◆H16. 4.23 東京地裁 平成15(ワ)9215 特許権 民事訴訟事件
平成15年(ワ)第9215号 特許権に基づく侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成15年12月22日)
判 決
原 告 株式会社プラネット
同代理人弁護士 土釜惟次
同 佐々木良行
同補佐人弁理士 阿部美次郎
被 告 株式会社並木製作所
同代理人弁護士 保田眞紀子
同 吉武賢次
同 宮嶋学
同補佐人弁理士 勝沼宏仁
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載の物件を製造,販売してはならない。
2 被告は,前項記載の物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,4536万円及びこれに対する平成15年5月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 本件は,ネックレスの止め具及び紐止め装置の発明に係る特許権(後掲「本件特許権」)を有する原告が,被告が製造販売している製品は当該特許発明(請求項1及び3)の技術的範囲に属すると主張し,特許法100条に基づき被告製品の製造・販売の差止めを求めるとともに,同法102条2項に基づき損害賠償を求めている事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定される事実。ただし,当事者間に争いのない事実であっても参照の便宜のために証拠を掲げたものもある。)
(1) 原告の有する特許権(以下「本件特許権」という。)(甲1,2)
特許番号 第3367651号
登 録 日 平成14年11月8日
出願番号 特願平11−285995号
分割の表示 特願平11−192395号の分割
出 願 日 平成11年10月6日
原出願 平成10年8月10日
発明の名称 止め具及び紐止め装置
(2) 本件特許権の特許請求の範囲の記載
本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)の「特許請求の範囲」のうち【請求項1】ないし【請求項3】の記載は次のとおりである(以下,請求項1ないし3に記載された各発明を「本件特許発明1」ないし「同3」といい,本件特許発明1及び本件特許発明3を併せて,単に「本件特許発明」ということがある。)
【請求項1】
「外殻体と,弾性体とを含む止め具であって,前記外殻体は,孔と,中空部とを有し,前記孔は,前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,前記中空部は,内壁面が球面状であり,前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部に内蔵されており,前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,前記通孔部は前記孔に通じている止め具。」
【請求項2】
「請求項1に記載された止め具であって,前記外殻体は,前記孔が2個であり,前記孔のそれぞれは互いに対向する位置に備えられている止め具」
【請求項3】「止め具と,紐部材とを含む紐止め装置であって,前記止め具は,請求項1または2の何れかに記載されたものであり,前記紐部材は,前記止め具の前記外殻体の前記孔及び前記弾性体の前記通孔部を貫通し,前記弾性体によって弾性的に保持される紐止め装置。」
3 本件特許発明1及び本件特許発明3を,それぞれ構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
(1) 本件特許発明1について(以下「構成要件1−A」などという。)
本件特許発明1は,
「1−A 外殻体と,弾性体とを含む止め具であって,
1−B 前記外殻体は,
@ 孔と,中空部とを有し,
A 前記孔は,前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,
B 前記中空部は,内壁面が球面状であり,
1−C 前記弾性体は,
@ 通孔部を有し,前記中空部に内蔵されており,
A 前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,
B 前記通孔部は前記孔に通じている
1−D 止め具。」
と分説される。
(2) 本件特許発明3について(以下「構成要件2−A」などという。)
「2−A 止め具と,紐部材とを含む紐止め装置であって,
2−B 前記止め具は,請求項1または2の何れかに記載されたものであり,
2−C 前記紐部材は,前記止め具の前記外殻体の前記孔及び前記弾性体の前記通孔部を貫通し,前記弾性体によって弾性的に保持される
2−D 紐止め装置。」
と分説される。
4 被告の行為等
(1) 被告は,業として別紙「物件目録」記載の装身具(以下「被告製品」という。)を製造,販売している。
(2) 被告製品の全体図は別紙「装飾チェーン止め装置の全体図」のとおりであり,デザインパーツ1と装飾チェーン6からなる装身具である(検甲1)。
デザインパーツ1は球形状の殻体と弾性材とを含み,殻体は孔と中空部を有しており,当該中空部の内壁面が球面状であり,孔は殻体の外部から内部へ通じていること,また,装飾チェーン6はデザインパーツ1の外殻体を貫通していることについては,当事者間に争いがなく,被告製品の構成は,本件特許発明における構成要件1−A,1−B,1−D,2−A,2−Dを充足する。
5 本件特許発明の作用効果等
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,本件特許発明の作用効果等につき,次の記載がある。
(1) 段落【0008】(本件明細書3欄33行ないし41行)
「本発明に係る止め具は,弾性体を有しており,弾性体は,通孔部を有し,中空部の内部に内蔵される。弾性体の通孔部は,外殻体に設けられた孔に通じている。従って,外殻体の孔を通して,外殻体の内部に導入された紐を,弾性体の通孔部に導くことができる。この場合,紐の内径と,弾性体の通孔部の内径とを適当に選定することにより,弾性体の弾力性を利用して,通孔部を通る紐に摩擦抵抗を生じさせ,紐を任意の長さに係留することができる。」
(2) 段落【0045】【発明の効果】
「以上述べたように,本発明によれば,次のような効果を得ることができる。
(a)紐部材を容易に係留できる止め具を提供することができる。
(b)本発明に係る止め具を組み合わせた紐止め装置,例えば,装飾品を提供することができる。」
6 本件特許発明が特許された経緯について
本件特許権は,次のような経緯を経て設定登録された(甲1,2,8ないし10,乙3ないし5,弁論の全趣旨)。
平成10年8月10日 特願平10−226355号の出願(以下「親出願」という。)
平成11年7月6日 親出願に係る手続補正書(甲8)の提出
親出願の分割出願(以下「原分割出願」という。)(特願平11−192395号。乙3)
平成11年8月4日 親出願の特許査定(起案日)(甲9)
平成11年8月27日 親出願の登録(特許第2971453号)
平成11年10月6日 原分割出願の分割出願(以下「本件分割出願」という。)(特願平11−285995号。乙4)
平成12年9月29日 原分割出願の登録(特許第3114868号。以下,ここで登録された発明を「原出願特許発明」という。)
平成13年7月2日 原出願特許発明について特許無効の審判請求
(無効2001−35288号。甲11参照)
平成13年12月13日 原出願特許発明についての特許無効審判請求は成り立たないとの審決(@。甲11)
平成14年2月7日 本件分割出願に係る手続補正書(甲10)の提出
平成14年3月8日 本件分割出願に対する拒絶理由通知(A)
平成14年4月9日 手続補正書及びAに対する意見書提出(乙5)
平成14年9月20日 上記審決(@)に対する審決取消請求に対し,請求棄却の判決(甲12)
