H17. 1.27 東京高裁 平成16(ネ)1664 特許権 民事訴訟事件

平成16年(ネ)第1664号 特許権侵害差止請求控訴事件
平成16年11月24日口頭弁論終結
(原審・東京地方裁判所平成14年(ワ)第25696号,平成16年2月20日判決)


     判    決
 控訴人      チッソ株式会社
 訴訟代理人弁護士 花岡巖,木崎孝
 補佐人弁理士   吉見京子
 被控訴人     メルク株式会社
 訴訟代理人弁護士 生田哲郎,山田基司,森本晋,高橋隆二
 訴訟代理人弁理士 伊藤克博
 補佐人弁理士   宮崎昭夫,生沼徳二


     主    文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。


     事実及び理由
第1 控訴人の求めた裁判
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人は,原判決別紙1物件目録@ないしK記載の液晶組成物を製造,販売してはならない。
 3 被控訴人は,その占有に係る前項記載の液晶組成物を廃棄せよ。


第2 事案の概要
 1 手続の経緯
 (1) 控訴人は,原審において,原判決別紙1物件目録@ないしK記載の液晶組成物(以下「被控訴人製品」という。なお,各製品は,同目録記載の番号に従い「被控訴人製品@」のようにいう。)が控訴人の特許権に係る発明の技術的範囲に属し,被控訴人がこれを製造し,販売する行為が上記特許権を侵害すると主張して,被控訴人製品の製造等の差止め及び被控訴人製品の廃棄を求めた。
 (2) 原審は,被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属さず,かつ,本件特許権には無効事由の存することが明らかであって,これに基づく請求は権利の濫用に当たり許されないと判示して,控訴人の請求を棄却すべきものとした。
 (3) 控訴人は,原判決を不服として控訴した。なお,本件当事者間において,関連事件として同一の特許権の侵害を理由とする損害賠償請求控訴事件(平成16年(ネ)第1589号)が当裁判所に係属し,同一裁判体によって同時進行が行われ,本件と同一期日に弁論を終結し,同一期日に判決の言渡しが行われる。主張・証拠とも,損害論を除き共通しており,判決も,「当事者の主張」(本件では第2の3,別件では第2の4)以下は,「第4 結論」を除き,同文である。


 2 争いのない事実,争点等
 前提となる事実等,争点及び争点についての当事者の主張は,3において,当審における当事者の主張を付加する外は,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要等」及び「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。


 3 当審における当事者の主張
 (1) 控訴人
 ア 争点1−@(本件特許発明の構成要件Dにいう「液晶組成物」にエステル基(−COO−)含有化合物を含む液晶組成物が含まれるか)
 (ア) 本件明細書の特許請求の範囲には,「一般式(J)で表される非カイラル化合物」と「一般式(K)又は(L)で表されるカイラル化合物」からなる「液晶組成物」と記載されており,「一般式(J)で表される非カイラル化合物」と「一般式(K)又は(L)で表されるカイラル化合物」のみからなる「液晶組成物」とは記載されていない。「AとBからなる」との文言は,「AとBを用いている」との文言と同義であり,AとB以外の第三成分を排除する意味合いはない。
 (イ) 本件特許発明の構成要件Cは,「シアノ基含有化合物を含まない」と規定しているところ,シアノ基含有化合物も,エステル基含有化合物と同様に,一般式(J),(K)及び(L)のいずれにも含まれていないから,「本件特許発明においては,液晶組成物を構成する非カイラル化合物とカイラル化合物は,それぞれ当該一般式(J)及び同(K),(L)に明示される化合物からしか選択し得ない」(原判決32頁23行ないし25行)というのであれば,構成要件Cは全く意味のないものとなってしまう。構成要件Cを規定した以上,本件特許発明の液晶組成物には,一般式(J),(K)及び(L)以外の第三成分をも含むと解さざるを得ない。

 (ウ) そして,本件特許発明の液晶組成物中にエステル基含有化合物が40%程度まで含まれていても,高い電圧保持率,らせんピッチの延長防止のいずれの点においても作用効果に違いはないのであるから(甲6),本件特許発明の構成要件をすべて満たす以上,被控訴人製品B,F及びHに含まれるエステル基含有化合物は,それぞれ9.6%,15.9%及び21.3%程度であって,主成分はあくまでも一般式(J)の非カイラル化合物であるから,本件特許発明の技術的範囲から外れるものではない。

