H17. 5.17 知財高裁 平成17(行ケ)10099 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10099号 特許取消決定取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第398号) 
口頭弁論終結日 平成17年5月10日
          判           決
   東京都渋谷区幡ヶ谷2丁目43番2号
       原      告   オリンパス株式会社
       代表者代表取締役   
       訴訟代理人弁理士   鈴江武彦
       同          河野 哲
       同          福原淑弘
       同復代理人弁理士   小林一任
   東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
       被      告   特許庁長官
                  小川 洋
       指定代理人   深沢正志
       同          小川 謙

       同          高橋泰史
       同          伊藤三男
          主           文
    1 原告の請求を棄却する。
    2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2003−70678号事件について平成16年7月20日にした決定を取り消す。
第2 事案の概要
    本件は,原告の有する特許について平成15年3月14日にAから特許異議の申立てがされ,特許庁が平成16年7月20日に後記本件特許を取り消す決定をしたところから,原告がその取消しを求めて提起した訴訟である。
第3 当事者の主張
 1 請求の原因
  (1) 特許庁における手続の経緯
       原告は,発明の名称を「画像処理システム」として平成5年4月26日に特許出願(特願平5−99335号,以下「原出願」という。)をし,その後平成12年6月6日に至りその分割出願として新たな特許出願(特願2000−169120号,以下「本件出願」という。)をし,その結果,平成14年7月5日に,発明の名称を「画像入力装置」として設定登録を受けた特許第3325260号の特許権者となった(以下,この特許を「本件特許」という。)。

       本件特許について,平成15年3月14日渡辺等から特許異議の申立てがされ,特許庁は,異議2003−70678号事件として審理した上,平成16年7月20日に「特許第3325260号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年8月9日原告に送達された。
   (2) 発明の要旨
     平成14年7月5日に登録された本件特許の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明は,下記のとおりである(以下「本件発明」という。)。
                                     記
     「入力したデジタル画像データに所定の画像処理を施して,前記デジタル画像データを所定の情報とともに通信手段を介してラボに送信し,プリントの注文をすることが可能な画像入力装置であって,
     対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段と,

     前記デジタル画像データに対応する画像を表示する表示手段と,
     前記デジタル画像データに対し所定の画像処理を施す処理手段と,
     プリントサイズ,プリント枚数の少なくとも一方を表す第1の情報を入力する手段と,
      前記ラボとの間で,予め登録されたプリント注文者を表す第2の情報を入力する手段と,
      上記第1の情報及び上記第2の情報を前記画像処理後のデジタル画像データとともに送信するためのデータを発生する手段と,を備えたことを特徴とする画像入力装置。」
  (3) 本件決定の内容
    本件決定の詳細は,別添決定写し記載のとおりである。その要旨とするところは,本件出願は,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲2。以下,この明細書及び図面を併せて「原出願当初明細書」という。)に記載された発明以外のものを含むものであり,分割出願について定めた特許法44条1項の規定に適合しないから,本件出願の出願日は遡及せず,現実の出願日である平成12年6月6日がその出願日になるとした上,本件発明は,平成6年11月4日頒布の特開平6−311340号公報(原出願の公開公報,甲2)に記載された発明(以下「引用発明」という。)であり,同法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであるから,平成15年法律第47号による改正前の特許法113条2号の規定に該当し,取り消されるべきであるというものである。

  (4) 本件決定の取消事由
    しかしながら,本件出願の出願日を現実の出願日である平成12年6月6日とした本件決定は,分割出願について定めた特許法44条1項についての認定判断を誤ったものであり,本件出願の出願日は原出願日である平成5年4月26日に遡及するものであるから,違法として取り消されるべきである。
     ア 取消事由1
       最高裁昭和56年3月13日判決・昭和53年(行ツ)第140号(以下「最高裁昭和56年判決」という。)等によれば,@分割出願の発明が,特許法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部」であるためには,もとの出願の明細書の発明の詳細な説明ないし願書に添付した図面に,分割出願の発明が要旨とする技術的事項のすべてが当業者においてこれを正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度に記載されている発明であればよく,Aその判断をする際には,もとの出願の明細書に記載されている事項のみではなく,もとの出願の出願時の技術水準に属し,当業者に自明の事項をも考慮すべきである。