平成14年11月8日 本件特許権の登録(甲1,2)
第3 争点
1 争点1 被告製品の構成について
2 争点2 構成要件1−Cの充足性について
(1) 1−C−Aの「弾性体は,外周が円形状」に該当するか
(2) 1−C−Aの「弾性体は,‥‥‥その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,‥‥‥圧接によってのみ前記内壁面によって支持されて」いるといえるか
3 争点3
分割手続違反を前提としない特許法29条2項違反の特許無効を理由とする権利濫用の抗弁
4 争点4
(1) 分割手続違反を前提とした特許無効を理由とする権利濫用の抗弁
ア 特許法29条1項1号違反の特許無効
イ 特許法29条1項2号違反の特許無効
ウ 特許法29条1項3号違反の特許無効
エ 特許法29条の2違反の特許無効
(2) 分割手続違反を前提とした先使用の抗弁
5 争点5 原告の損害額
第4 当事者の主張
1 争点1(被告製品の構成)について
(原告の主張)
(1) 被告製品の構成は,別紙「原告主張物件説明書」のとおりである。
(2) 弾性材1dは,通孔部1gを有し,外周が円形状の部材であって,殻体1cの中空部に内蔵され,その円形状外周面が殻体1cの球面状内壁面に圧接している。通孔部1gは,孔1aに通じている。
(3) 装飾チェーン6は,弾性材1dの通孔部1gに弾性的に係留されている。
(被告の主張)
(1) 被告製品の図面は,別紙「被告説明図面」のとおりである(符号の説明は,別紙「原告主張物件説明書」と同じ。)。
(2) 弾性材1dについての原告の説明は,本件特許発明の「弾性体」に関する請求項の文言をそのまま用いて被告製品を特定しようとするものであって,不当である。
(3) 装飾チェーン6は,弾性材1dの通孔部1gに弾性的に係留されているのではなく,弾性材1dの内縁部1fによって係留されている。
2 争点2(構成要件1−Cの充足性)について
(原告の主張)
(1) 1−C−Aの「弾性体は,外周が円形状」に該当するかについて
ア 被告製品の弾性材は,「中空球形状」であり,殻体から取り出した状態で,中心部が空洞の円柱状(筒状)である。
したがって,被告製品の弾性材は,外周が円形状といえる。
イ(ア) 被告は,本件特許権の技術的範囲を解釈する際には,原分割出願の出願当初の願書に添付された明細書(以下「原出願明細書」という。)に記載されていない発明を含まないように解釈すべきである,つまり,平成14年法律第24号による改正前の特許法44条1項(以下,特許法44条1項については,特に断らない限り,平成14年法律第24号による改正前の特許法44条1項を指す。)に定める要件を満たすように解釈すべきである旨を主張するが,原出願明細書の記載を参酌することができるのは,特許法44条1項の分割要件の判断に限られるというべきであって,本件特許権の技術的範囲の解釈は,本件分割出願の願書に添付した本件特許発明の明細書における特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきである。
被告の主張は,特許発明の技術的範囲の解釈に,分割要件の判断基準を持ち込むもので許されない。
(イ) 仮に,本件特許発明の技術的範囲の解釈にあたって,原出願明細書を参酌することが許されるとしても,本件特許発明における「弾性体」の解釈については,原分割出願のもとになっている親出願の当初願書に添付した明細書(以下「親出願明細書」という。)及び図面を基準にすべきである(このように解することが,出願日まで遡る遡及効を認める分割出願制度の趣旨にも適合する。)。
すなわち,本件特許発明の出願当時,既に親出願が特許査定されていたため,親出願に係る発明を補正することができず,親出願の分割をすることは手続上不可能であった。そのため,本件特許発明は原分割出願を分割出願したものであって,形式的には原分割出願を分割出願した発明であるが,実質的にみれば,親出願を分割出願した発明といえる。したがって,本件特許発明の構成要件を解釈する際には,原出願明細書ではなく,親出願明細書及びその図面を参酌すべきである。
そうすると,親出願明細書には,「発明の実施の形態」の欄の段落【0012】に一例として,Oリング状の弾性体が記載されているにすぎず,弾性体をOリング状のものに限定する記載はないから,本件特許発明において,弾性体をOリング状部材に限定して解釈すべき理由はない。
(2) 1−C−Aの「弾性体は,‥‥‥その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,‥‥‥圧接によってのみ前記内壁面によって支持されて」いるといえるかについて
被告製品の弾性材は,その外周面が中空部の球面状の内壁面に面で圧接し,外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持されている。
(3) 以上から被告製品は,構成要件1−Cをすべて充足する。
(被告の主張)
(1) 1−C−Aの「弾性体は,外周が円形状」であるか否かについて
ア(ア) 本件特許発明は,原分割出願から分割されたものであるが,分割出願とは,2つ以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願とすることであるから,本件特許発明は,原出願明細書に開示されている発明の1つであるはずであり,原出願明細書に開示されていないものは分割出願による発明たり得ない。
原出願明細書(乙3)の【請求項1】には,「Oリング状部材である弾性体」に係る発明であることが開示されているほか,同明細書の発明の詳細な説明の段落【0007】,段落【0008】及び段落【0012】には「弾性体」が開示され,いずれも「Oリング状」のものであることが記されている。また,段落【0010】には「Oリング状」との記載はないが,段落【0010】を受けた段落【0011】には,「止め具において,Oリング状部材でなる弾性体を用いている」との記載があること,段落【0008】,段落【0011】,段落【0012】の記載からは,原出願明細書に開示されている作用効果は,弾性体がOリング状部材でなることで奏されていることが明らかであることから,同明細書における発明の詳細な説明において開示されている弾性体は,Oリング状部材でなるものであるといえる。
そして,本件分割出願が,特許法44条1項の分割要件を満たしていることを前提とするならば,本件特許発明の技術的範囲を解釈する際には,原出願明細書に記載されていない発明を含まないように解釈すべきである。
そうすると,構成要件1−C−A「弾性体は,外周が円形状」との記載は,原出願明細書に記載されている「Oリング状」部材を指すものと解される。そして,「Oリング」とは,「機械用語辞典」(株式会社コロナ社昭和47年発行。乙6)によれば,一般に「漏止めに用いられる円形断面の環状パッキング」を指すことから,「Oリング状」とは,「円形断面の環状パッキングの形状」及びこれと類似する形状に係るものと解すべきであって,具体的には原出願明細書の図1に示される中心部に通孔部を有する円盤状のものと理解すべきである。
したがって,構成要件1−C−Aの「弾性体」に,「筒状」及び「中空球形状」の弾性体は含まれないと解釈すべきである。
(イ) 被告製品についてみると,被告製品に使用されている弾性材は,「中空球形状」であり,通孔部方向の厚さが厚いので,少なくともOリング状とはいえない。したがって,被告製品の構成は,本件特許発明1の構成要件1−C−A「弾性体は,外周が円形状」との要件を充足しない。
イ なお,原告は,実質的にみれば,原出願明細書よりも親出願明細書を参酌することが分割出願制度に適合する旨主張する。
しかし,親出願に係る発明から,分割出願(原分割出願)した際に分割しなかった発明について,原分割出願に係る発明を分割出願(本件分割出願)した際に復活することを認めるのは,親出願に対する補正の制限を潜脱することを認めることと同じであるから,原告の主張のように解釈することはできない。