 イ 争点1−C(構成要件Fの「らせんピッチの精製処理による変化P/P0」の解釈)
 (ア) 液晶組成物から不純物を除去するための精製処理は,製造工程やリサイクル工程などさまざまな場面で必要になるのであり,1度の吸着剤処理で十分な不純物除去ができなかった場合には,2度,3度と繰り返し吸着剤処理をするのは当然のことであるから,「液晶組成物の製造工程において必然的に混入する不純物を除去するための精製処理を行っても,らせんピッチ長が延長しない」(原判決34頁26行ないし35頁2行)液晶組成物を提供するという本件特許発明の目的を達成するためには,本件特許発明の液晶組成物が,どのような場面における吸着剤処理によっても,すなわち,何度目の吸着剤処理であっても,材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないようなものでなければならない。

 (イ) また,被控訴人製品は,本件特許発明の一般式(J)の非カイラル化合物と(K)のカイラル化合物とからなる液晶組成物であり,甲6及び7の実験結果によれば,1度目の吸着剤処理の前後におけるらせんピッチの変化P/P0が1.10より小さいことが合理的に推測されるから,仮に構成要件Fが1度目の吸着剤処理によるらせんピッチの変化を規定したものであるとしても,被控訴人製品は,構成要件Fを充足する。

 ウ 争点1−B(構成要件Eの「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」との解釈〔非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するかどうか〕)
 (ア) 構成要件Eは,「カイラル剤を添加した液晶組成物」からイオン性不純物を除去するための精製処理に際しての,吸着剤に対する吸着性を規定したものであり,精製処理において,液晶組成物全体,すなわち,複数の非カイラル化合物混合物とカイラル化合物からなる材料全体の中で,カイラル化合物が吸着されやすいかどうかという相対的な関係を問題にしている。したがって,構成要件Eの「非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性」とは,非カイラル化合物が多種存在するときは,個々の非カイラル化合物の吸着性を意味するのではなく,非カイラル化合物の混合物の吸着性を意味する。

 (イ) なお,原判決が指摘するように,本件明細書中には,非カイラル化合物の混合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性について何ら測定,対比していない(原判決36頁24行ないし26行)。しかし,らせんピッチはカイラル剤濃度に逆比例するから,「P/P0」は,吸着精製処理前後のカイラル剤濃度の変化(液晶組成物中におけるカイラル化合物の相対的な吸着されやすさ,すなわち,カイラル化合物の吸着性と非カイラル化合物混合物の吸着性との比)にそのまま対応するのであり,本件特許発明は,吸着剤処理等による精製によって材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないことを,「P/P0」で評価しているのであって,「P/P0」を測定し,非カイラル化合物の混合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性について対比しているのである。
 また,原判決は,「非カイラル化合物を複数選択し,混合物とすることは可能である。したがって,(一般式(J)で表される化合物は,それ単独では室温でネマチック液晶の状態にない場合がほとんどであり,)非カイラル化合物は一般的に混合物として用いられるという当業者の技術常識自体は,非カイラル化合物の混合物とカイラル化合物との吸着性を対比すべきとの原告の主張の根拠とはなり得ない。」(原判決37頁7行ないし11行)と判示するが,液晶組成物製造の現場では,まず所望の特性に合うように非カイラル化合物を選択組み合わせた液晶組成物を作った後,最適なカイラル化合物を選択して添加するのであるから,原判決のいうように,単独でも室温でネマチック状態にある非カイラル化合物だけを選択し,特定のカイラル化合物との吸着性の大小を確かめた上で,これらを混合するというのは,およそ非現実的である。
 (ウ) そして,仮に構成要件Eが個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するものであるとしても,個々の化合物の吸着性を定量してこれを比較することまで要求しているとは解されない。本件明細書には,フッ素等のハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基等は,シリカゲル等の吸着剤に対する吸着性が大きくない官能基であると記載されているように,これらの官能基を有する化合物の吸着性を同等としているから,被控訴人製品の具体的な組成を見れば,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも,定性的に「大きくない」と認定することができる。すなわち,例えば,被控訴人製品@は,非カイラル化合物がアルコキシ基を有するもの(No.1ないしNo.7)又はフッ素原子と水素原子のみを有するもの(No.8ないしNo.14)であるのに対し,カイラル化合物がアルコキシ基を有するものであって,本件明細書の上記記載からすれば,いずれも吸着性が大きくないという分類に属し,吸着性は同等であるから,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも,「大きくない」と認定することができる。

