H17. 3.24 東京高裁 平成16(行ケ)555 商標権 行政訴訟事件

平成16年(行ケ)第555号 審決取消請求事件
平成17年3月24日判決言渡,平成17年3月17日口頭弁論終結


     判    決
 原      告     X
 訴訟代理人弁理士 高梨範夫,大村昇,木村三朗,小林久夫,安島清
 被      告 東京シヤツ工業株式会社
 

     主    文
 特許庁が取消2003−30975号事件について平成16年8月23日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。


     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 主文同旨の判決。


第2 事案の概要
 本件は,被告を商標権者とする後記本件商標の登録につき,原告が商標法50条1項に基づく取消しを求めて審判請求をしたところ,本件審判の請求は成り立たないとの審決がされたため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本件商標
 商標権者:東京シャツ工業株式会社(被告)
 商標:「THE LONDON HOUSE」の文字を横書きしてなるもの。
 出願日:昭和60年6月28日(商願昭60−65726号)
 設定登録日:平成4年4月30日
 商標登録番号:第2400523号
 存続期間更新登録:平成14年5月14日
 書換登録(指定商品):平成15年8月20日(平成14年5月28日申請)
 指定商品:
 (設定登録時)第17類「英国製被服,英国製布製身回品,英国製寝具類」

 (書換登録後)第5類「英国製失禁用おしめ」,第9類「英国製事故防護用手袋,英国製防火被服,英国製防じんマスク,英国製防毒マスク,英国製溶接マスク」,第10類「英国製医療用手袋」,第16類「英国製紙製幼児用おしめ」,第17類「英国製絶縁手袋」,第20類「英国製クッション,英国製座布団,英国製まくら,英国製マットレス」,第21類「英国製家事用手袋」,第22類「英国製衣服綿,英国製ハンモック,英国製布団袋,英国製布団綿」,第24類「英国製布製身の回り品,英国製かや,英国製敷布,英国製布団,英国製布団カバー,英国製布団側,英国製まくらカバー,英国製毛布」,第25類「英国製洋服,英国製コート,英国製セーター類,英国製ワイシャツ類,英国製寝巻き類,英国製下着,英国製水泳着,英国製水泳帽,英国製和服,英国製エプロン,英国製えり巻き,英国製靴下,英国製ゲートル,英国製毛皮製ストール,英国製ショール,英国製スカーフ,英国製足袋,英国製足袋カバー,英国製手袋,英国製布製幼児用おしめ,英国製ネクタイ,英国製ネッカチーフ,英国製バンダナ,英国製保温用サポーター,英国製マフラー,英国製耳覆い,英国製ずきん,英国製すげがさ,英国製ナイ
トキャップ,英国製ヘルメット,英国製帽子」
 (2) 本件手続
 審判請求日:平成15年7月23日(取消2003−30975号)
 審決日:平成16年8月23日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成16年9月2日(原告に対し。出訴期間として90日附加。)
 2 審決の理由の要点
 審決は,次のとおり認定判断した(「請求人」を「原告」,「被請求人」を「被告」と読み替えた上で審決を引用する。)。
 (a)「被告が,本件商標を本件取消請求に係る指定商品に使用している事実を証する書面として提出した乙1ないし3(本訴甲2ないし4)には,『The London House』の商標と英国国旗及び『MADE IN ENGLAND』の文字を付した商品『ワイシャツ』とタグが表示されている。
 また,乙10(本訴甲8)は,被告から東京シャツ株式会社への請求書写しであるが,その品名の欄には『ザ・ロンドンハウス9837-01』及び『ザ・ロンドンハウス9861-04』の商標が表示されており,その請求年月日は本件取消審判の予告登録日(平成15年8月13日)前3年以内に該当する平成14年10月31日である。

