H17. 1.18 東京高裁 平成15(行ケ)166 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第166号 審決取消請求事件
平成16年12月15日口頭弁論終結


     判    決
 原 告 三共株式会社
 訴訟代理人弁護士 古屋正隆,弁理士 平木祐輔,石井貞次,大屋憲一
 被 告 株式会社昭栄
 訴訟代理人弁護士 鈴木修,弁理士 村上清,山本修,復代理人弁護士 下田憲雅


     主    文
 特許庁が無効2002−35252号事件について平成15年3月18日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。


     事実及び理由
 本判決では,審決及び特許請求の範囲の記載並びに書証等の記載を引用する場合を含め,「および」は「及び」,「または」は「又は」などと公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。


第1 原告の求めた裁判
 主文同旨の判決。


第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告を特許権者とする後記本件特許について,無効審判の請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本件特許
 特許権者:株式会社昭栄(被告)
 発明の名称:「ニトロイミダゾール系化合物を含むアトピー性皮膚炎治療用の外用剤」
 特許出願日:平成11年7月21日の特願平11−206508号を原出願とし,平成12年7月18日にその一部を新たな出願としたもの(特願2000−216886号)。
 設定登録日:平成13年5月25日
 特許番号:第3193028号
 (2) 本件手続
 審判請求日:平成14年6月19日(無効2002−35252号)
 審決日:平成15年3月18日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」

 審決謄本送達日:平成15年3月28日(原告に対し)
 2 本件発明の要旨(以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などといい,すべての発明を総称して単に「本件発明」ということがある。)
【請求項1】 次式(I)
【化1】(構造式は省略)
(式中,R
1及びR2は,それぞれ独立に,直鎖又は分枝鎖状のアルキル基又はアルキルアルコール基を表し,水酸基,ベンジル基,フェニル基,シクロアルキル基,エーテル基,及び/又はアミノ基を有していてもよい)で示されるニトロイミダゾール系化合物又はその薬理学的に許容される塩を有効成分とする,アトピー性皮膚炎治療用外用剤。
【請求項2】 ニトロイミダゾール系化合物が,2−(2−メチル−5−ニトロイミダゾール−1−イル)エタノールである,請求項1記載の外用剤。

【請求項3】 有効成分の配合量が,製剤重量を基準として,0.01〜20重量%である請求項1又は2記載の外用剤。
【請求項4】 製剤のpHが,2.0から9.0の範囲内である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の外用剤。
【請求項5】 軟膏剤,クリーム剤,ローション剤,含水性のある貼付剤若しくは含水性のない貼付剤,シャンプー剤,ジェル剤,リンス剤又は液剤である,請求項1ないし4のいずれか1項に記載の外用剤。
【請求項6】 有効成分の配合量が,製剤重量を基準として,1.5〜20重量%である請求項3記載の外用剤。
【請求項7】 さらに,クロタミトンを含有する請求項3ないし6のいずれか1項に記載の外用剤。
【請求項8】 酸を溶解剤としてなる請求項3ないし請求項7のいずれか1項に記載の外用剤。

 3 審決の理由の要点
 (1) 審決は,請求人(原告。以下,審決の引用部分を含め「原告」という。なお,被請求人を「被告」という。)の主張を次のとおり,整理した。
 「無効理由1:本件発明は,明細書の詳細な説明にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載されておらず,特許法36条4項の規定により特許を受けることができない。具体的には,本件明細書の「臨床試験例」が,有効/無効を判定でき得る記載となっておらず(無効理由1−1),疑問点があり信憑性にかけ(無効理由1−2),実施に疑問があり(無効理由1−3),データ等の管理につき疑問がある(無効理由1−4)。
 無効理由2:本件発明は,その特許請求の範囲に記載されている技術的手段が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されておらず,産業上利用できない未完成の発明であり,特許法29条柱書きの規定により特許を受けることができない。

 無効理由3:本件発明は,審判甲6(本訴甲3−7。中川「移植免疫抑制剤によるアトピー性皮膚炎の治療」薬局Vol.47, No.8 (1996) pp1137-1141)及び審判甲7(本訴甲3−8。Kostakisら,IRCS,Medical Science 5, p142 (1977))に記載された事項に基づいて容易に発明できたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」
 (2) 審決は,上記無効理由1(特許法36条4項違反)の主張に対して,大要次のとおり判断した。
 (a)(無効理由1−1について)
 「特許法は,明細書の発明の詳細な説明の記載に関し,『その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。』(特許法36条4項)と規定しているから,特許発明の有効性についてはこの要件を満たすものであれば良く,原告の主張するようなプラセボの使用や各種の治験結果と比較した効果の記載が常に求められているものではないことは明らかである。

 そして,この観点から本件明細書での有効性に関する記載を検討すれば,本件明細書には,組成が明確に示されている本件発明に係る薬剤を投与した際の効果が明瞭に示されているのだから,本件発明の効果について,『その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分』なように記載されていないとすることはできず,本件明細書の記載方法は,特許法36条4項の規定に違反しているとはいえない。」
 「本件発明に係る試験について検討すると,本件明細書に記載されている試験数はA〜Jの10例であるが,被告は,全試験数は30例位であったと述べ,この差について,『引越しや転勤等のため経過を見ることができなかったり,来院しなかったり,あるいは治癒したと思われるが確認が取れなかった患者がいる』と…一応の合理性のある説明をしており,評価に至らなかったものの中にも,改善を示した例が存在していたことも推測し得る上,本件明細書に記載されていない残りの約20例全てで効果がなかったと仮定しても,本件発明に係るニトロイミダゾール系化合物の使用により,薬剤投与開始3週間後で約30%(9件/約30件)の試験例で,また,薬剤投与開始4週間後で約33%(10件/約30件)の試験例で,それぞれ効果があったことが認められる(本件明細書表2及び表3)。そして,その改善の度合いも『赤疹,湿疹等の皮膚炎症状がなく,掻痒感もなく,正常な皮膚状態である』というものである。

 ここで,本件発明における,『赤疹,湿疹等の皮膚炎症状がなく,掻痒感もなく,正常な皮膚状態である』の程度が,審判甲8(判決注:本訴甲5−2)の『治癒』,『著明改善』,『中程度改善』,『軽度改善』,『不変』,『悪化』のどのレベルに相当するのかは,必ずしも明らかなものではないが,その表現ぶりから判断して,かなりの程度まで改善が図られているものと認められるから,少なくとも『著明改善』程度の改善水準にあるとすることが,極めて自然である。
 そうしてみると,本件発明に係る薬剤を使用した試験例では,3週間後で約30%の割合で,そして4週間後には約33%の割合で,『著明改善』以上の効果をしているとすることができるのであるから,この値は,甲8での治験開始3週間後の『著明改善』以上の値,23.1%より明らかに高い値である。そして,実際には,本件明細書に記載されていない約20例の試験例中にも,同様の効果を示した例があったとすることが自然であり,その場合には,本件発明で効果があったとする割合は,甲8のそれよりも一層高い値を示すことになる。

 したがって,本件発明は,甲8が示唆するプラセボ効果,自然治癒を越えた有効性を示すものと認められ,プラセボ効果,自然治癒について,本件明細書には明示的な記載はないが,それを考慮しても本件発明の有効性を否定することはできない。」
 また,…原告が引用する判決(東京高判平12.3.23)…は,医薬品に係る発明に関する明細書の記載要件として,対照群を用いた実験を実施することを求めたものではない。
 さらに,…明細書において評価者を特定することが要求されるものではない上,明細書に記載された評価が客観性を欠くと考えるべき格別の理由は明細書の記載から見出せず,しかも,被告の提出する答弁書によれば,医者が関与することにより『客観的』な効果の指標である赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が判断されている」
 (b)(無効理由1−2について)

 「掻痒感は,確かに主観的なものであるが,患部を掻く頻度,強さの度合いからもその掻痒感の程度を十分に観察できるものであることは明らかであり,親又は付添い人を通しての問診により掻痒感を判定したことをもって,本件明細書に記載の臨床試験に疑問点があり信憑性にかけるとすることはできない。」
 (c)(無効理由1−3について)
 「被告は,医師あるいは看護婦が塗布方法を指導した上で,被験者自身が試験品を塗布する方法で,『平成11年3月,4月ごろから7月』まで,『約30例位』の試験を行ったこと,『(本件特許の発明者である)Y1が医師から話を聞き,医師と相談しながら評価のスコアー付けを行った』こと,『患者自らの『掻痒感』と皮膚の状態である『湿疹』を評価項目として,医師とY1が相談して総合評価を行った』ことなどを述べ,当該『臨床試験』の試験時期,試験数,塗布者,試験評価者などについて,具体的な主張をするものである。…ところで,被告は,『試験記録は破棄せざるを得なかった』ので,『(上記の)説明は記憶に基づくもの』として,試験方法に関するより詳細な情報の入手はこれ以上不可能な状況にある。

 しかしながら,上記の主張だけで判断しても,被告の述べるところはある程度の具体性があるし,また,『ほとんど何らかの効果が見られたが,最後まで結果が得られなかった患者がいた。それは,引越しや転勤等のため経過を見ることができなかったり,来院しなかったり,あるいは,治癒したと思われるが確認が取れなかった患者がいるためである。』と,必ずしも被告に有利とならない点も述べていることを踏まえれば,本件特許出願に先立ち何らの試験をも行っていないとまですることはできない。
 そうしてみると,本件発明に係る試験の実施に疑問があるとまですることはできない。」
 (d)(無効理由1−4について)
 「データ管理が不適切なために,本件明細書に記載されたデータと本来の試験結果とが相違する場合として,病院側のデータ管理が不適切であった場合と出願人側のデータ管理が不適切であった場合とが考えられる。

 まず,病院側のデータ管理に関して,被告は,一の病院では2以上の薬剤の試験は行っていないと述べるものであるから,病院においてデータの相違が発生し得たものとすることはできない。一方,出願人側のデータ管理に関して,当該技術分野で,一つの企業内で,複数の試験を平行して実施することは普通に行われることである。その際に,製造ロット番号,容器の色,形によって試験を識別することは,一般的に使用されている手法であり,それらが適切なデータ管理に寄与するものであることは当業者に自明の事項である。そして,被告はそのような汎用の手段を採用したと述べており,これに反する格別の事情も見出せないから,本件発明に係る試験において,被告に適切でないデータ管理があったとすることはできない。
 そうしてみると,本件においてデータの管理が不適切であったとすることはできない。」