 エ 争点2−C(36条4項又は5項違反−構成要件Fの記載不備)
 (ア) 本件特許発明は,液晶組成物を「らせんピッチの精製処理による変化P/P
0」という特性で規定するのであるが,その特性の定義が表す意味自体は明確であり,その測定方法は,明細書の記載と当業者の技術常識から明確である。そして,特許請求の範囲には,25℃という吸着剤処理の条件を明確に定義し,さらに,発明の詳細な説明には,「精製処理は吸着剤を添加した後室温で約24時間撹拌した後,吸着剤を濾別する方法で行った。」との吸着剤処理の具体的記載もある。したがって,当業者であれば,組成物の「らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい」かどうかは,一般式(J)の非カイラル化合物と一般式(K)のカイラル化合物とからなる液晶組成物について吸着実験をすることによって,極めて容易に確認することができるのであって,構成要件Fの記載に不備はない。
 (イ) 原判決は,「P/P0の測定方法が明確であるというためには,本件特許発明の対象である・・・液晶組成物全般において,P/P0の値がシリカゲルの種類や濃度によらず一定であることが客観的に明確でなければならない。」(原判決44頁2行ないし7行)と判示するが,そのように解する根拠はない。P/P0の測定方法は,明細書の記載と当業者の技術常識から明確であって,仮にP/P0の値が吸着剤の種類や濃度によって一定でないというのであれば,P/P0が1.10以上の結果が出る液晶組成物は,本件特許発明の技術的範囲に属しないというだけのことである。
 また,仮にP/P
0の測定方法が明確であるというためには,本件特許発明の対象である液晶組成物全般において,P/P0の値がシリカゲルの種類や濃度によらず一定であることが客観的に明確でなければならないとしても,甲23及び30の実験結果によれば,吸着剤の種類や濃度によらず,P/P0の値はほぼ一致しているから,P/P0の測定方法は明確であるということができる。

 (2) 被控訴人
 ア 争点1−@(本件特許発明の構成要件Dにいう「液晶組成物」にエステル基(−COO−)含有化合物を含む液晶組成物が含まれるか)に対して
 本件特許発明の非カイラル化合物は,一般式(J)で表される非カイラル化合物から複数選択してそれらの混合物とする場合を含むところ,一般式(J)で表される非カイラル化合物には,いくつかの基(シアノ基,エステル基)を含有するものを除き,有用な液晶化合物(非カイラル化合物)のほとんどが包含される。非カイラル化合物の混合物中に,一般式(J)で規定される以外の第三成分としての非カイラル化合物の添加が許されるとすれば,非カイラル化合物の混合物中の非カイラル化合物が限定されず,いかなる非カイラル化合物を選択してもよいということになって,一般式(J)で非カイラル化合物を特定した意味がなくなってしまう。そして,本件特許発明の液晶組成物には,一般式(J),(K)及び(L)以外の第三成分をも含むとしても,本件明細書には,どのような第三成分がどの程度添加されることが許容されるかについて,記載がないから,本件特許発明は容易に実施することができないことになる。したがって,構成要件Cが結果として不要なものとなったとしても,本件特許発明の液晶組成物に,一般式(J),(K)及び(L)以外の第三成分を含むと解することはできない。


 イ 争点1−C(構成要件Fの「らせんピッチの精製処理による変化P/P0」の解釈)に対して
 リサイクル工程において吸着剤処理をすることは,本件明細書に記載がなく,技術常識でもない。また,製造工程において繰り返し吸着剤処理をすることも,本件明細書に記載がなく,技術常識でもない上,仮に製造工程において繰り返し吸着剤処理をすることがあるとしても,その対象は半完成品であり,半完成品に対する吸着剤処理は,それが繰り返される場合には,全体が1度の吸着剤処理を構成するというべきである。また,本件特許発明の液晶組成物が,どのような場面における吸着剤処理によっても,すなわち,何度目の吸着剤処理であっても,材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないようなものでなければならないということについては,本件明細書にその記載がない。


 ウ 争点1−B(構成要件Eの「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」との解釈〔非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するかどうか〕)に対して
 (ア) 本件明細書におけるピッチの変化率の測定は,製造工程における吸着剤処理に伴うピッチの延長のない液晶組成物であるという効果の有無を検証しているのであって,構成要件Eの充足の有無を検証しているのではないから,本件明細書中で,非カイラル化合物の混合物とカイラル化合物の吸着性について対比していないのである。
 (イ) 原判決は,単独でも室温でネマチック状態にある非カイラル化合物だけを選択することを前提とするのではなく,特定のカイラル化合物を念頭において,構成要件Eを充足するように,複数の非カイラル化合物を選択し,これを混合物とすることが可能であると判示したにすぎない。

 (ウ) フッ素等のハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基等の吸着性は,同等とはいえないし,吸着性は,官能基の種類のみならず,分子量によっても左右されるものであるから,被控訴人製品について,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも,定性的に「大きくない」と認定することはできない。

