H17.12.19 知財高裁 平成17(行ケ)10050 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10050号 審決取消請求事件(平成17年11月21日口頭弁論終結)
          判決
  原      告     X
  訴訟代理人弁護士       尾崎英男
  同    弁理士       相田伸二
  被      告    特許庁長官 中嶋誠
  指定代理人          江畠博
  同                     片岡栄一
  同                    小池正彦
  同                     宮下正之
          主文
      原告の請求を棄却する。
          訴訟費用は原告の負担とする。
          この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

                  事実及び理由
第1 請求
    特許庁が不服2003−24335号事件について平成16年11月15日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いがない事実
 1 特許庁における手続の経緯
  (1) 訴外ダブリュイーエイ・マニュファクチャリング・インコーポレイテッド(以下「訴外会社」という。)は,平成10年2月27日〔優先権主張1997年(平成9年)2月28日・米国〕を国際出願日として,発明の名称を「両面ハイブリッドDVD−CDディスク」とする特許出願(特願平10−537878号,以下「本件出願」という。)をした。
    その後,原告は,平成12年10月19日,訴外会社から本件出願に関し特許を受ける権利の譲渡を受け,平成13年5月11日付け特許出願人名義変更届をもって,特許庁長官にその旨の届出をし,本件出願につき出願人の地位を承継した(以下,訴外会社から原告への承継の前後を通じ,本件出願の出願人を「本件出願人」という。)。

    特許庁は,平成14年12月6日付けで,本件出願につき,拒絶理由(以下「本件拒絶理由」という。)の通知(甲4)をした上,平成15年9月4日,本件出願につき,本件拒絶理由で拒絶すべき旨の拒絶査定(甲5)をした。
  (2) 原告は,平成15年12月16日,上記拒絶査定を不服として,本件審判の請求をし,同請求は,不服2003−24335号事件として特許庁に係属した。
  (3) 原告は,平成16年1月14日付け手続補正書(甲6)により,本件出願の願書に添付された明細書(甲2,以下「本件明細書」といい,同願書に添付した図面と併せて「本件明細書等」という。また,同図面を「本件図面」といい,同図面である〔図1〕ないし〔図4〕を単に「図1」ないし「図4」という。)の補正(以下「本件補正」という。)をしたが,特許庁は,同年11月15日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決をし,その謄本は,同月30日に原告に送達された。

 2 本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】 両側に2種類の異なる方式で光学データを記録したコンパクトディスクであって,それぞれ第1データ方式および第2データ方式でデータを記録した第1半分高および第2半分高コンパクトディスク表面と,全高のコンパクトディスクを形成するように,前記第1半分高コンパクトディスク表面と第2半分高コンパクトディスク表面を接着する接着層とからなる,前記第1方式用のプレーヤで再生できるとともに,裏返して第2方式で再生できるようにしたコンパクトディスク。
  【請求項2】 前記第1および第2半分高ディスクには,ほぼ同一のデータがそれぞれ異なるデータ方式で記録されているところの請求項1記載のコンパクトディスク。
  【請求項3】 前記データ表面は,前記コンパクトディスク表面のデータ層を通して見ることができるラベルを有しているところの請求項1記載のコンパクトディスク。

     (以下,請求項1を「本件請求項1」,請求項1ないし3記載の発明を併せて「本願発明」という。)
 3 本件補正後の明細書(甲6)の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】 異なった厚さを有するCDディスクとDVDディスクとからなる両面ハイブリッドディスクであって,データ記録表面(7)と,このデータ記録表面(7)を走査する走査レーザーの通過する反対側の平坦な表面(5)とこのデータ記録表面(7)を被覆する金属被覆層(9)とを有するCDディスクと,データ記録面(27)と,このデータ記録表面(27)を走査する走査レーザーの通過する反対側の平坦な表面と,そしてデータ記録表面を被覆する金属被覆層を有するDVDディスクとからなり,両ディスクがそれぞれのデータ記録表面(7,27)を互いに向き合わせ,接着剤層によって合体されている両面ハイブリッドディスクにおいて,

   CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合が約3対2であり,接着剤層によって結合された両ディスクが一般的なCDディスクの全高に相当する厚さのディスクを形成することを特徴とする両面ハイブリッドディスク。
  【請求項2】 上記CDディスクのデータの記録表面(7)とDVDディスクのデータ記録表面(27)には,実質的に同じデータが記録されているところの請求項1記載の両面ハイブリッドディスク。
  【請求項3】 上記各データ記録表面(7,27)には,各ディスクのデータ記録表面(7,27)を通して見ることのできるラベルを有しているところの請求項1記載の両面ハイブリッドディスク。
 4 審決の理由
     審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。

   (1) 本件補正の適否について
    本件補正は,@本件請求項1において,CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合につき,特に「約3対2」とする旨の要件を付加し,また,A発明の詳細な説明において,複数の先行技術文献の文献名を追加するとともに,これら先行技術文献の内容を詳細に付加するものであるところ,上記@の補正における「約3対2」なる割合数値については,その旨の記載ないしはこれを示唆する事項は,本件明細書等のいずれにも見いだすことはできないし,本件明細書等の記載からみても,自明な事項の範囲内のものとすることはできない,また,上記Aの補正は,先行技術文献の追加及びその記載により,本件出願に係る発明と先行技術とを対比し,発明の評価に関する情報,発明の実施に関する情報を実質的に追加するものであるから,本件明細書等の記載の範囲内のものとはいえず,結局,本件補正は,本件出願の願書に最初に添付した明細書及び図面である本件明細書等に記載された事項の範囲内においてするものとは認められない。

       したがって,本件補正は,平成15年改正前特許法(注,平成15年法律第47号による改正前の特許法の趣旨であると解される。)17条の2第3項の規定に適合しないので,特許法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきである。
  (2) 本件明細書等と特許法36条4項(平成11年法律第160号による改正前の特許法36条4項の趣旨であると解される。以下「特許法旧36条4項」という。)について
     本件明細書等には,「本発明は,同一構造体上に標準音声CD方式と超高密度(DVD)方式の両方で行われるデータ記憶に関するものである。」と記載されており,本件請求項1に係る発明は,結局,両方式のディスクをそれぞれ,従来技術の(現在一般的な)CDディスクの厚さを基準に半分高とした第1データ方式及び第2データ方式でデータを記録した第1半分高コンパクトディスク表面と第2半分高コンパクトディスク表面を接着層を介して接着して全高のコンパクトディスクを形成するようにした「両面ハイブリッドDVD−CDディスク(コンパクトディスク)」に関するものであり,その発明に係るディスクは,従来技術のCDプレーヤ又はDVDプレーヤで再生することを前提としてされたものとみることができる。