 (3) 審決は,上記無効理由2(特許法29条柱書き違反)の主張に対して,大要次のとおり判断した。
 「本件発明の発明者以外の者が本件発明と同一あるいは類似する内容を刊行物に発表していないことが,直ちに本件発明が産業上利用できないことを意味するものでないことは明らかである。そして,逆に,本件発明は本件明細書に『臨床試験例』として記載のとおり実施可能なことが示されているから,産業上利用できる発明ではないとすることはできない。」
 「審判甲9(判決注:本訴甲5−3)の記載によれば,少なくとも発行された1997年(平成9年)時点では,アトピー性皮膚炎の動物モデルとして確立されたものは存在しないとされている。そして,1997年以降,本件特許が出願された1999年(平成11年)の時点で,甲9に記載の方法がアトピー性皮膚炎の動物モデルとして確立したものとして認識されていたことを示す証拠は提出されていない。この点に関して,原告は,審判甲5(判決注:本訴甲3−6)記載の方法と同様の方法によるスクリーニングは多数行われていることを主張するにとどまり,甲5記載の試験方法が,アトピー性皮膚炎の治療薬のスクリーニング方法として確立していたとの主張はなかった。

 そうしてみると,甲5で採用されている実験方法がアトピー性皮膚炎の動物モデルとして確立されたものであるとすることはできない。そして,当該実験方法で効果を奏しなかったことのみをもって,本件発明がアトピー性皮膚炎の治療に利用できない未完成の発明であるとまですることはできない。
 なお,仮に,甲9に記載の実験系が,『アトピー性皮膚炎の薬剤評価モデルとして有用である』と認識されたものであったとしても,皮膚炎を誘発するために使用されている薬剤が甲9に記載の実験系ではジニトロクロロベンゼンであるのに対して,甲5の実験ではトリニトロクロロベンゼンであるから,直ちに両者が同一の実験系であり,甲5で採用されている実験系が『アトピー性皮膚炎の薬剤評価モデル』であるとすることはできない。
 さらに,アトピー性皮膚炎の代表的な自覚症状としては,”強いかゆみ”があげられるところ,本件特許の特許請求の範囲に記載の一般式(I)に包含されるメトロニダゾールに『掻痒行動の抑制効果』があることが,本件無効審判の請求日より前に被告以外の者により実施された試験により示されていて,メトロニダゾールのそのような掻痒行動の抑制作用を踏まえるならば,メトロニダゾールを含む本件発明に係る一般式(I)の化合物が,アトピー性皮膚炎の治療に際し有用な作用をもたらすことも,当然あり得ることであるといわざるを得ない。

 …本件発明を未完成なものとすることはできない。」
 (4) 審決は,上記無効理由3(進歩性の欠如)の主張に対して,大要次のとおり判断した。
 「本件発明1と甲7に記載の発明とを比較すると,メトロニダゾールは,本件特許の特許請求の範囲に記載の式(I)に包含される化合物であるから,両者はメトロニダゾールを有効成分とする薬剤である点で同一であり,前者はそれが『アトピー性皮膚炎用外用剤』であるのに対して,後者は『免疫抑制剤』である点で相違する。
 そこで,『免疫抑制剤』を『アトピー性皮膚炎用外用剤』に転用することの困難性について検討すると,甲6には,『移植免疫抑制剤の外用剤は(アトピー性皮膚炎の治療に使用する)ステロイド外用剤に変わりうる薬剤として期待される』との記載があるのみであって,甲6は,移植免疫抑制剤をアトピー性皮膚炎の治療に転用する可能性があることを示唆するにとどまっている。」

 「本件特許の出願時には,『移植免疫抑制剤』として認識される薬剤が数多く存在していたことは明らかであるから,甲6が『移植免疫抑制剤』を『アトピー性皮膚炎外用薬』に転用する可能性を示していたからといって,数多く存在する移植免疫抑制剤の中から,甲7で免疫抑制作用を有することが知られているメトロニダゾールを選択し,これにアトピー性皮膚炎の治療効果を有することを見出すことが,当業者に格別の困難なく実施できたものとすることができない。
 したがって,甲6及び7に記載された発明に基づいて,当業者が本件発明1を容易に想到し得たものとすることができない。
 本件発明2〜8は,本件発明1を更に特定したものであるから,同様に,当業者が容易に発明できたものとすることはできない。」


第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決は,本件発明が特許法29条1項柱書きにいう発明には該当しないにもかかわらず,これに該当するものとし(取消事由1),本件発明が同法36条4項に規定する要件を満たさないにもかかわらず,これを満たすものとし(取消事由2),また,本件発明が進歩性がなく,その特許は同法29条2項の規定に違反してされたものであるにもかかわらず,同規定に違反してされたものではないとした(取消事由3)ものであり,違法として取り消されるべきである。なお,取消事由1においては,本件明細書に記載の臨床試験例(試験例2及び3。以下,この試験を「本件臨床試験」といい,その結果を「本件臨床試験例」又は単に「試験例」ということがある。)が真実実施されたものかどうか,また,本件臨床試験がステロイド含有製剤ではなくメトロニダゾール単剤についてなされたものかどうかが問題であり,取消事由2においては,試験方法や結果の評価が適切であったかどうかが問題である。

 1 取消事由1(特許法29条1項柱書き違反についての認定判断の誤り)
 本件発明は,発明として未完成であり,29条1項柱書きにいう発明には該当しないため,本件特許は,同条の規定に違反してされたものであり,無効とされるべきである。
 (1) 本件臨床試験の不実施
 以下に示すとおり,本件明細書(甲2)に試験例として記載されている本件臨床試験は,真実行われたものではなく,それらの試験データは捏造されたものと考えるのが適当である。したがって,「本件発明に係る試験の実施に疑問があるとまですることはできない。」とした審決は,誤りである。
 また,本件明細書のその他の記載からも,メトロニダゾール単剤のアトピー性皮膚炎への効果が実際に確認されたことを窺い知ることができないから,本件出願時点において,出願人である被告は,本件発明の効果を何ら確認しておらず,本件発明は未完成であるといえるので,本件特許は無効である。

 (a) 本件臨床試験データの不所持
 本件試験実施の事実を証明するには,実際の試験データ(本件においては医師のカルテ等)を示すことが最も容易かつ直接的であるが,被告は,試験例の記載の根拠となる試験データを開示しておらず,本件臨床試験が実際に行われたことを証明できていない。データを開示できない理由として,被告は,原告からの指示によってデータを破棄したと主張しているが,原告が被告に対してそのように指示した事実はない(甲26−2)。原告が廃棄を指示し得なかったチニダゾールに関するデータについても,原告の指示により破棄したと主張していることから,被告の主張は,虚偽の弁解であることが明白である。被告が試験データの管理記録すら証拠として提出できない状況からみて,そもそも試験例の根拠となるデータ自体が存在しなかったことが明らかであり,試験例は捏造されたものと考えざるを得ない。

 (b) 関与した医師の非開示・不存在
 被告は,本件臨床試験が5人の医師により行われたと主張するが,P1医師(以下「P1医師」という。)以外の4人の医師については,何ら具体的な情報が開示されていない。医師による臨床試験であればカルテを有しており,それが試験実施の真実性を最も端的に証明できる証拠となるにもかかわらず,被告は,カルテはもとより4人の医師の名前すら開示していない。被告は,医師の名前が原告に知れることをおそれて医師名を開示できないと主張するが,医師名を伏せた上でのカルテの提出やインカメラ手続などの方法により,原告に名前を知られることなく医師の存在を証明することは容易に可能だったはずである。にもかかわらず,被告は,それらの証拠を全く提出せず,単に医師名を開示できないと主張するのみで,それ以上に何ら証明しようとしない。このような被告の態度は,P1医師以外の4人の医師は実際には存在せず,本件臨床試験も実施されていないという以外に合理的な理由は考えられない。

 (c) P1医師の陳述と試験例の記載の齟齬
 被告が本件臨床試験を行った医師として唯一名前を挙げているP1医師の陳述(乙1)と,試験例の記載との間には,明らかに齟齬がある。具体的には,乙1によれば,再来は1〜2週間ごととされているところ,本件明細書の試験例には3日後の評価が記載されている。また,P1医師は痒みに関するスコア化の方法を知らず,これについて被告代表者と協議したこともなく,被告に対しては「痒み減少」とのみ知らせたというにもかかわらず,本件明細書には痒みに関する区分けが詳細になされている。これらの事実から,本件明細書に記載の試験例は,P1医師が行ったものとは到底考えられず,前記(b)と合わせ考えれば,試験が実際には行われていなかったものと断定できる。
 (d) スコア化の不自然さ

 被告は,医師と相談して被告代表者がスコア化を行ったと主張しているが,スコア化を相談した医師の存在について,何ら証明がなされていない。そもそも,本件明細書に記載されているスコア化の基準からみて,スコア化に医師は関与していないと考えるのが妥当であり(甲9−1),このことは試験例を実施したとするP1医師ですらスコア化に何ら関与していないことからも合理的に裏付けられる。この事実からも,試験例が真実行われたものでないことが明らかである。
 (e) アトピー性皮膚炎への効果の不存在
 原告が行った動物実験(甲3−6)は,P2教授(以下「P2教授」という。)やP3教授(以下「P3教授」という。)によれば(甲17−2,8),急性接触性皮膚炎モデルであり,アトピー性皮膚炎に対する動物モデルとして広く専門家の間で認知されているものであるが,メトロニダゾール単剤は,この試験において,アトピー性皮膚炎への効果を示さなかった。また,原告は,よりアトピー性皮膚炎についての再現性が高い慢性接触性皮膚炎モデルでの実験も行っており,効果が認められないことを確認している(甲13−3)。さらに,原告は,in vitroの試験(甲15)やアトピー性皮膚炎に関係あると考えられる他の試験(甲13−1・4)も行っているが,メトロニダゾールは,効果を示していない。

