◆H17. 2.24 東京高裁 平成16(行ケ)256 商標権 行政訴訟事件
平成16年(行ケ)第256号 審決取消請求事件
平成16年11月24日口頭弁論終結
判 決
原 告 三共株式会社
訴訟代理人弁理士 浅村皓,浅村肇,小池恒明,岩井秀生,宇佐美利二
被 告 鶴原製薬株式会社
訴訟代理人弁理士 中野収二
主 文
特許庁が無効2003ー35289号事件について平成16年4月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
(本判決においては,審決や書証等の記載を引用する場合も含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。また,書証を摘示する場合には,枝番を特定しない限り,すべての枝番を含むものとする。)
第1 原告の求めた裁判
主文同旨。
第2 事案の概要
本件は,原告が,後記本件商標を有する被告に対し,本件商標が商標法4条1項11号及び15号に違反して登録されたものであるとして,同法46条1項に基づいて本件商標登録を無効とすることを求める審判を請求したところ,審判請求は成り立たないとの審決をされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件商標(甲1,2)
商標権者:被告(鶴原製薬株式会社)
本件商標:「メバスロリン」のカタカナ文字と「MEVASROLIN」の欧文字を上下二段に横書きしてなるもの
指定商品:第5類「薬剤」
登録出願日:平成12年6月30日
出願査定日:平成13年5月14日
設定登録日:平成13年6月22日
登録番号:第4483686号
(2) 本件手続
審判請求日:平成15年7月11日(無効2003−35289号)
審決日:平成16年4月28日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成16年5月11日(原告に対し)
2 審決の理由の要旨
(以下,理解の便宜上,審判手続における証拠番号の前には「審判」を付し,「請求人」は「原告」,「被請求人」は「被告」と読み替えるなどした。)
(1) 審決は,現在も有効に存続し,いずれも商標権者を原告とする以下の登録商標を引用商標とした(審決にならい,以下の各商標を総称して「引用商標」という。)。
ア 商標:「メバロチン」のカタカナ文字を横書きしてなるもの
指定商品:第1類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤,医療補助品」
登録出願日:昭和61年1月20日
設定登録日:昭和63年5月26日
登録番号:第2049558号
イ 商標:「MEVALOTIN」の欧文字を横書きしてなるもの
指定商品:第1類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤,医療補助品」
登録出願日:昭和61年1月20日
設定登録日:昭和63年8月29日
登録番号:第2069627号
ウ 商標:別紙1に表示したとおりの構成よりなるもの
指定商品:第1類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤,医療補助品」(なお,平成14年4月17日に,第5類(第5類の指定商品は薬剤を含む。)等に属する商標登録原簿記載のとおりの商品に書換登録がなされた。)
登録出願日:平成元年10月27日
設定登録日:平成4年8月31日
登録番号:第2448922号
エ 商標:別紙2に表示したとおりの構成よりなるもの
指定商品:第1類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤,医療補助品」(なお,平成14年4月17日に,第5類(第5類の指定商品は薬剤を含む。)等に属する商標登録原簿記載のとおりの商品に書換登録がなされた。)
登録出願日:平成元年10月27日
設定登録日:平成4年8月31日
登録番号:第2448923号
(2) 審決は,本件商標と引用商標を対比し,商標法4条1項11号(類似商標)に関する原告の主張について,以下のとおり,判断した。
「本件商標は,「メバスロリン」の称呼を生ずるのに対し,他方,引用商標は,「メバロチン」の称呼を生ずるものである。この称呼の認定においては,当事者間に争いはない。
そこで,本件商標より生ずる「メバスロリン」の称呼と引用商標より生ずる「メバロチン」の称呼を比較するに,両称呼は,前者が6音構成,後者が5音構成からなり,語頭の2音において「メバ」,前者の第4音と後者の第3音において「ロ」及び末尾音において「ン」の音を共通にし,第3音において「ス」の音の有無及び前者の第5音と後者の第4音において「リ」と「チ」の音の差異を有するものである。
そうして,「メバスロリン」と「メバロチン」の称呼は,語頭2音において「メバ」の音を共通にするとしても,第3音以下において「スロリン」と「ロチン」という顕著な音構成,音数の差異を有するものであるから,両称呼の「ス」の音の有無及び「リ」と「チ」の音の差異が両者の全体の称呼に及ぼす影響は大きく,造語よりなる両称呼の発音において,その発音のアクセントが常に一定の特定した個所に位置付けられるか否かは断定し難いが,両者をそれぞれ一連に称呼する場合であっても,該差異音は明瞭に聴取され,全体の語調,語感が著しく相違し,互いに聴き誤るおそれはないものと判断するのが相当である。
さらに,本件商標と引用商標は,外観及び観念において,相紛れるおそれのあるものとする理由は見当たらない。
そうとすれば,本件商標と引用商標とは,その称呼,外観及び観念のいずれの点においても,非類似の商標といわざるを得ない。」
(3) 審決は,商標法4条1項15号(混同を生じるおそれ)に関する原告の主張について,以下のとおり,判断した。
