東京高等裁判所平成8年(行ケ)第222号
平成11年6月3日判決
判 決
原告 井上金属工業株式会社
代表者代表取締役 井上忠義
訴訟代理人弁護士 内田敏彦
同 弁理士 後藤文夫
被告 株式会社ヒラノテクシード
代表者代表取締役 中川久明
訴訟代理人弁理士 蔦田璋子
同 蔦田正人
主 文
特許庁が平成7年審判第7981号事件について平成8年8月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事 実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「リップコータ型塗工装置」とし、昭和63年12月23日に特許出願、平成6年7月7日に設定登録された特許第1854595号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成7年4月11日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、同請求は、同年審判第7981号事件として審理されたが、被告は、願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、上記事件について、平成8年8月23日に「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成8年9月9日に原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面第1ないし第3図参照)
(1)本件訂正前の本件発明の特許請求の範囲
バッキングロールの下方にドクターエッジを有するノズルヘッドを配し、前記ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射してウエブに塗工するリップコータ型塗工装置において、
ノズルヘッドのドクターエッジ下方部にスリットをノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、
調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するようにしたことを特徴とするリップコータ型塗工装置。
(2)本件訂正後の本件発明(以下「本件訂正後発明」という。)の特許請求の範囲
バッキングロールの下方にドクターエッジを有するノズルヘッドを配し、前記ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射してウエブに塗工するリップコータ型塗工装置において、
ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに、前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、
調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するようにしたことを特徴とするリップコータ型塗工装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写のとおりである(ただし、4頁8行の「記載した事項から一義的に」は「記載した事項から直接的かつ一義的に」の、11頁2行、11行、16行、19行ないし20行、12頁1行ないし2行の各「ナイフエッジ」はいずれも「ナイフエッヂ」の各誤記と認める。)。以下、審決に準じて、特公平5―60991号公報を「本件公報」
と、本件訂正のうち、本件明細書の特許請求の範囲において、「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部に」とあるのを、「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに」とする訂正を、「訂正事項1)」と、本件明細書の特許請求の範囲において、「スリットをノズルヘッドの幅方向に設け、」とあるのを、「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、」とする訂正を「訂正事項2)」と、本件明細書の3頁12行ないし13行[本件公報2欄19行ないし20行]において、「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部に」とあるのを、「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに」とする訂正を、「訂正事項3)」と、本件明細書の3頁13行ないし14行[本件公報2欄20行ないし21行]において、「スリットをノズルヘッドの幅方向に設け」とあるのを、「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け」とする訂正を「訂正事項4)」とそれぞれいう。
4 審決の取消事由
審決の理由「1.手続きの経緯」は認める。同2の(1)のうち、8頁13行ないし14行の「したがって、訂正事項1)乃至4)は、いずれも、特許法第134条第2項の規定に適合する。」との判断は争い、その余は認める。同2の(2)のうち、8頁17行ないし18行の「訂正事項1)及び3)は、いずれも、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。」との判断は認め、その余は争う。同2の(3)のA、Bは認める。同2の(3)のCのうち、18頁8行の「訂正後の発明は、」から19頁1行の「事項としている。」まで、19頁12行の「また、甲第6号証の2には、」から20頁2行の「緩められる」まで、同頁16行の「また、甲第7号証には、」から同頁18行の「されている」までは認め、その余は争う。同3は争う。同「4.本件発明についての判断」のうち、(2)、(3)は認め、その余は争う。同「4.むすび」は争う。
