H17. 9.26 大阪地裁 平成16(ワ)10584 特許権 民事訴訟事件

平成17年9月26日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成16年(ワ)第10584号 職務発明の対価請求事件
口頭弁論終結の日 平成17年7月21日
          判         決
         原      告     P1
         原      告     P2
         原告ら訴訟代理人弁護士  伊   達   健 太 郎
         同            森           豊
         同            田   中   友 一 郎
         同            柴   田   耕 太 郎
         被      告     三省製薬株式会社
         訴訟代理人弁護士     春   山   九 州 男

         同            藏       健 一 郎
         同            安   田   聡   剛
          主         文
 1 被告は、原告P1に対し、480万6923円及びこれに対する平成16年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は、原告P2に対し、480万1923円及びこれに対する平成16年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
 5 この判決は、第1、第2項に限り、仮に執行することができる。
          事実及び理由

第1 請求
 1 被告は、原告P1に対し、1億円及びこれに対する平成16年4月14日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は、原告P2に対し、1億円及びこれに対する平成16年4月14日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は、被告の従業員であった原告らが、その在職中にした職務発明につき、特許法35条3項に基づいて、特許を受ける権利を使用者である被告に承継したことに対する相当な対価(以下単に「相当の対価」ということがある。)の未払分の支払いを請求した事案である(ただし、いずれも一部請求である。)。
 1 前提となる事実(証拠により認定した事実は末尾に証拠を掲げた。その余は争いがない事実である。)

  (1) 被告は、皮膚用医薬部外品及び化粧品等の製造販売等を業とする株式会社である。
    原告P1(以下「原告P1」という。)は、昭和59年5月21日、被告に入社し、生化学課に配属の後、昭和61年から第2生化学研究室(平成元年に細胞薬理研究室に改称、平成4年に基礎開発研究室に組織変更)に在籍し、平成8年9月20日に退職した(乙3の3、弁論の全趣旨)。
    原告P2(以下「原告P2」という。)は、昭和61年4月20日、被告に入社し、第1生化学研究室(平成元年に生物薬理研究室に改称、平成4年に基礎開発研究室に組織変更)に在籍して、平成9年8月20日に退職した(乙3の3)。
  (2) 被告は、別紙特許目録記載のとおり、特許出願をし、特許権の設定登録を受けた(この特許権を以下「本件特許権」といい、その発明を以下「本件発明」という。)。

    特許出願手続上、本件発明の発明者は、原告らとされている。
    6−ベンジルアミノプリン(以下「6−BAP」という。)を有効成分とする育毛剤は、本件発明の実施品となる。
    被告は、平成5年8月11日付けで、6−BAPを有効成分とした育毛剤について、新規医薬部外品主剤として厚生省に製造承認申請を行い、平成7年12月11日付でその承認を得た。
  (3)ア 被告は、6−BAPを有効成分とした育毛剤を製造し、平成9年10月から、「薬用育毛剤CTP」というブランド名で販売している(この育毛剤を以下「自社販売分」という。)。
   イ 被告は、6−BAPを有効成分とした育毛剤を製造し、K1株式会社(以下「K1」という。)に、また、商社を介して、K2株式会社、K3株式会社及びK4株式会社に向け、それぞれのOEM製品として、販売したことがあり(このうち、K1から平成8年以降販売されている育毛剤の名称は「K1サイトプライン」である。)、そのうちの一部は、現在も継続して製造販売している(これらの育毛剤を以下「OEM分」という。)。

   ウ 被告は、K5株式会社(以下「K5」という。)向けに、商社であるK6株式会社(以下「K6」という。)を介して、6−BAPを販売しており、K5は、6−BAPを有効成分とした育毛剤「毛髪力イノベート」(以下「イノベート」という。)を製造販売している(この6−BAPを以下「K5分」という。)。
   エ 被告は、米国K7(以下「K7」という。)に、6−BAPを販売しており、同社は、6−BAPを有効成分とした育毛剤を製造し、日本向けには、「サイトマックス」の名称でグループ会社であるK8株式会社(以下「K8」という。)に輸出し、同社が日本国内で販売している(この6−BAPを以下「K7分」という。)。
     被告とK7は、K7が日本に輸出する上記育毛剤製品1本当たり165円のライセンス料をK7が被告に支払う旨の契約を締結している。

  (4) 被告は、原告P2に対し、平成9年5月ころ、本件発明について、登録報償金として5000円を支払った。
 2 争点
  (1) 本件特許権により被告が受けるべき利益の額
   〔原告らの主張〕
   ア 被告が受けるべき利益の額の算定方法について
     職務発明に対する対価を算出するに際し、売上高に実施料率を乗じる裁判例は、実施料率を乗じる理由について、「直接、使用者が当該売上高から得る利益を算出するのは困難であるから」と論じるに止まるのであるから、本件のように、利益の金額を算定することができる場合には、その金額を基礎とすべきである。
     なお、裁判例においては、売上高の2分の1についてのみ権利の譲渡を受けて実施を独占することができたことに起因する部分であるとし、この起因部分にさらに実施料率を乗じるものもあるが、使用者の受ける利益を起因部分として算出しているにもかかわらず、さらに実施料率を乗じる理由はないのであるから不適法である。

     なお、本件特許権は、特許法67条2項、薬事法14条1項により存続期間が2年程度延長することが可能であるから、これによる独占期間の終期は平成26年である。
   イ 自社販売分について
     自社による実施の場合でも、同業他社に対し、本件発明の実施を禁止することができたのであるから、「発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することになると見込まれる利益」は存在する。
   ウ OEM分について
    (ア) OEM生産は、本件発明が存在するからこそ、被告において担当することができるものである。
      本件発明の実施品に被告が製造元として表示されるのは、薬事法により、製造業者又は輸入販売業者の氏名又は名称及び住所を記載することが義務付けられているからにすぎない。
      そして、「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは、発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することになると見込まれる利益を指すと解されるところ、被告は、製造原価の同程度の利益を上乗せしてOEMによる他社への提供を行っており、かかる高値で本件発明の実施品を他社へ提供でき、また、他社も自己で製造せずOEM契約を締結せざるを得ないのは、本件発明につき被告が特許権を有しているからに他ならない。

      したがって、OEMについても「発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することになると見込まれる利益」は存在するのであり、本件発明により被告が受けるべき利益は存在しているものと評価すべきである。
    (イ) K1について
      K1への本件発明の実施品の提供は、被告が製造した製品を全くの別法人であってグループ企業でもない訴外K1が販売しているのであり、まさに典型的なOEMなのであるから、被告の主張するような自社実施と評価することはできない。
      したがって、K1への提供も他のOEM方式での提供先と同様に「発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することになると見込まれる利益」は存在するのであり、本件発明により被告が受けるべき利益は存在している。
      被告は、K1との「製販同盟」の存在を主張するが、これは遅くとも平成10年ころには解消されており、K1への本件発明の実施品の提供を通常実施権の範囲内とは呼べない。

      確かに、平成2年ころまでは被告とK1の「製販同盟」が存在していたが、被告がK1に提供していた製品を卸値で一般消費者へ通信販売の方法により販売し始めたことを契機として、K1の側から「製販同盟」は徐々に解消された。すなわち、K1は、平成4年11月ころ、子会社を設立し、岡山にメークアップ製品を中心とした製造工場を設立した後、現在に至っては、同社にほとんどの製品を製造させており、現在ではK1において被告の提供する製品はほとんどない。また、被告は「K1」という商標を被告が有していることについても主張するが、現在K1が販売している製品の中で「K1」の商標を付しているものは、本件発明の実施品である「K1サイトプライン」しか存在しない。
      さらに、被告自身も、売上げの約7割は自社ブランド名のスキンケアを中心とした医薬部外品及び化粧品の通信販売である旨を認めており、被告の売上げに占めるK1の割合も極めて小さいことからも、もはや「製販同盟」は解消されていることは明白である。

      加えて、被告とK1とは関係が良好な時期には、相互の代表者が相手方の取締役として経営に参加していたが、現在はかかる関係も解消されている。
      かかる関係悪化にもかかわらず、K1が本件発明の実施品の販売を継続し、しかも自社の子会社ではなく、被告にOEM製造を委託するのは、本件発明が非常に優れた発明であることに加え、本件発明につき被告が特許権を有しているからにほかならない。
   エ サイトマックス(K7分)について
     被告の受けるべき利益としては、被告が受けているライセンス料と、被告がK7に6−BAPを販売することにより得る利益とを合算すべきである。
   オ イノベート(K5分)について
    (ア) K5が6−BAPを含んだ育毛剤「イノベート」を販売し、本件発明を実施していることは明らかであり、にもかかわらず、被告との間で何らのライセンス契約も締結していないことは不自然極まりない。

      仮に、被告がK5との間で何らのライセンス契約も締結していないならば、K5によるイノベートの販売は、本件特許権を明確に侵害しているものである。
      また、「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは、発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することになると「見込まれる利益」を指すところ、K5との間で何らのライセンス契約も締結せず、他方で、現状を放置するのであれば、明らかに被告が故意に本件発明の価値を毀損しているのであるから、仮にK5との間でライセンス契約を締結した場合に見込まれる利益をもって、使用者である被告が受けるべき利益の額とすべきである。
      なお、被告における平成13年5月期から平成15年5月期までの各決算期の売上高及び利益を見るに、平成15年5月期において、売上高は変わらないにもかかわらず、利益のみが11億5300万円に格段に増加しているのであり、かかる利益の増加の原因は、経費負担のないライセンス契約を締結したことによる利益の増加としか考えられない。

      また、K6への6−BAPの提供単価は1キログラム当たり19万9000円であるところ、K7に対する6−BAPの提供単価である1キログラム当たり40万0000円の単価に比して、半額以下の低額に抑えられており、かかる事実もK5と被告との間の何らかの合意の事実を推認せしめる事情である。
      しかも、K5が育毛剤を製造販売するにあたっては、必ず医薬部外品としての製造承認申請を行う必要があり、そのためには被告が所有する秘密資料である6−BAPの「別紙規格」及び「使用前例」を添付する必要があるのであるから、被告とK5との間には被告が所有する秘密資料である6−BAPの「別紙規格」及び「使用前例」に関する何らかの合意があることは間違いない。
      かかる合意の内容としては、6−BAPを有効成分とする育毛剤とK5の色白医薬部外品主剤である「エラグ酸」(平成8年医薬部外品製造承認取得)とのクロスライセンスの可能性もあるが、かかる合意の内容について被告が明らかにしない以上、被告とK5との間に何らかの合意があるものとみなして、K5の育毛剤の売上げの3パーセント(被告がライセンスを行う場合の一般的料率である。)をライセンス料相当額として被告の受けるべき利益とみなす他ない。

    (イ) 被告の受けるべき利益としては、上記(ア)のライセンス料相当額と、被告がK6に6−BAPを販売することにより得る利益とを合算すべきである。
   カ 具体的金額について
    (ア) 被告が主張する売上高のうち、平成17年2月までの実績に関するものが、被告の内部資料に適合していることは、確認した。
    (イ) K1以外のOEM分について
      K1以外のOEM製造により被告会社が受けるべき利益額は1億8562万4000円である。
    (ウ) K1について
      被告は育毛剤のライフサイクルは最大7年である旨主張するが、K1サイトプラインは平成8年5月期に発売され、約7年が経過した平成15年5月期に、平成8年5月期に匹敵する105,193,000円の利益を上げていることに鑑みれば、6−BAPを主剤とした育毛剤は、その効果の高さから今後も他の物質を交えながら展開することにより特許権の消滅する平成26年までコンスタントに売上げることができるものと考えられる。

      したがって、平成17年から平成26年までの10年間の利益を平均化したときの利益の額が平成8年から平成16年までの9年間の利益の平均と同等になるものと仮定し、将来の予測売上高を算出すると次のとおりになる。
     {1,154,690,211円(平成8年から平成15年までの売上高の合計額)
      +82,320円÷9×12×935(平成16年予測)}÷10年間
      ×9年間(平成18年〜平成26年)=1,131,584,230円
      よって、K1に対する本件発明の実施品の売上高の合計額は、
      1,257,315,811円(平成8年から平成16年までの売上合計額)
      +1,131,584,230円=2,388,900,041円
     となる。
      なお、これにより被告が得られる利益の額は、
      874,719,000円(平成8年から平成16年までの利益の合計額)

      +874,719,000円÷9年間×10年間(平成17年〜平成26年)
      =1,846,629,000円となる。
    (エ) サイトマックス(K7分)について
      前述のとおり、K1が販売しているK1サイトプラインは平成8年5月期に発売され、約7年が経過した平成15年5月期に、平成8年5月期に匹敵する利益を上げていることに鑑みれば、6−BAPを主剤とした育毛剤は、その効果の高さから、今後も他の物質を交えながら展開することにより、特許権の消滅する平成26年までコンスタントに売上げることができるものと考えられる。
      したがって、平成18年から平成26年までの9年間の売上高を平均化したときの金額が平成13年から平成17年までの5年間の売上高の平均と同等になるものと仮定し、売上高を算出すると次のとおりになる。