「原告の提出した審決甲11〜16,23〜32によれば,原告は,商品「高脂血症薬剤」(動脈硬化用薬剤)に使用している引用商標を本件商標の登録出願前から,各種雑誌に継続して宣伝広告していることが認められる。そして,その商品の売上高,市場占有率,広告宣伝費等よりすれば,原告の引用商標は,本件商標の登録出願時には取引者・需要者間において広く認識され,周知・著名商標に至っていたものであり,その周知・著名性は本件商標の登録査定時においても継続していたものと認め得るものである。しかしながら,引用商標を構成する「メバロチン」又は「MEVALOTIN」の綴り字は,その構成綴り字の全体をもって取引者・需要者間に広く知られるに至っていると認められるのであって,語頭部分の「メバ」「MEVA」のみをもってこれが略記,略称され広く知られるに至っていると認めるに足りる証拠はない。
そうすると,原告が使用する引用商標の著名性,売上高,取引の実情等を考慮するとしても,本件商標は,前記(1)のとおり,引用商標とは非類似の商標であり,かつ,その構成中に,引用商標そのものではなく,その構成文字の一部にすぎない「メバ」「MEVA」の文字部分を有することをもって,引用商標と関連付けてみるのは困難というほかなく,結局,両商標は別異の商標と看取,認識されるものであるから,被告が,本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する取引者・需要者をして,原告の使用する引用商標を連想又は想起させるものとは認められず,その商品が原告又は原告と経済的,組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのごとく,その出所について誤認,混同を生ずるおそれはないものというのが相当である。
なお,原告は,出所の混同について,薬剤等の商標として「メバ」の音で始まるものは,引用商標のみである,と主張している。しかしながら,被告の提出した,審決乙19〜24によれば,「高脂血症用薬剤」(動脈硬化用薬剤)について,他社も「メバン錠」,「メバリッチ錠」,「メバラチオン錠」,「メバレクト錠」,「メバロカット錠」,「メバトルテ錠」のように「メバ」の文字を語頭部に有する商標を使用している事実が認められる。また,原告の提出した,審決甲17〜20,34〜36の審決例及び判決例は,本件と事案を異にし,必ずしもこれに拘束されるものではないから,本件は,これらを参酌するとしても,前記のとおり,判断するものである。」
(4) 審決は,以下のとおり,結論付けた。
「したがって,本件商標は,商標法4条1項11号及び15号に違反して登録されたものではないから,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきでない。」
第3 当事者の主張
1 原告の主張の要点
本件商標が商標法4条1項11号及び15号に該当しないとした審決の判断は誤りであるから,審決は取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本件商標と引用商標の類否判断の誤り)
審決は,本件商標と引用商標とは,その称呼,外観及び観念のいずれの点においても,非類似の商標といわざるを得ないとするが,この判断は誤りである。
商標の類否判断に当たっては,外観,観念,称呼に加え,具体的な取引状況に基づいて判断すべきであり,その取引の実情には引用商標の著名性も含まれると解すべきである。引用商標は高脂血症用剤を代表する著名な商標であり,本件商標に係る薬剤「メバスロリン」は,引用商標に係る薬剤「メバロチン」と同様,高脂血症用剤である。かかる取引の実情に基づいて,本件商標と引用商標の類否判断を行うと,両商標は,いずれも造語であるから,その観念において相紛れるおそれがあるとはいえないが,称呼及び外観においては相紛れるおそれがあり,取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すると,類似しているということができる。
ア 称呼の類似性
審決の認定のうち,@本件商標と引用商標は,語頭の2音における「メバ」,本件商標の第4音と引用商標の第3音における「ロ」,末尾音における「ン」を共通にすること,A本件商標と引用商標は,両商標の第3音における「ス」の音の有無,本件商標の第5音と引用商標の第4音における「リ」と「チ」の音において相違することは認める。しかしながら,両商標の称呼が類似しないという審決の判断は,誤りである。
審決は,両商標の第3音以下の「スロリン」と「ロチン」は,その音構成,音数が顕著に異なると判示する。しかしながら,両商標の第3音以下の「ロ」及び「ン」も共通音であるにもかかわらず,語頭の2音「メバ」のみを除き,第3音以下の「スロリン」と「ロチン」を対比すべき理由はない。「ロ」の音の前後に差異音たる「ス」と「リ」の各音が介在していることにより審決がかかる判断をしたのであれば,むしろ「スロ」と「ロ」,「リン」と「チン」の各部分を,まず対比・検討すべきである。「スロ」と「ロ」,「リン」と「チン」を対比すると,「スロ」の「ス」の音は,無声摩擦音であるから,その後に続く「ロ」の音に吸収され,本件商標の「メバスロ」と引用商標の「メバロ」は,いずれも「メバ・ロ」が聴者の記憶に残る音となる。また,「リン」と「チン」は,いずれも薬剤の商標に好んで用いられるありふれた文字構成にすぎず(甲39),「リン」の「リ」の音と「チン」の「チ」の音は,その母音「i」を共通にし,音質も似ている。また,「リン」と「チン」は,いずれも次に続く音が「ン」であるため,「リ」と「チ」の音自体は比較的弱く発音される。したがって,本件商標と引用商標の全体を一連に称呼すると,そのアクセントは,いずれも前半部分の「メバ・ロ」に置かれ,結局,両商標はその呼称において類似する。審決は,両商標の差異音は明瞭に聴取され,音の差異が全体の称呼に及ぼす影響が大きいと説示するが,誤りである。
