◆H17.12. 8 知財高裁 平成17(行ケ)10393 特許権 行政訴訟事件
平成17年(行ケ)第10393号 審決取消請求事件
平成17年12月8日判決言渡,平成17年11月8日口頭弁論終結
判 決
原 告 X
訴訟代理人弁護士 小原望,若山満教,古川智祥
訴訟代理人弁理士 中井宏行
被 告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 山本穂積,佐藤伸夫,小池正彦,青木博文
主 文
特許庁が不服2002−20938号事件について平成17年1月31日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の表記法に従った箇所がある。また,「桝目」と「枡目」については,前者の表記に統一した。
第1 原告の求めた裁判
主文と同旨の判決。
第2 事案の概要
本件は,原告が,後記発明の特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がなされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
願書に最初に添付した明細書(甲1)の記載によれば,「本発明は通信手段をもちいて商品を桝目で選択するプログラムを活用した商品の入力方法及び表示方法及び販売方法に関する」([発明に属する技術分野])ものである。すなわち,「現在のネット上での販売方法は,商品の共通事項が同じでも販売単価が違う商品は,1つの商品として画像,商品説明等を入力しなければならない。そこで本発明は商品を桝目で選択するプログラムを構築し販売者の商品の入力を省力する。また購入者の商品の閲覧をしやすくする。」([発明の解決しようとする課題])とされている。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許出願
出願人:原告
発明の名称:「商品を桝目で選択するプログラムを活用した販売方法」
出願番号:特願2000−378168号
出願日:平成12年11月6日
(以下,本件特許出願に係る発明を「本願発明」という。)
(2) 出願後の手続
最初の拒絶理由通知:平成13年4月13日付け(甲2)
手続補正書:平成13年6月22日付け(甲3。以下「本件補正1」という。)
最後の拒絶理由通知:平成14年5月21日付け(甲4)
手続補正書:平成14年7月29日付け(甲5。以下「本件補正2」という。)
補正の却下の決定:平成14年9月24日付け(甲7。以下「本件補正却下決定」という。)
(3) 拒絶査定と不服審判手続
拒絶査定日:平成14年9月24日(甲8。以下「本件拒絶査定」という。)
審判請求日:平成14年10月29日(甲9。不服2002−20938号)
審決日:平成17年1月31日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成17年2月15日
2 本願発明の要旨
(1) 本件特許出願の願書に最初に添付された明細書(以下,同願書に最初に添付された図面とあわせて「当初明細書等」という。)に記載された本願発明の要旨は,次のとおりである(なお,請求項3ないし7については,記載を省略する。)。
【請求項1】販売者は商品の共通事項である商品見本の画像,商品名,商品説明,販売単位等を共通事項として入力する。商品一覧表の桝目の横軸に商品の規格,種類,色,型等を設定し,桝目の縦軸に商品のサイズ,色,長さ,大きさ,重さ等を設定し,桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を設定し,販売単価を桝目に入力する。購入者が桝目の商品を選択し購入数量を入力すると,演算し購入金額を出力する。
【請求項2】販売者は商品の共通事項である商品見本の画像,商品名,商品説明,販売単位等を共通事項として入力する。商品一覧表の桝目の横軸に商品の規格,種類,色,型等を設定し,桝目の縦軸に商品のサイズ,色,長さ,大きさ,重さ等を設定し,桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を設定する。
(2) 本件補正1による補正後の本願発明の要旨は,次のとおりである(同補正により変更された部分は,下線部のとおり。なお,請求項3ないし7については,記載を省略する。)。
【請求項1】販売者は,商品の共通の説明事項がある商品の商品見本の画像,商品名,商品説明,販売単位等を共通事項としてプログラムに入力すると,プログラムが共通事項をまとめて表示する。なお販売者が,プログラムに商品一覧表の桝目の横軸に商品の規格,種類,色,型等を設定し,桝目の縦軸に商品のサイズ,色,長さ,大きさ,重さ等を設定すると,プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。さらに販売者が販売単価を同じ桝目に入力する。購入者がプログラムにアクセスして,商品一覧表の桝目の商品を選択し,購入数量をプログラムに入力すると,プログラムは販売単価と購入数量で演算し,購入金額を出力する。演算結果は画面に出力される。購入者が送信ボタンを操作して申しこむ方法。