       しかしながら,本件決定は,「出願の分割の対象となる発明は,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていなければならない」(決定2頁「2.分割要件についての判断」の第2段落)とし,最高裁昭和56年判決から逸脱する判断をしたものであって,誤りである。
     イ 取消事由2
       本件決定は,「入力の段階で作成される『デジタル画像データ』について撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったものに限定していない本件発明は,原出願の当初明細書で開示していない技術的事項を含んでいることになる」(決定5頁下から第2段落)と認定判断したが,誤りである。
       本件発明の「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」は,スキャナ以外のものを含むものであるが,平成4年1月1日写真工業出版社発行「写真工業」50巻1号27頁〜32頁(甲13,以下「甲13刊行物」という。),平成2年11月30日オーム社発行「テレビジョン・画像情報工学ハンドブック」386頁(甲8,以下「甲8刊行物」という。),平成4年9月1日発行上記「写真工業」50巻9号92頁〜93頁(甲9,以下「甲9刊行物」という。),特開平5−101118号公報(甲10,以下「甲10刊行物」という。)及び特開平5−78960号公報(甲11,以下「甲11刊行物」という。)によれば,原出願当時,@デジタル画像データを作成する装置として,テレビカメラ,スキャナ,電子カメラ,ビデオカメラなど,種々の装置,A上記種々の装置のいずれかにより作成した,いずれのデジタル画像データに対しても,パソコン等の画像処理装置により,所定の画像処理を施すことは,いずれも周知であったことが明らかである。そして,原出願当初明細書の段落【0007】,【0016】〜【0020】及び【0022】は,「デジタル画像データ」について,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったものに限定するものではない。上記技術水準において,原出願当初明細書(甲2)の上記記載に接した当業者は,【図1】中で画像処理装置11に入力される「デジタル画像データ」は,スキャナに限らず,テレビカメラ,電子カメラあるいはビデオカメラなどの周知の画像入力装置が形成する,いずれのデジタル画像データでもよいことは,そこに記載されているのと同然に理解することができる程度の,自明なことである。また,原出願当初明細書の記載によれば,「デジタル画像データ」は,スキャナに限らず,いずれのデジタル画像データでもよいとした発明の目的,構成及び効果を,当業者は容易に実施できる程度に理解することができる。
       したがって,原出願には,その分割出願である本件発明が包含されていることは明らかである。

     ウ 取消事由3
       本件決定は,@「確かにデジタルカメラ或いはデジタル方式の電子スチルカメラ自体は周知であったといえようが,逆に周知であったのであるから,発明者が入力の段階で作成される「デジタル画像データ」を周知のデジタルカメラなどで撮影したデジタル画像データを含むものと認識していたのであれば,将来権利化を考える場合にも問題が生じないようにそのことを明細書に明記しておくのが普通と考えられるが,原出願の当初明細書・図面には,それを示唆する記載も見あたらないから,発明者は,そのようなことは全く考えていなかったと推認せざるを得ない」(決定6頁第2段落),A「原出願の当初明細書の『デジタル画像データ』という文言を当業者が理解する際には,一貫した技術的思想の文脈においてするものであり,その文言だけを抽出して理解するのではない。してみると,原出願の当初明細書には,上述したように,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ってデジタル画像データとし,これに撮影者が好みの画像処理を施してそのデータをラボ側に送信し,ラボ側ではそのデータでプリントしプリントしたものを撮影者側へ返送するという技術思想が記載されているのであり,この文脈において上