    ところで,従来技術のCDディスクの規格では,透明基板自体が1.2mmの厚さを有し,いわゆる保護層は,高々数μm〜数十μm程度の厚さであるから,従来技術のCD方式のディスク自体の厚さを半分にするには,透明基板の厚さを半分にすることが必須であり,そうすると,その透明基板厚は,従来技術のCDディスクの規格から外れることになる。実際に,本件明細書(甲2)の好適な実施形態の詳細な説明において,CD方式の半値高のディスクを図示するものとされている図3,すなわち,図4のハイブリッドコンパクトディスクのうちCDディスク部分は,透明基板部分の厚さが規格に沿った厚さを有していない。したがって,本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクのうちCDディスクの部分は,特別の工夫なしでは,従来技術のCDプレーヤで再生することができないことは明らかである。
    従来技術のCDプレーヤでの再生を前提とした本願発明に係るディスクが透明基板厚においてCD規格から外れている場合,その実施に際し,本件拒絶理由で審査官が指摘した点(注,「・・・CDの基板厚さは1.2mmであることが示されている。しかしながら,そのような『CD』に対し,『DVD』を貼り合わせた場合,『DVD』ディスクにも・・・無視できない厚さがある以上,従来の『CD』装置では,ディスクの厚さが相違することとなり,従来の規格に則って製造された装置への装着が不可能となるはずであるが,その点について,この出願の詳細な説明において,何ら釈明もしていないし,解決手段も,対策が不要であることすらも示していない。』〔甲4)〕)の明確な説明は必須であって,その説明がされていない本件明細書等は,当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず,したがって,本件明細書等が特許法旧36条4項に規定された要件を満たしていないとしてされた原査定は妥当である。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,本件補正の適否についての判断を誤り(取消事由1),また,本件明細書が特許法旧36条4項に規定する要件を具備しているか否かの判断を誤り(取消事由2),その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件補正の適否についての判断の誤り)
   (1) 本件明細書の特許請求の範囲の補正の適法性
   ア 審決は,本件補正のうち,本件請求項1において,CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合につき,特に「約3対2」とする旨の限定を付す補正について,「『約3対2』なる割合数値の記載ないしは示唆する事項は,明細書等(注,本件明細書等)のいずれにも見いだすことはできないし,明細書等の記載からみても自明な事項の範囲内のものとすることはできない。」(審決謄本3頁第4段落)と判断したが,誤りである。

     「約3対2」の割合数値は,図4において,当該CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合として図示されている。
     イ 審決は,図4について,「半分高のCD方式のディスクとDVDディスクの下側の半分高の複合層等の2枚の半分高のディスクが接着されているのであるから,結局,各ディスクの厚さは,比で表すとすると約1対1となることは明らかである」(審決謄本3頁第3段落)と判断している。
     しかし,図4では,「図3に示されている半分高のCD方式と図2に13で示されている下側の半分高の複合層等の2枚の半分高のディスクが接着されている」(甲2の5頁20行目〜22行目)が,図3の半分高のCDディスクと図2のDVDディスクの下側の半分高の各厚さは同じではない。本件明細書では,CDディスク又はDVDディスクの規格上の厚さについて直接記載してはいないが,CDディスク又はDVDディスクの厚さについては各規格が存在し,本願発明は,当然,そのような規格の存在を前提としている。また,本件明細書に接する当業者にとってもそのような規格の存在は周知である。

     すなわち,CDディスクについては,欧州電子計算機工業会(ECMA)規格−130(甲8)が規定しており,その中の,「8.機械的,物理的及び寸法的な性質(Mechanical, physical and dimensional characteristics)」の項の,「8.6情報領域(Information area)」において,10頁の図1の直径がd(最大44mm)からd(最大118mm)の間の領域が「情報領域」と規定され,また,当該半径の間の領域において,ディスクは,透明基板(a transparent substrate),反射層(a reflective layer),保護層(a protective layer),随意的なラベル(an optional label)からなることが11頁の図3を参照して規定されている。そして,レーザが入射する参照面Pからラベルまでの高さh12は1.1mmから1.5mmの間となるように規定されている。さらに,透明基板の厚さeは1.2mm±0.1mmと規定されている。
     また,DVDディスクについては,ECMA規格−267(甲9)において,その「10.1全体的寸法(Overall dimensions)」の項目で,接着層,スペーサ及びラベルを含んだDVDディスクの厚さeは,1.14mmから1.5mmの間となるように規定されている。
     上記のとおり,CD及びDVDのディスク厚さは,ECMAの各規格上,それぞれ一定の範囲で規定されており,この範囲内の厚さを有するCDディスク及びDVDディスクである限り,一般的なCDプレーヤー及びDVDプレーヤで再生することができるのである。言い換えれば,CDプレーヤー及びDVDプレーヤは各規格の範囲内の厚さを有するディスクを再生できなければならない。また,本件明細書(甲2)には,「新しいDVD方式の1つの特徴は,データが記録されている表面を有するための射出成形で形成されたプラスチック材が,従来の(現在一般的な)CDディスクの厚さ・・・のほぼ半分の厚さである点にある。『半分高』のDVDデータ表面に剛直性を与えるために,通常は同じ『半分高』の厚さのプラスチック層を裏に当てている。」(3頁下から7行目〜下から2行目)と記載されている。このことから,本件明細書において,この全高のCDディスクの半分の厚さと言った場合,上記規格寸法を厳密に適用すると,0.55mmから0.75mmの範囲の厚さを指すこととなり,「ほぼ半分の厚さの『半分高』」と言った場合には,前述したCDディスクの規格の厳密な半分である,0.55mmから0.75mmの範囲を中心に,それよりもやや上下に幅のある寸法を示していることは明らかである。さらに,DVDディスクは,「『半分高』のDVDデータ表面に剛直性を与えるために,通常は同じ『半分高』の厚さのプラスチック層を裏に当てている」のであるから,データが記録されているプラスチック材と裏当てのプラスチック層の厚さは同じ厚さである。
     そうすると,図3に示された「半値高(半分高)」のCDディスクの厚さは,0.55mmから0.75mmの範囲を中心に,それよりもやや上下に幅のある寸法を取ることができることは明らかである。同様に,図2に示された従来のDVDディスクの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材の厚さは,DVDディスクの規格による厚さe1の半分,すなわち,0.57mmから0.75mmの範囲の厚さを取ることができる。本件明細書にいう「半分高」,「下側半分高」はそれぞれ上記の幅をもった範囲の大きさである。