(2) 構成要件1−C−A「弾性体は,‥‥‥その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,‥‥‥圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,」の「圧接」するか否かについて
乙10の1ないし18,乙11の写真から,被告製品において,外殻体と弾性材との間に空隙があることは明らかであり,両者は全面で圧着していない。
3 争点3(分割手続違反を前提としない特許法29条2項違反の特許無効を理由とする権利濫用の抗弁)について
(被告の主張)
(1) 本件特許の出願日(平成10年8月10日)前の公知文献である登録実用新案第3042071号公報(乙7・以下「文献1」という。)には,本件特許発明における「前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,」という構成以外の構成をすべて具備した止め具が開示されている。
そして,実公昭61−24087号公報(乙8・以下「文献2」という。)には,その考案の詳細な説明の記載並びに第1図及び第3図から明らかなとおり,外殻体(飾玉)の筒状の中空部に筒状の弾性体を押入することで,弾性体の外周面と外殻体の中空部の内壁面との圧接によってのみ弾性体が支持される飾玉が開示されており,この弾性体の通孔部より若干太い化粧鎖を挿通し,飾玉を強制移動することを可能にしつつ,弾性体の弾性力で飾玉を同じ位置に停止した状態を維持できる発明が開示されている。
上記の文献1及び文献2に開示される発明は,ネックレス等の装身具に関するものであり,中空部を有する球体に内蔵される弾性体の弾性力で,これを貫通する紐上の同じ位置に球体を保持するものであって,この2つを組み合わせることは容易であり,本件特許発明の弾性体を筒状のもの,あるいは,筒状の弾性体が内壁面からの圧力によって変形した中空形状に変えた止め具及び紐止め装置を容易に想到できる。
さらに,実開昭59−97606号公報(乙9・以下「文献3」という。)には,管状の弾性体を外殻体の中空部に内蔵した止め具が開示されている。
(2) 本件特許発明1は,上記文献1ないし文献3を組み合わせることで,容易に想到できたものであるから進歩性を欠き,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号(以下,特に断らない限り,同項1号ないし3号については,平成11年法律第41号による改正前の条文を指す。),特許法29条2項に違反して特許されたもので,無効であることは明らかである。
なお,本件特許発明3の構成については,上記各文献から明らかに公知である。
(原告の主張)
被告は,原出願特許発明について,特許無効審判を請求し,この無効審判請求事件において,文献1ないし3を含む文献が検討されたが,原出願特許発明における「弾性体の外周が中空部の球面状の内壁面に圧接している」という構成が,上記文献に記載された技術との相違点として審理され,その結果,上記構成の点において,進歩性がある旨評価され,上記審判請求は成り立たない旨の審決(甲11)がなされた。また,同審決の取消訴訟も提起されたが,同取消訴訟の判決においても,「圧接される弾性体の形状と中空部内壁面の形状とは密接不可分の関係にあり,これらの形状と圧接した構成とを独立した技術とみることはできない。」旨判示され,上記審決の結論は維持されている(甲12)。
したがって,本件特許発明1の構成要件1−C−A「前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,」との構成を解釈する際にも,圧接される弾性体の形状と中空部内壁面の形状とは密接不可分の関係にあり,これら形状と圧接構成とを独立した技術とみることはできないことは明らかである。
一方,文献1ないし3には,圧接される弾性体の形状と,中空部内壁面の球面形状とがそれぞれ独立に記載されているだけで,両者が密接不可分の関係にあることについては記載がない。
上記によれば,文献1ないし3の組合せにより,構成要件1−C−Aの構成を容易に推考することはできない。
4 争点4−(1)分割手続違反を前提とした特許無効を理由とする権利濫用の抗弁
(被告の主張)
(1)ア 本件分割出願が,原分割出願の分割として適法なものであり,出願日の遡及効が認められるためには,本件分割出願に係る発明が原出願明細書に記載されている必要がある。
イ 原出願明細書における弾性体の形状に係る記載についてみると,「Oリング状の弾性体」に係る発明しか記載されていないところ,本件特許発明1においては,「通孔部を有し,」及び「外周が円形状であって通孔部を有する弾性体」と記載されている(本件特許発明3は,本件特許発明1を前提とするので,以下の被告の主張では,本件特許発明3については特に言及しない。)。
本件特許発明1における「外周が円形状であって通孔部を有する弾性体」が,原分割出願における「Oリング状の弾性体」より広い概念であることは明らかであるから,本件特許発明1における弾性体は,原出願明細書に記載されていない弾性体を含むものである。
したがって,本件特許発明1は,原出願明細書に記載されていない発明を含むことになり,本件分割出願は特許法44条1項に規定する分割要件を満たさないものである。
(2) 上記(1)のとおり,本件分割出願が分割要件を満たさないから,本件特許発明の出願日は,原分割出願の日である平成10年8月10日(原分割出願は親出願からの分割出願であるため親出願の日)まで遡及せず,本件分割出願日である平成11年10月6日となることから,本件特許権には次のとおり明らかな無効理由があり,明らかな無効理由を有する特許権に基づいた原告の請求は,いずれも権利の濫用として許されない。
ア 特許法29条1項1号違反
親出願は,平成11年8月27日に設定登録されていることから,本件特許出願日には,親出願明細書,図面等に記載された発明は,公然知られていた。
すなわち,親出願明細書の特許請求の範囲には,本件特許発明1の「前記中空部は,内壁面が球面状であり,」,「前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,」との構成を除き,本件特許発明1及び本件特許発明3の構成はすべて開示されている(本件特許発明1の構成は,親出願の特許請求の範囲【請求項1】に,本件特許発明3の構成は,同【請求項5】に開示されている。)。
そして,本件特許発明1における「前記中空部は,内壁面が球面状であり,」との構成は,親出願明細書の段落【0011】「外殻体10は球体状である。」との記載及び親出願の【図1】に開示されている。
また,本件特許発明1における「前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,」との構成は,親出願の【図1】に開示されている。
以上より,本件特許発明1及び同3は,特許法29条1項1号の規定に違反して特許されたものであり,無効である。
イ 特許法29条1項2号違反
被告は,本件分割出願日より前に,被告製品を公然販売していた。すなわち,被告製品は,被告が有する特許第3134224号(出願日:平成11年3月2日。乙13の1及び2)及び登録実用新案第3063164号(出願日:平成11年4月16日。乙14の1及び2)をそのまま実施したものであり,本件分割出願日である平成11年10月6日の約半年前には製品として完成していた。
したがって,仮に被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するというのであれば,本件特許発明は,特許法29条1項2号の規定に違反して特許されたものであり,無効である。
ウ 特許法29条1項3号違反
(ア) 第3060636号登録実用新案公報(乙28)は,本件特許出願前の平成11年9月7日に発行された刊行物であるところ,本件特許発明1及び同3の構成について,すべて開示されている。
