H17. 4.13 東京地裁 平成16(ワ)17735 商標権 民事訴訟事件

平成16年(ワ)第17735号 商標権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日 平成17年2月18日
            判        決
      原       告    アポロ出版株式会社
      同訴訟代理人弁護士    塚田成四郎
      同補佐人弁理士      金倉喬二
      被       告    株式会社ニューズ出版
      同訴訟代理人弁護士    原哲男
      同            白川敬裕
      同補佐人弁理士      神保欣正
            主        文
  1 被告は,別紙標章目録(1)記載の標章を付した雑誌等の印刷物を発行及び販売してはならない。
  2 訴訟費用は被告の負担とする。

            事 実 及 び 理 由
第1 請求
 主文同旨
第2  事案の概要
 本件は,登録商標「レガシィクラブ」を有する原告が,「Club LEGACY」の表題で雑誌を発行している被告に対し,商標権侵害を理由として同標章を付した雑誌等の印刷物の発行等の差止めを求めた事案である。
 1 前提事実
 (1) 本件商標権
 原告は,次の商標権を有している(以下「本件商標権」といい,その登録商標を「本件商標」という。)。
  出願日 平成8年8月6日
  登録日 平成10年4月10日
  登録番号 第4134397号
  商品区分及び指定商品 第16類 印刷物
  登録商標 別紙商標目録記載のとおり
(争いのない事実)
 (2) 被告誌(指定商品の同一)
 被告は,平成12年12月9日から,別紙標章目録(1)記載の標章(以下「被告標章」という。)を表紙に付した雑誌(以下「被告誌」という。)を1年に4回発行して販売している。被告誌は,A株式会社製造の自動車「レガシィ」に関する雑誌である。

(争いのない事実)
 (3) 原告誌の発行
 原告は,別紙標章目録(2)記載の標章(以下「原告標章」という。)を表紙に付した雑誌(以下「原告誌」という。)を発行して販売している。原告誌も,自動車「レガシィ」に関する雑誌である。
(争いのない事実)
 2 争点
 (1) 本件商標と被告標章との類否
 (2)  本訴請求と権利濫用
 3  争点に関する当事者の主張
 (1) 本件商標と被告標章との類否
  ア  原告の主張
  (ア) 外観
  a 被告標章は,ClubとLEGACYが一直線上に配置されておらず,二段に重ねられて表示されており,一見したところClub LEGACYなのかLEGACY Clubなのか判然としないが,「クラブ・レガシィ」とカタカナで書かれている部分を有している。
  b 本件商標と被告標章の外観を比較すると,両者は,クラブとレガシィの順番が逆になっているだけである。

  c したがって,本件商標と被告標章とは,外観において類似している。
  (イ) 称呼
  a 本件商標から,「レガシィクラブ」の称呼が生じる。
  b 被告標章から,「クラブレガシィ」の称呼が生じる。
  c 「レガシィクラブ」と「クラブレガシィ」とは,時間の経過によりどちらがどちらだったのかが判然としなくなる。したがって,本件商標と被告標章とは,称呼において類似している。
  (ウ) 観念
  a 本件商標から,「レガシィのクラブ」,「レガシィの会」の観念が生じる。
  b 被告標章から,「レガシィのクラブ」,「レガシィの会」の観念が生じる。
  c したがって,本件商標と被告標章とは,観念において同一である。
  d 後記被告の主張(ウ)cは否認する。
  (エ) 取引の実情
  a 後記被告の主張(エ)は否認する。

  b 類似性の判断は,外観,称呼,観念のいずれか1つが類似であれば類似の商標と判断されるとするのが原則であり,例外的に,3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか又は取引の実情等によって商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては,類似商標とされないところ,本件では,例外的場合に当たることを示す事情はない。
  (オ) まとめ
 よって,本件商標と被告標章とは,外観及び称呼において類似し,観念において同一であるから,本件商標と被告標章とは類似している。
  イ 被告の主張
  (ア) 外観
  a 原告の主張(ア)aのうち,被告標章は「クラブ・レガシィ」とカタカナで書かれている部分を有していることは認め,その余は否認し,b及びcは否認する。
  b 本件商標は,カタカナで「レガシィクラブ」と等大,等書体,等間隔にて一連に横書きした構成となっているのに対し,被告標章は,ローマ字で「LEGACY」と配するとともに,その左端に「C」の文字を主題とした図形を配し,上段に上記「LEGACY」とは異なる筆記体にて小さく「Club」と配した構成となっているもので,言語,字体,配置,図形の有無等がことごとく異なり,非類似である。

