◆H17.10.19 知財高裁 平成17(行ケ)10011 特許権 行政訴訟事件
平成17年(行ケ)第10011号 特許取消決定取消請求事件(平成17年9月28日口頭弁論終結)
判 決
原 告 富士電機リテイルシステムズ
株式会社
代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 酒 井 宏 明
同 宮 田 英 毅
被 告 特許庁長官 中 嶋 誠
指定代理人 内 藤 真 コ
同 田 中 秀 夫
同 立 川 功
同 宮 下 正 之
同 阿 部 寛
主 文
特許庁が異議2002−70493号事件について平成16年5月18日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「自動販売機」とする特許第3203134号発明(平成6年9月19日特許出願,平成13年6月22日設定登録,【請求項1】〜【請求項4】からなるが,全請求項に係る特許を「本件特許」と総称する。)の特許権者である。
本件特許について,その後,特許異議の申立てがされ,異議2002−70493号事件として特許庁に係属し,原告の前権利者である富士電機株式会社において,平成14年7月23日,特許請求の範囲の記載等につき訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,同事件について審理した結果,同年11月13日,「訂正を認める。特許第3203134号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定(以下「前決定」という。)をしたが,東京高等裁判所は,前決定の取消請求事件(平成14年(行ケ)第646号)について審理した結果,平成15年9月24日,前決定を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)をし,これが確定した。
特許庁は,異議2002−70493号事件を更に審理した上,平成16年5月18日,「訂正を認める。特許第3203134号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年6月7日,原告にその謄本を送達した。
2 本件訂正に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載
【請求項1】内部に商品収納室が形成されている断熱構造の本体と,
前記本体の前部に設けられると共に下部前面に商品取出口が設けられている外扉と,
前記外扉に対向配置されると共に前記本体の前面開口を開閉する内扉と,
前記内扉の下部に前記商品取出口に対応するように設けられ,前記商品収納室内に設けられた商品シュートを滑落する商品を前記商品取出口へ搬出するための商品搬出口と,
前記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有し,該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉と
を備えたことを特徴とする自動販売機。
【請求項2】前記搬出口扉を透明な部材にて形成したことを特徴とする請求項1記載の自動販売機。
【請求項3】前記搬出口扉の前壁の内壁面に縦方向のリブを多数形成したことを特徴とする請求項1記載の自動販売機。
【請求項4】前記搬出口扉の前壁の下部に横方向のリブを複数形成したことを特徴とする請求項1記載の自動販売機。
(以下,【請求項1】〜【請求項4】に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明4」という。)
3 決定の理由
(1) 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本件発明1は,実願昭55−151458号(実開昭57−73778号)のマイクロフィルム(甲1,以下「引用例1」という。)及び特開平3−40189号公報(甲2,以下「引用例2」という。)に記載された各発明(以下,順に「引用発明1」,「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,また,本件発明2〜4も,周知技術を勘案すれば引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,いずれも特許法29条2項により特許を受けることができず,本件特許は,拒絶査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,平成6年法律第116号による改正特許法の附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,本件特許を取り消すべきものとした。
(2) 決定は,本件発明1と引用発明1とが,「内部に商品収納室が形成されている本体と,前記本体の前部に設けられると共に下部前面に商品取出口が設けられている第1部材と,前記第1部材に対向配置されると共に前記本体の前面開口を開閉する第2部材と,前記第2部材の下部に前記商品取出口に対応するように設けられ,前記商品収納室内に設けられた商品シュートを滑落する商品を前記商品取出口へ搬出するための商品搬出口と,前記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が滑落できるように前記商品取出口側に突出して形成された前壁を有し,該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉とを備えた自動販売機」(決定謄本6頁第3段落)である点で一致し,一方,「[相違点1]第1部材及び第2部材に関し,本件発明1においては,外扉及び内扉であって,各々が別体の扉を構成しているのに対し,引用発明(注,引用発明1)においては,ケース扉(4)の外壁板(9)及び内壁板(10)であって,各々の壁板が一体となって単一の扉を構成している点。[相違点2]商品収納室が形成されている本体に関し,本件発明1においては,『断熱構造』となっているのに対し,引用発明においては,その構造が明確にされていない点。[相違点3]商品の滑落態様に関し,本件発明1においては,商品が搬出口扉の『内壁面に沿って』滑落できるとしているのに対し,引用発明においては,そのような滑落態様が明確にされていない点。[相違点4]搬出口扉の前壁の『突出』形状に関し,本件発明1は,商品取出口側に『湾曲』して形成されたものであるのに対し,引用発明では,商品取出口側に『凸部を向けて屈曲』して形成されたものである点。」(同頁下から第4段落〜7頁第1段落)で相違すると認定した。
第3 原告主張の決定取消事由