 以上の動物実験の結果から,メトロニダゾールがヒトのアトピー性皮膚炎に対して有効であるとは,到底考えられない。
 なお,被告は,原告が「ヒトのアトピー性皮膚炎への有効性を直接確認する実験を行い得る立場に」あるというが,原告は,そのような立場にはなく,実際にヒトでの効果を試験することができなかったため,行い得る動物実験を各種行ってデータを蓄積し,その上で効果がないことを主張した。
 一方,被告が提出したウェルファイド株式会社(以下「ウェルファイド社」という。)の動物試験結果(甲6−13)は,掻痒感を押さえるものと評価できない上(甲8),実験者の主観が入りやすい試験方法であり(甲10),その手法や結論の妥当性を保証すべき第三者のレビューを経ていないので,信頼性で問題があり,アトピー性皮膚炎に対して有効性を示すものとはいい得ない(甲33,34)。

 また,被告がP4教授(以下「P4教授」という。)の意見書(乙6−1)に添付したアトピー性皮膚炎の臨床試験データの表は,P4教授ではなく「ある皮膚科開業医」という実在しているかどうかも不明な人物による試験であり,しかも出所,条件,薬剤の提供者等も全く不明なため,信用性は著しく低い。
 P1医師の陳述書(乙1,23)は,予断に基づいて診断された蓋然性が極めて高く,しかも薬剤自体が被告から提供されており,ステロイドが混入されていた可能性も否定できない。そもそもP1医師は,メトロニダゾール入りの基剤を自らが作って比較することは意味がないと考え,基剤についてのみ効果を確かめたことがあったが,それについてすら効果を判断するだけの症例がないとしていたところであり(甲39),その陳述は,重要な部分で変遷しており,信用し得ない。

 さらに,被告は,原告の従業員がステロイドの混入を強く疑うに至った以降も,原告が特許庁への拒絶理由に対する意見書等の作成に関与したことをもって原告の主張に矛盾があるとし,原告が本件製剤のヒトのアトピー性皮膚炎に対する顕著な効果を認識していた,と主張する。しかし,ステロイド混入を発見した後も,原告が特許化の手続に関与していたのは,事実確認のために関係者からの事情聴取などに時間を要しており,その間は,単にライセンス契約の当事者としての債務を履行していたからにほかならない。
 このように,被告の主張は,信用性できず,あるいは失当であるので,原告による動物実験の結果を覆してメトロニダゾールがヒトのアトピー性皮膚炎に有効であるとまでいい得ることはできない。
 (f) 以上からすれば,本件明細書に記載の本件臨床試験例は,真実のデータではあり得ず,捏造されたものであることが優に結論付けられる。

 (2) ステロイド含有製剤での臨床試験等
 (a) P2教授へのステロイド含有製剤の配布と原告への欺罔
 被告は,P2教授に対し,ステロイド含有の事実を告げずに,含有製剤を配布している(甲17−1・2,18−1・2)。被告は,P2教授により得られた結果を「メトロニダゾール単剤」のデータとして原告に送付し(甲19−1・2),メトロニダゾール単剤の開発のために作成された治験概要書(甲19−3)に記載させている。これは,メトロニダゾール単剤では効果がないと知っていた被告が,ステロイドによる効果を,あたかもメトロニダゾール単剤のデータとして利用しようと意図していたものとしか考えられない。
 (b) P6医師へのステロイド含有製剤の配布
 被告は,P6医師(以下「P6医師」という。)に対しても,同様に,ステロイド含有の事実を告げずに,含有製剤を配布し(甲20〔枝番号を含む〕,45),そこでの臨床試用の効果をメトロニダゾール単剤の効果として,P6医師をして原告に伝えさせた(甲20−1)。このように,被告は,本件製剤について,医師からステロイド含有の有無について確認されても,なお,含有していない旨の虚偽の事実を伝えて臨床試用させているが,本件明細書記載の試験例が真実メトロニダゾール単剤の効果であると被告自身が信じているならば,虚偽の事実を告げてステロイド含有複合剤を交付しなければならない理由はない。

 (c) P1医師へのステロイド含有製剤の配布
 被告は,本件出願と時期が極めて近接する時期である平成11年11月頃に,P1医師に対し,ステロイドを含有する複合剤を渡しており,しかも,P1医師には,それがステロイド含有製剤であることを知らせていない(甲16−1・2)。また,P1医師の陳述書(乙1)によっても,平成11年11月頃を境として,被告から提供を受けていた製剤の効果に違いが生じたことを認めることはできない。したがって,被告が本件臨床試験用にP1医師に渡していたものは,当初からステロイドを含有する複合剤であったものと推認するのが合理的である。
 (d) 原告へのステロイド含有事実の非開示と,被告の詐欺
 被告は,原告に対して,医師らのもとで得られた結果について,ステロイドを含有する複合剤の効果であることを知りながら,それを一切告げず(甲21−1・2等),メトロニダゾール単剤の効果であると誤信させ,原告とのライセンス契約(甲6−3)を締結させ,また,被告は,原告からロット番号を示してその処方内容の開示を求められた際にも,真実はステロイドが含有されていたにもかかわらず,そのことを一切告げていない(甲23〜26〔各枝番号を含む〕)。特に,原告が被告を初めて訪れたときに甲22を交付し,P6医師に対して効果を確認させている点は,看過できない事実である。このように,複合剤を交付しておきながら,単剤と信じている医師や教授をして,メトロニダゾール単剤の効果として動物実験や臨床での効果を語らせる被告の態度は,メトロニダゾール単剤が効果を有すると認識している者の態度ではない。なお,このライセンス契約は,被告の詐欺を理由に原告が解除した(甲46)。

 (e) メトロニダゾール単剤での臨床試験の不実施
 上記(a)〜(d)に示したとおり,被告は,P2教授,P6医師,P1医師あるいは原告の従業員らに対して,幾度にもわたってステロイドが含有されている事実をことさらに隠し,メトロニダゾール単剤と称して,医師や原告にステロイド含有製剤を提供した上で,その効果を単剤の効果であるとし,欺いていた。真実本件明細書記載の本件臨床試験が既に行われており,被告がメトロニダゾール単剤の効果を信じていたのであれば,すなわち,本件明細書に記載されているデータが真実のものであるならば,医師や原告に単剤を提供しない理由はないし,仮に,複合剤を提供することになった場合にも,あえてステロイド含有の事実を隠す必要はない。この被告の一連の態度にかんがみると,本件明細書記載の試験例についても,同様に,ステロイド含有製剤のデータであるとしか考えようがなく,少なくともメトロニダゾール単剤でのデータではないと考えるのが自然である。よって,仮に試験例が何らかの臨床試験に基づくものであったとしても,その臨床試験は,メトロニダゾール単剤を用いて行われたものではないといわざるを得ない。

 したがって,本件出願時点において,出願人たる被告は,本件発明の効果を何ら確認しておらず,本件発明は未完成であるといえるので,本件特許は無効である。審決は,本件明細書記載の本件臨床試験が真実メトロニダゾール単剤で実施されておらず,その記載自体及び審判における被告の説明に明白な矛盾があるのに,これを看過し,認定判断を誤ったものである。
 2 取消事由2(特許法36条4項違反についての認定判断の誤り)
 本件明細書に記載されている本件臨床試験例には対照試験が存在せず,また,評価手法が妥当でないため,有効・無効を判断できないものである。また,掻痒感の記載に信憑性がない。さらには,上記のとおり,薬理試験が捏造であり,薬理データに該当しない。また,データ管理が適切でなく,本件臨床試験例は信憑性に欠けるものである。

 よって,本件特許の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないため,本件特許は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないのであり,無効である。しかし,審決は,この点を看過し,認定判断を誤ったものである。
 3 取消事由3(本件発明の進歩性判断の誤り)(予備的主張)
 審決は,移植免疫抑制剤が数多く存在し,その中からメトロニダゾールを選択することが困難であることを理由として,進歩性を肯定している。しかし,本件出願当時に知られていた高々10種程度の移植免疫抑制剤(甲30)から1種を選択することは,格別の困難を伴うものではなく,審決は失当である。
 本件発明は,進歩性のない発明であって,本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである。審決は,この進歩性の判断を誤ったものである。


第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(特許法29条1項柱書き違反についての認定判断の誤り)に対して
 本件特許に係るメトロニダゾール単剤(以下「本件薬剤」という。)がアトピー性皮膚炎に対する治療効果を有することは,以下の事実から認められる。したがって,特許法29条1項柱書き違反という無効事由は存在しない。
 (1) 本件明細書に記載された本件臨床試験
 (a) 本件明細書の実施例
 本件明細書には,本件薬剤の製造方法,組成,及び10例の試験データが記載されており,アトピー性皮膚炎のヒト患者に対する効果が明確に示されている(甲2)。
 本件明細書の試験データは,被告の試験依頼に基づき,P1医師(乙1)及びその他4名の医師(甲40)が実施した試験から得られたものである。なお,P1医師以外の医師の陳述書等は,訴訟に巻き込まれたくないということで入手できず,名前を開示することも許されていない。なお,各医師より提供された生のデータは,原告の指示に従い廃棄した(甲6−11,乙19)。

 (b) ステロイドの混入
 原告は,前記試験で使用された本件薬剤にステロイドが混入していたと主張する(原告従業員であるP7の陳述書〔甲12−1〕)。しかし,原告と被告は,まずメトロニダゾール等の単剤を開発し,本件出願後にステロイド含有剤も含む複合剤の開発へと推移すると合意しており(甲6−3),本件出願日ころ以降には,単剤と複合剤が並存していた事実は原告も認識していたところ,上記陳述書(甲12−1)は,本件明細書作成のためにされた前記試験後に被告から薬剤を提供され,その薬剤に基づいて作成されたものであって,前記試験で使用された本件薬剤の成分とは一切関係がなく,本件薬剤にステロイド剤が混入していたとの主張の証拠にはならない。
 (c) 原告の認識
 原告自身も,ステロイドの混入していない単剤である本件薬剤のアトピー性皮膚炎の治療効果を認識していた。この点,原告は,遅くともステロイド混入を発見したとする平成12年8月末の時点で,ステロイドを加えなければ本件薬剤はアトピー性皮膚炎に効果がないという結論に至ったと言う。しかし,原告は,同年12月22日に,本件薬剤がアトピー性皮膚炎に有効であるという意見書等を特許庁に提出し(乙11),平成13年4月11日付けの「本願は特許されるべきである。」とする意見書(乙21)を特許庁に提出するなど,本件明細書作成に関与し,本件特許の成立のために尽力したことは(甲6−4),原告が本件製剤のヒトのアトピー性皮膚炎に対する顕著な効果を認識し,本件薬剤のアトピー性皮膚炎に対する有効性を原告自身,確信していたことを示すものである。このように,自己の行為と矛盾する原告の主張には信憑性がない。

