H17. 8. 3 知財高裁 平成17(行ケ)10216 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件
平成17年7月20日 口頭弁論終結
            判       決
       原      告     村田機械株式会社
        訴訟代理人弁理士    柳澤正夫
         被      告    特許庁長官 小川洋
     指定代理人       大日方和幸
         同           濱野友茂
            同           吉田隆之
            同           小曳満昭
            同                      宮下正之
             主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
               事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
    特許庁が不服2001−18738号事件について平成16年7月12日にした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
    主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,平成8年10月1日,発明の名称を「通信端末装置及び通信方法」とする特許出願(特願平8−260551号。後記補正の前後を通じて請求項の数は3)をし,平成13年3月16日付け及び同16年4月23日付け手続補正書により願書に添付した明細書の補正をした(以下,これらの補正後の明細書を「本願明細書」という。)。原告は,上記特許出願につき平成13年9月11日に拒絶査定を受けたので,同年10月18日,これに対する不服の審判を請求した。

   特許庁は,同請求を不服2001−18738号事件として審理した結果,平成16年7月12日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年8月2日に原告に送達された。
 2 特許請求の範囲の請求項1の記載(上記補正後のもの)
   【請求項1】「コンピュータ通信網へ電子メール通信が可能な通信端末装置において,電子メールの受取先であるサーバへログインするためのログイン情報及びそのログイン情報に対応する複数のユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶する第1記憶手段と,前記サーバへログインした状態で,前記第1記憶手段に記憶されている複数のユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報について,順次,前記サーバに前記識別情報を送信してユーザの確認が行われた後,前記サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスに届いている電子メールがあるか否かを判断し,電子メールが届いている場合に当該電子メールの受信を行って,前記第1記憶手段に記憶されている複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信するメール受信手段とを備えた通信端末装置。」(以下,請求項1の発明を「本願発明」という。)

 3 審決の理由
   (1) 別紙審決書の写しのとおり。要するに,本願発明は,特開平4−239949号公報(甲3。以下「刊行物」という。)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
   (2) 審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,刊行物記載の発明の内容並びに本願発明と刊行物記載の発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
     (ア) 刊行物記載の発明の内容
       通信回線を介して通信センターのホストコンピュータとの通信を行い送られてきた電子メールを画面に表示するパソコン等の情報処理装置において,接続したい通信センターをメニューから選択すると,あらかじめ通信センター別に登録しておいた通信センター情報(センターの名称,電話番号,通信条件,ユーザID・パスワード等,通信センターへ接続すると毎回行う電子メールを読む場合の自動運転用の操作手順)を読み込み,オートダイヤル処理によりセンターへ電話をかけ,読み込んだ通信センター情報をもとにして回線を接続し,ユーザID及びパスワードを自動的に送信して,パスワードを正しく入力すると接続のための手続きが終わり,ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態で,電子メールを読む場合の自動運転用の操作手順に従ってコマンドを送信することにより,自動的に電子メールを画面に表示する情報処理装置。

     (イ) 本願発明と刊行物記載の発明との一致点
       コンピュータ通信網へ電子メール通信が可能な通信端末装置において,電子メールの受取先であるサーバへログインするためのログイン情報及びそのログイン情報に対応するユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶する第1記憶手段と,前記サーバへログインした状態で,前記第1記憶手段に記憶されているメールアドレスに対応する電子メールを受信するメール受信手段とを備えた通信端末装置である点。
     (ウ) 本願発明と刊行物記載の発明との相違点
    (相違点1)
        本願発明では,第1記憶手段が電子メールの受取先であるサーバへログインするためのログイン情報及びそのログイン情報に対応する複数のユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶し,メール受信手段が前記第1記憶手段に記憶されている複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信するのに対して,刊行物記載の発明では,メール受信手段が第1記憶手段に記憶されているメールアドレスに対応する電子メールを受信しているが,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信することが明らかでない点。

   (相違点2)
        メール受信手段が,本願発明では,前記サーバへログインした状態で,前記第1記憶手段に記憶されている複数のユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報について,順次,前記サーバに前記識別情報を送信してユーザの確認が行われた後,前記サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスに届いている電子メールがあるか否かを判断し,電子メールが届いている場合に当該電子メールの受信を行うのに対して,刊行物記載の発明では,ユーザの確認やメールボックスに届いている電子メールがあるか否かの判断を行うことが明らかでない点。
第3 原告主張の取消事由の要点
   審決は,刊行物記載の発明の内容の認定を誤り,また,本願発明と刊行物記載の発明との一致点の認定を誤った結果,本願発明が刊行物記載の発明に基づいて容易になし得たものと誤って判断したものであり,仮に,上記誤認がないとしても,本願発明と刊行物記載の発明との相違点1,2についての判断を誤った違法があるから,取り消されるべきである。

 1  取消事由1(刊行物記載の発明の誤認)
    審決は,刊行物記載の発明の認定において,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態で,」として(審決書3頁35行〜36行),あたかもホストコンピュータとの通信をネットワークサービスを利用して行うかのように認定している。しかし,刊行物記載の発明における「ネットワークサービス」は,ホストコンピュータがコマンドを受け取って提供する処理(サービス)のことであって,通信はあくまでも回線を介して行うものである。
    このことは,刊行物の「通信回線を介して通信センターのホストコンピュータとの通信を行う」との記載(2頁1欄11行〜12行)及び「接続の手続きが完了しネットワークサービスが利用できるようになる。」との記載(3頁3欄33行〜34行)から明らかである。すなわち,刊行物記載の発明は,「通信回線を介して通信センターのホストコンピュータとの通信を行って,ネットワークサービスを利用する」ものである。