決定は,引用発明1の認定を誤った結果,本件発明1と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),また,相違点3及び4についての判断を誤り(取消事由2及び3),その結果,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと誤った結論を導き,また,本件発明2〜4についても,本件発明1の場合と同様に認定判断を誤り(取消事由4),引用発明1及び2と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと誤った結論を導いたものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り及び本件発明1と引用発明1との一致点の認定の誤り)
(1) 決定は,引用例1に,「商品(2)の通過後に前記内壁板(10)貫通部の前縁部に当接して該内壁板(10)貫通部を施蓋する内部蓋(12)とを備えた自動販売機」(決定謄本5頁第1段落)が記載されているとした上で,本件発明1と引用発明1とが「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉とを備えた」自動販売機との構成を有する点で一致すると認定した。しかし,引用例1には上記の構成の開示はなく,したがって,これを前提とする本件発明1と引用発明1との一致点の認定も誤りである。
(2) 本件発明1の「搬出口扉」について
ア 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1(以下,単に「特許請求の範囲」という。)によると,「前記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有し,該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」との記載によって,「搬出口扉」を特定しており,同記載部分は,本件発明1の特徴的部分でもある。上記記載部分は,機能的な表現となっているが,その技術的意義を特定するために,本件明細書の発明の詳細な説明を適宜参酌することが許されるべきである。そして,発明の詳細な説明の記載によると,本件発明1は,搬出口扉の重心位置を商品取出口側に寄せたことによるモーメントの作用によって,商品搬出口の前縁部に当接して,これを塞ぐが,それにとどまらず,さらに,商品搬出口を塞ぐ状態を維持して,商品収納室を循環する冷気又は暖気により搬出口扉が開くことを防止するとともに,外扉の奥行き寸法を小さくするというものであ
る。
そうすると,本件発明1に係る搬出口扉を特定する記載のうち「商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ」とあるのは,商品が通過した後に商品収納室を循環する冷気又は暖気によっても商品搬出口が開かないようにすることを意味し,換言すると,搬出口扉が商品搬出口を塞いだ状態に維持することを意味するものである。
イ なお,前決定は,本件の決定と異なる引用例(実願昭55−151456号〔実開昭57−73773号〕のマイクロフィルム,甲7)によって本件発明1の容易想到性を認定判断しているが,前判決は,前決定を取り消すに当たって,本件発明1について,「本件発明1の商品搬出口扉が軸回りのモーメントにより商品搬出口を塞いだ状態を維持するものである」と認定しているところ,この認定は,前判決の主文が導き出されるのに必要な事実認定であったから,この認定について前判決の拘束力が及ぶものと解すべきである。
(3) 引用発明1の「内部蓋(12)」について
ア 引用例1(甲1)には,「そして商品取出口(8)の外部板(9)に外部蓋(11),内壁板(10)に内部蓋(12)が,共にケース扉(4)の内側に向かって回動自在となるよう上部が枢支されて商品取出口(8)を施蓋している。」(3頁12行目〜15行目)との記載があり,このような記載によれば,引用発明1は,内部蓋(12)は確かに商品取出口(8)を施蓋する機能を有していることは分かるものの,商品(2)が商品シュート(16)からポケット(13)に滑落した後,すなわち,商品(2)が内壁板(10)貫通部を通過した後に商品取出口(8)を施蓋する点についてまで記載があるとはいえない。
また,引用発明1の内部蓋(12)は,引用例1の第2図に示されるように,屈曲部分が内部蓋(12)の上部側にあり,このため内部蓋(12)の重心位置は,内部蓋(12)の上方に位置するものということができる。そうすると,引用発明1の内部蓋(12)において,横軸周りに生じるモーメントは,些少なものというべきであり,内壁板(10)貫通部を塞いだ状態を維持するために十分とはいえない。
仮に,引用発明1の商品貯蔵室(3)の内部が,本件発明1と同様に冷気や暖気が循環している構成であるとすると,冷気や暖気が商品取出口(8)から漏れることを防止するために,商品取出口(8)を塞いだ状態に維持することが必要となり,そのためには,相当の大きさのモーメントを内部蓋(12)に作用させることが必要となる。ところが,引用発明1には,このようなことは全く開示されていない。したがって,引用発明1は,本件発明1のように,冷気や暖気が商品取出口(8)から漏れることを防止する必要がないから,モーメントの作用により内壁板(10)の貫通部を塞ぐ状態を維持することについての配慮がされていないのである。
イ 決定は,「本件特許明細書(注,本件明細書)中に,『従来は,・・・商品搬出口扉3の重心位置を軸部3aの垂直下方よりも外扉4の商品取出口5側に寄せるようにしている。・・・このように重心位置を商品取出口5側に寄せることにより,商品搬出口扉3に商品搬出口1に向かう方向の力(モーメント)を生じさせることができ,これにより商品搬出口扉3を商品搬出口1に密着させることができると共に,商品収納室6内を循環する冷気又は暖気にて商品搬出口扉3が開くのを防ぐことができるようになっている。』(段落【0005】及び【0006】参照。)と記載されているように,そもそも,商品搬出口扉が,商品収納室内を循環する冷気又は暖気にて開くのを防ぐように構成されるものであることは,自動販売機の分野における技術常識というべき事項である。一方,引用発明1の自動販売機は,瓶商品を収納する商品収納室内を循環する冷気又は暖気の存在する断熱構造が採用されたものであると解され,しかも,内部蓋は,商品取出口側に凸部を向けて屈曲して形成された前壁を有するところから,重心位置を商品取出口側に寄せることによって,商品搬出口を塞ぐ方向のモーメントを生じさせることができるものといえる。そうすると,上記技術常識を踏まえれば,刊行物1には,内部蓋がモーメントの作用によって商品取出口を塞ぐ技術が開示されていると解するのが妥当である。」(決定謄本8頁第4段落〜第6段落)と説示する。