 (d) 特許法上要求される試験レベル
 産業上利用できる薬剤かを判断するために要求される試験の程度と,薬事法上薬剤としてヒトに投与できる段階まで開発が進んだかを判断するために要求される試験の程度とは,同視すべきではない。前者に後者の程度の試験を要求するのは,先願主義の下で出願の時点では事実上不可能な要求を課すことになり,妥当でない。
 (2) P1医師による本件明細書記載データ取得後の使用
 乙1に記載されているP1医師による臨床試験結果は,ステロイドが含まれていないと実証された本件薬剤での結果であり,本件薬剤のアトピー性皮膚炎の患者に対する治療効果が認められる(乙23,24)。
 P1医師は,被告から本件薬剤の基剤及びメトロニダゾール原末の提供を受け,自ら院内製剤として作成しアトピー性皮膚炎の患者に使用した(乙1,23)。そして,使用したメトロニダゾールの原末には,ステロイドの1つであるプロビオン酸クロベタゾールを含む不純物は一切混入されていないことが認められる(乙24)。また,院内製剤(本件薬剤)と基剤のみをそれぞれ判定に必要なアトピー性皮膚炎の患者に使用した結果,本件薬剤は,基剤のみと比べ改善が認められる(乙1)。さらに,P1医師は,本件薬剤とステロイド剤との効果の違いを認識し,本件薬剤はステロイド剤とは違う効き方をするので興味があったと述べ,さらに免疫抑制剤であるプロトピックとも全然違う旨の見解を示している(乙23)。

 なお,甲16−1・2の陳述書と乙1の陳述書ではP1医師の陳述の内容に違いがあるが,乙1の「ニュアンス的に自分の本意とは異なるところがあるため再度陳述します」という記載,及び乙1は甲16−1より後に作成されたことから,乙1の陳述が本意であるのは明らかである。
 (3) 他の医師による使用 
 P4教授による意見書(乙6−1)に添付されている臨床試験結果によれば,本件薬剤のアトピー性皮膚炎患者に対する治療効果が確認できる。
 (4) ウェルファイド社による実験
 (a) 試験結果の妥当性及び信頼性 
 ウェルファイド社の試験結果(甲6−13)によると,本件薬剤には掻痒感というアトピー性皮膚炎患者の典型的な自覚症状(甲6−12)を軽減させる効果が認められ,したがって,本件薬剤がヒトのアトピー性皮膚炎の治療に有効であろうことを強く示唆している。

 上記試験は,ウェルファイド社という第三者が,本件無効審判開始前に実施し,その試験方法及び過程を考慮すると信頼性は高く(乙4の3頁1〜7行),原告社員も試験結果の妥当性を認めている(乙5の2頁4〜7行)。さらに,試験結果は,権威ある学術論文に掲載され(乙22),試験方法及び結果の妥当性,ひいては本件薬剤がアトピー性皮膚炎に対して治療効果を有する可能性が高いことが学術的に認められた。なお,被告は,上記試験に関与していないが,同社が合併を機に本件薬剤の開発から撤退したため,Y2らが試験結果を引き継ぎ,まとめて論文として投稿した。
 なお,メトロニダゾールを含むニトロイミダゾール化合物類に刺激性がないことは周知であり(乙2−1の3頁11〜18行),本件薬剤に刺激性がないことは原告自ら実施した試験からも認められる(甲19−3の11〜12頁)。

 (b) 原告の提出した安評センター試験について(甲31−1)
 安評センター試験は,上記ウェルファイド社による実験結果を否定すべく,原告が行わせた追試である。同試験では,非感作マウスにDNFBを適用した場合と感作マウスにDNFBを適用した場合に発現する引っ掻き行動の出現頻度に差が認められず,アトピー性皮膚炎に対する効果の評価試験を行うために不可欠なIgE依存性引っ掻き行動モデルは作成できなかったことから,IgE依存性引っ掻き行動に対する本件薬剤の効果を評価することはできず,ウェルファイド社の試験結果を批判する根拠とはなり得ない。
 (c) ステロイドの混入 
 原告は,被告がウェルファイド社に対し,ステロイドを混入したメトロニダゾール原末を提供したと主張するが,被告が同社からメトロニダゾールの原末の提供を求められた事実も,同社に原末を提供したという事実もない。同社の前身である吉富製薬は,メトロニダゾールを有効成分とする経口剤及び膣剤を製造販売しおり(乙27),メトロニダゾール原末を被告から提供を受ける理由はなかった。試験報告書にメトロニダゾールの入手先が記載されていない(甲6−13)のは,自らのメトロニダゾールを使用したからである。

 (5) 原告の動物モデルを使用した実験結果に基づく主張
 本件薬剤がヒトのアトピー性皮膚炎に対して治療効果がないとの原告の主張の根拠となる実験データは,原告が行った動物実験モデルの結果(甲3−6,13−1〜6)である。しかしながら,動物実験の結果からヒトに対して効果がないことを証明することは極めて困難である(乙2−1の3頁27〜31行)。いずれの動物実験モデルも薬剤がヒトに対して効果があるかを予測するために作成され,薬剤がヒトに対して効果がないことを調べるために作成されてはいない。動物モデル実験結果とヒトでの有効性が異なること,及び「メバロチン」の例のように動物実験で無効であってもヒトには有効なことがある(乙14)。また,アトピー性皮膚炎は,一部の高等動物のみに限った疾患である点も考慮すべきである。

 そもそも,原告が使用した動物実験モデルも,アトピー性皮膚炎に対する治療効果を予測するために確立された試験方法ではなく,原告が適宜選んだ試験方法にすぎない。ヒトのアトピー性皮膚炎の発症原因は特定されていないので,ある薬剤がアトピー性皮膚炎の治療効果を有するか予測するには,ヒトのアトピー性皮膚炎の複数の病態の一部を部分的に再現したいくつかの動物モデルのいずれかを選んで用いざるを得ないところ,原告の動物実験モデルを特に評価し,信用すべき理由はなく,前記の本件薬剤の治療効果を否定するものではない。
 原告は,急性接触性皮膚炎モデル(甲3−6,13−1〜6)では,炎症に対し何らかの作用を有する薬剤であれば必ず何らかの作用を見出せるはずだと言うが,そもそもメトロニダゾールは抗炎症作用を有する(乙13の2頁)のであり,根拠がない。しかも,原告が根拠とするP2教授の本件発明の製剤がアトピー性皮膚炎に効果がないとの判断は,甲5の実験系で効果のない薬剤は湿疹皮膚炎群には効かないという誤った事実を前提としているが,1%メトロニダゾール単剤ゲル外用剤がヒトの脂漏性皮膚炎に有効であり(乙6−3),この判断には信憑性がない。

 さらに,甲3,13−1〜6は,原告自身が行った実験結果であり,実験終了後合理的な理由なく報告書にまとめられるまで長期に放置されていた事実をも考慮すると,信用性に欠けるものである。
 (6) 本件製剤のアトピー性皮膚炎に対する治療効果を推認する事実
 本件薬剤のアトピー性皮膚炎の治療効果を推認する事実は,以下とおりである。
 (a) 別件訴訟(福岡地裁平成13年(ワ)第1409号等事件)において,P6医師は,アトピー性皮膚炎患者にメトロニダゾール単剤を経口投与し,治療効果があったと証言しているところ(甲20−13の185〜189項),経口投与で効果が確認された単剤が外用剤として皮膚に投与した場合にも有効であると考えるのは合理的である。
 (b) 別件訴訟では,原告社員のP8氏が,本件薬剤が動物のアトピー性皮膚炎に効果があった旨証言している(甲21−2の133項以下)。

 (c) 乙6−3には,1%メトロニダゾールゲル外用剤が,アトピー性皮膚炎と同じく発症機序が未だ不明であり,アトピー性皮膚炎と同じ湿疹・皮膚炎群に分類されている脂漏性皮膚炎に有効であることが示されている。
 (d) 本件特許の親出願の出願後に公開された中国の発明特許出願公開明細書には,メトロニダゾールを主成分とする非ステロイド複合剤がアトピー性皮膚炎の治療に有効であることが示されている(乙18)。
 (7) 福岡地裁・高裁の判断
 別件訴訟の判断事項と本件審決取消訴訟の審理対象とは直接関係がなく,別件訴訟の判断事項は,本件薬剤の有効性に関する判断を直接的には含んでいない。
 2 取消事由2(特許法36条4項違反についての認定判断の誤り)に対して
 本件明細書記載の臨床試験について
 (a) 本件臨床試験

 本件明細書には,本件薬剤の製造方法,組成,及び10例の臨床試験結果が記載されており,本件発明の構成及び効果について,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分」に記載されている(甲2)。なお,試験が実施された事実,試験の内容については,上記1(1)(a)のとおりである。
 (b) 掻痒感
 本件明細書の実施例における臨床試験の結果は,掻痒感と皮膚面の状態をスコア化して記載している(甲2)。学術レベルでかゆみをスコア化する方法が存在しないからといって,本件明細書においてかゆみをスコア化して表現することに何ら問題はない。
 (c) 本件製剤とステロイドを含有する製剤との混同
 前記単剤とステロイドを含有する複合剤との開発時期のずれを考慮すると,ステロイドを含有する製剤での試験結果等と本件出願前に実施した本件製剤による「臨床試験例」とを混同したものではないことは明らかである。

