H17. 1.31 東京高裁 平成16(行ケ)219 商標権 行政訴訟事件

平成16年(行ケ)第219号 審決取消請求事件 (平成16年10月27日口頭弁論終結)
  判          決
  原        告     ケントレーディングブレイン株式会社
  訴訟代理人弁護士      森徹
  被        告    ロレックス・ソシエテ・アノニム
  被        告    コメックス・ソシエテ・アノニム

  両名訴訟代理人弁護士    加藤義明
  同             町田健一
  同             木村育代
  同      弁理士    アインゼル・フェリックス=ラインハルト
  同             山崎和香子
          主          文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
                事 実 及 び 理 由
第1 請求
   特許庁が無効2003−35192号事件について平成16年4月5日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯

     原告は,「COMEX」の欧文字を横書きしてなり,指定商品を第14類「時計,時計の部品及び付属品」とする登録第4145349号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は,平成8年12月16日に登録出願され,平成10年3月10日に登録査定され,同年5月15日に設定登録がされた。
   被告らは,平成15年5月14日,原告を被請求人として,本件商標の登録無効審判を請求した。特許庁は,同請求を無効2003−35192号事件として審理し,平成16年4月5日,「登録第4145349号の登録を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。
 2 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件商標の登録を認めることは,著しく社会的妥当性を欠き,商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないものであり,公正な競業秩序を乱し,ひいては国際信義に反するものであって,公の秩序を害するおそれがあり,本件商標は,商標法4条1項7号に該当するから,その登録は無効とすべきであると判断した。

第3 原告主張の審決取消事由
 1 取消事由1(請求人適格の欠如)
     審決は,「コメックス社(注,被告コメックス・ソシエテ・アノニム,以下『被告コメックス社』という。)が『COMEX』の商標を用いて業務を行っていることが認められるから,コメックス社が自己の商標と同一といえる本件商標の登録の無効を主張することには十分な理由があり,コメックス社は本件審判請求について利害関係を有している」(審決謄本8頁第1段落)と判断したが,誤りである。被告コメックス社の役務と本件商標の指定商品との間には何ら関連性がなく,また,同社は我が国において営業活動を行っておらず,営業活動を行う予定もない上,本件商標の指定商品と同一又は類似の商品について「COMEX」,「comex」の商標登録出願を行う予定もない。したがって,被告コメックス社には,本件商標の登録無効審判を請求することにつき利害関係はないというべきであり,同被告の請求人適格を肯定した審決は誤りである。

 2 取消事由2(審決の理由不備)
   審決は,本件商標の商標法4条1項7号該当性の判断に当たり,「2 無効事由について」の(1)ないし(7)に記載の事実(審決謄本8頁第3段落〜9頁第3段落)を認定した上,「以上の事実によれば,本件商標の登録出願前には既に,『COMEX』の商標は,時計とりわけダイバーズウォッチの取引者,需要者間においては相当程度広く認識されていたというべきであり,かつ,被請求人(注,原告)は,ロレックス社(注,被告ロレックス・ソシエテ・アノニム,以下『被告ロレックス社』という。)の『ROLEX』商標を付した時計の周知著名性を熟知していたと同時に,コメックス社の存在,ロレックス社とコメックス社との関係,『ROLEX』商標と『comex』商標との関係,両商標を付した時計の存在及びその時計が需要者の人気を博していることも熟知していたというべきである。そうすると,被請求人は,請求人(注,被告ら)の『comex』商標が,我が国において登録出願されていないことを奇貨として,同商標と社会通念上同一の本件商標を請求人に無断で先取り的に出願して登録を受けたものといわざるを得ない。ところで,商標法の目的が,『商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護すること』(同法1条)にあることに照らして,同法による商標の保護が,産業の健全な発達及び需要者の利益を損なうようなものであってはならず,同法第4条第1項第7号にいう『公の秩序又は善良の風俗』も,このような観点から解すべきであって,商標の使用が,社会の一般的倫理的観念に反するような場合や,それが,直接に,又は商取引の秩序を乱すことにより,社会公共の利益を害する場合においても,当該商標は同号に該当するものとして,登録を受けられないものと解さなければならない(東京高等裁判所,平成11年(行ケ)第394号事件,平成12年5月8日判決参照)。これを本件についてみるに,被請求人の上記行為に基づく本件商標の登録を認めることは,著しく社会的妥当性を欠き,商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないものであり,公正な競業秩序を乱し,ひいては国際信義に反するものであって,公の秩序を害するおそれがあるものというべきである」(審決謄本9頁第4段落〜最終段落)と判断した。しかしながら,審決は,本件商標の登録出願につき,どのような点が「社会的妥当性を欠く」のか,何をもって「商標法の予定する秩序」,「公正な競業秩序」,「国際信義」とするのか等を何ら明確にしておらず,結論を先行させた直感的,恣意的な判断に基づき,本件商標が商標法4条1項7号に該当すると判断したものであるから,理由不備の違法がある。
 3 取消事由3(商標法4条1項7号の解釈適用の誤り)
 (1) 審決の「被請求人(注,原告)の上記行為に基づく本件商標の登録を認めることは,著しく社会的妥当性を欠き,商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないものであり,公正な競業秩序を乱し,ひいては国際信義に反するものであって,公の秩序を害するおそれがあるものというべきである」(審決謄本9頁最終段落)との判断は,商標法4条1項7号の解釈適用を誤っている。本件商標は,商標の構成それ自体が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある」ものに該当しないことはもとより,その使用が「社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するような場合」(商標審査基準)に該当するものでもない。本件商標は,以下に述べるとおり,過去の判決例で商標法4条1項7号該当性が認められた事例のいずれにも当てはまらないものである。

