◆H17. 5.26 知財高裁 平成17(行ケ)10310 特許権 行政訴訟事件
平成17年(行ケ)第10310号 特許取消決定取消請求事件
平成17年4月19日口頭弁論終結
判 決
原 告 株式会社三共
訴訟代理人弁理士 深見久郎,森田俊雄,塚本豊,中田雅彦
被 告 特許庁長官 小川洋
指定代理人 渡部葉子,立川功,井出英一郎,二宮千久
主 文
特許庁が異議2003−70847号事件について平成16年5月26日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
以下において,「および」は「及び」と統一して表記した。その他,引用箇所においても公用文の表記に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告が特許権者である本件特許第3330338号「遊技機」の発明についての特許出願は,平成3年11月28日に出願された特許出願(特願平3−314518号)の一部が特許法44条1項により,平成10年11月30日に新たな特許出願(本件出願)とされたものであり,平成11年1月4日付け,平成14年4月19日付け及び同年5月30日付けの各手続補正によって補正がなされ,平成14年7月19日に特許権の設定登録がされた。
その後,特許異議の申立てがあり,取消理由通知における指定期間内である平成16年2月10日に訂正請求がされた後の平成16年5月26日,「訂正を認める。特許第3330338号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定があり,その謄本は同年6月14日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
(1) 出願当初の特許請求の範囲の記載(請求項1のみ)
【請求項1】 複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表示部を複数有し,該複数の可変表示部により組合せ有効列が定められ,前記複数の可変表示部の停止時における表示結果により,前記組合せ有効列上に特定の識別情報の組合せが成立した場合に所定の遊技価値が付与可能な状態となる遊技機であって,
所定の可変開始条件の成立に基づいて前記可変表示部を可変表示させ,所定の停止条件の成立に基づいて前記可変表示部を停止制御可能な可変表示制御手段を含み,
前記可変表示制御手段は,前記組合せ有効列上に前記特定の識別情報が揃えられた状態で前記複数の可変表示部を可変表示可能であることを特徴とする,遊技機。
(2) 平成14年4月19日付け及び同年5月30日付け(後者の補正は前者の補正を一部補正するもの)手続補正による特許請求の範囲の記載(下線部分が本訴の争点に係る事項。請求項2も加わったが,その記載は省略)
【請求項1】 複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表示部を複数有し,該複数の可変表示部の表示結果が予め定められた特定の識別情報の組合せとなった場合に遊技者にとって有利な状態に制御可能となる遊技機であって,
前記複数の可変表示部の表示結果として前記特定の識別情報の組合せを表示させるか否かを決定する表示結果決定手段と,
前記複数の可変表示部を可変開始させた後,前記表示結果決定手段により決定された表示結果を導出表示させる制御が可能な可変表示制御手段とを含み,
前記可変表示制御手段は,前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる特定可変表示動作を行わせる特定可変表示動作制御手段を含むことを特徴とする,遊技機。
(3) 訂正請求による特許請求の範囲の記載(請求項1のみになった。)
【請求項1】 複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表示部を複数有し,該複数の可変表示部の表示結果が予め定められた特定の識別情報の組合せとなった場合に遊技者にとって有利な状態に制御可能となる遊技機であって,
前記複数の可変表示部の表示結果として前記特定の識別情報の組合せを表示させるか否かを決定する表示結果決定手段と,
前記複数の可変表示部を可変開始させた後,前記表示結果決定手段により決定された表示結果を導出表示させる制御が可能な可変表示制御手段とを含み,
前記可変表示制御手段は,前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる可変表示動作を行わせる可変表示動作制御手段と,
前記可変表示動作以外に,前記複数の可変表示部の表示結果を時期を異ならせて導出表示させて一部の可変表示部の表示結果がまだ導出表示されていない段階で既に導出表示された可変表示部の表示結果が前記特定の識別情報の組合せとなる条件を満たしている場合に前記一部の可変表示部について所定可変表示動作を行わせる所定可変表示動作制御手段とを含むことを特徴とする,遊技機。
3 決定の理由の要点
(1) 訂正について
訂正は特許法の所定規定に適合するので,これを認める。
(2) 出願日について
本件特許明細書は,願書に添付した明細書又は図面(当初明細書)が平成11年1月4日付け,平成14年4月19日付け及び平成14年5月30日付けの各手続補正によって補正されたものである。そして,その特許請求の範囲は,上記平成14年4月19日付けの手続補正(平成14年5月30日付けの手続補正で一部補正されている)に基づくものであり,その補正内容には,特許請求の範囲の請求項1を「複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」と補正する事項(本件補正事項)が含まれている。なお,当該補正事項は,上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲にも存在する。
しかし,上記取消理由に記したように,当初明細書には,その【0018】に「最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい」という記載はあるものの,「最初の回転ドラムを停止させる前に」という要件を抜いた補正事項のような記載,例えば,「最初の可変表示部が停止した後に,最初の可変表示部を含めてすべての可変表示部が可変表示させられる」というような記載は認められず,このような当初明細書に記載のない事項を明らかに含むと認められる平成14年4月19日付けの手続補正は,明細書の要旨を変更するものである。そもそも補正の根拠となる記載は,【0018】のみであり,本件補正事項が当初明細書全体を貫く技術的思想として記載されていたわけではない。しかも,「最初の回転ドラムを停止させる前に」という要件を抜いた補正により,「最初の可変表示部が停止される前」のみならず,「最初の可変表示部が停止した後」,また,特許異議意見書及び原告提出参考資料における特許権者の主張のような解釈の余地を生むことになり,実質的に出願当初の明細書に記載されていた事項を越えているというべきである。
したがって,本件補正事項は,当初明細書に記載した事項の範囲内の事項とは認められないから,上記手続補正は,明細書の要旨を変更するものであり,本件出願は,上記補正について手続補正書を提出した平成14年4月19日にしたものとみなされる。
(3) 刊行物記載発明との対比
本件発明と刊行物(特許第3053475号公報)に記載された発明とを対比すると,刊行物に記載の発明の「ランダム1カウンタ及びランダム2カウンタ」がその機能に照らし,本件発明の「表示結果決定手段」に相当するものと認められるから,両者は,
【一致点】
「複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表示部を複数有し,該複数の可変表示部の表示結果が予め定められた特定の識別情報の組合せとなった場合に遊技者にとって有利な状態に制御可能となる遊技機であって,
前記複数の可変表示部の表示結果として前記特定の識別情報の組合せを表示させるか否かを決定する表示結果決定手段と,
前記複数の可変表示部を可変開始させた後,前記表示結果決定手段により決定された表示結果を導出表示させる制御が可能な可変表示制御手段とを含み,
前記可変表示制御手段は,前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる可変表示動作を行わせる可変表示動作制御手段と,
前記可変表示動作以外に,前記複数の可変表示部の表示結果を時期を異ならせて導出表示させて一部の可変表示部の表示結果がまだ導出表示されていない段階で既に導出表示された可変表示部の表示結果が前記特定の識別情報の組合せとなる条件を満たしている場合に前記一部の可変表示部について所定可変表示動作を行わせる所定可変表示動作制御手段とを含む,遊技機」である点において一致し,
本件発明が,複数の可変表示部のすべてを特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる,
のに対し,
【一応の相違点】
刊行物に記載の発明が,最初の可変表示部を停止させる前に,複数の可変表示部のすべてを特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる,
点において一応相違するものと認められる。
そこで,この一応の相違点についてみるに,
相違点の刊行物に記載の発明の構成には,「最初の可変表示部を停止させる前に」という限定があり,相違点の本件発明の構成には,そのような限定がないものの,「複数の可変表示部のすべてを特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」点においては共通するから,相違点の本件発明の構成と相違点の刊行物に記載の発明の構成とは,相互に重なる部分があり,そうすると,この相違点は,実質的な相違ではないというべきである。
(4) 決定のまとめ
以上のとおり,本件発明は,本件出願の出願日とみなされる平成14年4月19日前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明であるから,特許法29条1項3号の規定に該当し特許を受けることができないものである。
したがって,本件発明についての特許は,特許法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。
第3 原告主張の決定取消事由
1 取消事由1(当初明細書に記載の技術的思想の認定の看過)
決定は,本件補正事項が当初明細書に技術的思想として記載されていないと認定したが,誤りである。
(1) 以下の記載からして,当初明細書には,「特定の識別情報が揃えられた状態で可変表示部を可変表示させることで,可変表示部の停止制御の段階があまり進行していない早期の段階で,遊技者に期待感を付与する」という技術的思想が開示されている。
【特許請求の範囲】「・・・前記特定の識別情報が揃えられた状態で前記複数の可変表示部を可変表示可能・・・」【発明が解決しようとする課題】「可変表示部の可変表示中における遊技者の興趣を有効に高めることができないという欠点があった。」,「その目的は,複数の可変表示部を有するものにおいて,可変表示中における遊技の興趣を一層向上することができる遊技機を提供することである。」【作用】「可変表示部の可変表示中には,組合せ有効列上に特定の識別情報が揃えられた状態で可変表示部が可変表示可能なため,組合せ有効列上に特定の識別情報の組合せが得られるという期待を高めることができる。」【発明の効果】「所定の組合せ有効列上に特定の識別情報が揃った状態で可変表示が行われるため,所定の遊技価値が付与可能な状態となることに対する遊技者の期待を,可変表示の比較的早期の段階から高めることができ,可変表示中の遊技の興趣をより一層盛り上げることが可能となる。」
(2) 上記技術的思想の「特定の識別情報が揃えられた状態で可変表示部を可変表示」という点を考慮すれば,当業者は【発明の実施例】の以下の記載に注目する。