 (d) 再来期間
 本件明細書(甲2)記載のデータは,P1医師による試験のみに基づいたものではないので,P1医師の陳述書(乙1)と矛盾はない。
 3 取消事由3(本件発明の進歩性判断の誤り)(予備的主張)に対して
 甲3−7は,ある特定の移植免疫抑制剤がアトピー性皮膚炎に対しても効果があるとして,移植免疫抑制剤のアトピー性皮膚炎治療剤への転用の「可能性」があると示唆しているにすぎず,移植免疫抑制作用を有する薬剤一般が直ちにアトピー性皮膚炎に使用し得ることを示唆していない。しかも,移植免疫抑制剤は数多く存在し,原告が主張する10数種類ほどの抑制剤には(甲30),メトロニダゾールは含まれておらず,10数種類からメトロニダゾールを選択することは容易との主張は失当である。また,甲3−8にはメトロニダゾールが異所心臓移植における免疫抑制試験で平均拒絶日が若干延長されたことが記載されているにすぎない。このような甲3−7及び甲3−8とを組み合わせても,本件薬剤をアトピー性皮膚炎の外用剤として用いてみることは,当業者であっても容易に想到できるものではない。このことは,原告社員P9氏も認めていることである(甲6−14)。

 また,本件薬剤は,アトピー性皮膚炎の症状のうち,特に掻痒感の改善に効果が認められるという顕著な治療効果を有し,かつ,既知の外用剤に見られた副作用もないという点で非常に優れており(甲2,乙1,23),これらは当業者により予測される範囲をはるかに超えた顕著な効果である。
 したがって,本件発明には進歩性が認められる。


第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(特許法29条1項柱書き違反についての認定判断の誤り)について
 本件発明は,本件発明1ないし8からなるが,特許法29条1項柱書きの問題は,全ての発明に共通するものであることは明らかである。よって,審決と同様,本判決においても,全ての発明に共通する取消事由として,以下に検討する。
 (1) 個別具体的な問題の検討に入る前に,特許法29条1項柱書きに関する前提問題を検討しておく。
 (1-1) 「発明」とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものという(特許法2条1項)と規定され,「発明」は,技術的思想でなければならないとされているが,その技術内容は,目的とする技術効果を挙げることができるものであることが必要であって,そのような技術効果を挙げることができないものは,発明として未完成であり,特許法29条1項柱書きにいう「発明」に当たらず,特許を受けることができないものというべきである(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照)。

 目的とする技術効果を挙げることができるものであることは,そもそも「発明」といい得るための基本的かつ不可欠な要件であって,特許法29条1項柱書きは,当該発明についての特許権を根拠付ける規定であるというべきである。よって,拒絶査定不服審判の不成立審決に対する取消訴訟においてはもとより,特許の設定登録後の特許無効審判の無効審決又は無効不成立審決に対する取消訴訟においても,目的とする技術効果を挙げることができるものであること(特許法29条1項柱書きの発明性)については,特許権者(出願人)において,立証責任を負うものと解するのが相当であり,このことは,上記各審判手続においても同様であると解される(化学の分野においては,本件のように,目的とする技術効果を挙げることができるものであることにつき,実験ないし試験の結果を明細書に記載することによって明らかにされるのが通常である。そして,特許出願の審査においては,その性質上,明細書に記載された実験ないし試験の結果は,明細書の記載自体や技術常識に照らして特段の疑念を生じるものでない限り,真実実験ないし試験がされ,その結果が正確に明細書に記載されているという前提の下に,査定を行うことにならざるを得ないであろう。特許制度としては,特許法29条1項柱書きの発明に当たることについては,特許査定がされた後においても,特許無効審判及びその審決に対する取消訴訟において争いとなった場合に,改めて吟味されることが予定されているものというべきであり,特許査定がされたからといって,当該特許に係る発明が目的とする技術効果を挙げることができないとの消極的事実の立証責任を特許の無効を主張する者に対して負担させる趣旨であるとは解されない。実質的にみても,特許権者(出願人)は,発明が目的とする技術効果を挙げることができることを明細書に記載したのであるから,その根拠となる実験ないし試験の原資料(データ)を自ら有するはずのものであり,通常はその原資料(データ)によって立証することができるのであるから,特許権者に対して不合理又は過重な立証責任を負担させることにはならない。無効審判請求が特許査定により付与された特許権を剥奪する処分としての無効審決を求める性質を有することを考慮するとしても,上記立証責任の分配を別に考えるべき理由はないというべきである。)。
 目的とする技術効果を挙げることができるものであることの立証において,有力な手段は,上記効果を奏することを裏付けるものとして明細書に記載された実験ないし試験に関する原資料(データ)であろう。したがって,特許権者としては,特許査定後も上記原資料(データ)を保管し,争われた場合の立証に備えるのが適切な措置であり,これらを廃棄した場合には,原資料(データ)以外の手段によって,証明することも不可能ではないが,相当困難な立証になることも予想される。しかし,いずれにしても,証明ができなかったことの不利益は,特許権者が負うべきものである。
 (1-2) 本件発明の目的に関する本件明細書の記載
 (a) 本件明細書(甲2)によれば,「従来の技術」として,ヒトのアトピー性皮膚炎は,IgE関与のI型アレルギー反応に起因するといわれており,これまでにIgE関与PCA反応を抑制する作用を有する化合物を有効成分とするアトピー性皮膚炎治療用の外用剤が,種々開発されてきているが,実際に投与した場合,それほど有用なものはなく,アトピー性皮膚炎治療用の外用剤としては,未だに副腎皮質ホルモンであるステロイド系抗炎症外用剤がその主流を占めているというのが現状であると指摘されている(段落【0002】)。ところが,ステロイド系抗炎症剤は,長期にわたり使用すると,腎不全,糖尿病,視床下部,下垂体,副腎皮質系機能の抑制などが起こるなどの全身的副作用が発生すること,その外用剤であっても,局所的な皮膚感染症の悪化,挫瘡などの副作用を示すことが多く,投与期間中又は投与中止後の瘢痕,肝斑,雀卵斑等の発生や投与中止後におけるリバウンドの問題も社会問題として指摘されていること,大学病院その他の治療機関でもこれといった治療法は確立されていないのが現状であることが指摘されている(段落【0003】)。このため,ステロイド系抗炎症外用剤に代わる,副作用のない,より有効なアトピー性皮膚炎及び/又はその関連する皮膚疾患治療用の外用剤の早急なる開発が望まれているとしている(段落【0003】)。
 (b) 本件明細書(甲2)は,以上をふまえ,【発明が解決しようとする課題】として,「本発明は,上記の現状を鑑み,ステロイド系抗炎症外用剤に代わる,より優れたアトピー性皮膚炎及び/又はその関連する皮膚疾患治療用の外用剤を提供することを課題とする。」(段落【0005】)としている。
 (1-3) 本件発明の目的とする技術効果を挙げることができたことに関する明細書の記載
 (a) 本件明細書(甲2)は,「本発明者は,その点を検討した結果,これまでに何らアトピー性皮膚炎又はその関連する皮膚疾患について検討されていなかったメトロニダゾールが,優れたアトピー性皮膚炎及び/又はその関連する皮膚疾患に対して治療効果のあることを見出した。しかも,かかる化合物を安定に配合した外用剤は,極めて有効な治療効果を示すとともに,これまでのステロイド系抗炎症外用剤に見られるような副作用(投与中止後のリバウンド等)を全く示さないことを確認し,また,試験又は治療の結果,治療前より点在した皮膚組織の色素沈着,瘢痕,肝斑・雀卵斑等も減少,消失することを新発見した。」(段落【0005】)とした。

 そして,本件明細書(甲2)は,課題を解決するための手段として,本件特許請求の範囲に記載された構成を掲げている(段落【0006】〜【0013】)。
 (b) 本件明細書(甲2)は,臨床試験例(試験例2及び3)として,本件発明の実施例1で製造された軟膏剤及び実施例4で製造されたクリーム剤を使用した本件臨床試験の結果を引用し,以下のように,目的とする技術効果を挙げることができたことを記載している。
「【0038】試験例2:臨床試験例
 上記実施例1で製造された軟膏剤を実際のアトピー性皮膚炎症患者に投与してその治療効果を検討した。対象患者として,以下の患者に投与した。
 対象患者A:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢1歳の小児(男児)
 対象患者B:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢2歳の小児(男児)
 対象患者C:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢40歳の女性

 対象患者D:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢60歳の女性
 対象患者E:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢27歳の男性
【0039】方法
 対象患者A及びBに対しては,アトピー性皮膚炎症の激しい顔面に,1日2回実施例1で製造した外用軟膏剤を,連続4週間にわたり塗布し,その炎症の状態を観察した。また,対象患者C,D及びEに対しては,アトピー性皮膚炎症の激しい下腿部から踝部までの患部に,1日2回実施例1で製造した外用軟膏剤を,連続4週間にわたり塗布し,その炎症の状態を観察した。
【0040】治療開始時の赤疹,湿疹等の皮膚炎症状,その後の経時的治癒状況を,3日後,1週間後,2週間後,3週間後,4週間後にスコア化し,治療効果の評価を行った。また,4週間後における皮膚表面の掻痒感の有無,皮膚状態を評価した。

【0041】なお,評価のスコアは以下のとおりである。
 5:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が激しく,掻痒感が非常にあり,無意識のうちに皮膚表面を掻いてしまい,それによる傷の存在も見られる。
 4:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が激しく,掻痒感があるが,評価5ほどのことはない。
 3:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が確認でき,掻痒感が気になる程度。
 2:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状はわずかに確認できるが,それほど一般の正常な皮膚と変わらない程度。
 1:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状がなく,掻痒感もなく,正常な皮膚状態である。その結果を下記表2にまとめた。
【0042】【表2】                                                        
患者開始時3日後1週間後2週間後3週間後4週間後 総合評価
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常