    したがって,審決が「ネットワークサービスを利用して‥‥‥通信できる状態」であるとしたことは,刊行物記載の発明の認定を誤ったものである。
 2  取消事由2(一致点の誤認)
  (1)  本願発明における「コンピュータ通信網」及び「通信端末装置」について
      審決は,刊行物記載の発明における「通信回線を介して通信センターのホストコンピュータとの通信を行い送られてきた電子メールを画面に表示するパソコン等の情報処理装置」が,本願発明における「コンピュータ通信網へ電子メール通信が可能な通信端末装置」に相当するとしているが(審決書4頁4行〜8行),この認定は誤りである。
      本願発明における「コンピュータ通信網」は,本願明細書の段落【0001】に「インターネット等のコンピュータ通信網」(甲2の1,1頁18行))と記載されているように,「インターネット等」であって,インターネット等を通じた電子メールの通信機能を有する通信端末装置であることが前提である。

      これに対して,刊行物記載の発明は,審決の認定のように「通信回線を介して通信センターのホストコンピュータとの通信」を行うものであり,ホストコンピュータから「送られてきた電子メールを画面に表示する」機能を有する情報処理装置である。この刊行物記載の発明は,インターネット技術が導入される前の,いわゆるパソコン通信の技術であって,インターネットを利用してホストコンピュータからインターネット上の他のコンピュータと通信を行うことについては考えられておらず,インターネット等への電子メールの通信機能は有していないものと考えるのが妥当である。
      本願発明におけるインターネット等を利用した通信技術と,刊行物記載の発明におけるパソコン通信を前提とする通信技術とは大きく異なっており,審決はこの基礎となる通信の技術的な相違を看過している。

  (2)  本願発明における「サーバ」について
      審決は,刊行物記載の発明における「通信センターのホストコンピュータ」が,本願発明の「電子メールの受取先であるサーバ」に相当するとしているが(審決書4頁4行〜8行)が,この認定は誤りである。
      パソコン通信に基づく刊行物記載の発明における「通信センターのホストコンピュータ」と,インターネット技術に基づく本願発明の「電子メールの受取先であるサーバ」とは,ベースとなる通信技術が異なるものであって,両者を同一視することはできない。
  (3)  本願発明における「ログイン」について
      本願発明におけるログインが「ネットワーク層以上でサーバと通信できる状態にすること」であるとの審決の認定は誤りである。本願発明における「ログイン」は,データリンク層のプロトコルにより行われ,ネットワーク層以上のレイヤからデータリンク層以下のレイヤを用いた通信を可能にするものであり,このことは技術常識である。したがって,ログイン後にはネットワーク層以上でのみ通信可能であると読み取れる審決の認定は誤っている。

      次に,刊行物記載の発明における「ユーザID及びパスワード」が,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態,つまりネットワーク層以上でサーバと通信できる状態にするための情報」であるとの審決の認定も誤りである。すなわち,刊行物記載の発明における「ネットワークサービス」は,取消事由1でも述べたように通信センターのホストコンピュータが提供するサービスのことであって,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信」を行うことではないから,刊行物記載の発明における「ユーザID及びパスワード」が,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態」にすることでないことは明らかであり,また,上述のように刊行物記載の発明はパソコン通信の技術であり,パソコン通信において,ホストコンピュータと情報処理装置との通信には,通信レイヤのような考え方や高度なプロトコルは不要であるから,刊行物記載の発明が「ネットワーク層以上でサーバと通信できる状態」となるということはないのである。
  (4)  本願発明における「メールアドレス」について
      刊行物記載の発明では,ユーザID及びパスワードと別のメールアドレス及びパスワードを有しておらず,また,パソコン通信においては電子メールを読む場合にメールアドレス及びパスワードを利用しない。したがって,審決が,「(電子メールを読む場合の操作手順に『ユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報』が必要なことは技術常識)」とした認定は誤りであり,また,刊行物記載の発明が「そのログイン情報に対応するユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶する第1記憶手段」を有するとした認定も誤りである。
      一方,インターネットにおいては,通信レイヤの考え方を導入しているため,上述のようにデータリンク層におけるユーザID及びパスワードを用いたログインと,アプリケーション層等において電子メールをやりとりする際のメールアドレス及びパスワードとは,それぞれ別に設定しておく必要がある。本願発明では,このようなインターネット技術からの要請に従って,ユーザIDとは別に,メールアドレスとそのメールアドレスに対応するパスワードを第1記憶手段に記憶させているのである。

  (5)  本願発明における「メール受信手段」について
      審決は,「刊行物記載の発明の『情報処理装置』は電子メールを読む場合の自動運転用の操作手順に従ってコマンドを送信して,送られてきた電子メールを画面に表示するので,明示されていないメール受信手段を備え」ている(審決書5頁5行〜7行)と認定している。刊行物記載の発明では,「コマンドを送信して,送られてきた電子メールを画面に表示する」ことは確かである。しかし,コマンドを送信して,送られてきた電子メールを画面に表示するからといって,本願発明のようなインターネットにおける電子メール受信のための通信プロトコルを用いた通信を実現する「メール受信手段」を備えているとはいえず,この点で審決の認定は誤っている。
 3  取消事由3(相違点1の認定判断の誤り)

  (1)  相違点1の認定について
      刊行物記載の発明では,「1つのユーザIDに対応する電子メールを受信する」ことが明らかであり,この点で審決における相違点1の認定は誤っている。
      上述のように刊行物記載の発明はパソコン通信に関する技術であり,通信センターのホストコンピュータと,そのホストコンピュータにログインしたユーザとの間での通信しか考えられていない。電子メールについても,通信センターのホストコンピュータにログインする際に送信するユーザIDによってユーザを特定し,電子メールの受信を行っている。
      本願発明では,メールアドレスとは異なるユーザIDを用いてログインした後,そのログインした状態で,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信するものである。
      このように,刊行物記載の発明では,ログインの際に用いた1つのユーザIDに対応する電子メールを受信できるだけであることが明らかであって,ユーザIDとは別のメールアドレスを用いて電子メールの受信を行うことはできないと解すのが相当である。ましてや,複数のメールアドレスに対応する電子メールの受信を行うことなど,全く考えられていない。