審決は、本件訂正について、新規事項の追加であることを看過し、訂正請求書が補正によりその要旨を変更するものであることを看過し、また、本件訂正後発明について独立特許要件がないことを看過した結果、本件発明の要旨の認定を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)取消事由1(新規事項の追加の看過)
ア 本件訂正のうち、訂正事項2)及び4)の訂正は、本件訂正前の願書に添付した明細書又は図面(以下「本件訂正前の明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、したがってまた、実質上特許請求の範囲を変更するものである。審決は、これを看過し、本件訂正が特許法134条2項の規定及び同条5項において準用する同法126条2項の規定に適合するとしたものであって、違法である。
イ 訂正事項2)及び4)は、「連結部がノズルヘッドの幅方向の全域にわたって連続状に残るようにしつつノズルヘッドの幅方向に設けたもの」に限らず、そのほかにも、例えば、連結部が幅方向に沿って一定間隔ごとに点在する態様や、連結部がノズルヘッドの幅方向の両端寄り部分においてのみ幅方向に沿って残される態様などを広く包含する一義的かつ明確な記載であるのに対し、本件訂正前の明細書等には、連結部の具体的な存在態様については、「連結部がノズルヘッドの幅方向の全域にわたって連続状に残るようにしつつノズルヘッドの幅方向に設けたもの」についてすら明確な記載がなく、また、上記に例えばとして例示した態様については全く記載がないのであるから、このような訂正は新規事項の追加といわざるを得ない。
ウ 被告は、平成10年3月9日付準備書面(被告第3回)において、訂正事項2)及び4)が、上記の趣旨の記載であることを認めておきながら、後にこれを撤回した。しかし、被告の主張は、従前の自己の主張を維持すれば原告の主張に反論し得なくなった段階で、従前の主張を撤回する形で行われており、しかも、撤回は2度目であって、訴訟上の信義則にもとること甚だしいから、上記撤回は許されない。
(2)取消事由2(訂正請求書が補正によりその要旨を変更するものであることの看過)
被告は、特許庁における審判において、平成7年6月26日付訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)により、本件明細書の記載の訂正を請求したが、その内容は、訂正事項1)及び3)であった。ところが、被告は、平成8年3月27日付手続補正書(以下「本件手続補正書」という。)により、本件訂正請求書の補正として、訂正事項2)及び4)を追加した。
しかし、特許法134条5項において準用する同法131条2項本文は、「前項の規定により提出した請求書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない。」と規定しており、これによれば、訂正請求書の補正は、訂正請求書の要旨を変更しない範囲で補正することができるにすぎない。そして、新たに訂正事項を加えることは、請求書の要旨の変更に該当する。
したがって、本件手続補正書により訂正事項2)及び4)を追加する補正は、本件訂正請求書の要旨の変更に該当し、認められないものである。
ところが、審決は、この補正を却下せず、訂正事項2)及び4)の訂正を認め、これによって本件発明の要旨を認定したものであって、違法である。
(3)取消事由3(独立特許要件がないことの看過)
ア 本件訂正後発明は、特公昭56―12467号公報(審決の甲第1号証、以下「甲第3号証刊行物」という。)記載の発明と全く同一である。
イ 本件訂正後発明は、「コンバーテック 第15巻第6号 通巻第170号」(加工技術研究会昭和62年6月15日発行、審決の甲第7号証、以下「甲第5号証刊行物」という。)記載の近接コーティングシステムと、「コンバーテック 第16巻第11号 通巻第187号」(加工技術研究会昭和63年11月15日発行、審決の甲第8号証の1、以下「甲第6号証の1刊行物」という。)記載のINVEXウルトラダイコーターの調整ボルト(マイクロアジャストボルト)の配置から当業者が容易に発明をすることができたものであり、仮にそうでないとしても、これらと甲第3号証刊行物記載の発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
ウ したがって、本件訂正後発明は、独立して特許を受けることができないものであるのに、審決は、これを看過したものであって、違法である。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。
2 被告の主張
(1)取消事由1について
ア 本件訂正後発明の「連結部が・・・幅方向に沿って残るようにしつつスリットを・・・幅方向に設け」の「しつつ」の表現からすれば、本件訂正後発明は、スリットの奥部において連結部が幅方向に延在している態様のもののみを含み、スリットのノズルヘッドの幅方向両端においてスリットの上端部から下端部に至る連結部が存在する態様は包含しない。本件訂正前の明細書等においては、第2図にスリットの奥部において連結部が幅方向に延在している態様のもののみが示されている。
したがって、訂正事項2)及び4)は、新規事項を追加するものではない。