 さらに,乙11(本訴甲9)は,被告から東京シャツ株式会社への納品書写しであるが,その品名の欄には『ザ・ロンドンハウス9837-01』及び『ザ・ロンドンハウス9861-04』の商標が表示されており,その請求年月日は,上記本件取消審判の予告登録日前3年以内に該当する平成14年10月31日である。
 そして,乙10及び11(本訴甲8及び9)の品名の欄に付されている『9837-01』及び『9861-04』の製品番号は,乙1(本訴甲2)に表示されている製品番号と一致するものであり,かつ,被告使用商標である『The London House』及び『ザ・ロンドンハウス』は,本件商標と社会通念上同一の商標の使用といい得るものである。
 してみれば,本件商標は本件審判請求の予告登録前3年以内に日本国内において,取消請求に係る指定商品中の「英国製のワイシャツ」について,本件商標の商標権者及びその親会社である東京シャツ株式会社によって使用されていたものといわざるを得ない。」

 (b)「原告は弁駁書において,『被告は,乙2(本訴甲3)は『The London House』の英国製ワイシャツの写真であり,乙3(本訴甲4)に示される下げ札及び織りネームは,乙2(本訴甲3)の写真に示される英国製ワイシャツに添付されているものと同じものである,乙3(本訴甲4)の下から2番目の黄色地の織りネームは英国THOMAS MASON社の生地を使用したことを示す,と説明している しかしながら,弁駁書において原告が述べた事実関係からみても,乙2(本訴甲3)の写真に示されるワイシャツは,THOMAS MASON社が製造したワイシャツでもなければ,ましてや,英国製のワイシャツでもないことは明らかである。したがって,乙1(本訴甲2)の『商標使用証明書』には,『英国製 The London Houseワイシャツを被告から68着仕入れ,販売した』旨が記載されているが,明らかに事実に反し,証拠価値のないものである。』旨主張している。
 しかしながら,原告が弁駁書において述べたこと(主として乙8(本訴甲6)の『インボイス』に関連する事実。)が事実であったとしても,そのことをもって,被告が提出した乙各号証が全て虚偽の書類であるとはいい得ないものというべきであり,少なくとも乙1ないし乙3(本訴甲2ないし4),乙10及び11(甲8及び9)に信憑性がないとする理由は見あたらず,この点について,原告は何ら反証していない。」
 (c)「したがって,本件商標についての登録は,商標法50条の規定により取り消すべき限りでない。」


第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決には,事実を誤認し,誤った結論を導いた違法がある。
 1 被告は,審判において,被告が株式会社長谷川商店(長谷川商店)に依頼して,神戸のMEIWA CO INCを通じ,英国のTHOMAS MASON社にシャツを製造してもらい,その英国製のシャツを輸入したこと(甲6),長谷川商店から被告にそのシャツが納品されたこと(甲7),そのシャツを被告から東京シャツ株式会社(東京シャツ)に販売したこと(甲8〜10),そのシャツが甲2,3の写真に示されるシャツ(本件ワイシャツ)であり,これには,甲4に示されているようなタグが付され,タグには,「The London House」との商標が付されていること,これらは,東京シャツの品川プリンスホテルエグゼクティブタワー内「品川店」で販売されたこと(甲2〜4)を主張した(甲11)。

 本件ワイシャツが英国製のシャツであるか否かが問題であるところ,被告が英国製のシャツをTHOMAS MASON社から輸入したとの主張を立証するものとして提出したのは,THOMAS MASON社発行のインボイス(甲6)のみである。ところが,同インボイス(甲6)が示しているのは,イタリアのTHOMAS MASON社が,同社製の100%コットンのバッキンガム織物生地(シャツではない。品番9837及び9861で,幅140p,長さ34mのもの。)をイタリアのミラノ在のPANALPINA社(運送会社)によって,神戸のMEIWA CO INCに輸出したということであって,被告の上記主張は,事実に反するものであり,本件ワイシャツが英国製であるとは認められない。
 したがって,たとえ,東京シャツが同社の品川プリンスホテルエグゼクティブタワー内「品川店」において「The London House」の商標を付したシャツを販売したということ,被告がそのシャツを東京シャツに販売したということが事実であったとしても,それらのシャツは,被告が,長谷川商店に依頼して神戸のMEIWA CO INCを通じTHOMAS MASON社から輸入した商品ではなく,全く関係のない別異の商品であるということになる。すなわち,被告が本件商標を使用したと主張する本件ワイシャツが,英国製のシャツであるということは,明らかにされていない。