しかし,本件明細書(甲4添付)の発明の詳細な説明の段落【0005】及び【0006】では,商品収納室内を循環する冷気又は暖気にて開くのを防ぐことを課題としていることを述べているのみであり,この課題を搬出口扉の構成によって解決するとは述べていない。
本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0005】及び【0006】を引用して,搬出口扉が,商品収納室内を循環する冷気又は暖気によって開くのを防ぐように構成することが自動販売機の分野における技術常識であるということはできない。
ウ 被告は,引用発明1について,商品(2)による外力が加わらない状態で内部蓋(12)は商品取出口(8)を塞いでいることは明らかであり,そして,当該外力が存在しなくなった後,つまり商品(2)が内壁板(10)貫通部を通過した後には,内部蓋(12)は外力が加わっていない状態である商品取出口(8)を塞ぐ状態に復帰することも明らかである旨主張する。
しかし,商品(2)による外力が加わって,商品取出口(8)から離れて開放された状態(以下「開動」という。)にある内部蓋(12)は,商品(2)がシュート(16)上からポケット(13)に落下した後,その自重によって商品取出口(8)を施蓋するととらえることができないでもないが,開動状態にある内部蓋(12)(引用例1の第2図に破線で示された図)を,外部蓋(11)を商品取り出し口(8)側に開動させることにより,内部蓋(12)を元の状態に戻して商品取り出し口(8)を施蓋するようにもとらえることができるから,被告の上記主張は,失当である。
(4) 決定は,引用発明1を誤認し,その結果,相違点とされるべき「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉とを備えた」との点を一致点と誤認したものであって,本件発明1と引用発明1との対比が上述したように誤ったものである以上,決定の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)
(1) 本件発明1は,搬出口扉において,「商品払出しシュートを滑落してきた商品が商品搬出口扉の内壁面に当接した後,商品搬出口扉が時計方向に回動しつつ商品が滑落できるように商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有している」ものであるが,その技術的意義は,搬出口扉の内壁面の湾曲部分自体で商品シュートから滑落してくる商品を当接させながら滑落できるように前壁の湾曲部分を形成しているというものである。したがって,商品の滑落態様についての「内壁面に沿って」滑落するとの相違点3に係る構成は,商品が当接する部位をも考慮して,すなわち,平板状部分であるか湾曲形状部分であるか否かによる影響を考慮して判断しなければならない。ところが,決定は,相違点3について,「引用発明において,商品シュートを滑落してきた商品が搬出口扉の内壁面に当接した後の態様を考察するに,商品は商品シュートの延長方向あるいは該延長方向よりも下方の傾斜方向に滑落を続け,一方,搬出口扉は商品からの押圧力を受けて時計方向に回動されることになるため,商品と搬出口扉の内壁面との当接箇所は,当初の当接位置から徐々に搬出口扉の下方側にずれていくもの,即ち,商品は搬出口扉の『内壁面に沿って』滑落するものであると推測される。そうすると,相違点3は,実質的な相違点をなすものとはいえない。」(決定謄本7頁下から第4段落)と説示するのみであるから,その判断は,前提において既に誤っている。
(2) 引用発明1は,内部蓋(12)において,「商品払出しシュート(16)を滑落してきた商品(2)が内部蓋(12)の内壁面に当接した後,内部蓋(12)が時計方向に回動しつつ商品(2)が滑落できるように外壁板(9)貫通部側に凸部を向けて屈曲して形成された前壁を有している」ものであるが,その技術的意義は,内部蓋(12)の内壁面の屈曲部を商品(2)の当接部分より上側に設け,屈曲部より下側で商品払出しシュートから滑落してくる商品(2)を当接させて滑落できるようにしていることにある。
引用発明1の内部蓋(12)は、屈曲部が存在することによる商品詰まりを防止するために、屈曲部を蓋の上方に位置させざるを得なくなり,商品(2)との当接部位が,屈曲部の下方に存在する平板状部分となる。その結果,内部蓋(12)が内壁板(10)の貫通口を塞いだ状態に維持することができないという欠点が生じる。
(3) 本件発明1は,搬出口扉において,「商品払出しシュートを滑落してきた商品が商品搬出口扉の内壁面に当接した後,商品搬出口扉が時計方向に回動しつつ商品が滑落できるように商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有している」ものであるが,その技術的意義は,商品搬出口扉の内壁面の湾曲部分自体で商品シュートから滑落してくる商品を当接させながら滑落できるように前壁の湾曲部分を形成していることにある。
すなわち,本件発明1では、商品が当接する部位が湾曲形状であるため、湾曲部の位置を限定しなくても商品が当該湾曲形状部分に引っ掛かって商品詰まりを生じるおそれがなく、しかも,商品収納室を循環する冷気や暖気により蓋が開いてしまうことを防止することもできる。
したがって,本件発明1は,商品を滑落できるように形成している部位及び形状が,引用発明1と本質的に異なっており,その作用効果も異なっている。
決定が,相違点3についての判断において,商品が当接する部位をも考慮して,商品の滑落態様についての「内壁面に沿って」滑落するとの相違点の考察をしていない以上,決定の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
3 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)
(1) 決定は,「上記刊行物2(注,引用例2)には,蓋の軸支の垂下に対して前側に重心が位置することにより確実に閉状態にもどるようにした自動販売機の外蓋が記載されており,特に蓋の下部が扉の前面方向へ湾曲部分を大きく形成された形状としたものが図示されており,この形状がモーメントの作用を利用していることは明らかである。引用発明における搬出口扉は,内蓋であるのに対し,上記刊行物2に記載のものは外蓋であるという相違はあるものの,共に,自動販売機用の蓋であり,モーメントの作用により開口部を閉じるという共通の機能を有するものであるから,引用発明において,搬出口扉の突出形状を刊行物2に記載のものに倣って湾曲形状とすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項にすぎない。」(決定謄本7頁下から第2段落〜最終段落)と説示するが,誤りである。