     @ ライセンス収入について
       98,872,000円(平成8年〜平成16年のライセンス料の合計額)
       +12,708,000円÷9×12(平成17年予測)=115,816,000円
       115,816,000円÷5年×9年(平成18年〜平成26年)
       =208,468,800円
       したがって、K7との間の本件発明の実施品に関する取引のうちライセンスによる売上高は、
       115,816,000円+208,468,800円=324,284,800円
      となるところ、同金額は被告の売上高であり、利益でもある。
     A 6−BAPの販売分について
       80,400,000円(平成8年〜平成16年の原材料売上高の合計額)
       +40,000×40÷9×12(平成17年予測)=82,533,333円
       82,533,333円÷5年×9年(平成18年〜平成26年)
       =148,559,999円

       したがって、K7との間の本件発明の実施品に関する取引のうち6−BAPの販売による売上高は、
       82,533,333円+148,559,999円=231,093,332円
      となる。
       なお、K7への6−BAPの販売による利益は、平成17年から平成26年までの10年間の利益を平均化したときの利益の額が平成13年から平成17年までの5年間の利益の平均と同等になるものと仮定し、将来の被告が受けるべき額を算出すると次のとおりになる。
       80,674,000円(平成8年〜平成16年の利益の合計額)
       +80,674,000÷5年×10年(平成17年〜平成26年)
       =242,022,000円
    (オ) イノベート(K5分)について
     @ ライセンス料相当額について
       イノベートの平成16年の年間売上げは58億円である。

       これが今後減少するとしても、前述のとおりK1サイトプラインが10年間にわたり堅調な売上げを記録していることに鑑みれば、本件特許権の消滅に至るまで少なくとも平均して年間40億円程度の売上げが期待できる。
       したがって、K5との間の本件発明の実施品に関する取引により被告が受けるべき利益の額は、
       (5,800,000,000円
       +4,000,000,000円×10年(平成17年から平成26年まで))
       ×0.03=1,374,000,000円
      となる。
     A 6−BAPの販売分について
       被告は、平成16年5月期に960キログラムの注文を受けてからは全く注文がない旨主張する。しかしながら、イノベートは平成16年の1年間で約58億円の売上げを計上しているところ、イノベートの単価は1本5500円であるから、年間売上本数は105万4545本であり、その容量は200ミリリットルであり、1本当たりの6−BAPの配合量は0.5パーセントの1グラムであることから、K5が平成16年の1年間で使用した6−BAPの分量は、約1055キログラムに上る。それにもかかわらず、被告には6−BAPの注文がないとすれば、K5は95キログラムもの6−BAPをどこから取得しているのか不明であり、被告の主張するK6との間の取引における売上高及び利益は全く信用できない。

       そして、平成16年のK5による6−BAPの使用量は1055キログラムであり、今後減少するとしても、前述のとおりK1サイトプラインが10年間にわたり堅調な売上げを記録していることに鑑みれば、本件特許権の消滅に至るまで少なくとも平均して年間728キログラム程度の消費が期待できる(イノベート売上げ40億円に相当する消費量)。
       以上を前提として、6−BAPの売上げを算定すると、
       1,055kg×199,000円(単価)
       +728kg×199,000円(単価)×10年(平成17年から平成26年まで)       =1,658,665,000円
      となる。
       なお、この販売により被告が受けるべき利益は、6−BAPの1キログラム当たりの経費が6万5251円であることから、
       1,055kg×(199,000-65,251)円

      +728kg×(199,000-65,251)円×10年=668,878,749円
      となる。
   キ 費用について
     被告は使用者の受けるべき利益の額を算定するにあたり経費の具体的金額を算出し、利益の額から控除するかのごとく主張するが、開発経費については被告の貢献の程度の議論において割合的に考察すべき問題であり、使用者の受けるべき利益の額から控除すべきではない。
   〔被告の主張〕
   ア 自社販売分について
     自社販売分については、もともと被告は使用者として法定の通常実施権を保有しているのであるから、この販売により得られる利益は、原告らから特許を受ける権利の譲渡を受けたことによる利益とはいえない。
   イ OEM分について
    (ア) K1を除くOEM分については、いずれも、被告が完成品に、製造元表示として被告の会社名、住所を表記して販売しているのであるから、その製造販売は自社実施分として通常実施権の行使に該当し、この販売により得られる利益は、原告らから特許を受ける権利の譲渡を受けたことによる利益とはいえない。

    (イ) K1について
      被告は、昭和40年頃からK1と特別の提携関係を築いてきた。具体的には、「製販同盟」と称する分業体制で、被告が製品を生産し、K1がこれを販売する方式である。「K1」という商標の商標権はすべて被告が所有し、K1に使用を許諾し、同社の製品はほとんど「K1」の商標を付して販売していた。このようなK1との特別の提携関係に照らせば、K1を通じての販売は、被告の自社実施として評価すべきである。
      また、本件発明にかかる商品は、被告が製造し、平成8年2月から販売してきたのに対し、被告は、平成9年からごく少数の直接販売しかしておらず、多くをK1の販売元製品として製造している。その結果、今日までの販売高が、K1分が合計12億3600万円に上るのに対し、被告自身の販売分が、2250万円に過ぎないことに照らしても、K1を通じての販売が被告の通常実施権の行使の範疇におさまることが明らかである。

      なお、現在K1との取引件数が減少していることは被告指摘のとおりであるが、本件育毛剤の大きな販路として全国の美容室業界が存在するところ、K1は美容室業界に大きな販路を有している。被告が美容室ルートで直売するとすると、この美容室業界でK1とバッティングすることになり、それでは従前からの製販同盟の関係上信義にもとることになり不可能であった。このような事情もあり、被告は美容室ルートでの直販を避け、K1との関係で特にこの商品につき製販同盟を継続してきているのである。
   ウ イノベート(K5分)について
     被告とK5との間には、本件特許のライセンス契約等は存在せず、K6を通じて6−BAPを供給しているに過ぎない。
     なお、原告は、被告の平成17年5月期の売上高と利益高を挙げて、あたかもライセンス契約による利益の増加であるかのように主張しているが、この指摘はあたらず、K5との間でライセンス料の授受等、直接の契約は存在しない。

   エ 具体的金額について
    (ア) 自社実施分及びOEM分並びにK7分及びK5分の売上げ並びにライセンス収益並びにこれにより被告が得た利益(後記(イ)及び(ウ)の主張を前提とした将来の予測分を含む。)は、別表のとおりである。
    (イ) K7とは平成12年4月から取引が始まっているが、売上高が年々減少していたところ、平成17年5月期に限り売上高1600万円と増大しているのは、平成17年4月薬事法が改正施行され、その製品の製造販売元表示方法等の変更があるため、おそらく米国K7が作りだめしているものと推測され、次年度以降は大幅に減少するものと見込まれる。したがって、ライセンス料も大幅な減額となる。
      すなわち、平成17年4月の改正薬事法施行前は、営業所ごとに輸入販売許可を取得することとされていたため、K8が育毛剤を輸入販売するに際し、その営業所を被告社内に設置し、責任技術者を被告から出向させて、当該営業所において医薬部外品輸入販売許可を取得することで、医薬部外品の輸入販売許可の取得を被告が実質的に代行することができ、この方法をとることにより、被告が有する秘密資料である6−BAPの「別紙規格」及び「使用前例」をK8に開示しないで済ませることができた。しかし、平成17年4月に改正薬事法が施行された後は、輸入販売業者も事業者単位で製造販売業許可を取得しなければならなくなったため、K8が育毛剤を輸入販売するためには、その本社所在地で製造販売業許可を取得しなければならなくなった。

      このため、K7は、当面の在庫数を確保するため、6−BAPを臨時に発注したものである。
      現に、K7の被告への6−BAPの注文量は3年連続で減少していた。被告は、平成16年度は8月までに前年実績と同量の6−BAPを受注していたが、同年末に昨年実績相当量の追加注文を受けた。これは、K7が新法施行に伴う営業所の統廃合等により混乱が生じて、育毛剤の製造、輸入、販売に支障が出ることを恐れ、当面の在庫数確保を目的に臨時発注したものである。このように、平成17年2月までに前年度の倍の売り上げを示しているので、K7は1年分の作りだめをしていることが予測され、そこからすると、平成18年5月期は、売り上げが0になるものと思われる。現に平成17年3月以降は注文がない。その後の売り上げは通常、育毛剤のライフサイクルは最大発売後7年程度とされているので、販売量は前年度の70パーセントと試算すべきである。

    (ウ) K5分については、平成16年1月以降は注文が全くない。
      育毛料は発売時にはテレビコマーシャル等の宣伝により爆発的に売り上げる場合もあるが、きわめて流行性が高く、継続的に売上げが見込めることは少ないため、今後の原料の受注はほとんどないものと見込まれる。
   オ 費用について
     6−BAPの特許を取得し、さらに市販のために厚生省へ医薬部外品の製造承認申請をし、承認を得るために、被告は、以下のとおり、莫大な費用を投入している。
    (ア) K9株式会社及び株式会社K10から安全性デ−タを約1億2000万円で購入するなど、総額1億3219万円を投資した。
      また、6−BAPの研究開発にあたり、P3教授の指導のもと、K11研究会、K12などの研究会を開催した。メラニンの世界的権威であり、国際色素細胞学会のリーダーである同教授の指導がなければ、本件発明が完成し得なかったことは既に述べているところであるが、その連携関係を強固なものにするために、同教授と顧問契約を結び、顧問料を支払うとともに、K13大学や国際色素細胞学会への寄付を必要とした。その費用は、2億3727万円にも及んでいる。

    (イ) 原告ら両名の平成2年1月から退職までの給与はおよそ6816万円である。加えて、本件は工場発明であり被告研究者の多くが参加して完成されたものであるが、それらの研究者の平成3年1月から平成9年までの給与は、10億3863万円である。
    (ウ) 本件発明について特許権を取得するにあたっては、弁理士と最低月1回協議するとともに、被告の特許担当者が随時相談、助言を得ながらすすめてきた。関連諸費用を合わせるとその額は、1015万円となる。
  (2) 本件発明及びその後の経過並びに被告が貢献した程度
   〔原告らの主張〕
   ア 発明の経過
    (ア) 被告における研究開発の状況
      被告においては、従来、「シミ、シワ、シラガ」に効果のある化粧品の研究開発が中心となって行われており、被告が「育毛」に着目したのは、平成7年以降のことであった。

      なお、原告P2が、平成2年8月、マウスによる育毛効果の評価系の作製を報告したのは、被告におけるMBO(Management By Objective)なる目標管理制度において、原告P2が自らが育毛評価モデルの作製を目標として掲げていたからである。
    (イ) 6−BAPのスクリーニング
      被告は、平成元年から、シミ、シワ、シラガの有効成分を探し当てるために、スクリーニング物質を社内全員から提案するスクリーニング公募制度を採用した。なお、スクリーニング公募制度の実態は、研究開発本部長が提案を受けたほぼ全ての物質について採用する旨の決定をしており、評価を行うかどうかについてC5会議の関与はなかった。C5会議は、各研究員が自発的、主体的に行った研究開発の報告が行われる場であって、研究員に指示をしてはいなかった。

      平成2年11月9日ころ、被告従業員であったP4が、シミ、シワ、シラガの有効成分を探し当てることを目的として、6−BAPをメラニン生成の制御作用を調べる評価系のスクリーニングにかけることを提案し、同月14日から19日までの5日間細胞培養を行い、同月19日明らかにメラニン生成亢進作用が認められる旨報告した。P4が、6−BAPの、スクリーニングを提案したのは、スクリーニング公募制度が、既に開始から11か月が経過し、同年10月現在でスクリーニングを終えた物質が500を超え、既にサンプルとすべき物質がほとんどない状況となっていたため、スクリーニングを行うことが主な業務であったP4らは、仕方なしに試薬棚にあった無機塩類やオイル類を提案するような状況にあり、その中に偶然6−BAPが含まれていたものである。
    (ウ) 6−BAPの育毛作用の発見
      上記P4による6−BAPにメラニン生成亢進作用が認められる旨の報告を受け、原告P2は、ストレス負荷マウスによる白髪防止効果の評価試験を行った。
      原告P2は、上記評価試験において、白髪防止効果は明瞭でないとしながらも、育毛作用を有する可能性があることを発見した。なお、当時、被告においては、ストレス負荷マウスを使った評価試験をし得るのは、原告P2しかいなかったのであり、動物実験は当然に原告P2が行っていたものであって、当該6−BAPの評価試験について、被告ないし上司から具体的に職務命令を受けたことはない。また、被告が原告P2に担当させたのは、あくまで白髪防止効果の評価試験であって、育毛作用に関するものではなかった。
      原告P2は、前述のように、6−BAPに育毛作用があることを発見し、さらに、平成3年3月以降、平成2年8月に被告に対して報告していた育毛評価試験を行い、6−BAPに育毛作用があることを改めて確認した上で、平成3年6月20日、C5会議に6−BAPに育毛作用があることを報告した。当時、被告においては、育毛効果の評価系に関心を持つ者は原告P2以外におらず、原告P2が被告から具体的に6−BAPの育毛評価試験を命じられたことはない。