 しかし,審決は,この事実の認定を誤ったものである。
 ちなみに,東京シャツと被告とは親子関係にあり,被告は東京シャツ製品の生産工場である。
 2 本件ワイシャツ(甲3)の襟には,「Thomas Mason」の表示のある織りネーム(甲4)が付されている。しかし,この織りネームの中央部分には 「SUPERFINE SHIRTING BY Thomas Mason」,すなわち,「THOMAS MASON社製のシャツ生地」と表示されているのであるから,本件ワイシャツがTHOMAS MASON社製のシャツ生地を使用して製造したシャツであるというにすぎない。そして,上記織りネームの右側には,縦書きで「ENGLAND」と表示されているが,「Made in ENGLAND」と表示されているのではないのであって,「ENGLAND」が当該シャツ生地の原産地表示ではない。したがって,東京シャツが販売した本件ワイシャツは,たとえ,THOMAS MASON社製のシャツ生地を使用して製造したシャツであるとしても,その生地でさえ英国製であるということではない。

 3 以上のとおり,本件ワイシャツが英国製であること,又は英国製のシャツ生地から製造されたものであることは,いずれも証明されていない。

第4 被告の答弁等
 被告は,本件口頭弁論期日に出頭せず,答弁書その他の準備書面も提出しなかった。


第5 当裁判所の判断
 1 本件記録及び当裁判所に顕著な事実によれば,被告の本訴への対応状況は,以下のとおりであることを認めることができる。
 本件第1回口頭弁論期日は平成17年2月10日午後1時15分と指定され,同年1月20日,訴状副本,口頭弁論期日呼出状・答弁書催告書,甲1ないし12などが被告に送達された。
 しかし,被告は,本件第1回口頭弁論期日に出頭せず,答弁書等も提出しなかった。
 当裁判所は,第1回口頭弁論期日において直ちに結審することなく,第2回口頭弁論期日を指定し,被告に対し,口頭弁論期日呼出状とともに,裁判所書記官作成の同年2月10日付け「重要事項のご連絡」を送達した(同月15日被告に送達)。「重要事項のご連絡」には,被告の答弁及び反論を促すとともに,本件の商標が使われているワイシャツが英国製であることを示す証拠の提出を促し,さらに,被告が何らの主張等もせず,次回の期日にも欠席した場合には,結審となり,判決に際しては,被告の本件訴訟への対応ぶりも事情として考慮されることになることなどが記載されていた。

 しかしながら,被告は,同年3月17日午後1時15分の第2回口頭弁論期日にも出頭せず,結局,何ら主張立証をしなかった。
 もっとも,被告代表者は,裁判所書記官に対し,電話連絡をしており,第1回口頭弁論期日の前日においては,期日には出頭せず,答弁書も提出しない旨を述べ,さらに,第2回口頭弁論期日の前においては,本件商標を使う必要がないので,「本件訴訟から手を引きたい」こと,次回期日にも出頭しないことを述べた。
 2 本件審判では,本件商標が使用されたとされる本件ワイシャツ(甲2ないし4のもの)が指定商品である「『英国製』ワイシャツ」であると認められるか否かが争点となった。
 (1) この点に関する審決の認定は,前記第2,2のとおりであって,審決は,甲2ないし4に示されたワイシャツに付されたタグに,「The London House」の商標と英国国旗及び「MADE IN ENGLAND」の文字が記載されていることから,本件ワイシャツが「英国製」であることを認定したものと解され,他に,英国製であることを根拠付け得る説示は見当たらない。

 (2) 検討するに,ワイシャツに付されたタグにおいて,「MADE IN ENGLAND」との表示がされていた場合には,通常,原産地を正しく表示しているであろうとの蓋然性が高いといえるので,他にこれを否定するような事情がなければ,当該ワイシャツは,「英国製」であると推認されることが多いといえよう(英国国旗の表示は,付随的な事情にすぎない。)。
 しかし,証拠(甲2ないし4)によれば,上記タグは,四角形のカード様のものに英国国旗と「MADE IN ENGLAND」の表示がされて,本件ワイシャツのボタンにひも様のもので,引っ掛けられているにすぎないもので,ワイシャツ本体に縫い付けるなどされたものではない。このような態様からして,上記タグは,ワイシャツの製造後に製造者以外の者がいわば勝手に作成して取り付けることも可能な形態のものであって,「英国製」であることについての証明力は弱いものである。