【0043】以上のように,本発明の外用軟膏剤によっては,アトピー性皮膚炎の治療において,塗布開始後3〜7日で皮膚炎症状の改善が見られ,3〜4週間後には正常皮膚と変わりない状態になった。また,臨床試験の結果,ステロイド剤などの副腎皮質ホルモンを使用していた患者の皮膚状態にみられる肝斑,雀卵斑などの色素沈着,瘢痕などが,本発明による外用剤を使用したことにより,減少又は消失したことを新発見した。なお,塗布に際しても製剤的な刺激性は全くなかった。また,投与中止後もステロイド系の外用剤に見られるようなリバウンド等は認められなかった。
【0044】試験例3:臨床試験例
 上記実施例4で製造されたクリーム剤を実際のアトピー性皮膚炎症患者に投与して,その治療効果を検討した。対象患者として,以下の患者に投与した。
 対象患者F:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢2歳の小児(男児)
 対象患者G:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢8歳の小児(男児)
 対象患者H:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢50歳の女性
 対象患者I:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢40歳の女性
 対象患者J:アトピー性皮膚炎に罹患している年齢27歳の男性
【0045】方法
 対象患者F及びGに対しては,アトピー性皮膚炎症の激しい顔面に,1日2回実施例4で製造した外用クリーム剤を,連続4週間にわたり塗布し,その炎症の状態を観察した。また,対象患者H,I及びJに対しては,アトピー性皮膚炎症の激しい下腿部から踝部までの患者に,1日2回実施例4で製造した外用クリーム剤を,連続4週間にわたり塗布し,その炎症の状態を観察した。

【0046】治療効果は,治療開始時の赤疹,湿疹等の皮膚炎症状,その後の経時的治癒状況を,3日後,1週間後,2週間後,3週間後,4週間後にスコア化し評価を行った。また,4週間後における皮膚表面の掻痒感の有無,皮膚状態を評価した。
【0047】なお,評価のスコアは以下のとおりである。
 5:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が激しく,掻痒感が非常にあり,無意識のうちに皮膚表面を掻いてしまい,それによる傷の存在も見られる。
 4:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が激しく,掻痒感がある。
 3:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状が確認でき,掻痒感が気になる程度。
 2:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状はわずかに確認できるが,それほど一般の正常な皮膚と変わらない程度。
 1:赤疹,湿疹等の皮膚炎症状がなく,掻痒感もなく,正常な皮膚状態である。その結果を下記表3にまとめた。

【0048】【表3】                                                        
患者開始時3日後1週間後2週間後3週間後4週間後 総合評価

掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
掻痒感:なし
皮膚面:正常
【0049】以上のように,本発明の外用クリーム剤によって,アトピー性皮膚炎の治療において,塗布開始後3〜7日で皮膚炎症状の改善が見られ,3〜4週間後には正常皮膚と変わりない状態になった。患者Bについては長期間ステロイド剤を使用していたためその副作用で皮膚がケロイド状になっているが,アトピー性皮膚炎は完治している。また,臨床試験の結果,ステロイド剤などの副腎皮質ホルモンを使用していた患者の皮膚状態にみられる肝斑,雀卵斑などの色素沈着,瘢痕などが本発明による外用剤を使用したことにより,減少又は消失したことを新発見した。なお,塗布に際しても製剤的な刺激性は全くなかった。また,投与中止後もステロイド系の外用剤に見られるような副作用などのリバウンド等は認められなかった。
【0050】
【発明の効果】以上記載のとおり,本発明の外用剤は,ステロイド系外用剤に代わるアトピー性皮膚炎及び/又はその関連する皮膚疾患の治療に極めて有用な外用剤であり,また,ステロイド系外用剤に見られるような副作用(リバウンド等)の懸念もないにもかかわらず,治療効果はステロイド剤と何ら隔たりなく,本邦に於ける初めてのアトピー性皮膚炎及び/又はその関連する皮膚疾患治療用外用剤であり,かつ製剤学的に極めて良好なものであるため,その医学的,皮膚科学的な貢献は多大なものである。」
 (c) 上記臨床試験例に使用されたとされる本件発明の実施例1及び4について,本件明細書(甲2)には,次のとおり記載されている。
「【0025】
実施例1:外用軟膏剤
 処方:
  メトロニダゾール  2g
  Tween 80  1g

  プロピレングリコール  28g
  白色ワセリン  69g
 製造方法:白色ワセリンを加温攪拌しながら,Tween 80,プロピレングリコール及びメトロニダゾールの混合物を添加する。これを連続攪拌しながら加温分散させる。次に攪拌しながらゆっくりと約25℃の温度に冷却し,適当な容器に採取する。
【0028】
実施例4:外用クリーム剤
 処方:
  メトロニダゾール  1.8g
  ステアリン酸  2g
  モノステアリン酸グリコール  12g
  モノステアリン酸ポリオキシエチレングリコール  3g
  ポリオキシエチレンセトステアリルエーテル(12E.O.)  1g
  ポリオキシエチレンセトステアリルエーテル(20E.O.)  1g
  セタノール 2g
  流動パラフィン  5g
  オクタン酸セチル  5g
  パラオキシ安息香酸エステル  0.3g

  シリコン  1g
  ミツロウ  1.5g
  1,3−ブチレングリコール  7g
  グリセリン  5g
  水酸化ナトリウム  適量
  塩酸  適量
  蒸留水  全量が100gになる量
 製造方法:蒸留水,1,3−ブチレングリコール及びグリセリンの溶解物に,メトロニダゾールを添加し,メトロニダゾールが完全に融解するまで塩酸を添加する。この液を約70℃に加温し,水酸化ナトリウムでpH6.9にする。これを,油相であるステアリン酸,モノステアリン酸グリコール,モノステアリン酸ポリオキシエチレングリコール,ポリオキシエチレンセトステアリルエーテル(12E.O.),ポリオキシエチレンセトステアリルエーテル(20E.O.)セタノール,流動パラフィン,オクタン酸セチル,シリコン,パラオキシ安息香酸エステル及びミツロウを約70〜75℃の温度で調整,融解した液に攪拌しながらゆっくり添加する。生じた乳化液を連続攪拌しながら約25℃の温度に冷却し,生じたクリームを適当な容器に採取する。」

 (1-4) 以上によれば,本件においては,@本件臨床試験が実際にされたこと,A本件臨床試験に使用された薬剤が,真実上記(1-3)(c)に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと,並びにB本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることが認められるのであれば,これを減殺するような特段の事情が認められない限り,本件発明の目的とする技術効果を挙げることができたことを推認することができるものといえるであろう。なお,原告は,これら,特に@,Aについて争っている。
 そこで,以下において,主として被告の主張に沿いつつ,上記の点を認めることができるか否かを検討する。
 (2) 被告は,前記第4,1(1)において,本件明細書に本件薬剤のデータなどが記載され,本件発明の効果が明確に示されていること,この試験データは,P1医師ほか4名の医師により実施された試験から得られたものであること,本件薬剤にステロイドが混入していた証拠はないこと,原告もステロイドの混入していない単剤である本件薬剤の治療効果を認識していたことなどを主張する。

 (a) 検討するに,本件では,上記(1-4)のように本件明細書における本件臨床試験に関する記載の真実性が問題なのであるから,明細書に記載されているということ自体が理由になるわけではない。そして,本件製剤へのステロイドが混入されていたということは,本件臨床試験に関する記載の真実性を疑わせる事情にすぎず,仮に,ステロイドが混入していた確証がないからといって,直ちに,本件臨床試験に関する記載が真実であると確定されることになるわけではない。
 (b) 本件臨床試験に関する記載の真実性に関する最も重要な証拠は,いうまでもなく,本件臨床試験の結果を示した本件明細書の記載を裏付ける資料,すなわち,本件臨床試験の原資料(データ)である。しかし,被告は,これらの原資料(データ)を平成12年8月28日ころ廃棄してしまったという(甲27−4,50,51−2。なお,前記のとおり,本件出願は,平成12年7月18日であるが,平成11年7月21日の特願平11−206508号を原出願とし,その一部を新たな出願としたものであり,本件特許の設定登録は,平成13年5月25日である。そうすると,被告によれば,上記分割出願の直後に廃棄し,特許の設定登録時には既に原資料(データ)は存在しなかったことになる。)。

 いずれにしても,被告は,本件審判及び本訴において,上記本件臨床試験の原資料(データ)を提出しない。その結果,被告は,原資料(データ)により本件明細書における本件臨床試験の結果を裏付けることができない。のみならず,被告が廃棄したとされる原資料(データ)が本件臨床試験の結果に合致したものであったか否か自体をも証明することができない。
 なお,被告は,原告の指示に従い廃棄したと主張する。具体的には,平成12年8月28日,原告社員であるP10らが被告を訪問し,Y1らに対し,「製剤の医療機関への提供について」と題する書面(甲6−11)及び「○○○共同開発契約書」(乙19)を提示し,開発中の製剤が既に医療機関において実際の患者に対し使用されていることが明らかになると今後の本件発明製剤の製品化へ向けた開発に支障が出ると説明し,被告代表者らに対し,記録など一切の資料の廃棄を求め,被告は,原告側の要請に応じるべきであると判断して,それまでの記録などを廃棄したと主張する(被告準備書面M)。

 検討するに,Y2(Y1の長男)は,甲51−2(平成15年10月31日付け陳述書・その2)において,原告から,「承認されていない薬が薬務課や厚生省に知れ渡ると,今後承認されない」と説明されて,すべての記録や製剤を廃棄するよう求められたと陳述している。また,Y1は,甲50(平成15年10月31日付け陳述書)において,「フェーズKに入り,その後そのような承認されていない製剤があるとなると問題が発生したときに…どう責任を取るのですか」と言われ,製剤と記録を廃棄するように言われたと陳述している。両者の陳述は,同日付けであるところ,似た陳述ではあるが,必ずしも厳密に一致しているわけではない。さらに,Y1は,甲27−4(後記別訴福岡地裁における本人調書,平成15年2月6日実施)において,「もう治験を行っておるから,すべて今までのものは廃棄しろと指示がありました。…もう治験やっとるからいいじゃないかということは,三共さんから言われました。」と供述しており,上記陳述とは,趣旨が異なっているというほかない。このように,廃棄を指示されたことを裏付けるかのような証拠はあるが,供述する者によって肝心な廃棄の理由について相違しており,信用性があるものとは認められない。このことに加え,原告の従業員は,廃棄の指示をしたことを明確に否定していること(甲26−2。後記別訴福岡地裁におけるP11の証人調書),本件主張にかんがみて検討しても,原告が被告に廃棄を指示する合理的な理由は証拠上認め難いことなどに照らせば,上記の廃棄が原告の指示に従ったものであるとの被告の主張については,これに符合する上記供述証拠はいずれも信用することができず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。その他,原告が本件において,本件臨床試験の原資料(データ)が廃棄されて存在しないことを主張して,本件特許の無効を主張することが許されないものとすべき事情は,見当たらない。
 結局,被告は,最も有力な証拠を自ら廃棄したものであって,これにより立証が困難となる不利益は,被告が負うべきであることはいうまでもない。