    (エ) 6−BAPからサイトカイニンへの発明の範囲の拡大
      原告P2は、平成3年3月に6−BAPに育毛作用があることを発見したが、これを原告P2から聞いた原告P1は、6−BAPが植物ホルモンの一種であるサイトカイニンに属していることから、サイトカイニン全般に育毛作用があるのではないかと考えた。そこで、原告P1は、被告に対して、平成3年7月26日のC5会議において、6−BAPだけではなく、サイトカイニン全般について育毛作用を調査し、できる限り広いクレームとすることを提案した。すなわち、原告P1は、6−BAPについて、@植物ホルモンの1種であるサイトカイニン活性を有すること、A植物生育調整剤として農薬で使用されていること、Bマウスにおいてペンタデカンと同程度以上の育毛効果があること、C育毛剤としての用途特許が取得可能なこと、D安全性試験結果が報告されていて、しかも安全性が比較的高いことを報告し、6−BAPを含むサイトカイニンを医薬部外品の有効成分として開発したいという提案を行ったものである。

      原告P1は、上記発案内容を確認するため、N6−ベンジルアミノシン、1,3−ジフェニル尿素、ジメチルアリルアミノプリン、キネチンの4種のサイトカイニン活性物質を選択し、原告P2と共に育毛作用の評価試験を行い、サイトカイニンと育毛作用との関連性を確認した。同時に原告P1は、サイトカイニンに属する物質を丹念に調べた上で、同物質をプリン系化合物、ピリジル尿素系化合物、ジフェニル尿素系化合物、ピリミジン系化合物、イミダゾール系化合物、ピリジン−4−カルボン酸アニリド系化合物、4−置換アミノピロロ[2、3−d]ピリミジン系化合物の7つに分類し、その分類に応じて考えられる全ての置換基を自ら検討して列挙した。これにより、サイトカイニンに属するプリン系化合物、ピリジル尿素系化合物、ジフェニル尿素系化合物、ピリミジン系化合物、イミダゾール系化合物、ピリジン−4−カルボン酸アニリド系化合物、4−置換アミノピロロ[2、3−d]ピリジン系化合物からなる群より選ばれる1種又は2種以上の有効成分を特徴とする育毛剤の発明が完成したものである。
    (オ) まとめ
      以上のとおり、本件発明の特徴的部分は、6−BAPを成分とする育毛剤、すなわち、6−BAPが育毛作用を有することのみならず、サイトカイニン活性物質を成分とする育毛剤、すなわち、サイトカイニン活性物質に育毛作用があることにもあるものであるところ、本件発明は、@P4がスクリーニング提案した6−BAPにメラニン生成亢進効果があると報告したことを受け、A原告P2がストレス負荷マウスによる白髪防止効果の評価試験を行ったところ、育毛作用があることを発見し、Bこれを聞いた原告P1が、サイトカイニン全般に育毛作用があることを発案し、原告らにより試験を行い数種についてこれを確認し、C同時に、原告P1において、サイトカイニンを分類し、考えられ得る全てのサイトカイニン活性物質を列挙することにより、完成したものであって、原告らはいずれも実質的な発明者である。

   イ 発明への貢献
    (ア) 原告P2の貢献
      原告P2は、ストレス負荷マウスによる白髪防止効果の評価試験の過程で、6−BAPに育毛作用があることを発見したものである。
      ストレス負荷マウスの実験においては、マウスの毛周期は成長期にあることから、発毛がないものと発毛があるものを比較するものではなく、発毛の速度が育毛作用がある試薬と他の試薬とで比較して著しく異なるわけではない。
      また、研究員は、毎日、マウスを見ているのであるから、隔日間の零コンマ数ミリ程度のわずかな発毛の速度の差を見分けることは容易なことではない。加えて、被告においては、育毛への関心が極めて薄い状況にあったことに鑑みれば、通常の研究員が単に試験を繰り返していただけでは、白髪の発生率だけに着目する結果となることは明白であり、育毛作用があることを発見することは困難であった。

      ところが、原告P2は、常に高度の注意をもって観察していたことに加え、被告のシミ、シワ、シラガの開発という研究方針とは別途に育毛剤についても興味を持っていたことから、6−BAPについての試験を行った際も、白髪防止効果は明瞭でないとしながらも、育毛作用を有する可能性があることを発見することができた。すなわち、かかる6−BAPの育毛作用の発見は、通常の研究員による注意程度では到底なし得ることができないものであり、原告P2によってこそなし得たものであった。
      原告P2が6−BAPの育毛効果を発見できたのは、原告P2の育毛に対する関心の高さと原告P2が学生時に動物の行動薬理学を専攻し、動物の行動や生体に起きた何らかの変化に敏感であったことが大きいと考えられる。これらの嗅覚は経験によって磨かれるものであり、その変化が実験のミス(例えば環境設定のミスなど)から生じたものでないことを証明できる技術がなければならないのである。

      原告P2が、被告に対して報告した「毛が早く伸びた」という結果は、結果だけを見れば単純な報告であるが、実際には原告P2の経験と高度な判断を複合した結果なのである。
      なお、被告が原告P2に担当させたのは、あくまで白髪防止効果の評価試験であって、育毛作用に関するものではなかったのであるから、本件発明において主要な要素である6−BAPが発毛作用を有することを発見したことへの原告P2の貢献度はやはり大きいものと評価すべきである。
    (イ) 原告P1の貢献
      原告P1は、被告に勤務する以前、農薬の研究開発・製造販売を主たる業務としていた会社に勤務しており、オーキシン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、そして6−BAPを含むサイトカイニンについて、十分な知識があった。

      6−BAPが植物ホルモンの一種であるサイトカイニンに属していることから、サイトカイニン全般に育毛作用があるのではないかとの発案は、このような原告P1だからこそなし得たものであり、被告の他の従業員にはなし得ないものであった。
   ウ 発明後の経過と貢献
    (ア) 特許出願
      本件発明は、遅くとも平成3年7月下旬までに、原告らにより発明されるに至っているが、その後、原告P1において先行技術調査を行い、同年9月10日、「【請求項1】サイトカイニン活性を有する物質を有効成分とすることを特徴とする育毛剤」等とする特許出願を行った(以下「第1次出願」という)。この際の明細書は、原告らが作成したものである。
      ところが、平成4年5月19日ころ、さらに文献調査を継続していた原告P1が、他社の、サイトカイニンの1種であるカイネチン(6−フルフリルアミノプリン)類を添加してなる化粧品という先行特許を発見した。

      そのため、原告P1と被告の特許担当者は、弁理士にアドバイスを求めたところ、「サイトカイニン活性を有する物質を有効成分とすることを特徴とする育毛剤」とする請求項では拒絶される可能性があるとの指摘を受け、さらに、サイトカイニン活性を有する物質という言葉を削除すること及び6−フルフリルアミノプリンという言葉を削除する対策を講じるようアドバイスを受けた。
      なお、この時点においては何らの拒絶も他社からの異議もない状態であり、前記先行特許は原告P1が417件の特許を調査し、先行技術調査を継続して行った上、膨大な特許の中から障害となる可能性があるものとして選択したものであり、仮にクレームを変更しなければ本件特許は成立しなかったとすれば、なおさら原告P1の貢献は大きいこととなる。

      これを受け、原告らは、実際に第1次出願時の文言を修正し、サイトカイニン活性を有する物質という文言を削除した上で、プリン系化合物、ピリジル尿素系化合物、ジフェニル尿素系化合物、ピリミジン系化合物、イミダゾール系化合物、ピリジン−4−カルボン酸アニリド系化合物、4−置換アミノピロロ[2、3−d]ピリミジン系化合物の7つの化合物の1つもしくは2つ以上の組み合わせからなる育毛剤特許として、平成4年8月11日に国内優先権主張に基づく特許出願をしたものである(以下「第2次出願」という)。
      第1次出願と第2次出願とにおいてはクレームの文言は異なっているが、クレームは当該発明における技術的思想を具体化し特許請求の範囲を画するものであって、技術的思想そのものではなく、両者のクレームが表現している技術的思想は実質的に同一である。

      このように、本件発明の特許出願においても、原告らは主体的に関与しており、果たした役割は極めて大きい。
    (イ) 医薬部外品としての製造承認申請等
      本件発明の実施品を医薬部外品として製造承認申請する際、被告は、@起源又は発見の経緯及び海外における使用状況に関する資料、A物質的化学的性質並びに規格及び試験方法に関する資料、B安定性に関する資料、C急性毒性、催奇形性その他毒性に関する資料、D効果又は効能に関する資料、E吸収、分布、代謝、排泄に関する資料を提出する必要があり、当該資料の作成作業が申請作業の大部分を占めることとなるが、当該資料は原告らが中核となり作成したものであって、製造承認申請においても原告らは多大な貢献をしている。しかも、その過程等において、本件発明の他にも、様々なノウハウを開発し、被告に大きな利益を与えている。

      そして、原告らは、6−BAPについては安全性試験、規格試験及び安定性試験まで行った。
      なお、本件発明を実施するためには、すなわち、6−BAPを含有する育毛剤を医薬部外品として製造販売するためには、薬事法に基づく製造承認申請を行い、承認を得る必要があるが、公定書に収載されていないものを成分とする場合には、製造承認申請に際し、「別紙規格」を添付する必要がある。
      このため、6−BAPという公定書に収載されていないものを成分とする育毛剤について製造承認申請を行う際には、「別紙規格」を添付する必要があるが、その内容は公開されないため、他社が製造承認申請を行う際には改めて規格試験だけではなく安全性試験や安定性試験などの各種試験を行う必要がある。
      したがって、「別紙規格」そのものが、貴重な財産的価値を有するノウハウであるということができ、この点について、原告らの貢献は大きいのであるから、本件発明に対する対価を算出するにあたっては、「別紙規格」作成に対する貢献まで考慮に入れるべきである。

      このように、本件発明の実施に対する原告らの貢献はきわめて大きい。
   エ 費用について
     被告は、本件発明のための費用について主張するが、まず、K13大学医学部P3教授(以下「P3教授」という。)への顧問料等の支払は、被告における3S事業(「シミ、シワ、シラガ」)の遂行のために行われたものであり、P3教授の本件発明への貢献は全くないのであるから、本件発明に関する費用ということはできない。
     また、原告らを含む従業員への給与については、原告らの本件発明への貢献度の高さ及びその後の薬事申請への関与の程度から、他の従業員の関与の程度は低いものと認められ、しかも、原告らも含めた従業員全員が、本件発明の開発及び薬事申請に専従していたものではなく、給与の全額を経費とすることは明らかに誤りである。

     さらに、弁理士等への顧問料の支払についても、本件発明に専従していたわけではないことに鑑みれば、全額を経費とすることは明らかに誤りである。
   オ 貢献の程度
     以上主張したところに照らせば、被告の本件発明についての貢献は実験設備の提供やライセンス契約の締結の点程度であり、それ以外の点では貢献は認められないため、「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」、すなわち被告の貢献は全体の40パーセント程度に過ぎないというべきである。
   〔被告の主張〕
   ア 発明の経過
    (ア) 被告における研究開発の状況
      被告は、平成2年当時は、シミ・しわ・白髪をターゲットとして、その抑制素材の研究開発に力を入れていた。白髪防止剤の開発に先立ち,K5と共同開発契約を結び,ノウハウの蓄積にも努めてきた。

      また一方、平成2年8月には育毛剤のマウスによる育毛効果評価方法を導入し、利用していくことを決定した。実際、被告の研究開発本部の研究テーマに育毛剤開発が存在し、商品として育毛剤が存在し、頭髪関連商品の年間売上げは約6億円にのぼっていた。K11研究会の中でも育毛剤の研究を行っており、しかも平成2年11月度のC5会議においては育毛剤開発がポストKA(コウジ酸)の重要テーマの一つとして掲げられている。
    (イ) 6−BAPのスクリーニング
      平成元年12月25日開催の12月度C5会議において、スクリーニング物質を社内全員から公募するスクリーニング提案制度が提案され、平成2年1月から発足することが決議された。この趣旨は、シミ・しわ・白髪の有効成分を探しあてるため、当時被告内でまだ評価にかけられていない化学物質や動植物由来のものなどを広く募集して、C5会議で採用されたものを評価にかけていく制度である。なお、C5会議の開催は月1回なので、スクリーニング提案された物質について、会議前に先行的に評価実験を行うことがあったとしても、次回の会議にはその報告を兼ねて、提案が行われるのであるから、C5会議の承認のもとに評価実験が行われたことに実質変わりはない。