     一方,それら「半分高」のCDディスクと,DVDディスクの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材を,図4に示すように接着した場合に,形成されたハイブリッドコンパクトディスクは,CDディスクとDVDディスクの厚さの規格を満たす必要がある。すなわち,ハイブリッドコンパクトディスクの厚さは,CDディスクの厚さの規格とDVDディスクの厚さの規格の両方を満足する,1.14mmから1.5mmの間となるように形成される必要がある。
     ここで,DVDディスクの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材として,上記0.57mm〜0.75mmの範囲のうち0.57mmを採用した場合,接着されるべき「半分高」のCDディスクとして,0.57mm〜0.93mmの範囲の厚さのものを採用すれば,ハイブリッドコンパクトディスクは上記ディスクの厚さの各規格(1.14mm〜1.5mmの範囲)を満たす。この場合,「半分高」のCDディスクと,DVDの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材の厚さの比は,0.57対0.57(すなわち1対1)から,0.93対0.57(すなわち,1.63対1)の間となる。また,DVDディスクの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材として,0.57mm〜0.75mmの範囲のうち0.75mmを採用した場合,接着されるべき「半分高」のCDディスクとして,0.39mm〜0.75mmの範囲の厚さのものを採用すれば,ハイブリッドコンパクトディスクは上記ディスクの厚さの各規格(1.14mm〜1.5mm)を満たす。この場合,「半分高」のCDディスクと,DVDの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材の厚さの比は,0.39対0.75(すなわち0.52対1)から,0.75対0.75(すなわち1対1)の間となる。
     審決は,「半分高」のCDディスクと,DVDの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材の厚さの比は約1対1であると認定しているが,上述したように,両者の比は,規格上許容された範囲内で0.52対1(約1対2)から,1.63対1(約3対2)の間で広い範囲を取ることができる。図4では,そのうちの「約3対2」を選択したものであるが,この選択は,ECMAの各規格が厚さの範囲を規定していることから,本件明細書の記載と何ら矛盾するものではない。審決は,上記各規格が,CDディスク及びDVDディスクの厚さについて所定の寸法範囲で規定されていることを見落としたため,上記のとおり誤った判断に至ったものである。

     ウ 審決は,「図1についてではあるが,『もちろん,図面は正確な縮尺率では示されておらず,全高のディスクを概略的に示すためのものである。』とされているように,図4でも正確な縮尺率のものでないし,両ディスクの寸法関係に多少の差があったとしても,明細書において,その差が技術的に特別の意味があること等の説明ないし記載はなく,上記主張のような,図面の記載から,両ディスクの厚さ割合が『約3対2』であることの構成事項を想定することは困難であって,採用できない。」(審決謄本3頁下から第2段落)と判断している。
     しかし,図1の図面が正確な縮尺率で示されていないという本件明細書の記述が,何ゆえ,縮尺率の正確性に関して何らの記述もない図4にそのまま適用されるのか,その理由が不明である。本件明細書(甲2)には,「図4は,本発明の好適な実施形態を示しており,これでは,図3に示されている半分高のCD方式と図2に13で示されている下側の半分高の複合層等の2枚の半分高のディスクが接着されている。」(5頁下から10行目〜下から8行目)と記載され,図3の半分高のCDディスクと,図2のDVDディスクにおける下側の半分高の複合層等のディスク13の2枚のディスクとが接着された図が,図4に図示されている。別紙の各図に示すように,図2から図4において,図3の半分高のCDディスクの厚さと図4の上側に配置されたCDディスクの厚さは,図面上等しく表示され,また,図2のDVDディスクにおける下側半分高のディスク13と,図4のハイブリッドコンパクトディスクの下側に配置されたDVDディスク13の厚さも同様に等しく表示されている。そして,図3のCDディスクの厚さ(半分高)は,図2のDVDディスクの下側半分高の厚さよりも厚く表示されている。

     エ 以上のとおり,本件補正が,本件明細書の特許請求の範囲の記載において,CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合について「約3対2」とする旨の限定を付したことは,本件補正を不適法として却下する理由とはならない。
   (2) 本件明細書の発明の詳細な説明の補正の適法性
    審決は,「請求人(注,原告)は,本件補正で,発明の詳細な説明に複数の先行文献の文献名を追加するとともにこれら先行技術文献の内容を具体的に記載してきている。そして,このことで,本願に係る発明(注,本願発明)と先行技術とを対比し,発明の評価に関する情報,発明の実施に関する情報を実質的に追加する補正内容となるものとなるから,これは出願当初の明細書等の記載の範囲内のものでない。」(審決謄本3頁最終段落)と判断しているが,誤りである。

    すなわち,「特許・実用新案審査基準第3部 明細書,特許請求の範囲又は図面の補正, 第1節新規事項 5.発明の詳細な説明の補正 5.2 各論 (1) 先行技術文献の内容の追加」(甲10)には,「特許法第36条第4項第2号の規定により,先行技術文献情報(その関連する発明が記載されていた刊行物の名称その他のその文献公知発明に関する情報の所在)の記載が求められるところ,発明の詳細な説明の【背景技術】の欄に先行技術文献情報を追加する場合に,当該文献に記載された内容を併せて【背景技術】の欄に追加する補正は,通常,第三者が不測の不利益を受けることがないので,許される。」と規定されている。
    本件出願人が行った先行技術文献についての本件補正は,複数の先行技術文献の文献名を追加するとともに,これら先行技術文献の内容を具体的に記載しただけのものであり,その補正により,先行技術と本願発明との対比や同発明の評価などは一切行っておらず,その補正は,特許庁が公示する審査基準に沿ったものであって,何ら新規事項を追加するものではないから,許されるべきである。