 エ 争点2−C(36条4項又は5項違反−構成要件Fの記載不備)に対して
 (ア) 本件発明の構成要件Fには,吸着剤について何ら限定していないし,また,明細書にも,「シリカゲル50%以上」との記載があるだけで,種類について何ら限定がなく,濃度についても実質的には限定がないのであって,P/P
0の測定方法が明確であるとはいえない。
 (イ) 甲23及び30は,本件特許発明の対象となり得る液晶組成物全般についての実験結果ではなく,また,甲30は,7種類の吸着剤と3つの同族体を含む1種類のベース液晶混合物のホストによる実験結果にすぎないし,甲30の実験例と本件明細書の表4及び5は,吸着剤処理に伴う特性の変化とピッチの延長の程度が吸着剤の濃度に依存していることを明瞭に示している。そして,吸着剤の種類や濃度によらず,P/P
0の値は一定であるというのであれば,そもそも,特許請求の範囲に「重量比1.0%」という限定を加える必要もない。したがって,甲23及び30によっても,液晶組成物全般において,P/P0の値がシリカゲルの種類や濃度によらず一定であるということはできない。

第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,2において,当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。


 2 当審における控訴人の主張について
 (1) 争点1−@(本件特許発明の構成要件Dにいう「液晶組成物」にエステル基(−COO−)含有化合物を含む液晶組成物が含まれるか)について
 ア 控訴人は,本件明細書の特許請求の範囲には,「一般式(J)で表される非カイラル化合物」と「一般式(K)又は(L)で表されるカイラル化合物」のみからなる「液晶組成物」と記載されていないのであって,「AとBからなる」との文言は,「AとBを用いている」との文言と同義であり,AとB以外の第三成分を排除する意味合いはないと主張する。
 確かに,本件明細書の特許請求の範囲には,「下記一般式(J)で表される非カイラルな化合物と,吸着剤に対する吸着性が一般式(J)で表される非カイラルな化合物より大きくない下記一般式(K)または一般式(L)で表されるカイラルな化合物からなり,・・・アクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物」と記載されていて,「一般式(J)で表される非カイラル化合物」と「一般式(K)又は(L)で表されるカイラル化合物」のみからなる「液晶組成物」とは記載されていない。

 しかし,「AとBからなる」との文言は,AとB以外の第三成分を排除する趣旨で使用するのが通常であるから,本件明細書の特許請求の範囲や発明の詳細な説明にAとB以外の第三成分を明示的に加える旨の記載があるなどの特段の事情が認められない限り,「AとBからなる」との文言が「AとBを用いている」との文言と同様にAとB以外の第三成分を排除する意味合いがないと解することはできない。
 そして,本件明細書の特許請求の範囲には,一般式(J)で表される非カイラル化合物について,「・・・X,YおよびZはそれぞれ独立に単結合,−CH
2−CH2−,−OCH2−または−CH2O−を示し,R1およびR2は,それぞれ独立に,H,Cn2n+1−,Cn2n+1O−もしくはCn2n+1−O−Ck2k−(ただし,nおよびkはそれぞれ独立に1ないし18の整数である),またはCn2n-1−,Cn2n-1O−,Cn2n-1−O−Ck2k−,Cn2n-3−,Cn2n-3O−もしくはCn2n-3−O−Ck2k−(ただし,kは上記と同じ,nは2ないし18の整数である)を示し,(n+k)≦18であり,該式における少なくとも一つのH原子はF原子で置換されていてもよい。」と記載されていて,一般式(J)のX,Y,Z,R1,R2の選択肢にはエステル基が記載されていない。また,本件明細書の発明の詳細な説明には,非カイラル剤として,一般式(J)で表されるもの以外のものをさらに混合させることについて何ら記載されていない上,「−CN基やカルボン酸エステル構造を官能基として有する化合物は,得られる液晶素子の電圧保持率を高く維持するという観点からは本発明の非カイラルな成分として不適当である。同様にこれらのCN基やエステル基等の官能基を有するカイラルな化合物は吸着性が大きいために,更にまた電圧保持率の観点からも本発明のカイラルな成分としては一般的に言って望ましくない。」(【0040】),「表3から,式(S)の化合物(判決注:カイラル剤化合物)はエステル化合物であっても混合物Aの成分に比べて著しく大きな分子量を有し吸着性がフッ素系化合物とほぼ同程度であることから本発明の組成物の成分として好ましく用いられる。」(【0044】)と記載されている。これらの記載によれば,本件特許発明の構成要件Dにいう「液晶組成物」には,一般式(J)で表される非カイラル化合物のほか第三成分としてエステル基(−COO−)含有化合物を含むものと解することはできない。
 したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