また,審決は,両商標の全体の語調,語感が著しく相違し,互いに聴き誤るおそれはないとする。しかしながら,薬剤師や医師は,薬剤の名前の語頭と語尾に着目して自他商品の識別をしていることが多く,両商標を構成する音のうち特に強く耳に残るのは,「メバ・ロ・ン」である。したがって,両商標の全体の語調,語感は類似している。
なお,引用商標と同様に5音からなり,対照商標と語頭の3音が共通している薬剤に関する商標について,「カプトロン」と「カプトリル」が類似しているとされた裁判例(東京高裁平成12年9月4日判決(平成11年(行ケ)309号事件,甲18),「アリナポン」と「アリナミン」が類似しているとされた裁判例(東京高裁昭和51年7月13日(昭和50年(行ケ)74号,甲20))がある。とりわけ,前者は,先発医薬品と後発医薬品の間の紛争であり,本件の判断に参考となる。
以上のとおり,両商標はその称呼において類似する。
イ 外観の類似性
審決は,本件商標と引用商標は,外観において,相紛れるおそれがないとしているが,誤りである。
まず,本件商標と引用商標の欧文字部分を対比すると,以下のとおりである。
本件商標: 「M E V A S R O L I N」
引用商標: 「M E V A L O T I N」
このように,本件商標は10文字,引用商標は9文字で構成されていて,「M」「E」「V」「A」「O」「I」「N」の合計7文字が同一である。両者の差異のうち,「L」と「T」は文字の外観が類似しているので,後半部分の「OLIN」と「OTIN」も,ほとんど同一である。残る「SR」「L」も中間部分に位置しているので,離隔的に観察すれば,本件商標の「MEVASROLIN」と引用商標の「MEVALOTIN」は,外観上類似する。また,医師は手書きの処方箋により薬剤師に処方する薬剤を指示することが多く,手書きの「tin」と「lin」は間違えやすいことも考慮すべきである。
次に,本件商標と引用商標のカタカナ文字部分を対比すると,本件商標の「メバスロリン」と引用商標の「メバロチン」とは,語頭の「メバ」及び中間部分の「ロ」,末尾の「ン」を共通にし,「ス」と「チ」,「リ」と「チ」の外観も似ている。
以上のとおり,本件商標と引用商標は外観において類似しているということができ,これに否定する審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(混同を生ずるおそれの有無の判断の誤り)
審決は,本件商標は,引用商標とは別の商標と看取,認識されるものであるから,被告が本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する取引者・需要者をして,引用商標を連想又は想起させるものとは認められず,その出所について混同を生ずるおそれはないと判断したが,誤りである。
ア 引用商標の周知・署名性
審決は,引用商標がその指定商品とする薬剤,とりわけ高脂血症用薬剤は,本件商標の出願時のみならず登録査定時においても,取引者・需要者間で著名であったと判断した。この判断は正当であるが,引用商標の著名性の高さについて,敷衍する。
(ア) 販売実績
引用商標に係る高脂血症用薬剤(動脈硬化用薬剤)である「メバロチン」は,平成元年に発売が開始され,その売上高は,当初は年間70億円(市場占有率17.5%)であったが,平成3年(1991年)には,市場占有率が約68%(2位の企業が約6%)に達し,平成5年(1993年)には,国内市場で全医療用医薬品の単品売上高で国内初の1000億円代に乗る超大型品に成長した。メバロチンの売上高は,平成11年度には1288億円(市場占有率53.9%)まで伸び,11年間の売上総額は1兆0059億円に達した(甲11,23,27,28,32,40)。
(イ) 宣伝広告
原告は,複数の広告代理店を通じて,「メバロチン」の宣伝広告を活発かつ盛大に行ってきた(甲12〜16,40)。広告代理店の一つである株式会社丹水社を通じての宣伝広告費は,平成元年に1600万円台であったものが,その後伸びて,発売以来の14年間で,合計4億3000万円にも及んでいる(甲12,13)。原告は,そのほかにも,販促用リーフレットを作成し(甲23),医学・薬学雑誌に宣伝広告を掲載するなどして,「メバロチン」の宣伝広告を行ってきた(甲29〜31)。
(ウ) 高脂血症,高脂血症用剤及びその市場形成
「メバロチン」は,高脂血症の治療薬である。「高脂血症」とは,血液中の脂質が増加した状態をいう。1970年代には動脈硬化症に有効な治療薬がなく,その市場も200億円に満たなかったが,原告が,平成元年(1989年)に,これまでの治療薬とは異なる「メバロチン」を発売すると,その有用性の高さから市場は急拡大し,その後の高脂血症患者の増大もあって,その市場規模はその後の10年間で約6倍の規模となった。「メバロチン」の影響により,高脂血症用剤の薬効分類も,当初の動脈硬化用剤から高脂血症用剤に変更されたほどであり,それに伴い,引用商標は,単に周知・著名な商標というにとどまらず,高脂血症用剤市場自体を新たに誕生させたほど稀有な周知・著名を有する商標となった(甲27,38,40)。
イ 混同を生ずるおそれ
審決は,引用商標の周知・著名性を認めながら,本件商標は,原告の商品と混同を生ずるおそれがある商標とはいえないとしたが,この判断は,以下のとおり,誤りである。
(ア) 本件商標と引用商標とは,前記のとおり,称呼,外観において,類似ないし極めて近似していて相紛らわしい印象を受ける。引用商標に係る商品である「メバロチン」の広告宣伝の規模,同商品の高脂血症用薬剤市場における市場占有率,語頭に「メバ」又は「MEVA」とついた他の高脂血症用剤の長期にわたる不存在等の事情に照らすと,引用商標は,本件商標が登録されるまでの12年間に,高脂血症用薬剤の商標として高い著名性を獲得したということができる。他方,本件商標の指定商品「薬剤」は,高脂血症用薬剤を含むのであるから,その需要者,取引者は共通であり,本件商標に係る薬剤が高脂血症薬剤に使用された場合の混同のおそれは高い。
