◆H17. 2.15 東京高裁 平成15(行ケ)580 特許権 行政訴訟事件
平成15年(行ケ)第580号 審決取消請求事件(平成17年1月28日口頭弁論終結)
判 決
原 告 アルゼ株式会社
訴訟代理人弁護士 松本司
同 美勢克彦
同 嶋末和秀
同 岩坪哲
同 弁理士 堀田誠
被 告 山佐株式会社
訴訟代理人弁護士 山崎優
同 三好邦幸
同 川下清
同 河村利行
同 加藤清和
同 石橋志乃
同 沢田篤志
同 伴城宏
同 池垣彰彦
同 塩田勲
同 前川直輝
同 今田晋一
同 藤本尊載
同 坂本勝也
同 弁理士 梁瀬右司
被 告 サミー株式会社
訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同 片山英二
同 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本和徳
同 北原潤一
同 大月雅博
同 七字賢彦
同 鈴木英之
同 隈部泰正
同 大友良浩
同 戸谷由布子
同 弁理士 黒田博道
同 廣瀬隆行
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2002−35391号事件,無効2002−35443号事件について平成15年11月17日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「スロットマシン」とする特許第2574912号発明(昭和58年4月8日にした特許出願〔特願昭58−61592号,以下「原出願」という。〕の一部につき平成2年1月27日新たな特許出願〔特願平2−16440号,以下「本件分割出願」という。〕,平成8年10月24日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について特許異議の申立てがされ,原告が,平成10年1月30日,明りょうでない記載の釈明を目的として,願書に添付した明細書の訂正を請求し,同年10月16日,手続補正書により上記訂正請求書の補正をしたところ,平成11年12月28日,「訂正を認める。特許第2574912号の特許を維持する。」との決定がされた。
被告山佐株式会社(以下「被告山佐」という。)は,平成14年9月17日,被告サミー株式会社(以下「被告サミー」という。)は,同年10月18日,本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,それぞれ,無効2002−35391号事件(以下「第1審判」という。),無効2002−35443号事件(以下「第2審判」といい,第1審判と併せて,「本件各審判」という。)として特許庁に係属した。
特許庁は,本件各審判について併合して審理した結果,平成15年11月17日,「特許第2574912号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 平成10年10月16日付け手続補正書により補正された同年1月30日付け訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)に係る明細書(以下「本件訂正明細書」という。)の特許請求の範囲記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨
スタート手段の操作により回転される複数のリールを備え,これらのリールが停止したときに表示窓に現れた絵柄の組み合わせで入賞の有無を表示するスロットマシンにおいて,
1ゲームごとに乱数をサンプリングし,サンプリングされた乱数に対応して複数種類の入賞のうちのいずれかを決め,その入賞の種類に応じたリクエスト信号を発生するリクエスト発生手段と,このリクエスト信号に基づいてリクエスト信号に対応した種類の入賞が得られるように前記リールを停止制御するリールストップ制御手段と,リールストップ制御手段によりリールが停止した後にリールの停止位置を読み取り,前記リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られたか否かを判定する判定手段と,この判定手段により前記リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
3 審決の理由
審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,@第1審判について,本件訂正は,本件訂正前の明細書である設定登録時の明細書又は図面(第1審判甲7・本訴甲2添付,以下,この明細書及び図面を併せて「本件登録時明細書」という。)に記載した事項の範囲内でしたものではないから,特許法(平成15年法律第47号による改正前の特許法,以下,特に断らない限り,同じ。)120条の4第3項において準用する同法126条2項の規定に違反するものであり,本件特許は,同法123条1項8号の規定により無効とすべきものであり,また,A本件各審判について,本件分割出願は,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(第1審判甲11・第2審判甲3・本訴甲4の補正の掲載を除く部分,以下,この明細書及び図面を併せて「原出願当初明細書」といい,書証番号を「甲4」とのみ付記する。)に記載された事項に基づくものではなく,同法44条の規定に適合しないから,本件分割出願の出願日は遡及せず,現実の出願日である平成2年1月27日であるとした上,本件発明は,昭和59年10月23日に公開された刊行物である原出願当初明細書に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び特開平
1−198584号公報(第1審判甲12・第2審判甲7・本訴乙6,以下「乙6公報」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,同法123条1項2号の規定により無効とすべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,特許法44条1項で規定する分割出願の要件についての認定判断を誤り(取消事由1),同法126条2項で規定する訂正の要件についての認定判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(分割出願の要件についての認定判断の誤り)
(1) 審決は,「原出願の当初明細書(注,原出願当初明細書〔甲4〕)に追加的な変形態様として記載される,ヒットリクエストを次回のゲームまで保存する技術事項に基づいて,訂正事項d(注,本件登録時明細書〔甲2添付〕7頁右欄23行目の『持ち越され,』を,『持ち越される。すなわち,第25図のフローチャートにおいて,入賞か?の判定でNOの場合は,YESの場合と異なり,ヒットリクエストの減算は行わない。このように,入賞か?の判定でNOの場合はヒットリクエストの減算は行わないという処理により,第14図RAM5の該当エリアにセットしたフラグをそのままとすることにより,リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段を構築している。尚,持ち越しとは,その文言の意味通り,残して次へ送ることをいい,保存とは,同じくその文言の意味通り,そのままの状態を保って失わないことをいい,いずれもヒットリクエストが次回のゲームに用いられる点で同じ意味である。こうして,』と訂正する訂正事項)に記載されるようにフラグにより次回のゲームまでリクエストを保存するリクエスト保存手段を構築することは,別の課題に基づく新たな技術思想の創作というべきであって,当業者が原出願の当初明細書に基づいて当然理解するものとはいえず,また,次回のゲームまでリクエストを保存するという技術思想が周知の事項であるとする証拠も見あたらない」(審決謄本14頁第3段落)とした上,本件分割出願は,原出願当初明細書に記載された事項に基づくものではないと判断したが,本件訂正によって明記されるに至ったフラグの持ち越しに関する保存手段の実施例(訂正事項d)も,原出願当初明細書に記載された事項から当業者が自明のこととして導き出せる事項であり,これに包含されているというべきであるから,本件分割出願が分割出願の要件に違反するものではない。