 2 取消事由2(特許法旧36条4項所定の要件の具備についての判断の誤り)
  (1) 審決は,「従来技術のCDディスクは,透明基板厚が1.2mmとして規格化されたものであり,したがって,対応するCDプレーヤも,光ヘッドを構成する光源,対物レンズ等の光学部品は,1.2mmの透明基板厚に対応した光学特性を備えたものである」(審決謄本5頁第4段落)と認定した上,「図1及び図3,従って,図4のCD方式のディスク部分は,・・・規格に沿った厚さを有していないことは明らかである。即ち,従来技術のCD方式のディスクの規格では,透明基板自体が1.2mmの厚さを有するものであって,これに対して,いわゆる保護層は,高々数μm〜数十μm程度である。従来技術のCD方式によるディスク自体の厚さを半分にするには,透明基板自体の厚さを半減することが必須であり,基板厚に対する規格から外れることは明らかである。結局,従来技術のCDプレーヤでは,特別の工夫なしには,再生することができないことは明らかであ・・・る。従来技術のCDプレーヤでの再生を前提とした本願発明によるディスクが基板厚においてCD規格から外れている場合,その実施に際し,上記拒絶理由(注,本件拒絶理由)で審査官が指摘した点の明確な説明は必須であって,その説明の記載がなされていない本願明細書及び図面(注,本件明細書等)は,当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。」(同5頁下から第4段落〜6頁第2段落)と判断したが,以下のとおり,誤りである。
  (2) 審決は,透明基板厚が1.2mmであると認定して,上記判断をしているが,この認定は透明基板厚の規格上の許容範囲を考慮せず,また,ディスクの厚さの寸法を考慮していない点で誤っている。
    上記1(1)イで述べたとおり,CDディスクに関するECMA規格−130(甲8)によれば,CD方式のディスクは,透明基板(a transparent substrate),反射層(a reflective layer),保護層(a protective layer),随意的なラベル(an optional label)からなることが規定されており,参照面Pからラベルまでの高さh
12は1.1mmから1.5mmの間となるように規定されている。また,DVDディスクに関するECMA規格−267(甲9)によれば,接着層,スペーサ及びラベルを含んだDVDディスクの厚さeは,1.14mmから1.5mmの間となるように規定されている。これらのことから明らかなように,CDディスク及びDVDディスクの厚さは,審決が認定した透明基板の厚さとは別に規定されている。そして,既存のCDプレーヤ及びDVDプレーヤは,どちらも全体の厚さが1.5mmまでのディスクを再生することができるように規格で定められている。
    また,透明基板の厚さについても,上記1(1)イで述べたように,ECMA規格−130(甲8)では,「8.6情報領域(Information area)」に,CDディスクの透明基板(a transparent substrate)の厚さeは,1.1mmから1.3mmと規定されており,審決が認定した1.2mmに対し±0.1mmの許容範囲がある。また,ECMA規格−267(甲9)では,「12 光学的パラメータ(Optical parameters)」の項目の「12.2 透明基板の厚さ(Thickness of the transparent substrate)及び図9」において,本願発明が対象としている,単一の記録層とダミー基板から構成されるTypeA(4頁「7ディスクの概要(General description of the disk)」参照)のDVDディスクの透明基板の厚さは,0.570mmから0.643mmと規定されている。
    したがって,審決のように,CDディスクの透明基板厚が1.2mmであることのみを前提として,本件明細書が特許法旧36条4項に規定する要件を具備するか否かを判断することはできない。

   (3) 本願発明は,本件明細書及び図4において,当業者において実施可能なように記載されている。
    上記1(1)で述べたとおり,図4は,CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合を「約3対2」とすることを開示しているが,例えば,ECMAの各規格に基づき,ディスク全体の厚さの各規格上の最大値1.5mmに対し,CDディスクの厚さとして0.93mm,DVDディスクの厚さとして0.57mmを採用した場合を考えると,CDディスクの透明基板の厚さを[0.93−数ミクロンの保護層の厚さ],DVDディスクの透明基板の厚さを[0.57−数ミクロンの保護層の厚さ]とすることができ,これは透明基板の厚さにおいて上記各規格の下限値をやや下回るが,既存のCDプレーヤ及びDVDプレーヤによって十分再生可能な値である。

    CDディスクやDVDディスクの互換性において一番重要なことは,ディスク全体の厚さがECMAの各規格に定められた値(規格値)の範囲に収まっているか否かであり,ディスクを構成する一部である透明基板の厚さが上記規格値の範囲に収まっているか否かは2次的な問題ある。すなわち,ディスク全体の厚さが上記規格値よりも厚ければ,ディスクそのものを既存のCDプレーヤやDVDプレーヤに装着することは困難となり,既存のCDプレーヤやDVDプレーヤの互換性を維持することはむずかしくなる。しかし,透明基板の厚さは,ディスク表面からデータ表面までの距離を規定するものであり,この厚さに対してはディスクそりなどによる,データ表面の回転時の上下方向の振動など,避けられない要因の存在が考慮され,それほど厳密な位置精度が要求されるものではない。したがって,通常のCDプレーヤやDVDプレーヤは,プレーヤの対物レンズのフォーカスサーチ機能等により多少規格から外れた距離であっても,再生が可能なような設計となっているのである。特に,データの記録密度がDVDディスクに比して小さなCDディスクにおいては,その許容度は大きく,CDディスクの透明基板の厚さが0.9mmか,それよりわずかに薄い厚さの場合でも,既存のCDプレーヤでの再生が可能であることが,本件出願人により確認されている。
    したがって,本件明細書及び図4には,本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクが当業者において実施可能なように記載されているというべきである。既に,本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクが,数百万枚のレベルで市場で販売され,既存のCDプレーヤ及びDVDプレーヤにおいて使用されている事実は,そのことを裏付けるものである。
第4 被告の反論
 1 取消事由1(本件補正の適否についての判断の誤り)について
  (1)  本件明細書の特許請求の範囲の補正の適法性について
   ア 原告は,「約3対2」の割合数値は,図4において当該CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合として図示されている旨主張する。

    (ア) しかしながら,以下に述べるとおり,図4は,そもそも,各層の寸法比までを正確に表したものとは解し得ないものである。
      a 本件明細書には,図4の各層の表記寸法の比が実際の寸法比を表していること(各層の縮尺率が正確であること)をうかがわせるような記載はいずれの箇所にもない。
      b 逆に,以下の点を指摘することができる。
      @ 図4の層3と層9は,本件明細書(甲2)中に,「図面は正確な縮尺率では示されておらず」(5頁8行目及び9行目)の注釈のある図1の該当層と,ほぼ同一の寸法で表記されているから,結局,図4も正確な縮尺率で表示されたものではないと考えられる。
      A 図4のハイブリッドコンパクトディスクにおいて,ピットとランドを凹凸で表しているものと解される金属被覆層9,29は,同ディスク全体の厚さに比して明らかに過大に表記されている。本件明細書(甲2)にも記載されている(3頁13行目)ように,ピットはナノメータ単位の寸法であるのに対し,ディスク全体の厚さは,原告の主張のECMAの各規格に従っても,1.14o〜1.5oであるから,金属被覆層9,29が過大に表記されていることは明らかである。