イ また、仮に、訂正事項2)及び4)のような態様が本件訂正前の明細書等に記載されていなかったとしても、訂正事項2)及び4)は、新規事項を追加するものではない。
一般に、特許請求の範囲を減縮した場合において、減縮された特許請求の範囲の記載は、明細書又は図面に開示されていない実施態様を含むが、そのような実施態様は、そもそも、訂正前の特許請求の範囲にも含まれていたものである。すなわち、特許請求の範囲は発明を上位概念ないし技術的思想で把握するものであり、明細書又は図面に具体的に開示されない実施態様をその範囲に含むことは不可避である。したがって、訂正前の明細書又は図面に記載されていた事項を特許請求の範囲の記載に挿入してこれを減縮する場合において、限定された特許請求の範囲に包含される実施態様であって訂正前の明細書又は図面に記載されていないものが存在し得るとしても、それは新規事項の追加ではないのである。
(2)取消事由2について
ア 被告が、特許庁における審判において、本件訂正請求書により、本件明細書の記載の訂正を請求したが、その内容は訂正事項1)及び3)であったこと並びに本件手続補正書により、本件訂正請求書の補正として訂正事項2)及び4)を追加したことは認める。
イ 訂正請求書の要旨を変更するとはどのような場合かについて、特許法に明文の規定はない。これにつき手掛りとなるのは、平成5年法律第26号による改正前の特許法41条(以下「旧41条」という。)の規定である。旧41条においては、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と規定していた。ところで、訂正請求書の補正といっても、その実質は明細書の補正にほかならない。したがって、訂正請求書の要旨の変更については、明細書の補正と軌を一にして考えるべきである。そうすると、訂正請求書に添付された訂正した明細書と図面において実質的に開示された範囲内の補正であれば、訂正請求書の要旨の変更には該当しないといわなければならない。
ウ 無効審判における訂正請求の制度のねらいは、無効審判の迅速かつ効率的な審理を担保しようとするところにある。そうであるとすれば、迅速かつ効率的な審理のためであれば、訂正請求書の範囲内において、明細書の補正の機会を認めるのが制度の趣旨に合致するといわなければならない。
仮にこのような補正が認められないとすれば、無効審判の被請求人は、当該特許権を確実に維持するためには、訂正請求書を提出するときに、公知技術との相違を明確にするために合理的に必要な範囲を大きく越えて特許請求の範囲を減縮する必要があることになるが、これが被請求人にとり極めて酷な結果となることは明らかである。一方、訂正請求書における特許請求の範囲の減縮が公知技術との相違を明確にする上で十分ではないときには、特許無効の審決がされるが、このときは、被請求人は当該無効の審決に対して審決取消訴訟を提起するとともに、明細書ないし図面を更に補正するために、別途訂正審判を請求する必要が生じる。そして、このような訂正審判の請求が数回繰り返される可能性もある。このようなことは、全体として見た場合に、無効審判の審理をいたずらに遅延させることになり、訂正請求の制度をおいた特許法の趣旨が没却される。
エ また、特許庁の無効審判の実務においては、訂正請求書の補正書を請求人に送達して、請求人に弁明の機会を与えているものであり(現に、本件審判においても、原告は被告からの訂正請求に対して、平成8年6月25日に弁駁書を提出している。)、上記のように解しても請求人と被請求人との間の公平は失われないといえる。
オ 以上のことからして、本件手続補正書による訂正事項2)及び4)の追加が本件訂正請求書の要旨の変更に該当する旨の原告の主張は、失当である。
(3)取消事由3について
ア 甲第3号証刊行物記載の発明は、(1)そのホルダーはノズルヘッドの一部ではなく、
(2)ノズルヘッドにスリットを設けたものではなく、(3)ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部がスリットの奥部においてノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしたものでもない。したがって、甲第3号証刊行物記載の発明は、本件訂正後発明とは同一ではない。
イ 甲第5号証刊行物記載の近接コーティングシステムは、(1)調整ボルトであるマイクロアジャストボルトをスリット溝の長手方向に等間隔に複数本貫通させているものではない、(2)刃先を有するものであるドクターエッジが設けられていない、(3)調整ボルトの締付具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動させていない、(4)調整ボルトはスリットに斜めに貫通しているという点で、本件訂正後発明とは異なる。
そして、本件訂正後発明は、甲第5号証、甲第6号証の1刊行物各記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないし、これらと甲第3号証刊行物記載の発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理 由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第2 審決の取消事由2について判断する。
1 被告が、特許庁における審判において、本件訂正請求書により、本件明細書の記載の訂正を請求したが、その内容は訂正事項1)及び3)であったこと並びに本件手続補正書により、本件訂正請求書の補正として訂正事項2)及び4)を追加したことは、当事者間に争いがない。