(2) 審決は,分割の適否を先行させずに訂正の適否から判断するという順序を採用した理由が明らかではなく,不自然さを禁じえないが,特に,本件訂正後の実施例が原出願当初明細書(甲4)に記載されたものか否かを,本件分割出願の適法性の判断基準とした点は,特許法44条1項の規定から導かれない誤ったものである。審決は,本件訂正後の実施例(訂正事項d)が記載されているか否かによって本件登録時明細書(甲2添付)を基準とする訂正の適否のみならず,原出願当初明細書を基準とする分割の適否も決せられるとの論旨を構築するために,あえて訂正の要件についての判断を先行させたものと推測されるが,このような考え方を採用しなければならない理由はない。本件分割出願の基準とすべき原出願の明細書は,原出願直後の昭和58年6月6日付け手続補正書による補正(以下「昭和58年補正」という。)後の明細書(甲4の16頁〜17頁参照,以下「原出願昭和58年補正明細書」という。)であると解すべきである。なぜなら,特許法44条1項,2項は,同法29条の2あるいは平成5年法律第26号による改正後の特許法17条の2等と異なり,「願書に最初に添付した明細書」を分割の基準とすることを求めていないからである。そして,本件分割出願については,上記補正日(昭和58年6月6日)への遡及が認められるべき(東京高裁平成13年(行ケ)第593号同16年2月13日判決〔以下「東京高裁平成16年判決」という。〕参照)であり,上記補正日への遡及が認められない場合,すなわち,「補正の内容(12)」(甲4の17頁)に係る上記補正が,要旨変更に該当しないとの理由で出願日は繰り下がらないとする場合は,本件分割出願も,同じく原出願の当初の出願日まで遡及するというべきである。そうすると,本件分割出願の出願日は原出願日である昭和58年4月8日か,少なくとも,同年6月6日に遡及するから,上記各日以後に頒布された原出願当初明細書は,引用刊行物とはなり得ない。
(3) 原出願当初明細書(甲4)には,ゲーム開始時,サンプリングされた乱数が,例えば,大ヒットの領域(0〜99等)なら大ヒットリクエストを発生させ,中ヒットの領域(100〜599等)なら中ヒットリクエストを発生させ,小ヒットの領域(600〜1599等)なら小ヒットリクエストを発生させ,これ以外なら外れにするといったように,サンプリングされた乱数がどこからどこまでの範囲なら何入賞をリクエスト(要求)するかを決め,ゲーム開始時に,これら大,中,小,なしの四つに区別されたヒットリクエストがセットアップされ,これに対応する入賞が4コマずれの範囲内で得られるように,そのヒットリクエストに応じて制御の内容が切り分けられ,第1〜第3リールが各停止制御されること,第2リールの停止後,【第22図】の処理により,第3リールのコードナンバー0〜20に応じて,大,中,小,なしの四つに区別されたヒットフラグ=数値「1」が各セットアップされること,第3リールの停止後,再度の【第22図】の処理により,大,中,小,なしの四つに区別されたヒットフラグ=数値「1」がセットアップされることが記載されている。これらゲーム開始時のヒットリクエスト,第2リール停止後の第3リールのコードナンバーに応じた各ヒットフラグ,第3リール停止後のヒットフラグは,いずれも,RAMエリアの概念図である【第14図】のRAM5に示すように,大,中,小,なしの四つに区別された記憶領域における該当エリアに数値「1」がセットアップされるマイコン制御上の識別情報,すなわちフラグであることも,当業者に自明な事項である。ゲーム開始時のヒットリクエストについては,「すでにセットアップされたヒットリクエスト」(6頁右下欄)と明記されているとおり,第2リール停止後の第3リールのコードナンバーに応じた各ヒットフラグについての「第3リールのコードナンバーに応じてセットアップ」(9頁左上欄第1段落)の記載(再度【第22図】の処理がされる第3リール停止後のヒットフラグについても同じ)と同様,該当するフラグ=数値「1」を記憶領域に記憶するものである点は明確にされている。さらに,上記記載から,第3リールの停止後,ヒットリクエストを満足する入賞,すなわち,大ヒットリクエストなら大ヒットの入賞というように,ヒットリクエストに応じた結果が得られた場合は,そのゲーム開始時に得られていたヒットリクエストを減算するが,そうでない場合は,そのゲーム開始時に得られていたヒットリクエストを減算せずに,そのフラグ「1」を消してしまわないことも,当業者に自明の事項であり,「そのままヒットリクエスト(信号)を記憶させておく」との内容が,正に記載されているというべきである。訂正事項dによって本件訂正明細書に明記されるに至った,【第14図】RAM5の該当エリアにヒットリクエストに応じたフラグ=数値「1」をセットし,【第25図】のシンボル確定時の処理において,ヒットリクエストに応じた入賞が得られた場合には,上記フラグ=数値「1」を減算するが,入賞が得られない場合には,そのままにしておく(保存する)技術事項は,上記のとおり,当業者が容易に実施できる程度に明確に記載されているのである。なお,ゲーム開始時に得られたヒットリクエストを,概念図である【第14図】のRAM5に示すように,大,中,小,なしの四つに区別された記憶領域である該当エリアに,数値「1」としてセットアップすることは,原出願当初明細書に明記された第2リール停止後の第3リールのコードナンバーに応じた各ヒットフラグ,第3リール停止後のヒットフラグと同様,当業者に自明な事項である。したがって,ヒットリクエストのフラグのセット先を具体的ラベル名のRAM5という記憶領域に明記したからといって,何ら要旨に変更はなく,実質的な同一性は保たれているものである。また,これに関連し,本件分割出願の願書に最初に添付した明細書(甲14,以下「本件当初明細書」という。)には,原出願当初明細書には記載のない事項であって,「前述したヒットリクエストが発生すると,各ヒットリクエストをカウントするリクエストカウンタが『+1』され,RAM上にストアされる」(5頁右下欄第1段落)として,ゲーム開始時のヒットリクエストのセット先をリクエストカウンタとする旨の記載がある。
(4) 審決は,本件分割の適否に関する判断においては,原出願当初明細書(甲4)の【第25図】は,同じく【第5図】で表される「予め予定された入賞回数カウンタ」から入賞が得られた際に「ヒットリクエスト」を減算するものである(審決謄本12頁第2段落)と認定している。訂正の適否の判断において,【第25図】は「リクエストカウンタ」に関するものである(同8頁下から第2段落)と断定しておきながら,分割の適否の判断において,これと全く異なる認定をしていること自体,審決の認定判断が首尾一貫しないものであることを露呈している。さらに,上記認定は,原出願当初明細書の記載と整合しない明白な事実誤認でもある。すなわち,原出願当初明細書には,【第25図】7段目の「ヒットリクエスト減算」処理とは,「ゲーム開姶時に得られていたヒットリクエスト」を入賞が得られた場合に減算するものであることが明記されている(9頁左下欄第2段落)。【第25図】の「ヒットリクエスト減算」処理は,ゲーム開始時に得られていたヒットリクエスト,すなわち,ゲーム開始時における乱数サンプリングにより入賞の種類に応じて「得られ」,RAMに格納されていた入賞要求信号であり,それ以外のものではありえないのである。審決は,【第25図】の減算対象を「予め予定された入賞回数カウンタの数値」(審決謄本12頁第2段落),すなわち,ゲームが開始される前に既にRAMに入力(設定)されている所定の数値と解し,【第25図】は「入賞回数の上限を規制するために所定の上限値を設定してそれ以上に発生したヒットリクエストを無効化するものである」(同頁下から第2段落,13頁第3段落)と認定しているが,【第25図】に関する原出願当初明細書の記載と整合しない,誤ったものである。なお,審決は,「図面第25図に関連するヒットリクエスト減算を変形態様(原告注,原出願当初明細書の9頁右下欄第2段落〜10頁左上欄第1段落に開示された本件発明の「保存手段」)の説明と仮定すると,本来の実施例をゲームの流れに沿って開示する明細書の記載において当然あるべき入賞回数カウンタの減算処理に対応する説明が欠落してしまうことになり不合理である」(審決謄本13頁最終段落〜14頁第1段落)としながら,他方で,「第25図には入賞回数カウンタに関する明示的記載がない」(同12頁第2段落)ことも認めており,殊更に,【第25図】を,「入賞回数カウンタ」のみと結びつけて解釈することこそ,原出願当初明細書上の根拠を欠くものといわなければならない。