「「7」の図柄を水平又は右下がり又は右上がりに揃えた状態でゆっくり回転させ(【0009】の特別リーチの説明)」,「すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させ(【0018】)」
そして,当業者であれば,「1つの可変表示部に大当たり図柄を停止させて2つの可変表示部で大当たり図柄を揃えて回転動作させる特別リーチ」が上記技術的思想の創作である発明の一実施例であり,【0018】の記載(変形例)が当該発明の別実施例(特別リーチの変形実施例)の一つであると当然に理解する。ゆえに,本件補正事項は当初明細書に技術的思想として記載されている。
(3) なお,以下の理由により,当業者であれば,【0018】に記載の動作(全回転リーチ)に必要な制御を理解の上,容易に実施できる。
3つの回転ドラムを大当たり図柄「7」を揃えて同期回転させる全回転リーチを形成するためには,特別リーチの左右の回転ドラムを同期回転させる“2図柄同期制御”に対して,中回転ドラムを加えた“3図柄同期回転制御”を採用すれば事足り,左及び右回転ドラムの制御を変更する必要がない。
つまり,全回転リーチを実施するために,実施例に記載のない新たな制御を採用する必要はなく,既に記載されている特別リーチに関する回転ドラムの制御をそのまま流用すれば事足りる。このことは,「全回転リーチ」の実施に必要となる,各回転ドラムの制御手法自体,特別リーチのための“同期回転制御”の開示によって,併せて開示されていることを意味する。
(4) 決定は,要旨変更の判断に際して,【発明の実施例】の記載にのみ固執し,明細書を構成する発明の目的,効果の記載等を参酌せず,当初明細書に記載の技術的思想の認定を看過した結果,本件補正事項が当初明細書に技術的思想として記載されていないとの誤った判断をしたものである。
2 取消事由2(補正発明の認定誤り)
決定は,当初明細書の【0018】には「最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい。」と記載されている一方,本件補正事項は「前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」とされており,「最初の回転ドラムを停止させる前に,」という要件を欠如しているために,本件補正事項は要旨変更である旨,認定したが,誤りである。
(1) 本件補正事項を含む平成14年4月19日付け手続補正による補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(補正発明)は,その請求項全体の規定からすれば,「最初の回転ドラムを停止させる前に,」という文言をわざわざ加入せずとも,本件補正事項の動作は「最初の回転ドラムを停止させる前に」当然に行われるものであり,「前記複数の可変表示部のすべてを・・・可変表示させる」表示動作が「最初の回転ドラムを停止させた後」で行われることは論理的に考えられないからである。以下,その理由を説明する。
補正発明の「可変表示制御手段」が導出表示するものは,「表示結果決定手段」により決定された「確定した表示結果」であるから,「可変表示制御手段」が行う「表示結果を導出表示させる制御」は,「表示結果を確定させる制御」である。
さらに,本件補正事項の表示動作は,「可変表示制御手段」に含まれる手段によって実行されるのであるから,「可変表示制御手段」による「前記複数の可変表示部を可変開始させる制御」から「表示結果を導出表示させる制御」の間で本件補正事項の表示動作が行われる。しかも,本件補正事項は,「前記複数の可変表示部のすべて」を「可変表示させる」表示動作であるから,表示結果が導出表示済の可変表示部が1つでも存在すれば,論理的に実行することは不可能である。
ゆえに,補正発明を規定する請求項1において,「表示結果を導出表示させる制御の前に」との文言がなくとも,本件補正事項の表示動作は「表示結果を導出表示させる制御の前」に実行されると一義的に理解され,本件補正事項は「表示結果を導出表示させる制御の前に,前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」という意義を有する。
さらに,当初明細書において,図柄の「停止」は,表示結果を確定させる“確定停止”の意義にのみ用いられており,【0018】の「最初の回転ドラムを停止させる前」とは,「最初の回転ドラムを“確定停止”させる前」の意義である。これは,補正発明の「表示結果を導出表示させる制御前」に対応する。ゆえに,【0018】の「最初の回転ドラムを停止させる前」は,すなわち,補正発明の「表示結果を導出表示させる制御前」に対応する。
以上より,「前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」という補正事項は,【0018】の「最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい」という記載と整合している。
決定は,本件補正事項を含む補正発明全体の構成を理解せず,本件補正事項と【0018】の記載とを形式的に比較した結果,本件補正事項が「最初の回転ドラムを停止させる前」との要件を欠落したと誤認したのである。
(2) 被告は,「「最初の回転ドラムを停止させる前」という記載は「表示結果を導出表示させる制御の前」という上位概念が意識されているのでなく,表示結果を導出表示させる制御の前ならば「3つの回転ドラムを同時に停止させる前」という当初明細書に記載のない事項を含む広い概念となる」旨主張する。
しかし,以下の(i)及び(ii)の理由から,被告の主張は失当である。
(i) 被告が上位下位の関係にある概念を問題としている時点は,表示結果を導出表示させる時点である。一方,補正発明は,表示結果を導出表示させる制御の前段階での可変表示動作を規定しているのであって,表示結果を導出表示させる制御後の可変表示動作を規定しているわけではない。したがって,被告が上位概念を問題として主張している時点は,補正発明の要旨から外れた時点である。
