H17. 4.13 知財高裁 平成17(行ケ)10225 商標権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10225号(東京高等裁判所平成16年(行ケ)第451号)審決取消請求事件
平成17年2月28日口頭弁論終結
                     判決
         原告                エレクトロ サイエンティフィックインダストリーズ インコーポレイテッド
         訴訟代理人弁護士   熊倉禎男
         同         富岡英次
         同                  飯田圭
         同        相良由里子
         訴訟代理人弁理士   大島厚
         同         竹中陽輔
        被告                特許庁長官 小川洋

         指定代理人      早川文宏
  同  山田清治
  同  宮下正之
                    主文
             1 特許庁が不服2003−65035号事件について平成16年6月1日にした審決を取り消す。
             2 訴訟費用は被告の負担とする。
                     事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
 1 原告
    主文と同旨
 2 被告
   (1) 原告の請求を棄却する。
   (2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
    原告は,「ESI[tronic]」の文字を書してなり,国際登録において指定された商品又は役務(9類:自動車及び動力車産業に関するデータ及び情報を含むデータベースを特色とするCD−ROM及びDVD−ROMに記録されたマルチメディア用コンピュータソフトウエア,自動車及び動力車の修理産業用・自動車部品及び機能の分析用・動力車における欠陥及び誤作動分析用・自動車及び動力車の修理産業の内での費用見積り・部品・修理工及び供給用・及び修理作業にかかる費用見積り用のコンピュータソフトウエア,37類:自動車・二輪自動車の修理に関するデータを含むコンピユータデータベースのオンラインによる情報の提供,自動車・二輪自動車の修理)を指定商品又は指定役務とし,2000年10月24日付けでドイツにおいて登録となった基礎登録に基づき,2001年1月9日を国際登録の日とする国際登録第750333A号に係る商標(以下「本願商標」という。)の名義人であるが,商標法68条の9第1項により日本国における商標登録出願とみなされた出願について,特許庁が,平成14年11月6日,拒絶査定をしたため,原告は,平成15年2月19日,これに対する不服の審判を請求した。
    特許庁は,これを不服2003−65035号事件として審理した結果,平成16年6月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月14日,その謄本を原告に送達した。
 2 審決の理由
    別紙審決書写しのとおりであり,要するに,本願商標は,「AS TRONIC」の文字を書してなる商標登録第4086413号商標(以下「引用商標」という。)と「トロニック」の称呼を共通にし,全体として相紛れるおそれのある類似する商標といわざるを得ず,かつ,本願商標の指定役務は,引用商標の指定役務と同一又は類似の役務を含むものであるから,商標法4条1項11号に該当する,とするものである。
第3 原告主張の取消事由の要点
    審決は,本願商標と引用商標とから生じる称呼についての認定を誤り(取消事由1),両商標の外観及び観念における顕著な相違を看過したものであって(取消事由2),これらはそれぞれ結論に影響を及ぼすことが明らかであるから取り消されるべきである。

 1 取消事由1(称呼認定の誤り)
    審決は,本願商標における「ESI」と「tronic」,引用商標における「AS」と「TRONIC」は,いずれも視覚上分離して看取されるばかりでなく,両文字部分が常に一体不可分に認識されるべき格別の理由も見出し得ないなどとして,いずれの商標からも「トロニック」の称呼が生ずる点で類似すると認定判断した。
    しかしながら,商標の後半部分に「tronic」,「トロニック」等の文字を含む商標は,極めてありふれたものであり,当該部分は十分な識別力が認められないから,本願商標又は引用商標から「トロニック」という独立した称呼が生じることはなく,これらから「トロニック」単独の称呼が生ずると認定判断した審決は,誤りである。
   (1) 「tronic」の語そのものは,辞書に記載されていないとしても,英語の「electronic(電子の)」の語尾であることから,電子制御された機械や電子に関する商品に関して,何らかの単語と組み合わされ,商標,社名の一部として慣用されているものである。

      現に,電子制御等に関する製品や,そのような製品を取り扱う会社商号として,極めて多数の使用例が存在する(甲6〜37)。
      本願商標の指定役務中の第37類に関連する自動車関連の商標に限定しても,例えば「イージートロニック」,「サーブ・セントロニック」,「ステップトロニック」,「スポルトロニック」,「センソトロニック」,「デイブトロニック」「デュラシフト5−トロニック」,「パークトロニック」,「バルブトロニック」,「ブロクトロニック」,「マルチトロニック」,「リトロニック」等,「tronic(トロニック)」を含む造語が数多く使用されており(甲38〜60),それがありふれた商標構成要素であることは明らかである。
      このことからすれば,本願商標の需要者・取引者にとって,「tronic(トロニック)」の語自体は,識別力を欠くか又は識別力が極めて弱いものであることは明白である。