 イ 控訴人は,本件特許発明の構成要件Cは,「シアノ基含有化合物を含まない」と規定しているところ,シアノ基含有化合物も,エステル基含有化合物と同様に,一般式(J),(K)及び(L)のいずれにも含まれないから,構成要件Cを規定した以上,本件特許発明の液晶組成物には,一般式(J),(K)及び(L)以外の第三成分をも含むと解さざるを得ないと主張する。
 しかし,アのとおり,本件特許発明の「液晶組成物」のうち,一般式(J)で表される非カイラル化合物には,エステル基(−COO−)含有化合物を含まないと解するのが相当であるところ,このように解することと本件特許発明の構成要件Cの内容とが矛盾するわけではない。
 すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明には,「【従来の技術】 従来の液晶表示素子に用いられる液晶組成物には正もしくは負の誘電異方性を発現させるために,末端基または側鎖にCN基を有する化合物がしばしば使用されている。また,広い液晶相温度範囲を得るために,エステル基を分子内に有する化合物がしばしば使用されている。・・・シアノ基(CN基)のような分極性の強い基を有する化合物を用いた液晶材料は誘電異方性についての寄与は大きいものの,これを用いる液晶素子はその消費電流,ひいては表示コントラストについて問題が生じている。この理由については当業者間においても明確に解明されているわけではないが,末端基または側鎖のCN基が表示素子内に存在するイオン性不純物と何らかの相互作用をすることによりその化合物を液晶素子材料に用いた場合にその電流値,比抵抗または電圧保持率ひいては表示のコントラストに悪影響を及ぼしていると考えられている。・・・」(【0001】),「【課題解決するための手段】 ・・・本発明の液晶組成物は,・・・シアノ基含有化合物を含まないことも特徴とする・・・」(【0005】),「−CN基やカルボン酸エステル構造を官能基として有する化合物は,得られる液晶素子の電圧保持率を高く維持するという観点からは本発明の非カイラルな成分として不適当である。同様にこれらのCN基やエステル基等の官能基を有するカイラルな化合物は吸着性が大きいために,更にまた電圧保持率の観点からも本発明のカイラルな成分としては一般的に言って望ましくない。」(【0040】),「比較例2 ・・・カイラル剤化合物fはCN基を有するために吸着性が大きいので,これを使用した比較例2の液晶組成物は,電圧保持率は低く,ピッチ変化率も大きくらせんピッチの延長が生じていることがわかる。・・・」(【0055】)と記載され,これらの記載によれば,シアノ基(CN基)のような分極性の強い基を有する化合物を液晶素子に用いると,消費電流,ひいては表示コントラストについて問題が生じることから,本件特許発明の液晶組成物は,シアノ基含有化合物を含まないことを特徴としたものであるところ,本件明細書の以上の記載に照らすと,「シアノ基含有化合物を含まない」との構成要件Cは,シアノ基含有化合物以外のものを添加することを許容することまでをも規定したということはできない。

 そうであれば,構成要件Cの規定があるとしても,これを根拠に,非カイラル化合物について一般式(J)以外の第三成分をも含むと解することはできない。
 したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
 ウ 控訴人は,本件特許発明の液晶組成物中にエステル基含有化合物が40%程度まで含まれていても,高い電圧保持率,らせんピッチの延長防止のいずれの点においても作用効果に違いはないのであるから(甲6),本件特許発明の構成要件をすべて満たす以上,被控訴人製品B,F及びHに含まれるエステル基含有化合物は,それぞれ9.6%,15.9%及び21.3%程度であって,主成分はあくまでも一般式(J)の非カイラル化合物であるから,本件特許発明の技術的範囲から外れるものではないと主張する。
 控訴人の上記主張は,第三成分を含んでいても,本件特許発明の構成要件をすべて満たし,かつ,作用効果も変わらないのであれば,本件特許発明の技術的範囲に属するとの趣旨であると解される。しかしながら,上記アに判示したように,本件特許発明の「液晶組成物」のうち,一般式(J)で表される非カイラル化合物には,エステル基(−COO−)含有化合物を含まないと解するのが相当なのであるから,エステル基含有化合物を含む被控訴人製品B,F及びHは本件特許発明の構成要件Dを充足しないといわざるを得ない。

 そうすると,控訴人の上記主張は,本件特許発明の構成要件をすべて満たすとの前提(控訴人の平成16年4月26日付け控訴人第1準備書面(控訴理由書)の11頁参照)を欠くことになるから,採用の限りでない。