      B 図4のハイブリッドコンパクトディスクの上半分とほぼ同一寸法で表記されている図3のディスクは,図1のコンパクトディスクの半値高のディスクを示しているとしているが,ディスク全体の厚さは,図3では約8mm,図1では約11mmであって,半値の高さとなっていない。
      C 上記Bで指摘した図1であるが,CDディスクに関するECMA規格−130(甲8)によれば,透明基板層はCDディスクの中で大幅高を有しているはずのものであるが,図1のCDディスクでは,逆に保護層に相当する支持層11が半分高以上を示している。
     (イ) 仮に,上記図4が各層の寸法比までを正確に表しているとしても,上記図4中の上側CD部分と下側DVD部分の表記寸法をそれぞれ実際に測ってみると,上側CD部分は約8mm,下側DVD部分は約6mmであって,両者の比は「約4対3」であり,「約3対2」ではない。したがって,上記図4に「約3対2」の割合数値が図示されているということはできない。

      (ウ) 以上のとおり,原告の上記主張は失当である。
    イ 原告は,@図4のハイブリッドコンパクトディスクの上側に配置されたCDディスクの厚さは,図3の半分高のCDディスクの厚さと等しく表記され,図4の上記ディスクの下側に配置されたDVDディスク13の厚さは,図2のDVDディスクの下側半分高のディスク13と等しく表記されていること,及びA図3のCDのディスクの厚さ(半分高)は,図2のDVDディスクの下側半分高の厚さよりも厚く表記されていることを根拠に,図4のハイブリッドコンパクトディスクには,各ディスクの厚さの比において本件出願人の技術的な意図が示唆されていると見るのが自然であるとし,それらを根拠に,「約3対2」の割合数値は,図4において当該CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合として図示されている旨主張するようである。

     しかしながら,一般に,複数の図面間の寸法比に意味がある場合には,縮尺が同一である旨の注釈がされるなど,そのことを示す何らかの表示がされていてしかるべきであるが,本件明細書等にはそのような表示は一切ないこと,図3のCDディスクの厚さ(半分高)が図2のDVDディスクの下側半分高の厚さよりも厚く表記されているのは,図2と図3それぞれを見やすい大きさに記載した結果,あるいは,表記の厚さを目分量で決定した結果にすぎないとも解されること等を勘案すれば,上記Aの点は,図4に「約3対2」の割合数値が図示されているとする原告主張の根拠にはなり得ないし,上記@についても,単に作図の手間を軽減した結果にすぎないとも考えることができ,その主張の根拠にならないことは明らかである。
    ウ  以上によれば,図4の図示するところが,「約3対2」という割合数値が当初明細書等である本件明細書等に記載された事項の範囲のものであることの根拠にならないことは明らかであるところ,原告は,他にその根拠となり得る事項を示していない。

     また,一般に,当初明細書等に明示的に記載されていなくても,当初明細書等に記載した事項の範囲内であるといえる事項は,当初明細書等に接した当業者が,出願時の技術常識等に照らして,その意味であることが明らかであって,その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項に限られるというべきところ,上記「約3対2」なる割合数値がそのような事項に該当しないことは明らかである。
     したがって,「約3対2」なる割合数値は,当初明細書等である本件明細書等に記載された事項の範囲のものとはいえないとした審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は失当である。
  (2) 本件明細書の発明の詳細な説明の補正の適法性について
   ア 原告は,本件出願人が行った,複数の先行技術文献の文献名を追加するとともに,これら先行技術文献の内容を具体的に記載する補正は,何ら新規事項を追加するものではない旨主張する。

     しかし,上記(1)で検討したとおり,「約3対2」という割合数値は,本件明細書等に記載された事項の範囲のものとはいえない旨の審決の判断に誤りがない以上,原告の上記主張の当否は審決の結論には影響を及ぼさない。
     イ 原告は,上記主張の根拠として,本件補正のうち上記補正は,複数の先行技術文献の文献名を追加するとともに,これら先行技術文献の内容を具体的に記載しただけのものであり,同補正により,先行技術と本件出願に係る発明との対比や同発明の評価などは一切行っておらず,同補正は特許庁が公示する審査基準に沿ったものである旨主張する。
     しかし,上記補正は,原告主張のように,複数の先行技術文献の文献名を追加するとともに,これら先行技術文献の内容を具体的に記載しただけのものではなく,同補正により,本件出願に係る発明の評価に関する情報,若しくは,本件出願の発明の実施に関する情報を追加するものであり,特許庁が公示する審査基準に沿ったものではなく,不適法である。

     例えば,本件補正後の明細書(甲6)の段落【0002】には,「上述の請求項1の前文に従うハイブリッドディスクは,・・・に開示されている。この文献は,・・・2枚の異なったディスク・・・を教示している。この2枚のディスクは異なった厚さを有している。・・・2枚のディスクはそれぞれのデータ記録表面を互いに向き合わせ,接着剤層5によって一緒に合体されている。このハイブリッドディスクの全体の厚さ(全高)は1.8mmであり,CDディスク2aの厚さとDVDディスク2bの厚さの割合は2対1である。」という記載がある。この記載は,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明が,「2枚の異なった厚さを有するディスクを合体したもの」を前提としていることを示すとともに,CDディスクとDVDディスクの厚さの割合が従来のものと相違することを示すものであり,これは,本件出願に係る発明の評価に関する情報,若しくは,同発明の実施に関する情報を追加する補正にほかならない。
   ウ 以上のとおり,原告の上記主張は失当である。
 2 取消事由2(特許法旧36条4項所定の要件の具備についての判断の誤り)について
   (1)  原告は,審決が,「従来技術のCDディスクは,透明基板厚が1.2oとして規格化されたものであ」る(審決謄本5頁第4段落)との認定を前提として,「図1及び図3,従って,図4のCD方式のディスク部分は,・・・規格に沿った厚さを有していないことは明らかである。・・・従来技術のCDプレーヤでの再生を前提とした本願発明によるディスクが基板厚においてCD規格から外れている場合,その実施に際し,上記拒絶理由(注,本件拒絶理由)で審査官が指摘した点の明確な説明は必須であって,その説明の記載がなされていない本願明細書及び図面(注,本件明細書等)は,当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。」(同5頁下から第4段落〜6頁第2段落)と判断したことに対して,CDディスクの透明基板厚に関する上記認定はその規格上の許容範囲を考慮せず,また,ディスクの厚さの寸法を考慮していない点で誤っている旨主張する。