【請求項2】販売者は,商品の共通の説明事項がある商品の商品見本の画像,商品名,商品説明,販売単位等を共通事項としてプログラムに入力すると,プログラムが共通事項をまとめて表示する。なお販売者が,プログラムに商品一覧表の桝目の横軸に商品の規格,種類,色,型等を設定し,桝目の縦軸に商品のサイズ,色,長さ,大きさ,重さ等を設定すると,プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。商品の入力方法と表示方法。
(3) 本件補正2による補正後の本願発明の要旨は,次のとおりである(当初明細書等に記載された特許請求の範囲を補正したもの。同補正による変更部分は,下線部のとおりである。なお,同補正後の請求項は,請求項3までであるが,請求項3については,記載を省略する。)。
【請求項1】販売者のサーバでは,商品の共通の説明事項がある商品の商品見本の画像,商品名,商品説明,販売単位等を共通事項とし,更に商品一覧表の桝目の横軸に商品の規格,種類,色,型等を設定し,かつ桝目の縦軸に商品のサイズ,色,長さ,大きさ,重さ等を設定し,桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を一覧表に特定し,さらに販売単価を同じ桝目に入力して特定した,共通事項と商品一覧表とに分割して表示する画面情報を予め準備保存しておき,この販売者のサーバに対して,購入者の通信端末器からアクセスされ,上記商品一覧表の桝目の商品が選択され,購入数量が入力されたときには,上記販売者のサーバは,選択された商品の販売単価と購入数量をもとに演算して,購入金額を出力し,これによって,購入者の通信端末器では,演算された購入金額の総額が画面に出力され,更にその画面上に表示された送信ボタンが操作されたときには,選択した商品の申し込みを確定することを特徴とする,通信ネットワークを用いた商品発注方法。
【請求項2】請求項1において,上記商品一覧の桝目の横軸,縦軸の行,列の数は,特定グループに属する商品数に応じて,変更可能であることを特徴とする,通信ネットワークを用いた商品発注方法。
3 審決の理由の要点
審決は,@本件拒絶査定における拒絶理由(平成14年5月21日付けの最後の拒絶理由通知における拒絶理由と同じであり,本件補正1は特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないというもの。)には理由があり,また,A本件拒絶査定と同日付けで本件補正2についてなされた本件補正却下決定は適法であって,本件拒絶査定には手続的瑕疵もないとして,本件拒絶査定を維持したものである。
その理由は,以下のとおりであるが,要するに,@本件補正1は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではないから,特許法17条の2第3項(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する要件を満たしておらず,Aまた,本件補正却下決定は,最後の拒絶理由通知に対してなされた本件補正2を不適法としたものであるところ,同補正は同条4項各号に掲げる事項を目的としたものではないから,これを却下した決定は適法であるというものである。
(1) 本件補正1についての審決の判断
「補正後の請求項1及び2において,・・・『共通事項』を『プログラムが』『まとめて表示する』という記載に関しては,出願当初明細書等に記載された事項ではなく(出願当初明細書等には,当該『共通事項』を『販売者が』『入力する』ことまで記載されているのみである。),また,出願当初明細書等の記載から自明な事項でもない。」
「補正後の請求項1及び2において,『桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を』『プログラムが』『商品一覧表に表示し特定する』という記載に関しても,出願当初明細書等に記載された事項ではなく,また,出願当初明細書等の記載から自明な事項でもない。なぜならば,出願当初明細書等に記載された『桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を設定し』の主体は,『販売者』であって,『プログラム』が処理するものとは認められない。」
「したがって,平成13年6月22日付けの手続補正書による補正は,特許法17条の2第3項に規定する要件を充たしていない。」
(2) 本件補正2についての審決の判断
ア「平成14年7月29日付け手続補正書による補正・・・は,平成14年5月21日付けの最後の拒絶理由通知に対する補正であるから,特許法17条の2第1項3号適用の対象に該当し,・・・同条4項の規定により同項1号から4号に掲げる事項を目的とするものに限られる。」
イ「本件手続補正による特許請求の範囲についてする補正が,特許法17条の2第4項1号の要件(請求項の削除)及び同項3号(誤記の訂正)を目的とするものでないことは明らかである。」