 (2) 争点1−C(構成要件Fの「らせんピッチの精製処理による変化P/P0」の解釈)について
 ア 控訴人は,「液晶組成物の製造工程において必然的に混入する不純物を除去するための精製処理を行っても,らせんピッチ長が延長しない」(原判決34頁26行ないし35頁2行)液晶組成物を提供するという本件特許発明の目的を達成するためには,本件特許発明の液晶組成物が,どのような場面における吸着剤処理によっても,すなわち,何度目の吸着剤処理であっても,材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないようなものでなければならないと主張する。
 本件明細書の特許請求の範囲には,「ここで,P
0は25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり,Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである」と記載され,また,発明の詳細な説明には,実施例において,P0は,すべて,非カイラル化合物とカイラル化合物とを混合した状態,すなわち,1度も吸着剤処理をしていない状態の組成物についてのらせんピッチとして記載され,Pは,これを吸着剤処理した後の組成物についてのらせんピッチとして記載されている。そして,「P0」のように,記号に「0」の添え字を付ける場合には,初期状態を意味するのが通常であることを併せ考えると,「P/P0」は,精製処理前(未精製状態)のピッチ長と,精製処理後のピッチ長を測定し,その変化率を規定したものと解するのが相当である。なお,控訴人が引用する原判決の判示部分は,液晶組成物の製造工程において必然的に混入する不純物を除去するための精製処理を行っても,精製処理前(未精製状態)に比して,らせんピッチ長が延長しないということを意味するのであって,原判決の上記判示部分が,控訴人の主張を裏付けることにはならない。控訴人の主張は,原判決を正解しないものであって,採用することができない。
 イ 控訴人は,被控訴人製品が,本件特許発明の一般式(J)の非カイラル化合物と(K)のカイラル化合物とからなる液晶組成物であり,甲6及び7の実験結果によれば,1度目の吸着剤処理の前後におけるらせんピッチの変化P/P
0が1.10より小さいことが合理的に推測されると主張する。
 甲6(控訴人社員作成の技術説明書)は,被控訴人製品B,C及びJについて,「本発明と同様に吸着剤による精製処理実験を行った」というものであって,吸着剤添加割合を1.0重量%としたときは,P/P
0が1.00であったことが記載され,また,甲7(控訴人社員作成の吸着剤処理実験報告書)は,甲6の実験に用いた被控訴人製品B及びCについて,さらに,吸着剤添加割合を1.0重量%として,「吸着剤による精製処理を繰り返した」というものであって,2度繰り返しても,P/P0が1.00であったことが記載されている。しかし,上記の実験は,いずれも1度吸着剤処理をした後のものについてしたものであって,これにおいてP/P0が1.10より小さいという結果が得られたとしても,精製処理前(未精製状態)のものについてした吸着剤処理において,P/P0が1.10より小さいとはにわかに推測し難いといわなければならず,他にP/P0が1.10より小さいことを認めるに足りる的確な証拠はない。また,被控訴人製品B,C及びJを除く被控訴人製品については,P/P0が1.10より小さいことを認めるに足りる証拠がない。
 したがって,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件Fを充足するとはいえないのであって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

 (3) 争点1−B(構成要件Eの「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」との解釈〔非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するかどうか〕)について
 ア 控訴人は,構成要件Eは,精製処理において,複数の非カイラル化合物混合物とカイラル化合物からなる材料全体の中で,カイラル化合物が吸着されやすいかどうかという相対的な関係を問題にしているのであって,「非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性」とは,非カイラル化合物が多種存在するときは,個々の非カイラル化合物の吸着性を意味するのではなく,非カイラル化合物の混合物の吸着性を意味すると主張する。