(イ) 患者は,高脂血症用剤を投与される最終需要者であり,処方される薬剤に最も痛切な関心を有する。したがって,混同のおそれの有無を判断するに当たっての取引者・需要者には,患者も含まれると解すべきである。確かに,高脂血症用剤は,医師あるいは歯科医師(又は医師,歯科医師の処方箋に基づく薬剤師)が患者の症状により処方する医療用医薬品であるが(甲40),「メバロチン」が投与されている高脂血症患者の率は高く(平成3年当時で10人中約7人),高脂血症の特殊性から「メバロチン」は長期間にわたり反復服用されるため,患者がパッケージ及び錠剤そのものや販売名にも接する機会も多い。また,投薬を受ける際の医師,薬剤師からの服薬指導,さらには薬剤に関する刊行物も数多く出版され,患者自身の投与薬剤に対する意識も高まっている。患者は,後発医薬品である「メバスロリン」を先発医薬品である「メバロチン」のシリーズ商品,もしくは姉妹品であると混同するおそれが十分にある。
(ウ) 厚生労働省のホームページから入手した資料(甲54の1〜9)によれば,薬剤名を取り違えたインシデント事例のうち,語頭と語尾が同一文字からなる場合は半分以上を占め,中間に位置する文字だけが同一の場合は一例もない。この結果は,語尾と語頭を同一にする薬剤について,混同のおそれが高いことを示している。医療機関からは,従前から,まぎらわしい医薬品名が増えることにより誤処方,誤調剤,誤使用が増えるとの不安が表明されている(甲47)。
(エ) 審決は,他社も「メバ」の文字を語頭部に有する商標を使用していると指摘する。しかしながら,語頭に「メバ」「MEVA」のつく高脂血症用剤に関する登録商標は,平成12年より前は「メバロチン」以外には存在していない。審決の列挙する6つの商標は,いずれも平成12年以降の出願であるが,このように,語頭部に「メバ」「メバロ」を冠した医薬品が平成12年以降に数多く出願されたのは,メバロチンに係る特許権の存続期間が平成14年10月に満了することから,引用商標の著名性にフリーライドし,後発医薬品を販売するためにほかならない。一般的に,後発医薬品は,先発医薬品の著名性にフリーライドし,先発医薬品と全く異なる独自のブランド名ではなく,商品の出所を混同するおそれを惹起しやすい名前をつけることが多いが,本件もその一例である。このように,先発医薬品と類似した商標をことさら使用するのは,意図的に混同を生じさせているものとみなされてもやむを得ない。なお,審決が指摘する商標のうち,「メバラチオン」「メバロカット」は,いずれも商標法4条1項15号に違反しているとして,その登録が特許庁の審決で無効と判断され,「メバロカット」については審決取消訴訟において審決の判断が維持されている(東京高判平成16年11月25日,平成16年(行ケ)129号,最高裁HP)。
(オ) 被告は,予備的主張として,本件商標の出願時及び登録査定時において混同のおそれが存在したとしても,本件審判手続の審理終結時には無効事由はなくなっていたのであるから,その瑕疵は治癒されたと主張する。しかしながら,「メバ」で始まる商標が多数使用されている現在の方が混同を生ずるおそれははるかに増大しているというべきであり,被告の主張するとおり引用商標との混同が現実に生じていないのであれば,それは医療現場における適切かつ真剣な取り違え防止策によるのであって,出所の混同が生じるおそれがないからではない。
ウ 以上のとおりであるから,本件商標は,原告の商品と混同を生ずるおそれがある商標であり,これを否定した審決の判断は誤りである。
2 被告の主張の要点
本件商標が商標法4条1項11号及び15号に該当しないとした審決の判断は,正当であって,誤りではない。
(1) 取消事由1(本件商標と引用商標の類否判断の誤り)に対して
ア 称呼の類似性
原告は,本件商標と引用商標の第3音以下の「スロリン」と「ロチン」の音のみを取り上げて対比した審決の判断には誤りがあると主張する。しかしながら,審決は,両商標が「メバ」の音において一致することも十分に考慮した上で,第3音以下の相違点が共通点を凌駕すると判断しているにすぎず,原告が主張するような誤りはない。原告は,本件審判手続において,語頭部分の「メバ」と第3音以下を対比し,商標の要部は「メバ」であると主張していたのであるから,審決の判断方法は原告の主張に沿うものである。
そもそも,本件商標の「メバスロリン」との称呼及び引用商標の「メバロチン」との称呼は,いずれも一体不可分なものとして一気に発音されるべきである。仮に,「メバ/スロリン」「メバ/ロチン」のように,語頭部分の「メバ」とそれに続く「スロリン」「ロチン」が観念的又は語呂的に分離可能であるとしても,少なくとも「スロリン」「ロチン」の部分は休みなく一気に発音されるべきである。その上で,両者の語頭部分において共通する「メバ」に対して,語尾部分において相違する「スロリン」と「ロチン」が商標全体の類否判断にどのような影響を与えるかを考察すると,「スロリン」と「ロチン」は音数及び音調において顕著に相違し,明らかに非類似であるから,本件商標「メバスロリン」と引用商標「メバロチン」は,全体として類似していない。審決は,両商標の共通点と相違点を比較衡量の上で,正しい結論に至ったものであり,その判断に誤りはない。
これに対し,原告は,本件商標を「メバ/スロ/リン」の音節に区切り,引用商標を「メバ/ロ/チン」の音節で区切った上で,「スロ」と「ロ」,「リン」と「チン」の音をそれぞれ対比すべきと主張する。しかしながら,「スロリン」と「ロチン」は,いずれも語呂の流れがよく,一気に発音する方が自然であり,これを分断すべき根拠を見出し得ない。
また,原告は,本件商標及び引用商標の呼称のうち,耳に特に強く残るのは「メバ・ロ・ン」であると主張するが,本件商標の「リ」の音や引用商標の「チ」の音を捨象すべき理由はなく,「ス」の音も有声音であるから,同様に印象,聴者の記憶に残るはずである。