   ア  「COMEX」,「comex」の商標が周知・著名商標ではないこと
      被告コメックス社は,フランス共和国マルセイユで設立された潜水専門会社であり,その業務について「COMEX」,「comex」の商標を使用しているが,我が国において,広く知られているとはいえず,また,その業務について使用する「COMEX」,「comex」の商標も我が国において周知ではない。
     商標法4条1項7号に関しては,我が国でも周知・著名なイタリアのサッカーチーム名の略称「ユベントス」に類似する商標を同号に該当するとした判決(東京高裁平成11年3月24日判決),世界的に著名な画家である故サルバトール・ダリを想起させる「ダリ/DARI」の商標が遺族等の承諾なく商標登録された事案で,同商標を同号に該当するとした判決(東京高裁平成14年7月31日判決)等があるが,本件商標は周知・著名商標ではないから,本件は,上記判決例に見られるような周知・著名な名称のひょう窃という事案ではない。

    イ 不公正な方法による競争阻害,妨害事案ではないこと
     被告コメックス社がこれまで,「COMEX」又は「comex」の商標を付した腕時計を販売した事実はない。被告ロレックス社製の時計に同社の「ROLEX」の商標(以下「『ROLEX』商標」という。)と「comex」の商標の両者を付したもの(以下,両商標が付されている場合を「ROLEX/comexダブルネーム」という。)は,一般の需要者向けには製造販売されておらず,被告コメックス社の従業員である深海ダイバーらに無償で貸与されるものであって,ダイバーらは,被告コメックス社を退職する際には,これを返却することとされている。また,その製造数量も200ないし300個にすぎず,一般需要者への流通は予定されていないものである。「ROLEX/comexダブルネーム」の時計(「サブマリーナー(SUBMARINER)」及び「シードゥエラー(SEA−DWELLER)」の二つのモデルがある。なお,「サブマリーナー」は「サブマリーナ」と表記されることもあり,以下では,引用文も含めて「サブマリーナ」と表記を統一する。)は,被告ロレックス社が被告コメックス社に対して深海用腕時計の性能を試験するために提供し,その使用者であるダイバーらか

らの報告等を得ることにより更なる製品の改良,開発に役立てたという過去の経緯と,製造量の少なさから,一部マニアの間で噂となっているものにすぎない。今後,被告ロレックス社が「COMEX」又は「comex」の商標を付した時計を販売することは,過去の経緯と希少性を自ら否定することにつながるから,そのようなことは考えられない。
     以上のような事情があるから,本件商標の登録は,「母衣旗」(ほろはた)事件(東京高裁平成11年11月29日判決),「DUCERAM」(ドゥーセラム)事件(東京高裁平成11年12月22日判決)における事案とは異なり,被告コメックス社との競争を阻害するものでないことはもとより,被告ロレックス社との間の競争を阻害するものでもない。
   ウ 「COMEX」,「comex」が社会公共性を有する名称ではないこと

     「COMEX」,「comex」は,商標中に政府刊行物と紛らわしい「白書」の文字を含むことを理由に「社会公共の利益を害する」とされた「企業市民白書」事件(東京高裁平成12年5月8日判決)の事案とは異なり,社会公共性を有する名称ではない。
 (2) 以上のとおり,審決は,商標法4条1項7号を過度に拡大して解釈適用したものであって,誤りである。    
第4 被告らの反論
   審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(請求人適格の欠如)について
   被告コメックス社は,その業務について「COMEX」,「comex」の商標を使用している。被告ロレックス社が被告コメックス社に提供する時計には,「ROLEX」の商標とともに「comex」の商標が付されており,それらの時計は,現実に市場に流通している。被告コメックス社は,当該商標をその業務に使用しているから,それと同一の商標を被告コメックス社と全く関係のない原告が使用することに対して利害関係を有するのは当然である。また,当該商標は,被告コメックス社を表すものとして被告ロレックス社の時計に付されていたのであるから,それと同一の商標を,腕時計の輸入販売及び製造販売を行う原告が使用することに対して,被告コメックス社は重大な利害関係を有する。したがって,審決が被告コメックス社の請求人適格を肯定したことに誤りはない。