(5) 審決は,「本件発明に規定される『リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段』の技術内容(技術的範囲)について検討すると,分割出願である本件発明に係る特許明細書には,・・・『作用』及び『発明の効果』の項にリクエスト信号に基づく入賞が得られないときには当該リクエスト信号が次回以降のゲームに持ち越される旨が記載されているところ,これは,リクエスト信号を入賞が得られるまで次回以降のゲームまで保存することを本件発明の技術的事項とするものである。一方,原出願の当初明細書の記載によれば,発生したリクエスト信号は,次回のゲームまで保存されるにとどまるものである。そうすると,本件発明に規定される前記『・・・保存する手段』は,特許明細書の『作用』及び『発明の効果』の項に記載される如き,入賞が得られるまでリクエスト信号を次回以降のゲームまで保存する前記技術的事項を実質的に包含するから,原出願の当初明細書に記載された事項に基づくものにとどまらず,記載された事項の範囲を超える技術内容をも含むものである」(審決謄本14頁下から第3段落〜最終段落)と判断したが,非論理的といわざるを得ない。なぜなら,原出願当初明細書に記載の「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合にはそのヒットリクエストを次回のゲームまで保存する」との技術事項は,当該「次回のゲーム」において入賞なしとなった場合には,更に次回のゲームに使用するために保存することを記載したものであり,次回に入賞なしとして減算されなければ,必然的に次々回に持ち越されることを記載したものであって,「入賞確率の適正化」との目的に照らしてみても,保存されたヒットリクエストを「次回のゲームまでのみ」に「限定」して保存し使用したのでは何らその目的を達し得ないこと,換言すれば,「次回」まで保存されたリクエスト信号に基づいてゲームを行ったがこれに応じた入賞が得られなかったときは,「次回」の「次回」までヒットリクエストが持ち越すようにしてよいことは,原出願当初明細書に基づき当業者にとって極めて自明な事項だからである。換言すれば,「リクエスト信号を次回以降のゲームまで保存する」ことと,「次回のゲームまで保存する」こととは,実質的に同一である。
2 取消事由2(訂正の要件についての認定判断の誤り)
(1) 審決は,「訂正事項dに係る本件訂正は,本件発明を構成する『リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段』について,訂正前はリクエストカウンタで実現していたものを,訂正後は発生した各ヒットリクエストに応じてRAM5の該当エリアにセットされるフラグで実現するものであるから,特許請求の範囲に記載される本件発明を構成する技術的事項を別異の構成に変更するものであって,特許の設定登録時の明細書に記載した事項の範囲内で訂正するものではない」(審決謄本10頁第1段落)と判断したが,訂正事項dは,本件登録時明細書に記載された事項の範囲内において,本件発明の保存手段の実施態様を明らかにしたものにすぎず,何ら新規な技術事項を追加するものではないから,誤りである。
(2) 訂正事項dのうち,「第25図のフローチャートにおいて,入賞か?の判定でNOの場合は,YESの場合と異なり,ヒットリクエストの減算は行わない」という処理が行われることは,本件登録時明細書(甲2添付)の【第25図】のフローチャートを逐語訳したものである。また,「第14図RAM5の該当エリアにセットしたフラグ」が,ゲーム開始時に得られる,入賞の種類に応じた「ヒットリクエスト」に対応してセットされる数値「1」であることは,本件登録時明細書に,「本発明の特徴であるヒットリクエストの発生に関して詳述する。ヒットリクエストは,ゲーム開始時にサンプリングされる乱数値と,ROM上の入賞テーブルにストアされた入賞を与えるべき数値群との照合の結果発生される」(7欄第2段落),「(原告注,【第14図】の)RAM5には,大ヒットエリア5a,中ヒットエリア5b,小ヒットエリア5c,ヒットなしのエリア5dが用意されており,ヒットリクエストに応じてこれらのいずれかのエリアにフラグがセットされる」(11欄第1段落)と明記されているとおりである。次に,RAM5の「該当エリアにセットしたフラグ(原告注,=数値『1』)をそのままとすることに
より」(ヒットリクエストを減算しないことにより),リクエスト信号を次回のゲームまで保存されることは,ヒットリクエスト(該当エリアのセットフラグ=数値『1』)が「次回のゲームまで持ち越される」(保存される)ことを表した本件登録時明細書の「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越され,再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行される」(14欄第2段落)の記載事項から自明であり,しかも,その減算対象である「ヒットリクエスト」は「ゲームの開始時に得られていた」信号であることは上記のとおりであるから,ゲーム開始時に得られる「フラグ」=数値「1」が「減算」処理の対象となることは自明である。そして,数値「1」が減算されれば,数値「0」となり,ヒットリクエストは持ち越されず,これが減算されなければ「1」のまま,次回のゲームでも,「再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行される」ことが上記のとおり14欄第2段落に記載されている。訂正事項dのうち,「尚,『持ち越し』とは」以下の記載は,広辞苑に記載されている用語の意味をそのまま説明したものにすぎない。
以上のとおり,訂正事項dは,本件登録時明細書又は図面に記載されたも同然の事項をその意味内容どおりに文章化したものであって,何ら新規事項を追加するものではない。
(3) 審決は,【第25図】における「ヒットリクエスト減算」は,訂正事項aによって削除された「ヒットリクエストカウンタ」に関する実施例(本件登録時明細書〔甲2〕8欄第3段落)のみに関連するもの(審決謄本8頁下から第2段落)と認定しているが,そのような解釈が訂正前の明細書から一義的に導かれるものではないことは,【第14図】RAM5の該当エリアにヒットリクエストに応じてセットされるフラグ(数値「1」)も「減算」対象となることから明らかである。そして,ヒットリクエストに応じてフラグ(数値「1」)がセット(+1)され,入賞に応じて該数値(ヒットリクエスト)が「減算」(−1)されるRAM5の該当エリアも,「ヒットリクエストが発生すると,各ヒットリクエストをカウントするリクエストカウンタが『+1』され,RAM上にストアされる。そして,ヒットした際にそのリクエストカウンタは『−1』の減算処理が行われる。また,ヒットしない場合にはそのまま保存され,最終的にリクエストカウンタが『0』になるまでヒットリクエストが発生」するという「ヒットリクエストカウンタ」も,ラベル名を「RAM5」と称するか,「ヒットリクエストカウンタ」と称するかの違いを有するのみで,実質的に同一の,リクエスト信号の格納,保存手段に関する実施例を開示したものである。本件訂正は,ラベル名は異なるが実質的に同一の「保存手段」に関する二つの実施例が存在することによる紛らわしさを解消するために,RAM5の該当エリアを用いた実施例の記載を明りょうにしたものであって,特許法120条の4第2項ただし書3号の要件に適合するものである。RAM5のエリア5a〜5dは,【第14図】に明記されているとおり,数値「0」又は「1」が格納される一時格納領域,すなわち,マイコン分野において1ビットカウンタとして周知慣用された技術手段にほかならない。
また,審決は,「減算処理とはカウンタの如き多数計数手段に対する処理をいう技術用語である」(審決謄本8頁下から第2段落)と認定したが,【第14図】RAM5のエリア5a〜5dのような,数値「0」ないし「1」によりデータを表示する1ビットカウンタ(バイナリカウンタ)の存在に関する技術常識に反するものある。
さらに,審決は,「RAM5の該当エリアは,当該ゲームにて発生したヒットリクエストの種類と有無に応じてゲームの展開を制御するためにセットされ,これに基づいてリクエストカウンタの加算処理,及びリクエスト信号に対応した種類の入賞が得られるようにリールの停止制御を行うために利用され,当該ゲームの終了後は,その役目を終えたものとして次回のゲームの前にリセット(クリア)される一時的な記憶手段として機能することに存在意義があることは明らかである」(審決謄本9頁第1段落)と認定したが,RAM5の該当エリアが「これに基づいてリクエストカウンタの加算処理,及びリクエスト信号に対応した種類の入賞が得られるようにリールの停止制御を行うために利用され,当該ゲームの終了後は,その役目を終えたものとして次回のゲームの前にリセット(クリア)される」という記載は,本件登録時明細書には,一切存在せず,これを示唆する記載もない。むしろ,マイクロコンピュータの基本知識を備えた当業者には,わざわざリセットするなどの処理が存在しない以上,RAM5の該当エリアに格納(セット)された数値1(ヒットリクエストに応じたフラグ)が減算(「ヒットリクエスト
減算」)されない限り保存され続けることは,自明である。
第4 被告らの反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(分割出願の要件についての認定判断の誤り)について