  (2)  相違点1の判断について
    (ア)  本願発明の出願当時,電子メールの利用者の中に1人で複数のメールアドレスを使用する者がいたことは認めるが,当時,このような複数アドレスを使用する者にとって使い勝手のよい装置が存在していたわけではない。
    (イ)  刊行物記載の発明は,通信センターのホストコンピュータと接続する際のユーザIDをそのまま利用して電子メールを受け取るものである。すなわち,上述のようにユーザを特定するユーザIDが宛先であり,1人のユーザは1回の通信に1つのユーザIDしか利用できない。あるユーザIDを用いて回線を接続した後は,ホストコンピュータに対してコマンドを送り,ホストコンピュータが提供する機能を利用することになる。このコマンドとして,電子メールの表示を指示することによりログイン時のユーザIDを宛先とする電子メールが表示される。しかし,この電子メールの表示を指示するコマンドを送る際には,ユーザIDなどの識別情報を送ることはない。したがって,刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」として,ログイン時にユーザIDを送るための記述を行うとしても,電子メールを表示させる際にユーザIDの記述を行うことはない。ましてや,パソコン通信では使用しないメールアドレスを記述することもないし,さらに複数のメールアドレスを記述することもない。

        上記のとおり,刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」として複数のメールアドレスを記述することによって,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信させるように構成できるとした審決の判断は誤りである。
 4 取消事由4(相違点2の認定判断の誤り)
  (1)  相違点2の認定について
      刊行物記載の発明では,通信センターのホストコンピュータと回線を接続した後は「ユーザの確認」を行わないことは明らかであり,この点で審決における相違点2の認定は誤っている。
      パソコン通信では,通信センターのホストコンピュータと回線を接続する際にユーザIDを送信し,回線接続後は回線接続時に送ったユーザIDでの利用が想定されている。したがって,回線接続中はユーザの確認を行うことはない。

      上記のとおり,パソコン通信の技術を用いた刊行物記載の発明において,通信センターのホストコンピュータと回線を接続した後は「ユーザの確認」を行わないことは,明らかである。
  (2)  相違点2の判断について
    (ア)  審決のいうように,「ユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報をサーバに送信してユーザの確認が行われた後,前記サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスから電子メールの受信を行う手順は周知で」あり,POP3の手順が本願発明の出願時において公知であったことは認める。
        しかし,このような手順を刊行物記載の発明に対して適用することは,当業者をしても非常に困難であり,この点で審決の判断は誤っている。
        刊行物記載の発明に,上述のようなPOP3の手順を適用するためには,パソコン通信からインターネット通信への大きな転換を図らなければならず,刊行物を参照したからといって,POP3の手順の適用を当業者が容易に考え得ることはできず,その適用は技術的に非常に困難である。

        したがって,インターネットを利用する場合の周知技術を刊行物記載の発明に適用することを,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないとする審決の判断は誤りである。
    (イ)  刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」では,通信センターのホストコンピュータから送られてくる文字列を判断する機能については記載されていないので,このような判断を行うことができないと解すことができる。
        したがって,刊行物記載の発明では,メールボックスに届いている電子メールがあるか否かを判断することすら行うことができず,本願発明のようにメールボックスに届いている電子メールがあるか否かを判断することは,刊行物記載の発明から当業者が適宜なし得る設計事項ではない。
    (ウ)  審決は,「複数の」ユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報について,順次,ユーザの確認,電子メールが届いている否かの判断をし,届いていれば電子メール受信を行うことが,当業者が適宜なし得る設計事項であると判断している。

        しかし,上述のようにユーザの確認及び電子メールが届いているか否かの判断を刊行物記載の発明で行うことは当業者であっても適宜なし得ることではなく,「複数」のユーザのメールアドレスに対応することはさらに困難である。
        したがって,「複数の」ユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報について,順次,ユーザの確認,電子メールが届いている否かの判断をし,届いていれば電子メール受信を行い,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信することを,当業者が適宜なし得る設計事項であるとした審決の判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
    審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1  取消事由1(刊行物記載の発明の誤認)について
    本件審決を含め,審理対象発明と主引用発明との相異点を抽出した上で,抽出した相違点の克服が容易か否かを副引用発明や周知技術に基づいて検討する,という論理構成を採用した審決においては,一般に,審理対象発明や引用発明の認定誤りは,それが相違点の看過か相違点についての判断の誤りに結び付いて初めて審決の取消理由になり得ると考えられるところ,原告の主張は,単に刊行物記載の発明の認定の誤りを主張するにすぎないものであり,相違点の看過や相違点についての判断の誤りを主張するものではない。したがって,ここでの原告の主張は,審決の取消理由にはなり得ず,失当である。

    原告の主張に対して念のために反論すれば,刊行物記載の発明でいうネットワークサービスとは,ネットワーク層が上位層に提供するネットワークサービスと,公衆通信事業者が実際のネットワークなどにより提供しているサービスとを含む概念であると考えるのが妥当である。そして,刊行物記載の発明が情報処理装置と通信センターのホストコンピュータとの通信のために,上記どちらの意味でも「ネットワークサービス」を利用していることは明らかである。したがって,刊行物記載の発明において,ユーザID及びパスワードを自動的に送信して,パスワードを正しく入力すると接続のための手続きが終わり,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態」であるとしたことに,誤りはない。
 2  取消事由2(一致点の誤認)について