ウ「本件手続補正による特許請求の範囲についてする補正が,・・・特許法17条の2第4項4号(明りょうでない記載の釈明)を目的とするものであるか検討する。
本条文によれば『明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)』とあるように,本件手続補正による特許請求の範囲についてする補正は,最後の拒絶理由通知で指摘された『拒絶の理由に示す事項についてする』補正に限られるものである。
しかしながら,平成14年5月21日付けの最後の拒絶理由通知では,特許法17条の2第3項(新規事項)に規定する要件を充たしていないことを指摘したものであるから,本件手続補正による特許請求の範囲についてする補正が,同条4項4号(明りょうでない記載の釈明)を目的とするものでないことは明らかである。」
エ「本件手続補正による特許請求の範囲についてする補正が,特許法17条の2第4項2号の要件(限定的減縮)を目的とするものであるか検討する。」
「限定的減縮に関しては,補正前の請求項に記載された発明の発明特定事項の限定であることが必要であるところ,
a)補正前においては,発明特定事項として,販売者がプログラムを利用して入力/設定する操作手段,購入者が当該プログラムを利用してアクセス/入力する操作手段,及び,販売者の該操作手段と購入者の該操作手段との接続態様については何ら記載されていないが,補正後においては,販売者の操作手段としての『販売者のサーバ』により『共通事項と商品一覧表とに分割して表示する画面情報を予め準備保存して』おくこと,加えて,購入者の操作手段としての『購入者の通信端末器』から『販売者のサーバ』に対して『通信ネットワーク』という接続態様を介してアクセスされること,が特定されたものであるから,限定的減縮に該当しない。
b)補正前の発明特定事項である『プログラムが共通事項をまとめて表示する』が,補正後において『共通事項と商品一覧表とに分割して表示する』と変更されており,当該補正前の発明特定事項を下位概念化するものでもないので,限定的減縮に該当しない。」
オ「してみれば,平成14年7月29日付けの手続補正は,特許法17条の2第4項に規定された各号の要件に適合しないので,同法53条1項の規定により却下すべきものであるとした原審における補正却下の決定は妥当なものである。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
審決は,本件補正1に関して,特許法17条の2第3項の要件適合性の判断を誤り(取消事由1),また,本件補正2に関して,本件補正却下決定の適法性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件補正1に関する要件適合性の判断の誤り)
審決は,本件補正1による補正後の請求項1及び2における「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」(以下「発明特定事項A」という。),及び,「プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」(以下「発明特定事項B」という。)につき,形式的に文言を対比させて判断し,これらの発明特定事項が当初明細書等に記載されていないとする。しかし,当初明細書等の記載に当業者の技術常識をあわせ考慮すれば,本願発明が,ネット上で商品を販売する際の販売方法に関するものであって,販売業者がサーバ上にプログラムを格納しておき,購入者がそのサーバにアクセスして,商品を閲覧し,購入品目,購入数量に応じた購入代金を算出し確認して,発注するシステムに関するものであることは,当業者であれば容易に理解できるものである。このように本願発明の内容を正確に把握した上で,実質的な観点から新規事項に当たるか否かを判断するならば,本件補正1は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものと認められるべきである。
(1) 発明特定事項Aについて
審決は,発明特定事項Aに関し,当初明細書等には,販売者が共通事項を入力することまでが記載されているのみであって,「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」という発明特定事項は,当初明細書等に記載されておらず,当初明細書等の記載から自明な事項でもないとする。
しかし,「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」という発明特定事項は,その前にある販売者の行為,つまり「販売者は,商品の共通事項である商品の商品見本の画像,商品名・・・等を共通事項として入力する」行為を受けたプログラムの機能を意味しており,このことは,当初明細書等の図面1ないし3(以下「図面1」などという。)の記載から明らかである。