(1) 本件各審判及び本件訴訟に適用される特許法126条2項は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,これらに記載した事項の範囲内においてしなければならないと定めており,これに違反して,各記載した事項の範囲外の訂正がされれば,そのこと自体が無効理由である(同法123条1項8号)。そして,このような各記載した事項の範囲外の訂正がされた後の明細書の記載は,分割出願の基準となる明細書であるもとの特許出願の願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲外となり,分割要件違反となることが原則である。唯一の例外は,訂正の基準となる明細書である訂正直前の明細書の記載が,補正等によって削除された事項(ただし,もとの特許出願の明細書に記載された事項である必要がある。)があり,訂正によってこの削除部分をそのまま追加するような場合であるが,これが訂正要件違反であることに変わりはない。被告山佐は,第1審判の請求をするに当たり,@訂正要件違反,A記載不備,B分割要件違反による出願日不遡及と進歩性欠如を無効理由とし,被告サミーは,第2審判の請求をするに当たり,@記載不備,A訂正要件違反,B分割要件違反による出願日不遡及と進歩性欠如を無効理由とした。このように,訂正要件違反を分割要件違反に基づく無効理由に先立って主張したのは,上記の関係を考慮したからであり,審決の判断の順序も,請求の順序に従ったものである。また,原告は,本件登録時明細書(甲2添付)に基づいて本件分割出願の内容を主張するが,本件訂正が認容され,これが確定したことにより,現在,本件訂正明細書(甲8添付)が有効なものであるから,本件訂正明細書に基づいて本件分割出願の内容を把握しなければならない。したがって,分割出願の適法性は,本件訂正後の発明が,原出願当初明細書(甲4)に記載された事項の範囲内であるか否かによって判断される。次に,「分割出願に係る発明」についてであるが,分割出願がその後補正され,訂正されれば,その訂正後の内容が「分割出願に係る発明」となるのは理の当然であり,本件において,分割出願の要件を具備するか否かの判断基準となる原出願当初明細書と対比すべきものは,本件訂正明細書である。原告は,東京高裁平成16年判決を引用し,本件分割出願については,上記補正日(昭和58年6月6日)への遡及が認められるべきであると主張するが,分割出願の要件は,原出願当初明細書と対比すべきであるのに,原告の主張は,原出願昭和58年補正明細書と対比すべきであるというものであり,失当である。また,昭和58年補正は,原告が適法なものであることを当然の前提として行ったものであるから,その要旨変更を主張することは,クリーンハンドの原則ないし禁反言の原則に反するもので,許されない。
(2) 原出願当初明細書(甲4)は,ヒットリクエストを次回のゲームまで保存することに関し,「また,リールの処理は4コマずれを想定して説明してきたが,このためヒットリクエストに対応したシンボルがその4コマずれの範囲内に存在しないこともあり得る。(特に大ヒットシンボルは少ないため,充分あり得る。)このような場合にはヒットリクエストを満足しない結果となってしまい,設定された入賞確率が低下することになり,特に大ヒットでその影響が大きくなる。これを適正化するためには,ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合にはそのヒットリクエストを次回のゲームまで保存するようにすればよい」(9頁右下欄最終段落〜10頁左上欄第1段落)との機能を奏することを目的とするものであることが記載されているが,その実現のための具体的な解決手段については何ら記載されていない。すなわち,入賞確率を維持するために,ヒットリクエストをどのように次回のゲームまで保存するのか,技術的課題は提示したものの,その解決手段を全く開示していない。原告は,原出願当初明細書の上記「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合にはそのヒットリクエストを次回のゲームまで保存するようにすればよい」が,解決手段を示す構成であると主張するが,上記記載をもって,具体的な解決手段が開示されているということはできない。
2 取消事由2(訂正の要件についての認定判断の誤り)について
(1) 本件訂正前の明細書である本件登録時明細書(甲2添付)に対する訂正事項a〜cは,本件登録時明細書におけるリクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段を構築している説明部分を削除するもの,すなわち,@リクエストカウンタによりリクエスト信号を次回のゲームまで保存する実施例に関する記載,及びA第1リール及び第2リールの停止処理に伴うヒットリクエストの保存に関する記載を削除するものである。そして,訂正事項dにより,【第25図】に示されるヒットリクエストの減算処理に関する記載を追加し,これによって,本件訂正後の明細書である本件訂正明細書(甲8添付)では,ヒットリクエストの減算を行わない処理が,RAM5の該当エリアにセットしたヒットリクエストのフラグをそのままとすることであるとする実現手段が明示されることとなった。この訂正事項dを含む本件訂正によって,もともとの本件登録時明細書では,一貫してリクエストカウンタをもってリクエスト信号を次回のゲームまで保存することのみが記載されていたにもかかわらず,その記載が全部削除され,これに代える新たな実現手段(ヒットリクエストの減算を行わない処理が,RAM5の該当エリアにセットしたヒットリクエストのフラグをそのままとすることであるとする実現手段)が提示された結果になっている。本件登録時明細書においては,上記したように,RAM5の該当エリアにセットしたヒットリクエストのフラグは,リクエストカウンタとの関係ではこれに加算処理を行うために存在し,リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段とは無関係な構成であったのであるから,「ヒットリクエスト減算」の文言を殊更上記フラグと関係付けることはできないものであったことは明らかである。したがって,訂正事項dは,本件登録時明細書に何ら記載されていない事項であり,また,本件登録時明細書から自明な事項でもない。
(2) 以上のとおり,訂正事項dに係る本件訂正は,本件発明を構成する「リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」について,訂正前はリクエストカウンタで実現していたものを,訂正後は発生した各ヒットリクエストに応じてRAM5の該当エリアにセットされるフラグで実現するものであるから,特許請求の範囲に記載される本件発明を構成する技術事項を,別異の構成に変更するものであって,本件登録時明細書(甲2添付)に記載した事項の範囲内で訂正するものではない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(訂正の要件についての認定判断の誤り)について
(1) 原告は,取消事由1の主張において,審決が,分割の適否を先行させずに訂正の適否から判断するという順序を採用した理由が明らかではないと主張する。しかしながら,本件各審判において,請求人ら(被告ら)は,訂正要件違反と,分割要件違反による出願日不遡及及び進歩性欠如とを,別個の無効理由として主張したのであるから,審決は,両無効理由について審理判断しなければならないところ,分割の適否を訂正の適否に先行させなければならない理由はないから,原告の上記主張は失当というほかない。そこで,審決の判断の順序に従い,まず,訂正の要件についての認定判断の誤りをいう取消事由2について検討する。
(2) 原告は,本件訂正に係る訂正事項dは,本件登録時明細書(甲2添付)に記載された事項の範囲内において,本件発明の保存手段の実施態様を明らかにしたものにすぎず,何ら新規な技術事項を追加するものではないから,「訂正事項dに係る本件訂正は,本件発明を構成する『リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段』について,訂正前はリクエストカウンタで実現していたものを,訂正後は発生した各ヒットリクエストに応じてRAM5の該当エリアにセットされるフラグで実現するものであるから,特許請求の範囲に記載される本件発明を構成する技術的事項を別異の構成に変更するものであって,特許の設定登録時の明細書に記載した事項の範囲内で訂正するものではない」(審決謄本10頁第1段落)とした審決の認定判断は誤りであると主張する。