   (2) 特許庁の登録例をみても,「tronic(トロニック)」の文字を含む数多くの登録商標が,指定商品・指定役務が抵触するにもかかわらず有効に並存している。
      例えば,引用商標と同一の構成からなる商標「AS TRONIC」(登録第4230550号)は,指定商品が抵触しているにもかかわらず,「ニュートロニック」(登録第2250984号),「SHIFT−TRONIC/シフト−トロニック」(登録第2628168号),「WASH−TRONIC」(登録第2713151号),「SWITCH−TRONIC」(登録第2713803号),「T−Tronic」(国際登録番号797557号)などの多数の登録商標と併存しているのである(甲61〜79)。
      これらの登録商標が併存しているということは,特許庁自身が「tronic」の文字に独立した強い識別力を認めていないことを示すものであり,特許庁の審査において,それぞれ全体として一連一体の商標であると考えられていることは明らかである。

   (3) 以上のとおり,本願商標の「tronic」の文字部分,又は引用商標の「TRONIC」の文字部分は,関連する商品・役務に関してありふれたものであって,これ自体には十分な識別力が認められないことが明らかであるから,両商標がこの文字部分のみによって「トロニック」と称呼されることはあり得ない。
      本願商標は,その語頭部に大文字で明確に「ESI」の文字が表示されており,これを無視して称呼すべき理由は全くないから,本願商標からは「イーエスアイトロニック」,「エジトロニック」又は「イーエスアイ」の称呼が生じ,引用商標からは「エーエストロニック」又は「アズトロニック」の称呼が生ずるものであって,本願商標又は引用商標から「トロニック」単独の称呼が生ずることはない。
      特に,原告は,すでに「ESI」を構成要素とする商標をわが国において複数登録しているが,これは,例えば「IBM」と同様,原告商号「Electro Scientific Industries」の頭文字語からなるものであり,十分な識別力を有するものである。したがって,本願商標は,この頭文字商標に,ありふれた「tronic」を付加した構成ということができ,十分な識別力を有する「ESI」が冒頭に位置していることも相侯って,本願商標が「イーエスアイ」と略称される可能性が高い。「ESI」が十分な識別力を有するのに対し「tronic」は識別力が薄弱であるとの事実に照らせば,冒頭の「ESI」が無視されて,「tronic」のみから独立した称呼が生じると認定することは明らかに経験則に反するものである。

 2 取消事由2(類似性判断の誤り)
    仮に本願商標又は引用商標から「トロニック」の称呼が生じ,この点で共通するとしても,両商標は,外観及び観念において著しく異なり,現実の取引においても混同を生ずるおそれは存在しないから,本願商標と引用商標とは類似するものではない。
   (1) 本願商標は,前半部分の「ESI」の英文字を大文字で,後半部分の「tronic」の英文字を角かっこ([])で括った小文字で書すという極めて特異な構成であり,外観上において際立った特徴を有する。
      これに対し,引用商標は,英文字「AS TRONIC」を単に横書きにしてなり,極めて単純な構成からなる商標である。「TRONIC」と他の文字とを1文字分程度の間隔を空けて組み合わせた登録商標は,前記の引用商標と同一の構成からなる商標と指定商品が抵触しているものだけでも,「CANON TRONIC」,「CP TRONIC」,「VD TRONIC」などが存在しており,引用商標の外観は,文字商標として極めてありふれていることは明らかである。

      したがって,本願商標は,引用商標と外観上極めて明白に区別される顕著な相違を有するものである。
   (2) 本願商標及び引用商標が全体として何らの意味をも有しない造語商標であることに鑑みれば,観念上の類否について論ずるまでもなく明らかに非類似の商標である。
      仮に何らかの観念が生ずるとすれば,「tronic」又は「TRONIC」の部分からは「電子制御関連の」といった観念が生じ,これとアルファベットの組合せからは,「ASの電子制御関連サービス」,「ESIの電子制御関連サービス」といった観念が生ずるということができ,両商標は,観念上も非類似であるというべきである。
   (3) 前記のとおり,「tronic」,「トロニック」等を後半部分に含む商標等は,現実の市場において多数存在しており,それらの中には,「SWITCH−TRONIC」(甲54,64),「7Gトロニック」(甲55,77)など,相当な周知性を有する商標,商号,ハウスマークとなっているものが存在するが,それぞれに混乱を生ずることなく取引がなされている。このような取引の実情に鑑みれば,本願商標と引用商標との間において混同を生ずるおそれはない。