      平成2年11月9日、このスクリーニング提案制度のもと、P4から、6−BAPをメラニン生成の制御作用を調べる評価系(スクリーニング)にかけてはどうかという提案があった。この提案はC5会議で採用され、P4自身がその評価試験に従事した。その結果、明らかにメラニン生成亢進作用(白髪防止作用が期待される効果)が認められるとの報告がされた。
    (ウ) 6−BAPの育毛作用の発見
      上記のとおり、6−BAPにメラニン生成亢進作用が認められると報告されたことから、自動的に次の段階の動物評価系にかけることになった。この動物評価を実施したのが生物薬理研究室で、室長は原告P2にその担当を命じた。
      評価試験は、平成3年1月から3月にかけて原告P2と補助者1名で行ったが、その結果は、白髪防止効果は明瞭ではないが、評価対象としたマウスの体毛の発育が良さそうな感触を得たとの観察報告があった。

      白髪防止試験において発毛効果がありそうだとする原告P2の報告を受けて、被告は直ちに同人にマウスによる育毛評価試験を命じた。その結果、6−BAPがマウスの成長期毛への明瞭な誘導促進作用を示したとの報告が、平成3年6月度のC5会議に報告された。
    (エ) 6−BAPからサイトカイニンへの発明の範囲の拡大
      これらの報告をもとに、被告は特許出願を目指すこととしたが、特許請求の範囲をなるべく広範囲にすることが当該特許の効力を強化・安定化するとの特許担当者の意見に基づき、被告は、6−BAPだけでなく、周辺調査を綿密に行い、6−BAPの上位概念であるサイトカイニンに属する物質全てについて、育毛効果を有するかどうかを広く調査することとなった。この計画は、平成3年8月1日開催の8月度特許会議において特許担当者が提案報告し、決議された。

      上記の決議を受けて、サイトカイニンに属する物質にはどのようなものがあるか、文献による調査を担当させたのが原告P1であり、それらの各物質に育毛効果があるか実験をさせたのが原告P2である。
      その結果、平成3年9月度C5会議にP1とP2から6−BAP以外のサイトカイニン4種について、育毛効果を認めたとの報告がなされ、さらに推進することを決めた。
    (オ) まとめ
      以上のとおり、本件発明は、@被告が当時からシミ・しわ・白髪の語呂を合わせた3Sをスローガンとし、さらに育毛をもターゲットとして集中的かつ継続的に研究を続けていたこと、A全員参加型の経営をモットーに全社員からアイデアを募るスクリーニング提案制度を採用したこと、B研究室の試薬棚に6−BAPがあり、まだスクリーニングをしていないことにP4が気づき、提案したこと、CC5会議でこれを採用し、同人にスクリーニングをさせたこと、Dその結果明らかにメラニン生成亢進作用が認められるとの報告を得、直ちに白髪防止試験を命じたこと、E当時K5との共同研究の結果、白髪防止剤の開発に関する評価技術を習得していたこと、Fこれに並行して平成2年8月には育毛剤評価試験の導入と利用を会社として決定していたこと、G6−BAPの白髪防止効果の試験結果は明瞭でなかったが、同時に育毛効果の可能性の報告が上部に上がったこと、Hただちに報告を採用し、育毛評価試験を指示したこと、その結果、有効性を確認し得たこと、I特許請求の範囲を強化するため周辺調査を進め、上位概念であるサイトカイニンに属する化合物に同じく活性作用を有する物質を数種類発見したこと、により完成したものであり、いわば、工場発明とでも評すべきものであって、原告らは実質的な発明者とはいえない。
   イ 発明への貢献
    (ア) 原告P2について
      原告P2が動物による評価試験を実施する時点では、既にP4提案のスクリーニング結果が組織的に議論され、頭髪用途が示唆されていた。
      ところで、白髪防止試験と育毛試験とでは、4〜5週間かけて日々対照群と試験群の毛を比較、観察することには変わりはない。白髪防止試験の試験過程で明らかなとおり、発毛した毛のツヤが良いとか発毛の速度が速かったり、より多く発毛するといった発毛効果に気づくことは、特に試験期間中は毎日、試料を試験群マウス背部に塗布するのであるから、研究員としてごく通常の注意力で発見可能なことであって、特別の創意工夫及び注意能力を要することではない。

      原告P2がストレス負荷マウス試験において、6−BAPに育毛効果があるのではないかとの感触を得た平成3年3月の4か月前、すなわち、平成2年12月29日開催の第95回K11研究会において、P2が行ったカフェイン他についてのストレス負荷マウス試験による白髪防止評価報告の際に、P3教授から、「本白髪防止評価系は育毛剤の良い評価系になるかもしれない。これはストレス負荷により毛の成長が遅いという実験結果からである。人間社会では、ストレスにより脱毛する人がいる。」、「白髪防止剤を調べるときには育毛についても調べること。ストレス負荷マウスの評価系で毛の伸びが速くなるものがある(LS−1、感光素101)。メラノサイトとケラチノサイトは互いに関係しているためと思われる。」との指導を受けている。
      以上のように、平成3年3月にP2がストレス負荷マウス試験において6−BAPの育毛効果があるのではないかとの感触を得ることができたのは、K11研究会でP3教授の指導があったからであることは明らかである。
      すなわち、原告P2は、K11研究会での指導を得て、白髪防止試験を行いながら同時に育毛評価(特にその観察をするということ)が特別の注意なくし得る環境にあり、育毛に関する試験を直接やっていなくとも、育毛の同時観察が簡単にできる状況にあった(仕組みがあった)ものである。ストレス負荷マウス実験と育毛作用試験との相関性はきわめて強い。
      しかも、3月の原告P2の実験では、育毛効果があるのではとの感触を得たという程度のものであり、次いで、会社の命により育毛試験に移行したものである。

      このように、原告P2の貢献は小さいものである。
    (イ) 原告P1について
      特許法上、国内優先権制度が法定されている。すなわち、先願主義のもとでは早急に特許出願する必要があり、後になり補充する必要が出てきたり、技術の複雑化により、事後的な補充をしたり、より完全なあるいは包括的な出願にしたいという場合がある。このような要請にこたえるために、法定されたものである。国内優先権主張の具体的な利用方法として、上位概念抽出型がある。これは、個々の着想の度に出願しておき、後にそれらを上位概念でくくり、ひとつの出願とする場合である。この上位概念抽出型の利用方法は、特に化学とバイオテクノロジー分野の特許申請に広く用いられており、特許権の権利強化のため上位概念化を図ることは一般的である。

      このような状況の下で顧問弁理士と特許実務担当者から方向性を示された結果、6−BAPの上位概念にあたるサイトカイニン活性を有する物質を探すことになり、その文献調査を担当したのが原告P1なのである。原告P1の独創的創意工夫により他のサイトカイニン活性を有する物質を調査発見したわけではない。
      なお、発明者として原告P1の名前が加わったのは、P1が文献による周辺調査や先行特許調査を担当し、本件の特許出願にあたっての寄与と今後の権利化作業の責任者とする趣旨から、いわば発明者名誉権を与えるため、本件発明の共同発明者とする例外的な取扱いをしたものである。
      このように、原告P1の貢献はほとんどない。
   ウ 発明後の経過と貢献
    (ア) 特許出願
      特許権取得の関係では、特許担当者が担当し、顧問弁理士と提携しながら出願戦略を練り、特許権の取得実務を遂行した。

      他方、先行技術の調査は主として原告P1に担当させたが、先行特許なしとの結論のもとに平成3年9月特許出願(第1次出願)を行った。
      しかし、その後の調査で、サイトカイニン活性物質を頭髪化粧料の有効成分として配合した先行特許が存在することが判明し、そのままでは特許権の取得ができない可能性が高い見通しとなった。
      その結果、当時の被告代表者のアイデアで、産業上の利用分野を従前の「サイトカイニン活性を有する物質を有効成分とすることを特徴とする育毛剤に関し、さらに詳しくは、発毛の促進に卓越した効果を有する育毛剤に関する」を全面的に改めて、「発毛促進および男性型脱毛症や円形脱毛症などの脱毛治療に卓越した効果を有する物質を有効成分とすることを特徴とする育毛剤に関する」と医薬特許風にし、さらに、特許担当者が、顧問弁理士の協力を得ながらサイトカイニン活性物質を基礎におく技術的思想を特許請求の範囲から完全に削除し、サイトカイニンに属する化学物質の中で、6−BAPをはじめとする化合物の化学構造式を集約し、これらの群から選ばれる1種または2種以上を有効成分とすることを特徴とする育毛剤として修正し、そしてその中では先行特許であるカイネチン(6−フルフリルアミノプリン)に関する塩基化学構造式や化学名等の該当する部分を除外することによって特許請求の範囲の問題をクリアすることに成功した(第2次出願)。

      以上のとおり、当初の出願に係る特許請求の範囲では先願の存在により特許権の取得は全く不可能なものであった。これを上記のとおり修正し特許権を取得したことの意義は極めて大きい。第1次出願と取得した特許権の特許請求の範囲は根本的に発想を異にしたものである。
      なお、一連の特許戦略の策定と実務作業は、特許担当者が顧問弁理士の助言に基づき推進したものであり、原告らは主体的に関わっていない。
      このように、本件発明の特許出願における原告らの貢献はほとんどない。
    (イ) 医薬部外品としての製造承認申請等
      被告は、医薬部外品としての製造承認申請業務にあたり、分担して申請業務を完成させた。なお、そのメンバーや試験項目の担当者は、ほとんど全研究員参加のものであった。

      原告らを含む研究社員が、これらの業務を分担して遂行してきたことは事実であるが、それは社員として当然のことであり、個々の社員は職制上求められた自己の役割を果たしたにすぎない。
      なお、原告らには製造承認申請に関する基礎知識は全くなかった。
      製造承認申請にあたっては、@6−BAPが既に特定の用途のもとに利用され、安全性・安定性に関するデータも存在し、しかも被告前代表者の人的ネットワーク等の信頼関係があって被告がこれを入手し得たこと、Aそのデータ類を有効に処理できる技術と経験を、被告が蓄積していたこと、B被告の周辺には様々な試験に協力してくれる医学者のネットワークが存在したことが有用であった。
      また、6−BAPを主剤とした育毛剤は、新医薬部外品であるため、中央薬事審議会の審議に基づき、厚生省の製造承認を得るべきところ、薬事審議会付属の化粧品及び医薬部外品安全性問題会及び化粧品等特別委員会並びに常任部会の審議が必要で、このために、平成5年8月11日付けで申請をして平成7年12月11日に承認を得るまでの間、膨大な厚生省との打ち合わせを要した。

      これらの製造承認申請手続きに際しては、その10年近く以前からコウジ酸の製造承認手続の中で培った申請業務に係るノウハウが基礎となって大きな効果を発揮した。
      このように、本件発明の実施にあたって原告らの貢献はほとんどない。
   エ 貢献の程度
     以上主張したとおりであるから、被告の貢献は100パーセントに限りなく近いものであって、原告らの貢献はほとんど存在しない。
  (3) 被告が原告らに対して支払うべき相当な対価の額
   〔原告らの主張〕
    以上主張してきた被告が得るべき利益額に、原告らの貢献度である60パーセントを乗じて得られる金額が、原告らが受けるべき相当な対価の額であり、その額は合計30億5868万7749円である。
    なお、原告らの間では、原告らの間での寄与度の割合が1対1であることについて合意がある。

    したがって、原告らが受けるべき相当な対価の額は、それぞれ15億2934万3874.5円であるところ、本件では、それぞれそのうち1億円の支払いを求める。
   〔被告の主張〕
    これまで主張したところに照らし、被告が原告らに対して支払うべき相当な対価の額は、既に支払済みの金額を超えるものではない。
第3 当裁判所の判断
 1 特許を受ける権利の相当な対価の算定方法について
  (1) 本件について適用されるべき平成16年法律第79号による改正前の特許法35条は、1項において、使用者等は、職務発明についての特許権について通常実施権を有するとし、3項において、従業者等は、その職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承継させた場合には、相当の対価の支払を受ける権利を有するとし、4項において、その相当の対価の額は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と定める。