そこで,本件発明を構成する「リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」について,本件登録時明細書(甲2添付)の記載を見ると,本件登録時明細書には,次の記載事項がある。
ア 「〔課題を解決するための手段〕本発明は上記目的を達成するために,1ゲームごとに乱数をサンプリングし,その乱数に対応して複数種類の入賞のうちのいずれかを決め,その入賞の種類に応じたリクエスト信号を発生するリクエスト発生手段と,このリクエスト信号に対応した入賞が得られるようにリールの停止制御を行うリールストップ制御手段と,これによりリールが停止された後にリールの停止位置を読み取り,前記リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られたか否かを判定する判定手段と,この判定手段により前記リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときには当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段とを用いるものである。〔作用〕サンプリングされた乱数によって入賞を予定したリクエスト信号が発生され,これに基づいてリールの停止制御が開始される。そして,リールの停止制御を行った結果,前記リクエスト信号を満足する入賞が得られない場合には,前記リクエスト信号は次回のゲーム以降に持ち越されるから,そのリクエスト信号を有効に生かすことができるようになる。」(4欄第4段落〜第5段落)
イ 「全てのリールが停止したことが確認されると,第5図に示した入賞判定処理,配当メダルの払出し処理が行われる。・・・また入賞判定は,各リールのシンボルマークを前述のような電気的なコード信号として検出し,これらのシンボルマークの組み合わせを後述のROMと照合する。そして,入賞している場合にはリクエスト減算処理を行ったうえで,ホッパーモータを駆動して配当メダルの払出し処理を行う。」(5欄下から第2段落〜6欄第1段落)
ウ 「第6図は本発明のスロットマシンに用いられるマイクロコンピュータの概略を示している。第6図において破線ブロックAはメインCPU50,ROM51,RAM52を含むメインコントロール部である。ROM(注,「ORM」とあるのは誤記と認める。)51には前述したシンボルマークとシンボルマークコードとの対応表,入賞に相当するシンボルマークコード及び配当メダル枚数の他,実行されたゲームに関して入賞させるか否かを決定し,入賞させる場合にその入賞のランクに応じたヒットリクエストを発生させる入賞確率テーブル等が格納されている。また,RAM52には・・・ヒットリクエストを格納するメモリ(注,「メダル」とあるのは誤記と認める。)・・・等が含まれている。」(6欄第2段落〜第3段落)
エ 「次に本発明の特徴であるヒットリクエストの発生に関して詳述する。ヒットリクエストは,ゲーム開始時にサンプリングされる乱数値と,ROM上の入賞テーブルにストアされた入賞を与えるべき数値群との照合の結果発生される。」(7欄第2段落)
オ 「第9図は発生,更新される乱数値のサンプリング及びヒットリクエストチェックの処理を表したフローチャートである。このフローチャートは,第4図に示したフローチャートにおける『ヒットリクエスト』処理に該当するもので,ゲーム開始後,例えばスタートレバー操作後の所定のタイミング信号(この発生時点で各リールが定常回転に達しているのが望ましい)により,その時点で乱数値RAM80に設定された乱数値をそのゲームの乱数値として決定する。こうして決定された乱数値は,第9図のフローチャートに従い,後述する入賞確率テーブルと照合され,大ヒットに該当する数値であれば大ヒットリクエスト信号の発生,中ヒットに該当する数値であれば中ヒットリクエスト信号の発生というように,小ヒットまでの判断処理がなされ,いずれのヒットリクエスト信号が発生されたか,あるいはヒットリクエストなしかがチェックされる。」(7欄最終段落〜8欄第1段落)
カ 「こうして乱数値がサンプリングされ,前述の入賞確率テーブルと照合されてその値が入賞に該当するものであるとヒットリクエストが得られるが,ペイアウト率を一定に保つために,リクエストカウンタが利用される。すなわち,前述したヒットリクエストが発生すると,各ヒットリクエストをカウントするリクエストカウンタが『+1』され,RAM上にストアされる。そして,ヒットした際にそのリクエストカウンタは『−1』の減算処理が行われる。また,ヒットしない場合にはそのまま保存され,最終的にリクエストカウンタが『0』になるまでヒットリクエストが発生し,このためペイアウト率は一定に保たれる。これは,第11図に示したフローチャートにより処理される。」(同欄第3段落)
キ 「さらにRAM5には,大ヒットエリア5a,中ヒットエリア5b,小ヒットエリア5c,ヒットなしのエリア5dが用意されており,ヒットリクエストに応じてこれらのいずれかのエリアにフラグがセットされる。」(11欄第1段落)
ク 「なお,上述の処理において,ヒットリクエストに対応したシンボルマークを表示窓位置に停止させることができないときには,ヒットリクエストなしの処理(ハズレ処理)に移される。この場合は,ヒットリクエスト通りの入賞が得られなくなってしまうが,発生されたヒットリクエストは,次回のゲームに持ち越されて利用されることになるから,ペイアウト率に変化はない。第1リールで行われるこのようなハズレ処理は,特に小ヒットリクエスト発生時に起こりやすい。すなわち,一般に小ヒットは第1リールの特定のシンボルマークが現れるだけで達成されるため,第1リールには小ヒットシンボルが2〜3個しか存在していないことが多いからである。もちろん,第1リールに大ヒットを構成するシンボルマークがわずかしかないときには,同じ理由から大ヒットリクエスト発生時にも生じやすくなる。以上のようにして第1リールが停止制御されると,第12図のシンボルテーブルが参照され,第14図中のRAM2,RAM3のR1エリアにそのシンボルナンバーがセットされる。」(11欄最終段落〜12欄第2段落)
ケ 「こうして第3リールがストップすると,第25図に示したフローチャートによる処理が実行される。すなわち,第3リールの停止により,窓に現れている全てのリールのシンボルマークが確定し,これで第14図に示した各RAMエリアが全てのデータをもつことになる。そして,この時点で再度第22図の入賞判定処理が実行される。この判定処理の結果,入賞の場合にはそのゲーム開始時に得られていたヒットリクエストを減算し,メダル支払いのためのホッパーモータがONされる。第22図からわかるように,第3リール停止後の入賞判定処理によれば,入賞の場合支払いメダル枚数がペイアウトエリア(第14図中のRAM4)にストアされることになる。そしてホッパーによりメダルが1枚支払われる毎にペイアウトエリア内の数が『1』ずつ減算され,『0』になるとホッパーモータがOFFとなり1回のゲームが終了する。」(13欄最終段落〜14欄第1段落)
コ 「以上,第1リールから順にストップされる例をもとにリールの停止処理について述べてきたが,その他の場合でも若干の処理手順の変更で同様に対処することができる。また,リールの処理は4コマずれを想定して説明してきたが,このためヒットリクエストに対応したシンボルが4コマずれの範囲内に存在しないこともあり得る。(特に大ヒットシンボルは少ないため,充分であり得る。)このような場合にはヒットリクエストを満足しない結果となってしまい,設定された入賞確率が低下することになり,特に大ヒットでその影響が大きくなる。これを適正化するために,ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越され,再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行されるから,ペイアウト率が変わることはない。」(同欄第2段落)
サ 「そして実際にリールが停止したときに,ヒットリクエストが満足されないような絵柄の組み合わせになっているときには,そのヒットリクエストが次回以降のゲームに持ち越され,生かされるようになっているから,入賞が発生しにくくなることがなく,ペイアウト率を一定に維持することができ,遊技者に対してもゲームの意欲を失わせるようなことがない。」(15欄第1段落)。
