H16. 9.30 東京高裁 平成16(行ケ)37 特許権 行政訴訟事件

平成16年(行ケ)第37号 審決取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成16年9月16日
            判        決
             原       告   株式会社アイペックス
             同訴訟代理人弁理士      清 水 英 雄
             同                      中 野 佳 直
             同                      高 木 祐 一
       被       告   特許庁長官 小川 洋
       同指定代理人      佐 藤 秀 一
             同                      武 井 袈裟彦
             同                      大日方 和 幸
             同                      小 曳 満 昭

       同           涌 井 幸 一
             同                      宮 下 正 之
            主        文
               1 原告の請求を棄却する。
               2 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
    特許庁が不服2002−15840号事件について、平成15年12月15日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実
   (1) 原告は、発明の名称を「通信回線を用いた情報供給システム」とする発明について、国際出願日を2000年(平成12年)5月31日(優先権主張2000年1月26日、日本国)とする特許出願(特願2001−542109号、以下「本願」という。)をしたが、平成14年7月16日付けで拒絶査定を受けたので、同年8月20日、これに対する不服の審判の請求をした。

     特許庁は、上記審判請求を不服2002−15840号事件として審理した上、平成15年12月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、平成16年1月13日、原告に送達された。
     なお、上記審判手続において、平成14年9月11日付けで手続補正がなされ、この手続補正は、特許法17条の2第5項(平成15年法律第90号による改正前のもの、以下同じ。)の規定により準用する同法126条4項(同)に違反するとして同法159条1項(平成14年法律第24号による改正前のもの、以下同じ。)で準用する同法53条1項(同)の規定により却下され、その後、平成15年3月31日付けで拒絶理由通知がなされ、その指定された期間内である平成15年4月23日付け、平成15年6月6日付け、平成15年6月19日付けで各手続補正がなされ、平成15年7月14日付けで最後の拒絶理由通知がなされ、その指定された期間内である平成15年9月4日付けで手続補正(以下「本件手続補正」という。)がなされている。

   (2) 本件手続補正後の本願の請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、本件審決に記載された、以下のとおりである。
     【請求項1】インターネットや電話網からなる通信回線網の中に設置された管理コンピュータに於ける通信回線を用いた情報供給システムであって、
      中継側である前記管理コンピュータに、呼出側IDと、この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段と、が登録されている中継側データベースを備え、
      インターネットや電話網からなる通信回線網を利用してアクセスしてくる呼出者の電話番号、ID番号、さらには暗号などの認証データの内少なくとも一つの特定情報を入手するステップと、
      この入手した特定情報が、前記中継側データベースに予め登録された登録情報と一致するか否かの検索ステップと、

      前記特定情報と登録情報とが一致したとき、特定エリアに設置され、かつ前記アクセスした呼出側と予め契約されて呼出側IDに対応付けられて登録されている監視手段の制御部に、前記管理コンピュータがインターネットや電話網からなる通信回線網を利用して働きかけるようになっており、予め前記制御部内に決められた暗号モードが記録されており、中継側である前記管理コンピュータから発せられる暗号モードを受信すると、この暗号モードが適正なものか、内部のデータと比較し、暗号モードが適正と判断すると、監視手段で捕捉したデータを中継側である前記管理コンピュータへセンシング情報として送信するステップと、
      前記管理コンピュータが、インターネットや電話網からなる通信回線網を経由して、前記監視手段によって得られた情報を入手するステップと、

      この監視手段から入手した情報を、前記管理コンピュータが、インターネットや電話網からなる通信回線網を用いて、予め契約し登録されている前記アクセスした呼出者に供給するステップと、
      からなる通信回線を用いた情報供給システム。
   (3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、「本件手続補正は、本願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてなされたものでないから、特許法第17条の2第3項(注、平成15年法律第90号による改正前のもの、以下同じ。)に規定する要件を満たしていない」(以下「理由1」という。)と判断するとともに、「本願の特許請求の範囲、及び明細書又は図面の記載は不備であり特許法第36条第4項(注、平成14年法律第24号による改正前のもの、以下同じ。)及び第6項(同)に規定する要件を満たしていない」(以下「理由2」という。)と判断し、本願発明が、特許を受けることができないとした。