  (2)ア(ア) 上記の特許法の規定に照らせば、使用者等は、職務発明について特許を受ける権利の承継を受けなくとも、法定の通常実施権を有するのであるから、従業者等が職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承継させた場合に受けるべき相当な対価は、通常実施権を有する者が特許を受ける権利ひいては特許権を譲り受けることを前提としたものであるというべきである。
      したがって、使用者等が、その発明の実施によって利益を受けていても、そのうち、特許を受ける権利ひいては特許権を有していなくとも、法定の通常実施権を有していれば受けることのできる利益については、上記相当の対価の額を算定するにあたっては考慮すべきものではなく、使用者等が特許を受ける権利ひいては特許権を有することによって受けることのできる利益に限って考慮すべきものである。

    (イ) また、従業者等が、職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承継させた場合には、その承継のときに、相当の対価の支払いを受ける権利を取得するものであるから(最高裁判所第3小法廷平成15年4月22日判決・民集57巻4号477頁参照)、相当の対価の額の算定において基準とすべき時点は、その承継時であるというべきである。そして、また、相当の対価の算定に当たって考慮すべき、使用者等の「受けるべき利益」とは、その文言が「受けた利益」ではないことからも、使用者等が権利承継後に現実に手にした利益ではなく、権利承継時に客観的に見込まれる利益の額のことを指すと解される。
      ところで、その特許を受ける権利の承継を受けた使用者等が、これによって現実の利益を手にする時点は、その発明の実施を自ら独占するにせよ、特許権を前提として他者にライセンスを行い、そのライセンス料を受けるにせよ、特許権を他者に譲渡してその対価を受けるにせよ、その承継時よりも後の時点であり、しかも、特許権の存続期間の終期に近づくにつれて、上記承継時よりも遠くなるものである。

      したがって、相当の対価の額の算定における基準時が、その承継時であることからすれば、使用者等が「受けるべき利益」を算出するにあたっては、厳密には、上記承継時から現実に利益を手にした時点までの中間利息を控除し、これを「承継時に受けていた利益」と考え、これを参照して、それが承継時に客観的にも見込まれたか否かを検討するという方法も考えられる。
      もっとも、このような「受けるべき利益」は、そもそも将来の予測にすぎず、後から振り返ってみた場合に、後日の特定時点で特定の利益が得られていたとしても、そのことから直ちに、権利承継時点において、当該特定時点で当該特定の利益が見込まれていたともいえないから、後日の収益から単純に中間利息を控除しても、「受けるべき利益」が一義的に算出されるものでもない。まして、口頭弁論終結時においても将来取得できる可能性のある利益として予測されるにすぎないものについては、なおさら不確実なものにすぎないから、この不確実な予測を基礎として、厳密に中間利息の控除をしたとしても、結局それは不確実性の残る数値にすぎない。

      したがって、本件においては、上に述べたところを加味して、使用者等が権利を承継したことによって「受けるべき利益」の算出において、被告が受ける可能性のある将来分の利益の算定にあたって、上記の点を斟酌した算定をすることとする。
   イ また、発明のための研究開発は、当然に、常に成功するとは限らず、発明に至ったものの陰には多くの失敗した研究開発が隠れているのが通常であるところ、一般に、職務発明においては、上記失敗のリスクは使用者等が負担し、発明者たる従業員が負担するものではないことは、発明がされるについて使用者等が貢献した程度を定めるについて、十分に考慮しなければならない。
  (3) また、上記の特許法の規定は、相当の対価の額の定め方として、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」としているにとどまるのであるから、ここに掲げられた要素以外のものも、対価を定めるに当たって必要な要素であれば考慮すべきものである。

    ところで、一般に、事業者が特許権によって利益を受けるためには、その発明について他者による実施を排除し、自ら独占的に事業化して利益を受けるか、特許権を前提として他者にライセンスを行い、そのライセンス料(クロスライセンス等の利益を含む。)を受けるか、特許権を他者に譲渡して対価を受けるといった方策が考えられるところであるが、自ら発明を実施して事業化するためには、発明を商品化でき、更にこれが事業として採算がとれるようになるまでに、必要な経費と労力が膨大となったり、その経費や労力が失敗により全損となる可能性等様々なリスクを負担する必要があり、また、他者にライセンスを行ったり、他者に特許権を譲渡するためにも、その相手方の発見や合意の成立までに同様にリスクを負担する必要があるし、他者にライセンスを行う場合には、加えてライセンス先の事業化の失敗というリスクも負担しなければならない。特に、本件発明や医薬品のように人体に使用して薬理的効果を狙うという発明においては、発明が完成された後においても、ヒトに対する毒性などから事業化が頓挫・中止されることが多くあるというリスクを十分に考慮しなければならない。
    そして、一般に、特許を受ける権利の譲渡において、その対価を定めるにあたっては、譲受人がその特許権によって受けることができるであろうと予想する利益と、そのために予想されるリスク(経費、労力も含む。)が考慮されて定められるものであるから、職務発明について従業者等が受けるべき相当の対価の額を定めるにあたっても、上記のようなリスクを考慮することが必要である。
    なお、上記の考慮要素については、相当の対価の額の算定にあたって、独立の要素として考慮するか、特許権により使用者等が受けるべき利益の額の算定に含めて考慮するか、発明がされるについて使用者等が貢献した程度と共に考慮するか、そのいずれかによるべきこととなるが、本件においては、発明がされるについて使用者等が貢献した程度と共に考慮することとする。

  (4) 以上によれば、本件では、相当の対価の額は、使用者等が特許権を有することによって受けるべき利益の額に、発明がされるについて使用者等が貢献した程度と上記(3)の考慮要素とを勘案して定めた発明者への配分割合とを乗じて得られる額として定めることとなる。
    以上述べたところを前提として、本件につき、原告らが受けるべき相当の対価の額について検討を進める。
 2 争点(1)(本件特許権により被告が受けるべき利益の額)について
  (1) 本件特許権により被告が受けるべき利益として認められる範囲について
   ア 前記1(2)ア(ア)で述べたとおり、使用者等が、その発明によって利益を受けていても、そのうち、特許権を有していなくとも受けることのできる利益については、相当の対価の額を算定するにあたっては考慮すべきものではなく、特許権を有することによって受けることのできる利益に限って考慮すべきものである。

     そこで、被告が本件発明に関して受けるべき利益のうち、上記のような特許権を有することによって受けることのできる利益の範囲について検討する。
   イ サイトマックス(K7分)について
    (ア) 被告がK7に6−BAPを販売しており、同社が製造した育毛剤のうち、K8に輸出するサイトマックスについて、製品1本当たり165円のライセンス料を同社が被告に支払っていることは、前記「前提となる事実」(3)エのとおりである。
      このライセンス料は、被告が本件特許権を有していることによって得られるものであると認められるから、相当の対価の額を算定するにあたって考慮すべき、被告が受けるべき利益にあたるというべきである。
    (イ) 原告らは、これに加え、被告がK7に6−BAPを販売することによって得られる利益についても、相当の対価の額の算定にあたって考慮すべきであると主張する。

      そこで検討するに、これが被告が本件特許権を有していることによって得られる利益であるというためには、K7が6−BAPを被告から購入する理由が、被告が本件特許権を有していることにある必要がある。
      しかしながら、本件発明の実施品は、育毛剤であるから、これを日本国内に医薬部外品として輸入し、販売するためには、その前提として、品目ごとに、その輸入の承認(改正前薬事法23条、14条)ないし製造販売の承認(改正後薬事法14条)を受けなければならない。なお、輸入の承認の申請は、医薬部外品の製造承認ないし製造販売承認の申請と同様のものである(上記改正前薬事法各条)。
          そして、甲第22号証、乙第21、第22号証、第23号証の1ないし5、第24ないし第28号証、第53号証、第54号証の1・2、第55、第56号証及び弁論の全趣旨によれば、上記製造承認ないし製造販売承認の申請をするに当たっては、当該物質の、@起源又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料、A物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料、B安定性に関する資料、C急性毒性、催奇形性その他毒性に関する資料、D効果又は効能に関する資料、E吸収、分布、代謝、排泄に関する資料を提出する必要があり、その際に6−BAPのように公定書に収載されていないものについては「別紙規格」を添付する必要があること、その作成のために安全性試験、規格試験、安定性試験等の多岐にわたる各種試験を行わなければならないこと、被告は、原告らを含む被告従業員によって、相当な労力と資金をかけてこれを行ったこと、これとは別に、被告は、安全性試験等費用や謝礼として、1億3149万7722円を支出したこと、上記「別紙規格」は公表されないため、第三者が新たに製造承認ないし製造販売承認の申請をしようとすると、被告のした各種試験を、その内容を知らないまま自らやり直さなければならないことが認められる。
      そうだとすると、被告が6−BAPの医薬部外品の製造承認、製造販売承認ないし輸入の承認の申請に必要な資料を既に有していることは、K7が育毛剤用途の6−BAPの供給元を選定する際には、被告にとって大きく有利に働く事情であるといえる。
      そうすると、仮に、被告が本件特許権を有していなくとも(すなわち、例えば仮に原告らが本件特許権を有していたとしても)、K7は被告から6−BAPの供給を受ける蓋然性が十分に認められる。
      そして、他に、K7が6−BAPを被告から購入する理由が、被告が本件特許権を有しているためであると認めるに足りる証拠も事情もない以上、そのように認めることはできず、したがって、被告が6−BAPを被告に販売することによって得られる利益が、被告が本件特許権を有していることによって受けるべき利益であるということはできない。

    (ウ) 以上のとおりであるから、サイトマックス(K7分)については、被告がサイトマックスについてK7から得られるべきライセンス料をもって、相当の対価の算定にあたって考慮すべき、被告が本件特許権によって受けるべき利益であるというべきである。
   ウ イノベート(K5分)について
    (ア) 被告がK6を介してK5向けに6−BAPを販売しており、同社が育毛剤「イノベート」を製造販売していることは、前記「前提となる事実」(3)ウのとおりである。
      被告は、K5との間で本件特許のライセンス契約は存在しないと主張するが、弁論の全趣旨によれば、被告は、K5が6−BAPを用いた育毛剤を製造販売することを知って、K5向けに6−BAPを供給したものと認められるから、仮に、被告主張のとおり、明示のライセンス契約がないとしても、上記6−BAPの供給をもって、K5に対し、黙示的に本件特許の通常実施権を許諾したものと認めるのが相当である。

      ところで、被告が、K5から、上記黙示のライセンスに基づいて、ライセンス料の支払いを受けたことを認めるに足りる証拠はない(原告らは、被告における平成15年5月期の決算期において、売上高は変わらないにもかかわらず、利益のみが11億5300万円に格段に増加しているのであり、かかる利益の増加の原因は、経費負担のないライセンス契約を締結したことによる利益の増加としか考えられないと主張するが、これに反する乙第71号証に照らして採用することができない。)。
      しかしながら、相当の対価の算定にあたって考慮すべきは、使用者等が「受けるべき利益」であって、ライセンス料名目で現実の金銭支払いを受けている必要があるものではない。したがって、仮に、使用者等がライセンス料名目での支払いを受けていなくとも、使用者等が何らかの利益を得ているとすれば、そこにライセンス料相当額を観念することはできるのであり、これが使用者等が特許権によって受けるべき利益にあたるというべきである。

      これは、本件におけるイノベートについても妥当する。上記のとおり被告がK5に対して黙示的に本件特許の通常実施権を許諾したものと認められることからすれば、被告としては、これに対する適切な対価(これは金銭的利益に限らず、情報提供や便宜供与等の利益であることもあり得る。)をK5に求めるのが自然であり、そのように推認することができる(その一例として、被告がK6を介してK5向けに6−BAPを販売して得ている利益の中に、K5から黙示のライセンスによって得られるべきライセンス料相当額が含まれていることが考えられる。)。そして、これらは被告が本件特許権を有していることによって得られるものと認められるから、相当の対価の額を算定するにあたって考慮すべき、被告が受けるべき利益にあたるということができる。
    (イ) 原告らは、これに加え、被告がK6を介してK5に6−BAPを販売することによって得られる利益全体を、相当の対価の額の算定にあたって考慮すべきであると主張する。
      しかしながら、これ全体を、被告が本件特許権を有していることによって受けるべき利益であるということはできないことは、上記イ(イ)でK7分について述べたところと同様である。
    (ウ) 以上のとおりであるから、イノベート(K5分)については、被告がイノベートについてK5から得られるべきライセンス料相当額をもって、相当の対価の算定にあたって考慮すべき、被告が本件特許権によって受けるべき利益であるというべきである。
   エ OEM分について
    (ア) 本件発明の実施品を、被告がOEM方式によって製造販売することは、仮に、被告が本件特許権を有していなくとも、職務発明について被告が有する法定の通常実施権の行使であるということができる。