 本件明細書の特許請求の範囲には,「・・・非カイラルな化合物と,吸着剤に対する吸着性が・・・非カイラルな化合物より大きくない・・・カイラルな化合物」と記載され,また,発明の詳細な説明には,「本発明のアクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物は以下の一般式(J)で表される非カイラルな化合物を主成分とし,吸着剤に対する吸着性がこれらの非カイラルな化合物より大きくない下記一般式(K)または一般式(L)で表される光学活性化合物をカイラル剤として含有することを特徴とする。」(段落【0005】),「本発明は,電圧保持率の極めて高い混合物Aの成分化合物ならびにこれと同様に高い電圧保持率を示す化合物の特徴を生かし,かつシリカゲル等の吸着剤に対してこれらの電圧保持率の極めて高い非カイラルな化合物よりも吸着性が大きくないカイラル剤化合物をこれらの非カイラルな化合物に組合わせることにより,吸着剤による精製処理にも好適なカイラルネマチック混合物を提供しようとするものである。」(段落【0041】)と記載されている。そして,原判決が判示するように,化合物と混合物とは明らかに区別されるものであるから,構成要件Eは,非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において,カイラル化合物の吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着性より大きくないことを意味すると解するのが相当である。これと異なる控訴人の上記主張は,採用の限りでない。
 イ 控訴人は,本件特許発明は,吸着剤処理等による精製によって材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないことを,「P/P
0」で評価しているのであって,「P/P0」を測定し,非カイラル化合物の混合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性について対比していると主張する。しかし,「P/P0」に係る構成要件Fは,本件訂正において挿入されたものであるところ,その際の審判請求書(甲3)には,請求の原因として,「この訂正は,・・・特許請求の範囲の減縮を目的とするものです。また,本発明においては好ましくない液晶組成物である比較例1や2において,らせんピッチの変化P/P0が1.10の液晶組成物が示されていることから,本発明においてピッチの変化P/P0が1.10より小さいことを限定することは新規事項の追加に該当するものではありません。」と記載されているにとどまり,構成要件Fを挿入することが,非カイラル化合物の混合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性とを対比することを示唆するような記載はない。そして,原判決が指摘するように,本件明細書中には,非カイラル化合物の混合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性について何ら測定,対比していない。そうであれば,控訴人の上記主張は合理性がなく,採用することができない。
 また,控訴人は,液晶組成物製造の現場では,まず所望の特性に合うように非カイラル化合物を選択組み合わせた液晶組成物を作った後,最適なカイラル化合物を選択して添加するのであるから,原判決のいうように,単独でも室温でネマチック状態にある非カイラル化合物だけを選択し,特定のカイラル化合物との吸着性の大小を確かめた上で,これらを混合するというのは,およそ非現実的であると主張する。しかし,原判決は,一般式(J)で表される化合物が,それ単独では室温でネマチック液晶の状態にない場合がほとんどであり,非カイラル化合物が一般的に混合物で用いられること等が当業者の技術常識であるとしても,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比して,構成要件Eを充足する非カイラル化合物を複数選択し,これを混合物とすることは可能であると判示しているのであって,単独でも室温でネマチック状態にある非カイラル化合物だけを選択して,構成要件Eを充足するものを混合すると判示しているのではない。原告の上記主張は,原判決を正解しないか,又は独自の見解に基づくものであって,採用の限りでない。

 ウ 控訴人は,本件明細書の記載からすれば,フッ素等のハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基等を有する化合物の吸着性を同等としているから,被控訴人製品の具体的な組成を見れば,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも,定性的に「大きくない」と認定することができると主張する。
 確かに,本件明細書の発明の詳細な説明には,「式(J)で表される化合物は,分子内にシリカゲル等の吸着剤に対する吸着性が大きくない官能基(例えばフッ素等のハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基等)のみを有するものである。」(段落【0028】)と記載されている。しかし,平成2年11月5日発行の社団法人日本化学会編「第4版実験化学講座1 基本操作J」294頁(甲27)には,「保持の大きさは資料の親水性に依存し,親水性官能基が多いほど保持は大きくなる。シリカゲルを用いた場合,官能基による保持の大きさは以下に示す通りである。−Cl<−H<−OCH
3<−NO2<−N(CH3)2<−COOCH3<−OCOCH3<−C=O<−NH2<−NHCOCH3<−OH<−CONH2<−COOH」と記載されているのであって,ハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基のシリカゲルに対する吸着性は同等であるということはできない。また,本件明細書の発明の詳細な説明には,「表3から,式(S)の化合物(判決注:カイラル剤化合物)はエステル化合物であっても混合物Aの成分に比べて著しく大きな分子量を有し吸着性がフッ素系化合物とほぼ同程度であることから本発明の組成物の成分
として好ましく用いられる。」(段落【0044】)と記載されており,この記載によれば,吸着剤に対する吸着性は,官能基の種類だけによって決定されるのではなく,分子量によっても決定されることが認められる。このように,本件明細書の上記記載で例示されているハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基のシリカゲルに対する吸着性は同等でなく,また,化合物の分子量によっても異なるものであるから,本件明細書に上記のような記載があるとしても,これをもって,分子内にこれらの官能基(ハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基)のみを有する化合物の吸着剤に対する吸着性を同等のものとして扱うこととしたと理解することはできないといわざるを得ない。したがって,被控訴人製品の具体的な組成において,非カイラル化合物及びカイラル化合物が,例えばフッ素等のハロゲン原子,水素原子,アルコキシ基等を有するものであるとしても,これをもって,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも,定性的に「大きくない」と認定することはできないものであって,控訴人の上記主張は,採用の限りでない。