(ii) 当初明細書の【0011】には「上述の実施例では図柄表示部の停止順序が中,左,右あるいは中,左右同時の順序で行われたが,本発明はこれには限定されない。」との記載もある。この記載は,「特定の識別情報を揃えて可変表示させる」とする「本発明」において,識別情報の導出表示の順番が同時停止をも含めて任意であって発明の要旨に係らない事項であることを明示したものであるから,補正発明についてもまた,識別情報の導出表示の順序が発明の要旨に係らない事項であることは明白である。
第4 決定取消事由に対する被告の反論
1 リーチの種類と意義について
平成14年4月19日付け手続補正が要旨変更であるか否かを判断するためには,当初明細書の記載を検討する必要があるが,その前提として,原出願時(特願平3−314518号,平成3年11月28日出願)におけるリーチとはどのようなものであったのか検討する。
この時点における一般的なリーチとは,原告提出の下記参考図1記載のように,可変表示装置の3つの可変表示部のうちの2つが停止した時点で特定の識別情報(例えば7)の組合せとなる条件を満たしている状態を呼んでいる。この状態は,大当たりの発生する可能性が高まったときであり,最後に止まる識別情報が特定の識別情報であれば大当たりとなる状態である。
このような一般的なリーチに対して,これを変化させた特殊なリーチがある。このような特殊なリーチは一般的なリーチと異なるため,どのような条件の成立により,またどのようなアクションを行う時リーチというのか,その定義が必要になってくる。例えば,当初明細書の【0009】以下に記載されるリーチは,「特別リーチ状態」という名称でリーチの定義がなされている(すなわち,リーチ状態成立の条件は停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のときであり,そのアクションは左右の各図柄上に描かれた「7」の図柄を水平,右下がり又は右上がりに揃えた状態でゆっくり回転させる。)。
以上のように,リーチというからには,何をもってリーチというのか,すなわちその成立の条件及びそのアクションが明確であることが必要である。
2 訂正請求書記載の特許請求の範囲について
訂正発明をリーチという観点からみると,原告の主張では2つのリーチパターンが一応読み取れる。一つは特許請求の範囲(訂正後)の第5パラグラフ記載の「前記可変表示動作以外に,前記複数の可変表示部の表示結果を時期を異ならせて導出表示させて一部の可変表示部の表示結果がまだ導出表示されていない段階で既に導出表示された可変表示部の表示結果が前記特定の識別情報の組合せとなる条件を満たしている場合に前記一部の可変表示部について所定可変表示動作を行わせる所定可変表示動作制御手段」である。ここでいう「所定可変表示動作」とは,訂正明細書の【0081】に記載されるように,「通常リーチ動作」であり,上記1に記載の一般的なリーチである。
もう一つは,第4パラグラフ記載の「前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる可変表示動作を行わせる可変表示動作制御手段」であり,この第4パラグラフ記載の「可変表示動作」は,リーチの成立条件の記載がないので,リーチ以外でもこのような可変表示を行うものは,すべてその概念に含まれる記載になっている。
このようにリーチ及びリーチ以外の可変表示を包含する「前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」という広い概念の記載は,そのこと自体当初明細書に記載がない事項であり,このような広い概念の可変表示がどのような技術的意義(目的,効果)を有するものかの記載もない。あるのは下記3で言及する【0018】の「・・・また,最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい。」のみであり,上記パラグラフ4はこの記載のうち「最初の回転ドラムを停止させる前に」との条件を外している。
しかも,このような可変表示動作制御手段を訂正発明では「・・・含む」と表している。すなわち,上記可変表示動作制御手段があればいいとする訂正発明からすれば,このような広い概念を含む発明とは何なのか不明である。
上記のように当初明細書に明確な記載がない第4パラグラフの記載を含むとする訂正発明は,技術思想としての発明として開示されていない事項であるから,当初明細書に記載された発明とはいえず,要旨変更といわざるを得ない。
このように第4パラグラフの記載は要旨変更であるといわざるを得ないが,原告のいうところの全回転リーチ(原告提出の下記参考図2(B))も,この可変表示動作を行うものであるから,実質的にこの第4パラグラフは全回転リーチを睨んだものともなっている。したがって,以下には,原告の主張に基づいた反論を述べることとする。
3 当初明細書の【0018】の記載の位置付けについて
全回転リーチが当初明細書に記載されているというためには,その根拠としている当初明細書の【0018】の「なお,可変表示装置の種類は実施例のような回転ドラムを用いたものには限定されない。例えばマトリックス状に配置されたLEDを用いた可変表示装置や,液晶表示装置を用いたものであってもよい。また,最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい。」の「また,」以後の記載が,明細書全体の記載を含めて検討したとして,どのような技術が認定できるかに尽きる。したがって,【0018】の記載がどのような技術的な意味を有するものであるかを検討するために,最初に【0018】の前後の記載を検討する。
この【0018】以前の【0012】〜【0017】には,可変入賞球装置,可変表示装置,遊技領域,ドラムユニットと,主として遊技機のハードに関する記載が続いており,これに引き続いて,【0018】の前半部では可変表示装置の種類が述べられている。【0018】の次の【0019】以降も遊技機のハードであるドラムシール,図柄,可変表示装置の表示状態の種類,及び具体的な可変表示の態様が記載(【0019】〜【0025】)されている。このようにみると,【0018】の後半部の「最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい。」の記載もこれらの記載の流れの中で,遊技機のハードとしての回転ドラムの回転方法の変形という形で記載されている。