第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1(称呼認定の誤り)について
   (1) 本願商標及び引用商標中の「tronic」及び「TRONIC」の文字は,「英語の辞書にはその記載が認められない」ものであり,それらの文字が何らかの意味を示す語尾として英語の既成語を構成するものとも認められないから,「tronic」及び「TRONIC」の文字は,造語として認識されるものである。
      たとえ,「tronic」,「トロニック」の文字が電子制御等に関する製品の商品名又はそのような製品を取り扱う会社の商号等の一部に使用されているとしても,そのことをもって,「tronic」若しくは「TRONIC」の文字が,識別力を欠くとか,識別力が極めて弱いということはできず,まして,「tronic」,「TRONIC」若しくは「トロニック」の文字が,独立して何らかの役務の質等を表示するものとして,識別力を欠くとか,識別力が極めて弱いということはできない。

   (2) 本願商標は,前半の「ESI」の文字はアルファベットの大文字,後半の「tronic」の文字はアルファベットの小文字で書しているものであり,しかも後半の「tronic」の文字は角かっこ([ ])で囲われてなるものであるから,両文字部分は外観上分離して把握されるものである。
      したがって,「ESI」と「tronic」各文字は,視覚上分離して把握されるばかりでなく,後半の「tronic」の文字部分が角かっこで囲まれていることにより,強調し独立して認識されるものというべきであるから,外観上,両文字部分は,個々に独立して識別標識としての機能を果たし得るものである。
      原告は,「ESI」を構成要素とする商標を複数登録しており,「ESI」の文字は原告商号の頭文字語からなるものであって,十分な識別力を有すると主張する。

      しかしながら,原告が保有する登録商標は,本願商標の語頭部の「ESI」の文字部分とは外観上著しく態様を異にするほか,電気機械分野の商品を指定商品とするものであって,本願商標と引用商標が抵触する「自動車の修理」等の役務に関するものではないし,「ESI」の文字が,原告を表す商標又は原告の略称として取引者・需要者間に周知,著名なものとなっているともいえない。むしろ,「ESI」の文字は,「外部信号注入レーザー(External Signal Injection)」,「(イギリスの)電力供給産業(Electricity Supply Industry)」及び「電気スプレー電離(Electrospray Ionization)」等を表す略語(乙3)として用いられていることからすると,本願商標に接する取引者,需要者は,「ESI」の文字部分を原告の商号の略称として認識するというよりも,他の何らかの意味合いを表示する一般的略語と理解する場合もあり得るものである。
      そうすると,本願商標に接する取引者,需要者は,本願商標前半の「ESI」の文字部分から直ちに原告の商標又は商号(略称)を想起するものということはできない。しかも,後半の「tronic」の文字部分が識別力を有するものであるから,前半の「ESI」の文字部分と後半の「tronic」の文字部分に識別力の軽重に差があるということはできないものであり,かつ,本願商標の構成が「ESI」と「tronic」の文字が分離して認識されることからすると,本願商標は,両文字を一連に「イーエスアイトロニック」と称呼されることがあるとしても,それぞれの文字に着目し,その文字部分に相応して,「イーエスアイ」又は「トロニック」と称呼される場合もあるとみるのが自然である。
   (3) 引用商標の前半の「AS」の文字部分と後半の「TRONIC」の文字部分は,1文字程度の空白が存在することにより,明確に分離して把握されるものである。しかも,引用商標は,全体として特定の意味合いを有する成語を表したものといえないから,常に一体不可分にのみ認識されるものとすることもできない。

      そして,引用商標の前半の「AS」の表示は,ローマ字2字の組合せからなる簡単な構成の標章であり,このような標章は,一般の商取引上も商品・役務の種別等を表す記号・符号等として一般に採択,使用されているものであるから,特段の事情のない限り,商品・役務表示としての自他商品・役務識別機能ないし出所表示機能を有し得ないか,希薄な表示というべきである。
      他方,引用商標の後半の「TRONIC」の文字は,造語よりなるものであって,取引者,需要者に強く認識されるものである。
      そうすると,引用商標は,簡易迅速を尊ぶ実際の取引において,前半の「AS」の文字部分を省略し,「TRONIC」の文字部分に着目して,単に「トロニック」の称呼をもって取引にあたる場合も少なくないといえるものである。