(3) 上記記載事項及び引用の各図面によれば,@スタートレバーの操作によってゲームがスタートしてから一定時間内に乱数値がサンプリングされ,入賞確率テーブルと照合されて大,中,小のヒットリクエストが得られること,Aサンプリングされたサンプリング値は乱数値RAM80にストアされ,これと対比されてヒットリクエスト(大,中,小,なし)を発生させる入賞確率テーブルはROM51にストアされていること,B発生したヒットリクエスト(大,中,小,なし)が実現するように,回転するリールの停止制御が行われ,第3リールが停止すると【第22図】及び【第25図】に従って,最終的な入賞判定が行われ,入賞が確認されると所定枚数のメダルが払い出されること,CRAM5には,ゲーム開始時に得られた「ヒットリクエストに応じたフラグ」がセットされること,Dすべてのリールが停止した後に行われる入賞判定処理(【第5図】)において入賞が検出されると減算処理が行われること,E記載事項カ及び【第11図】には,ヒットリクエストカウンタ」について,ヒットリクエストが発生すると「+1」し,実際に入賞すると「−1」するという加減算処理がされること,Fヒットリクエストどおりの入賞が得られなかった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越されること,以上の事項が開示されていると認められる。
以上検討したところによれば,本件登録時明細書(甲2添付)は,ヒットリクエストの数をカウントするリクエストカウンタが設けられ,ヒットリクエストが発生するとリクエストカウンタが「+1」され,ヒットすると(実際に入賞すると)リクエストカウンタは「−1」され,ヒットしない場合にはそのまま保存され(8欄第3段落),また,「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越され,再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行されるから,ペイアウト率が変わることはない」(14欄第2段落)と記載されているから,ヒットリクエストが発生すると加算(「+1」)されるリクエストカウンタがあり,実際に入賞した場合にはヒットリクエストを減算(「−1」)し,入賞しなかった場合にはリクエストカウンタを減算することなくそのまま維持することによって「リクエスト信号を次回のゲームまで保存」する構成となっているものである。
(4) これに対し,本件訂正に係る訂正事項は,次のとおりである。
ア 訂正事項a
「特許明細書第17頁第20行〜第18頁第11行(特許公報〔注,本件登録時明細書〈甲2添付〉〕第4頁右欄第29〜39行)の『得られるが,ペイアウト率を一定に保つために,リクエストカウンタが利用される。すなわち,前述したヒットリクエストが発生すると,各ヒットリクエストをカウントするリクエストカウンタが「+1」され,RAM上にストアされる。そして,ヒットした際にそのリクエストカウンタは「−1」の減算処理が行われる。また,ヒットしない場合にはそのまま保存され,最終的にリクエストカウンタが「0」になるまでヒットリクエストが発生し,このためペイアウト率は一定に保たれる。これは,第11図に示したフローチャートにより処理される。』を,『得られる。』と訂正する。」(審決謄本5頁最終段落〜6頁第1段落)
イ 訂正事項b
「特許明細書第27頁第10〜14行(特許公報第6頁左欄第47〜50行)の『この場合は,ヒットリクエスト通りの入賞が得られなくなってしまうが,発生されたヒットリクエストは,次回のゲームに持ち越されて利用されることになるから,ペイアウト率に変化はない。』を削除する。」(同頁第2段落)
ウ 訂正事項c
「特許明細書第31頁第1〜6行(特許公報第7頁右欄第9〜14行)の『また,ヒットリクエスト発生時に第2リールの停止処理を行った結果,ヒットリクエスト通りの入賞が得られないことが分かると,第1リールのときと同じように,ハズレ処理に以降するとともに,そのヒットフラグが保持されるようになる。』を削除する。」(同頁第3段落)
エ 訂正事項d
「特許明細書第34頁第13〜14行(特許公報第7頁右欄第23行)の 『持ち越され,』を,『持ち越される。すなわち,第25図のフローチャートにおいて,入賞か?の判定でNOの場合は,YESの場合と異なり,ヒットリクエストの減算は行わない。このように,入賞か?の判定でNOの場合はヒットリクエストの減算は行わないという処理により,第14図RAM5の該当エリアにセットしたフラグをそのままとすることにより,リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段を構築している。尚,持ち越しとは,その文言の意味通り,残して次へ送ることをいい,保存とは,同じくその文言の意味通り,そのままの状態を保って失わないことをいい,いずれもヒットリクエストが次回のゲームに用いられる点で同じ意味である。こうして,』と訂正する。」(同頁第4段落)
(5) そうすると,訂正事項aにより,本件登録時明細書の「リクエストカウンタによるヒットリクエストの加減算」という処理についての記載が削除され,これにより,(ヒット)リクエストカウンタという用語は,明細書からなくなり,訂正事項b,cにより,ヒットリクエストどおりの入賞が得られなかった場合の「ハズレ処理」に関する記載が削除され,訂正事項dにより,ヒットリクエストが発生したときにRAM5の該当エリアに立てられたフラグについて,入賞しなかった場合は,フラグをそのままとし,入賞した場合は,フラグを消去することとなったことが認められる。したがって,本件訂正により,本件訂正明細書(甲8添付)においては,「リクエストカウンタによるヒットリクエストの加減算」という処理(入賞回数の最大値を制限するもの)がなくなり,「ヒットリクエストの保存」(入賞回数の下限を保証するもの)処理のみが残存し,しかも,その具体的実施手段として,発生したヒットリクエストを保持するRAM5を利用し,入賞が得られなかった場合にはRAM5の内容を次のゲームまで残すという構成,すなわち,本件発明を構成する「リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」の具体的な構成は,本件訂正前は,「リクエストカウンタ」であったのに対し,本件訂正後は,「RAM5にセットされたフラグ」となっていることが明らかである。
上記の点について,原告は,RAM5の「該当エリアにセットしたフラグ(原告注,=数値『1』)をそのままとすることにより」(ヒットリクエストを減算しないことにより),リクエスト信号を次回のゲームまで保存されることは,ヒットリクエスト(該当エリアのセットフラグ=数値『1』)が「次回のゲームまで持ち越される」(保存される)ことを表した本件登録時明細書(甲2添付)の「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越され,再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行される」(14欄第2段落)の記載事項から自明であり,減算対象である「ヒットリクエスト」は「ゲームの開始時に得られていた」信号であるから,ゲーム開始時に得られる「フラグ」=数値「1」が「減算」処理の対象となることは自明であると主張する。しかしながら,本件登録時明細書の「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越され,再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行される」との記載は,上記(2)の記載事項コの一部であるところ,本件登録時明細書には,「リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」の具体的な構成として,「RAM5にセットされたフラグ」とする記載はないし,また,これを本件登録時明細書の記載から自明の事項ということもできない。
原告は,【第25図】における「ヒットリクエスト減算」は訂正事項aによって削除された「ヒットリクエストカウンタ」に関する実施例(本件登録時明細書〔甲2〕8欄第3段落)のみに関連するものとした審決の認定(審決謄本8頁下から第2段落)について,そのような解釈が訂正前の明細書から一義的に導かれるものではないことは,【第14図】RAM5の該当エリアにヒットリクエストに応じてセットされるフラグ(数値「1」)も「減算」対象となることから明らかであると主張する。しかしながら,本件登録時明細書(甲2添付)においては,ヒットリクエストが発生すると加算(「+1」)されるリクエストカウンタがあり,実際に入賞した場合にはヒットリクエストを減算(「−1」)し,入賞しなかった場合にはリクエストカウンタを減算することなくそのまま維持することによって「リクエスト信号を次回のゲームまで保存」する構成となっていることは上記(3)のとおりであるところ,上記(2)イ,ケの記載並びに【第5図】及び【第25図】の図示によれば,【第25図】における「ヒットリクエスト減算」は,リクエストカウンタを減算するものというほかなく,【第14図】RAM5の該当エリア
にヒットリクエストに応じてセットされるフラグ(数値「1」)が「減算」対象となるものとは認められない。