 2 原告主張の本件審決の取消事由の要点
    本件審決は、本件手続補正が、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、当該明細書を「当初明細書」といい、図面も含めた場合は「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてなされたものではないと誤認し(取消事由1)、また、本願の特許請求の範囲、及び明細書(以下「本願明細書」という。)又は図面の記載は不備であると誤認し(取消事由2)、その結果、特許法17条の2第3項、同法36条4項及び6項の適用を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
   (1) 新規事項の判断の誤り(取消事由1)
     本件審決が、当初明細書等には、「本件手続補正の特許請求の範囲、及び【課題を解決するための手段】(段落番号【0006】)に記載された「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」、及び「呼出側IDと、この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段と、が登録されている中継側データベース」の記載はなく、また、これらの事項が当初明細書等の記載から自明な事項でもないことから、本件手続補正は、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではない。」(14頁)と判断したことは、以下のとおり、誤りである。

     ア 当初明細書(甲2)31頁19〜25行には、監視手段に用いられるカメラ、マイク、センサー等の例示する記載が認められるので、「監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」に関しては、当初明細書に記載されていることは、明らかである。
       また、同14頁14〜15行には、「中継側は呼出側の電話番号、ID番号等の認証データを確認するとともに」と記載されており、ここに記載された「ID番号」は、文脈からして「呼出側のID番号」、すなわち「呼出側ID」であることは明らかである。同14頁26〜27行には、「認証データが適正であると判断されると、呼出側によって登録されている特定エリア側である電話番号に中継側から発呼が行われることになる。」と記載されている。ここで、認証データが「呼出側ID」であることは上述したとおりであるので、上記記載は、「呼出側IDが適正であると判断されると、呼出側IDによって登録されている特定エリア側である電話番号に中継側から発呼が行われることになる。」ことを意味するものと解することができる。これにより、「特定エリア側の電話番号」が「呼出側ID」に対応付けられて登録されていることは明らかである。

       次に、同15頁17〜18行には、「前述の自動応呼によって通信ラインが接続され、制御部としての制御端末5が起動し」と記載されており、この記載は、中継側から特定エリア側の電話番号への通信ラインが接続された場合、特定エリア側の制御端末5が起動することを意味するので、このことから、「特定エリア側の制御端末」が「特定エリア側の電話番号」に対応付けられていることは明らかである。
       さらに、同15頁27〜28行には、「制御部である制御端末5を起動させ、制御装置4に信号を送り、監視手段1、2、3を起動させ」と記載されており、この「制御端末」、すなわち「特定エリア側の制御端末」により「監視手段」が起動されることは明らかであって、この「監視手段」は、上述の「監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」であることに他ならない。

       ここでは、実施例1についてのみ説明したが、他の実施例についても同様である。
       以上のとおり、「特定エリア側の電話番号」は「呼出側ID」に対応付けられて登録され、「特定エリア側の制御端末」は「特定エリア側の電話番号」に対応付けられていることが当初明細書に実質的に記載されており、認証後の監視手段が起動されるまでの流れをみても、呼出側IDにより登録されている特定エリア側の電話番号が発呼し、自動応呼により制御端末を介して監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段が起動される作用が当初明細書に記載されているから、「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」なる事項は、当初明細書等に記載した範囲内であることは明らかである。

     イ 当初明細書14頁14〜17行には、「中継側は呼出側の電話番号、ID番号等の認証データを確認するとともに、この電話番号やID番号が登録されているどうかを自己のデータベースの登録番号と比較して検索する。」と記載されており、この記載には「中継側」なる事項が明記されており、当初明細書の「データベース」が中継側にあることは明らかであって、このデータベースが呼出側と特定エリア側を中継していることも明らかである。したがって、当初明細書の「データベース」が「中継側データベース」であることは明らかである。
       また、この記載から、「呼出側ID」が「自己のデータベース」、言い換えると「中継側データベース」に登録されていることは明らかである。
       さらに、「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」なる事項が、当初明細書等に記載されていることは、既述したとおりである。

       以上のとおり、「呼出側IDと、この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段とが、登録されている中継側データベース」なる事項は、当初明細書等に記載した事項の範囲内であることは明らかである。
     ウ なお、平成14年4月5日付手続補正書(甲3)で補正された明細書や平成14年9月11日付手続補正書(甲7)で補正された明細書には、「利用者IDと、この利用者IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段とが、登録されている利用者データベース」との記載があるが、この記載は、平成15年3月17日付補正却下の決定(甲5)や平成15年3月31日付拒絶理由通知書(甲8)においては、新規事項ではないと判断されている。