 2 取消事由2(審決の理由不備)について
   審決は,(1)「ROLEX」商標の世界的な周知・著名性,(2)被告コメックス社がその業務について「COMEX」,「comex」の商標を使用していること,(3)ダイビング用時計の開発における被告ロレックス社と被告コメックス社との関係,被告ロレックス社の時計の広告に,被告コメックス社のダイバーが被告ロレックス社の時計を使用し,潜水に耐え得ることがうたわれていること,及び被告ロレックス社が被告コメックス社に提供する時計には,「ROLEX」商標と共に「comex」の商標が付されていること,(4)原告は,被告ロレックス社の時計を輸入販売するとともに,「(原告は)日本におけるCOMEXWATCHの正規オフィシャルライセンサーです。国内における全てのCOMEXロゴ入り時計の販売は,当社の許可が必要です」等の説明をして,被告ロレックス社の時計の文字盤に「COMEX」ロゴ入れ加工を行う旨を時計の写真付きで広告していること,(5)原告は,自己の時計の広告において,「世界最高峰の深海調査技術をもつcomex(コメックス)」に言及し,「ケントレーディング(注,原告)はcomexロゴ時計の正規オフィシャルライセンスを取得している」と説明していること,(6)原告は,自ら取り扱うダイバーズウォッチについて,被告ロレックス社の「ROLEX/comexダブルネーム」時計に酷似したデザインを施し,酷似した態様・方法で「PRO−LEX」及び「comex」の両商標を付して販売していること,(7)原告は,被告らからの警告に対する返答書において,「フランスの潜水探査会社『コメックス社』とは何の関係もございません」と述べていることを認定(審決謄本8頁第3段落〜9頁第3段落)した上,これらの認定事実に基づき,「被請求人(注,原告)は,請求人(注,被告ら)の『comex』商標が,我が国において登録出願されていないことを奇貨として,同商標と社会通念上同一の本件商標を請求人に無断で先取り的に出願して登録を受けたもの」(同9頁第4段落)であると判断し,「被請求人(注,原告)の上記行為に基づく本件商標の登録を認めることは,著しく社会的妥当性を欠き,商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないものであり,公正な競業秩序を乱し,ひいては国際信義に反するものであって,公の秩序を害するおそれがある」(同頁最終段落)として,本件商標の商標法4条1項7号該当性を肯定しているから,その判断の理由に不備な点はなく,また,判断自体も極めて正当である。
 3 取消事由3(商標法4条1項7号の解釈適用の誤り)について
 (1) 本件商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当することは,以下の事実により,根拠付けられる。
   ア 本件商標の登録出願前に,被告らの「COMEX」,「comex」の商標は,時計とりわけダイバーズウォッチの取引者,需要者間において,相当広く認識されていた。
     被告コメックス社は,世界最大規模の潜水専門会社であり,海洋開発の第一線で活躍する世界的に有名な会社である。被告コメックス社と被告ロレックス社の間には,1972年(昭和47年)に締結した契約に基づく協力関係があり,被告コメックス社が被告ロレックス社から提供される深海用時計をダイバーらに使用させ,その使用結果を被告ロレックス社に報告し,被告ロレックス社は,その使用結果の報告を更なる製品の改良,開発に役立てるという関係が続いてきた。被告ロレックス社が被告コメックス社に提供する時計には,「ROLEX」商標とともに「comex」の商標が付されており,それらの時計は,被告ロレックス社が一般の需要者向けに販売したことはないが,現実に市場に流通し,需要者に人気を博している。「comex」の商標は,上記時計の存在とその人気により,時計,とりわけダイバーズウォッチの取引者,需要者間に相当程度広く認識されており,その認識の程度は,周知・著名に極めて近いということができる。

     被告ロレックス社の腕時計を紹介する書籍,雑誌は数多く存在するが,それらの書籍,雑誌では,同社のダイバーズウォッチを紹介する際,需要者に人気のある「ROLEX/comexダブルネーム」の時計が写真入りで紹介されたり,シードゥエラーというモデルが被告コメックス社の協力で誕生した経緯が詳細に説明されたりしている。  
   イ  原告は,被告ロレックス社と被告コメックス社の関係,「ROLEX」商標と「comex」の商標の関係,両商標を付した時計の存在及びその時計が需要者の人気を博していることを熟知していた。
   ウ 原告は,本件商標の登録後,被告ロレックス社製ダイバーズウォッチ(サブマリーナ及びシードゥエラー)に「COMEX」のロゴを入れるロゴ入れ加工サービスを提供し,また,「comex」,「COMEX」の商標の付された腕時計の製造販売を行った。それらの広告において,原告は,被告コメックス社とは何ら関係がないにもかかわらず,「ケントレーディングは,日本におけるCOMEXWATCHの正規オフィシャルライセンサーです」,「ケントレーディングブレインはcomexロゴ時計の正規オフィシャルライセンスを取得している」(乙10,12)などと説明している。

     このような説明は,原告が「COMEX」の商標を時計に付する承諾を被告ロレックス社又は被告コメックス社から得ているという印象を強く需要者に与え,原告と被告コメックス社との間に何らかの関係があると誤認させるおそれが大きい。このことは,被告らの名声を毀損し,商標を希釈化するだけでなく,需要者の利益をも害するものである。
   エ 原告は,「comex」の名声にフリーライドして,利益を得ている。 すなわち,原告は,「comex」の商標を付した腕時計を自ら製造販売したが,その広告には,「コメックスといえば世界的に有名なフランスの海底探査会社。この会社で採用したロレックスのサブマリーナやシードゥエラーとのダブルネームでも有名」(乙9),「世界最高峰の深海調査技術をもつcomex(コメックス)。・・・深海ダイビングの技術のほとんどを開発したといってもよい最先端企業だ。comexで育てられた深海作業の第一人者たちは,卒業時にROLEXにcomexのダブルネームが入った時計を与えられるが,その時計は現在,時計マニアにとってたまらなく欲しいモデルとして,何と150万円以上の値段がついている」(乙10,12),「ダイバーズウォッチ・ファンの垂涎の的あのcomexとのWネーム」(乙10,12)等と記載することにより,「comex」商標の名声を印象付け,その商標を付した時計の人気を強調することによって,需要者に対し,原告の製造販売する腕時計の購買意欲をあおっている。原告が被告らの名声にフリーライドして自らの商品を販売していることは明らかであり,本件商標の登録出願は,被告らの顧客吸引力を利用する意図でされたものである。
     原告は,また,被告ロレックス社製のダイバーズウォッチに「COMEX」のロゴを入れるサービスを提供し,このサービスにより,人気の高い「ROLEX/comexダブルネーム」のダイバーズウォッチの外観が作出されることを認識した上で,18万円という高額の対価を受け取っていた(乙9)。「ROLEX/comexダブルネーム」は,そのダブルネームを付した時計が世界的に有名な潜水会社の従業員によって使用されたという事実と,深海における潜水に耐えてなお正確に時を刻み続けるという性能の高さの証であり,被告らの信用と名声を表すものである。原告の上記行為は,被告らの信用を毀損し,希釈化させるものであって,原告の本件商標権取得によって,公正な商取引の秩序が破壊されることは明らかである。