(2) 引用例2の外扉(蓋)の湾曲形状は,モーメントの作用によって扉をもとの位置に戻して開口部を閉じるためだけのものであり,モーメントの作用によって開口部を塞いだ状態に維持するものではない。
引用発明2における外蓋は,重心位置が前方に位置するとはいっても蓋上部が内方に湾曲していることから開口部を閉じて元に戻す程度のモーメントの作用しか働いておらず,開口部を塞いだ状態に維持するほどの大きさのモーメントは作用しない。そのため,引用発明2の外蓋を本件発明1における搬出口扉に適用したとしても,商品収納室内部を循環する冷気又は暖気が開口部から外部に漏れてしまい,本件発明1の搬出口扉のように,商品収納室を確実に塞いだ状態に維持し,商品収納室内部を循環する冷気又は暖気が開口部から漏れることを防止することができない。
(3) 被告は,引用発明2の外扉の湾曲形状は,外扉の重心が開口部に対して手前側に位置することにより,モーメントの作用を利用して閉状態にもどるようにしたことは明らかであり,そして,引用発明2の外扉は,商品購入者が販売商品取出時に回動させるために加える外力が加わらない状態で閉状態であることも明らかであり,さらに自動販売機の商品貯蔵庫としての機能にかんがみると,上記外扉は,モーメントの作用によって開口部を塞いだ状態に維持するものということができる旨主張する。
引用発明2の外扉は,全体として略S字形状として形成されているものであり,このような形状の外扉では,モーメントの作用によって開口部を閉状態に戻ることまではできるかもしれないが,上記1(2)に説明したようなモーメントの作用によって,開口部を塞いだ状態に維持することまではできない。したがって,被告の上記主張は,失当である。
4 取消事由4(本件発明2〜4についての認定判断の誤り)
決定は,「商品等を収容する部材の扉を透明部材で形成して内容物を視認できるようにすること(注,本件発明2に係る部分),滑落する物品が接触する平板状部材に所定方向にリブを形成して補強し,該平板状部材の捻れを防止すること(注,本件発明3及び4に係る部分)は,いずれも本件出願前,各種分野で広く行われている周知技術であるから,かかる周知技術を上記引用発明における搬出口扉に適用することも当業者が容易になし得る程度の事項であり,それにより格別顕著な作用効果が生ずるとも認められない。したがって,本件発明2ないし4も,上記周知技術を勘案すれば,上記刊行物1及び2に記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。」(決定謄本8頁最終段落〜9頁第2段落)と説示したが,上述したように,本件発明1についての容易想到性についての判断を誤っている以上,本件発明2〜4の容易想到性についての判断も同様に誤っているというべきである。
第4 被告の主張
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り及び本件発明1と引用発明1との一致点の認定の誤り)について
(1) 原告は,本件発明1は,搬出口扉の重心位置を商品取出口側に寄せたことによるモーメントの作用によって,商品搬出口の前縁部に当接して,これを塞ぐが,それにとどまらず,さらに,商品搬出口を塞ぐ状態を維持して,商品収納室を循環する冷気暖気により搬出口扉が開くことを防止するとともに,外扉の奥行き寸法を小さくするというものである旨主張する。
しかし,本件明細書の特許請求の範囲には,搬出口扉が商品搬出口を塞ぐばかりでなく塞いだ状態を維持するとの記載やモーメントの大きさを示す記載は存在しないのであるから,当該主張は特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
(2) 原告は,本件発明1に係る搬出口扉を特定する記載のうち「商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ」とあるのは,商品が通過した後に商品収納室を循環する冷気や暖気によっても商品搬出口が開かないようにすることを意味し,換言すると,搬出口扉が商品搬出口を塞いだ状態に維持することを意味する旨主張するが,このような事項は,本件明細書の特許請求の範囲に記載されていないから,原告の上記主張も,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
(3) 引用例1(甲1)には,「商品取出口(8)の外壁板(9)に外部蓋(11),内壁板(10)に内部蓋(12)が,共にケース扉(4)の内側に向かって回動自在となるように上部が枢支されて商品取出口(8)を施蓋している。」(3頁12行目〜15行目),「商品(2)はシュート(16)上を滑り落ち,内部蓋(12)を開動してポケット(13)に落下する。」(5頁12行目〜14行目)と記載されており,また,第2図を見ると,内部蓋(12)が少なくとも商品(2)に回動される以前の状態において商品取出口(8)を塞ぐよう構成されていること,さらに,内部壁(12)が時計方向に回動しつつ商品(2)が滑落できるように外壁板(9)貫通部側に突部を向けて屈曲した形状の前壁を有していることが見て取れる。
これらの記載からみて,商品(2)による外力が加わらない状態で,内部蓋(12)は,商品取出口(8)を塞いでいることが明らかである。そして,当該外力が存在しなくなった後,つまり商品(2)が内壁板(10)貫通部を通過した後には,内部蓋(12)は,外力が加わっていない状態である商品取出口(8)を塞ぐ状態に復帰することも明らかである。
さらに,内部蓋(12)が商品(2)により回動された後において,内部蓋(12)を回動した状態に維持することは商品貯蔵庫として不自然であり,盗難防止の観点からも,特別の必要がない限り回動した状態に維持することはないものと考えるべきであって,事実,引用例1には,商品(2)が内壁板(10)貫通部を通過した後に内部蓋(12)を回動状態に維持するといった特別の構成は記載されていない。
(4) 仮に,本件発明1の搬出口扉(11)が内扉(9)貫通部を塞いだ状態に維持するものであったとしても,上記のように,引用発明1もまた,商品(2)による外力が加わらない状態で内部蓋(12)は商品取出口(8)を塞いでいることが明らかである。
(5) 原告は,屈曲部の位置が内部蓋(12)の上部に存在することを根拠にモーメントの大きさについて主張するが,たとえ,本件明細書及び図面に記載された実施例と引用例1(甲1)に記載された実施例の枢支点と重心との距離が異なるとしても,モーメントの大きさは枢支点と重心との距離のみによって決定されるものではなく,重量にも依存するのであって,両者の重量について何ら検討することなく両者のモーメントの大きさが異なると断定することは失当というほかない。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