原告の主張によれば,指定商品が薬剤であり,「メバ」で始まり「ン」で終わる商標は全て引用商標に類似するということになりかねない。しかしながら,実際には,薬剤を指定商品とし,「メバ」で始まる登録商標は多数存在しており(乙1〜11),その中には「メバチノン MEVATINON」(乙2),「メバン」(乙4),「メバスタン MEVASTAN」(乙6)のように「ン」で終わる商標もある。このうち,「メバン」は全体が休みなく一気に発音され,「メバチノン」「メバスタン」はその語尾部分の「チノン」,「スタン」が休みなく一気に発音されるのであって,単に「メバ」で始まり「ン」で終わるから,商標全体として引用商標に類似すると判断されるものではない。実際のところ,「メバン」は,原告が無効審判を請求したが,不成立の審決がされている(乙4の2)。
原告は,引用商標のほかに,「メバ」で始まる極めて多数の商標を,薬剤を含む指定商標分類において商標登録している(乙17〜70)。これらの商標は,平成8年の商標法改正により連合商標制度が廃止される前に出願され登録されたものであるから,相互に類似のものであれば連合商標として出願し登録されるべきものである。しかしながら,これらの商標登録に関する連合関係を見ると,「メバロスチン」「MEVALOSTIN」(乙21,22)のみが引用商標に対する連合商標として登録されているが,例えば,商標「メバロスタチン」「MEVALOSTATIN」は,引用商標の連合商標として登録されていない。その理由は,引用商標と「メバロスタチン」「MEVALOSTATIN」は,語頭部分の「メバロ」「MEVALO」と,語尾部分の「チン」「TIN」において共通しているが,後者では中間部分に「スタ」「STA」が加わっているため,全体として類似しないと原告が判断したからであると考えられる。
さらに,原告は,「メバ」で始まる数多くの商標について,いずれも,引用商標の連合商標ではなく,独立の商標として出願し,登録を得ているが(乙27〜38,41〜54,59〜70),その中には,「メバロン MEBARON」(乙35),「メバスチン MEVASTIN」(乙41,42),「メバスタン」(乙45,46),「メバデカリン MEVADECARIN」(乙49,50)など「ン」の音で終わるものも含まれる。このように,原告が,語頭に「メバ」の音を有する多数の商標について,連合商標の手続をとることなく商標登録を受けた事実は,原告自らが,これらの商標と引用商標とが非類似であることを認識していたことを示している。
イ 外観の類似性
原告は,本件商標の欧文字「MEVASROLIN」と引用商標の欧文字「MEVALOTIN」の外観は類似すると主張する。しかし,原告のように,本件商標と引用商標の欧文字をアルファベット単位に分析して観察して比較するのは失当である。一般的に,綴りを構成する欧文字の一つ一つは,それ自体が単独で意味を持つものではないから,各文字が綴り全体に占める地位と,発音(称呼)に対する影響の大小を考察した上で,商標の外観全体の類否を判断すべきである。とりわけ,一つの称呼だけが可能な欧文字からなる商標について,需要者が注意を向けるのは,音節(シラブル)ごとにまとまった構成文字部分である。本件商標の「MEVASROLIN」は,「メバスロリン」とのみ発音されるのであるから,音節ごとにまとまりのある構成文字は「MEVA」と「SROLIN」であり,それ以上に分断すべき理由はない。これに対して,引用商標の「MEVALOTIN」は,「メバロチン」とのみ発音されるのであるから,音節ごとにまとまりのある構成文字は「MEVA」と「LOTIN」であり,それ以上に分断すべき理由はない。本件商標と引用商標の欧文字は,前半4文字の「MEVA」は共通するが,後半の「SROLIN」と「LOTIN」において顕著に相違し,類似性は認められない。
原告は,本件商標のカタカナ文字「メバスロリン」と引用商標のカタカナ文字「メバロチン」の外観も類似していると主張する。しかしながら,比較的文字数の少ない両商標においては,文字数の違い(本件商標が6文字,引用商標は5文字)を無視できないばかりか,第3文字の「ス」の有無と,末尾2文字の「リン」と「チン」における「リ」と「チ」の相違は全体の中で大きな比重を占めている。したがって,両商標のカタカナ文字も外観において類似しない。
以上のとおり,本件商標と引用商標は類似しないから,本件商標が商標法4条1項11号に当たらないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(混同を生ずるおそれの有無の判断の誤り)に対して
ア 引用商標の周知・著名性
引用商標が周知・著名であるとの審決の認定は争わない。
イ 混同を生ずるおそれ
原告は,本件商標と引用商標は,称呼,外観において,類似ないし極めて近似していて相紛らわしい印象を受けると主張するが,両商標が顕著に相違することは,前記のとおりである。したがって,両商標は,異なる商標と認識され,被告が本件商標を指定商品に使用しても,取引者・需要者をして引用商標を連想又は想起させることはなく,原告と経済的,組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であるとの混同を生じるおそれもない。審決の判断は正当である。
原告は,患者も取引者・需要者に当たると主張するが,審決自体は,取引者・需要者を特定の者に限定していない。仮に原告の主張するとおり,引用商標の周知性が及ぶ取引者・需要者を医薬品の患者を含む一般大衆まで広げたとしても,審決の結論には全く影響がない。
審決が「メバ」を語頭部に有する商標の例を挙げたのは,薬剤等の商標で「メバ」の音で始まるのは引用商標のみであるとの原告の主張が誤りであることを指摘するためであり,それ以上の意味はない。したがって,審決が挙げた6件の商標が使用されているかどうかは審決の結論に影響を与えないというべきであり,これらの商標が「メバロチン」の信用にフリーライドするものであるとの原告主張は否認する。