    しかしながら,原告の上記主張は,特許法旧36条4項の要件の具備についての審決の判断が誤っていることの根拠にはなり得ない主張であるから,失当である。すなわち,審決は,「従来技術のCD方式によるディスク自体の厚さを半分にするには,透明基板自体の厚さを半減することが必須であり,基板厚に対する規格から外れること」(審決謄本5頁下から第2段落),更に言えば,それにより,本願発明がCDプレーヤー又はDVDプレーヤのいずれによっても再生することができるディスクを得るといった所期の目的をいかに達成し得るのか,そもそも所期の目的を達成し得るのか否か,達成し得る場合があるとしても,それはどのような場合かといった事項が不明となっていることを,本件明細書等が特許法旧36条4項に規定する要件を満たさないことの理由としているものである。そして,その理由(規格から外れるという事実)とするところは,CDディスクの透明基板厚の規格上の許容範囲やディスクの厚さの寸法を考慮しても,妥当であることは自明であって,審決のこの点の判断に誤りはない。
   (2) 原告は,本願発明に関し,CDディスクの透明基板の厚さを[0.93−数ミクロンの保護層の厚さ],DVDディスクの透明基板の厚さを[0.93−数ミクロンの保護層の厚さ]とすることができるとし,これは透明基板の厚さにおいてECMAの各規格の下限値をやや下回るが,既存のCDプレーヤー及びDVDプレーヤーによって十分再生可能な値である,CDディスクの透明基板の厚さが0.9oか,それよりわずかに薄い厚さの場合でも,既存のCDプレーヤーでの再生が可能であることが,本件出願人により確認されているなどとし,それらのことを根拠に,本件明細書及び図4には,本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクが当業者において実施可能なように記載されている旨主張するが,以下に述べるとおり,失当である。
   ア まず,上記主張は,本願発明に係るCDディスク(第1半分高コンパクトディスク又は第2半分高コンパクトディスクのいずれか一方)の透明基板の厚さが少なくとも0.9o程度以上であることを前提としているが,その前提において誤りである。
     すなわち,本件請求項1の記載にも,本件明細書の発明の詳細な説明や本件図面にも,本願発明に係るCDディスクの透明基板の厚さが少なくとも0.9o程度以上であるという前提を開示ないし示唆する記載はないから,本件請求項1並びに本件明細書の発明の詳細な説明及び本件図面を参照しても,その前提事実を導き出すことは到底できない。むしろ,ECMAの各規格に基づけば,全高のCDディスクの厚さが最大でも1.5oであることからすれば,半分高コンパクトディスクを要件とする本願発明には,CDディスクの透明基板の厚さが0.75o以上のものは含まれないと解するのが計算上妥当である。

     イ 仮に,本件請求項1でいう「半分高」を「全高ではない」といった程度の広い意味に解釈し,本願発明を,CDディスクの透明基板の厚さが0.9o程度以上のものをも含むものと解し得たとしても,原告の上記主張は失当である。
     なぜならば,この場合でも,本願発明に係るCDディスクの透明基板の厚さはECMAの規格で規定する1.1mm〜1.3mmの範囲を外れており,再生可能であることが保証されていないことには変わりがなく,既存のCDプレーヤーのうちのどの範囲のもので再生可能なのかが当業者には分からないし,本件請求項1には,その文言上,CDディスクの透明基板の厚さが0.9o程度に満たないものも当然に含まれているところ,文言上含まれるもののうちどの範囲のものが,既存のCDプレーヤーで再生可能かといったことも,分からないからである。

     ウ 以上のとおり,原告の上記張は失当である。
第5 当裁判所の判断
 1  取消事由1(本件補正の適否についての判断の誤り)について
  (1) 本件明細書の特許請求の範囲の補正の適法性について
   ア 原告は,本件補正のうち,本件請求項1において,CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合につき,特に「約3対2」とする旨の限定を付す補正について,「CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合が約3対2であり」とする限定を付加する補正に関し,「『約3対2』なる割合数値の記載ないしは示唆する事項は,明細書等(注,本件明細書等)のいずれにも見いだすことはできないし,明細書等の記載からみても自明な事項の範囲内のものとすることはできない。」(審決謄本3頁第4段落)とした審決の判断は,誤りである旨主張する。

     イ そこで,検討すると,本件明細書(甲2)には以下の記載がある。
       (ア)  「本発明(注,本願発明)は,プラスチック材の表面上の一連のピット(pit)およびランドで主にデジタルデータを光学的に記憶するコンパクトディスクに関するものである。特に,本発明は,同一構造体上に標準音声CD方式と超高密度(DVD)方式の両方で行われるデータ記憶に関するものである。」(3頁4行目〜7行目)
       (イ)  「新しいDVD方式の1つの特徴は,データが記録されている表面を有するための射出成形で形成されたプラスチック材が,従来の(現在一般的な)CDディスクの厚さ(以下,『全高』という。)のほぼ半分の厚さである点にある。『半分高』のDVDデータ表面に剛直性を与えるために,通常は同じ『半分高』の厚さのプラスチック層を裏に当てている。」(同頁下から7行目〜下から2行目)

       (ウ) 「図1は,従来技術の全高のCD方式のコンパクトディスクの一部の断面を示している。図2は,従来技術の全高のDVD方式のコンパクトディスクの一部の断面を示している。図3は,半分高のCD方式のコンパクトディスク部材の一部の断面を示している。図4は,本発明のハイブリッドコンパクトディスクの一部の断面を示している。」(4頁下から10行目〜下から3行目)
       (エ)  「これは(注,本願発明のディスク)は,図4にコンパクトディスク1として示されている。これをさらに明らかにするため,図1は,一般的な・・・全高のCD1を示している。これは,プラスチックデータ記録層3を含み,これの平坦な上表面5を通して凹凸状のデータ記録表面7を走査レーザー9で見ることができる。層7のデータの反射性を高めるために,金属被覆層9が溶着されている。次に,金属被覆層9を保護すると共に,ディスクを全高にするために,層11が金属被覆層9上に溶着されるが,これは透明である必要はない。もちろん,図面は正確な縮尺率では示されておらず,全高のディスクを概略的に示すためのものである。」(5頁1行目〜9行目)

       (オ) 「図2は,従来技術のDVDディスクを示している。それは図1に対して裏返した状態で示されているので,レーザーはデータ表面を下側から見る。半分高のディスク13が接着剤で半分高の支持ディスク15に接着されている。すなわち,データ表面に金属被覆層29が重なっており,この金属被覆層29に保護層31が重なり,この保護層に支持ディスク15を接着することによって全高のディスクを形成している。」(同頁10行目〜15行目)
       (カ)  「図3は,図1の支持層11に相当する保護層41の厚さを減じることによって形成されたCD方式の半値高のディスクを示している。データ保存層3は図1の従来技術に示されている層と同じ厚さを有するようになっており,図3および図1のピットの寸法は同じになるようになっている。」(同頁16行目〜19行目)