すなわち,本願発明に関する電子商取引システムは,販売者側にサーバ及びデータベースを設置し,購入者は,ネットワークを介して販売者のサーバを通じてデータベースにアクセスし,商品を桝目で選択する表示画面をダウンロードして,商品の選択及び申込みをするというものであるが,このシステムの概略構成は図面1に,表示画面情報は図面2に,基本的な手順は図面3に,それぞれ示されている。
特に,図面2において,囲み枠によって囲まれた全体を「商品を桝目で選択するプログラム」と表記していることや,図面3のフローチャートにおいて,商品を桝目で選択するプログラムを枠で示し,その枠内に,販売者の入力を受け付ける動作とともに,購入者の操作を受け付けて応答する動作を示していることに照らせば,これらの図面に,販売者及び購入者の行為を受け付けて電子商取引を実行するプログラムが示されていることは明らかである。
したがって,発明特定事項Aは,新規事項には当たらない。
(2) 発明特定事項Bについて
審決は,当初明細書等に記載された「桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を設定」するのは販売者であってプログラムではないから,発明特定事項B「プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」は新規事項であるとする。
しかし,前記(1)に述べたように,図面2及び3に「商品を桝目で選択するプログラム」と記載されており,図面2がプログラムにより出力された画面情報を表示した一例であることは,インターネットを用いた電子商取引システムを知る当業者には自明である。
したがって,発明特定事項Bは,新規事項には当たらない。
2 取消事由2(本件補正却下決定の適法性の判断の誤り)
本件補正1は,審査において記載不備であると指摘された事項について,これを明りょうにするためにされたものであり,当初明細書等の記載,当業者の技術常識権等を参酌すれば,その趣旨は十分に理解できるものであった。
また,本件特許出願が,手続に不慣れな原告本人によるものであったことを考慮すれば,できる限り補正を認める方向での配慮があってしかるべきであり,最後の拒絶理由通知においては,本件補正1の不明りょうさを指摘し,その治癒を図る機会を与えるべきであった。
しかるに,平成14年5月21日付けの最後の拒絶理由通知では,本件補正1は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとの拒絶理由が示されたために,本件補正2が,最後の拒絶理由通知における拒絶理由に示された事項についてされたものではないとして却下されることとなってしまったものであり,このようになされた本件補正却下決定は違法である。
したがって,審決が,本件補正却下決定は適法であると判断したのは誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決には,本件補正1に関して,特許法17条の2第3項の要件適合性の判断の誤りはなく,また,本件補正2に関して,本件補正却下決定の適法性の判断の誤りもないから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がない。
1 取消事由1(本件補正1に関する要件適合性の判断の誤り)に対して
発明特定事項A及びBが,いずれも,当初明細書等に記載されていない新規事項であることは,審決の判断に示されたとおりであるが,敷衍すれば,以下のとおりである。
(1) 発明特定事項Aについて
当初明細書等には,「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」との文言は記載されておらず,また,販売者が商品の共通事項(見本画像,商品名等)を入力すると,プログラムにより規定された動作をするコンピュータが,共通事項をまとめて表示することを意味する技術的事項も記載されていない。
むしろ,当初明細書等の発明の詳細な説明には,発明実施の形態として,販売者が商品の共通事項を入力すると記載され,また,図面の簡単な説明として,「図面2は本発明の必要ファイル。」と記載されていることに照らせば,予め用意されたひな形ファイルが存在し,販売者が商品の共通事項をコンピュータに入力して,同ファイルの共通事項の部分を書き換えるものと理解されるのであり,コンピュータは共通事項をまとめる動作はしていないと考えることができるのである。
以上によれば,発明特定事項Aが新規事項に該当することは,明らかである。
(2) 発明特定事項Bについて
当初明細書等には「プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」との文言は記載されていない。
また,当初明細書等の発明の詳細な説明には,発明実施の形態として,販売者が桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を設定する旨記載されており,コンピュータではなく販売者が主体となって商品を設定するとされているのであって,「プログラムにより規定された動作をするコンピュータが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」ことを意味する技術的事項は,何ら記載されていない。