 (3) それのみならず,以下のような重大な疑念が存在する。
 本件審判においては,原告が「英国製」であることを争ったことから,被告は,「英国製」であることを製造過程にまで遡って主張立証した。その際,我が国に輸入されたことを証明する証拠としてインボイス(甲6)が提出された。
 しかし,甲6を検討すると,上記インボイスは,イタリアのTHOMAS MASON社が,運送会社と認められるイタリアのミラノ在のPANALPINA社によって,神戸のMEIWA CO INC(インボイス右下に長谷川商店の表示もある。)に宛てて輸出したことを示すものであり,インボイス上には,「BUCKINGHAM100%COTTON」との表示,品番と解される「9837及び9861」の表示がある。さらに,「140」,「34」の表示があるが,その欄の記載からして,「140」は「WIDTH」すなわち「幅140p」を示すものと認められ,「34」については,「34m」のことで,それ以上は判然とはしないが,他の記載に照らし,「長さ34m」の意味であると推測される(被告は,「34」はワイシャツの枚数であると説明するが,そのように解し得る根拠はない上,「WIDTH 140」についての合理的説明がない(甲11)。)。そうすると,上記インボイスに記載された輸入物品は,原告が主張するとおり,コットン100%のバッキンガム織物生地である可能性が高いというほかない。少なくとも,上記インボイス(甲6)は,「ワイシャツ」の輸入を示すものとはいえない上,輸入されたものが「英国製」であることを意味する記載は存在しない。

 このように,被告による製造過程にまで遡ってなした「英国製」であるとの主張立証は,破綻しており,かえって,「英国製ワイシャツ」ではない可能性が高いことを示す結果となっているものというべきである。
 そうだとすれば,審決がよりどころとするタグの表示は,もともと証明力が弱い上に,「MADE IN ENGLAND」の表示の真実性を疑うべき十分な事情が存在するというべきである。
 そして,被告は,輸入後において,本件ワイシャツが「長谷川商店→被告→東京シャツ」と販売ないし引き渡されたことを主張し,甲7ないし10を提出しているが,インボイス(甲6)が上記のようなものである以上,本件ワイシャツが「英国製」であることの証明にはなり得ない(なお,被告は,東京シャツの生産工場を100%子会社化したものであることに照らせば,甲8ないし10の本件における信憑性は必ずしも高くはない。)。

 (4) 以上検討したところによれば,甲2ないし4に示されたワイシャツに付されたタグの表示から,本件ワイシャツが「英国製」であると推認するには足りないというべきである。そして,本件全証拠によっても,本件ワイシャツが「英国製」であることを認めるには足りないというほかない(本件ワイシャツの「生地」についてみても,前記甲6によっては,同インボイスに記載された生地が英国製であると認めるには足りず,甲4に示された「Thomas Mason」,「SUPERFINE SHIRTING BY Thomas Mason」及び「ENGLAND」(「Made in ENGLAND」ではない。)などの表示があるワイシャツの織りネームによっても,本件ワイシャツの生地が英国製であると推断することはできない。)。そして,本訴において,被告は新たな主張立証をしないばかりか,原告の上記主張を争わない趣旨と解される応訴態度をとっていることに照らしても,上記説示が裏付けられるものというべきである。
 (5) 結局,本件商標は,本件取消審判の予告登録日前3年以内に,「『英国製』ワイシャツ」をはじめ,指定商品のいずれかについて使用された事実の証明がないのであって(被告に立証責任がある(商標法50条2項本文)。),審決は,証拠の評価を誤り,事実を誤認したもので,その結果,商標法50条1項による本件商標の取消請求に関する判断を誤ったものというほかない。
 3 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由があるので,審決は,取消しを免れない。


  東京高等裁判所知的財産第4部

         裁判長裁判官   塚  原  朋  一
 
            裁判官   田  中  昌  利

            裁判官   佐  藤  達  文