 (2) 商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある」商標とは,当該商標の使用が,社会の一般的倫理観念に反するような場合や,それが直接に,又は商取引の秩序を乱すことにより,社会公共の利益を害する場合を含むと解される(東京高裁平成12年5月8日判決)ところ,上記(1)の一連の事実にかんがみれば,原告は,「COMEX」,「comex」の商標が時計について日本で登録出願されていないことを奇貨として,これらの商標と社会通念上同一の本件商標を被告らに無断で先取り的に出願して登録をしたというべきであり,その行為が著しく社会的妥当性を欠くことは明らかである。また,原告の行為により,被告コメックス社と原告との間に何らかの関係があると需要者に誤認されるおそれがあることや,原告の製造販売する時計と被告ロレックス社の「ROLEX/comexダブルネーム」の時計とが需要者に誤認混同されるおそれがあることにかんがみれば,原告の行為は,被告らの業務上の信用を毀損し,希釈化するとともに,需要者の信頼も損なうことになるから,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あ
わせて需要者の利益を保護する」(商標法1条)という商標法の予定する秩序に反するというべきである。さらに,上記(1)エのようなフリーライド行為は,公正な競争秩序を乱すものである上,被告らが世界的に有名な企業であることにかんがみれば,国際信義にも反するものである。
第5 当裁判所の判断
 1 前提となる事実 
   当事者間に争いのない事実と証拠(乙1〜20)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
 (1) 被告ロレックス社は,世界的に有名な時計メーカーであり,同社がその時計について使用している「ROLEX」商標は,世界的に著名な商標であって,我が国においても著名である。
    被告コメックス社は,1961年(昭和36年)にフランス共和国マルセイユで設立され,海洋開発に向けての研究開発,深海作業等を業務とする,海洋開発の分野では有名な海底探査会社である。被告コメックス社は,その業務について「comex」及び「COMEX」の商標を使用している。

 (2) 被告ロレックス社と被告コメックス社とは,被告ロレックス社が被告コメックス社に深海用時計を提供し,被告コメックス社からその使用結果の報告を得ることにより,更なる製品の改良,開発を行うこと等を内容とする契約を1972年(昭和47年)に締結した。同契約に基づいて,被告ロレックス社が被告コメックス社に提供したサブマリーナ及びシードゥエラーには,「ROLEX」商標とともに「comex」,「COMEX」の商標が付されている。それらの腕時計は,「ROLEX」商標と「comex」,「COMEX」の商標の双方が付されているところから,「コメックスのダブルネーム(Wネーム)」,「コメックスモデル」などと呼ばれている。
    なお,被告ロレックス社製の「ROLEX/comexダブルネーム」の時計において,文字盤に付される「comex」の商標は,横長矩形白地枠内に「comex」の文字を表した形態(以下,この形態のものを「『comex』ロゴ」という。)である。

 (3) 時計関連の書籍,雑誌には,「ROLEX/comexダブルネーム」の由来や,被告ロレックス社のサブマリーナ,シードゥエラーの開発経緯に関連して,次のような記述がある。
   ア 平成4年2月15日ワールドフォトプレス発行の雑誌「モノ・マガジン」別冊2−15「世界の腕時計」NO.9(乙4)には,「ロレックス・サブマリーナ 誰も知らないサブマリーナを発見」との表題の下に約30頁にわたり,サブマリーナからシードゥエラーに至る深海用ダイバーズウォッチの開発経緯と,これに被告コメックス社が多大な貢献をしたことが紹介され,「特別仕様モデルは作らないはずのロレックスが作った,ある特殊潜水作業会社専用の特別仕様のサブマリーナを発見した・・・その会社の名前はコメックス。マルセイユにある,資源探査から軍事目的にいたるまで,あらゆる深海探査を行う世界最大級の潜水会社だ。発見したコメックス専用サブマリーナにはヘリウムガス抜きバルブがつき,コメックスのロゴと特殊な番号が記されていた」,「ロレックス・シードゥエラー4000のコメックス・バージョン。文字盤にコメックスのロゴ,裏蓋にロレックスとコメックスの名前,さらに特別な数字が刻まれている。コメックスの深海ダイバーたちに支給されるもので,当然,生産個数は非常に限られている。おそらく2〜300個だろう。・・・マニアの間で噂になっていた時計だ」,「世界最先端をいくコメックスが支えるプロ・ダイバー用腕時計の開発 噂のロレックス・サブマリーナのコメックス・ダイバー仕様は,・・・ロレックスが特別にコメックスのために作った時計である・・・コメックスはフランスのマルセイユを本拠とする,世界最大の潜水会社だ。・・・世界的組織であるコメックス・マルセイユはロレックス社と特約を結び,ダイビング用時計とクロノメーターはすべてロレックス社製を使用することとなった」などと記載されている。
   イ 平成4年11月20日ワールドフォトプレス発行の雑誌「世界の腕時計」NO.12(乙5)には,「ロレックスの歩み」と題する特集記事の1960年代の頁に,サブマリーナ誕生の歴史が述べられ,「ROLEX/comexダブルネーム」のサブマリーナの写真とともに,「フランスの潜水会社コメックス社に向けた特別製造モデル。・・・特殊な機能を搭載している。生産個数は200とも300ともいわれる。コメックスのダイバーも退職時には返却しなくてはならない」との説明が付されている。

   ウ 平成8年世界文化社発行の雑誌「Begin」8月号(乙1)には,各種ロレックスが商品写真,価格,取扱い店の情報と共に掲載された中に,「イチ押し」として,「ROLEX/comexダブルネーム」のシードゥエラーが写真入りで掲載され,「旧型モデルの追求は王道だけど,少しハズシワザということで,現行モデルの希少な『コメックス』仕様なんかを狙うのもいかが?」,「'90年代製の『コメックス』モデル。・・・98万円。ケントレーディング・ブレイン・・・※『コメックス』とは,フランスにある世界最大の潜水専門の会社名である」との記述がある。
   エ 平成10年1月20日グリーンアロー出版社発行「ロレックス・マスターブック」(乙6)には,サブマリーナ及びシードゥエラーに関する記事中に,「1971年に610m防水のプロ用ダイバーズウォッチとして生まれたシードゥエラー。誕生の背景には,コメックスという潜水会社の存在があった」,「フランスの潜水専門会社コメックスの協力を得て,新しいプロ用ダイバーズウォッチを完成させた。このモデルはシードゥエラー(海の居住者)と名づけられ,・・・」との記述があり,また,「ROLEX/comexダブルネーム」のサブマリーナの写真に,「サブマリーナの市販モデルは最高でも300m防水だが,コメックス仕様は600m防水。・・・初期のシードゥエラー並みの機能が備えられたモデルだ」との説明が付されている。