(1) 原告は,商品の滑落態様についての「内壁面に沿って」滑落するとの相違点3に係る構成は,商品が当接する部位をも考慮して,すなわち,平板状部分であるか湾曲形状部分であるか否かによる影響を考慮して判断しなければならない旨主張する。
しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲には,「重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有し,・・・搬出口扉」と記載されている。この記載からみて,本件発明1に係る搬出口扉は,重心位置を商品取出口側に寄せること,商品が内壁面に沿って滑落できること,ができるように商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有することが記載されているのであって,商品を滑落できるように形成している部位が湾曲部分自体であるとは記載されていない。
相違点3の商品の滑落態様については,商品を滑落できるようにしている部位が,本件発明1では湾曲部分であるのに対し,引用発明では平板状部分であるとしても,引用発明において商品が搬出口扉の「内面に沿って」滑落するものであることには変わらず,引用発明1の,商品が「内面に沿って」滑落するか否かの判断には何ら影響していない。
(2) 仮に,本件発明1において,商品を滑落できるように形成している部位が搬出口扉の湾曲部分であったとしても,滑落の際に商品が当接する部分を湾曲形状とするか平板形状とするかは当業者が適宜決定すべき事項にすぎず,その効果も当業者の予測の範囲内のものである。
なお,湾曲形状の技術的意義については,決定の相違点4についての判断中で検討されているから,判断の遺漏もない。
3 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)について
引用発明2の外扉の湾曲形状は,外扉の重心が開口部に対して手前側に位置することにより,モーメントの作用を利用して閉状態にもどるようにしたことは明らかである。そして,引用発明2の外扉は,商品購入者が販売商品取出時に回動させるために加える外力が加わらない状態で閉状態であることも明らかであり,さらに自動販売機の商品貯蔵庫としての機能にかんがみると,上記外扉は,モーメントの作用によって開口部を塞いだ状態に維持するものということができる。
4 取消事由4(本件発明2〜4についての認定判断を誤り)について
本件発明1についての容易想到性の判断に誤りがない以上,原告の主張はその前提を欠くものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り及び本件発明1と引用発明1との一致点の認定の誤り)について
(1) 本件発明1の「搬出口扉」について
ア 本件発明1の特許請求の範囲の「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」との記載は,いわゆる機能的記載によって発明を特定するものである。
本件発明1は,上記第2の1のとおり平成6年9月19日の特許出願に係る特許発明であるから,明細書の記載要件については,平成6年法律第116号による改正(平成7年7月1日施行)前の特許法36条の適用を受けるところ,同改正前の同法36条5項2号は,特許請求の範囲について,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないと規定しており,上記改正後の同法36条5項のように,機能的な記載による発明の特定も可能とするような規定の仕方となっているわけではないが,発明によっては機能的な記載の方が要旨特定のために適切な場合もあるから,必ずしも,要旨特定のために機能的記載が許されないわけではない。
本件において,決定は,本件訂正に係る,本件発明1の特許請求の範囲の「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」との機能的記載をもって,本件発明1の特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正であるとしているので(決定謄本2頁2(2)の項),上記記載によって特許請求の範囲が減縮されているという前提で検討を進める。
なお,機能的記載についても,その技術的意義を認定するに当たっては,特段の事情のない限り,本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるので,本件明細書の特許請求の範囲の記載について検討する。
イ 本件発明1の特許請求の範囲の「モーメント」という語は,一般的な用語例によれば,「主に回転能力の大きさを表す量。定点からの位置ベクトルと着目する物理量とのベクトル積として表される。」(広辞苑第5版),「定点に関するある量の効果を示すために,定点からその量までの距離をその量に掛けたもの。力の回転の効果は力のモーメント・・・などで表す。」(大辞林第2版)などといった意味を有する語である。特許請求の範囲の「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,」との記載によれば,搬出口扉の重量の回転方向の分力と,その重心位置から軸支されている点までの距離との積を「モーメント」としていることが明らかである。
また,本件発明1の特許請求の範囲の「塞ぐ」という語は,一般的な用語例によれば,「ふたをする。とじる。おおう。」(広辞苑第5版),「穴や開口部をなくす。」(大辞林第2版)などといった意味を有する語である。そうすると,「モーメントの作用により・・・前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ」とは,上記モーメントの作用に基づいて,商品搬出口に蓋をするということになる。
ところで,本件発明1は,「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」との機能的記載とは別に,「搬出口扉」が「前記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有」するという構成を有しているところ,この記載を技術常識に照らして読めば,商品シュートを滑落してきた商品が搬出口扉を通過する際に,搬出口扉が,商品に押されると開き,商品がなくなると閉まるという構成となっているであろうことが容易に理解されるところである。
そうすると,「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」とは,商品シュートを滑落してきた商品が搬出口扉を通過する際に,搬出口扉が,商品に押されると開き,商品がなくなると閉まるということを,「モーメントの作用」ということで力学的に説明しているにすぎないことになる。
