示の使用は、不正競争防止法2条1項2号の不正競争に該当するというべきである。
イ 被告は、不正競争防止法2条1項2号の要件に形式上該当しても、ダイリューション、ポリューション、フリーライドに該当しない場合は不正競争性はないとし、被告による被告商品等表示の使用は、ダイリューション、ポリューション、フリーライドに該当しないから不正競争性はない旨主張する。
しかし、甲第1ないし第4号証、第7、第8号証、第16号証、第18号証の2、3、第19号証及び弁論の全趣旨によれば、原告商品等表示は、造語であり、原告商品等表示が著名となる前から原告以外の者によってそれらと同一の表示が使用されていたことはうかがわれず、原告の表示として独自性があるものと認められ、また、原告は、優れた性能を備える商品の開発や、各種の賞を受けた独創的な広告などによって評価を受け、商品の売上高を向上させてきたものと認められ、原告商品等表示は、良い印象を備えており、顧客吸引力があるものと推認される。さらに、前掲証拠によれば、原告の製造販売する商品の需要者は一般消費者であり、原告商品等表示が著名となった昭和50年末以降も、原告の売上高は増加し、テレビコマーシャルを始めとする広告宣伝が継続して行われていることが認められ、それにより、被告が設立された平成14年11月12日の時点で、原告商品等表示は、高い著名性を備えていたものと認められ、被告は、設立時に原告商品等表示を知っていたものと推認される。そうすると、被告による被告商品等表示の使用は、ダイリューション、フリーライドに該当するというべきであって、乙第2号証(被告代表者の陳述書)のうちこの認定に反する部分は、採用することができない。
したがって、仮に、不正競争防止法2条1項2号の要件に形式上該当してもダイリューション、ポリューション、フリーライドに該当しない場合は不正競争性はないという立場に立つとしても、被告による被告商品等表示の使用は、ダイリューション、フリーライドに該当するから、不正競争に該当するというべきであり、被告の前記主張は採用することができない。
3 請求原因(3)(営業上の利益の侵害)について
前記2(5)ア記載のとおり、被告による被告商品等表示の使用は不正競争防止法2条1項2号の不正競争に該当するから、それによって原告の営業上の利益が侵害されており、今後も侵害されるおそれがあるものと推認され、本件の全証拠によっても、この推認を覆すに足りる事情は認められない。
4 これまで述べたところによれば、原告は、被告に対し、不正競争防止法2条1項2号、3条1項に基づき、その営業上の施設又は活動に「マクセル」又は「MAXELL」の文字を含む表示を使用することの差止めを求めることができるというべきである。
また、原告は、被告に対し、不正競争防止法2条1項2号、3条2項に基づき、大阪法務局平成14年11月12日受付をもってした設立登記中、「株式会社日本マクセル」の商号の抹消登記手続を求めることができるというべきである。
ところで、被告による被告商品等表示の具体的な使用態様は、前記2(3)記載のとおりであり、このような被告商品等表示の使用態様に鑑みると、原告の請求のうち、不正競争防止法3条2項に基づいて、侵害の行為を組成した物の廃棄その他侵害の停止又は予防に必要な行為として認容することができるのは、前記抹消登記手続のほか、被告商品等表示をドア上の表示、パンフレット及び名刺から抹消することにとどまるというべきであり、それ以外の表示の抹消請求や、看板その他の営業を表示する物件からの抹消請求は、本件における同法3条2項に基づく請求としては理由がないというべきである。
5 よって、原告の本訴請求は、主文第1ないし第3項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文、61条を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 小 松 一 雄
裁判官 中 平 健
裁判官 大 濱 寿 美