  (1)  本願発明における「コンピュータ通信網」及び「通信端末装置」について
      原告の主張は,本願発明がインターネット技術に基づくものであり,刊行物記載の発明がパソコン通信に基づくものであることを前提としているが,その前提が誤っている。
      すなわち,本願発明の実施例として「インターネット」の例示があったとしても,本願発明の「コンピュータ通信網」が「インターネット」のみを指す旨の記載はないし,刊行物記載の発明がパソコン通信に限られないことも上述したとおりであるから,刊行物記載の発明と本願発明は,それぞれ「パソコン通信」や「インターネット」に特有の技術でなく,どちらも「パソコン通信」や「インターネット」に限定されない計算機網一般の技術に関する発明である。
      刊行物記載の発明における「通信回線」,「パソコン等の情報処理装置」がそれぞれ,本願発明の「コンピュータ通信網」,「コンピュータ通信網へ電子メール通信が可能な通信端末装置」に相当することは,それぞれの機能からみて明らかであり,審決の認定に誤りはない。

  (2)  本願発明における「サーバ」について
      「サーバ」についての原告の主張も,本願発明がインターネット技術に基づくものであり,刊行物記載の発明がパソコン通信に基づくものであることを前提としているが,その前提が誤っている。
      上述したように,本願発明はインターネット技術に基づくものに限られないし,刊行物記載の発明もパソコン通信に基づくものには限られないものである。
      刊行物記載の発明における「通信センターのホストコンピュータ」が,電子メールの受取先であることは,刊行物の段落【0014】の記載等から明らかであること,「サーバ」が,「ネットワーク上で他のコンピューターやソフト,すなわちクライアントにサービスを提供するコンピューター」を意味し(広辞苑第5版),刊行物記載の発明における「通信センターのホストコンピュータ」がこれに該当することは明らかであること,等の事実に照らせば,刊行物記載の発明における「通信センターのホストコンピュータ」が,本願発明の「電子メールの受取先であるサーバ」に相当するとの認定に誤りがないことは明らかである。

  (3)  本願発明における「ログイン」について
      「ログイン」についての原告の主張は,相違点の看過や相違点についての判断の誤りを主張するものではなく,審決の取消理由にはなり得ないものである。
      また,主張の内容自体についても,刊行物の発行時以前から通信レイヤ(「ネットワーク層」等)の考え方やネットワークサービスがネットワーク層以上で通信をするために利用されるものであることが技術常識であったことは乙第1号証から明らかであること,刊行物記載の発明においても,「ユーザID及びパスワード」による接続の手続き完了後,ネットワークサービスが利用できるようになること(段落【0015】参照),等の事実に照らせば,刊行物記載の発明における「ユーザID及びパスワード」が「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態,つまりネットワーク層以上でサーバと通信できる状態にするための情報」であるとの認定に誤りはない。

  (4)  本願発明における「メールアドレス」について
      「メールアドレス」についての原告の主張も,刊行物記載の発明がパソコン通信に関するものであることを前提としているが,その前提が誤っている以上,ここでの主張も失当である。
      計算機網の標準的な技術として技術常識であったメールボックスとは,郵便箱をまねたものであり,住所に対応するものがメールアドレスであり,郵便箱の鍵に対応するものがパスワードである。このことからもわかるように,周知のPOP3のプロトコルで用いているユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報をサーバに送信してユーザの確認が行われた後,前記サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスから電子メールを受信する技術は,インターネットに特有の技術ではなく,計算機網一般の標準的な技術である。

      そして,刊行物記載の発明において,電子メールを読む場合に使用する「メールアドレス及びパスワード」について考えると,「ログイン情報としてのユーザID及びパスワード」と同じものを用いることも,別のものを用いることも当然に可能である。
       いずれにしても,電子メールを読む場合の自動運転用の操作手順が,あらかじめ通信センター別に登録されているから,上位層の応用層のプロトコルで使用する「メールアドレス及びパスワード」と下位層のプロトコルで使用する「ログイン情報」が明示されていない記憶手段に記憶されていることは明らかである。
      したがって,刊行物記載の発明が,メールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶する第1記憶手段を有しているとする審決の認定に誤りはない。
  (5) 本願発明における「メール受信手段」について

      「メール受信手段」についての原告の主張も,失当である。
      刊行物記載の発明の情報処理装置が電子メールを受信する機能を有すること自体は原告も認めているところ,そのような,電子メールを受信する機能を実現する手段を「メール受信手段」と呼び得ることは当然である。したがって,刊行物記載の発明が「メール受信手段」を具備していると認定したことには何ら問題はないというべきである。
      したがって,刊行物記載の発明が,「第1記憶手段に記憶されているメールアドレスに対応する電子メールを受信するメール受信手段」を備えているとした認定に誤りがないことは明らかである。
 3  取消事由3(相違点1の認定判断の誤り)について
  (1)  相違点1の認定について
      原告の「相違点1の認定」についての主張は,刊行物記載の発明がパソコン通信に関するものであることを前提としているが,その前提が誤っている以上,ここでの主張も失当である。

      刊行物記載の発明においても,電子メールを読む場合のプロトコルで使用する「メールアドレス及びパスワード」として,下位層のプロトコルで使用する「ログイン情報」と別のものを用いることは当然にあり得るのであり,刊行物記載の発明において「複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信すること」が排除されているわけではないから,刊行物記載の発明が「複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信することが明らかでない」とした認定に誤りはない。
  (2)  相違点1の判断について
    (ア)  本願発明の出願時には,既にパソコンからインターネットにアクセスして電子メールのやり取りを行うことも広く普及しており(乙第3号証参照),現に複数の電子メールボックスを持っている利用者がいたことを示す証拠(乙第4号証)も存在する。

    (イ)  刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」として複数のメールアドレスを記述することによって,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信させるように構成できるとした審決の判断は誤りであるとの原告の主張も,刊行物記載の発明がパソコン通信に関するものであることを前提としているが,前提が誤っている以上,ここでの主張も失当である。
        刊行物記載の発明は計算機網一般で利用可能な発明であること,電子メールの利用者の中に1人で複数のメールアドレスを使用する者がいることが容易に想像できた(現にそのような利用者は存在した)こと等の事実に照らせば,刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」として複数のメールアドレスを記述して,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信させるようにすることが当業者にとって容易である旨の,審決の相違点1についての判断に誤りがないことは明らかである。