したがって,本件特許発明は,特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたものであり,無効である。
(イ) 親出願は,平成11年8月27日に設定登録されている(特許第2971453号)ところ,親出願明細書(甲7)及びその図面等は,本件分割出願前に発行された刊行物であり,公然知られていたものである。
本件特許発明1及び同3の構成は,すべて親出願明細書等に記載されているものであるから,本件特許発明は,特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたものであり,無効である。
(ウ) 被告は,被告製品に係るデザインパーツの実用新案を出願し(実願平11−3657号),平成11年8月4日,実用新案登録第3063164号(乙14の1及び2)として,実用新案権の設定登録を受けている。
仮に,被告製品が,本件特許発明1及び同3の技術的範囲に属するというのであれば,本件特許発明1及び3は,実願平11−3657号の出願書類に記載された発明といえる。
したがって,本件特許発明は,特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたものであり,無効である。
エ 平成14年法律第24号改正前の特許法29条の2(以下,特に断らない限り,同条については,平成11年法律第41号による改正前の条文を指す。)違反
本件特許発明1及び同3は,その出願前に出願された特願平11−61178(特開2000−139528・乙29)の当初明細書等にすべて記載されているところ,当該特願平11−61178は,本件特許の出願後に公開され,しかも,その発明者は,本件特許の発明者と同一でなく,また,本件特許の出願時において,特願平11−61178の出願人が同一でもない。
したがって,本件特許発明は,特許法29条の2の規定に違反して特許されたものであり,無効である。
(原告の主張)
(1) 適法な分割出願の要件は,@原出願に係る明細書又は図面の記載において,二以上の発明が包含されていて,分割出願に係る発明が,上述した二以上の発明の一部であること,A分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明の構成とが同一でないことである。
したがって,本件においても,分割要件を満たすか否かは,原分割出願が2つ以上の発明を包含しているか否かによるのであって,本件特許発明の構成において,原出願明細書の特許請求の範囲に記載されている発明の構成要件を備えている必要はない。本件においては,親出願,原分割出願及び本件分割出願の一連の出願及びそれらの特許査定の結果から,親出願明細書及び図面,又はこれを引き継ぐ原出願明細書及び図面において,「弾性体が複数個」であることを内容とする発明,「弾性体がOリング状部材」であることを内容とする発明,及び,「弾性体は外周が円形状」であることを内容とする発明の3つの発明が包含されていた。そして,このうち,本件特許発明1は「弾性体は,外周が円形状」である構成を特許請求の範囲としたものであり,「弾性体は,外周が円形状」である構成は,「その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接」する構成と一体不可分の関係で結びつき,原分割出願における「弾性体がOリング状部材」であることとは別の発明を構成するものである(本件分割出願に係る本件特許発明と原分割出願に係る原出願特許発明とは同一でない)。
したがって,本件分割出願について,特許法44条1項の分割要件を満たすことは明らかである。
(2) 上記(1)に記載のとおり,本件分割出願が特許法44条1項の分割要件を満たしていることは明らかであり,これを満たしていないことを前提とした特許無効を理由とする権利濫用の抗弁は,いずれも失当である。
5 争点4−(2)(分割手続違反を前提とした先使用の抗弁)について
(被告の主張)
前記4のとおり,本件分割出願が特許法44条1項の分割要件を満たさない場合,出願日が親出願の日である平成10年8月10日には遡及せず,本件分割出願の実際の出願日(本件分割出願日)である平成11年10月6日となることから,前記4「被告の主張」の(2)イに記載のとおり,被告は,本件分割出願日前に,被告製品を製造,販売をしているため,先使用による通常実施権を有する。
(原告の主張)
前記4「原告の主張」に記載のとおり,本件分割出願は特許法44条1項に規定する分割要件を満たしていることは明らかであり,これを満たしていないことを前提とする被告の主張は失当である。
6 争点5(原告の損害額)について
(原告の主張)
(1) 被告は,遅くとも平成14年11月8日から平成15年4月25日までの間に,単価900円で,少なくとも10万800個の被告製品を製造販売した(1日当たり600個の売上げで168日間。)。
(2) 被告の利益率は50%と推定され,被告は,被告製品の製造販売により少なくとも4536万円の利益を得たというべきである(900円×10万800個×0.5=4536万円)。
(3) したがって,特許法102条2項により,原告は,上記被告が得た利益である上記金額と同額の損害を被ったものと推定される。
(被告の主張)
原告の主張はすべて争う。
第5 当裁判所の判断
1 争点1(被告製品の構成)について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告製品の止め具部分(デザインパーツ)の製造方法(乙12,検乙1,検乙2の1及び2)
被告製品の止め具部分(デザインパーツ)は,別紙「被告製品の製造方法」の図1に示すとおり,管状になった金属性パイプ2の中に,同じく管状の弾性材チューブ3を一体に嵌合した素材4を,同別紙の図2に示すように,軸周りに間欠的に回転させながら軸方向に間欠的に移動させる間に,この移動方向の後方側から前方側に行くに従って,順次殻体1cの形状に近づくように,複数の凹型51,52,53,54を形成した一対の金型5,5により間欠的にプレスして,殻体1cの中に,中空の弾性材1dを有するデザインパーツ1を連接して形成し,乙12に添付された写真番号4及び5に示されるとおり,球状の外殻体が連接したものが形成され,乙12に添付された写真番号6のとおり,この連接して形成されたデザインパーツ1の連接部分を,ハサミなどで順次切り離して製造するものである。
イ 被告製品に使用されている金属性パイプの外径は5.0o,内径は4.4o,肉厚は0.3oであり,弾性材チューブ(樹脂製パイプ)の外径は4.0oであり,金属製パイプと弾性材チューブを金属製パイプに挿入した状態は,内径,外径の差によるわずかな間隙がある。
(2)ア 上記のような被告製品の製造方法及びその材料にかんがみると,金属製パイプが順次プレスされて球状の外殻体を形作っていくものであるから,外殻体と外殻体の間における,対向する位置に備えられることになる孔部分においては,金属性パイプ中に挿入された弾性材チューブもその圧力で収縮し,外殻体の両孔側付近では,必然的に,弾性材の外周面の一部は,外殻体の内壁面に圧接することになる。そして,外殻体の内壁面が球面状であることから,弾性材チューブは,外殻体の両側の孔部分において収縮し,この収縮した分が,外殻体の中空部における最も径の大きい中央部分に向かって中空部から外殻体方向に膨らみ,弓なりになることは明らかである。そして,弾性材チューブの中空部における膨らみの程度(弓なりの程度)によっては,弾性材チューブの外周面全面が,外殻体の内壁面に圧接することもあり得なくはないが,この点は,金属製パイプのプレスの程度や弾性体の弾性力等によって異なるものであるから,本件各証拠からは明らかでなく,弾性材チューブの外周面全面が,外殻体の内壁面に圧接するとまでは認められない。