また,特別リーチについての概括的な説明は,【0009】〜【0011】に記載されており,特に【0011】には,この特別リーチに対する変形が記載されている。
このように当初明細書の記載をみていくと,【0018】の上記記載は,遊技機のハードに関する記載の中で出てくるのであって,【0009】〜【0011】に記載される特別リーチに関する説明を直接受けて記載されているわけではない。遊技機のハードの記載が始まる【0012】の直前の【0011】には,実施例の特別リーチに対する変形が記載されているので,特別リーチの変形実施例というからには,この段落で特別リーチの関連を含めて記載するのが自然である。
そして,【0018】の「最初の回転ドラムを停止させる前」にというタイミングの記載を検討すると,【0018】の前後の記載の中で可変表示の態様が記載される【0022】の冒頭に「中図柄表示部が停止した時点」(中図柄表示部が停止するまでは,原告提出の下記参考図2(A)の変動開始のように全ドラムが回転している・・・大当たり図柄が揃った状態の回転ではない。)という記載があり,この中図柄表示部の停止が最初の回転ドラムの停止なので,「最初の回転ドラムを停止させる前」にというタイミングは,中図柄表示部の停止前と考えることができる。そうすると,決定において認定したように,【0018】の記載を特別リーチの前段階の記載であると認定することに不自然なところはない。
4 【0018】の記載と特別リーチとの関係について
原告の主張は,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させるドラムの数として,「2つ」の実施例に対して,「すべての回転ドラム」を揃えて回転させるという特別リーチの変形実施例が【0018】に記載されているというものである。
しかし,そうであるならば,【0018】には特別リーチとの関係が明確に当初明細書に書かれていなければならないはずである。ところが,そのような記載は【0018】にも,またその他の段落にもない。
仮に【0018】が原告主張のような特別リーチの変形実施例を意図したものであるとしても,回転ドラムの最初の回転からすべての回転ドラムを揃えて回転させるリーチまでの回転ドラムの可変表示がどのように行われるのか,リーチ後の回転ドラムの中,左,右の可変表示はどうなるのか,リーチの条件は何か(実施例に記載されている特別リーチ状態では停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のときであるが,原告のいう特別リーチの変形実施例としてみた場合,どのような条件の成立によってリーチというのか)等が当初明細書には書かれておらず,不明である。
しかも,上記3で述べたように,【0018】の記載「最初の回転ドラムを停止させる前」が,最初に止まる図柄表示部の停止前と考えるのが自然であることを考慮すると,この【0018】には,原告が主張するような特別リーチの変形実施例が記載されているということができない(少なくともリーチとして,すべての回転ドラムを揃えて回転させる点が記載されているとはいえない。)。
5 補正発明の日的,構成及び効果の開示について
原告は,発明の構成に関して,当初明細書の【0018】に原告主張の全回転リーチが開示されているとし,その「発明の詳細な説明には,当業者が全回転リーチの制御手順を理解し容易にそれを実施できるに十分な記載を含んでいる」と主張している。
その根拠のうち,全回転リーチが特別リーチの変形例としての位置付けで記載されている,との点については,4で述べたように,【0018】に原告主張のような特別リーチの変形実施例が記載されているということはできない(少なくともリーチとして,すべての回転ドラムを揃えて回転させる点が記載されているとはいえない。)。
他の根拠,すなわち,特別リーチの制御手順を,全回転リーチの制御手順で実施することが自明である,との点については,上記のように【0018】に特別リーチの変形実施例が記載されているということができず,その前提を欠くものであるから,特別リーチの開示から原告のいうリーチとしての全回転リーチの実施ができるということが自明であるとはいえない。
訂正発明の「前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる可変表示動作を行わせる可変表示動作制御手段」という構成は,訂正発明の主要部をなす構成であって,このような構成は公知ではないことを考えあわせると,仮に【0018】が原告のいう全回転リーチを意図した記載であるとして特別リーチの記載を併せて考えてみても,単純に前記原告提出の参考図2(B)のとおりに実施するものだと当業者は認識し得ない。なぜなら,リーチというからには,大当たりの発生する可能性を生じる条件,すなわちリーチの成立条件が何かということが明確でなければならない。ところが,リーチのアクションは原告主張のとおり,特別リーチ形成のための制御のうち,中回転ドラムに対する“図柄停止制御”に代えて,左右ドラムに対する“同期回転制御”を採用すればよいとしても,その成立条件(通常のリーチであれば,可変表示装置の3つの可変表示部のうちの2つが停止した時点で特定の識別情報(例えば7)の組合せとなる条件を満たしているとき,本件における特別リーチの場合であれば,リーチ状態成立の条件は停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のとき)が不明であり,しかも,全回転のリーチアクションが終わったときどのように可変表示部を停止させるのかも当初明細書に記載がなく,不明である。しかも,原告の主張する全回転リーチは,可変表示の最初にリーチアクションが行われることになり,通常考えられる特定条件の成立により大当たりの可能性が高まった状態であると遊技者が認識するリーチとは異なるものである。もし全回転のリーチアクションにすること自体がリーチの成立であるならば,その後の可変表示部の停止をどのように行うのか(リーチを経ている以上,中図柄から順に止めていくとも思えない。この場合,【0018】の記載と,どの部分をリーチというのかが異なるだけで実質的に同じ)等々,実質的に当初明細書には原告の主張するような全回転リーチに関することは何も書かれていないのである。