       (キ) 「図4は,本発明の好適な実施形態を示しており,これでは,図3に示されている半分高のCD方式と図2に13で示されている下側の半分高の複合層等の2枚の半分高のディスクが接着されている。その結果,2つの金属被覆層29および9が互いに向き合い,2つのデータ表面7および27の各々を,CDの場合は上から,DVDの場合は下からレーザーを当てることによって見ることができる。」(同頁20行目〜24行目)
     ウ 本件明細書の上記記載によれば,一般に,DVDディスクは,CDディスクの厚さのほぼ半分の厚さを有し,その表面に剛直性を与えるため,同じ半分高の厚さのプラスチック層を当て,ディスク全体として,CDディスクの厚さと同じになるようにされていること,本願発明の好適な実施形態においては,半分高のCDディスクとDVDディスクの下側の半分高の複合層等の2枚の半分高のディスクが接着されていることが理解されるのであって,上記記載を文言どおりに読めば,CDディスクとDVDディスクの厚さの比は,約1対1になるものと考えられる。本件明細書の発明の詳細な説明や本件図面において,上記記載以外に,両ディスクの厚さの割合を具体的に明示ないし示唆する記載は存在しない。

     エ  原告は,図4には,CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合として,「約3対2」の割合数値が図示されている旨主張する。
     しかしながら,本件明細書(甲2)には,図4の複合ディスクの各層が,正確な縮尺率で,すなわち,複合ディスクを各層の実際の寸法に一定の縮尺率を乗じて得られる数値を用いて作図されていることをうかがわせる記載は存在しない。むしろ,本件明細書には,図1に関し,上記イ(エ)のとおりの記載があるところ,図4の層3及び層9は,図1の該当する層3及び層9とほぼ同一の寸法で図示されていることから,上記イ(エ)の「図面は正確な縮尺率では示されておらず,全高のディスクを概略的に示すためのものである。」との記載は,少なくとも図4及び図1が正確な縮尺率で表記されていないことを明示するものと解される。本件明細書(甲2)の記載によれば,ディスクのピットはナノメータ単位の寸法である(3頁13行目)のに対し,半分高のCDディスクとDVDディスクの下側の半分高の複合層等の2枚の半分高のディスクが接着されている本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクの厚さは,ほぼCDコンパクトディスクの厚さと同じになると考えられるところ,欧州電子計算機工業会(ECMA)規格−130(甲8)が規定するCDディスクの規格によれば,CDディスクの全高は,1.1mmから1.5mmと規定されているから,図4において,ピットとランドを凹凸で表している金属被覆層9,29が実際より過大に図示されていることは明らかであり,この点も,図4の寸法の表記が正確な縮尺率によるものでないことの証左である。
         なお,図4には,図2に図示されたDVDディスク13と図3に図示されたCDディスクとが合わさった(接着されている)状態が図示され,CDディスクの厚さの方がDVDディスク13の厚さよりやや厚く図示されているが,図4が正確な縮尺率で示されたものでなく,本件明細書にもその意味合いについて記載するところはないから,図4に示された両ディスクの厚さの相違が,CDディスクとDVDディスクの厚さの割合数値を示唆するものということはできない。
         のみならず,仮に,図4が複合ディスクの各厚さが正確な縮尺率で図示されているとしても,図4中の上側CD部分と下側DVD部分の寸法をそれぞれ実際に測定してみると,上側CD部分は約8mm,下側DVD部分は約6mmであって,両者の比は「約4対3」であり,「約3対2」ではない。したがって,図4に「約3対2」の割合数値が図示されているということはできない。

     オ  原告は,「半分高」のCDディスクと,DVDの「下側半分高」のディスクのデータが記録されている各プラスチック材の厚さの比は,規格上許容された範囲内で0.52対1(約1対2)から,1.63対1(約3対2)の間の広い範囲の値を取ることができるのであって,図4では,そのうちの「約3対2」を選択したものであるとし,両ディスクのデータが記録されているプラスチック材の厚さの比は約1対1であるとした審決の認定は誤りである旨主張する。
         確かに,CDディスクに関するECMA規格−130(甲8,CDディスクのレーザが入射する参照面Pからラベルまでの高さh
12は1.1mmから1.5mmとされている。)及びDVDディスクに関するECMA規格−267(甲9,DVDディスクの厚さeは,1.14mmから1.5mmとされている。)は,両ディスクに関するJIS規格(乙1,2)と整合するものであって,本件出願時において,当業者に周知であったということができる。
     しかしながら,両ディスクの厚さの比が,本件補正に係る1.63対1(約3対2)の割合数値となるのは,DVDディスクの「下側半分高」のデータが記録されているプラスチック材の厚さの許容範囲0.57mm〜0.75mmの内で最小の0.57mmを採用した場合であって,かつ,「半分高」のCDディスクのプラスチック材の厚さの許容範囲0.57mm〜0.93mmの内で最大の0.93mmを採用した場合に該当するものである。このようにECMAの各規格から算出される許容範囲内であるとはいえ,上記のような両ディスクの厚さを各規格値の最小値と最大値という限界数値を採用して算出される割合数値をもって,当業者にとって自明な事項であるとか,本件明細書の発明の詳細な説明にその算出過程について説明がなくとも,当業者が技術常識を参酌して上記各規格から当然に認識できる事項であるということはできないから,これを本件明細書等に記載されているのと同視することはできない。
     カ したがって,本件補正のうち本件請求項1に関する補正は,当初明細書等である本件明細書に記載された事項の範囲内においてするものとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
   (2) 発明の詳細な説明の補正の適法性について
   ア 原告は,本件補正のうち本件明細書の発明の詳細な説明の補正は,複数の先行技術文献の文献名を追加するとともに,これら先行技術文献の内容を具体的に記載しただけものであり,その補正により,先行技術と本件出願に係る発明との対比や同発明の評価などは一切行っておらず,何ら新規事項を追加するものではない旨主張する。
     そこで,検討すると,上記補正により,本件補正後の明細書(甲6)の段落【0002】に,従来技術として,「上述の請求項1の前文に従うハイブリッドディスクは,特開平8−297659号公報に開示されている。この文献は,(例えば,抄録を参照すると,)2枚の異なったディスク2a,2b,すなわち,CDディスクとDVDディスクとからなるハイブリッドディスクを教示している。この2枚のディスクは異なった厚さを有している。CDディスク2aは,1.2mmの厚さを有すると共に,・・・とからなっている。また,・・・DVDディスク2bは,0.6mmの厚さを有すると共に,・・・とからなっている。・・・。2枚のディスクはそれぞれのデータ記録表面を互いに向き合わせ,接着剤層5によって一緒に合体されている。このハイブリッドディスクの全体の厚さ(全高)は1.8mmであり,CDディスク2aの厚さとDVDディスク2bの厚さの割合は2対1である。」との記載が追加された。