イ この点,原告は,被告製品のデザインパーツ部分を,注型用高透明エポキシ樹脂「デブコンET」の主剤約20グラムをアクリル容器内に入れ,同補助剤約10グラムを添加し,混ぜ合わせたものの中に入れ,硬化した後,糸のこを用いて切断し,殻体及び弾性材の切断面を撮った写真甲5の9及び10,甲19,20,検甲2の1及び2などを提出しており,なるほど,これらによると,弾性材チューブの外周面全面が,外殻体の内壁面に圧接しているように見える。
しかし,他方,被告製品の構造を示すために被告から提出されたデザインパーツ部分の一部を切断した写真乙10の9,10の10,10の15,10の16,11の写真番号5番などをみると,弾性材チューブの外周面全体が,外殻体の内壁面にすべて圧接しているとはいえず,これらを排斥する合理的な理由は本件証拠を精査しても認められないから,これらを総合すると,被告製品が原告の主張する構成を有しているとまでは認められない(なお,原告は,原告第3準備書面1頁以下で,乙10における写真の信用性について縷々述べるが,いずれも上記認定を左右するものではない。)。
ウ したがって,被告製品の構成は,別紙「被告説明図面」の【図6】のとおり,少なくとも弾性材チューブの外周面の一部分(外殻体の孔周囲部分)においては外殻体の球面状の内壁面に圧接することが認められるものの,弾性材チューブの外周面全面が外殻体の内壁面に圧接するとまでは認められない。
2 争点2について
(1) 被告製品は,1−C−Aの「弾性体は,外周が円形状」を充足するか否か
ア 上記1で述べたとおり,もともと被告製品で用いられる弾性材チューブは管状のものであり,これが外側の金属製パイプがプレスされることによって止め具の形状である球状の物が連なった形となり,これが順次切り離されて球状の止め具となるのであるから,被告製品における止め具に内在する弾性材は,甲6の3ないし8,乙10の7,10の8の各写真に見られるように,円筒状(円柱状)のものである。
イ ところで,本件特許権1は,原分割出願からの分割出願によるものであるから,本件特許発明1の構成を解釈する際には,原出願明細書に記載されていない事項を含むような解釈は許されない。
すなわち,そもそも,特許出願の分割については,特許法44条1項に,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限り,2以上の発明を包含する特許出願の一部を1又は2以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定されているが,この分割出願が適法と認められるためには,もとの出願が特許庁に係属し,かつ,もとの出願が2以上の発明を含むものでなければならず,2つ以上の発明を含むということは,単に特許請求の範囲に含まれている場合だけではなく,明細書に2以上の発明が含まれていればよいと解されていること,また,分割出願は,補正をなし得る期間内に出願されることが必要であること(特許法44条1項),さらに,分割出願はもとの特許出願の時にしたものとみなされ(同条2項),新規性・進歩性の判断等については分割出願の基になった特許出願時を基準とすることになることなどにかんがみると,出願の分割は補正(特許法17条)と類似した機能を持つものであるといえるから,分割出願をすることができる範囲についても,もとの出願について補正をすることが可能である範囲に限られるものと解すべきであって(補正の要件を欠く場合にも出願の分割をなし得るとすれば,実質的には分割手続により補正の要件を潜脱することを許すことになり,不合理である。),分割出願の明細書又は図面に,原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲外のものを含まないように解するのが相当である。
そうすると,本件特許発明1における「弾性材」についても,原出願明細書又は図面に記載されているもの以外は,含まれないものと解すべきである(そのように限定して解せないのであれば,本件特許権1は分割出願の要件に違反して出願されたものとして,出願日遡及の効果を生じないこととなる。)。
ウ そこで,検討するに,原出願明細書(乙3)及び図面には,次のとおり記載されている。
(ア) 特許請求の範囲
(なお,原出願明細書は,その後の補正され,原分割出願に係る発明は,以下の請求項の記載とは異なる記載により登録されている。乙1添付の特許公報〔特許第3114868号〕参照)
【請求項1】
「外殻体と,弾性体とを含む止め具であって,前記外殻体は,孔と,中空部とを有し,前記孔は,前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,前記弾性体は,通孔部を有するOリング状部材であって,前記中空部の内部に内蔵され,その外周が前記中空部の内壁面に圧接しており,前記通孔部は,前記孔に通じている止め具。」
【請求項2】
「請求項1に記載された止め具であって,前記Oリング状部材でなる弾性体は,前記外殻体の内部に導入する前,その外径が前記外殻体の前記中空部の内径よりも大きい止め具。」
【請求項3】
「請求項1または2の何れかに記載された止め具であって,前記弾性体は,前記外殻体の前記孔を通して,前記中空部内に導入可能である止め具。」
【請求項4】
「請求項1乃至3の何れかに記載された止め具であって,前記弾性体は,複数個であり,それぞれは,前記中空部内で積層されている止め具。」
【請求項6】
「請求項1乃至5の何れかに記載された止め具であって,前記弾性体は,前記通孔部の内径が前記外殻体の前記孔の直径より小さい止め具。」
【請求項7】
「止め具と,紐部材とを含む紐止め装置であって,前記止め具は,請求項1乃至6の何れかに記載されたものであり,前記紐部材は,前記止め具の前記外殻体を貫通し,前記弾性体によって弾性的に保持される紐止め装置。」
(イ) 発明の詳細な説明における記載
a 段落【0007】【発明を解決するための手段】
「‥‥‥前記弾性体は,通孔部を有するOリング状であって,前記中空部の内部に内蔵され,その外周が前記中空部の内壁面に圧接している。」
b 段落【0008】「‥‥‥弾性体はOリング状部材でなるから,‥‥‥」
c 段落【0010】
「‥‥‥弾性体は通孔部を有し,中空部に内蔵されている。弾性体の通孔部は,外殻体に設けられた孔に通じている。」
d 段落【0011】
「しかも,止め具において,Oリング状部材でなる弾性体を用いているから,‥‥‥」
e 段落【0012】
「‥‥‥本発明に係る止め具では,Oリング状部材でなる弾性体が用いられているから,弾性体として,市販のOリングの中から選択使用できる。」
(ウ) その他
【発明の実施の形態】における段落【0015】において,「弾性体21は,通孔部22を有し,中空部13に内蔵されており,通孔部22は,孔15,16に通じている。弾性体21の通孔部22の内径D2は,外殻体10の孔15あるいは16の内径D1よりも小さい。弾性体21は,ゴム,シリコンゴム等によって構成することができる。弾性体21は,通孔部22を有するOリング状部材でなる。」と記載されているほか,弾性体の形状について,「Oリング状」のものという以外に特に記載はない。
(エ) また,原分割出願の願書に添付された【図1】ないし【図9】,【図16】ないし【図19】に表れた「弾性体」の形状については,Oリング状のもののほか,断面が円形状ではなく四角形であり,環状になったいわゆる円盤状のもの,あるいは,Oリング状のものか円盤状のものを複数結合した状態で球形状になっているもの以外は示されていない。
エ さらに,乙6(「機械用語辞典」株式会社コロナ社昭和47年9月30日初版発行)には,「Oリング」の意味について,「漏止めに用いられる円形断面の環状パッキングをいう。ゴム製であって,みぞにはめ込んで用いる。」と記載されている。このことからすると,原出願明細書に記載された「Oリング状の弾性体」も,上記によれば,「円形断面の環状パッキングの形状,又はこれと類似の形状」をした弾性体と解するのが相当である。