記原出願当時の状況を参酌して当業者が『デジタル画像データ』を解釈する際に,前記文脈に無関係のデジタルカメラ或いはデジタル方式の電子スチルカメラで撮影したデジタル画像データを想定することが自明であるとは認められない」(同6頁第3段落)とした。
       しかしながら,@の発明者が認識していた発明であるか否かは,特許法44条で規定する分割出願の要件ではなく,また,Aは,「一貫した技術的思想の文脈」の名の下に,原出願当初明細書(甲2)の開示する事項を極端に狭く解釈したものであり,いずれも誤りである。
 2 請求原因に対する認否
    請求原因(1)〜(3)の事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
 3 被告の反論
   本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
   (1) 取消事由1について

     原告が挙げる最高裁昭和56年判決の趣旨は,もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は,明細書の発明の詳細な説明ないし願書に添付した図面に記載されているものであっても差し支えないというものであって,ただし,「その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度に記載されている場合」に限るというものである。本件決定の説示も,「出願の分割の対象となる発明は,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていなければならない」(決定2頁「2.分割要件についての判断」の第2段落)というものであり,明細書には発明の詳細な説明も含まれているのであるから,本件決定が最高裁昭和56年判決の趣旨と矛盾抵触するものではない。
     また,本件決定が,明細書の記載から当業者にとって自明の事項を排除する趣旨ではないことは,「この文脈において上記原出願当時の状況を参酌して当業者が『デジタル画像データ』を解釈する際に,前記文脈に無関係のデジタルカメラ或いはデジタル方式の電子スチルカメラで撮影したデジタル画像データを想定することが自明であるとは認められない」(6頁第3段落)と説示し,明細書の記載には自明の事項が含まれることを前提に自明かどうかを判断していることからも明らかである。
   (2) 取消事由2について
     本件発明の「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」は,スキャナ以外のものを含むものであること,及び,原出願当時,@デジタル画像データを作成する装置として,テレビカメラ,スキャナ,電子カメラ,ビデオカメラなど,種々の装置,A上記種々の装置のいずれかにより作成した,いずれのデジタル画像データに対しても,パソコン等の画像処理装置により所定の画像処理を施すことは,いずれも周知であったことは,争わない。

     しかしながら,原出願当初明細書(甲2)には,本件決定が摘記した記載(決定2頁最終段落〜5頁第1段落)があり,これらの記載によれば,「デジタル画像データ」としては,スキャナ手段によりフィルムの像を読み取ってデジタル画像データに変換したもののみが記載されている。そして,原出願当初明細書には,本件決定(甲第1号証)が摘記(3頁第2段落〜下から第2段落)したように,フィルムによる撮影を前提として,撮影済みのネガフィルムをスキャナで読み取ってデジタル画像データとし,これに撮影者が好みの画像処理を施してそのデータをラボ側へ送信し,ラボ側ではそのデータでプリントしプリントしたものを撮影者側へ返送することにより,トリミングや合成,濃度調整などを撮影者の意図どおりとした高画質のプリントを安価に得るという技術的思想が記載されているのであるから,仮に一般的にデジタル画像データとしてデジタルカメラで撮影したものが周知であったとしても,原出願当初明細書の記載から,同記載の「デジタル画像データ」としてデジタルカメラで撮影したものが自明ということはできない。
     さらに,原出願当時の技術常識では,フィルムの画像と一般のデジタル画像データによる画像は,その画素数,すなわち品質において,著しい違いがあり,両者を等価なものと解することはできなかったものである。
     したがって,「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」としてスキャナ以外のものを含む本件発明,すなわち,デジタル画像データとしてデジタルカメラで撮影したものを含む本件発明は,原出願当初明細書で開示されていない技術的事項を含むものであるから,原出願当初明細書に記載された発明ということはできない。
   (3) 取消事由3について
     本件決定は,発明者が発明を認識していたか否かのみを問題にしているのではなく,原出願当初明細書(甲2)に分割出願の発明が記載されていたか否かを問題にしているものであり,このことは,本件決定の「当業者も,原出願時点で原出願の当初明細書に接したならば,入力の段階で作成される『デジタル画像データ』は,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったもののみと理解すると認めざるを得ない」(5頁第4段落)と説示しているように,原出願当初明細書を客観的に見れば,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったものしか記載されていないとしていることから,明らかである。