 4 取消事由4(相違点2の認定判断の誤り)について
  (1)  相違点2の認定について
      原告の「相違点2の認定」についての主張も,刊行物記載の発明がパソコン通信に関するものであることを前提としているが,その前提が誤っている以上,ここでの主張も失当である。
      刊行物記載の発明において,通信センターのホストコンピュータと回線を接続した後も上位層のプロトコルによる「ユーザの確認」を行うことが排除されているわけではないから,刊行物記載の発明において「ユーザの確認」が明確でないとした審決の認定に誤りはない。
  (2)  相違点2の判断について
      原告の主張は,刊行物記載の発明がパソコン通信に関するものであることを前提としているが,その前提が誤っている以上,ここでの主張も失当である。
    (ア)  刊行物記載の発明は計算機網一般で利用可能な発明であり,そこに,同じ計算機網の分野で周知のPOP3のプロトコルで用いているユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報に対応するメールボックスに届いている電子メールがあるか否か判断してから,サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスから電子メールを受信する技術を適用できない理由はない。

        したがって,刊行物記載の発明において,上記周知技術を用いて,メールアドレスに対応する電子メールを順次受信させる際に,識別情報に対応するメールボックスに届いている電子メールがあるか否かを判断し,電子メールが届いている場合に当該電子メールの受信を行うようにすることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないとした,審決の判断に誤りはない。
    (イ)  「複数」のユーザのメールアドレスに対応するためには,順次,メールアドレス及びパスワードを含む識別情報を別のメールアドレスのものに変更して,ユーザの確認,電子メールが届いているか否かの判断,届いていれば電子メールの受信を繰り返すだけでよいので,当業者が,このような単純な繰り返しを刊行物記載の発明の情報処理装置に行わせることにも何ら困難性はなく,その旨の審決の判断に誤りはない。

第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(刊行物記載の発明の誤認)について
    原告は,審決が,刊行物記載の発明について,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態で,」として,あたかもホストコンピュータとの通信をネットワークサービスを利用して行うかのように認定している,と非難する。
    引用発明の認定の誤りは,それが相違点の看過か相違点についての判断の誤りに結び付いて審決の結論に影響する場合に,初めて審決の違法をきたすものとして取消事由に該当するものであることは,被告の指摘するとおりであるところ,原告が刊行物記載の発明の認定についていう上記主張は,いかなる意味において審決の結論に影響するものか必ずしも明らかでないが,審決が,本願発明と刊行物記載の発明との一致点及び相違点の認定を行う過程において,刊行物記載の発明における「ユーザID及びパスワード」「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態」の意義について認定した内容(審決書4頁25行〜28行)を非難するものと善解することができる。

    そこで,検討するに,後述のように,刊行物記載の発明はパソコン通信に限定されない,計算機網一般で利用可能な発明であり,また,刊行物発行時における技術常識に照らせば(乙1(社団法人電子情報通信学会編「電子情報通信ハンドブック」株式会社オーム社昭和63年3月30日発行)参照),「ネットワークサービス」の語は,OSI基本参照モデルのある層が1つ上の層に提供する機能という意味と,公衆通信事業者が実際のネットワークなどにより提供しているサービスという意味で用いられる用語である。そして,刊行物(甲3)には,「一般に,パソコン等の情報処理装置においてパソコン通信やオンラインデータベース等のネットワークサービスで通信センターのホストコンピュータと通信を行うには,ある決められた接続するための手順がある。このような従来の通信センターへの接続手順に関して以下に説明する‥‥‥ユーザIDを正しく入力すると,パスワード63を入力するように要求してくるので,パスワードを入力する。パスワードを正しく入力すると接続のための手続きが終わりネットワークサービスを利用できる状態になる」(段落【0002】〜【0003】)との記載があるほか,実施例の説明として「図1は,以上説明したことを示した流れ図である。以下,流れ図に沿って説明する。‥‥‥ステップA5で,読み込んだセンター情報をもとにして回線を接続する。ステップA6で,回線が接続されたら自動的にホスト名が送信される。ステップA7で,B4で設定したユーザID入力要求の文字列を受信したら,自動的にユーザIDを送信する。ステップA8で,B5で設定したパスワード入力要求の文字列を受信したら,自動的にパスワードを送信する。これで接続の手続きが完了しネットワークサービスが利用できるようになる。ステップA9で,自動運転用の操作手順が登録されている場合には,その手順に従ってコマンドを送信し自動運転が行われる。」(段落【0015】)との記載があり,後者(段落【0015】)の記載,特に「ステップA8」及び「ステップA9」に関する記載によれば,「電子メールを読む場合の自動運転用の操作手順に従ってコマンドを送信すること」は,「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態で」実行されるものである。これらによれば,刊行物記載の発明は,情報処理装置と通信センターのホストコンピュータとの間でコマンド等の通信を行うために,所定の接続手続を経て公衆通信事業者が実際のネットワークなどにより提供しているサービスを利用するものである。このように,刊行物記載の発明は,ネットワーク層以上で電子メール等を利用する前提として,所定の接続手続を経て公衆通信事業者がネットワークなどにより提供しているサービスを利用してホストコンピュータと通信できる状態とするものであるから,審決が,刊行物記載の発明について,「ユーザID及びパスワードを自動的に送信して,パスワードを正しく入力すると接続のための手続きが終わり,ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態で」と認定したこと(審決書3頁34行〜36行)に,誤りがあるとはいえない。
 2  取消事由2(一致点の誤認)について