しかし,上記のとおり,決定が,特許請求の範囲を減縮するものとして本件訂正を認めている以上,「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」の記載が単なる力学的な説明であるはずはないこととなるが,特許請求の範囲の記載によっては,上記記載の技術的意義が一義的に明確であるとはいえないというほかないので,進んで,発明の詳細な説明について考察する。
ウ 本件明細書(甲4添付)によれば,発明の詳細な説明には,次の記載がある。
(ア) 「【産業上の利用分野】本発明は,内扉を有する自動販売機に関し,特に内扉の下部に形成された商品搬出口を開閉する搬出口扉の構造に関する。」(段落【0001】)
(イ) 「【従来の技術】従来の自動販売機においては,内部に商品収納室が形成されている断熱構造の本体の前部に外扉を設けると共に,この外扉の下部前面に商品取出口を設ける一方,外扉に対向配置されると共に本体の前面開口を開閉する内扉の下部に商品取出口に対応するように商品搬出口を設けるようにしている。これにより,商品収納室内に設けられた商品シュートを滑落してくる商品は,商品搬出口を通過した後,商品取出口に搬出されるようになっている。」(段落【0002】)
(ウ) 「ところで,商品搬出口扉を平板状に形成すると,扉の重心は軸部の垂直下方に位置するようになり,このように重心位置が軸部の垂直下方にある場合には,商品搬出口扉には商品搬出口の前縁に当接する方向の力は生じないことから商品搬出口扉が商品収納室内を循環する冷気又は暖気にて開くことがある。そこで,従来は,図5に示すように商品搬出口1の前縁部に後方に傾斜した枠状の当接部2を突設し,この当接部2に商品搬出口扉3を当接させて商品搬出口扉3を傾斜させ,これにより商品搬出口扉3の重心位置を軸部3aの垂直下方よりも外扉4の商品取出口5側に寄せるようにしている。そして,このように重心位置を商品取出口5側に寄せることにより,商品搬出口扉3に商品搬出口1に向かう方向の力(モーメント)を生じさせることができ,これにより商品搬出口扉3を商品搬出口1に密着させることができると共に,商品収納室6内を循環する冷気又は暖気にて商品搬出口扉3が開くのを防ぐことができるようになっている。なお,同図において,7は商品搬出口1から落下してくる商品を受ける商品受け部,8は商品受け部7の上方に軸支されている盗防板,9は内扉である。」(段落【0004】
〜【0006】)
(エ) 「【発明が解決しようとする課題】ところで,商品搬出時,商品を確実に搬出できるようにするためには商品により押し開かれる商品搬出口扉の先端と,商品搬出口の下端部からの距離が商品が確実に通過できる所定距離だけ離れる位置まで商品搬出口扉を上方回動させるだけの前後方向の幅を有した空間を商品搬出口と商品取出口との間に形成する必要がある。」(段落【0007】)
(オ) 「このため,所定距離(L)を確保するためには商品搬出口扉3の先端が外扉4に近い分だけ商品搬出口扉3をより上方まで回動させなければならず,その分外扉4の奥行き寸法(D1)も大きくなり,自動販売機の薄型化という市場要求に答えることができないという問題点があった。本発明は,外扉の奥行き寸法を小さくすることのできる自動販売機を提供することを目的とするものである。」(段落【0009】,【0010】)
(カ) 「【作用】請求項1の発明では,断熱構造の本体の前部に設けられている外扉の下部前面に商品取出口を設ける一方,外扉に対向配置されると共に本体の前面開口を開閉する内扉の下部に商品取出口に対応するように商品搬出口を設け,商品収納室内に設けられた商品シュートを滑落する商品を,商品搬出口を通過させた後,商品取出口へ搬送するようにする。また,商品搬出口に上端が軸支される搬出口扉の前壁を,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成することにより,搬出口扉に両側壁の後端を商品搬出口の前縁に当接させる方向の力を生じさせるとともに,商品搬出口での商品詰まりを防止する。」(段落【0015】)
(キ) 「【発明の効果】以上のように本発明によれば,搬出口扉と当接する当り部を商品搬出口の前縁に設けなくても,商品搬出口を塞ぐことができるので,外扉の奥行き寸法を小さくすることができる。また,商品は湾曲した内壁面に沿って滑落するので商品搬出口での商品詰まりを防止できる。」(段落【0038】)
エ 本件明細書の発明の詳細な説明の上記記載によれば,@従来の技術においては,商品搬出口扉を平板状に形成していたので,扉の重心は軸部の垂直下方に位置するようになり,搬出口扉には商品搬出口の前縁に当接させる方向の力(モーメント)が生じないことから,商品収納室内を循環する冷気又は暖気によって開くことがあるので,搬出口扉と商品搬出口の前縁部との当接面を傾斜させ,搬出口扉において,商品搬出口の前縁に当接する方向の力(モーメント)が生じるようにして,商品収納室内を循環する冷気又は暖気によって開かないようにしていた,Aしかし,搬出口扉と商品搬出口とが外側に傾斜した分だけ,外扉の奥行き寸法が大きくなるので,これを小さくすることが課題であった,Bそこで,本件発明1においては,特許請求の範囲記載の構成を採用し,商品搬出口に上端が軸支される搬出口扉の前壁を,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成することにより,搬出口扉に両側壁の後端を商品搬出口の前縁に当接させる方向の力を生じさせるという作用効果を有するものであり,この点に本件発明1の技術的意義があるというものである。
そうすると,搬出口扉は,商品収納室6内を循環する冷気又は暖気によって搬出口扉が開かないように,他方,商品シュートを滑落してきた商品が当たると,開いて,内壁面に沿って滑落できるようしているのであるから,搬出口扉の重心に働く回転方向分力及びこれによって生じるモーメントは,搬出口扉が商品搬出口の前縁に当接し,かつ,商品収納室6内を循環する冷気又は暖気によっては開くことがなく,搬出口扉を開く方向に外力が加わらない限り,継続的に当接した状態を維持し施蓋状態を保つほどのものでなければならず,したがって,「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」とは,搬出口扉の材質に限定はないが,上記作用効果を奏する程度に重いものであり,また,搬出口扉の重心位置も,上記作用効果を奏する程度に回転軸から離れているものであると認めるのが相当である。なお,上記作用効果が搬出口扉の重量の回転方向分力によって生じるモーメントのみによって奏せられるものであることは,当然である。