第4 当裁判所の判断
 1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の要旨)・(3)(本件決定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 2 争点の確定
   本件決定は,前記のとおり,平成12年6月6日に分割出願としてなされた本件出願は,特許法44条の定める分割出願の要件を満たさないから,出願日が原出願のなされた平成5年4月26日に遡及することはなく,また本件出願に係る本件発明は出願公開された原出願に係る引用発明(甲2)と一致するので,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることはできないとしたものであり,一方,原告は,本件出願は前記分割出願の要件を満たし出願日は原出願日に遡及すると主張するので,争点は,原告のなした本件出願が特許法44条の定める分割出願の要件を満たすものかどうかということになる。

   そこで,この争点につき,以下,原告の主張する取消事由ごとに判断する。
 3 取消事由1について
   原告は,最高裁昭和56年判決等によれば,@分割出願の発明が,特許法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部」であるためには,もとの出願の明細書の発明の詳細な説明ないし願書に添付した図面に,分割出願の発明が要旨とする技術的事項のすべてが当業者においてこれを正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度に記載されている発明であればよく,Aその判断をする際には,もとの出願の明細書に記載されている事項のみではなく,もとの出願の出願時の技術水準に属し,当業者に自明の事項をも考慮すべきであるが,本件決定は,「出願の分割の対象となる発明は,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていなければならない」(決定2頁「2.分割要件についての判断」の第2段落)とし,最高裁昭和56年判決から逸脱する判断をしたものであると主張する。

    しかしながら,同判決によっても,分割出願のできる発明は,元の出願の特許請求の範囲に記載されたものに限られないとしても,明細書の発明の詳細な説明ないし添付図面には記載されていなければならないとされているのであるから,本件出願に係る本件発明が後記のとおり原出願当初明細書の発明の詳細な説明と添付図面に記載し尽くされていると認めることはできない(原出願当初明細書を超える部分がある)以上,同判決を前提としても,本件決定が違法となることはない。
    原告の取消事由1の主張は理由がない。
 4 取消事由2について
   原告は,本件発明の「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」は,スキャナ以外のものを含むものであるが,原出願当時,@デジタル画像データを作成する装置として,テレビカメラ,スキャナ,電子カメラ,ビデオカメラなど種々の装置,A上記種々の装置のいずれかにより作成したいずれのデジタル画像データに対しても,パソコン等の画像処理装置により,所定の画像処理を施すことは,いずれも周知であり,このような技術水準において,原出願当初明細書(甲2)の記載に接した当業者は,【図1】中で画像処理装置11に入力される「デジタル画像データ」は,スキャナに限らず,テレビカメラ,電子カメラ等の周知の画像入力装置が形成する,いずれのデジタル画像データでもよいことは,そこに記載されているのと同然に理解することができる程度の自明なことであり,また,原出願当初明細書の記載によれば,「デジタル画像データ」は,スキャナに限らず,いずれのデジタル画像データでもよいとした発明の目的,構成及び効果を,当業者は容易に実施できる程度に理解することができるから,原出願には,その分割出願である本件発明が包含されていることは明らかであると主張する。