       本件審決において新規事項と判断された記載は、上記記載の「利用者ID」が「呼出側ID」に、「利用者データベース」が「中継側データベース」に変更されただけであって、実質的な変更はないのであるから、「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」や「中継側データベース」なる事項が、当初明細書等に記載した事項の範囲内であることは明らかである。
     エ しかも、平成15年6月6日付手続補正書による補正(以下「6月6日付手続補正」という。)が特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさないとする指摘は、平成15年7月14日付けの最後の拒絶理由通知書(甲11)による通知(以下「本件拒絶理由通知」という。)で初めてなされたものである。特許庁のホームページで公開された基準・便覧・ガイドライン(甲12)から判断しても、本件拒絶理由通知は、最後の拒絶理由通知とすべきではないから、この拒絶理由通知に基づく本件審決は、違法といわざるを得ない。

   (2) 記載不備の判断の誤り(取消事由2)
     本件審決が、「本願の特許請求の範囲、及び発明の詳細な説明に記載された「暗号モード」、「呼出側ID」等の用語が不統一であって、一つの用語が複数の意味で使用されその意味を特定することができないことから、特許請求の範囲に記載された発明は不明りょうであり、加えて、「監視手段」、「中継側データベース」について、発明の詳細な説明に当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているともいえないことから、本願の特許請求の範囲、及び明細書又は図面の記載は不備であり特許法第36条第4項及び第6項に規定する要件を満たしていない」(17頁)と判断したことは、以下のとおり、誤りである。
     ア 「暗号」、「暗号モード」の意味について
       「暗号」とは、広辞苑によれば、「秘密を保つために、当事者間にのみ了解されるように取り決めた特殊な信号・言葉・合い言葉」とされ、マグローヒル科学技術用語大辞典第2版(甲9、以下「本件辞典」という。)によれば、「構成法を知らされていない者には意味がわからないように通報を作成し、またこれを解読する方法のある秘密言語」とされている。したがって、本願発明でも、「暗号」は上記のような同様な意味で使用し、「暗号モード」は「暗号」の種々の態様として使用している。なお、「暗号等」が広辞苑で定義したものを意味するのか、本件辞典で定義したものを意味するのかを、どちらかに統一しなければこの発明が実施できない理由は存在せず、広辞苑と本件辞典において、「暗号」の説明に関する文言が異なっていたとしても、このことが直ちに、本願発明の認定に影響を及ぼすものではない。

        本件辞典によれば、「暗号化する」とは、「通報の素文を暗号システムにより了解不能な言語に変換すること」とされ、「暗号鍵」とは、「ある暗号システムの使用者が選択する数または文字列。これにより、メッセージの暗号化と解読用の暗号アルゴリズムが実現される。」とされているが、本願発明においても、「暗号化する」、「暗号鍵」は、同様な意味で使用しており、「暗号化された識別データ」(【0006】)、「暗号鍵データ(KA)」(【0059】)、「暗号化ランダムデータ(AR)」(【0062】)、「認証データとして暗号化されたデータ」(【0102】)は、「暗号モード」の具体的態様として使用している。
        すなわち、上位概念としての「暗号」に対し、中位概念として「暗号モード」を位置付け、下位概念として「暗号化された識別データ」、「暗号鍵データ(KA)」、「暗号化ランダムデータ(AR)」、「認証データとして暗号化されたデータ」を位置付けている。

       当初明細書2頁9〜10行には、「電話番号、ID番号、アドレスデータ、パスワード、さらには暗号等の認証データのうち少くとも1つ」と記載されているように、「暗号等」は電話番号、ID番号等と並列的にあげられたものであって、送り手と受け手とが認証できるデータであれば足りる。これに対し、認証処理の変形例である当初明細書の第3実施例における「暗号鍵により暗号化されたデータ」は、解読しないと認証できないものであり、解読に手間はかかるものの、暗号等の概念から除外されるものではない。
       また、上記記載とともに、当初明細書13頁27〜28行に、「電話暗号、ID番号、アドレスデータ、パスワード、暗号モードの中の少くとも1つの認証データ」と記載されているように、「暗号等」と「暗号モード」とは同じ認証データとして記載されている。さらに、同2頁26〜27行には、「なお、この認証データとしては、指紋、虹彩、声…身体的特徴として認証データが含まれる…」と記載されているように、「暗号等」すなわち「暗号モード」は、指紋、虹彩と同一レベルで記載されており、認証できるデータであれば十分であることが示唆されている。