  (1)  本願発明における「コンピュータ通信網」及び「通信端末装置」について
      原告は,本願発明がインターネット等を通じた電子メールの通信機能を有する通信端末装置であることを前提としているのに対し,刊行物記載の発明はパソコン通信を前提としている点で,基礎となる通信が技術的に相違するにもかかわらず,審決がこの点を看過している旨主張する。
      しかし,本願明細書の請求項1は,「コンピュータ通信網へ電子メール通信が可能な通信端末装置において,‥‥‥メール受信手段とを備えた通信端末装置。」というものであって,「コンピュータ通信網」がインターネットを前提とするものである旨の記載はなく,本願明細書の「発明の詳細な説明」の欄には,「発明の属する技術分野」につき「本発明は,例えば,インターネット等のコンピュータ通信網に接続可能な通信端末装置及び通信方法に関するものである。」との記載(段落【0001】。甲2の1)があるほか,「発明の実施の形態」につき,「第1の実施形態」として「コンピュータ通信網としてインターネットを使用するもの」(段落【0011】以下。甲2の1)と「第2の実施形態」として「パソコン通信の1つであるNIFTY-Serveが使用されている」もの(段落【0036】以下。甲2の1)が記載され,後者(NIFTY-Serveが使用されているもの)に関する記述として,「以上のように,第2の実施形態でも前記第1の実施形態と同様な効果を得ることができる。なお,上記実施形態は以下のように変更してもよく,その場合でも少なくとも上記実施形態と同様の作用,効果を得ることができる。‥‥‥インターネットやNIFTY-Serve以外のコンピュータ通信網で利用すること」(段落【0038】〜【0041】。甲2の1)との記載があるものであって,これらの記載によれば,本願発明は,インターネットに限られず,広くパソコン通信を含めたコンピュータ通信網に関するものであることが明らかである。他方,刊行物記載の発明についてみても,請求項1として「通信センターへ接続する際にメニューから選択するだけで,あらかじめ登録しておいた通信条件の設定,オートダイヤル機能,ユーザID及びパスワードの自動送信処理と,回線接続後に毎回必ず行う定常処理の自動運転機能を有することを特徴とする通信センター接続方法」(甲3)と記載され,「発明の詳細な説明」の欄には,「本発明は,通信センター接続方法に関し,特に通信回線を介して通信センターのホストコンピュータとの通信を行うパソコン等の情報処理装置における通信センター接続方法に関する。」(甲3,段落【0001】)と記載されているものであって,パソコン通信に限定された発明ではない。

      このように,刊行物記載の発明と本願発明は,それぞれ「パソコン通信」や「インターネット」に特有の技術でなく,どちらも「パソコン通信」や「インターネット」に限定されない計算機網一般の技術に関する発明である。
      そして,本願発明の出願時において,コンピュータ通信網,すなわち,パソコン通信及びインターネットにより,通信端末装置を用いて電子メール通信を行うことは周知の技術事項であったことは,本願明細書の上記記載に照らしても明らかなところであるから,刊行物記載の発明における「通信回線」,「パソコン等の情報処理装置」がそれぞれ,本願発明の「コンピュータ通信網」,「コンピュータ通信網へ電子メール通信が可能な通信端末装置」に相当することは,それぞれの機能からみて明らかであり,審決の認定に誤りはない。

  (2)  本願発明における「サーバ」について
      原告は,当該「サーバ」についても,審決の認定に誤りがある旨をいい,その根拠として,本願発明がインターネット技術に基づくもので,刊行物記載の発明がパソコン通信に基づくものである点を主張しているが,この前提に理由がないことは既に述べたとおりである。
      刊行物には,「通信センターへ接続されるとコマンド入力待ちとなるが,毎回行う定常処理の手順が設定してある場合には設定した操作が自動運転される。例えば,毎日送られてきた電子メールを読む場合に,その操作手順を設定しておけば,自動運転により送られてきたメールが画面に表示される。」(甲3,段落【0014】)との記載があり,この記載によれば,刊行物記載の発明の「通信センターのホストコンピュータ」が電子メールの受取先であることは明らかである。また,「サーバ」の語は,一般に,「ネットワーク上で他のコンピューターやソフト,すなわちクライアントにサービスを提供するコンピューター」を意味するものであり(広辞苑第5版),これらの点に照らせば,刊行物記載の発明における「通信センターのホストコンピュータ」が,本願発明の「サーバ」に相当するものと認めることができる。原告の主張は採用できない。

  (3)  本願発明における「ログイン」について
      原告は,審決が,本願発明について,ログイン後にはネットワーク層以上でのみ通信可能であると読み取れる認定をしているとして,非難するが,審決は,本願発明のログインについて,「ネットワーク層以上でサーバと通信できる状態にすること」と記載しているのであり,ログイン後においてネットワーク層以上でのみ通信可能である旨を認定しているものではない。原告の上記主張は,審決を正解しないで非難するものであり,失当である。
      また,原告は,刊行物記載の発明の「ユーザID及びパスワード」が「ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態,つまりネットワーク層以上でサーバと通信できる状態にするための情報」であるとした審決の認定が誤りであると主張する。しかし,原告は,この点についても,その根拠として,本願発明がインターネット技術に基づくもので,刊行物記載の発明がパソコン通信に基づくものであることを挙げるが,この前提に理由がないことは既に述べたとおりである。また,審決が,刊行物記載の発明について,「ユーザID及びパスワードを自動的に送信して,パスワードを正しく入力すると接続のための手続きが終わり,ネットワークサービスを利用して通信センターのホストコンピュータと通信できる状態で」と認定したことに誤りがないことは,既に取消事由1について検討したとおりであり,原告の上記主張は,要するに,審決が本願発明と刊行物記載の発明との一致点を認定する過程において,刊行物記載の発明の「ユーザID及びパスワード」が「電子メールの受け取り先であるサーバへログインするためのログイン情報」に相当するとした点を非難するものと解されるところ,そもそも,「ログイン」とは,「コンピューター・ネットワークを使用する場合に,利用開始の宣言をすること」を意味するものであり(広辞苑第5版),刊行物記載の発明においては,通信センターのホストコンピュータと通信できる状態にすることが「ログイン」に相当するものであるから,刊行物記載の発明において,通信センターのホストコンピュータと通信できる状態が「サーバへログインした状態」に相当し,該ホストコンピュータへの接続手続を完了させるための情報である「ユーザID及びパスワード」が,「電子メールの受取先であるサーバへログインするためのログイン情報」に相当することは明らかであって,この点に関する審決の認定は,結論において何ら誤りはないということができる。
  (4)  本願発明における「メールアドレス」について