   オ 平成10年10月1日グリーンアロー出版社発行「ロレックス・マスターブックK」(乙7)には,「SEA−DWELLER」の表題で,被告コメックス社と被告ロレックス社の関係が1頁にわたって紹介され,「ROLEX/comexダブルネーム」のシードゥエラーの写真の下に,「4000フィート防水モデルのコメックスバージョン。・・・コメックスのダイバーに支給されるもので,当然数も限られており,貴重。性能,機能に違いはないが,希少価値からアンティーク市場では非常に高値が付いている」との説明が付されている。
   カ 平成11年世界文化社発行の雑誌「時計Begin」春号(乙2)には,各年代の「スポーツロレックス」が紹介され,1970年代の項に,「70年代から潜水会社コメックス社とのWネームモデル・・・が登場する」,「シードはサブの進化形として誕生。・・・71年,コメックス社の協力によって開発された。水深610mの防水性を誇る」との記述がある。

   キ 平成12年ワニブックス発行の雑誌「COOL TRANS」2月号(乙3)には,「憧れだけじゃ終わらせなくない。いつかは欲しいレアモデルたち!」との見出しの下に,「'98年製シード(Ref.16610)」(価格150万円),「ヘリウム排出バルブがあるサブ。Ref.5514」(価格150万円)として,「ROLEX/comexダブルネーム」のシードゥエラー及びサブマリーナの写真が掲載され,「エスケープバルブの開発に貢献した『コメックス』別注モデル ロレックスのダイバーズウォッチの開発に技術的なフィードバックで多大な貢献をしたのが,仏の潜水会社『コメックス』。そのために同社のダイバーたちに支給されたのが,いわゆるコメックスモデルだ。本来なら市場に流出しないはずの,希少価値の高いモデルなのだ」との説明が付されている。
   ク 平成12年12月20日アポロ出版発行の雑誌「月刊ブランドBargain Men’s」12月号(乙20)には,「レアサブマリーナのいろいろ 潜水専門会社コメックスとのWネーム」と記載されている。
   ケ 平成14年6月19日立風書房発行の雑誌「一冊まるごと『ロレックス』」Vol.3(乙18)には,シードゥエラーの現行モデルを紹介する半頁大の誌面中に,「こんなレアモデルも!!」と題して,「シードゥエラーをロレックスと共同開発した,フランスの潜水専門会社コメックスのWネームモデル。コメックスはサブのWネームが有名だが,希少性ではこちらが上」との説明とともに「ROLEX/comexダブルネーム」のシードゥエラーの写真が掲載されている
   コ 平成14年4月20日ベストセラーズ発行「腕時計王」Vol.12(乙17)には,「伝説の腕時計 不滅の『逸話』集 ロレックスシードゥエラー 世界最大の潜水探査会社コメックスと共同開発された」との見出しの下に,「・・・潜水専門会社コメックス社と共同で,・・・ついに“ガス・エスケープバルブ”の開発に成功し,サブマリーナに搭載したのだ。・・・さらなる改良を加えて610m防水性能を持つ“シードゥエラー”が'72年ついに完成する。その後も性能を高め,'91年に1220m防水を誇る現行モデルへと昇華させた」などの記述がある。

   サ 平成14年8月20日ベストセラーズ発行の雑誌「腕時計王」別冊ロレックス完全読本Vol.4(乙15)には,「フランスの総合潜水専門会社コメックスとの共同開発でガス・エスケープバルブ 搭載したのがシードゥエラーだ!」,「さて,この進化版サブマリーナであるシードゥエラーは,フランスの潜水専門会社コメックス社との共同開発によって実現したモデルとして広く知られている」との記述がある。
     シ 平成14年10月15日ベストセラーズ発行の雑誌「腕時計王」Vol.14(乙16)には,「なぜシードゥエラーが誕生したのか?・・・『フランスの潜水専門会社のコメックス社とヘリウムガスを排出するガス・エスケープバルブを開発して腕時計に搭載したのが,シードゥエラー誕生のきっかけです』」,「なぜコメックスモデルは市場で売られていないのか?コメックス社所属ダイバーの標準装備品がシードゥエラー サブやシードの文字盤に,デカデカとコメックスというロゴが入ったモデル。実はこのモデル,非常に入手が困難なレアものなのだ。『コメックス・ロゴ入りのサブやシードは,ロレックス社と共同でガス・エスケープバルブを開発したコメックス社に所属するダイバーに貸与される装備品なんです』(銀座ケントレーディングオーナーA)」などの記述がある。

   ス 平成15年6月27日立風書房発行「一冊まるごと『ロレックス』」Vol.5(乙19)には,「有名なロレックスの著書もある,日本でもおなじみのイギリスの大御所ディーラー,ジェームス・ダウリング」の取材記事中に,「誤植ではない!600m表記のコメックス」の小見出しの下に,「レアモデル」として,「サブマリーナ・コメックス Ref.1665」の写真が掲載されている。
  (4)  原告は,その代表者が「スポーツロレックスのモデルチェンジを事情通が大予測!」と題する上記(3)カの雑誌記事(乙2)に登場し,また,平成10年発行の雑誌「時計Begin」秋号(乙9)中に「スポーツロレックス専門店としてファンの多い,ケントレーディングブレイン」と紹介されるなど,ロレックス時計を専門に扱う時計の輸入・販売業者である。上記(3)ウ(乙1),シ(乙16)などの時計雑誌に掲載された各種ロレックス時計の商品広告には,掲載商品の取扱い店として,「ケントレーディング」(注,原告の略称)が表示されている。