オ 被告は,本件明細書の特許請求の範囲には,搬出口扉が商品搬出口を塞ぐばかりでなく塞いだ状態を維持するとの記載やモーメントの大きさを示す記載は存在しないのであるから,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかない主張である旨主張する。
しかしながら,特許請求の範囲の「該重心位置を前記商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」の記載が発明の要旨を限定するものであることは明らかであり,上記記載が発明の要旨を限定するものであるとの前提で,その技術的意義を明らかにすれば,上記エのとおり,少なくとも,搬出口扉の材質に限定はないが,上記作用効果を奏する程度に重いものであり,また,搬出口扉の重心位置も,上記作用効果を奏する程度に回転軸から離れているものであり,しかも,上記作用効果が搬出口扉の重量の回転方向分力によって生じるモーメントのみによって奏せられるものであることが理解されるのである。
(2) 引用発明1の「内部蓋(12)」について
ア 引用例1(甲1)には,次の記載がある。
(ア) 「第1図乃至第3図において,(1)は自動販売機のケース本体で,内部に瓶商品(2)を収納する商品貯蔵庫(3)を備えている。(4)はケース扉で,ケース本体(1)の前面に開閉自在に取付けられ,該扉(4)には,・・・商品取出口(8)等が設けられている。この商品取出口(8)は,ケース扉(4)の外壁板(9)及び内壁板(10)を貫通して商品貯蔵庫(3)内の下部と連通するように開設されている。そして商品取出口(8)の外壁板(9)に外部蓋(11),内壁板(10)に内部蓋(12)が,共にケース扉(4)の内側に向つて回動自在となるよう上部が枢支されて商品取出口(8)を施蓋している。ケース扉(4)内でかつ商品取出口(8)の下方にポケット(13)が設けられ,内部蓋(12)を開動させて落下排出される商品(2)を収納するよう構成され・・・ている。」(3頁4行目〜末行)
(イ) 「上記商品貯蔵庫(3)内には複数のコラム(15)が設けられ,コラム(15)内に商品(2)が積層状に収納されている。このコラム(15)の下部には各々商品払出装置(図示省略)が設けられ,該払出装置の下方に,該装置から排出落下してくる商品(2)を受け止める商品払出シュート(16)が設けられている。」(4頁1行目〜6行目)
(ウ) 「商品(2)はシュート(16)上を滑り落ち,内部蓋(12)を開動してポケット(13)に落下する。」(5頁12行目〜14行目)
(エ) 第2図には,上部が枢支された内部蓋(12)には,ケース扉(4)の内側(商品取出口(8)側)が凸となるような屈曲部が形成されており,この屈曲部は,内部蓋(12)の上部側に位置し,内部蓋(12)は,商品取出口(8)が,内壁板(10)を貫通する部分において,その下端部が内壁板(10)に当接して,商品取出口(8)を施蓋しており,商品(2)がシュート(16)上を滑り落ちると,内部蓋(12)は,商品(2)により,ケース扉(4)の内側(商品取出口(8)側)に向かって開動させられ,開動の終点において,内部蓋(12)の下端部は,外部蓋(11)に当接することが示されている。
イ 上記ア(ア)ないし(ウ)の記載及び(エ)の図示内容からすると,内部蓋(12)は,商品取出口(8)が,内壁板(10)を貫通する部分において,商品取出口(8)を施蓋し,シュート(16)上を滑り落ちる商品(2)により商品取出口(8)側に開動させられるものであることが認められる。しかし,内部蓋(12)の構造については,第2図から,内部蓋(12)の上部が枢支されていることと,ケース扉(4)の内側(商品取出口(8)側)が凸となるような屈曲部が形成されていることがうかがわれるだけであり,他に,内部蓋(12)の構造について,引用例1には具体的な記載は見当たらず,また,内部蓋(12)がどのような手段によって施蓋状態を保つような構成となっているのかどうかが明らかでない。
そうすると,「その下端部が内壁板(10)に当接して,商品取出口(8)を施蓋しており,」との記載にかかわらず,引用例1から把握できるのは,内部蓋(12)が回動自在で,商品取出口(8)に当接しているということであって,本件発明1のような搬出口扉の重さ,重心位置によって生じるモーメントの作用のみによって施蓋状態を保つような構成となっているものとは認め難いものである。
ウ 被告は,引用例1の記載からみて,商品(2)による外力が加わらない状態で,内部蓋(12)は,商品取出口(8)を塞いでいることが明らかである,そして,当該外力が存在しなくなった後,つまり商品(2)が内壁板(10)貫通部を通過した後には,内部蓋(12)は外力が加わっていない状態である商品取出口(8)を塞ぐ状態に復帰することも明らかである旨主張する。
確かに,内部蓋(12)は,ケース扉(4)の内側(商品取出口(8)側)が凸となるような屈曲部が形成されているから,この屈曲部によって,内部蓋(12)の重心位置は,枢支部を通る鉛直線上よりもケース扉(4)の内側(商品取出口(8)側)に寄ることになって,内部蓋(12)を閉蓋方向に作用する,些少のモーメントが生じることは明らかである。しかし,第2図に記載された内部蓋(12)が薄板をくの字状に曲げただけの形状であることからして,本件発明1のような搬出口扉の重さ,重心位置によって生じるモーメントの作用のみによって施蓋状態を保つような構成となっていないことは明らかであるから,被告の上記主張は,前提において失当というほかない。
(3) 決定は,本件明細書(甲4添付)の段落【0005】,【0006】の記載を引用して,「そもそも,商品搬出口扉が,商品収納室内を循環する冷気又は暖気にて開くのを防ぐように構成されるものであることは,自動販売機の分野における技術常識というべき事項である。一方,引用発明の自動販売機は,前述したように,瓶商品を収納する商品収納室内を循環する冷気又は暖気の存在する断熱構造が採用されたものであると解され,しかも,内部蓋は,商品取出口側に凸部を向けて屈曲して形成された前壁を有するところから,重心位置を商品取出口側に寄せることによって,商品搬出口を塞ぐ方向のモーメントを生じさせることができるものといえる。そうすると,上記技術常識を踏まえれば,刊行物1には,内部蓋がモーメントの作用によって商品取出口を塞ぐ技術が開示されていると解するのが妥当である。」(決定謄本8頁第4段落〜第6段落)と説示する。
しかしながら,本件明細書の段落【0005】,【0006】では,商品収納室内を循環する冷気又は暖気によって開くのを防ぐことを課題としている旨記載しているのみであり,このような課題を商品搬出口扉の構成によって解決するとしているわけではないから,上記段落【0005】,【0006】の記載から,「商品搬出口扉が,商品収納室内を循環する冷気又は暖気にて開くのを防ぐように構成されるものであること」が自動販売機の分野における技術常識であるとするのは,誤りであり,被告の上記主張は,採用の限りでない。