2 特許法134条5項において準用する同法131条2項本文は、「前項の規定により提出した請求書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない。」と規定しており、これによれば、訂正請求書の補正は、訂正請求書の要旨を変更しない範囲で許されるものというべきである。ところが、訂正事項1)及び3)と訂正事項2)及び4)は、全く異なる事項であるから、本件手続補正書により、訂正事項2)及び4)を追加したことは、訂正請求に係る訂正を求める範囲を実質的に拡大変更するものであるから、本件訂正請求書の要旨を変更するものといわざるを得ない。
3(1)もっとも、被告は、訂正請求書の補正といっても、その実質は明細書の補正にほかならないから、訂正請求書の要旨の変更については、明細書の補正と軌を一にして考えるべきである旨主張する。
しかし、訂正請求書の補正は、審判における訂正請求についての審理の対象を変更させるという効果を持つものであって、これによって、訂正前の明細書が補正されたり、訂正されたりする効果を持つものではない。すなわち、訂正前の明細書は、審判によって訂正が認められることによって初めて訂正されるものであるところ、明細書の補正ないし訂正が許されるか否かということと、訂正を認めるか否かの審理の対象の変更が許されるか否かとは、全く別の問題である。このように、訂正請求書の補正と明細書の補正とは別の問題であるから、両者を軌を一にして考えなければならない理由はない。
のみならず、特許法131条2項は、審判請求書の補正について、その要旨を変更するものであってはならないとするものであって、本来、明細書の補正とは関係のない規定である。したがって、同条項について、特許法134条5項において準用する場合にだけ、もともと関係のない事項である明細書の補正と軌を一にして解釈すべき理由もない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
(2)また、被告は、旧41条を根拠として、訂正請求書に添付された訂正した明細書と図面において実質的に開示された範囲内の補正であれば、訂正請求書の要旨の変更には該当しないと主張する。しかし、旧41条は、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」との規定であって、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に限り、本来は明細書の要旨の変更であるものについても、要旨の変更ではないとみなす旨の特則であるから、特許を受けた後の訂正請求について、上記規定と同様に解釈する余地はない。
(3)更に、被告は、仮にこのような補正が認められないとすれば、被請求人は、当該特許権を確実に維持するためには、訂正請求書を提出するときに、公知技術との相違を明確にするために合理的に必要な範囲を大きく越えて特許請求の範囲を減縮する必要があることになるが、これが被請求人にとり極めて酷な結果となることは明らかである旨主張する。
しかし、無効審判における被請求人は、特許法134条1項により、無効審判請求書の副本の送達を受け、無効審判請求の根拠となる公知技術等を知らされた上、相当の期間を与えられているのであるから、訂正請求書を提出するときに、公知技術との相違を明確にするために合理的に必要な範囲を大きく越えて特許請求の範囲を減縮する必要があるということはできない。
(4)被告は、訂正請求書における特許請求の範囲の減縮が公知技術との相違を明確にする上で十分ではないときには、特許無効の審決がされるが、このときは、被請求人は当該無効の審決に対して審決取消訴訟を提起するとともに、明細書ないし図面を更に補正するために、別途訂正審判を請求する必要が生じるから、このようなことは、全体として見た場合に、無効審判の審理をいたずらに遅延させることになり、訂正請求の制度をおいた特許法の趣旨が没却されるとも主張する。
確かに、被告主張のような場合が生じることは否定することができないが、それは、無効審判において、被請求人がした訂正請求書における請求が不十分であったために起こる現象である。
一方、特許法131条2項は、審判請求書の補正に関する規定であるから、訂正審判請求にも適用されるものであるところ、仮に訂正審判請求書の補正によって訂正を求める範囲を拡大変更することができるとするならば、補正の内容が小出しにされ、これが何度も繰り返されて、訂正審判の審理がいたずらに遅延させられる可能性もあるのであって、訂正を求める範囲の拡大変更を制限することも、全く不合理とは言い切れない。
以上のとおり、訂正審判請求書ないし訂正請求書の補正について、訂正を求める範囲の拡大変更等の要旨の変更を制限することには、長所短所があるのであって、被告主張のような場合が生じるとしても、それによって訂正請求の制度をおいた特許法の趣旨が没却されるとまでいうこともできない。
したがって、被告の主張は理由がない。
4 以上のとおり、本件手続補正書による訂正事項2)及び4)の追加は、本件訂正請求書の要旨を変更するものであって許されないものである。ところが、審決は、訂正事項2)及び4)による訂正も含めて訂正を認めた上で、訂正後の特許請求の範囲に基づき本件訂正後発明の要旨を認定したのであるから、本件訂正後発明の要旨の認定を誤った違法があるといわざるを得ず、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、審決は、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れない。
第3 結論
よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充