オ 上記イないしエからすると,原出願明細書及び図面に記載された弾性体は,「円形断面の環状パッキングの形状及びこれと類似する形状に係るもの」,あるいは「円盤状」のものに限られると解される(なお,原分割出願に係る発明について,原告が被告に対して提起した侵害訴訟(東京地方裁判所平成12年(ワ)第27714号特許権に基づく製造販売禁止等請求事件判決〔乙1〕及び東京高等裁判所平成14年(ネ)第1089号特許権に基づく製造販売禁止等請求控訴事件判決〔乙2〕)においても,原出願明細書の【請求項1】における弾性体の解釈については,「円形断面の環状パッキングの形状及びこれと類似する形状に係るもの」と判断されている。)。そうすると,本件特許発明1の構成要件1−C−Aにおける「弾性体は,外周が円形状」との記載も,弾性体の外周が円形状のもののうち,「円形断面の環状パッキングの形状及びこれと類似する形状に係るもの」あるいは,「円盤状」のものに限定して解釈すべきである(仮に,これ以外で,「外周が円形状」を満たす,円筒状や,円錐状といった形状の弾性体も含むとすれば,本件特許発明1においては,原出願明細書や図面に記載のない弾性体を含むことになり,新規事項の追加として,特許法44条1項の分割手続要件を満たさないことになる。)。
他方,被告製品における弾性体は,上記アに記載のとおり,円筒状のものである。
したがって,被告製品は,本件特許発明1の構成要件1−C−Aの「弾性体は,外周が円形状」を充足しないというべきである。
カ 上記の点に関し,原告は,被告製品が,本件特許発明1を文言上充足するか否かの判断に当たっては,本件明細書に記載された特許請求の範囲に記載された文言(本件特許発明1においては本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載された文言)と対比すべきであり,原出願明細書に記載されているか否かは,本件分割出願が分割手続要件を満たすか否かの判断の際にのみ必要な事項である旨主張する。
しかしながら,特許請求の範囲の文言が概括的ないし多義的なものであって,これを一定の意味のものに限定して解釈する余地がある場合には,明細書の他の部分の記載のほか,出願経過を参酌し,出願人及び審査官の合理的な意思を斟酌して特許請求の範囲の文言の意味を確定することは合理的なことである。本件についても,本件特許権が分割出願として出願され,特許査定されたものである以上,特許法の規定する分割出願の要件を満たすものとして,特許請求の範囲を確定することは,合理的な手法であり,何ら問題のあることではない。原告の主張は採用できない。
また,原告は,本件特許発明について,本件分割出願時に,既に親出願が特許されており,親出願からの分割をなし得なかったために手続上,原分割出願から分割したものであること,出願日の遡及効は親出願まで遡及するから,本件特許発明の解釈にあたっては,親出願明細書を参照すべきである旨も主張している。
しかし,原告のように解することは,特許登録後において,「特許請求範囲の減縮,誤記又は翻訳の訂正,明瞭でない記載の釈明」などの要件を満たす場合に限って訂正することができるとする特許法126条の規定を潜脱することを容認するものであって妥当でない。本来,特許登録後であれば,同条の要件を満たす場合に限り,願書に添付した明細書又は図面を訂正することができるにすぎないにもかかわらず,親出願が分割出願され,原分割出願が特許庁に係属中であったことから,親出願が特許された後に,本来訂正手続としては許されない内容の訂正を,分割出願によってなし得ると解することは,手続相互の間での矛盾を来すことになり,採用できないものである。原告の上記主張も,また,採用できない。
(2) 1−C−Aの「弾性体は,‥‥‥その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,‥‥‥圧接によってのみ前記内壁面によって支持されて」いるといえるか
ア(ア) 本件分割出願において,本件特許発明1は,当初,その明細書の特許請求の範囲に,次のとおり記載されていた(乙4)。
【請求項1】「外殻体と,弾性体と,紐止めとを含む止め具であって,前記外殻体は,孔と,中空部とを有し,前記孔は,少なくとも2個であり,前記孔のそれぞれは前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,前記中空部は,内面が球形状であり,前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部の内部に内蔵され,その外周が前記中空部の内壁面に圧接しており,前記通孔部は,前記孔に通じており,前記紐止めは,前記外殻体の外面に突設されている止め具。」
(イ) しかし,本件分割出願に対して,特許庁審査官から,平成14年3月8日付けで拒絶理由通知が発せられたため,原告は,手続補正書と共に意見書(乙5)を提出した。同意見書には,次の記載がされていた。
a 補正について
(a)「前記弾性体は,外周が円形状であって」と補正する点については,「出願当初明細書において,弾性体の1実施例として『Oリングの形状』と記載されていたこと,弾性体を表示する添付図面の全図において,弾性体の外周が円形状になっていること,弾性体が収納される外殻体の中空部が球面状であることから,これに圧接すべき弾性体の外周が円形状であることは当然である‥‥」と記載されている。
(b)「外周面が中空部の球面状の内壁面に面で圧接し」と補正する点については,「補正前請求項1に『外周面が中空部の内壁面に圧接し』という記載があり,『外周面』と『内壁面』との2つの面の圧接となることが明らかであること,弾性体が三次元的物体である以上,面で圧接することになることは自明であること,図面も面で圧接した状態を示していることから,明確性を期するため,『面』で圧接するとしたものである。」と記載されている。
(c)「外周面と球面状の内壁面との前記圧接によってのみ内壁面によって支持されており」と補正する点については,「出願当初明細書段落0012に『弾性体21に,針金等を用いた引っ掛け手段を引っ掛け,外殻体10の内部に導入することができる。』と記載され,導入後の支持構造として,外殻体の球面状内壁面によって支持された構造のみが図示されていることから,出願当初明細書から,直接的,かつ,一義的に導かれるもの」であると記載されている。
b 原告は,審査官から示された登録実用新案第3042071号公報(引用文献1=乙7),実公昭61−24087号公報(引用文献2=乙8)との相違点として,@本件特許発明1における弾性体は,「外周が円形状」であるのに対し,引用文献1の弾性部材は,立方体状,四角筒状またはサイコロ状であること,A本件特許発明1においては,「弾性体の外周面が中空部の球面状の内壁面に圧接」しているのに対し,引用文献1では,「弾性部材6を半球部1b中に接着剤などで固定」する点,B本件特許発明1においては,「弾性体は外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ中空部の内壁面によって支持」されているのに対し,引用文献1では,「弾性部材6を半球部1b中に接着剤などで固定」する点を挙げ,これらの相違点の検討について,次のとおり記載している。
(a) 上記相違点@について
「引用文献2には,外周が円形状の弾性部材が記載されている。しかし,引用文献2の弾性部材は,孔径同一で筒状をなす大径孔3の中に入れることを前提として,外周を円形状としたものであり,‥‥‥『弾性体が外周が円形状』となっている本願発明とは,その持っている意味が異なる。」
(b) 上記相違点Aについて
「本願発明の『弾性体の外周が中空部の球面状の内壁面に圧接』している構成は,引用文献1と同様に,引用文献2にも記載されておらず,かかる事項を示唆する記載もない。」,「引用文献2のものは,中空部の内壁面が管状であって球面状ではないから,本発明の『弾性体の外周が中空部の球面状の内壁面に圧接している』構成を満たし得ない。」