原告は,薬剤名を取り違えたインシデント事例も指摘するが,これは取り違えが生じた事例のみを片面的に強調し,通常は取り違えなく薬剤が処方されていることを捨象するものである。
ウ 以上のとおりであるから,原告の主張する取消事由は理由がない。
エ 登録無効事由の査定後の消滅(予備的主張)
仮に,原告が主張するように,本件商標の登録査定時において,本件商標と引用商標との間で商品の出所の混同が生じるおそれがあったとしても,その後に事情が変更され,無効審判手続の審理終結時までには混同を生じるおそれがなくなったのであるから,登録無効事由は治癒したと解すべきである。
すなわち,商標法4条1項15号の規定に基づく登録商標の有効性の判断時期は,出願時と査定時の両方を基準とするのが一般的な考え方であるが,無効審判事件においては,審決時又は審判手続の審理終結時であると解すべきである。本件の無効審判手続の審理終結時には,医薬品市場で「メバ」で始まる商標が多数使用されているが,原告の商品との間に出所の混同を生じるおそれが生じているとの事実はない。被告も本件商標を現に使用しているが,少なくとも実際の取引現場において,原告の商品との間で出所の混同を生じ又は生じるおそれを生起したことは一度もない。したがって,本件商標の登録査定時に登録無効事由が存在したとしても既に治癒されたと解すべきである。
第4 当裁判所の判断
まず,取消事由2(混同を生ずるおそれの有無の判断の誤り)から判断する。
1 取消事由2(混同を生ずるおそれの有無の判断の誤り)について
商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断すべきである(最判平成12年7月11日民集54巻6号1848頁)。
(1) 引用商標の著名性の程度
ア 引用商標が著名であるとの審決の認定判断については,被告も争っていないが,さらに著名性及び独創性の程度について検討するに,証拠(下記各項に掲記)によれば,以下の事実を認めることができる。
(ア) 引用商標に係る商品である「メバロチン」は,高脂血症の治療剤として平成元年10月2日に発売が開始された医療用医薬品であり,その一般名は「プラバスタチンナトリウム」である。「メバロチン」は,メバロン酸合成過程を助ける酵素であるHMG-CoA還元酵素の働きを止めることによってコレステロールの合成を抑制する薬剤であるが,その有用性の高さと,高脂血症用剤への需要の増加を背景にして,売上高が著しく伸び,平成3年には,売上高650億円,市場占有率約68%(2位の企業が約6%)となり,薬剤の商品別売上高ランキングが1位となるとともに,平成5年には,国内市場で単品売上高が国内初の1000億円に達した。メバロチンの医薬品市場における稀有性については,「メバロチンがそれだけ有用性の高いすぐれた治療薬なのだろうが後にも先にもこれに匹敵する薬は見当たらない。」(「国際医薬品情報」1991年(平成3年)9月23日号(同号の23頁,甲27)),「メバロチンのような画期的な新薬の発売で一挙に需要を獲得できた極めて希なケースである。」(「国際医薬品情報」1992年(平成4年)10月12日号(同号の28頁,甲27)),「メバロチンは1010億円と超大型品に成長し,市場を独占している。」(「国際医薬品情報」1994年(平成6年)11月14日号(同号の34頁,甲27))などと評されている。平成6年以降も,メバロチンは,1000億円以上の売上高と高い市場占有率を維持し,本件商標の出願時(平成12年6月)及び登録査定時(平成13年5月)においても同様の状況にあった。
(甲11,23,24,27,28,38,40,50,弁論の全趣旨)
(イ) 原告は,複数の広告代理店を通じて,「日本医師会雑誌」(日本医師会発行),「ファルマシア」(社団法人日本薬学会発行),「PROGRESS MEDICINE」(株式会社ライフサイエンス・メディカ発行)など,医師,薬剤師などの医療関係者及び医薬品業界の関係者向けの数多くの雑誌に,「メバロチン」の宣伝広告を継続的に掲載し,その宣伝広告費は,平成元年に1600万円台であったものが,その後伸びて平成10年には9000万円を超え,発売以来の14年間の合計は7億7400万円に及んでいる。原告は,そのほかにも,販売促進用パンフレットを作成し,被告の医薬情報担当者(MR)や医薬品専門商社の営業担当者(MS)を通じ,医師,薬剤師等の医療関係者に対し,「メバロチン」について継続的に情報を提供した。
(甲12〜16,23,29〜31,40,弁論の全趣旨)。
(ウ) 語頭に「メバ」を冠した医薬品は,平成15年7月に,メバロチンと有効成分,効能を同じくするいわゆる後発医薬品が発売されるまで10年以上にわたり出版物等に掲載されていない(甲32,48)。「メバロチン」の後発医薬品としては,平成15年7月に発売された「メバトルテ」(甲46,乙24),「メバラチオン」(甲43,乙21),「メバリッチ」(甲42,乙20),「メバレクト」(甲44,乙22),「メバロカット」(甲45,乙23),「メバン」(甲41,乙19),同年8月に発売された本件商標に係る「メバスロリン」などがある。これらの後発医薬品に関する商標のうち,例えば,「メバロカット」「メバラチオン」は,商標法4条1項15号に該当するとして審決で無効とされ,「メバロカット」についての審決の判断は審決取消訴訟においても維持された(当庁平成16年(行ケ)第129号事件,最高裁HP)。他方,「メバン」については無効事由が存在しないとして,無効審判請求は不成立との結論が出されている(乙4)。なお,このうち,「メバラチオン」については,審決取消訴訟(当庁平成16年(行ケ)第341号事件)が提起され,本件と同じ裁判体によって審理され,弁論終結日は異にしたが,判決言渡しは本件と同一日時に行われる予定である。