     イ 「暗号モード」の定義について
       本件審決は、「段落番号【0027】に記載の「暗号モード」の定義において、「中継側からの特定の起動信号である特殊信号」、「不特定多数の者がこのシステムを使用できないように、予め制御端末5内に決められた特殊信号」の記載があるところ、「特殊信号」は学術用語ではなく、また、明細書の記載を参酌してもその内容がはっきりしないことから「特殊信号」の意味は不明りょうであり、したがって「暗号モード」の意味は不明りょうである。」(16頁)と判断したが、「特殊信号」とは、「暗号モード」の一態様で、一般的に他人が容易にコンピュータに侵入する「ナリスマシ」ができないように、「非常に簡単な信号」ではないことを表現したものであり、特に具体的なことを表現したものではない。なお、本願明細書の実施例3に記載した「暗号化鍵」と「復号化鍵」を用いた暗号系等は、特殊信号の一例としてあげられる。

       すなわち、特殊信号とは、「非常に簡単な信号」ではないことの総称をいっているのであり、これにより「特殊信号」の意味は明らかであって、「特殊信号」を用いて定義された「暗号モード」が不明瞭であることはない。本願明細書に「暗号化鍵」と「復号化鍵」を用いた暗号系等を特殊信号として説明した記載はないものの、「特殊信号」とは、「非常に簡単な信号でない」ことを意味していることは、上記のとおりであり、「暗号化鍵」と「復号化鍵」を用いた暗号系等は、単なる暗号と比べ解読を要するので、特殊信号の一例であることは、当業者であれば自明な事項である。
     ウ 「ID」の意味に関して
       「ID」は、「アイデンティフィケーション」の略で、英語では「身分証明書」を表す。パソコンの入力画面で尋ねられるID番号がその代表例であって、「ID」は「身元確認情報」として用いられている。本願発明でも、「ID」は、「身元確認情報」という意味で使用している。

       そして、「発呼者の…ID番号」、「呼出側ID」は、基本的には同一のもので、言い回しを変えて表現している。「ID番号」、「ID」、「識別ID」、「識別符号(ID)」、「子機ID」も、「身元確認情報」の意味で使用している。
       したがって、多少表現の相違はあるものの、「ID」が「身元確認情報」の意味で使用していることは明らかであるので、「ID」の意味は明確であって、本願明細書の発明の詳細な説明についても、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている。
     エ 「監視手段」、「中継側データベース」に関して
       当初明細書等に、「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」、及び「中継側である管理コンピュータ側に、呼出側IDと、この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段と、が登録されている中継側データベース」なる事項が記載されていることは、上記(1)に既述したとおりである。

       したがって、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記監視手段及び上記中継側データベースを備えた本願発明について、当業者が、その発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。
     オ しかも、6月6日付手続補正が特許法36条4項及び6項に規定する要件を満たさないとする指摘も、本件拒絶理由通知で初めて通知されたものであり、最後の拒絶理由通知とすべきではないから、この拒絶理由通知に基づく本件審決は、違法といわざるを得ない。
       なお、平成15年10月14日特許公報(甲13、特許第3455971号、以下「参照公報」という。)では、「暗号」という概念が認証データであると認識され、「暗号」について不明瞭であるとの指摘も受けずに特許がなされている。
 3 被告の反論の要点
   本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

  (1) 取消事由1について
     ア 「特定エリア側の電話番号」が「呼出側ID」に対応付けられて登録され、「特定エリア側の制御端末」が「特定エリア側の電話番号」に対応付けられていることが当初明細書に実質的に記載されているとしても、当初明細書に「「監視目的に応じて適宜選択される監視手段」が(中継側である管理コンピュータの中継側データベースに)登録されていること」が記載されていたといえない以上、本件審決が新規事項に当たるとした「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」が、当初明細書に記載されていたとはいえない。
       当初明細書に記載された発明においては、特定エリア側の電話番号の発呼をきっかけとして、制御端末5が起動し、更に監視手段1、2、3が起動するとされているのであり、「監視目的に応じて適宜選択される監視手段」が(中継側である管理コンピュータの中継側データベースに)登録されている必然性はない。原告指摘箇所以外の当初明細書の記載を精査しても、「監視目的に応じて適宜選択される監視手段」が(中継側である管理コンピュータの中継側データベースに)登録されていることを示唆する記載は見あたらない。