また,「引用文献1は,弾性部材6を半球部1b中に内蔵し,その後に上側の半球部1aを被せて,接合部1cをロウ付けなどで結合する工程をとることから,この工程において,弾性部材6が動かないようにする必要があり,そのために『弾性部材6を半球部1b中に接着材などで固定する』……ことが必須であり,欠くことができない技術的処理というべきでありますから,『接着』に代えて『圧接』を用いることは,引用文献1の全く意図しないところ」である。
さらに,「引用文献2に記載された弾性部材を,引用文献1の弾性体に代えて,球面状の球体の内部に内蔵させる構造を想定して見ても,『弾性体はその外周面が中空部の球面状の内壁面に面で圧接』する構成には想到し得ない。」として,参照図面の図A及び図Bを示し,「引用文献2に記載された弾性部材は,外径寸法に比べて,軸方向の長さが長すぎるため,引用文献1に記載された球体に組み合わせた場合,図Aに示すように,弾性部材の外周面が,球体の内壁面に圧接できない。圧接させるためには,球体の内径を,例えば図Bに示すように,縮小しなければならない。そうすると,今度は,弾性部材を,球体内に内蔵させることが困難になる。結局,引用文献1に引用文献2を組み合わせて見たところで,本願の『前記弾性体は,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接』する構成には到達し得ない。」
c 審査官から指摘された引用文献との相違点の説明における本件特許発明の作用効果については,次のとおり記載されている。
(a)「本発明では,『弾性体はその外周面が中空部の球面状の内壁面に面で圧接』しているから,紐状部材を通して弾性体に力が加わり,弾性体が外殻体の中空部の内部において位置を変えようとすると,反作用的に,中心部に向かう方向の力が加わる。ここで,弾性体は,『外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持され』るから,紐状部材を通して弾性体に力が加わった場合,弾性体は球面状内壁面に沿い,力の加わる方向に変位または移動し,位置を変えることができるとともに,力が取り去られた後は,球面状内壁面に沿って,元の位置に,変位または移動し,外殻体の中空部内の所定位置に安定して保持されるから,『紐部材を容易に係留する』という課題を達成することができる。」
(b)「本発明では,中空部の内壁面が球面状であるから,紐部材の操作時に弾性体に力が加わり,弾性体が外殻体の孔の方向に引っ張られたとき,弾性体が球面状の絞り込みに応じて圧縮される。ここで,弾性体は『その外周面が中空部の球面状の内壁面に面で圧接』しているから,弾性体は,球面状内壁面の広い範囲で面接触状態で受けられることになる。しかも,弾性体は『外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持され』ているから,力が加わった場合,中空部内において,弾性体が球面状内壁面に沿って変位または移動し得る。このため,弾性体に対する局部加圧接触を回避し,局部的加圧接触による損傷を回避することができる。従って,本発明によれば,長期にわたって,『紐部材を容易に係留する』ことができる。」
(c)「本発明では,弾性体は『外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持』されているから,弾性体は,チェーン等の紐部材を通じて加わる力に対し,中空部の内部において球面上を三次元的に追従移動し得る。従って,弾性体の局部的摩耗を回避し,長寿命を確保し得る。このため,本発明によれば,長期にわたって,『紐部材を容易に係留する』ことができる。」
d 審査官から,「本願発明における弾性体の形状は特定されておらず,例えば図1のような薄い円盤状のもの,あるいは円盤状のものが中空部の一方に片寄って配置されたもの等も含まれるが,そのような場合に所定の作用効果を奏するものとは認められず,請求項の記載の裏付けを欠いたものと認められる」との指摘を受けたことについては,次のとおり記載されている。
「弾性体の形状は,この追加記載により,外殻体との相対関係として,間接的ではあるが,更に,具体的に特定されている‥‥‥追加された構成要件によれば,客観的にみて,‥‥‥上記(a)〜(c)の作用効果が得られることは明らかです。」,「『弾性体はその外周面が中空部の球面状の内壁面に面で圧接し,外周面と球面状の内壁面との圧接によってのみ内壁面によって支持』されている構成の技術的意義が,課題達成に結びつく上記作用効果(a)〜(c)を奏することにある」
イ 上記の各記載からすると,本件特許権1は,審査官から,原告に対し,引用文献を掲げられるなどして拒絶理由通知が発せられ,この拒絶を回避するため,上記アに記載のとおり意見を述べて,本件特許発明1の特許請求の範囲を補正したものである。そして,これによれば,@ 原告は,前記意見書において,弾性体の形状は,中空部が球面状であることに合わせて外周が円形状であると規定したものであり,これによって,弾性体の外周と外殻体の球面状の内壁面とが圧接し,圧接により接着剤などで固定する必要がなくなる旨を説明しており,弾性体の形状は,外殻体の球面状の内壁面の形状との相対関係として特定されるとしていること,A 原告は,同意見書において,弾性体の外周が,外殻体の形状と同一であることから,紐部材操作時に弾性体に力が加わっても,弾性体が球面状内壁面に沿って変位また移動し得る旨の効果を説明していること,B 本件特許権1の特許出願に添付された当初明細書において,弾性体の外周面の一部が,中空部の球面状の内壁面の一部の面に圧接していればよいことを示唆する記述や図面は認められず,弾性体の外周面全面が,中空部の球面状の内壁面に圧接していることが認められることなどが指摘されるところである。これらの点を総合すれば,本件特許発明1における「弾性体は,‥‥‥外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており,」との記載の意味は,弾性体の「外周面全体」が,「中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接」することを意味するものと解すべきである(仮に,弾性体の外周面の一部でも中空部の球面状の内壁面に面で圧接していればよいと解すると,当初明細書に記載されていない新規事項を追加することになり,上記アの(イ)における補正は,新規事項の追加として許されないこととなる。)。
したがって,構成要件1−C−Aを充足するには,弾性体の外周面全体が,中空部の球面状の内壁面に面で圧接することが必要であるところ,被告製品については,弾性体の外周面全体ではなく,外殻体の孔周辺部分において,弾性体の外周が中空部の球面状の内壁面の一部に圧接していることが認められるにすぎない。
(3) 以上(1),(2)からみると,被告製品の構成は,本件特許発明1の構成要件1−C−Aを充足せず,本件特許発明1の技術的範囲に属しない。
また,本件特許発明2は本件特許発明1の各構成要件を引用するものであるから,被告製品は,本件特許発明2をも充足しない。したがって,本件特許発明3は,本件特許発明1又は本件特許発明2の各構成要件を引用するものであるから,構成要件2−Cについての充足性を判断するまでもなく,被告製品は,本件特許発明3を充足しない。
したがって,被告製品が本件特許発明1,3の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は,いずれも理由がない。