 また,「クラブ・レガシィ」とカタカナで書かれている部分は,取次店,販売店等の便宜のために付された振り仮名で,極めて小さいものであるから,外観の対比に当たり,意味を持たない。
  (イ) 称呼
  a 原告の主張(イ)a及びbは明らかに争わない。同cは否認する。
  b 「レガシィクラブ」と「クラブレガシィ」との間には,呼び方ないし発音上の紛らわしさがなく,聴覚上商品の混同を起こすおそれがないから,称呼は類似していない。
  (ウ) 観念
  a 原告の主張(ウ)aないしcは否認する。
  b 「レガシィクラブ」と「クラブレガシィ」は,いずれも一体不可分の語として一義的な観念を把握し難い造語であり,これらの語から「レガシィの会」などという観念は生じない。
 仮に「レガシィクラブ」から「レガシィの会」という観念が想起されるとしても,愛好会の名称として「クラブ」という用語を使う場合,「○○クラブ」と名付けるのが一般的であり,「クラブ○○」とは名付けないのであるから,少なくとも「クラブレガシィ」から「レガシィの会」という観念は想起されない。

  c 禁反言の原則違反
 「レガシィ」又は「LEGACY」は,A株式会社の先願登録商標であるところ,本件商標の登録が認められたのは,「レガシィクラブ」が「レガシィ」と「クラブ」に分離されない一体の結合商標として捉えられ,「レガシィクラブ」と一体不可分にのみ称呼,観念される特定の意味を生じない一種の造語であると判断されたことによる。このような経緯によって登録された商標登録であるにもかかわらず,原告が本訴において「レガシィクラブ」を「レガシィ」と「クラブ」に分離観察して被告標章との類似性を主張することは,禁反言の原則に反する。
  (エ) 取引の実情
 原告誌及び被告誌は,いずれも自動車「レガシィ」の愛好者という極めて限定された需要者を対象とするものであるから,これら愛読者にとって,両雑誌の出所の混同ないし誤認をもたらすようなおそれは全くない。

  (オ) まとめ
  a 原告の主張(オ)は否認する。
  b 本件商標と被告標章とは,外観が著しく相違し,称呼は完全に異質であり,観念においても全く類似していない。さらに,取引の実情を考慮すると,商品の出所を誤認混同するおそれは全く認められない。
 (2) 本訴請求と権利濫用
 ア 被告の主張
 (ア) 被告は,平成12年12月9日から被告標章の付された被告誌を刊行していたところ,原告は,被告誌が巻を重ねた後である平成15年12月28日以降,あえて本件商標に類似する原告標章を使用して原告誌を出版し,被告誌と混同を生じさせた。そのため,本件商標権は,商標法51条1項により取消しを免れない。
  (イ) 原告が明らかな取消事由を有する本件商標権に基づき被告標章の使用差止めを求めることは,権利の濫用として許されない。

 イ 原告の主張
 被告の主張は否認する。
第3  当裁判所の判断
 1 本件商標と被告標章との類否について
 (1) 外観
  ア 本件商標
 前記前提事実のとおり,本件商標は,カタカナで「レガシィクラブ」と等大,等書体,等間隔にて一連に横書きした構成となっている。
  イ 被告標章
 前記前提事実のとおり,被告標章は,アルファベットで「L」を「E」以下の各文字の約1.3倍程度の大きさにして「LEGACY」と配するとともに,その左端にアルファベットの「C」の文字を変形したと看取される大きな図形を配し,上段に「EGACY」の約2分の1の大きさで筆記体にて「Club」と配し,前記図形の下方に黒地に白抜きのカタカナ文字で「クラブ・レガシィ」と小さく横書きした構成となっている。
 この構成によれば,視覚的に取引者・需要者の注意を引くのはアルファベット及び図形部分であり,図形下方の「クラブ・レガシィ」の部分は,取引者・需要者の注意を引く部分ではないと認められる。

  ウ 本件商標と被告標章の外観を比較すると,両者は,言語,字体,配置,図形の有無により,取引者・需要者に与える印象等を異にし,外観が異なるというべきである。これに反する原告の主張は,採用することができない。
  (2) 称呼
  ア 本件商標から「レガシィクラブ」の称呼が生じること及び被告標章から「クラブレガシィ」の称呼が生じることは,被告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。
  イ 本件商標と被告標章の称呼を比較すると,両者は,いずれも「レガシィ」及び「クラブ」の語を結合して成る称呼であり,その順序が逆になっているにすぎない。このため,時と場所を異にして取引者・需要者が両標章の称呼に接した場合,その出所を誤認混同する可能性は少なからず存するものと見るのが相当であり,本件商標と被告標章とは,称呼において類似する。これに反する被告の主張は,採用することができない。