以上によれば,発明特定事項Bが新規事項に該当することは,明らかである。
2 取消事由2(本件補正却下決定の適法性の判断の誤り)に対して
本件補正1が新規事項を含むものであることは,前記1のとおりであり,最後の拒絶理由通知においてこれを拒絶理由として通知し,同理由に示されていない事項について明りょうにしようとした本件補正2を却下したことに,違法はない。
また,このことは,手続に不慣れな出願人によって出願がされた場合にも同様であって,最後の拒絶理由通知において本件補正1の不明りょうさを指摘し,その治癒を図る機会を与えるべきであったとする原告の主張は,理由がない。
以上によれば,本件補正却下決定は適法であり,同決定の適法性に関する審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正1に関する要件適合性の判断の誤り)について
原告は,審決が,本件補正1の発明特定事項A「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」,及び,発明特定事項B「プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」につき,新規事項であると判断したのは誤りであると主張するので,この点につきまず判断する。
(1) 当初明細書等には,次のとおりの記載がある(甲1)。
「【発明の詳細な説明】
[発明に属する技術分野]本発明は通信手段をもちいて商品を桝目で選択するプログラムを活用した商品の入力方法及び表示方法及び販売方法に関する。
[従来の技術]現在,販売者はネット上で商品の共通事項が同じでも商品の規格,サイズ,大きさ,販売単位等が違うと,別々の商品としなければならない。よって販売単価が違う商品は,1つの商品ごとに画像,商品説明等を入力しなければならない。従って商品ページが多くなり,商品の共通事項が同じでも購入者は商品を選択するのに1つの商品ごとに閲覧しなければならないので手間がかかる。
[発明の解決しようとする課題]・・・そこで本発明は商品を桝目で選択するプログラムを構築し販売者の商品の入力を省力する。また購入者の商品の閲覧をしやすくする。
[発明実施の形態]・・・販売者(図面1−3)は商品(図面2−9)の共通事項(図面2−14)である商品見本の画像(図面2−2),商品名(図面2−3),商品説明(図面2−4),販売単位(図面2−5)等を入力する。商品一覧表(図面2−6)の桝目の横軸に商品の規格(図面2−7),種類,色,型等を設定し,桝目の縦軸に商品のサイズ(図面2−8),色,長さ,大きさ,重さ等を設定し,桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品(図面2−9)を設定し,販売単価(図面2−10)を桝目に入力する。購入者が桝目の商品(図面2−9)を選択し購入数量(図面2−11)を入力すると演算し,演算結果が購入金額(図面2−12)で出力される。演算結果は画面に出力(図面1−11)される。購入者は送信ボタン(図面2−13)を操作して申しこむ。
[発明の効果]販売者は商品の共通事項として商品の見本画像,商品名,商品説明,販売単位等を入力し,商品は桝目の縦軸,横軸に規格及びサイズ等を入力して設定するので商品の共通事項である見本画像,商品名,商品説明,販売単位等の入力が省力できる。購入者は商品一覧表で商品及び販売単価を見比べて商品を選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図面1は本発明の概念図。
【図2】図面2は本発明の必要ファイル。
【図3】図面3は本発明のフローチャート。」
(2) 当初明細書等の図面の記載(甲1)
ア 図面1
図面1には,購入者が,販売者側のサーバにアクセスして画像出力を得ること,また,ネットワークを通じて入力し,演算出力を得ることが示されている。
イ 図面2
図面2には,商品見本画像(2),商品名(3),商品説明(4),販売単位(5)を含む共通事項(14)が商品一覧表(6)とともに実線で囲まれた枠内に配置されたものが示されており,同枠で囲まれた全体につき「(1)商品を桝目で選択するプログラム」と表示されている。また,商品一覧表(6)の桝目には,商品の購入数量(11)が入力されるように表示されており,同表の下方には,演算購入金額等(12)が表示される購入金額欄が,さらに,前記実線で囲まれた枠の下方には,申込みボタンが送信ボタン(13)として表示されている。
ウ 図面3
図面3には,本願発明に関するフローチャートが示され,販売者の行為として,商品の共通事項入力,縦軸,横軸入力及び単価入力が,購入者の行為として,商品選択,購入数量入力が記載されている。また,これらの入力等行為に「商品」及び「購入金額表示」を含めた全体が,破線で囲まれ,「商品を桝目で選択するプログラム」と表示されている。
(3) 発明特定事項Aが新規事項であるか否かについて