    (イ) 原告らは、6−BAPを用いた育毛剤のOEM生産は、本件特許権が存在するからこそ、被告において担当することができるものであるから、これによって得られる利益についても、相当の対価の額の算定にあたって考慮すべきであると主張する。そして、被告が6−BAPを用いた育毛剤のOEM供給元となることができたのが、本件特許権を被告が有しているためであるということができれば、そのようなOEM供給により得られる利益には、被告が本件特許権に基づき得られるべき利益が含まれるということができる。
      しかしながら、一般に、OEM方式には、OEMの供給先にとっては、例えば、@供給元のノウハウや技術を利用できるため、自社での技術開発が不要となる、A自社で生産しないで済むため、供給元の設備や原材料入手ルートを利用でき、設備投資や原材料入手ルートの開拓が不要となる、Bしたがって、事業化のリスクが小さく、失敗したときの撤退も容易である、といった利点があるものと認められる。

      しかも、本件に関していえば、本件発明の実施品は、育毛剤であるから、これを日本国内で医薬部外品として製造販売するためには、品目ごとの製造承認(改正前薬事法14条)ないし製造販売承認(改正後薬事法14条)及び製造所ごとの製造業の許可(改正前薬事法12条、改正後薬事法13条)並びに平成17年4月1日以降については製造販売業の許可(改正後薬事法12条)を受けなければならず、品目ごとの製造承認ないし製造販売承認の申請にあたって6−BAPの「別紙規格」等を添付しなければならないこと、その内容が多岐にわたり、その作成のために各種試験を行わなければならないなど、相当の労力と資金を要することは、前示のとおりである。
      上記事実によれば、被告が6−BAPの「別紙規格」等を既に有していることが、6−BAPを用いた育毛剤について、これを販売しようとする業者にとって、被告を供給元とするOEM方式を選択する方向に強く働く事情であるといえる。

      そうすると、仮に、被告が本件特許権を有していなくとも(すなわち、例えば仮に原告らが本件特許権を有していたとしても)、6−BAPを用いた育毛剤を販売しようとする業者が、被告を供給元とするOEM方式によることを選択する蓋然性は十分に認められる。
      そして、他に、6−BAPを用いた育毛剤のOEM生産が被告において行われている理由が、本件特許権を被告が有しているためであると認めるに足りる証拠も事情もないから、被告が6−BAPを用いた育毛剤のOEM生産を行うことによって得られる利益が、被告が本件特許権を有していることによって受けるべき利益であるということはできない。
    (ウ) もっとも、被告が、本件特許権を用いて、本件発明について他社にライセンスをせず、自社販売分とOEM分以外の実施を認めずに、これらで市場を独占しているか、これと同視し得る市場の状態を形成しているような場合には、このような市場状態は被告が特許権を有しているからこそ形成し得るものであるから、そのような市場状態の下での自社販売分やOEM分の製造販売により得られる利益には、被告が本件特許権を有していることによって受けるべき利益が含まれているということもできる。

      しかしながら、本件においては、被告は、K5及びK7(K8)に対してライセンスを行い、これらの製品が市場に存在するのであるから、OEM分について、上記のような、被告が本件特許権を有していることによって受けるべき利益があると認めることはできない。
          なお、K7に対するライセンスは平成12年ころ、K5に対するライセンスは平成15年ころであって、それ以前には、本件発明の実施許諾を受けていた企業はいなかったものと認められる。しかし、発明を他社にライセンスする政策を採っていても、他社は事業化・採算性のリスク判断や営業政策上の理由などによりライセンスを申し出ない(発明を実施しない)こともあり得るところであって、そのような場合に他社が実施していないとしても、それは単に特許とは別の理由で他社が事業に参入しないだけであって、特許による独占の利益があるということはできない。そして、上記K7やK5に対するライセンスの事実からすれば、被告が他社に本件発明のライセンスをしない政策を採っていたとは認められないから、上記各社に対してライセンスがなされる前にライセンス先がなかったことを、特許によって他社を排除していた結果であると認めることはできない。したがって、上記K7やK5に対するライセンス以前のOEM分の中にも、被告が本件特許権を有していることによって受けるべき利益があると認めることはできない。

   オ 自社販売分について
    (ア) 本件発明の実施品を、被告が自ら製造販売することは、仮に被告が本件特許権を有していなくとも、職務発明について被告が有する法定の通常実施権の行使であるということができる。
    (イ) ところで、原告らは、自社による実施の場合でも、同業他社に対し、本件発明の実施を禁止することができたのであるから、「発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することになると見込まれる利益」は存在すると主張する。
      しかしながら、上記エ(ウ)で述べたところと同様の理由により、自社販売分について、被告が特許権を有していることによって受けるべき利益があると認めることはできない。
   カ まとめ
        本件全証拠によっても、以上に検討した以外に、被告が本件発明を実施し、あるいは明示又は黙示にライセンス(実施の許諾)をしている分があるとは認められない。

     したがって、本件において、相当の対価の額を算定するにあたって考慮すべき、被告が本件特許権を有することによって受けるべき利益は、@被告がK7から受けるべき、サイトマックスについてのライセンス料、A被告がK5から受けるべき、イノベートについてのライセンス料相当額、の2つである。
  (2) 本件特許権により被告が受けるべき利益の算定
   ア 本件特許権の権利存続期間の終期について
     本件特許は、平成4年8月11日の出願にかかるものであるから、本件特許権の権利存続期間満了日は、平成24年8月11日である。
     この点につき、原告らは、本件特許権は、特許法67条2項、薬事法14条1項により存続期間が2年程度延長することが可能であるから、これによる独占期間の終期は平成26年であると主張する。

     しかしながら、特許法67条2項により延長登録の出願が許される場合として政令で定められた処分は、特許法施行令3条により、農薬又は医薬品についての処分に限られ、育毛剤などの医薬部外品についての処分はこれに含まれないから、本件特許権についての延長登録の出願はそもそも許されるものではない。
     また、仮に、医薬部外品について延長登録出願が可能だとしても、延長が許される期間は、「特許発明の実施をすることができなかった期間」に限られるところ(特許法67条の3第1項3号)、本件特許権の上記期間の始期は登録日である平成9年4月25日であり、これに対して、被告が6−BAPを用いた育毛剤の医薬部外品としての製造承認を得たのは平成7年12月11日付けであり、平成8年には、被告はK1サイトプラインをK1にOEM供給しているのであるから、結局、「特許発明の実施をすることができなかった期間」は存在しないこととなり、本件特許権についての延長登録は許されない。

     したがって、原告らの上記主張は理由がない。
   イ サイトマックスのライセンス料について
    (ア) 平成16年5月期まで及び平成17年5月期のうち平成17年2月までのライセンス料収入について
      被告がK7から受けたライセンス料収入のうち、平成16年5月期(平成15年6月ないし平成16年5月。以下「5月期」というときはこれと同様である。)まで及び平成17年5月期のうち平成17年2月までの金額については、別表の各該当欄記載のとおりであることにつき、当事者間に争いがない。
      このうち、平成16年5月期までのライセンス料収入の合計額は、9887万2000円である。
    (イ) 平成17年5月期以降見込まれるライセンス料収入について
      サイトマックスのライセンス料収入の今後の見通しについて、原告らは、今後も従前とほぼ同等の輸入数量が見込まれるから、ライセンス料収入も同様であると主張する。これに対し、被告は、平成17年5月期にK7が作りだめをするために大量に6−BAPを購入したのであるから、次年度以降は6−BAPの供給量も大幅に減少し、ライセンス料収入も大幅に減少するであろうし、その後も、通常、育毛剤のライフサイクルは最大発売後7年程度とされているので、前年度の70パーセントとなるように減少すると主張する。

      そこで検討するに、被告の上記主張のうち、現実の6−BAPの販売数量はともかく、その増減の理由や、育毛剤のライフサイクル等についての主張は、いずれもこれを裏付ける証拠のない、被告の推測ないし意見にすぎないものであって、直ちにこれを採用することはできない。
      かといって、一般に、ある製品が相当長期間にわたって同等の販売量を維持することができるとは限らず、これが増加する可能性も全くないわけではないが、むしろ、競争力を持った競合品が出現し、これによって従来製品の販売量が低下する可能性の方が、期間が長くなるにしたがって増加するものということができるし、販売元の事情や、有力な競合品が出現することにより、従来製品の販売を取り止めることすらあり得るものであるから(例えば、K5は、イノベートの販売開始に伴って、従来製品である育毛剤の販売を中止しようとしたことが、甲第7号証の2によって認められる。)、原告らの上記主張も採用することができず、サイトマックスについて、今後も従前とほぼ同等の輸入数量を維持できるとまで認めることはできない。

      そして、本件において他に今後の見通しについて推定するに足りる証拠や事情がない以上、上記事情に鑑みて、K7からのライセンス料収入については、平成17年5月期は、平成16年6月ないし平成17年2月までのライセンス料収入に基づいてこれを推計し、平成16年5月期及び平成17年5月期の2年間の平均値を基準額として、平成18年5月期及び平成19年5月期はそれぞれこの60パーセント、平成20年5月期ないし平成24年5月期はそれぞれ基準額の50パーセント、それ以降の期間(平成25年5月期のうち平成24年6月1日から同年8月11日まで)は、基準額の8パーセント(基準額の50パーセントを1年分とし、そのうち2か月分。ただし、1パーセント未満切捨て。)のライセンス料収入が見込まれるものと推定するのが合理的である(なお、これは、本判決における相当の対価額の遅延損害金の起算日である平成16年4月14日から平成24年8月11日までは約8年あるところ、8年間の法定利率5パーセントによる複利現価(ライプニッツ式)が0.6768であること等、前記1(2)ア(イ)で述べたところを加味した数値である。)
      これを前提として算出するに、まず、平成17年5月期のうち平成16年6月ないし平成17年2月までのライセンス料収入は1270万8000円であったのであるから、平成17年5月期のライセンス料収入は、下記の計算式@のとおり、1694万4000円と推計される。
      次に、平成16年5月期のライセンス料収入は、1530万8000円であるから、同年5月期と平成17年5月期のライセンス料収入との平均値(基準値)は、1612万6000円となる。
      したがって、平成18年5月期以降のライセンス料収入の見込額は、平成18年5月期及び平成19年5月期は、それぞれ上記基準額の60パーセントに相当する967万5600円、平成20年5月期から平成24年5月期までは、それぞれ上記基準額の50パーセントに相当する806万3000円、それ以降の期間は、上記基準額の8パーセントに相当する129万0080円となる。

      以上を総合すると、平成17年5月期以降のライセンス収入見込額の合計額は、下記の計算式Aのとおり、7790万0280円となる。
       計算式@
        12,708,000÷9×12=16,944,000
       計算式A
        16,944,000+9,675,600×2+8,063,000×5+1,290,080
       =77,900,280
    (ウ) 以上を合計すると、サイトマックスについて、被告がK7から受けるべきライセンス料の見込額は、1億7677万2280円となる。
   エ イノベートのライセンス相当額について
    (ア) 平成15年及び平成16年におけるイノベートの売上高について
      甲第7号証の1ないし3、第12、第21号証によれば、イノベートは、平成15年10月1日に販売が開始され、平成16年には、年間で約58億円の売上げがあったものと認められる。

      もっとも、上記各号証によれば、上記売上げは、消費者が購入する市場における売上げであると認められ、また、甲第7号証の2によれば、イノベートは、薬局薬店を通じて消費者に販売されることが認められるから、上記売上高は、K5自身による売上高ではない。
      ここで、K5自身の売上高を明らかに認めるに足りる証拠はないが、消費者が購入する際の価格には、K5から消費者に至る過程に介在する薬局薬店や中間業者の経費やその利益分が含まれていることを考慮して、K5自身の売上高としては、少なくとも、消費者が購入する市場における売上高の半額に相当する売上高があったものと推定すべきである。
      したがって、平成16年におけるK5によるイノベートの売上高は、29億円であったと推定される。

      これを基に、平成15年10月から同年12月までの間における、K5によるイノベートの売上高を推計すると、下記計算式のとおり、7億2500万円となる。
       計算式
        2,900,000,0000÷12×3=725,000,000(1円未満四捨五入)
      以上合計すると、平成16年までのイノベートの売上高は、36億2500万円となる。
    (イ) 平成17年以降見込まれるのイノベートの売上高について
      イノベートの売上高の今後の見通しについて、原告らは、平成17年以降、年間40億円程度の売上高が見込まれると主張する。これに対し、被告は、育毛料は発売時にはテレビコマーシャル等の宣伝により爆発的に売り上げる場合もあるが、きわめて流行性が高く、継続的に売上げが見込めることは少ないと主張する。