 (c) 被告は,本件臨床試験はP1医師ほか4名の医師により実施されたものであると主張する。もっとも,被告は,P1医師以外の4名の医師の陳述書等は入手できないとし,その氏名すら開示しない。
 そこで,P1医師の陳述等によって,@本件臨床試験が実際にされたこと,A本件臨床試験に使用された薬剤が,真実上記(1-3)(c)に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと,並びにB本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることを認定し得るか否かを検討する。
 (c-1) P1医師は,その陳述書(甲16−1・2,40)において,次のように陳述している(なお,本件発明の原出願日は,前記のとおり,平成11年7月21日である。)。
 すなわち,P1医師は,平成11年3月か4月ころ,出入りの薬問屋が,被告製造のアトピー性皮膚炎用のクリーム製剤を使ってみて欲しいと持ち込んだことによって,初めて被告を知った。P1医師が問屋に対して上記クリーム製剤に関する確認をしたところ,問屋は,「ステロイドは入っていない。」,「毒性検査済みである。」などの説明をした。P1医師が治療の効果が見られなかったアトピー性皮膚炎の患者に上記クリーム製剤を用いてみたところ,非常に有効であった。P1医師は,問屋を通じてクリーム製剤を届けてもらっては患者に用い,その結果を写真に撮って問屋を通じて被告に渡した。P1医師は,上記のとおり,ステロイドは入っていないと聞いていたので,患者にもそのように説明し,P1自身もそのように信じていた。被告の代表者であるY1と最初に会ったのは,同年の夏ころである。P1医師としては,上記クリーム製剤にステロイドが入っていないかどうか気になっていたので,いつどのように確認したかは明確ではないが,被告に直接確認した。被告からは,上記クリーム製剤の主剤がメトロニダゾールであると聞いたことがある。患者にリバウンドなどの副作用が現れなかったので,P1医師は,上記クリーム製剤は,ステロイドとは違うもので,メトロニダゾールが効いているものと考えていた。クリーム製剤は,一時期色が違ったり,効果が弱かったことがあったが,被告の説明では,PHが違うとか,組成を変えているとの説明があったので,色々と試しているものと思っていた。この時も,被告からは,ステロイドを入れているという話は聞いていない。被告から上記クリーム製剤がなぜ効くのかを明らかにしたいという要望があったため,同年12月17日の少し前ころ,P2教授を紹介した。P1医師は,ステロイドは入っていないと聞いていたので,P2教授にもそのように話した。同年12月17日,原告の従業員が来て,被告製造のクリーム製剤について意見を求められたので,P1医師は,被告代表者のY1の同席の下で,被告のメトロニダゾールのクリーム製剤は,ステロイド剤と比べると強さが中程度のステロイドと同等かそれよりやや上くらい効くこと,ステロイド剤を用いた時のようなリバウンドが見られないことなどを説明した。その際,ステロイドは入っていないと聞いていると説明したが,Y1は,言葉を挟むことはなかった。平成12年秋ころ,P1医師は,P2教授から,被告から提供を受けていたクリーム製剤にステロイドが入っていたと聞いて驚くとともに,患者にどのように説明すればいいのかなどと考えた。その後,被告の代表者が事情説明に来て,最初はステロイドを入れていなかったが,色々と研究しているうちにステロイドを入れた方が効くことが分かったので,ステロイドが入っているものを渡したこともあったとの説明があった。P1医師は,この時初めて,渡されていたクリーム製剤の一部にステロイドが入っていたことを被告から聞かされた。P1医師が上記クリーム製剤を投与した患者は,総数で200人程度であり,患者の再来間隔は基本的に1週間単位であり,原則として2週間投与した。患者には,1日に1〜2回患部に塗布すること,ステロイドは使用しないこと,抗ヒスタミン剤を使用している者はそのまま使用することという指示をした。被告の製剤を試用した他の医師のデータを見たことがある。P1医師は,薬剤がかゆみに有効かどうかを数値化する方法を知らないので,同医師がスコア化して被告に報告したことはなく,患者が明らかにかゆみが減少したと申告した症例についてのみ,「かゆみ減少」と記載して被告に報告していた。

 (c-2) 以上の陳述内容によれば,P1医師は,患者に被告製造のクリーム製剤を用いて,その結果を写真に撮って問屋を通じて被告に渡したり,スコア化などせず,患者の明らかな申告があった症例についてのみ「かゆみ減少」などと被告に報告していた程度であり,本件臨床試験例に記載されたような形式でのデータを作成して被告に渡していたものではないのであって,P1医師が収集したデータがどのように本件臨床試験結果に反映しているかを認定することができない(例えば,甲2によれば,本件臨床試験例では,1〜5のスコア化がされ,投与開始から3日後のスコア評価が記載されているが,上記のとおり,P1医師はスコア化していないし,同医師の患者の再来間隔は基本的に1週間である。)。さらに,上記陳述内容は,P1医師の収集したデータで,本件臨床試験結果に反映されたものがあるとしても,ステロイドが入っていないメトロニダゾールのクリーム製剤,すなわち,本件製剤のみを使用した結果得られたものであることを断定し得るものではなく,むしろ,少なくとも一部に,ステロイドが入ったクリーム製剤に基づくデータが入っていた可能性を示唆するものである。Y1及びその長男のY2は,P1医師に平成11年11月ころから複合剤(メトロニダゾールとステロイド剤の複合剤)を渡したことがある旨述べており(甲27−1,28−2。もっとも,複合剤であることは平成12年秋ころまでP1医師に話していない〔甲27−4,16−1〕),それが真実であれば,本件原出願日よりも後ということになるが,複合剤を渡し始めた時期は他の証拠によっては確定し得ず,Y親子の上記陳述をにわかに信用することはできない。さらに,前記P1医師の陳述書によれば,平成11年11月ころを境に患者への効果が向上したことを示す陳述はなく,むしろ,当初よりも効果が弱くなったときがあると陳述しており,Y親子の上記陳述とは整合しないなど,この点からも,Y親子の上記陳述は,必ずしも信用することができない。
 (c-3) 本訴においては,以上のほか,P1医師の治験の結果を記載したカルテなどの資料は,提出されていない。

 (c-4) 結局,P1医師の陳述等によっては,上記@ないしBの事実を認定することができない。なお,P1医師以外の4名の医師の関与によって得られた資料(データ)が明らかにされないため,P1医師の関与及びその成果自体についても漠然とした認定しかできない。これも被告が4名の医師に関する主張立証を全くしないことに起因する。
 (d) 以上のほか,Y親子の陳述(甲27−4,28−1・2,51−1・2)においては,P1医師やその他の医師から,本件臨床試験のもととなった資料を収集したかのような陳述があるが,その医師の氏名を明らかにできないと述べるなど,具体性に欠けるものであって,本件臨床試験に関する上記@ないしBの事実を認めるには到底至らない。
 (e) 被告は,原告の認識や特許法上要求される試験レベルについても主張するが,上記認定のとおり,本件で問題なのは,本件臨床試験の基本的で重大な内容に関する被告の主張が認められるか否かであり,原告の認識いかんが上記認定を左右すべきものではないし,そもそも試験レベル以前の問題である。

 (3) 被告は,前記第4,1(2)において,本件明細書記載データを取得した後に,P1医師がした臨床試験結果(乙1,23,24)では,ステロイドが含まれていないと実証された本件薬剤につき,治療効果が認められると主張する。
 (a) 上記主張は,本件明細書記載の本件臨床試験とは別の試験をいうものであって,本件明細書の記載との整合性の問題はあるが,要するに,事後的にせよ,ステロイドが含まれない本件製剤について,治療効果が証明されたというものであるから,この点について検討しておく。
 (b) P1医師の乙1の陳述書(平成15年8月18日付け)では,平成12年秋ころ,被告から提供を受けたクリーム製剤の基剤とメトロニダゾール原末を攪拌機で混合し,院内製剤として,患者に使用したところ,基剤のみの使用の場合より改善がみられたことが記載されている(なお,被告は,平成16年9月27日付け公正証書(乙23)及び同年10月13日付け報告の分析・試験報告書(乙24)により,当時,P1医師が被告から提供を受けて保管中のメトロニダゾール原末が残っており,これにはステロイド剤が含まれていなかったというものである。)。

 (c) 一方,P1医師の甲16−1の陳述書は,平成13年3月29日付けのものである。証拠(甲39,43−1・2,44)及び弁論の全趣旨によれば,原告代理人が甲16−1の陳述書の原稿を作成してプリントアウトし,これをP1医師に送付したこと,この原稿の4頁には,被告から提供された基剤を使用した効果についての記載があったこと,P1医師は,上記原稿に手書きで加除修正を加えたこと,その際,上記基剤に関する記載を削除し,その理由を別紙に手書きしており(甲43−2の5枚目,同年3月22日付け),これには,「メトロニダゾール入りの基剤を自分の所で作って比較することは意味がないと考えましたので,単に基剤の効果をしらべてみたかった訳です。」,「効果について判断する段階ではありませんので,この項は削除させていただきます。」,「基剤だけで効果がある場合も見られますので,それを調べたかったわけです。」と記載されていることが認められる。さらに,P1医師は,甲16−2の陳述書(平成15年5月17日付け)においても,「私から,基剤だけを持ってくるように依頼して試したことはあります。」と同旨の記載をしている。これらによれば,P1医師は,基剤のみの投与による効果を調べようとしたもので,基剤にメトロニダゾールを入れたものを作ることは意味がないと考えていたことが明らかである。
 (d) 被告は,この点につき,乙1の陳述書の内容こそP1医師の本意であると主張する。
 しかし,甲43−1・2をみると,P1医師は,原稿を細かく検討し,慎重に加除修正をしていることがうかがえ,しかも,上記引用部分は,わざわざ自ら別紙に手書きで説明を加えたものであることが明らかである。しかも,甲44(その体裁からして,被告がその手元にあった陳述書の修正原稿を後記別訴の乙121として提出したものであると認められる。)と甲43−1・2によれば,P1医師は,加除修正した原稿を平成13年3月23日に被告に送付して見せた上で,同月26日に原告代理人に返送していることが認められ,被告の立場にも配慮しつつ,慎重な加除修正を行ったことがうかがえる。さらに,平成13年当時は,本件無効審判の請求がされていない時期である。これらの事情に照らせば,後にされた乙1よりも,甲16−1・2,39,43−1・2などの陳述書等の方が信用性が高いというべきである。なお,乙23,24に記載のメトロニダゾール原末が,本訴の弁論準備手続終結近くになって発見されたというのも不自然である。