そうすると,上記の点が不明で実施できる程度の開示が行われているのか疑問である訂正明細書の【0018】の記載を,当業者が原告の主張のとおりの全回転リーチとして認識するか否かは不明である。
第5 当裁判所の判断
1 当初明細書の記載事項
当初明細書(甲2)には,次のような記載がある。
(1) 【0008】・・・その始動入賞玉検出器の検出信号に基づいて,前記可変表示装置3の各図柄表示部3a,3b,3cが可変開始される。そして,所定時間の経過に基づいてまず中図柄表示部3bが停止し,その停止した中図柄が特定の識別情報以外のときにはその後左図柄表示部3aが停止し,最後に右図柄表示部3cが停止し,停止時の表示結果が予め定められた特定の識別情報になれば,可変入賞球装置4の開閉板を開成させて遊技者にとって有利な第1の状態とし所定の遊技価値が付与可能な状態にする。左,中図柄表示部3a,3bが停止した時点で特定の識別情報の組合せとなる条件を満たしていれば,通常リーチ状態と呼ぶ。・・・
(2) 【0009】一方,中図柄表示部3bが停止した時点で,停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のとき(これを特別リーチ状態と呼ぶ)には,以下のような可変表示が行われる。左右の図柄表示部3a,3cは可変表示を続けるが,この場合各図柄表示部3a,3c上に描かれた「7」の図柄を水平又は右下がり又は右上がりに揃えた状態でゆっくり回転させた後,左右同時又はまず左,続いて右の順序で停止させる。したがって図柄表示部3a,3cの可変表示中には,中央の水平方向表示ライン,又は右下がりの対角表示線又は右上がりの対角表示線上に揃うことが可能な状態が形成される。したがって可変表示の比較的早い段階から特定の識別情報の組合せの成立に対する期待感が高まることとなり,遊技者の遊技の興趣を従来よりも一層盛り上げることが可能となる。
(3) 【0010】可変表示装置3の可変表示中においてパチンコ玉が始動入賞口10a〜10cへ入賞すればその始動入賞が記憶され,可変表示装置3の可変表示が停止した後にその記憶に基づいて再度可変表示装置3が可変開始される。その始動入賞記憶の上限値は例えば「4」に定められている。その始動入賞記憶回数が始動記憶LED26により表示される。
(4) 【0011】なお,上述の説明においては,特別なリーチ状態から大当たりになった場合と,通常のリーチ状態から大当たりとなった場合で,特に付与する遊技価値には差は設けていない。しかし,この発明はこれには限定されず,例えば特別なリーチ状態から大当たりとなった場合には,通常の大当たりとは異なった遊技価値を付与可能な状態となるように構成してもよい。また,上述の実施例では組合せ有効ラインは5ラインとされていた。しかし有効ラインはこれには限定されず,例えば1ラインでも,他の複数のラインでもよい。また,上述の実施例では図柄表示部の停止順序が中,左,右あるいは中,左右同時の順序で行われたが,本発明はこれには限定されない。また,特別なリーチ状態となった場合には,常に残りの表示部を同時に停止させるように構成してもよく,また特別なリーチ状態を可能とするような図柄を複数個設けてもよい。例えば,特定の図柄に限らず,中図柄表示部3bの中央に大当たり図柄が停止したすべての場合に,上述のような可変表示の制御を行ってもよい。識別情報の表示方法は上述の実施例ではスクロール表示となっているが,例えばセグメント表示器等による切換表示でもよい。また,複数のラインのうち特定のラインに停止した場合に限らず,最初の表示部が停止したとき,その停止した図柄が大当たり条件を満たしている場合には常に実施例のような可変表示の制御を行ってもよい。
(5) 【0014】・・・さらに,図柄表示部3a〜3cは3つに限らず2つ又は4つ以上のものであってもよい。さらに,この可変表示装置の可変表示を,遊技者の停止ボタン(図示せず)の押圧操作によって停止させたり,また,所定時間の経過又は遊技者の停止ボタンの押圧操作のうちいずれか早いほうが行われたことに基づいて停止制御してもよい。
(6) 【0018】なお,可変表示装置の種類は実施例のような回転ドラムを用いたものには限定されない。例えばマトリックス状に配置されたLEDを用いた可変表示装置や,液晶表示装置を用いたものであってもよい。また,最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい。
2 当初明細書の【0018】第3文の意味について
(1) 当初明細書における【実施例】の記載として,【0008】では本件実施例一般の作用と「通常リーチ状態」が説明され,【0009】,【0010】では「特別リーチ状態」が説明され,【0011】では「特別リーチ状態」であるか「通常リーチ状態」であるかにかかわらない変更例が記載され,【0012】〜【0017】では本件実施例のハード構成が説明された後,【0018】において,可変表示装置の種類の変更例とともに,その第3文に「最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させてもよい。」と記載されている。