 (5) 原告は,平成10年に,「PRO−LEX」のブランド名のダイバーズウォッチ(以下,この時計を「プロレックス」という。)を発売した。プロレックスの文字盤は,被告ロレックス社のダイバーズウォッチに採用されているエクスプローラー文字盤と同一の形態である。また,プロレックスの文字盤には,「ROLEX」商標の字体と酷似した字体を用い,「PRO」の文字と「LEX」の文字に間にごく短いハイフン「−」を入れた「PRO−LEX」の商標及び「comex」の商標が付されている。プロレックスにおける両商標の配置は,「ROLEX/comexダブルネーム」のサブマリーナ及びシードゥエラーにおける「ROLEX」商標と「comex」ロゴの配置と同一であり,プロレックスの文字盤に付された「comex」の商標は,「comex」ロゴに酷似している(乙9,10,12)。
    同じころ,原告は,「R・X・W(ロックス ウォッチ)」の名称でも,上記プロレックスと同様の全体形状で,文字盤に「comex」ロゴと酷似する商標を付した時計(文字盤に「PRO−LEX」の代わりに「R・X・W」の商標が付されている点がプロレックスと異なる。)を発売した(乙11)。
 (6) 時計,ダイビング関連の雑誌及び原告作成のパンフレットには,原告が発売したプロレックス及びR・X・Wについて,次のような記事(PRを含む。)がある。
   ア 平成10年世界文化社発行の雑誌「時計Begin」秋号(乙9)には,「オリジナルブランドの『プロレックス』が誕生」として,「comex」ロゴと酷似したロゴの付されたプロレックスの写真とともに,その紹介記事が掲載され,「スポーツロレックス専門店としてファンの多い,ケントレーディングブレイン。・・・オリジナルウォッチを発売するという快挙に出た。・・・文字盤は何とエクスプローラーJで,イナズマ針にデカリューズがしっかり鎮座。しかもそのブランド名は『PRO−LEX』で,モデル名が『SUBPRO』。おまけにペットネームが『comex』とくれば,もうロレックス・オールスター集合モデルだ」,「ネーミングのポイント・・・comex コメックスといえば世界的に有名なフランスの海底探査会社。この会社で採用したロレックスのサブマリーナやシードゥエラーとのダブルネームでも有名だが,潜水用具としての商標登録はされているものの,正式に時計の商標としてはケントレーディングが国内のオフィシャルライセンスを取得している(商標登録NO−4145349号)」,「スペックのポイント 風防  '80年代中期以前の旧タイプのスポーツロレックスに使用されているドーム型のアクリル風防を採用している。・・・リューズ リューズは,'50年代後期に登場したサブマリーナRef.6538,いわゆるジェームズ・ボンドモデルを彷彿させる直径8mmのデカリューズである。・・・裏ぶた ねじ込み式の裏ぶたには,国内で商標登録している『comex』の文字が刻印されている」などの記述がある。
     また,同誌のPR頁には,「創業以来,ロレックスを延べ10000本以上の業務販売実績を誇るケントレーディング。・・・オーナーのA氏・・・に,・・・まったく新しいコンセプトの『PRO−LEX』について語ってもらった」,「『PRO−LEX』はなぜ他ショップより安くできるのでしょうか? 海外へ年10回以上,オーナーである私が直接仕入れに行っています。・・・国内外の卸業社まかせの他ショップが,同じ価格と内容のロレックスを仕入れようとしても,たぶん出来ないと思います」などと記載されている。さらに,【COMEX商標利用権取得記念】との小見出しの下に,被告ロレックス社製の「ROLEX/comexダブルネーム」時計の正面写真及び裏面写真とともに,「幻のWネーム『COMEX』ロゴがあなたの時計(シードウエラー・サブマリーナ)に蘇る。限定100本でCOMEXバージョン・加工サービスをお受けします。ケントレーディングは,日本におけるCOMEXWATCHの正規オフィシャルライセンサーです。国内における全てのCOMEXロゴ入り時計の販売は,当社の許可が必要です。商標登録第4145349号・・・COMEXロゴ&刻印加工 180,000円」などの記載がある。
   イ 平成11年7月10日水中造形センター発行の雑誌「Marine Diving」NO.322(乙10)には,「COMEX PRO−LEX SUBPRO」と商品名を記し,写真を大きく掲載した広告中に,「20世紀最後を飾る究極のダイバーズウォッチ誕生。裏蓋に刻印されるネームは『comex 2000』。・・・ダイバーズウォッチ・ファンの垂涎の的あのcomexとのWネーム。・・・いま,ケントレーディングブレインからリリース」,「2000年の正式販売(予価68,000円)に先駆け特別価格(49,800円)にて販売いたします」,「販売店募集中」などと記載されている。
     また,同誌には,「こだわりを突き詰めたオリジナルウォッチ」との標題で,原告の時計プロレックスの写真とともに,「スポーツロレックス専門店〈ケントレーディングブレイン〉のAオーナーは・・・Aさんのこだわりが,オリジナルブランド『PRO−LEX』」(商標登録済み)のダイバーズウォッチ『SUBPRO』を生みだした。ロレックス人気スポーツモデルの魅力を凝縮し,世界最高峰の海洋調査会社COMEXのロゴが刻印された逸品だ」との文章があり,裏ぶたの写真の横に,「裏ぶた ねじ込み式の裏ぶたには『ケントレーディング』が国内で商標登録しているCOMEXの文字を刻印」との説明,「comex」ロゴの写真の下に「スーパープロだけに許されるCOMEXのダブルネーム フランスの海洋調査開発会社であり,世界最高峰の深海調査技術をもつcomex(コメックス)。・・・comexで育てられた深海作業の第一人者たちは,卒業時にROLEXにcomexのダブルネームが入った時計を与えられるが,その時計は現在,時計マニアにとってたまらなく欲しいモデルとして,何と150万円以上の値段がついている。なお,ケントレーディングブレインはcomexロゴ時計の正規オフィシャルライセンスを取得している。商標登録第4145349」との説明がある。
   ウ 原告のホームページ(平成13年3月1日時点のもの,乙12)には,「PRO−LEX SUBPRO」のタイトルで,「comex」ロゴと酷似したロゴを文字盤に付した時計の写真が掲載され,「・・・究極のダイバーズウォッチが誕生。裏蓋に刻印されるネームは『comex2000』・・・さらにダイバーズウォッチ・ファンの垂涎の的あのcomexとのWネーム」などの説明がある。
   エ 原告の「R・X・W」のパンフレット(乙11)には,文字盤に「comex」ロゴと酷似した標章を付した「サブプロ」のモデル名のスポーツウォッチ(価格48,000円)が写真入りで掲載されている。
  (7) 原告は,被告ロレックス社及び被告コメックス社の代理人らが同代理人ら作成の平成11年9月1日付け「警告書」と題する内容証明郵便(乙13)により,原告に対し,「comex」の商標を付したプロレックスの販売及び被告ロレックス社製時計への「COMEX」表示の刻印行為の中止等を求めたのに対し,同月16日付けの返答書(乙14)において,「当社の『COMEX』商標(第4145349)は時計類(第14類)にて商標登録されており同類での使用の権利を特許庁より認められております。フランスの潜水探査会社「コメックス社」とは何の関係もございません。個人の所有する時計に個人的な楽しみの為の当社登録商標(時計類)である『COMEX』のロゴ入れ加工は現在,注文を受け付けておりませんし,以後も考えておりません」などと回答した。