イ 上記認定事実によれば,「メバロチン」は,高脂血症用剤の市場のみならず,国内の医薬品市場において著名な薬剤であり,本件商標の出願時(平成12年6月)及び登録査定時(平成13年5月)のいずれの時点においても,医師,薬剤師,医薬品取扱業者等の間で,高い著名性を有していたものと認められる。また,高脂血症用薬剤は,患者が長期間反復使用するものであり,患者は服用している医薬品の名前を医師から知らされていることも多いことからすれば(甲38,40),引用商標は,高脂血症用薬剤を投与される患者の間においても広く知られたものと認められる。さらに,高脂血症用剤の市場において,「メバ」を語頭部に持つ商標は,平成元年に「メバロチン」が発売されて以来,10年以上にわたり引用商標以外のものは出版物等に掲載されていなかったことに照らすと,引用商標の独創性もまた相当高いということができる。
(2) 本件商標と引用商標の類似性の程度
次に,本件商標と引用商標の類似性の程度について検討する。なお,両商標は,いずれも特定の意味を有しない造語であるから,観念の対比は意味をなさないので,以下,称呼及び外観の対比を行う。
ア 称呼の類否
前記のとおり,本件商標は,指定商品を第5類「薬剤」とし,「メバスロリン」のカタカナ文字と「MEVASROLIN」の欧文字を上下二段に横書きしてなるものであり,そこからいずれも「メバスロリン」との呼称が生ずる。他方,引用商標は,その指定商品に「薬剤」を含み,「メバロチン」のカタカナ文字及び「MEVALOTIN」の欧文字を使用するものであり,そこからいずれも「メバロチン」との呼称が生ずる。
「メバスロリン」の称呼と「メバロチン」の称呼を対比検討すると,両称呼は,語頭における「メバ」の2音,前者の第4音と後者の第3音における「ロ」の音,末尾音における「ン」の音を共通にする。他方,本件商標と引用商標の称呼は,前者が6音構成であるのに対し,後者は5音構成であること,本件商標が第3音において「ス」の音を有するのに対し,引用商標は「ス」の音を有していないこと,本件商標の第5音が「リ」の音であるのに対し,引用商標の第4音は「チ」の音である点において相違する。
上記のとおり,両商標の称呼を対比すると,本件商標の称呼を構成する6音のうち4音,引用商標の称呼を構成する5音のうち4音において共通し,とりわけ,語頭にあって連続する「メバ」の2音は,一般的に語頭の音の方が聴者に比較的強い印象,記憶を残しやすいことや,語頭に「メバ」の音が付く高脂血症用剤は平成12年より以前には「メバロチン」以外には存在しなかったことなどに照らし,聴者の印象,記憶に残る音であるというべきである。
他方,両商標の称呼上の相違点について,審決は,両称呼の「ス」の音の有無及び「リ」と「チ」の音の差異が両者の全体の称呼に及ぼす影響は大きいと判示する。しかしながら,本件商標の中間部に位置する「ス」の音は,聴覚上響きの弱い弱音(通常は母音を伴わないで発音される。)であり,本件商標の語頭からの4音「メバスロ」の称呼と,引用商標の語頭からの3音「メバロ」の称呼は,これを一連のものとして称呼した場合に,聴者に語調,語感が顕著に異なるとの印象は与えないというべきである。また,本件商標の語尾部の「リン」と引用商標の語尾部の「チン」は,いずれも「リ」と「チ」の母音が「i」であり,末尾音が「ン」である点で共通し,加えて,一般に語尾部は比較的弱く聴覚されることや,薬剤の名称の語尾には「チン(tin)」「リン(lin)」「ジン(jin)」「ミン(min)」など,「ン」音で終わり,その直前の音の母音が「i」であることが少なくないと認められること(甲24〜28,39)に照らすと,仮に被告の主張するように「リ」と「チ」の音がある程度明確に発音されたとしても,両商標の語尾部における称呼が顕著に異なるとの印象を聴者に与えることはないというべきである。
被告は,両商標の第3音以下の「スロリン」と「ロチン」は音数及び音調において顕著に相違し,明らかに非類似であるから,本件商標「メバスロリン」と引用商標「メバロチン」は,全体として類似していないと主張する。しかしながら,両商標を発音する際には語頭の「メバ」を除くことはできないのであるから,第3音以下の「スロリン」と「ロチン」の称呼を取り出し,その差異を重視することは相当とはいい難く,また「メバ」と第3音以下を分けて発音すべき理由もない。
以上によれば,本件商標の「メバスロリン」と引用商標の「メバロチン」を一連のものとして呼称した場合,共通する音が聴者の記憶,印象に残りやすいのに対し,相違する音が呼称全体に及ぼす影響は小さいことから,両呼称の全体の語感,語調は近似しているということができる。
イ 外観の類否
次に,両商標の外観の類否について検討する。
まず,本件商標の欧文字部分「MEVASROLIN」と引用商標の欧文字部分「MEVALOTIN」を対比すると,本件商標(10文字構成)と引用商標(9文字構成)は,両商標は「M」「E」「V」「A」「O」「L」「I」「N」の8文字において共通し,本件商標の「S」「R」の文字,引用商標の「T」の文字において相違する。また,その配列を対比すると,両商標は,語頭の「MEVA」,中間部分の「O」及び語尾の「IN」において共通し,本件商標では「A」と「O」の間に「SR」,「O」と「I」の間に「L」が位置するのに対し,引用商標では「A」と「O」の間に「L」,「O」と「I」の間に「T」が位置している点で相違する。
次に,本件商標のカタカナ文字部分「メバスロリン」と引用商標のカタカナ文字部分「メバロチン」を対比すると,前記のとおり本件商標を構成する6文字のうち4文字と引用商標を構成する5文字のうち4文字が共通し,それ以外の文字が相違する。
以上によれば,両商標の欧文字部分及びカタカナ部分の外観についても,相当程度の共通点が存在するということができる。
ウ 以上のとおり,本件商標と引用商標の称呼及び外観における共通点と相違点を対比すれば,両商標は相当程度の類似性を有するということができる。
(3) 商品間の関連性,取引者・需要者の共通性