      原告は,本願発明がインターネット技術に基づくもので,刊行物記載の発明がパソコン通信に基づくものであることを前提として,刊行物記載の発明が「そのログイン情報に対応するユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶する第1記憶手段」を有するとした審決の認定を非難するが,その前提に理由がないことは既に述べたとおりである。
      刊行物(甲3)には,「接続したい通信センターの接続情報を‥‥‥あらかじめ登録する。」(段落【0011】)との記載,及び,「毎回行う定常処理の手順が設定してある場合には設定した操作が自動運転される。例えば,毎日送られてきた電子メールを読む場合に,その操作手順を設定しておけば,自動運転により送られてきたメールが画面に表示される。」(段落【0014】)との記載があるものであって,電子メールを読む場合に,そのために必要となるユーザID・パスワード等の接続の手順及び自動運転用の操作手順といった情報を登録しておくことが示されているところ,本願発明の出願時において,電子メール技術は既に周知であり,電子メールを読む(受信する)際にメールアドレス及びパスワードが必要となることは技術常識であったものである(このことは,本願発明自体も前提としている。)。

      そうすると,審決が,刊行物記載の発明が,本願発明でいう「電子メールの受取先であるサーバへログインするためのログイン情報及びそのログイン情報に対応するユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶する第1記憶手段」に相当する手段を有すると認定したことに誤りはない。
  (5)  本願発明における「メール受信手段」について
      原告は,刊行物記載の発明において,「コマンドを送信して,送られてきた電子メールを画面に表示する」からといって,本願発明のような「メール受信手段」を備えているとはいえない旨主張する。
      しかしながら,刊行物記載の発明が,電子メールを受信する機能を有しているものであることは明らかであって,その電子メールを受信する機能を実現する手段を「メール受信手段」として認めることに何ら問題はなく,また,前述のとおり,本願発明の出願時において,電子メールが既に周知の技術であって,これがメールアドレスに対応していることが技術常識であったことに照らしても,審決の認定に誤りはない。

      原告は,本願発明の「メール受信手段」がインターネットにおける電子メール受信のための通信プロトコルを用いたものである旨主張する。しかし,既に述べたとおり,刊行物記載の発明と本願発明は,それぞれ「パソコン通信」や「インターネット」に特有の技術でなく,どちらも「パソコン通信」や「インターネット」に限定されない計算機網一般の技術に関する発明であり,また,本願発明における「第1記憶手段に記憶されているメールアドレスに対応する電子メールを受信する」ところの「メール受信手段」は,本願明細書の記載及び図面によれば「CPU1,ROM6,RAM7,DSU9,モデム10,及びNCU11により」「構成されている」(段落【0019】。甲2の1)もので,ネットワークを通じてメールを含めたデータ受信のための周知の構成にすぎず,メール受信のための特別な構成を有するものではなく,また,メール受信のために特別な処理を行っているものでもないのであって,原告の上記主張は,採用できない。
 3  取消事由3(相違点1の認定判断の誤り)について
  (1)  相違点1の認定について
      原告は,刊行物記載の発明は,ログインの際に用いた1つのユーザIDに対応する電子メールを受信できるのみであって,ユーザIDとは別のメールアドレスを用いて電子メールの受信を行うことはできず,ましてや,複数のメールアドレスに対応する電子メールの受信を行うことなど,全く考えられていない旨主張する。
      なるほど刊行物記載の発明では,「1つのユーザIDに対応する電子メールを受信する」ことは明らかではあるが,刊行物(甲3)には,「いくつも接続したい通信センターがある場合‥‥‥には他の項目のセンター情報として登録しておく」(段落【0011】)との記載,及び,「いくつもの通信センターのセンター情報を登録しておくことができるため‥‥‥メニューから通信センターを選択するだけで通信センターとの接続が自動的に行われ設定した操作手順が自動運転されるという効果を奏する」(段落【0016】)との記載があり,これらの記載に照らせば,「いくつもの通信センター」がそれぞれ,自らに送信された電子メールを記憶保存していることは,容易に首肯し得ることであるから,刊行物記載の発明が,「複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信すること」を排除するものであるとはいえない。したがって,審決の相違点1の認定に誤りがあるとする原告の主張は採用できない。

  (2)  相違点1の判断について
    (ア)  本願発明の出願当時,電子メールの利用者の中に1人で複数のメールアドレスを使用する者がいたことは,原告も認めるところであるが(平成17年3月20日付け原告準備書面(第2回)11頁),そもそも,本願発明自体,1つの通信端末装置に複数のメールアドレスが使用されている状態を前提として,そのような状況下において,複数のメールアドレス及びパスワードの入力操作を簡便にするためのものであるから(本願明細書の段落【0004】,【0005】。甲2の1),本願発明の出願時においてそのような状況が存在することは,本願発明が前提としているものというべきである。
    (イ)  原告は,刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」としてログイン時にユーザIDを送るための記述を行うとしても,電子メールを表示させる際にユーザIDの記述を行うことはない,パソコン通信では使用しないメールアドレスを記述することもないし,複数のメールアドレスを記述することもない,などとして,刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」として複数のメールアドレスを記述することによって,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信させるように構成できるとした審決の判断は誤りである旨を主張する。