また,原告は,「減算処理とはカウンタの如き多数計数手段に対する処理をいう技術用語である」(審決謄本8頁下から第2段落)との審決の認定は,【第14図】RAM5のエリア5a〜5dのような,数値「0」ないし「1」によりデータを表示する1ビットカウンタ(バイナリカウンタ)の存在に関する技術常識に反するものであると主張する。しかしながら,本件登録時明細書において,「減算」の用語は,6欄第1段落及び8欄第3段落において各1回,14欄第1段落において2回使用されているが,そのうち,3回は,ヒットリクエストないしリクエストカウンタを対象とし,1回はペイアウトエリア内の数を対象とするものであるのに対し,「フラグ」の用語は,11欄第1段落に2回,12欄最終段落に1回,13欄第2段落に1回使用されているが,これを対象とする動作については,「セット」,「セットアップ」及び「保持」の用語が使用され,「減算」の用語は使用されていないことに照らすと,上記「減算」の対象をRAM5のエリア5a〜5dと認めることはできず,原告の上記主張も理由がない。
さらに,原告は,「RAM5の該当エリアは,当該ゲームにて発生したヒットリクエストの種類と有無に応じてゲームの展開を制御するためにセットされ,これに基づいてリクエストカウンタの加算処理,及びリクエスト信号に対応した種類の入賞が得られるようにリールの停止制御を行うために利用され,当該ゲームの終了後は,その役目を終えたものとして次回のゲームの前にリセット(クリア)される一時的な記憶手段として機能することに存在意義があることは明らかである」(審決謄本9頁第1段落)との審決の認定は誤りであるとも主張する。しかしながら,RAM5には,ゲーム開始時に得られた「ヒットリクエストに応じたフラグ」がセットされることは上記(3)Cのとおりであるところ,ヒットリクエストどおりの入賞が得られなかった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越されるが,RAM5がこれを実現するものでないことは上記のとおりであるから,RAM5の該当エリアにセットされたフラグは,当該ゲームの終了後は,その役目を終えたものとして次回のゲームの前にリセット(クリア)される一時的な記憶手段として機能するものと認められ,審決の上記認定に誤りはない。
(6) 以上検討したところによれば,訂正事項dに係る本件訂正は,本件発明を構成する「リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」の具体的な構成について,訂正前はリクエストカウンタで実現していたものを,訂正後はRAM5にセットされるフラグで実現するものであるから,特許請求の範囲に記載される本件発明を構成する技術的事項を変更するものであって,本件登録時明細書又は図面に記載されたも同然の事項をその意味内容どおりに文章化したものともいえない以上,本件登録時明細書に記載した事項の範囲内で訂正するものということはできず,これと同旨をいう審決の認定判断に,誤りはない。
したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
2 取消事由1(分割出願の要件についての認定判断の誤り)について
(1) 上記1によれば,原告主張の取消事由2は理由がないから,第1審判については,その余の点を検討するまでもなく,本件発明についての特許を無効とするとした審決の結論に誤りはないが,第2審判について,審決は,上記第2の3Aの理由のみに基づいて本件発明についての特許を無効としているので,進んで,その認定判断の誤りを主張する取消事由1についても判断する。
(2) 原告は,審決が,本件訂正後の実施例が原出願当初明細書(甲4)に記載されたものか否かを,本件分割出願の適法性の判断基準とした点は,特許法44条1項の規定から導かれない誤ったものであると主張する。しかしながら,本件訂正が認容され,これが確定したことにより,本件特許出願に係る明細書は,平成10年10月16日付け手続補正書(甲8)により補正された同年1月30日付け訂正請求書(甲5)による本件訂正に係る明細書,すなわち,本件訂正明細書(甲8添付)に訂正され,これが現に有効なものとなったのであるから,本件特許出願の内容は,本件訂正明細書に基づいて把握しなければならないのは当然のことである。したがって,本件訂正後の実施例に係る平成10年10月16日付け手続補正書の訂正事項dを基に分割出願の要件についての認定判断をした審決に誤りはなく,原告の上記主張も理由がない。
(3) 原告は,本件訂正によって明記されるに至ったフラグの持ち越しに関する保存手段の実施例(訂正事項d)は,原出願当初明細書(甲4)に記載された事項から当業者が自明のこととして導き出せる事項であり,これに包含されているというべきであるから,本件分割出願が分割出願の要件に違反するものではないと主張する。訂正事項dは,上記1(4)エのとおりであるところ,その「リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」について,原出願当初明細書の記載を見ると,原出願当初明細書には,次の記載事項がある。
ア 「こうして入賞ライン数が決定された後の基本的なゲーム進行は第4図のフローチャートに従ってなされる。すなわち,スタートレバー操作により,3つのリールが回転され,所定時間の経過後,後述するヒットリクエストの設定(入賞の有無を照合)を行なってリールストップのためのストップボタンの操作の有効化およびその表示のためのストップランプ(第1図中27に対応)を点灯させる。」(3頁左下欄第2段落)
イ 「また入賞判定は,各リールのシンボルマークを前述のようなコード信号として,その組み合わせを後述のROMメモリと照合する。そして入賞している場合にはリクエスト減算処理,すなわち予め予定された入賞回数カウンタから−1の減算を行なったうえ,入賞メダル支払いのためのホッパーモータを駆動してメダルを払い出す。」(同頁右下欄第1段落)
ウ 「ROM51には前述したシンボルマークとシンボルマークコードとの対応表,入賞に相当するシンボルマークコードおよび入賞メダル支払い枚数表の他,実行されたゲームに関して入賞させるか否かを決定し,入賞させる場合にその入賞の高低に応じたヒットリクエストを発生させる入賞確率テーブルなどがストアされている。またRAM52にはゲーム開始後にサンプリングされる乱数値を一時的に保存するメモリ,およびヒットリクエストカウンタをストアするメモリあるいは後述するように,回転リールのコードナンバー,シンボルナンバーなどのデータを一時記憶するメモリなどが用意されている。」(4頁左上欄)
エ 「次に本発明の特徴であるヒットリクエストの発生に関して詳述する。ヒットリクエストの発生は,前述のようにゲーム開始時にサンプリングされる乱数値と,ROM上の入賞テーブルにストアされた入賞を与えるべき数値群との照合の結果得られることになる。」(同頁左下欄最終段落〜右下欄)
オ 「第9図は発生,更新される乱数値のサンプリング,ヒットリクエストチェック処理のフローチャートである。このフローチャートは,第4図に示したフローチャートにおける“ヒットリクエスト”処理に該当するもので,ゲーム開始後例えばスタートレバーの操作後の所定のタイミング信号(この時点で各リールは定常回転されることが好ましい。)により,その時点で乱数値RAM80(第8図)に存在する乱数値をそのゲームの乱数値として決定する。こうして決定された乱数値は第9図のフローチャートに従い,後述する入賞確率テーブルと照合され,大ヒットに該当する数値であれば大ヒットリクエスト信号の発生,また中ヒットに該当する数値であれば中ヒットリクエスト信号の発生というように小ヒットまでの判断,処理がなされいずれかのヒットリクエストが発生されるかあるいはヒットリクエストなしかがチェックされることになる。」(5頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落)
カ 「こうして任意時点でのゲーム開始後に特定の乱数値がサンプリングされ,前述の入賞確率テーブルと照合されてヒットリクエストが得られることになるが,さらにペイアウト率を一定にする意味でリクエストカウンタを設けておいてもよい。すなわち,前述した入賞確率テーブル中の数値それぞれに相当する数値をRAM上にストアしておき,該当したヒットリクエストが発生した際に,その数値に−1の減算処理を行なう。こうして特定のリクエストカウンタが“0”になると,それ以後の該当するヒットリクエストが発生してもこれが無効化され,ペイアウト率は一定に保たれることになる。これは例えば第11図に示したフローチャートにより処理される。」(同頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)