     イ 上記で検討したように、「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」が当初明細書に記載されていたといえない以上、「呼出側IDと、この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段と、が登録されている中継側データベース」が、当初明細書に記載されていないことは明らかである。
     ウ 平成15年3月17日付けの補正の却下の決定や平成15年3月31日付けの拒絶理由通知が特許法17条の2第3項の要件違反(新規事項の追加)に言及していないことは、本件審決が違法であることの理由にならない。
   (2) 取消事由2について
     ア 「暗号」の語について、原告は、互いに異なる意味が記載された広辞苑と本件辞典とを引用しているにもかかわらず、そのいずれの意味に解されるのかさえ明らかにしていない。例えば、パスワードのようなものを考えたとき、パスワードは、「当事者間にのみ了解されるように取り決めた特殊な信号・言葉・合い言葉」には該当するが、「解読する方法のある秘密言語」には該当しないから、広辞苑に従えばパスワードも暗号に該当するということになるが、本件辞典に従った場合には、パスワードは暗号には該当しないということになる。

       結局、本願発明でいう「暗号」にどのようなものが含まれ、どのようなものが含まれないのか、といった事項は不明確なままである。「暗号モード」の語についても、上記のような不明確な「暗号」の語に更に不明確な「モード」の語が付加されたものであるから、一層不明確である。
     イ 「暗号モード」の定義について
       原告は、「特殊信号」が「非常に簡単な信号」ではないことを表現したものであると主張するが、「非常に簡単な信号」でないことの意味が技術的にどのような信号を指しているのか明確でないことから、このような「特殊信号」を用いて定義された「暗号モード」も、当然明瞭ではない。また、本願明細書の記載をみても、「暗号化鍵」と「復号化鍵」を用いた暗号系等を特殊信号として説明した記載はない。
     ウ 本件審決は、「ID」そのもの意味が明確でないと記載しているわけではない。本願明細書に接した当業者は、「ID」に関しての表現が異なれば、表現の対象物も異なるものと考えるのが普通であるから、原告の主観的意図が原告主張のとおりであったとしても、客観的には不明瞭であるといわざるを得ないものである。

     エ 上記のとおり、当初明細書等には、「この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段」、及び「中継側である管理コンピュータ側に、呼出側IDと、この呼出側IDに対応付けられて登録された監視カメラ、監視ビデオ等の監視目的に応じて適宜選択される監視手段と、が登録されている中継側データベース」の記載はないものであり、また、これらの事項が当初明細書等の記載から自明な事項でもないことから、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記監視手段、及び上記中継側ベースを備えた本願発明について、当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないことが明らかである。
第3 当裁判所の判断
 1 本件審決は、本件手続補正が、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものでないから、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない(理由1)と判断するとともに、本願の特許請求の範囲、及び本願明細書又は図面の記載は不備であり、同法36条4項及び6項に規定する要件を満たしていない(理由2)と判断したものであるところ、これらは、いずれも本願の特許出願を拒絶すべき理由である(同法49条1号及び4号)から、まず、理由2に関する原告主張の取消事由2について検討する。

 2 取消事由2(記載不備の判断の誤り)について
   (1) 原告は、本件審決が、「本願の特許請求の範囲、及び発明の詳細な説明に記載された「暗号モード」、「呼出側ID」等の用語が不統一であって、一つの用語が複数の意味で使用されその意味を特定することができないことから、特許請求の範囲に記載された発明は不明りょうであり、加えて、「監視手段」、「中継側データベース」について、発明の詳細な説明に当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載しているともいえないことから、本願の特許請求の範囲、及び明細書又は図面の記載は不備であり特許法第36条第4項及び第6項に規定する要件を満たしていない」(17頁)と判断したことが誤りであると主張するので、以下検討する。
   (2) 「暗号」、「暗号モード」の意味について