      そこで検討するに、被告の上記主張は、いずれもこれを裏付ける証拠のない、被告の推測ないし意見にすぎないものであって、直ちにこれを採用することはできない。
      かといって、サイトマックスについて上記イ(イ)で述べたところと同様の理由により、原告らの上記主張も直ちに採用することができず、イノベートについて、平成17年以降、年間40億円程度の売上高を維持できるとまで認めることはできない。
      そして、本件において他に今後の見通しについて推定するに足りる証拠や事情がない以上、上記事情に鑑みて、イノベートの売上高については、平成16年における売上高(29億円)を基準額として、平成17年及び平成18年はこの60パーセント、平成19年から平成23年までの5年間はそれぞれ基準額の50パーセント、それ以降の期間(平成24年1月1日から同年8月11日まで)は基準額の29パーセント(基準額の50パーセントを1年分とし、そのうち7か月分。ただし1パーセント未満切捨て。)の売上げが見込まれるものと推定するのが合理的である(なお、これも、前記1(2)ア(イ)で述べたところを加味した推計である。)。

      したがって、平成17年以降の売上高の見込額は、平成17年及び平成18年は、それぞれ上記基準額の60パーセントに相当する17億4000万円、平成19年から平成23年までの5年間はそれぞれ上記基準額の50パーセントに相当する14億5000万円、それ以降の期間は上記基準額の29パーセントに相当する8億4100万円となる。
      そうすると、平成17年以降のK5によるイノベートの売上げ見込額の合計額は、下記の計算式のとおり、115億7100万円となる。
       計算式
        1,740,000,000×2+1,450,000,000×5+841,000,000
       =11,571,000,000
      そして、これを(ア)で推計した平成16年までのK5によるイノベートの売上高と合計すると、151億9600万円となる。

    (ウ) ライセンス料相当額について
      原告らは、K5から受けるべきライセンス料相当額の算定にあたって、売上げの3パーセントがこれに相当すると主張し、その根拠として、被告がライセンスを行う場合の一般的料率が売上げの3パーセントであるからとする。
      しかしながら、甲第8号証の1ないし3によれば、イノベートは、有効成分として、6−BAPだけではなく、ペンタデカン酸グリセリドも配合しており、これら2種類の有効成分の組合せにより発揮される効果を期待するものであると認められるから、本件発明の単なる実施品ではなく、これを応用したものであるというべきである。
      このような事情に照らせば、本件において、イノベートについてK5から受けるべきライセンス料相当額の算定にあたって、イノベートの売上げに乗じるべきライセンス料率としては、2パーセントとするのが相当である。

      これを前提として、被告がK5から受けるべきライセンス料相当額を算出すると、151億9600万円の2パーセントであるから、3億0392万円となる。
   オ 上記ウ及びエで推計した、被告がK7及びK5から受けるべきライセンス料及びその相当額を合計すると、4億8069万2280円となる。
     これが、本件発明についての相当の対価を算定するにあたって考慮すべき、被告が本件特許権を有することによって受けるべき利益の額である。
 3 争点(2)(本件発明及びその後の経過並びに被告が貢献した程度)及び原告らと被告の間の配分割合について
  (1) 本件発明の経過について
   ア 当事者間に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件発明がされた過程について、以下のような事情があったものと認められる。

    (ア) 被告における研究開発の状況について
      被告は、平成2年当時、「シミ、シワ、白髪」の抑制に効果のある素材の研究開発に力を入れていた。
      被告は、昭和63年には、K5との間で、「白髪防止剤共同開発による契約書」を締結し、白髪防止剤の共同開発を進めていた(乙5)。
      また、被告は、平成2年8月のC5会議で、マウスによる育毛効果評価のための実験系を採用することとしたが、この評価系は、原告P2の作製にかかるものであった(乙9)。
    (イ) 6−BAPのスクリーニングについて
      被告は、平成元年12月のC5会議で、スクリーニング物質を社内全員から公募するスクリーニング公募制度の導入を決めた。この制度では、提案の採否とスクリーニングの実施順序をC5会議で決めることとなっていた(乙8)。

      もっとも、C5会議は月1回の開催であり、現実には、C5会議が提案の採否を決めたものではなく、提案は、ほとんど全件採用された後にC5会議で報告されたもので、この報告と共に、評価試験まで行った結果が報告されることもあった(乙10の1ないし3)。
      平成2年11月9日、P4が、6−BAPをメラニン生成の制御作用を調べるスクリーニングにかけることを提案し、同月14日から19日までの5日間細胞培養を行い、同月19日、明らかにメラニン生成亢進作用が認められる旨の報告書を作成した(乙10の1・2)。
      この結果は提案と共に同月29日のC5会議で報告された(乙10の3)。
    (ウ) 6−BAPの育毛作用の発見について
      上記(イ)の報告がされたことから、被告は、原告P2に、6−BAPの白髪防止効果について動物評価試験を行わせた。

      原告P2は、6−BAP他2種類につき、平成3年1月から3月にかけて、ストレスマウスによる白髪防止効果の評価試験を行った(乙11)。
      その結果、原告P2は、6−BAPにつき、白髪防止効果は明瞭ではないが、育毛効果がありそうであるとの感触を得た。
      そこで、原告P2は、平成3年3月以降、被告の承認を受けた上で、マウスを用いた6−BAPの育毛評価試験を行い、6−BAPの育毛作用を確認して、その結果を、同年6月20日のC5会議に報告した。
    (エ) 6−BAPからサイトカイニンへの発明の範囲の拡大について
      原告P1は、6−BAPに育毛作用があることを聞き、6−BAPが植物ホルモンの一種であるサイトカイニンに属していることから、サイトカイニン全般に育毛作用があるのではないかと考え、平成3年7月26日ころのC5会議において、6−BAPだけではなく、サイトカイニン全般について育毛作用を調査し、できる限り広いクレームとすることを提案し、承認された(乙14の1、39の1)。

      そこで、原告P1は、N6−ベンジルアデノシン、1,3−ジフェニル尿素、ジメチルアリルアミノプリン、キチネンの4種のサイトカイニン活性物質を選択し、原告P2において、育毛作用の評価試験を行い、サイトカイニンと育毛作用との関連性を確認して、平成3年9月25日のC5会議に報告した(乙14の2・3、39の3)。
      また、原告P1は、サイトカイニンに属する物質を調査して、プリン系化合物、ピリジル尿素系化合物、ジフェニル尿素系化合物、ピリミジン系化合物、イミダゾール系化合物、ピリジン−4−カルボン酸アニリド系化合物、4−置換アミノピロロ[2、3−d]ピリミジン系化合物の7つに分類し、その分類に応じて考えられる置換基を検討して列挙した(乙14の2、32)。
   イ(ア) 上記ア(イ)につき、被告は、スクリーニング公募制度につき、対象物質を広く募集してC5会議で採用されたものを評価にかけていく制度であり、スクリーニング提案された物質について、会議前に先行的に評価実験を行うことがあったとしても、次回の会議にはその報告を兼ねて、提案が行われるのであるから、C5会議の承認のもとに評価実験が行われたことに実質変わりはないと主張する。

      しかしながら、乙第10号証の1ないし3によれば、提案書の様式には「C5採否」の欄があるのに、現実に提案された提案書のこの欄には記載がなく(乙10の1)、C5会議の前に評価試験が行われることもあり(乙10の2・3)、C5会議では「スクリーニング報告」がされ、提案の採否は「決定事項」とはされていなかった(乙10の3)ことが認められることに照らせば、スクリーニング提案の採用については、C5会議は関与しておらず、その報告を受けていたにすぎないものと認めるのが相当である。
    (イ) 上記ア(ウ)につき、原告P2による6−BAPの育毛評価試験について、原告らは、被告に命じられたものではないと主張し、被告は、原告P2から6−BAPに育毛効果がありそうだとの報告を受け、原告P2に命じたものであると主張する。

      マウスという生体を用いた評価試験を行うについては、そのための動物の調達からしなければならない(乙11)のであるから、被告の指示ないし承認を受けることなくこれを行うことができるものとは考えがたい。
      したがって、原告P2による6−BAPの育毛評価試験は、被告の指示ないし承認を受けて行ったものと認めるのが相当である。
    (ウ) 上記ア(エ)につき、発明の範囲のサイトカイニンへの拡大について、被告は、平成3年8月1日開催の特許会議において特許担当者が提案報告し、決議されたものであり、原告P1は、その決議を受けて、文献調査を担当したにすぎないと主張する。
      しかしながら、平成3年7月度のC5会議議事録とその添付資料である乙第39号証の1には、その添付資料(「職場V10&MBO」)5頁に、「6−ベンジルアミノプリンおよびその類縁化合物の評価(P1)」との記載があることが認められる。また、同年8月1日開催の特許会議議事録である乙第14号証には、「出願候補の検討」の項で、本件発明につき、「★ クレームとしてはより上位の概念のサイトカイニンを採用し、権利を広くとる。6−ベンジルアミノプリン以外の物質に関しては、国内優先権を使用して、出願後1年の間に実験データを揃え、随時補充していく。」との記載があるところ、同議事録においては、「発表者コメントは★・決議事項は●として記載」(同号証1頁)されているのであるから、本件発明についての上記記載は決議事項ではなく報告事項であったものと認められる。

      以上の事実からすれば、本件発明の範囲をサイトカイニンへ拡大することは、原告P1の発案であったと認めるべきであり、被告の特許担当者の発案であったと認めることはできない。
   ウ 上記アのとおり認められる本件発明の経過についての事情に照らせば、本件発明は、原告P2が、6−BAPに育毛作用があることを発見し、原告P1が、これをサイトカイニンに拡大したものであったと認めることができる。
     そして、上記アのとおり認められる事情のうち、@6−BAPをスクリーニングにかけることを提案したのは、原告らではなく、他の被告従業員であったこと(ア(イ))、A6−BAPの動物評価試験は、目的が白髪防止効果の評価ではあったものの、被告が、原告P2に行わせたものであったこと(ア(ウ))、B原告P2は、6−BAPの動物評価試験の目的が、白髪予防効果の評価であったにもかかわらず、育毛効果がありそうであるとの感触を得、これに着目したこと(ア(ウ))は、本件発明がされるについての原告らと被告の貢献の度合いを検討するにあたって、特に重要な事情ということができる。

        すなわち、白髪防止効果なり、育毛活性なりがある化合物は、極めて稀にしか存在しないであろうことは自明であって、そのような物を発明・発見しようとすれば、多くの化合物をスクリーニングしなければならないから、もし、原告P2が独力でこれを発明・発見しようとしていたなら、本件発明をなし得たとは到底考えられない。原告P2の本件発明は、同原告が、6−BAPを毎日マウスに塗布して毛の状況を観察する役割を与えられたという状態に負うところが大きく、その状態を招いたのは被告であるという点で、前記@、Aは重要である。また、前記Bは、目的が白髪予防効果の評価であって、育毛効果が顕著であったとも認められないのに、その育毛効果に着目したという、従業員(研究者)としてその時点で要求されていた業務内容を超えた着眼の鋭さないしひらめきが、原告P2にあったという点で重要である。
   エ(ア) なお、この点につき、被告は、前記「争点」(2)〔被告の主張〕ア(オ)のとおり主張して、本件発明は、いわば工場発明とでも評すべきものであって、原告らは実質的な発明者とはいえないと主張する。
          なるほど、発明に関与したとしても、ひらめきや格別の創意工夫もなしに行われた研究業務であって、研究を職務とする者が普通に期待される範囲のものであれば、給与がその対価となるものとして、その研究業務の成果は、給与を支払った使用者の貢献ということもできるかもしれない。例えば、多数の化合物を白髪予防効果評価の目的で、各従業員に分担を割り当てて評価基準に従って実験評価させていたところ、ある従業員に割り当てられた化合物に白髪予防効果があることが判明したが、その化合物が他の従業員に割り当てられていれば、当該他の従業員が同じことを見出したであろうというのであれば、単に割り当てを受けたというだけで特定の従業員にだけ「相当の対価」が支払われるのは不合理のようにも思われる。

      しかしながら、上記アのとおり認められる本件発明の経過についての事情に照らせば、被告は、白髪防止剤の開発を企図して、原告P2に6−BAPの評価試験を行わせたところ、原告P2が6−BAPの育毛作用を発見したものであって、原告P2には、要求されていた研究業務を超えた着眼の鋭さないしひらめきが必要であったことは前示のとおりであるから、これを工場発明と評することはできない。そして、6−BAPの白髪防止作用についての評価試験を原告P2に行わせたことなどを発明に際しての被告の貢献として評価すべきことは格別、原告P2が実質的な発明者ではないということはできない。
      なお、本件発明の範囲をサイトカイニンへ拡大することについて、@6−BAPがサイトカイニン活性を持っていることを知ること、及びA6−BAPに関する原告P2の発見を元に、広くサイトカイニン一般について特許を取得しようとすることが、研究者や知財部員に普通に要求される範囲を超えた着眼の鋭さないしひらめきといえるか否かはさておき、その出発点となる原告P2の発見が、工場発明と評されるものではない以上、本件発明全体としても、工場発明との評が当たらないことはいうまでもない。