また,被告は,モーメントの大きさは枢支点と重心との距離のみによって決定されるものではなく,重量にも依存するのであって,本件発明1と引用発明1の重量について何ら検討することなく,両者のモーメントの大きさが異なると断定することはできない旨主張する。
しかしながら,引用例1の記載をみれば,内部蓋(12)の形状からして,些少のモーメントが生じるのみであって,モーメントの作用によって,内壁板(10)に当接して内壁板(10)を塞ぎ施蓋状態を保つような構成となっていないことは,上記(2)ウのとおりであるから,本件発明1と引用発明1の重量の点を論ずるまでもないものであり,被告の上記主張は,失当である。
被告は,その他るる主張するが,上述してきたところに照らし,いずれも採用の限りでない。
(4) 以上のとおり,決定は,本件発明1の技術的意義の解釈を誤り,引用発明1の認定を誤った結果,本件発明1と引用発明1との一致点の認定を誤ったものであって,この誤りが,決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであり,原告主張の取消事由1は理由がある。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
(1) 決定は,本件発明1と引用発明1との相違点3として,「商品の滑落態様に関し,本件発明1においては,商品が搬出口扉の『内壁面に沿って』滑落できるとしているのに対し,引用発明においては,そのような滑落態様が明確にされていない点。」(決定謄本6頁下から第2段落)を認定した上,この相違点3について,「引用発明において,商品シュートを滑落してきた商品が搬出口扉の内壁面に当接した後の態様を考察するに,商品は商品シュートの延長方向あるいは該延長方向よりも下方の傾斜方向に滑落を続け,一方,搬出口扉は商品からの押圧力を受けて時計方向に回動されることになるため,商品と搬出口扉の内壁面との当接箇所は,当初の当接位置から徐々に搬出口扉の下方側にずれていくもの,即ち,商品は搬出口扉の『内壁面に沿って』滑落するものであると推測される。そうすると,相違点3は,実質的な相違点をなすものとはいえない。」(同7頁下から第4〜第3段落)と判断するところ,原告は,この判断の誤りを主張する。
(2) そこで検討すると,本件発明1の特許請求の範囲には,商品の滑落態様について,「前記内扉の下部に前記商品取出口に対応するように設けられ,前記商品収納室内に設けられた商品シュートを滑落する商品を前記商品取出口へ搬出するための商品搬出口と,前記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有」する「搬出口扉」との記載がある。
本件発明1の搬出口扉は,その前壁が商品取出口側に湾曲して形成されているが,「商品が内壁面に沿って滑落できるように」という機能的な記載で,前壁の湾曲形状と商品の滑落とを関連付けて発明を特定しているのであるから,商品が当接する部位が湾曲形状であることをも考慮して,「内壁面に沿って」滑落するとの相違点を検討しなければならないことが明らかである。
この点について,被告は,本件明細書の特許請求の範囲の上記記載からみて,本件発明1に係る搬出口扉は,重心位置を商品取出口側に寄せること,商品が内壁面に沿って滑落できることができるように商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有することが記載されているのであって,商品を滑落できるように形成している部位が湾曲部分自体であることは記載されていない旨主張する。
確かに,商品を滑落できるように形成している部位が湾曲部分自体であることは明記されておらず,そもそも,「内壁面」と「前壁」との関係が本件明細書の特許請求の範囲の記載によっては明らかといえない。
しかし,「内壁面」と「前壁」との関係を明らかにするために本件明細書の発明の詳細な説明を検討すると,上記1(1)ウ(カ)の「商品搬出口に上端が軸支される搬出口扉の前壁を,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成することにより,」との記載,及び,同(キ)の「商品は湾曲した内壁面に沿って滑落するので」との記載を参酌すれば,「内壁面」と「前壁」とは同義であって,本件発明1の「商品が内壁面に沿って滑落できる」とは,商品が「湾曲して形成された前壁」に沿って滑落できると解するのが相当である。
したがって,商品を滑落できるように形成している部位が湾曲部分自体であることは特許請求の範囲に記載されていないとする被告の主張は,失当というほかない。
また,被告は,湾曲形状の技術的意義については,決定の相違点4についての判断中で検討されているから,判断の遺漏もない旨主張する。
しかし,決定は,相違点4において,「突出」形状か「湾曲」形状かを論じているのみであって,前壁の湾曲形状と商品の滑落とを関連付けて検討していないことが明らかであるから,被告の上記主張は失当というほかない。
(3) 被告は,仮に,本件発明1において,商品を滑落できるように形成している部位が搬出口扉の湾曲部分であったとしても,滑落の際に商品が当接する部分を湾曲形状とするか平板形状とするかは当業者が適宜決定すべき事項にすぎず,その効果も当業者の予測の範囲内のものである旨主張する。
しかしながら,被告は,滑落の際に商品が当接する部分を湾曲形状とするか平板形状とするかといった形状を問題にしているのみであって,前壁の湾曲形状と商品の滑落とを関連付けて検討していない以上,当業者が適宜決定すべき事項であるとの結論を導くのは論理の飛躍であって,失当であることが明らかである。
(4) 以上のとおり,前壁の湾曲形状と商品の滑落とを関連付けて本件発明1を検討し,商品が当接する部位が湾曲形状であることをも考慮して,相違点3についての容易想到性を検討するのが相当であるから,原告主張の取消事由2は理由がある。
3 取消事由4(本件発明2〜4についての認定判断の誤り)について
本件発明2〜4は,上記第2の2のとおり,いずれも,その構成の一部として本件発明1を含んでいるところ,上述したように,本件発明1についての認定判断を誤っている以上,本件発明2〜4についての認定判断も誤りであることが明らかである。
4 そうすると,原告主張の取消事由1,2及び4は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,決定は取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるから,これを認容し,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 青 柳 馨
裁判官 宍 戸 充