     ア 本件審決は、「暗号」及び「暗号モード」に関して、「本願明細書で使用されている「暗号」、「暗号モード」ついて多種多様の記載があることから、本願発明において、「暗号」、「暗号モード」の意味を特定することができない。したがって、本願発明がどのような発明であるのか把握することができないとともに、本願の発明の詳細な説明についても当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているとはいえない。」(16頁)、「段落番号【0027】に記載の「暗号モード」の定義において、「中継側からの特定の起動信号である特殊信号」、「不特定多数の者がこのシステムを使用できないように、予め制御端末5内に決められた特殊信号」の記載があるところ、「特殊信号」は学術用語ではなく、また、明細書の記載を参酌してもその内容がはっきりしないことから「特殊信号」の意味は不明りょうであり、したがって「暗号モード」の意味は不明りょうである。」(同頁)と、それぞれ判断した。
       ここにいう「暗号」に関して、本願発明の前示請求項1には、「インターネットや電話網からなる通信回線網を利用してアクセスしてくる呼出者の電話番号、ID番号、さらには暗号などの認証データの内少なくとも一つの特定情報を入手するステップと、この入手した特定情報が、前記中継側データベースに予め登録された登録情報と一致するか否かの検索ステップ」と記載され、この記載によれば、「暗号」は、呼出者の側における認証データとしての特定情報であるとともに、中継側データベースに予め登録された登録情報と一致するものであると認められる。
       また、「暗号モード」に関して、本願発明の前示請求項1には、「前記特定情報と登録情報とが一致したとき、特定エリアに設置され、かつ前記アクセスした呼出側と予め契約されて呼出側IDに対応付けられて登録されている監視手段の制御部に、前記管理コンピュータがインターネットや電話網からなる通信回線網を利用して働きかけるようになっており、予め前記制御部内に決められた暗号モードが記録されており、中継側である前記管理コンピュータから発せられる暗号モードを受信すると、この暗号モードが適正なものか、内部のデータと比較し、暗号モードが適正と判断すると、監視手段で捕捉したデータを中継側である前記管理コンピュータへセンシング情報として送信するステップ」と記載されており、この記載によれば、「暗号モード」とは、予め制御部内に決められて記録されたものと、中継側である管理コンピュータから発せられるものとがあり、中継側の管理コンピュータから発せられ暗号モードを制御部が受信すると、制御部内において、受信した暗号モードが適正なものか内部のデータと比較し、適否を判断するものと認められる。

       そして、「暗号」は、呼出側と中継側との関係で規定されているのに対し、「暗号モード」は、中継側と特定エリア側との関係で規定されているばかりでなく、両者につき異なる表現が使用されている以上、両者は異なるものであると解するのが相当といえる。
     イ 原告は、本願発明の「暗号」について、広辞苑を引用して「秘密を保つために、当事者間にのみ了解されるように取り決めた特殊な信号・言葉・合い言葉」であると主張するとともに、本件辞典(甲9)を引用して「構成法を知らされていない者には意味がわからないように通報を作成し、またこれを解読する方法のある秘密言語」であると主張する。そして、このことを前提として、本願発明では、上位概念としての「暗号」に対し、中位概念として「暗号モード」を位置付け、下位概念として「暗号化された識別データ」、「暗号鍵データ(KA)」、「暗号化ランダムデータ(AR)」、「認証データとして暗号化されたデータ」を位置付けていると主張する。

       しかしながら、原告が引用する、広辞苑と本件辞典における「暗号」についての2つの定義は、必ずしも同一の概念ではない(この点は、原告も自認するところである。)。例えば、単なる「パスワード」は、当事者間にのみ了解される特殊な信号であるから、前者に含まれるが、解読する必要のある秘密言語とはいえないから、後者には含まれない。したがって、「暗号」は、それ自体としても明確な技術概念であるとはいえない。しかも、原告主張のように、上位概念としての「暗号」に対し中位概念として「暗号モード」を位置付けるとしても、「暗号」の意味そのものが明確でない以上、「暗号」の下位に中位概念として位置付けられる「暗号モード」の意味も明確であるとはいえない。
       この点について、原告は、「暗号」の意味をどちらかに統一しなければ発明が実施できない理由は存在せず、広辞苑と本件辞典における暗号の説明が異なっていたとしても、本願発明の認定に影響を及ぼすものではないと主張する。

       しかしながら、発明の詳細な説明に記載された実施例が、仮に実施可能であるとしても、特許法36条6項は、特許請求の範囲の請求項における「暗号モード」の記載自体が明確でなければならないと規定するものであるから、原告の主張は失当なものといわなければならない。
     ウ また、原告は、当初明細書の「電話番号、ID番号、アドレスデータ、パスワード、さらには暗号等の認証データのうち少くとも1つ」との記載から、「暗号等」は電話番号、ID番号等と並列的にあげられたものであって、送り手と受け手とが認証できるデータであれば足りるのに対し、認証処理の変形例である当初明細書の第3実施例における「暗号鍵により暗号化されたデータ」は、解読しないと認証できないものであり、暗号等の概念から除外されるものではないと主張する。

       ここで原告が主張するように、「暗号等」が電話番号、ID番号等と並列的に開示されるのに対し、第3実施例における「暗号鍵により暗号化されたデータ」は解読を要する信号であるから、両者の「暗号」の意味・内容が相違することが明らかである。このように同じ「暗号」を含む用語を使用しながら、その「暗号」の技術的内容が相違することは、不明瞭な記載というほかなく、この結果、特許請求の範囲の「暗号モード」自体の記載の意味も、不明確とならざるを得ない。
       したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
     エ さらに、原告は、当初明細書における、「電話番号、ID番号、アドレスデータ、パスワード、さらには暗号等の認証データのうち少くとも1つ」(2頁)、「電話暗号、ID番号、アドレスデータ、パスワード、暗号モードの中の少くとも1つの認証データ」(13頁)との記載から、「暗号等」と「暗号モード」とは同じ認証データとして記載されていると主張する。