   (1) そこで,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったものに限定されない「デジタル画像データ」が,原出願当初明細書(甲2)に記載されているかについて検討する。
    ア 原出願当初明細書には,「フィルムの像をスキャナで読み取りトリミングや合成などの処理を施した後にプリントする画像処理システム」(段落【0001】)に関する発明が記載され,この発明は,「従来より,ラボにおいて撮影済のネガフィルムの像をスキャナで読み取ってデジタル画像データに変換し,更にトリミングや合成といった所望とする画像処理を施した後にプリントする種々の技術が提案され」(段落【0002】)ており,「例えば,特開平3−153228号公報により開示された『トリミング写真プリンタ』に関する技術では,写真フィルムなどの記録媒体に記録されたトリミング情報を読み取り,このトリミング情報に応じてプリント系をトリミングプリント状態に設定する」(段落【0003】)ものであるが,これでは,「撮影時にトリミング情報を書き込むのは非常に面倒であり,また装置も大がかりになりカメラの小型軽量化を実現することができない」(段落【0005】)という課題があり,「一方,特開平3−153229号公報により開示された『写真焼付方法』に関する技術では,撮影月日時刻,撮影光量値及び撮影時のストロボ使用の有無を示す情報から被写体照明光の光質を推定し,この推定した光質に応じて焼付露光量を定めてフィルム画像を印画紙に焼付する」(段落【0004】)ものであるが,「記録装置が大掛かりになると共に,必ずしも高い推定精度が得られない」(段落【0006】)といった課題があるところ,これら課題にかんがみて,「トリミングや合成,濃度調整などを撮影者の意図通りとした高画質プリントを安価に得ることができる画像処理システムを提供する」(段落【0007】)ために,その画像処理システムは,「フィルムの像を読み取りデジタル画像データに変換するスキャナ手段と,上記スキャナ手段からのデジタル画像データについて画像処理を行う画像処理手段と,上記画像処理手段により画像処理された画像データを伝送する伝送手段と,上記伝送手段により伝送された画像データに基づいてプリントするプリント手段とを具備し,上記伝送データは画像データと送信者を識別するデータと少なくとも上記プリントの大きさを示すデータと上記プリントの枚数を示すデータのいずれか一方を含むこと」(段落【0008】)を特徴とし,その実施例の画像処理システムは,「ラボ側システムと撮影者側システムからなり,両システムは端末中継装置16,17,伝送路18を介して接続され」(段落【0010】),「ラボ側システムは撮影済みのフィルム1を現像する現像機2と,この現像機2により現像されたフィルム1によりプリント4を焼き付ける焼付装置3と,撮影者側システムから伝送路18及び端末中継装置17を介して伝送されてきた画像処理の成された画像データを記憶するための画像メモリ5と,この画像メモリ5の画像データに基づいてプリントするプリンタ6と,この画像メモリ5とプリンタ6との間の画像データのやり取りを制御するコントローラ7とで構成されている」(段落【0011】)ものであり,「撮影者側システムはラボ側システムから撮影者に例えば郵便で届けられたネガフィルム8の像を読取り,デジタル画像データに変換するためのスキャナ9と,このデジタル画像データを記憶する画像メモリ10と,上記画像データに基づいて合成トリミングなどの画像処理を行う画像処理装置11と,この画像処理装置11の操作部材12と,画像を表示するモニタ装置14と,画像処理された画像データを記憶する画像メモリ13とで構成されている」(段落【0012】)というものであり,「比較的安価なスキャナと多目的のパーソナルコンピュータを組み合

わせて画像処理システムを構成することにより,撮影者が各家庭あるいはそれぞれの仕事場でトリミング合成などの画像の編集処理だけでなく,カラーバランスの調整などの画質改善処理までもできるので,撮影者の好みに応じた写真を作成することができる」(段落【0021】)ので,「トリミングや合成,濃度調整などを撮影者(判決注,「撮撮影者」は誤記と認める。)の意図通りした高画質のプリントを安価に得ることができる画像処理システムを提供することができる」(段落【0022】)という作用効果を奏するというものである。
     イ 原出願当初明細書の上記記載を素直に読了すれば,そこに記載された発明の「デジタル画像データ」は,現像されたネガフィルムの像を読み取ることによって得られたデジタル画像データのみが記載され,それ以外の「デジタル画像データ」についての記載はないと認められる。