 (e) 以上によれば,P1医師の乙1の陳述書,乙23の公正証書中の陳述部分,及びこれらを前提とする乙24の分析・試験報告書は,全体として証拠価値に乏しく,そのうち,被告の主張に沿う乙1が特に証拠価値が高いということもできないから,P1医師の陳述書等に基づいてする被告の上記主張は,採用することができない。
 (4) 被告は,前記第4,1(3)において,他の医師による使用により,治療効果が確認できると主張する。
 被告が引用するのは,P4教授の意見書(乙6−1)であるが,これは,P4教授が,「ある皮膚科開業医」がメトロニダゾールをクリーム状にして使用することで著効を得たと報告してくれたので,その結果を添付するとして,データを添付し,報告内容の概要も披露しているものである(意見書のその余の部分は,専門的な知見を述べるものである。)。したがって,意見書に記載の医師による使用結果は,P4教授自身が治療に当たった経験をいうものではなく,間接的に伝聞を伝えるものにすぎず,しかも,「ある皮膚科開業医」というだけで誰かも特定されず,使用した薬剤がメトロニダゾール単剤であったことを確認し得る証拠もない。よって,被告の上記主張も採用することができない。

 (5) 被告は,前記第4,1(4)において,ウェルファイド社の試験結果(甲6−13)によると,本件薬剤がヒトのアトピー性皮膚炎の治療に有効であろうことを強く示唆していると主張する。
 この点についても前記(3)(a)と同様の問題点が指摘されるべきであるが,上記ウェルファイド社のマウスを使った試験結果(甲6−13)について検討しておく。
 P3教授の意見書(甲8,33,),P12氏の意見書(甲10,36)及びP5教授の意見書2(甲34)によれば,ウェルファイド社の試験(甲6−13)においては,アレルギーとは無関係な刺激性に対する薬剤の結果であり,観察された結果は,アトピー性皮膚炎における掻痒感とは直接関係しない疑いがあること,直ちにアトピー性皮膚炎に対する効果を推測させるものではないとの疑いがあること,さらに,試験方法において,観察者をブラインド化していないため,恣意的なデータ取得の可能性を排除できず,引っ掻き回数を,ビデオを用いるなどして第三者が検証可能な方法で計測するのではなく,目視で数えるという方法を採っており,試験の信頼性保証者の署名もないなどの問題が認められる。一方で,財団法人食品農医薬品安全性評価センターによる試験結果(甲31−1)は,ウェルファイド社の試験結果と対立するものであるが,同センターの試験は,試験方法等において,上記のような問題はなく,比較的信頼度の高いものであると認められる。

 以上によれば,ウェルファイド社の試験結果(甲6−13)に基づいてする被告の主張は,到底採用することができない。被告が第4,1(4)において種々主張する点を考慮しても,上記認定判断を変更すべきものはない。
 (6) 被告の前記第4,1(5)の主張は,原告が動物モデルを使用した実験結果に基づいて本件製剤の治療効果を否定する主張をすることに対する反論である。
 確かに,動物実験において薬剤の治療効果がないからといって,直ちにヒトに対する効果も否定されるわけではないことを示唆する証拠が存在する(乙2−1,14)。しかしながら,本件では,既に判示したとおり,また,後に判示するとおり,本件製剤が本件明細書記載の効果を挙げることの証明がないのであるから,原告の上記主張が直ちに採用し難いとしても,本件の結論を左右するものではない。

 (7) 被告は,前記第4,1(6)において,本件薬剤の治療効果を推認し得る事情を種々主張する。
 検討するに,被告は,P6医師の後記別訴における証言(甲20−13)を挙げるが,メトロニダゾールの内服薬に関するものであり,かつ,その内容も具体的ではない。よって,上記証言が直ちに本件薬剤の治療効果を証明するものではない。
 被告は,その他,甲21−1,乙6−3を援用して主張するが,いずれも本件薬剤の治療効果を証明するに足りるものではない。また,乙18があるからといって,本件薬剤の治療効果が証明されたことにはならない。
 (8) 被告の前記第4,1(7)の主張は,別訴に関する主張である。
 (a) 別訴とは,原告と被告(被告代表者らも共同被告とされた。)との間で争われた損害賠償請求本訴・同反訴事件であり,一審が福岡地裁平成13年(ワ)第1409号・同14年(ワ)第555号事件で平成15年9月11日に判決(甲32)が言い渡され,控訴審が福岡高裁平成15年(ネ)第807号事件で平成16年4月15日に判決(甲41)が言い渡されて,確定した(甲42−1〜3)。

 (b) 上記証拠によれば,次のような事案である(原告は本件と同一で,被告は,本件被告(被告会社ともいう。)のほか,Y親子が共同被告となっている。)。
 原告と被告会社との間で平成12年5月12日,同月1日付けで,主成分をメトロニダゾールとするアトピー性皮膚炎を含む皮膚疾患等治療薬についてライセンス契約を締結した。
 原告は,被告らが上記治療薬にステロイドを混入している事実を伝えていなかったと主張して,本件ライセンス契約が詐欺によるものであり,仮にそうでないとしても,説明義務違反であるとして,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償として,予備的に被告会社に対し,錯誤無効による不当利得返還請求として,9億円余の支払いを求めた。
 これに対し,被告会社は,原告に対し,ライセンス契約の債務不履行であると主張し,損害金の一部請求として1億円の支払いを求めた。

 福岡地裁は,原告の請求をほぼ全額認容し,被告会社の反訴請求を棄却した。
 被告らは控訴したが,福岡高裁は,被告らの控訴を棄却する旨の判決を言い渡し,確定した。
 (c) 上記確定判決によって認定された事実関係は,要するに,Y親子は,P1医師,P6医師及びP2教授に対し,最強のステロイドであるプロピオン酸クロベタゾールを混入していることを告げず,そのため,P1医師らをして,被告会社から交付されたクリーム製剤のアトピー性皮膚炎に対する効果がステロイド以外の成分によるものであると誤信させ,原告担当者に対しても,被告会社から交付を受けたクリーム製剤がステロイド剤ではないことを前提とするP6医師の手紙の写しを渡して,これにステロイドを混入していることを告げなかったり,P1医師らが,クリーム製剤にステロイドが混入されておらず,その効果はステロイド以外の成分によるものとの前提で,原告担当者に対して,そのアトピー性皮膚炎に対する薬効について話をしている席に同席していたにもかかわらず,ステロイド剤を混入している事実を告げず,また,Y2が原告にクリーム製剤や基剤原料,処方内容等を送付した際にも,P1医師らにステロイドを混入したクリーム製剤を交付したことを告げなかったものであり,そのため,原告は,上記クリーム製剤にはステロイドが含まれておらず,アトピー性皮膚炎に対する効果は,専らステロイド以外の成分によるものと誤信し,被告会社との間でライセンス契約を締結するに至ったものであり,これは,Y親子の詐欺によるものと認められる,というものである。
 (d) 確かに,前記のとおり,本件原出願日は,平成11年7月21日であり,本訴で問題となった本件臨床試験は,それ以前にされたはずのものであるところ,別訴で争点となったライセンス契約は,平成12年5月12日に締結されたものであり,両者は,時点を異にする。したがって,別訴における詐欺行為の認定が,直ちに,本訴における本件臨床試験で使用された製剤の真偽に関する認定に結びつくわけではない。
 しかしながら,別訴確定判決によって,「被告が,P1医師,P6医師及びP2教授に対し,最強のステロイドであるプロピオン酸クロベタゾールを混入していることを告げず,そのため,P1医師らをして,被告から交付されたクリーム製剤のアトピー性皮膚炎に対する効果がステロイド以外の成分によるものであると誤信させた」という事実及び「詐欺によって原告とのライセンス契約を締結した」という事実が認定されたということは,本件臨床試験における前掲@ないしBの事実のうち,少なくとも,A「本件臨床試験に使用された薬剤が,真実上記(1-3)(c)に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であった」という点については,多大の疑いを生じさせるものであり,ひいては,@,Bの点についても,疑いを生じ得るものである。したがって,前記原資料(データ)などの吟味を経ることなく,本件明細書に記載があるからという理由から直ちに本件臨床試験の@ないしBの点の真実性を肯認するようなことは,許されないというべきである。

 上記の別訴確定判決によって認定された事実の内容は,本件において,事実認定に直接使用されるわけではないが,事実認定の作業に当たって格別の注意を喚起すべきであるとの意味において,重要でないとはいえない。
 (9) 以上判示したところによれば,本件明細書(甲2)においては,本件臨床試験結果が記載されてはいるものの,@本件臨床試験が実際にされたこと,A本件臨床試験に使用された薬剤が,真実上記(1-3)(c)に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと,並びにB本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることを認めるに足りる証拠はないというほかなく,また,本件臨床試験以外のものについて被告が主張する諸点を検討しても,本件薬剤に治療効果があることを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,本件発明の技術内容(技術手段)によってその目的とする技術効果を挙げることができるものであることを推認することはできないのであるから,本件発明とされるものは,発明として未完成であり,特許法29条1項柱書きにいう「発明」に当たらず,特許を受けることができないものというべきである。

 以上によれば,審決は,特許法29条1項柱書き違反についての認定判断を誤ったものというべきであるから,原告主張の取消事由1は,理由がある。
 2 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由1は理由があるので,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は,取消しを免れない。


     東京高等裁判所知的財産第4部

           裁判長裁判官     塚  原  朋  一

              裁判官     田  中  昌  利

              裁判官     佐  藤  達  文