キ 「さらにRAM5には得られたヒットに応じたエリア,すなわち大ヒットエリア5a,中ヒットエリア5b,小ヒットエリア5c,ヒットなしのエリア5dにフラグがセットされる。」(7頁左下欄〜右上欄第1段落)
ク 「なお,上述の処理において該当シンボルが窓位置に現れ得ない場合にはヒットリクエストなしの処理になる。特にこれは小ヒットリクエストのみに発生しやすい。すなわち一般に小ヒットは第1リールに特定のシンボルが現れることのみで達成されるため,第1リールには小ヒットシンボルが2〜3個程度しか存在しないのが普通だからである。(なお,第1リール上のその他のシンボルマークは大ヒットあるいは中ヒットシンボルであることが多い。)」(8頁右上欄第2段落)
ケ 「こうして第3リールがストップすると,第25図に示したフローチャートによる処理が実行される。すなわち,第3リールの停止により,窓に現れている全てのリールのシンボルマークが確定し,これで第14図に示した各RAMエリアが全てのデータをもつことになり,この時点で再度第22図の入賞判定処理が実行される。そして入賞の場合にはそのゲーム開始時に得られていたヒットリクエストを減算し,メダル支払いのためのホッパーモータがONされる。」(9頁左下欄第2段落)
コ 「以上,各リールが順にストップされる例をもとにリールの処理について述べてきたが,その他の場合でも若干の処理手順の変更で同様な処理をとることで対処できる。また,リールの処理は4コマずれを想定して説明してきたが,このためヒットリクエストに対応したシンボルがその4コマずれの範囲内に存在しないこともあり得る。(特に大ヒットシンボルは少ないため,充分あり得る。)このような場合にはヒットリクエストを満足しない結果となってしまい,設定された入賞確率が低下することになり,特に大ヒットでその影響が大きくなる。これを適正化するためには,ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合にはそのヒットリクエストを次回のゲームまで保存するようにすればよい。」(同頁右下欄最終段落〜10頁左上欄第1段落)
(4) 上記記載事項及び引用の各図面によれば,@スタートレバーの操作によってゲームがスタートしてから一定時間内に乱数値がサンプリングされ,入賞確率テーブルと照合されて大,中,小のヒットリクエストが得られること,Aサンプリングされたサンプリング値は乱数値RAM80にストアされ,これと対比されてヒットリクエスト(大,中,小,なし)を発生させるための入賞確率テーブルはROM51にストアされている(発生したヒットリクエストはRAM領域に格納されるものと解されるが,具体的な格納領域は不明である。)こと,B発生したヒットリクエスト(大,中,小,なし)が実現するように,回転するリールの停止制御が行われ,第3リールが停止すると,第22図及び第25図に従って,最終的な入賞判定が行われ,入賞が確認されると所定枚数のメダルが払い出されること,CRAM5には「ヒットに応じたエリア,すなわち大ヒットエリア5a,中ヒットエリア5b,小ヒットエリア5c」にフラグがセットされ,ここで,「ヒットに応じたエリア」が何を意味するかは明りょうとはいえないが,すべてのリールが停止した後に行われる入賞確認で特定された入賞状態がRAM5に保存され,第22図における「該当するヒットフラグのセット」がこの処理に当たること,Dリクエスト減算処理及び入賞回数カウンタについて,すべてのリールが停止した後に行われる入賞判定処理(第5図)において入賞が検出されると,あらかじめ予定された入賞回数カウンタから「−1」の減算が行われること,Eリクエストカウンタを付加的に設けることができること(リクエストカウンタは,RAM領域に大,中,小の各ヒットの発生確率に応じた特定の数〔整数〕をストアしたものであり,リクエストが発生すると当該カウンタの数値に「−1」の減算処理を行うものであって,最終的にリクエストカウンタが「0」になるとそれ以降のヒットリクエストの発生が抑制されるものと理解される。リクエストカウンタは,RAM領域に配置されるべきものであるが,具体的にどの領域が使用されるのかについての記載はない。),F「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストを次回のゲームまで保存するようにすればよい」として,入賞が実現しなかった場合にはヒットリクエストを保存しておくこと(ただし,ヒットリクエストを保存する具体的手段についての記載はない。),以上の事項が開示されていると認められる。
以上検討したところによれば,原出願当初明細書(甲4)には,「ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合にはそのヒットリクエストを次回のゲームまで保存するようにすればよい」(9頁右下欄最終段落〜10頁左上欄第1段落)との記載のとおり,「リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」について記載されているが,その具体的手段は,大,中,小の各ヒットの発生回数の最大値を規定する「入賞回数カウンタ」が設けられ,リールが停止して入賞が検知されると入賞回数カウンタが「−1」減算されること,これにより入賞回数の最大値を制限していること,他方,入賞回数の下限を保証するものと考えられる,「ヒットリクエストの保存」については,「保存するようにすればよい」として,任意的,付加的な構成として記載され,RAM5の役割については,「ヒットに応じたエリア」が格納されるとし,全リールが停止した後に検出されたヒット(入賞)の種類が保持されているものと認められる。
(5) これに対し,本件訂正に係る訂正事項は,上記1(4)とおりであり,訂正事項aにより,本件登録時明細書の「リクエストカウンタによるヒットリクエストの加減算」という処理についての記載が削除され,これにより,原出願当初明細書に記載された(ヒット)リクエストカウンタという用語は,明細書からなくなり,訂正事項b,cにより,ヒットリクエストどおりの入賞が得られなかった場合の「ハズレ処理」に関する記載が削除され,訂正事項dにより,ヒットリクエストが発生したときにRAM5の該当エリアに立てられたフラグについて,入賞しなかった場合は,フラグをそのままとし,入賞した場合は,フラグを消去することとなったことが認められる。したがって,本件訂正により,本件訂正明細書(甲8添付)においては,「リクエストカウンタによるヒットリクエストの加減算」という処理(入賞回数の最大値を制限するもの)がなくなり,「ヒットリクエストの保存」(入賞回数の下限を保証するもの)処理のみが残存し,しかも,その具体的実施手段として,発生したヒットリクエストを保持するRAM5を利用し,入賞が得られなかった場合にはRAM5の内容を次のゲームまで残すという内容になったものである。これを,原出願当初明細書と対比すると,本件訂正明細書では,ヒットリクエストの上限値を制限するリクエストカウンタがなくなり,ヒットリクエストを保存する手段が,RAM5であることが初めて記載されたという点において,「リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段」の具体的な構成が,原出願当初明細書に開示されていない技術的事項となったことは明らかであり,また,これを原出願当初明細書に記載された事項から当業者が自明のこととして導き出せる事項であるということもできない。
(6) 原告は,本件分割出願の基準とすべき原出願の明細書は,原出願昭和58年補正明細書であるとして,東京高裁平成16年判決を引用し,本件分割出願については,上記補正日(昭和58年6月6日)への遡及が認められるべきであると主張し,東京大学先端科学技術研究センター教授A作成の平成16年11月19日付け意見書(甲36)を提出する。しかしながら,本件分割出願後にされた本件訂正により,ヒットリクエストを保存する手段が,RAM5であることが初めて記載されたことは上記のとおりであり,当該技術的事項は,原出願昭和58年補正明細書(甲4の16頁〜17頁参照)に記載されていたとは認められないから,原告の上記主張は,前提において誤りというほかなく,採用の限りではない。
(7) 以上によれば,本件分割出願は,原出願当初明細書(甲4)に記載された事項に基づくものではなく,特許法44条の規定に適合しないから,本件分割出願の出願日は遡及せず,現実の出願日である平成2年1月27日であるとした審決の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第2部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 岡 本 岳
裁判官 早 田 尚 貴