      したがって、被告の上記主張は採用することができない。
    (イ) また、被告は、前記「争点」(2)〔被告の主張〕イ(ア)のとおり主張して、原告P2による6−BAPの育毛効果の発見は、特別の創意工夫や注意能力を要するものではなく、しかも、原告P2がK11研究会において受けていた指導から、育毛効果の発見に至ったものであると主張する。
      確かに、白髪防止効果の評価試験においてうかがわれた育毛作用が、顕著なものであれば、原告P2がこれに気づくことは当然であるという余地もあろう。しかしながら、本件に現れた全証拠によっても、そのような事情はうかがわれず、かえって、上記評価試験においては、育毛作用があることの感触が得られた程度であり、改めて育毛作用に絞った評価試験が必要となったものであるから、これに原告P2が気づいたことは、前記のとおり、発明への貢献の度合いを考慮するにあたって重要な事情であるというべきである。

      また、白髪防止効果と育毛効果との間に全く関係がないわけではないとしても、また、原告P2が被告主張のような指導を受けていたとしても、そもそもが白髪防止効果の評価のための試験において、育毛効果がありそうであることに気づき、これに着目したこと自体が、これがなければ、本件発明には至ることができないものであるから、発明への貢献の度合いを考慮するにあたって重要な事情であることが否定されるわけではない。
  (2) 発明後の事情について
   ア 原告らは、本件発明後に、その特許出願の過程や、本件発明の実施品の医薬部外品としての製造承認申請のための資料作成の過程、特にそこで必要とされる「別紙規格」等の作成の過程において、主体的中心的に行動し、多大な貢献をしたと主張する。
     しかしながら、これらの過程における原告らの行動は、被告の従業員として、その職務として行われたものであるから、仮に、これらの過程における原告らの貢献が大きかったとしても、相当の対価の額を算定するにあたっての発明者の貢献として捉えるべきものではなく、むしろ、発明譲受け後に、被告が、自ら給与を支払って雇用している自社従業員(原告らを含む。)によってこれらの業務を遂行したというべきであるから、被告の貢献として捉えるべきものである。

     したがって、原告らの主張は、採用することができない。
   イ ところで、本件発明は、育毛剤についての発明であるから、これを実施するためには、医薬部外品としての製造承認(ただし、平成17年4月1日施行の平成14年法律第96号による改正前の薬事法〔以下「改正前薬事法」という。〕におけるものであり、上記改正後の薬事法〔以下「改正後薬事法」という。〕においては製造販売承認がこれに相当する。)を受ける必要があること、そのためには、その申請にあたって6−BAPの「別紙規格」等を添付しなければならないこと、その内容が多岐にわたり、その作成のために各種試験を行わなければならないなど、相当の労力と資金を要することは、前示のとおりである。
     そして、本件発明のライセンシーのうち、少なくとも、K7は、原告から6−BAPの供給を受け、原告の「別紙規格」等を利用していること(被告が自認するところである。)からすれば、上記「別紙規格」等がない場合に、K7が、自ら「別紙規格」等を作成してまで本件発明のライセンスを受けようとしたかどうか、あるいはそれをしたとして、その場合のライセンス料が、本件において認定したような料率であったかどうかという点は、その経費労力の大きさと失敗のリスクを考慮すれば、大いに疑問のあるところである。換言すれば、6−BAPの医薬部外品としての製造承認ないし製造販売承認が得られるような「別紙規格」等を作成することは、本件特許について他社にライセンスをするにあたっても必要であるか、少なくとも極めて有用な作業であるということができるのであって(原告ら自身、「別紙規格」等について、貴重な財産的価値を有するノウハウであると主張する。)、被告がその作成に成功したことは、上記1(3)で述べたところを前提として貢献の度合いを考慮するにあたっては、重要な事情であるといわなければならない。

  (3) 被告が本件発明に際して支出したと主張する費用について
   ア 被告は、本件特許権により被告が得られる利益の算定に関して、被告が本件発明に関して莫大な費用を支出した旨主張する(前記「争点」(1)〔被告の主張〕オ)。
     これら費用は、本件発明がされるについての被告の貢献として考慮すべきものとなり得るものであるから、ここで検討することとする。
     なお、被告が支出した費用のうち、本件発明についての相当の対価の算定における被告の貢献の算定において考慮すべきものは、本判決の算定方法では、本件発明そのもののために支出した費用にとどまらず、本件特許のライセンスのために被告が支出した費用や、本件特許のライセンスのために有用な費用も含めることになることは、前記1(3)で述べたとおりである。

     本件において、被告が本件特許権を有することにより得られるべき利益は、K7及びK5に対するライセンスにより得られるべき利益にとどまることは、前記2(1)のとおりである。もっとも、本件発明が育毛剤の発明であることに照らせば、被告が他社にライセンスをするにあたっても、被告において、その実施品の効果が確認され、安全性が確保され、その医薬部外品としての製造承認が得られる見込みが十分にあることを相手方に示すことができなければ、ライセンス合意の成立はおぼつかないものというべきであるから、安全性確認等のために要した費用は、ライセンスのためにも有用な費用であったと認めることができる(もっとも、これ及び後記の各費用のうち、6−BAPの医薬部外品としての製造承認ないし製造販売承認が得られるような「別紙規格」等を作成することに要した費用は、結局、上記(2)イで説示した被告の貢献と重複するものである。)。ただし、これらは、自社販売分やOEM分の製造販売のためにも有用な費用であったことは否定することができないから、本件特許のライセンスのためだけに支出された費用とすることができないことはもちろんである。
   イ 乙第23号証の1・4・5、第53号証、第54号証の1・2、第55,第56号証によれば、被告が、6−BAPの安全性試験や育毛効果試験のため、試験の委託費用、安全性資料の使用許諾料や謝礼として、1億3149万7722円を支出したことが認められる。
     これらは、本件発明の実施品の安全性確認等のために要した費用であり、ひいては上記アのとおり、本件特許のライセンスのためにも有用な費用であったと認められる。
   ウ 乙第58及び第59号証によれば、被告が、P3教授との連携関係を維持強化するために、P3教授への顧問料やK13大学への寄付金として、合計2億2907万2000円を支出したことが認められる。
     しかしながら、これらは被告における研究開発全般のために支出されたものと認められる。なるほど、乙第48号証によれば、これらの研究開発の中で、平成2年12月ころ、P3教授から、原告P2が行った白髪防止評価報告について、本白髪防止評価系は育毛剤の良い評価系になるかもしれない、これはストレス負荷により毛の成長が遅いという実験結果から、人間社会ではストレスにより脱毛する人がいる、との助言を受け、その際に、白髪防止剤を調べるときは育毛についても調べることとされたことが認められ、原告P2をこのような助言等を受ける環境下に置いていたという点では、これらの支出も本件発明がされるにあたっての被告の貢献の一部に関与しているということができるけれども、この支出額全体を本件発明のためのものと評価することはできない。

   エ 乙第60号証、第61号証の1ないし3によれば、被告は、P3教授が代表者を務める有限会社P3皮膚科学研究所と研究委託契約書を締結し、800万円を支出したことが認められる。
     そして、同社への研究委託業務の内容は、@コウジ酸を配合した製剤の有効性と安全性の検証と報告書の作成、A6−BAPを配合した製剤の有効性と安全性の検証と報告書の作成、B被告の学術活動への協力、C被告が依頼する個人の治療と治療すべき症状の原因究明への協力、であり、このうち上記Aは本件発明の実施品の安全性確認等に関わるものである。
     したがって、上記支出した費用の一部は、本件発明の安全性確認等のために要した費用であり、ひいては上記アのとおり、本件特許のライセンスのためにも有用な費用であったと認められる。

   オ 被告は、原告らを含む被告従業員であった研究者らの給与についても、本件発明に関して支出した費用であると主張する。
     しかしながら、被告従業員らの給与は、被告が従業員らを雇用することに伴い当然に支出すべきものである。そして、その支出した給与のうちに、特に本件発明やそのライセンスのためにのみ支出したものがあるという事情は認められないから、これら給与は特別な貢献として考慮すべきものとはいえない。換言すれば、給与の支払いを受けている従業員らが、6−BAPやマウスの調達を始めとする本件発明への関与や、(2)ア、イ説示のような業務に貢献していることは、そのこと自体を被告による発明への貢献と捉えるべきものであって、被告の支払った金額の多寡によって捉えるべきものではない。
   カ 被告は、本件発明について特許権を取得するにあたって、出願費用及び特許料の他、弁理士への顧問料や、文献検索費用を支出したと主張する。

     このうち、出願費用及び特許料の合計200万2800円(乙64の1・2)は、特許権の取得のために必要な費用である。また、文献検索に要した67万8845円(乙57)も、同様に本件特許権取得のために必要な費用である。
     しかしながら、これらはいずれも通常の出願手続において必要とされる範囲を越えるものではないから、これらを特別な貢献として考慮すべきものとはいえない。
     また、弁理士への顧問料合計813万8667円(乙65、66の1ないし6)も、本件発明に限らない、被告の顧問弁理士としての業務一般に対する対価であるから(同号証)、これを特別な貢献として考慮すべきものではない。
  (4) 貢献の程度及び原告らと被告の配分割合について
    上記(1)アの各事情(とりわけ、ウ@ないしBに掲げた各事情)のほか、上記(1)アの経過から認められるように、本件発明が、被告の社内において、被告の資源を用いて行われたこと等、本件に現れた諸事情を総合勘案して、本件発明がされるにあたって、被告と原告らとの関係で、被告が貢献した程度を考慮し、さらに、前記1(3)で述べたところを踏まえて、上記(2)及び(3)で検討したところも加味すると、本件発明について、相当の対価の額を定めるに当たり、被告が本件特許権により受けるべき利益に乗ずべき割合(原告らへの配分割合)は、2パーセントと認めるのが相当である。

  (5) 上記「原告らへの配分割合」は、前記2において算定した「被告が受けるべき利益の額」が、現時点において、本件発明が、ヒトに対する毒性もなく、品目ごとの製造承認ないし製造販売承認も得られ、自社での商品化も成功し、これを踏まえて他社へのライセンスが成功し、その他社の事業も成功した(そして、将来も減少はするものの成功し続ける)、という極めて成功した結果を基として算定したものであって、本件発明が被告に承継された時点では重大な問題であった承継後の様々なリスクを全く考慮していないことを前提として算定したものである。
      すなわち、本件発明が完成するまでに被告が貢献した程度のみに限って原告らへの配分割合を定めれば、前記(1)認定の事実に、本件発明が被告の設備を使用してされたものであることや、原告らが研究を職務とする従業員であることを考慮しても、その割合はもっと高くなるものである。しかし、その場合には、これを乗じるべき「被告が受けるべき利益」は、本件発明完成時に事業の成功に至る過程で予想される様々なリスクを考慮したものとなり(具体的には、本件発明完成時に、被告が無償の通常実施権を留保して、他社に特許を受ける権利を譲渡しようとしたときに、他社がこれらのリスクを考慮し、更に被告が競争相手として存在するということも考慮して提示する買取り価格ということになろう。)、前記2において算定した額を大幅に下回ることは明らかである。この点を考慮すれば、前記認定の原告らへの配分割合が、本件発明が完成するまでに被告が貢献した程度のみに限って定めた場合より低くなることは当然というべきなのである。

 4 争点(3)(被告が原告らに対して支払うべき相当な対価の額)について
   前記2で認定した、被告が本件特許権を有することによって受けるべき利益の額(4億8069万2280円)に、前記3で認定した、原告らへの配分割合(2パーセント)を乗じると、961万3846円(1円未満四捨五入)となる。
   これが、本件発明について、原告らが受けるべき相当の対価の額である。
   そして、原告らの間において、原告らの間での寄与度の割合が1対1であることにつき合意があることは、原告らが自ら主張するところであるから、これによって、上記相当の対価の原告ら間の配分を定めると、原告らそれぞれについて、480万6923円となる。
   ところで、前記「前提となる事実」(4)のとおり、被告は、原告P2に対し、本件発明について、登録報償金として、既に5000円を支払い済みであるから、本件訴訟において原告P2が支払いを請求することのできる金額は、上記原告P2分の相当の対価の額から5000円を控除した額である、480万1923円となる。

 5 結論
   以上のとおりであるから、原告らの請求は、主文掲記の限度で理由がある。
   よって、主文のとおり判決する。


      大阪地方裁判所第26民事部


          裁判長裁判官    山   田   知   司


             裁判官    高   松   宏   之


             裁判官    守   山   修   生







(別紙)
                特許目録


 発明の名称      育毛剤
 発明者        原告ら
 出願人        被告
 出願日        平成4年8月11日
 出願番号       特願平4−214405号
 優先日        平成3年9月10日
 優先権主張番号    特願平3−230630号
 公開日        平成5年12月3日
 公開番号       特開平5−320028号
 登録日        平成9年4月25日
 特許番号       第2636118号
 特許権者       被告
 特許請求の範囲    別紙記載のとおり


                              以上