(2) ここで,【0008】では,「・・・その始動入賞玉検出器の検出信号に基づいて,前記可変表示装置3の各図柄表示部3a,3b,3cが可変開始される。そして,所定時間の経過に基づいてまず中図柄表示部3bが停止し,」と記載された後に本件実施例一般の作用についての説明(「通常リーチ状態」となる場合もある。)が記載され(【0011】に記載されたように,中図柄表示部3b以外の表示部が最初に停止する場合もあり,また【0014】に記載されたように,遊技者による停止ボタンの押圧操作により停止させる場合もある。),【0009】では,「一方,中図柄表示部3bが停止した時点で,停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のとき(これを特別リーチ状態と呼ぶ)」と記載されているように,本件実施例一般の場合(「通常リーチ状態」となる場合を含む。),及び「特別リーチ状態」のいずれの場合であっても,@始動入賞玉検出器の検出信号に基づいて,可変表示装置3の各図柄表示部3a,3b,3cが可変開始されること,A所定時間の経過により又は遊技者の押圧操作によって,最初の図柄表示部が停止されることが前提としてなされることのみが記載され,その他の例は記載されていない。
(3) そして,当初明細書中における【0018】について,その記載位置を考慮しつつその記載内容を検討すると,【0018】に先立つ【0011】において既に,「特別リーチ状態」及び「通常リーチ状態」の別とは無関係の変更例(遊技価値,有効ライン等)が記載され,その後の【0012】〜【0017】では発明の要旨となっていない構成が記載されていることから,【0018】では,「特別リーチ状態」のみの変更例ではなく,それよりも前の記載内容(「通常リーチ状態」,「特別リーチ状態」を含む。)全体についての変更例が記載されているということができる。
(4) そうすると,【0018】の第3文において,「最初の回転ドラムを停止させる前に,」とあるのは,第1文,第2文と同様に,本件実施例一般の場合(「通常リーチ状態」となる場合を含む。)及び「特別リーチ状態」のすべてについて,最初の図柄表示部(「回転ドラム」に相当)を停止させることが条件となっていることから,それまでに記載された本件実施例一般の場合(「通常リーチ状態」となる場合を含む。),及び「特別リーチ状態」の場合とは異なる,第3の回転態様が記載されたものと理解することができる。
また,当初明細書には,当該第3の回転態様と他のリーチ状態とを時間的に相前後して実行させるなどの任意の組合せに係る回転態様は記載されておらず,それぞれの回転態様は,独立したものである。【0018】第3文には,始動入賞玉検出器の検出信号に基づいて可変表示装置が可変開始された後,最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転する態様,すなわち「1つも回転ドラムが停止していない状態で,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転させる」ものが開示されていると認められる。
(5) そして,【0018】第3文が上記第3の回転態様を記したものである以上,同文の「最初の回転ドラムを停止させる前に,」とは,「すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転」するその時間的タイミングを特定したところにその技術的意義があるものではなく,【0008】に記載の実施例一般の場合(「通常リーチ状態」を含む。)及び【0009】に記載の「特別リーチ状態」が最初の回転ドラムを停止させることを条件としていることとの対比において,特別リーチとは異なる第3の回転態様であることを簡潔に表現するための記載であると理解することができる。
3 当初明細書の【0018】第3文に関する決定の説示について
(1) 決定は,前記決定の理由の要点に掲げた以外の説示(特許権者(原告)の主張に対する判断箇所)において,「【0018】の記載の技術事項は,特別リーチの前段階として,「最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが大当たり図柄が揃った状態になるよう回転」させ,最初の回転ドラムが停止した後,【0009】に記載されている特別リーチを行うと解することが上記記載を参照した場合自然である。」と認定判断している。
決定がここで認定したところは,特別リーチの前段階,すなわち「中図柄表示部3bが停止した時点で,停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のとき」よりも前の段階,すなわち,始動入賞玉検出器の検出信号に基づいて可変開始され,所定時間の経過する前に,すべての回転ドラムが大当たり図柄が揃った状態になるよう回転させる,というものである。
(2) しかしながら,特別リーチは,「中図柄表示部3bが停止した時点で,停止した中図柄が特定の識別情報(例えば7)のとき」であると定義され(【0009】),最初の回転ドラムが停止した時点で特別リーチ状態であるか否かが判断されるのであり,特別リーチに先立って全回転させることは,その後に最初の回転ドラムが停止した時点で特別リーチとはならない場合もあることから,特別リーチとの関係では意味がない不自然なケースを無理に想定しているということができる。遊技者の期待を早期の段階から高めるとの本件発明の技術的思想からすれば,特別リーチ状態に先立って全回転状態とすることは,早期の段階において遊技者に期待を抱かせた後で,特別リーチとならない場合は,いわば梯子を外す状況となり,むしろ期待を裏切る結果となるといえる。
前説示のとおり,【0018】第3文に記載の技術事項は,「特別リーチ」のみの変更例として捉えられるものではなく,特別リーチ状態とは異なる独立した第3の回転態様に関するものであるから,「特別リーチの前段階として行うと解するのが自然である」とした決定の認定判断は,誤りである。
(3) なるほど,当該第3の回転態様については,具体的かつ詳細な説明が当初明細書に明記されているということはできない。
しかしながら,前説示のように,【0018】第3文には,始動入賞玉検出器の検出信号に基づいて可変表示装置が可変開始された後,最初の回転ドラムを停止させる前に,すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転する態様が記載されていると認めることができる。そして,複数の可変表示部の一部について特定の識別情報が揃えられた状態で可変表示する特別リーチの開示から,複数の可変表示部のすべてについて同様の可変表示をすることは当業者であれば容易に実施することができるし,遊技者の期待を早期の段階から高めるという本件発明の作用効果を奏することも自明であるというべきである。