   (4) 以上からすると,本願商標及び引用商標は,「トロニック」の称呼を共通にする類似の商標といえるものである。
      原告は,「tronic(トロニック)」の文字を含む数多くの登録商標例が存在している旨主張するが,原告の主張する引用商標と同一の構成からなる商標(登録第4230550号)は,商品区分第12類に属する商標であり,指定商品が抵触しているにもかかわらず併存しているとする登録商標(甲61〜79)もすべて,機械関係の分野の商品を指定商品とするものであって,本願商標と引用商標において抵触する指定役務とは,その分野を異にするものであり,本件とは事案を異にし,本件の類否判断に影響を及ぼすものでない。
 2 取消事由2(類似性判断の誤り)について
    本願商標と引用商標は,前記のとおり,共通の「トロニック」の称呼を生ずるものであり,加えて,本願商標の「tronic」の文字部分と引用商標の「TRONIC」の文字部分は,アルファベットの小文字と大文字の差異を有するものの,綴り文字を同じくするものであって,外観上も似た印象,連想等を生じさせるおそれがあるというべきであるから,外観上の差異が両商標の類否を検討する上で大きな影響を及ぼすものとみることはできない。

    そして,両商標は,全体として何ら意味を有しない造語商標であり,観念上は比較することができないものであるから,逆に観念上の明確な差異を有するものともいえず,この点は,両商標の類似性を否定する要素として重視されるべきでない。
    したがって,本願商標と引用商標について,各称呼,外観及び観念によって需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して判断すると,両商標は,類似する商標といわざるを得ないものである。
    原告は,「tronic」,「トロニック」等を後半部分に含む商標等が多数存在しており,それぞれ混乱を生ずることなく取引がされていると主張するが,それらの商標等は,「tronic」,「トロニック」等の文字が一部分として使用されているものであり,前記のとおり,「tronic」,「トロニック」の文字は識別力を有するものであるから,「tronic」,「トロニック」等の文字のみが独立して使用された場合に,商品又は役務について混同を生ずるおそれがないということはできない。

第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(称呼認定の誤り)について
   (1) 審決は,本願商標について,「「ESI」及び「tronic」の文字部分に視覚上分離して看取される」とし,「tronic」の文字は,「一般の英語の辞書にはその記載を認めることができない語であるから,それに接する取引者,需要者は,該文字部分を一種の造語として看取し,該文字部分は,自他商品の識別標識としての機能を果たすものとみるのが自然である。してみれば,本願商標は,「tronic」の文字部分より「トロニック」の称呼をも生ずるというのが相当である。」と認定判断している。
   (2) 確かに,「tronic」という語は英語の辞書に登載された語でないことは審決の指摘するとおりであるが,「エレクトロニクス(electronics) 電子工学」(広辞苑第4版),「メカトロニクス(mechatronics) 機械工学と電子工学を統合した学問分野」(広辞苑第4版)の語は,以前より一般的な用語として使用されており,その形容詞形である「エレクトロニック(electronic)」はもとより,「メカトロニック(mechatronic)」という語も現実に使用されている(甲177,178)。この「メカトロニクス(mechatronics)」の語は,「メカニクス(mechanics)」の「メカ(mecha)」と「エレクトロニクス(electronics)」の「トロニクス(tronics)」を合成したものである(甲174)。

      そして,本願商標に係る国際登録の日(平成13年1月9日)以前から,電子機器,自動車などに関連する製品や技術について,「CPトロニック」(甲16),「ライノトロニック230」(甲35),「ギアトロニック」(甲84,85),「ステップトロニック」(甲91〜101),「ディストロニック」(甲104〜106),「ティプトロニック」(甲107〜131,152〜160),「スウィッチトロニック」(甲160),「パークトロニック」(甲171,172)などの名称が付されたものが知られており,また,電子機器,機械などに関連する会社の名称にも,「イマトロニック」(甲7),「オートロニック」(甲9),「キー・トロニック」(甲11),「クボタカラートロニック」(甲12),「ケープトロニック」(甲13)など,その一部に「トロニック」の文字を含むものが多数みられる(甲22,23,25〜29,37,38)ほか,登録商標として,本願商標の指定商品又は役務とは異なる分野のものではあるものの,「ニュートロニック」(甲61),「SHIFT−TRONIC」(甲62,65),「WASH−TRONIC」(甲63),「SWITCH−TRONIC」(甲64),「CP TRONIC」(甲70,71)などが存在している。
      以上からすると,「トロニック(tronic)」は,英語の辞書に登載されてはいないが,「エレクトロニック(electronic)」の「トロニック(tronic)」に由来するものとみることができ,例えば「メカ(mecha)」と結び付いて,「メカトロニック(mechatronic)」の語をなすのと同じように,電子機器などに関連する製品等の名称や,これらに関連する商品・役務を取り扱う会社の社名,さらには商標の一部に広く用いられ,他の語の後に接尾語的に続けて電子工学・電子制御等のイメージを表すものとして使用されているものであり,特に,自動車の電子制御によるトランスミッションに関する「ギアトロニック」,「ステップトロニック」,「ティプトロニック」,車間距離維持装置に関する「ディストロニック」,前後の障害物感知システムに関する「パークトロニック」(前掲各証拠)など,自動車の部品・機構に関連する名称の造語要素としても汎用されていることが認められるのであって,そのような使用状況に照らすと,少なくとも電子機器あるいは自動車関連分野においては,「トロニック」,「tronic」等の語それ自体は,さほどの識別力を有しないものとみるのが相当である。
      したがって,本願商標と引用商標とが抵触する「自動車の修理」等の役務に関しても,「トロニック」,「tronic」等の語の商標としての識別力は弱いということができる。
   (3) そうすると,本願商標の「tronic」の文字が角かっこ([ ])で囲われているとしても,その前半の「ESI」の文字を離れて,「tronic」の部分だけに着目し,本願商標から「トロニック」との独立の称呼が生ずると解することは困難である。
      被告は,本願商標においては,「ESI」と「tronic」が視覚上分離して把握されるばかりか,「tronic」の文字が角かっこ([ ])で囲われていることにより,強調され独立して認識されるから,両文字部分は個々に独立して識別標識としての機能を果たし得るものであると主張する。 