       しかしながら、上記の各記載は、中継側で呼出側から入手する特定情報に関するものであり、監視装置の制御部と中継側で送受される請求項1の「暗号モード」に関する記載ではない上、前者は「発明の開示」欄における【課題を解決する手段】に関する記載であり、後者は実施例における記載であるから、上記の各記載に基づいて、直ちに「暗号等」と「暗号モード」が同義であるということはできない。しかも、前示のとおり、特許請求の範囲の記載において「暗号」と「暗号モード」とは、異なる表現がなされているのであるから、両者は異なるものであると解するのが相当であり、認証データについての本願明細書の記載に基づいて、両者が同義であるとは到底認められない。
       また、原告は、「暗号モード」は「暗号」の中位概念であると主張するところ、「暗号モード」が「暗号等」と同義であるなら、「暗号モード」が「暗号」の中位概念であるという主張と矛盾することとなるから、この点からも原告の主張は採用することができない。

       以上の説示に照らして、「暗号等」すなわち「暗号モード」が、指紋、虹彩と同一レベルであって、認証できるデータであれば十分であることが示唆されているとの原告の主張が採用できないことも明らかである。
   (3) 「暗号モード」の定義について
     ア 原告は、本件審決が、「段落番号【0027】に記載の「暗号モード」の定義において、「中継側からの特定の起動信号である特殊信号」、「不特定多数の者がこのシステムを使用できないように、予め制御端末5内に決められた特殊信号」の記載があるところ、「特殊信号」は学術用語ではなく、また、明細書の記載を参酌してもその内容がはっきりしないことから「特殊信号」の意味は不明りょうであり、したがって「暗号モード」の意味は不明りょうである。」(16頁)と判断したことについて、「特殊信号」とは、「暗号モード」の一態様で、一般的に他人が容易にコンピュータに侵入する「ナリスマシ」ができないように、「非常に簡単な信号」ではないことを表現したものであり、特に具体的なことを表現したものではないと主張する。

       しかしながら、「特殊信号」が、「ナリスマシ」ができないような「非常に簡単な信号」ではない信号であるとする原告の主張は、それ自体が技術的に曖昧であることが明らかである。例えば、原告が認証データであることを自認する「電話番号、ID番号」などが、これに含まれるのか否かも明確ではない。したがって、「特殊信号」であることに基づいて、「暗号モード」の意味を定義することも困難といわざるを得ない。
     イ また、原告は、本願明細書の実施例3に記載した「暗号化鍵」と「復号化鍵」を用いた暗号系等が、「暗号モード」の一態様である特殊信号の一例であると主張する。
       この実施例3に関して、本願明細書(甲3)には、「次いで、前記実施例2における監視端末101の管理コンピュータ103の認証処理の変形例を、図12を用いて説明する。尚、本実施例3における監視システムの構成等は、前記実施例2と同様とされていることから省略するものするが、本実施例3では、監視端末101並びに管理コンピュータ103には、予め対とされた暗号鍵データ(KA)と暗号鍵データ(KB)とが、それぞれに登録されている。まず、管理コンピュータ103側において利用者が正規利用者と判断された際に、利用者DBに利用者IDに対応付けて登録されている監視端末101の電話番号(PHS端末番号)への発呼を行う処理までは、前記実施例2と同一である。この着呼に基づき、監視端末101は、所定の生成アルゴリズムによる所定長のランダムデータ(TR)を生成し、該ランダムデータ(TR)を管理コンピュータ103へ返信する。管理コンピュータ103では、前記利用者DBにおいて発呼した監視端末に対応付けて登録されている暗号鍵データ(KA)を記憶装置35より読み出し、該暗号鍵データ(KA)を用いて、図13(a)に示すベキ乗剰余演算を実施することで受信したランダムデータ(TR)を暗号化ランダムデータ(AR)に変換し、該暗号化ランダムデータ(AR)を前記監視端末101へ返信する。この返信された暗号化ランダムデータ(AR)は、監視端末101において予め登録されている前記暗号鍵データ(KB)による図13(b)に示すベキ乗剰余演算を実施することで元のランダムデータ(TR’)に復号され、該復号されたランダムデータ(TR’)と前記にて管理コンピュータ103に送信したランダムデータ(TR)とを比較し、該比較が一致することで、発呼者が前記管理コンピュータであると認定して、実施例2と同様に監視手段である監視用CCDカメラ55並びに集音マイク53とともに、PCMコーデック52とデータ圧縮処理を行う前記DSP56を起動するとともに、データ圧縮された画像並びに音データを管理コンピュータ103に送信する。」(段落【0059】〜【0063】)と記載されている。