        なるほど,甲8ないし13によれば原出願当時,@デジタル画像データを作成する装置として,テレビカメラ,スキャナ,電子カメラ,ビデオカメラなど,種々の装置,A上記種々の装置のいずれかにより作成した,いずれのデジタル画像データに対しても,パソコン等の画像処理装置により,所定の画像処理を施すことは,いずれも周知であったことが認められる。しかし,原出願当初明細書に記載された画像処理システムが,フィルムの像を読み取りデジタル画像データに変換するスキャナ手段を備え,画像処理された「デジタル画像データ」をラボ側システムに送信してプリントすることを特徴とするものであることは,上記記載のとおりであるから,一般にデジタル画像データを作成する装置として,テレビカメラ,電子カメラ,ビデオカメラが周知であっても,原出願当初明細書には,装置の構成として,これらの手段やこれによって作成されたデジタル画像データを画像処理システムに取り込む装置は何ら記載がない以上,テレビカメラ,電子カメラ,ビデオカメラで得られた「デジタル画像データ」が撮影者側で編集され,ラボ側システムに送信されてプリントされることが,原出願当初明細書の記載から自明で
あるということはできない。
   (2) また原告は,原出願当初明細書の段落【0007】,【0016】〜【0020】及び【0022】は,「デジタル画像データ」について,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったものに限定するものではないと主張する。
     段落【0007】は,発明の目的に関する記載であり,段落【0022】は,発明の効果に関する記載であって,デジタル画像データを限定する記載はない。しかし,電子カメラなどにより作成したデジタル画像データの画像処理システムと,フィルムの像を読み取って得られたデジタル画像データの画像処理システムとが,同じ目的及び効果を有するものであるとしても,デジタル画像データの入力手段が異なるものであれば,この点でシステムや装置の構成が異なることは明らかである。構成の異なる二つの発明が同一の目的及び効果を有するとしても,両者が同じものであるということはできないから,発明の目的及び効果に関する記載から,「デジタル画像データについて撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったものに限定されない」発明が原出願当初明細書に記載されていたとすることはできない。

     また,段落【0016】には,撮影者側システムからラボ側システムに送信される送信データの構成が記載され,段落【0017】〜【0020】には,送信システムの構成が記載されており,上記送信データの構成や送信システムの構成からは,その「デジタル画像データ」が,フィルムの像を読み取って得られるものに限定されてはいない。しかし,画像処理システムの一部を構成する送信データ構成や送信システムが,「デジタル画像データ」を限定するものでないとしても,現像されたネガフィルムの像を読み取ることによって得られたデジタル画像データ以外の「デジタル画像データ」についての記載がない以上,その記載がない発明,すなわち,「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」がスキャナ手段に限定されない発明が原出願当初明細書に記載されていたということはできない。
   (3) 次に原告は,原出願当初明細書の【図1】中で画像処理装置11に入力される「デジタル画像データ」は,スキャナに限らず,テレビカメラ,電子カメラあるいはビデオカメラなどの周知の画像入力装置が形成する,いずれのデジタル画像データでもよいことは,そこに記載されているのと同然に理解することができる程度の,自明なことであると主張する。
     しかしながら,【図1】の画像処理システムにおいて,撮影者側のシステムは,デジタル画像データの入力手段としてスキャナ9をその構成要素とし,これに対応して,ラボ側のシステムがフィルムの焼付装置3を構成要素とし,ラボ側のシステムで焼き付けされたフィルム8が郵送により撮影者側に送られるものであるから,スキャナ9をテレビカメラ,電子カメラあるいはビデオカメラに置き換えることは,システムの構成を変更することとなる。さらに,原出願当初明細書には,課題を解決する手段として,「フィルムの像を読み取りデジタルデータに変換するスキャナ手段」を備えることが特徴である(段落【0008】)旨明確に記載されていることは,上記(3)のとおりであり,原出願当初明細書に記載された発明のスキャナ手段をその他の手段に置き換えることが自明であるということはできない。