    しかし,角かっこ([ ])は,必ずしも常にその部分を強調するという意味を持つものとは限らず,その前の文字部分に対して付加的な意味を持たせるものとして機能する場合もあるといえるから,角かっこ([ ])で囲まれているということだけから,直ちにその文字部分が独立して識別標識としての機能を果たし得ると速断することはできず,その前後の関係やかっこ内の文字部分の持つ意味等をも考慮して,これを把握すべきものである。そして,本願商標においては,「ESI」が大文字であるのに対し,これに続く「tronic」が小文字となっており,しかも,前記のとおり,「tronic」が他の語の後に接尾語的に続けて用いられ,それ自体としては識別力の弱い語であることからすれば,「tronic」が角かっこ([ ])で囲まれているとしても,その部分のみが強調され独立して認識されるとすることは相当でないというべきであり,被告の上記主張は採用できない。
   (4) 以上のとおり,本願商標から,「tronic」の部分だけに着目して,「トロニック」との称呼が生ずると解することはできず,本願商標は,「ESI[tronic]」全体として,「イーエスアイトロニック」あるいは「エジトロニック」との称呼を生じさせるものというべきである。
      被告は,本願商標は,「ESI」と「tronic」の両文字を一連に「イーエスアイトロニック」と称呼されることがあるとしても,それぞれの文字に着目して,「イーエスアイ」又は「トロニック」と称呼される場合もあるとみるのが自然であると主張する。この被告の主張は,本願商標において,「tronic」の部分が独立して識別力を有することを前提とするものであるところ,前記のとおり,「tronic」の語が他の語の後に続けて接尾語的に使用される例が多くみられ,それ自体に独立した識別力があるといえないことからすれば,「tronic」が角かっこ([ ])で囲まれていることを考慮しても,本願商標から「tronic」の部分のみを取り出して「トロニック」の称呼を生じさせるとみることには無理があるといわなければならず,被告の主張は採用できない。

   (5) そして,引用商標も,前記と同様の理由により,「TRONIC」の部分だけに着目して,「トロニック」との称呼が生ずると解することはできず,「AS TRONIC」全体として,「エーエストロニック」あるいは「アズトロニック」との称呼を生じさせるものというべきである。なお,引用商標は,「AS」の文字と「TRONIC」の文字との間に1文字程度の間隔を有しているものではあるが,前記のとおり,「TRONIC」,「トロニック」等の文字が,多数の製品や会社名等において,他の語の後に続く接尾語的なものとして慣用されていることなどからすると,「AS」と「TRONIC」の両文字部分の間に間隔があることは,上記の判断を妨げる理由となるものではない。
   (6) そうすると,本願商標と引用商標とから「トロニック」という共通の称呼が生ずることを理由に,両商標が「全体として相紛れるおそれのある類似する商標」であるとした審決の認定判断は,これを是認することができない。

 2 以上のとおりであるから,引用商標との称呼の共通性を理由に,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断は誤りであり,原告が主張する取消事由1は理由がある。
    よって,原告の本訴請求を認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。


       知的財産高等裁判所第3部

            裁判長裁判官       佐  藤  久  夫

                  裁判官       若  林  辰  繁

裁判官設樂驤黷ヘ,転補のため,署名押印することができない。

            裁判長裁判官       佐  藤  久  夫