       以上の記載によれば、実施例3では、監視端末101と管理コンピュータ103に予め対となった暗号鍵データ(KA、KB)が登録されており、着呼に基づいて監視端末101がランダムデータ(TR)を生成して管理コンピュータ103に送信し、管理コンピュータ103が暗号鍵データ(KA)を用いて受信したランダムデータを暗号化ランダムデータ(AR)に変換して監視端末に返信し、監視端末が暗号鍵データ(KB)を用いて受信した暗号化ランダムデータ(AR)を元のランダムデータ(TR’)に復号して送信したランダムデータ(TR)と比較することにより、認証を行うものと認められる。
       一方、本願発明の「暗号モード」は、前示のとおり、予め制御部内において記憶されており、中継側の管理コンピュータから発せられ暗号モードを受信すると、制御部内において、受信した暗号モードと記憶されている暗号モードとが一致するか否かを比較判断するものである。そうすると、上記実施例3における、着呼に基づいて監視端末で生成される「ランダムデータ」及び監視端末に登録されている「暗号鍵データ」は、管理コンピュータから送信される「暗号化ランダムデータ」とは異なるものであるから、これらは本願発明の「暗号モード」には該当しないものと認められ、原告の上記主張は、採用することができない。

   (4) 以上のとおり、本願明細書の特許請求の範囲に記載される「暗号モード」は、その意味・内容をそれ独自で規定することができないばかりでなく、「暗号」や「暗号等」を手がかりとしても規定することができないことから、不明瞭な記載であると解さざるを得ないところ、本願発明は、この「暗号モード」が適正と判断されると、「監視手段で捕捉したデータを中継側である前記管理コンピュータへセンシング情報として送信するステップ」へと進むものであるから、この「暗号モード」が不明瞭なままでは、該ステップも不明確であって、結局、本願発明の要旨を特定することはできないというべきである。
     そして、本件審決が指摘する、「呼出側ID」、「監視手段」、「中継側データベース」などの事項について発明の詳細な説明が、仮に、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとしても、上記の「暗号モード」に関する事項の記載が明確となるものではないから、その余の取消事由2について検討するまでもなく、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項の規定を満たしていないものといわなければならない。

   (5) なお、原告は、6月6日付手続補正が特許法36条4項及び6項に規定する要件を満たさないとする指摘が、本件拒絶理由通知で初めて通知されたものであり、最後の拒絶理由通知とすべきではないから、この拒絶理由通知に基づく本件審決が違法であると主張する。
     しかしながら、仮に、本件拒絶理由通知が、平成15年6月6日付けでした手続補正書による手続補正に対応するものでなく、最後の拒絶理由通知とすべきではなかったとしても、原告は、その後に当該拒絶理由を回避するために本件手続補正を行うとともに意見書(甲6)を提出し、この手続補正は、特許法17条の2第3項ないし第5項(第4項については、平成14年法律第24号による改正前のもの、以下同じ。)などの規定に基づいて同法53条1項の規定により却下されたわけではないから、事実上、本件拒絶理由通知が最後の拒絶理由とされたことによる法律上の制限(同法17条の2第4項に基づき、補正することができる事項が限られる。)は受けておらず、実質的な不利益を受けたものと認められない(原告も、不利益の内容を具体的に主張立証するものではない。)。

     したがって、原告の上記主張は、本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず、これを採用することはできない。
     さらに、原告は、参照公報(甲13)では、「暗号」という概念が認証データであると認識され、「暗号」について不明瞭であるとの指摘も受けずに特許がなされていると主張するが、上記公報に係る特許は、本件とは異なる内容のものであることが明らかであり、上記の判断を左右するに足りるものとは到底認められない。
 3 結論
    以上のとおり、本願発明は、取消事由1について検討するまでもなく、特許を受けることができないものであり、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
    よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

   
      東京高等裁判所知的財産第1部
   
             裁判長裁判官   北  山  元  章
       
                裁判官   清  水     節
   
                  裁判官   上  田  卓  哉