   (4) さらに原告は,原出願当初明細書の記載によれば,「デジタル画像データ」は,スキャナに限らず,いずれのデジタル画像データでもよいとした発明の目的,構成及び効果を,当業者は容易に実施できる程度に理解することができると主張する。
     しかしながら,原出願当初明細書の記載から,「デジタル画像データ」がスキャナに限らず電子カメラなどが形成するデジタル画像データでもよいことが,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は容易に実施できる程度に理解することができるとしても,このことによって,「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」がスキャナ手段に限定されない発明が原出願当初明細書に記載されていたことになるものではない。
   (5) したがって,原告の上記主張も理由がない。

 5 取消事由3について
   (1) まず原告は,発明者が認識していた発明であるか否かは,特許法44条で規定する分割出願の要件ではないから,「確かにデジタルカメラ或いはデジタル方式の電子スチルカメラ自体は周知であったといえようが,逆に周知であったのであるから,発明者が入力の段階で作成される「デジタル画像データ」を周知のデジタルカメラなどで撮影したデジタル画像データを含むものと認識していたのであれば,将来権利化を考える場合にも問題が生じないようにそのことを明細書に明記しておくのが普通と考えられるが,原出願の当初明細書・図面には,それを示唆する記載も見あたらないから,発明者は,そのようなことは全く考えていなかったと推認せざるを得ない」(決定6頁第2段落)とした審決は誤りであると主張する。

     しかしながら,本件決定は,「当業者も,原出願時点で原出願の当初明細書に接したならば,入力の段階で作成される『デジタル画像データ』は,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ったもののみと理解すると認めざるを得ない」(同5頁第5段落)と説示するように,発明者が認識していた発明であるか否かのみを問題にしているのではなく,原出願当初明細書に本件発明が記載されていたか否かを問題にしていることは明らかである。したがって,原告の上記主張も失当である。
   (2) 次に原告は,「原出願の当初明細書の『デジタル画像データ』という文言を当業者が理解する際には,一貫した技術的思想の文脈においてするものであり,その文言だけを抽出して理解するのではない。してみると,原出願の当初明細書には,上述したように,撮影済みネガフィルムをスキャナで読み取ってデジタル画像データとし,これに撮影者が好みの画像処理を施してそのデータをラボ側に送信し,ラボ側ではそのデータでプリントしプリントしたものを撮影者側へ返送するという技術思想が記載されているのであり,この文脈において上記原出願当時の状況を参酌して当業者が『デジタル画像データ』を解釈する際に,前記文脈に無関係のデジタルカメラ或いはデジタル方式の電子スチルカメラで撮影したデジタル画像データを想定することが自明であるとは認められない」(同6頁第3段落)とした本件決定は,「一貫した技術的思想の文脈」の名の下に,原出願当初明細書(甲2)の開示する事項を極端に狭く解釈した誤りがあると主張する。

     しかしながら,「対象画像を読み取ってデジタル画像データに変換する手段」がスキャナ手段に限定されない発明が原出願当初明細書に記載されていたということはできず,また,原出願当初明細書に記載された発明のスキャナ手段をその他の手段に置き換えることが自明であるということはできないことは,上記4(2)のとおりであり,本件決定に原告主張の誤りがあるということはできない。
 6 結論
    以上検討したところによれば,本件出願は,原出願当初明細書(甲2)に記載された発明以外のものを含むものであるから,特許法44条1項の規定に適合しないとした審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1,2,3はいずれも理由がない。
   よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。


     知的財産高等裁判所 第2部

         裁判長裁判官     中野哲弘


                   裁判官     岡本 岳


                   裁判官     上田卓哉