  (3) 観念
  ア 英語辞書によれば,「LEGACY」は,「遺産」「遺物」等の意味を有する英語であるが,平均的な語学力を有する取引者・需要者が直ちにその正確な意味を想起し得るほどに認知された語であると認めることはできない。しかしながら,本件商標の指定商品の取引者・需要者を基準とすれば,本件商標からは,多少本来の意味からずれたものであるとしても,「伝統」等の意味又は雰囲気を有する語として理解され,「レガシィのクラブ」ないし「レガシィの会」といった伝統ある又は高貴な雰囲気を有する集まりとの観念が生ずるものと認められる。
 なお,弁論の全趣旨によれば,自動車「レガシィ」は,その購入者に限らず自動車に多少なりとも関心を有する者に広く認知された車種であると認められ,本件商標から,自動車「レガシィ」の愛好者の集まりが観念されると考える余地もないではないが,本件商標の指定商品は,あくまで「印刷物」であり,「自動車レガシィに関する印刷物」とは限定されていないこと,「COROLLA CLUB」であれば,自動車カローラの愛好者の集まりとの観念が生ずると見ることが可能であるが,これは,「COROLLA」は英単語としてさほど認知された語ではないのに対し,自動車名としては極めて著名であるからであると考えられることを考慮すると,本件商標から,自動車「レガシィ」の愛好者の集まりとの観念が生ずるものとまで認めることはできない。

  イ 被告標章も,同様に「レガシィのクラブ」ないし「レガシィの会」といった伝統ある又は高貴な雰囲気を有する集まりとの観念が生ずるものと認められる。
  ウ したがって,本件商標と被告標章とは,観念において同一である。これに反する被告の主張は,採用することができない。
  エ 被告は,原告が本訴訟において「レガシィクラブ」を「レガシィ」と「クラブ」に分離観察して被告標章との類似性を主張していることをもって禁反言の原則に反する旨主張するけれども,本件商標の登録に至る経緯において,原告が自ら「レガシィクラブ」を一体不可分にのみ称呼,観念される一種の造語である旨主張したことを認めるに足りる証拠はないから,この点の被告の主張は,採用することができない(なお,先願登録商標であるA株式会社の「LEGACY」商標との関係では,本件商標権の登録は無効であると解する余地があるとしても,既に5年の除斥期間(商標法47条)が経過しており,その登録の無効を請求することはできない。そのような地位にある本件商標権に基づき,A株式会社の「LEGACY」商標ではなく,本件商標に極めて類似したものといわざるを得ず,被告の主張によっても本件商標権の登録後に使用を開始した被告標章の使用の差止めを求めることが禁反言の原則に反するとか,権利の濫用に当たるものと解することはできない。)。

  (4) 取引の実情
  ア 前記前提事実のとおり,本件においては,原告誌及び被告誌は,いずれも自動車「レガシィ」に関する雑誌であり,そのため自動車「レガシィ」の愛好者を需要者とするという事情がある。このような自動車「レガシィ」の愛好者であれば,「クラブ」が前に付いた被告標章と「クラブ」が後ろに付いた本件商標とを混同することがないものと認めるべき理由はない。
  イ 被告は,原告誌及び被告誌の需要者は自動車「レガシィ」の愛好家という極めて限定された者であることを理由に,需要者に出所の誤認混同を生じさせるおそれはない旨主張するけれども,自動車「レガシィ」の愛好家であることと,類似した標章を付した自動車「レガシィ」を取り扱う雑誌の出所につき誤認混同するおそれがないこととの関連について説得的な説明はないから,この点の被告の主張は,理由がない。

  (5) まとめ
 以上のとおり,本件においては,本件商標と被告標章とは,外観は類似しないものの,称呼は類似し,観念は同一であり,また,取引の実情を考慮しても出所の誤認混同を生じるおそれを少なくする事情があるとはいえない。したがって,被告標章は本件商標に類似するものと認められる。
 2 本訴請求と権利濫用について
 被告は,商標法51条1項により取消しを免れない本件商標権に基づく被告標章の使用差止請求は権利濫用として許されない旨主張するけれども,原告誌(甲3)への原告標章の使用が被告誌(甲2)との混同を生じさせるものであること,及びそれが原告の故意によるものであることを認めるに足りる証拠はない。
 よって,原告の本訴請求が権利濫用として許されない旨の被告の抗弁は理由がない。
 3 結論
 以上より,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。


    東京地方裁判所民事第40部

        裁判長裁判官      市  川  正  巳

           裁判官      杉  浦  正  樹

           裁判官      ョ     晋  一