     上記記載は,特開平8−297659号公報を先行技術文献として追加するにとどまらず,補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明が,「2枚の異なった厚さを有するCDディスクとDVDディスクとを接着して形成したもの」を前提としていることを示すとともに,「CDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合が約3対2」であって,従来のもの(2対1)と相違することを示すものであるから,本件出願に係る発明の評価に関する情報,若しくは,同発明の実施に関する情報を追加する補正に該当するものと認められる。
     イ したがって,本件補正のうち本件明細書の発明の詳細な説明の補正も,本件明細書等に記載された範囲においてするものとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
  (3) 以上のとおり,原告が主張する取消事由1は理由がない。

 2 取消事由2(特許法旧36条4項所定の要件の具備についての判断の誤り)について
  (1) 原告は,審決が,「従来技術のCDディスクは,透明基板厚が1.2oとして規格化されたものであ」る(審決謄本5頁第4段落)との認定を前提として,「図1及び図3,従って,図4のCD方式のディスク部分は,・・・規格に沿った厚さを有していないことは明らかである。・・・従来技術のCDプレーヤでの再生を前提とした本願発明によるディスクが基板厚においてCD規格から外れている場合,その実施に際し,上記拒絶理由(注,本件拒絶理由)で審査官が指摘した点の明確な説明は必須であって,その説明の記載がなされていない本願明細書及び図面(注,本件明細書等)は,当業者がその発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。」(同5頁下から第4段落〜6頁第2段落)と判断したことに対して,CDディスクの透明基板厚に関する上記認定はその規格上の許容範囲を考慮せず,また,ディスクの厚さの寸法を考慮していない点で誤っている旨主張する。

    そこで,検討すると,本件明細書の上記1(1)イ(エ)の記載から明らかなとおり,本願発明のハイブリッドコンパクトディスクにおけるCDディスク側については,そのデータの読取りは,プラスチックデータ記録層(データ保存層)3を介して行われるところ,このプラスチックデータ記録層(データ保存層)3の厚さに関して,本件明細書には何ら記載も示唆もないが,一般的な規格で定められているCDディスクは,ECMA規格−130(甲8),JIS規格(乙1)に規定されているとおり,データの読取りは保護層ではなく,透明基板を介して行うものであって,その透明基板の厚さeは,CDディスクの厚さ(基準面からラベルまでの高さh12)が1.1mmから1.5mmに対して,1.1mmから1.3mmとなっており,CDディスクの厚さの大半を占めるものである。この規格に従えば,CDディスクを半分高にするためには,読取り側である透明基板面の方の厚さを減じるほかないと認められる。この点について,本件明細書の上記1(1)イ(カ)の記載によれば,CDディスクの保護層の厚さを減じることによって半値高のディスクを形成することが記載されているが,上記規格によれば,CDディスクの保護層の厚さは0.4mmより少なくなるはずであり,これを減じることにより半値高のディスクを得ることは不可能である。
       本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクは,従来技術のCDプレーヤでの再生を前提としていることは,本件請求項1の記載及び本件明細書(甲2)の「本発明(注,本願発明)は,CDまたはDVDプレーヤのいずれによっても再生することができ,半分高の標準方式コンパクトディスクの金属被覆基板と金属被覆DVD基板を背中合わせに接着して1枚の両面ハイブリッドDVD−CDディスクにした単一ディスクである」(4頁7行目〜10行目)等の記載から明らかであるところ,そのCDディスク側の透明基板の厚さは,CDディスクの厚さを半分高とするためにこれを減じることから,上記規格から外れることになる。そうすると,何らの工夫もしなければ,従来技術のCDプレーヤでは再生することができないことは明らかであり,したがって,本件明細書の発明の詳細な説明においては,どのような工夫を施すことによって,規格から外れているにもかかわらず,従来技術のCDプレーヤで再生することができることになるのか(なお,仮に,保護層を減じて半値高のディスクが得られるというのであれば,いかにしてそれが可能となるのか)を開示しなければ,当業者が本願発明を実施することができるようにはならないというべきであるが,本件明細書の発明の詳細な説明には上記の点について何ら開示するところがない。
    この点の判断は,CDディスクの透明基板厚が,審決が認定するように1.2mmであることを前提とするか,上記規格のように一定の許容範囲のある一定の幅のものであることを前提とするかによって左右されるものではない。
   (2) 原告は,本件明細書の図4はCDディスクの厚さとDVDディスクの厚さの割合を「約3対2」とすることを開示しているが,例えば,ECMAの各規格に基づき,ディスク全体の厚さの規格上の最大値1.5mmに対し,CDディスクの厚さとして0.93mm,DVDディスクの厚さとして0.57mmの場合を考えると,CDディスクの透明基板の厚さを[0.93−数ミクロンの保護層の厚さ],DVDディスクの透明基板の厚さを[0.57−数ミクロンの保護層の厚さ]とすることができ,これは透明基板の厚さにおいて上記各規格の下限値をやや下回るが,既存のCDプレーヤ及びDVDプレーヤによって十分再生可能な値であるから,本願発明に係るハイブリッドコンパクトディスクは実施可能であり,そのことは,本件明細書及び図4に当業者において理解し得る程度に記載されている旨主張する。

    しかしながら,原告の上記主張の前提事項は,上記1(1)で説示したとおり,いずれも,本件明細書等に記載も示唆もなく,また,それ自体自明でも,当業者が技術常識を参酌して上記各規格から当然に認識できるものでもない事項であるところ,原告はこれらの事項が本件明細書等に記載されているのと同視し得るとの誤った見解に立って,本件明細書等が特許法旧36条4項に規定された要件を満たす旨を主張するものであって,失当というほかない。
  (3) したがって,本件明細書等が特許法旧36条4項に規定された要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由2は理由がない。
 3 以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。


           知的財産高等裁判所第1部

                   裁判長裁判官       篠  原  勝  美

                    裁判官        宍  戸     充

        裁判官青蛛@馨は,転補につき署名押印することができない。

                     裁判長裁判官       篠  原  勝  美