3 なお,構成要件1−C−Aにおける弾性体の解釈につき,上記2(1)のとおり,限定解釈せずに,「外周が円形状」のものすべてを含むとするなら,新規事項を追加したものと認められ,本件分割手続は特許法44条1項に規定する分割手続要件を満たさないこととなる。また,構成要件1−C−Aにおける「面で圧接」の解釈について,上記2(2)のとおり,弾性体の外周面全面で圧接せず,外周の一部の面であってもよいものと解釈すると,これについても新規事項の追加と認められるから,分割手続の要件を満たさず,いずれにしても,本件分割出願は,特許法44条1項違反となる。そうすると,本件分割出願の出願日は,親出願の出願日である平成10年8月10日に遡ることはなく,本件分割出願が実際に特許出願された平成11年10月6日となり,本件特許権には,次のとおり,無効理由があることが明らかということができ,あるいは,被告の先使用による通常実施権を有するものといえるから,原告の請求はいずれにせよ認められない。以下,詳述する。
(1) 無効理由について
ア 親出願明細書には,次の記載がある(甲7)。
【特許請求の範囲】【請求項1】
「外殻体と,弾性体とを含む止め具であって,前記外殻体は,孔と,中空部とを有し,前記孔は,前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部に内蔵されており,前記通孔部は,前記孔に通じている止め具。」
【請求項2】
「請求項1に記載された止め具であって,前記弾性体は,複数個であり,それぞれは,前記中空部内で積層されている止め具。」
【請求項4】
「請求項1乃至3の何れかに記載された止め具であって,前記弾性体は,前記通孔部の内径が前記外殻体の前記孔の直径より小さい止め具。」
【請求項5】
「止め具と,紐部材とを含む紐止め装置であって,前記止め具は,請求項1乃至4の何れかに記載されたものであり,前記紐部材は,前記止め具の前記外殻体を貫通し,前記弾性体によって弾性的に保持される紐止め装置。」
【請求項7】
「外殻体と,弾性体とを含む止め具であって,前記外殻体は,孔と,中空部と,突起とを有しており,前記孔は,前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており,前記突起は,前記外殻体の外面に突出して備えられ,先端部が膨らんでおり,前記弾性体は,通孔部を有し,前記中空部に内蔵され,前記通孔部が,前記孔に通じている止め具。」
【発明の実施の形態】【0011】
「‥‥‥本発明に係る止め具1は,外殻体10と,弾性体21とを含む。外殻体10は,孔15,16と中空部13とを有する。孔15,16は外殻体10の外部から中空部13へ通じている。‥‥‥外殻体10の形状は任意である。実施例では,外殻体10は球体状である。」
イ(ア) 以上のとおりであるから,本件特許発明1における,構成要件1−B−B「前記中空部は,内壁面が球面状であり」,構成要件1−C−A「前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており」との構成以外は,親出願明細書の特許請求の範囲【請求項1】に開示されている。
また,構成要件1−B−B「前記中空部は,内壁面が球面状であり」,構成要件1−C−A「前記弾性体は,外周が円形状であって,その外周面が前記中空部の前記球面状の内壁面に面で圧接し,前記外周面と前記球面状の内壁面との前記圧接によってのみ前記内壁面によって支持されており」との構成は,親出願明細書の段落【0011】の記載,親出願明細書の【図1】に開示されていることが明らかである。
(イ) さらに,本件特許発明3における構成要件2−Cの「‥‥‥前記孔及び前記弾性体の前記通孔部を(貫通し),‥‥‥」との構成以外は,すべて親出願明細書の特許請求の範囲【請求項5】に記載されている。
なお,本件特許発明2については,親出願明細書の特許請求の範囲【請求項3】にすべて開示されている。
(ウ) 以上のとおり,本件特許発明1及び本件特許発明3の構成は,親出願明細書及びその図面にすべて記載されているところ,親出願は,本件分割出願の出願日の平成11年10月6日より前の同年8月4日に特許査定され,同月27日にはその登録がされたものである。そうすると,この時点から公然知られ得る状態にあったということができ,公然知られたことが推定されるのであって,これに反する証拠は認められない。
したがって,本件特許発明は,特許法29条1項1号の規定に違反して特許されたものというべきである。
ウ 以上によれば,本件特許権には無効理由の存することが明らかであり,本件特許権に基づく原告の請求は,いずれも権利の濫用に当たるものとして許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。
エ なお,加えて,本件特許発明1及び3の構成は,上記イに記載のとおり,親出願に係る発明の構成と同一と認められるから,本件特許発明は,特許法39条1項の規定に違反して特許されたものというべきである。この点からも,本件特許権に無効理由が存することは明らかというべきであるから,原告の請求は権利の濫用に当たり許されない。
(2) 被告が特許法79条に基づく先使用による通常実施権を有するか否かについて
ア 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告は,被告製品に係るデザインパーツについて,平成11年3月2日に特許出願し(特願平11−99209号。乙13の1,2),平成12年12月1日に特許されたこと,また,平成11年4月16日には,実用新案を出願し(実願平11−3657号。乙14の1,2),同年8月4日には登録されている(実用新案登録番号第3063164号)。したがって,遅くとも実用新案が出願された時点においては,被告の下において,被告製品の具体的構成が成立していたと推認される。
(イ) また,原告は,被告に対し,平成15年2月24日付けの内容証明郵便(乙20)に,「当社は,特許第3367651号,特願平11−285995,登録日平成14年11月8日にかかる特許権を所有しております。これに対し,貴社が製造販売されている長さ調節可能なチェーン(貴社の名称によると,『SST CHAIN(スライドストッパーチェーン)』は,前記当社が所有する特許の構成要件を全て具備し,当社の特許の技術的範囲に属することから,貴社が前記商品を製造・販売される行為は当社の特許権を侵害するものです。」旨記載しており,本件で原告が対象とする被告製品も,この「SST」シリーズであることが窺われるところ,乙21ないし25の請求書や仕様書に添付された写真,材料等の記載及び弁論の全趣旨によれば,被告は本件対象物である被告製品と同様の構成を持つ「SST」シリーズの止め具を使ったネックレス等を,本件分割出願日(平成11年10月6日)前から販売していたことが推認され,これに反する証拠は認められない(原告もこの点については明らかに争っていない。)。
イ 上記の各事実に照らせば,本件特許発明の構成を有する被告製品は,本件特許発明の実際の出願日(本件分割出願日の平成11年10月6日)前から,本件特許発明の実施あるいは実施の準備をしていたものと認められ,被告は,特許法79条に基づき,先使用による通常実施権を有するものと認められる。
第6 結論
以上をまとめると,被告製品の構成は,本件特許発明1及び同3の構成を充足しないから,原告の各請求はいずれも理由がない(仮に,被告製品の構成が,本件特許発明1及び同3の構成を充足するとの解釈を採るとすれば,本件分割出願は,特許法44条1項の規定に違反して出願されたものであるから,その出願日は親出願の日に遡ることはなく,本件特許発明1及び同3は,特許法29条1項1号,39条1項の各規定に違反して特許されたものとして無効理由が存することが明らかである。また,被告は,本件特許発明の出願日より前に被告製品の実施または実施の準備をしていたことが認められ特許法79条により先使用による通常実施権を有することとなる。)。
したがって,いずれにせよ,結局のところ,本件特許権に基づく原告の本訴各請求は理由がない。
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 三 村 量 一
裁判官 松 岡 千 帆
裁判官大須賀寛之は転任のため,署名押印できない。
裁判長裁判官 三 村 量 一