(4) 決定は,補正の根拠が当初明細書の【0018】の記載のみであると説示し,被告の主張も同旨であるが,補正の根拠は,当初請求項(又はこれと同文の【課題を解決するための手段】が記載された【0005】),そして【0014】の第4文にも求めることができる。
当初請求項における「複数の可変表示部」は,「複数の可変表示部」の一部又はすべての意を内在しており,「複数の可変表示部を可変表示可能」は,「複数の可変表示部」の一部又はすべてを可変表示可能であると読むことができる。
当初請求項1の「前記可変表示制御手段は,前記組合せ有効列上に前記特定の識別情報が揃えられた状態で前記複数の可変表示部を可変表示可能であること」が,特別リーチのみによって担保されていると解した場合には,「複数の可変表示部」は,「複数の可変表示部の一部(実施例では2つ)」が特定の識別情報が揃えられた状態で可変表示可能であることによって,担保されることになる。
しかしながら,当初明細書では,「複数の可変表示部」との文言は,以下の認定のとおり,その一部のみを指称する場合とそのすべてを指称している場合とが混在しているのであり,請求項の「複数の可変表示部を可変表示可能」との文言が,すべての可変表示部を可変表示することを除外して,一部の可変表示部のみを可変表示することのみを意味していると解することはできない。
当初明細書において「複数の可変表示部」との語句がどのように使用されているかをみるに,当該語句は,【特許請求の範囲】及び【0005】,【0001】,【0002】,【0003】,【0004】,そして【0060】で用いられている。
そして,これらの「複数の可変表示部」のうち,【請求項1】及び【0005】の「該複数の可変表示部により組合せ有効列が定められ」,「前記複数の可変表示部の停止時における表示結果により」,【0001】の「複数の可変表示部の停止時における表示結果により」,【0002】の「遊技機の盤面上に,直線状あるいはマトリックス状に複数の可変表示部が配設され」,【0004】の「複数の可変表示部を有するものにおいて」における「複数の可変表示部」は,明らかに複数の可変表示部のすべてを意味している。
また,【0002】の「例えば複数の可変表示部を順次停止時期を異ならせて停止制御し」,【0003】の「従来の遊技機においては,複数の可変表示部が順次停止制御された時に」,【0060】の「前記可変表示装置を可変表示させて,所定の停止条件の成立に基づいて前記複数の可変表示部を停止制御可能な可変表示制御手段が構成されている。」における「複数の可変表示部」は,最終的に停止制御される可変表示部は「すべて」であるが,順次停止制御されるものはそれぞれの可変表示部,すなわち一部の可変表示部である。
これらの記載内容からすると,当初請求項1の「複数の可変表示部を可変表示可能」に係る箇所についてのみ,そのすべてを指称する場合を除外しているものとみることはできない。
【0014】の第4文は「さらに,図柄表示部3a〜3cは3つに限らず2つ又は4つ以上のものであってもよい。」となっている。ここで,「図柄表示部3a〜3c」は,請求項1にいう「可変表示部」の実施例であるが,図柄表示部すなわち可変表示部が2つの場合にあっては,「特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる」ためには,「2つの可変表示部のすべて」について,可変表示させることとなるから,当初明細書には「複数の可変表示部のすべてを可変表示可能」であることが記載されていたことになる。
4 決定の判断について
(1) 当初請求項は,「前記可変表示制御手段は,前記組合せ有効列上に前記特定の識別情報が揃えられた状態で前記複数の可変表示部を可変表示可能である」と特定され,上記判示のように,「複数の可変表示部」は,「複数の可変表示部」の一部又はすべての意を内在しているといえるから,上記記載を「前記可変表示制御手段は,前記複数の可変表示部のすべてを前記特定の識別情報の組合せが揃えられた状態で可変表示させる特定可変表示動作を行わせる特定可変表示動作制御手段を含む」とする平成14年4月19日付け手続補正(平成14年5月30日付け手続補正で一部補正)は,当業者に自明の事項であり,明細書の要旨を変更するものではない。
(2) 決定は,「例えば,「最初の可変表示部が停止した後に,最初の可変表示部を含めてすべての可変表示部が可変表示させられる」というような当初明細書に記載のない事項を明らかに含むと認められる手続補正は,明細書の要旨を変更するものである。」と認定判断したが,前記判示のように,【0018】第3文の「最初の回転ドラムを停止させる前に,」とは,「すべての回転ドラムが,大当たり図柄が揃った状態となるように回転」するその時期を限定するための記載ではなく,特別リーチが最初の回転ドラムを停止させることを条件としていることとの対比において,特別リーチとは異なる回転態様を簡潔に表現するための記載であると認められ,すべての回転ドラムが大当たり図柄が揃った状態となるように回転することは当初請求項に含まれている。したがって,「最初の回転ドラムを停止させる前に,」という文言が請求項に反映されなかったことをもって,形式的に,「最初の可変表示部が停止した後に,」という態様を含むことになるとして明細書の要旨を変更するとした決定の認定判断は,誤りである。
そして,この誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
第6 結論
以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由があるので,原告の請求は認容されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 塩 月 秀 平
裁判官 野 輝 久