上記認定のとおり,本件商標に係る商品である「メバスロリン」は,引用商標に係る商品である「メバロチン」の後発医薬品であり,その有効成分,効能・効果を同一にする高脂血症用剤である(甲49,50)。したがって,両薬剤は,その性質,用途及び目的が同一で,極めて強い関連性を有することは明らかであり,これを取り扱う医療機関や薬局も共通し,これらの薬剤を投与される患者層も共通すると認めることができる。
(4) 混同の生ずるおそれ
以上のとおりの引用商標の高度な著名性及び独創性,引用商標と本件商標との類似性の程度,両商標に係る商品の性質,用途,目的における関連性の強さ,取引者・需要者の共通性の程度を考慮すれば,被告が本件商標を高脂血症用薬剤に使用した場合,その取引者・需要者において,これを原告あるいは原告と資本関係ないしは業務提携関係にある会社の業務に係る商品と混同するか,又は,原告も主張しているように,原告あるいは原告と上記のような関係のある会社が新たに販売を開始した「メバロチン」のシリーズ商品の一つ又はそれに何らかの改良を施した新商品であると混同するおそれがあるというべきである。
これに対し,審決は,本件商標と引用商標の称呼上の差異を強調し,両商標は別異の商標と看取,認識されるものであるから,被告が,本件商標をその指定商品に使用しても,混同の生ずるおそれはないとする。しかしながら,両商標が,商標法4条1項11号に該当するかはさておくとしても,相当程度類似していることは前記判示のとおりであり,さらに引用商標の著名性及び両商標に係る商品の性質,用途,目的における関連性の強さ,取引者・需要者の共通性の程度を考慮すれば,称呼上の相違点をもって混同のおそれがないと結論付けることはできない。
ところで,商標法4条1項15号にいう混同の生ずるおそれの有無は,取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準とすべきところ,被告は,医療の現場では,専門家たる医療関係者が「メバロチン」とその後発医薬品は現実の混同を引き起こすことなく使用し,混同のおそれは生じていないと主張する。確かに,医療関係者は医薬の知識を有する専門家であり,患者に処方・調合する薬剤に誤りのないように,薬剤の名称には細心の注意を払っているのが通例であり,医療の現場で「メバロチン」とその後発医薬品が実際に誤用されたことを示す証拠はない。しかしながら,新薬が次々と発売される中で,日常的に数多くの患者に接して様々な薬剤を処方・使用している医療の現場においては,医療関係者といえども名称の似た薬剤を誤って処方することがあり,かかる薬剤の取違え事例が存在することは「医療品・医療用具・諸物品等情報の分析について」(甲54)の記載からも明らかである。また,平成15年9月18日開催にかかる厚生労働省「医薬品・医療用具等対策部会」においては,名称の類似する薬剤の取り違えが全国的な問題となっており,とりわけ後発医薬品によく似た名称が多いとの指摘がなされている(甲52の2,2頁)。本件商標に係る「メバスロリン」は,まさに「メバロチン」とその有効成分,薬効を同一にする後発医薬品であり,医療機関や薬局では先発医薬品と後発医薬品は同時に取り扱われることも少なくないと考えられることや,両商標の類似性の程度,引用商標の著名性を考慮すれば,「メバスロリン」に接した医師や薬剤師は,「メバロチン」を容易に想起し,「メバスロリン」を原告あるいは原告と資本関係ないしは業務提携関係にある会社の業務に係る商品等と混同するおそれがあるというべきである。
なお,本件商標に係る商品のような医療用医薬品の取引者・需要者に患者が含まれるかについて,争いがあるので,付言する。確かに,本件商標及び引用商標に係る薬剤は,医師あるいは歯科医師が患者の症状により処方する医療用医薬品ではあるが,その最終需要者は患者であり,とりわけ,高脂血症用薬剤は長期間反復して服用され,患者が服用している医薬品の名前を医師から知らされていることも多いと考えられることに照らすと,高脂血症患者も,本件商標に係る商品の取引者・需要者に含まれるというべきである。前記判示の引用商標の著名性の程度,両商標の類似性の程度にも照らすと,患者が本件商標に係る「メバスロリン」を医師から処方されたときにこれを原告あるいは原告と資本関係ないしは業務提携関係にある会社の業務に係る商品等と混同するおそれは大きいものというべきである。
(5) 被告の予備的主張について
被告は,仮に本件商標の出願時及び登録査定時において,本件商標と引用商標との間で商品の出所の混同が生じるおそれがあったとしても,無効審判手続の審理終結時までには混同を生じるおそれがなくなったのであるから,登録無効事由は治癒したと解すべきであると主張する。しかしながら,登録商標の有効性の判断時期を登録後の審判手続の審理終結時であると解すべき理由はない。また,現在,医薬品市場で「メバ」で始まる商標が多数使用され,混同事例が報告されていないとしても,混同のおそれを否定する事情とならないことは,前記のとおりである。被告の主張は採用できない。
2 以上のとおり,被告が本件商標を薬剤,特に高脂血症用薬剤に使用した場合には,その取引者・需要者において,原告あるいは原告と資本関係ないしは業務提携関係にある会社の業務に係る商品等と混同するおそれがあるということができ,これを否定した審決は,商標法4条1項15号の混同を生ずるおそれの有無についての認定判断を誤ったものというべきであるから,原告主張の取消事由2は,理由がある。
第5 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由2は理由があるので,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は,取消しを免れない。
東京高等裁判所知的財産第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 田 中 昌 利
裁判官 佐 藤 達 文