 2 取消事由3(商標法4条1項7号の解釈適用の誤り)について
 (1) 上記1の(1),(2)に認定した事実によれば,被告ロレックス社のサブマリーナ及びシードゥエラーは,時計とりわけダイバーズウォッチの取引者,需要者の間で,広く知られていたと認めることができる。
    また,同(3)によれば,サブマリーナからシードゥエラーに至る技術開発の過程に世界最高峰の潜水技術を持つ海洋開発会社と評される被告コメックス社が貢献したこと,被告コメックス社のダイバーのために提供された被告ロレックス社製のダイバーズウォッチには,「ROLEX」商標とともに被告コメックス社の「comex」,「COMEX」の商標が付されていることは,時計雑誌の中でしばしば紹介されているから,遅くとも本件商標の登録査定時には,「ROLEX/comexダブルネーム」時計の存在,及びそこに付された「comex」,「COMEX」の商標の由来は,我が国において,時計一般の取引者,需要者の間で周知であったとまではいえないが,少なくともダイバーズウオッチの取引者,需要者の間では,相当程度広く認識されていたと認められる。そして,本件商標の登録後も,時計雑誌やロレックスを扱う業者の商品広告等の中で,「ROLEX/comexダブルネーム」時計が被告コメックス社のダイバーらによって深海作業で使用されたという由来が,同時計の高性能と信頼性を示すものとして繰り返し説明されていることからすれば,「comex」,「COMEX」の商標は,深海作業に耐える被告ロレックス社のダイバーズウォッチの高い機能と信頼性の証となっていたということができる。被告ロレックス社のサブマリーナ及びシードゥエラーの中でも,「ROLEX/comexダブルネーム」を付したものには,150万円程度の高価格が付いており,「ROLEX/comexダブルネーム」時計の人気の高さと名声を物語っている。
  (2) 一方,原告は,上記1(4)のとおり,ロレックス専門の時計の輸入・販売業者であり,本件商標の登録出願前から,被告ロレックス社のダイバーズウォッチに付された「comex」,「COMEX」の商標の由来はもとより,同商標を付した「ROLEX/comexダブルネーム」のダイバーズウォッチが時計愛好家の間で希少品として珍重されている事情についても,熟知していたことが明らかである。