        しかしながら,@ 刊行物記載の発明における「自動運転用の操作手順」において,複数のメールアドレスについてそのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報を記憶させることは,刊行物記載の発明が「いくつもの通信センターのセンター情報を登録することができる」(甲3,段落【0016】)ものであって,それを1台の通信端末装置を利用するユーザに対しても適用可能であることに照らし,容易になし得るものであり,また,A 複数のメールアドレスに対応する電子メールを受信する際に,メール受信手段に順次受信させることは,広く情報処理システムにおいてデータ処理が逐次的に行われていくことが一般的であることに照らし,当然に採り得る設計事項にすぎないから,刊行物記載の発明において,複数のメールアドレスに対応する電子メールを順次受信することは,本願発明の出願時において当業者が容易に想到し得るものというべきである。
        なお,既に述べたとおり,刊行物記載の発明と本願発明は,どちらも「パソコン通信」や「インターネット」に限定されない計算機網一般の技術に関する発明であり,また,そもそも本願発明は,複数のユーザのメールアドレス及びパスワードの入力操作を順次行うのに,入力操作が煩雑であったという従来技術における課題を解決するために,メールアドレス及びパスワードといったユーザごとの識別情報を記憶し,それに基づいてユーザごとの電子メールを順次受信しようとするものであって,その前提となる通信技術(パソコン通信とインターネット)における技術的相違(例えば,通信プロトコルの相違)から発生した課題でなく,既に確立された通信基盤ないし通信技術を利用する上でデータ入力という操作面での課題を解決するというものであり,その出願時において周知であったインターネットを利用した電子メール技術に通信技術の点において何ら新たな技術内容を付加するものではないこと(このことは,本願明細書の記載自体から明白である。)からしても,刊行物記載の発明に基づいて,本願発明の相違点1に係る構成のようにすることに格別の困難性があるとはいえない。
 4 取消事由4(相違点2の認定判断の誤り)について
  (1)  相違点2の認定について
      原告は,刊行物記載の発明では「ユーザの確認」を行わないことは明らかであるとして,刊行物記載の発明において「ユーザの確認」を行うことが明らかでないとした審決の認定は誤りである旨主張する。
      原告の上記主張は,刊行物記載の発明がパソコン通信に係るものであることを理由とするものであるが,刊行物記載の発明がパソコン通信に限定されたものではないことは既に述べたとおりであり,刊行物記載の発明において,「ユーザの確認」を行わないことが明らかであるとはいえない(なお,本願明細書に記載された,「パソコン通信の1つであるNIFTY-Serve」を使用する実施形態(甲2の1,段落【0036】〜【0038】)においては,「Enter User-ID」及び「Enter Passward」の入力要求に対してメールアドレス及びパスワードが送信されることが明示されているが(段落【0037】),当該記載はパソコン通信においても,「ユーザの確認」を行うことについて,これを技術的に阻害する要因が存しないことを示唆するものであり,かつ当該「パソコン通信の1つであるNIFTY-Serve」自体は本願発明の出願時において既に周知の技術であったのであるから,たとえ刊行物記載の発明がパソコン通信に係るものと限定したとしても,「ユーザの確認」を行わないことが明らかであるとの原告の主張は,採用し得ない。)。上記のとおり,原告の主張は採用できない。

  (2)  相違点2の判断について
    (ア)  「ユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報をサーバに送信してユーザの確認が行われた後,前記サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスから電子メールの受信を行う手順は周知である」ことは,原告もこれを認めている。
        原告は,メールボックスから電子メールの受信を行う手順が周知であっても,当該手順を刊行物記載の発明に適用することは,当業者をしても非常に困難であると主張し,その理由として,パソコン通信からインターネット通信への転換という通信技術が異なることによる困難性がある旨主張する。しかし,既に述べたとおり,刊行物記載の発明は,「パソコン通信」に特有の技術でなく,「パソコン通信」に限定されない計算機網一般の技術に関する発明であるから,上記争いのない周知の手順を刊行物記載の発明に適用することに困難性を見いだすことはできない。

    (イ)  原告は,刊行物記載の発明では,メールボックスに届いている電子メールがあるか否かを判断することすら行うことができないと主張するが,刊行物記載の発明は,電子メールを受信し自動的に画面に表示させるものであり,送られてくる電子メールが複数ある場合にも対応可能である(画面表示する)と認められるから,電子メールがメールボックスに届いているか否かの判断を行うことは,当業者ならば格別の困難性なく採用し得る機能にすぎず,また,刊行物記載の発明がそれを阻害する機能,構成を有しているものでもない。
        したがって,この点を当業者が適宜なし得る設計事項とした審決の判断に誤りはない。
    (ウ)  原告は,審決が,複数のユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報について,順次,ユーザの確認,電子メールが届いているか否かの判断をし,届いていれば電子メール受信を行うようにすることは当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないとした判断を,誤りであると主張する。

        しかし,当該処理は,上記(ア)記載の「ユーザのメールアドレス及びパスワードを含む識別情報をサーバに送信してユーザの確認が行われた後,前記サーバ内の前記識別情報に対応するメールボックスから電子メールの受信を行う」周知の手順(本願発明の出願時にこの手順が周知であったことは,原告も認めている。)を,複数のユーザのメールアドレスについて単純に繰り返すだけのものである(それ以上の格別な処理であるとは,本願明細書及び図面からも認められない。)。
        したがって,上記の点を,当業者が適宜なし得る設計事項とした審決の判断に誤りはない。
 5  結論
    以上によれば,原告が取消事由として主張する点は,いずれも理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
    よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

   
     知的財産高等裁判所第3部

   
         裁判長裁判官        佐  藤  久  夫


           裁判官      三  村  量  一

         裁判官       古   閑   裕  二