 (4) 争点2−C(36条4項又は5項違反−記載不備)について
 ア 控訴人は,当業者であれば,組成物の「らせんピッチの精製処理による変化P/P
0が1.10より小さい」かどうかは,一般式(J)の非カイラル化合物と一般式(K)のカイラル化合物とからなる液晶組成物について吸着実験をすることによって,極めて容易に確認することができるのであって,構成要件Fの記載に不備はないと主張する。
 しかし,本件明細書の特許請求の範囲には,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/P
0が1.10より小さい・・・液晶組成物」「(ここで,P0は25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり,Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである。」と記載されているところ,発明の詳細な説明には,「次ぎに,例をあげて本発明を説明する。・・・混合物Aにカイラル剤として・・・・(化合物aと略称する)を1重量%混合して本発明であるカイラルネマチック液晶混合物A−1を調整する。・・・比較のため,・・・・(化合物bと略称する)を1重量%混合物Aに混合してカイラルネマチック液晶混合物A−2を調整した。・・・・カイラルネマチック液晶混合物A−1およびA−2に吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)を混合物重量に対してそれぞれ1.0%,3.0%・・添加して処理した後,25℃においてそのらせんピッチPを測定し,らせんピッチの精製処理による変化をP/P0にて表1に示す。精製処理は吸着剤を添加した後室温で約24時間攪拌した後,吸着剤を濾別する方法で行った。」(段落【0036】)と記載されているにとどまり,吸着剤中のシリカゲルの種類,その具体的含有比率(純度),シリカゲル以外の具体的構成成分及び液晶組成物に対する実質的な吸着成分の添加割合など,吸着剤処理に用いる吸着剤を特定するに足りる記載はない。そうすると,発明の詳細な説明を参酌しても,なお,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい」との構成要件Fによって,本件特許発明の対象である液晶組成物の範囲を確定することはできないといわなければならない。したがって,本件特許発明の構成要件Fに関して,本件明細書の特許請求の範囲には,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」を記載したということはできないから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
 イ 控訴人は,P/P0の測定方法は,明細書の記載と当業者の技術常識から明確であって,本件特許発明の対象である液晶組成物全般において,P/P0の値がシリカゲルの種類や濃度によらず一定であることが客観的に明確でなければならないと解する根拠はなく,また,仮にP/P0の値が一定であることが客観的に明確でなければならないとしても,甲23及び30の実験結果によれば,吸着剤の種類や濃度によらず,P/P0の値はほぼ一致しているから,P/P0の測定方法は明確であると主張する。
 しかし,構成要件Fは,原判決が判示するように,「らせんピッチの精製処理による変化P/P
0」という特性に基づき,この値が「1.10より小さい」という特定の値になることをもって,本件特許発明の対象である液晶組成物の範囲を特定しようとしたものであるところ,上記アに判示したように,本件明細書には,吸着剤処理に用いる吸着剤を特定するに足りる記載はないのであるから,このような本件明細書に基づき,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい」との構成要件Fにより,本件特許発明の対象である液晶組成物の範囲を確定するというためには,本件特許発明の対象である液晶組成物全般において,P/P0の値が吸着剤の種類や濃度によらず一定でなければならないと解さざるを得ない(なお,控訴人は,P/P0の値が吸着剤の種類や濃度によって一定でないというのであれば,P/P0が1.10以上の結果が出る液晶組成物は,本件特許発明の技術的範囲に属しないというだけのことであると主張するが,P/P0の値が吸着剤の種類や濃度によって一定でないのであれば,そもそも,本件特許発明の技術的範囲に属する液晶組成物とそうでない液晶組成物とを明確に区別することができないのであるから,控訴人の上記主張には合理性がない。)。
 そして,甲23(控訴人社員作成の吸着剤処理実験報告書)及び30(控訴人社員作成の吸着剤処理実験報告書−P/P
0の値に与える吸着剤組成の影響−)の実験結果において,吸着剤の種類や濃度によらず,P/P0の値はほぼ一致しているということができるとしても,このことから,P/P0の値が吸着剤の種類や濃度によらず一定である,すなわち,吸着剤の種類や濃度を具体的に定めなくても,P/P0が1.10より小さいという要件を満たす液晶組成物とこれを満たさない液晶組成物とを常に明確に区別することができるとまではいうことができない。しかも,仮にP/P0の値が吸着剤の種類や濃度によらず一定であるということができるのであれば,構成要件Fにおいて,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤」とあえて規定する必要も,理由もないといわなければならない。
 したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

第4 結論
 以上のとおりであって,被控訴人の請求は理由がなく,棄却されるべきものである。したがって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がなく,棄却されるべきものである。

  東京高等裁判所知的財産第4部

         裁判長裁判官    塚  原  朋  一

            裁判官    塩  月  秀  平

            裁判官    高  野  輝  久