    そうすると,原告による本件商標「COMEX」の登録出願は,被告ロレックス社の「ROLEX/comexダブルネーム」時計の人気及び「comex」,「COMEX」の商標が被告ロレックス社製ダイバーズウォッチの高い性能と信頼性の証とされていることを熟知していた原告が,我が国において「時計,時計の部品及び付属品」を指定商品とする「comex」,「COMEX」の商標登録がされていなかったことを奇貨として,被告ロレックス社に無断で先取り的に出願したものといわざるを得ない。
 (3) また,原告は,本件商標について,設定登録を受けた数か月後に,自ら発売したダイバーズウォッチ「プロレックス」の広告を時計雑誌に掲載しており,その広告には,上記1の(6)アのとおり,「comex」ロゴと酷似したロゴを付したプロレックスの写真とともに,「コメックスといえば世界的に有名なフランスの海底探査会社。・・・ロレックスのサブマリーナやシードゥエラーとのダブルネームでも有名だが,・・・正式に時計の商標としてはケントレーディングが国内のオフィシャルライセンスを取得している」と記載され,また,別の広告には,上記(6)のイ,ウのとおり,「ダイバーズウォッチ・ファンの垂涎の的あのcomexとのWネーム」,「世界最高峰の海洋調査会社COMEXのロゴが刻印された逸品」などと記載されている。原告の販売するプロレックスについてのこのような説明が,被告コメックス社及び「ROLEX/comexダブルネーム」時計を想起させ,そこで使用されている「comex」,「COMEX」の商標の名声を印象付けることによって,原告の販売するプロレックスに対する需要者の購買意欲を刺激しようとしているものであることは明らかである。しかも,原告の時計プロレックスの文字盤に付された「comex」のロゴは,本件商標「COMEX」そのものではなく,被告ロレックス社の「ROLEX/comexダブルネーム」時計に付されている「comex」ロゴと酷似したものであり,同時計の文字盤に付された「PRO−LEX」の商標と「comex」のロゴとの配置関係や文字盤のデザイン等の全体的な形態が,被告ロレックス社の上記時計と酷似していることは上記1の(5)のとおりである。これらの点を総合考慮すると,原告は,プロレックスの販売について,被告ロレックス社製の時計に付される「comex」,「COMEX」が持つ高いイメージを連想させることによって,被告ロレックス社のダイバーズウォッチの名声にただ乗りすることを図っているものといわざるを得ない。
    さらに,原告のプロレックスの宣伝(上記1の(6)ア)に,「コメックスといえば世界的に有名な海底探査会社」として,被告コメックス社への言及がされ,「正規のオフィシャルライセンス」等の文言が用いられていることは,原告の販売する時計プロレックスが被告ロレックス社の承認の下に製造販売されているとの誤った印象を需要者に与える可能性が高く,被告ロレックス社製ダイバーズウォッチに使用される「comex」,「COMEX」の商標の信用を毀損するとともに,需要者の利益に反するものである。

    加えて,原告は,同じ広告の中で,【COMEX商標利用権取得記念】と銘打って,「幻のWネーム『COMEX』ロゴがあなたの時計(シードゥエラー・サブマリーナ)に蘇る」として,ロレックス社製シードゥエラー及びサブマリーナに18万円で「COMEX」のロゴ入れ加工をすることを宣伝しているが,これは,希少品として高価格で取引される「ROLEX/comexダブルネーム」時計と紛らわしい外観の商品を作出する行為であって,偽物の流通につながりかねない危険をはらんでいる。しかも,原告は,その広告の中で,「注:他のブランドネーム(ティファニー・カルチエ・ets)は違法につき出来ません」と断っており,同様の行為が他のブランドの時計については違法であることを認識しつつ,被告ロレックス社のサブマリーナ及びシードゥエラーに「COMEX」のロゴ入れ加工をすることを,原告が有する本件商標「COMEX」の商標登録によって正当化し,法的問題のないことを需要者に対しアピールしているのである。その一方で,原告は,同業他社に対しては,「国内における全てのCOMEXロゴ入り時計の販売は,当社の許可が必要です」として,同様のロゴ入れ加工や「COME
Xロゴ入り時計」の販売を牽制しているのであって,これらは,著しく社会的妥当性を欠く行為というべきである。
  (4) 以上のとおり,原告による本件商標「COMEX」の商標登録出願は,出願の経緯及び商標登録後の原告の行為に照らし,被告ロレックス社製の「ROLEX/comexダブルネーム」時計の人気及び「comex」,「COMEX」の商標が被告ロレックス社製ダイバーズウォッチの高い性能と信頼性の証とされていることを熟知しながら,我が国において「時計,時計の部品及び付属品」を指定商品とする「COMEX」の商標登録がされていなかったことを奇貨として,先取り的にされたものであり,その商標登録出願に基づいて登録された本件商標「COMEX」を原告の販売する時計に使用すれば,需要者の誤認を招くばかりでなく,そのただ乗り的使用によって,「comex」,「COMEX」の商標について形成された被告ロレックス社の信用が毀損され,また,本件商標「COMEX」が原告の販売する比較的廉価なダイバーズウォッチに使用されれば,ごく少数のサブマリーナ及びシードゥエラーにのみ使用されることによって希少性と名声を保っている「comex」,「COMEX」の商標が希釈化され,その価値が損なわれることになることは明らかである。加えて,原告は,「comex」の商標の付されていない被告ロレックス社製の時計に「COMEX」のロゴ入れ加工を独占的に行うことを正当化する理由として,本件商標「COMEX」が原告の登録商標であることをうたっている。以上のような諸事情を総合考慮すれば,本件商標の登録を容認することは,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護する」(商標法1条)という商標法の予定する秩序に反するものというべきであり,このような観点から見て,本件商標は,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるものとして,その登録が許されるべきものではない。
    したがって,本件商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。

 3 取消事由2(審決の理由不備)について
   原告は,審決に理由不備の違法があると主張するが,審決は,審決謄本8頁から9頁にかけて(1)から(7)の事実を認定した上で本件商標が商標法4条1項7号に該当すると判断しており,上記2に判示したところに照らし,審決の理由に不備がないことは明らかである。
   したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
 4 取消事由1(請求人適格の欠如)について
     原告は,被告コメックス社には,本件商標の登録無効審判の請求人適格がないのに,審決はこれを肯定した誤りがあると主張する。しかしながら,被告コメックス社がその業務について「comex」,「COMEX」の商標を使用していること,被告ロレックス社が被告コメックス社に提供する時計には「ROLEX」の商標とともに「comex」,「COMEX」の商標が付されており,それらの時計は,一般需要者に対する販売を予定したものではないが,ダイバーズウォッチとして現に市場に流通していることなどの諸事情に照らすと,被告コメックス社が被告ロレックス社と共同して本件商標の登録無効審判を請求することについて,何らの利害関係も有しないということはできず,被告コメックス社の請求人適格を肯定した審決の判断に誤りはないというべきである。

   したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
 5 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。


       東京高等裁判所知的財産第2部


          裁判長裁判官     篠  原  勝  美

                       裁判官     古  城  春  実
               
                       裁判官     岡  本     岳