当初明細書等の請求項1及び2には,発明特定事項A「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」に相当する文言はなく,当初明細書等の他の部分にも,発明特定事項Aを直接に示す文言はない。そこで,発明特定事項Aが,当初明細書等の記載から自明であるか否かについて,以下検討する。
まず,本願発明が,商品を桝目で選択する「プログラム」を用いて商品を表示する方法に関するものであることは,当初明細書等の[発明に属する技術分野]の記載から明らかである。そして,「共通事項」が購入者に商品の閲覧をさせるために「表示」されるものであることも,当初明細書等の記載から認められる。
問題となるのは,共通事項を表示する主体がプログラムであることが,当初明細書等の記載から自明であるか否かである。
この点,確かに,当初明細書等には,プログラムの機能として,購入者による購入数量等の入力を受けた演算と,その演算結果(購入金額)の画面への出力が記載されているにすぎない。しかし,本願発明は,商品を桝目で選択するプログラムを用いたものであり,単に,購入者による購入数量等の入力を受けた演算とその結果の出力を行うにとどまるものではない。すなわち,当初明細書等の記載によれば,従来は商品に共通事項があっても,商品の規格やサイズ等が異なれば,販売者において個別に入力し,購入者において個別に閲覧する必要があったところを,商品を桝目で選択するプログラムを用いることによって,販売者の入力を省力し,購入者の閲覧を容易にしたところに本願発明の本旨があるとされているのであるから,このプログラムが共通事項をまとめて表示する機能を有することは,本願発明において当然の前提とされているものである。
このことは,当初明細書等の図面2において,購入者に商品を閲覧させ購入申込みを行わせるための表示情報として,商品の共通事項と商品一覧表とが示され,これらを実線で囲んだ全体が「商品を桝目で選択するプログラム」として示されていること,また,図面3において,販売者の入力行為を受けた「商品」という項目,購入者の入力行為を受けた「購入金額表示」という項目が示され,これらを含む全体が「商品を桝目で選択するプログラム」として示されていることからも,裏付けられるものである。
以上から,発明特定事項A「プログラムが共通事項をまとめて表示する。」は,当初明細書等の記載から自明であると認められる。
以上に対して,被告は,当初明細書等の[発明実施の形態]に,販売者が商品の共通事項を入力すると記載され,【図面の簡単な説明】に,図面2の説明として「本発明の必要ファイル」と記載されていることをもって,予め用意されたひな形ファイルが存在し,販売者が商品の共通事項を入力して,同ファイルの共通事項の部分を書き換えるものと理解され,コンピュータは共通事項をまとめる動作はしていないと主張する。しかし,図面2に関する前記説明だけでは,ひな形ファイルの存在が前提とされているのかどうか不明であり,むしろ,当初明細書等におけるその他の記載に照らせば,共通事項の表示については前記のとおりに理解されるのであって,図面2に関する前記説明がひな形ファイルの存在を前提としたものとは解し難いというべきである。したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
(4) 発明特定事項Bが新規事項であるか否かについて
当初明細書等の請求項1及び2には,発明特定事項B「プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」に相当する文言はなく,当初明細書等の他の部分にも,発明特定事項Bを直接に示す文言はない。そこで,発明特定事項Bが,当初明細書等の記載から自明であるか否かについて,以下検討する。
この点,当初明細書等の[発明実施の形態]には,「販売者(図面1−3)が商品(図面2−9)の共通事項(図面2−14)である商品見本の画像・・・等を入力する。商品一覧表(図面2−6)の桝目の横軸に商品の規格・・・等を設定し,桝目の縦軸に商品のサイズ・・・等を設定し,桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品(図面2−9)を設定し,販売単価(図面2−10)を桝目に入力する。」と記載されており,これらの行為の主体はいずれも販売者を指すものと解される。
しかし,本願発明は,商品を桝目で選択するプログラムを用いたものであって,同プログラムによって,購入者は,桝目の商品を選択することができるのであるから,単なる販売者の設定行為があるだけでは足りず,プログラムによって各商品が桝目ごとに特定されていることが,本願発明においては当然の前提とされているものである。
また,当初明細書等の図面2において,購入者に閲覧させる表示情報として商品一覧表が示され,同表は「商品を桝目で選択するプログラム」の一部とされていること,図面3において,販売者の入力行為を受けた「商品」という項目が「商品を桝目で選択するプログラム」の一部として示されていることに照らせば,商品一覧表の表示,ひいては同表の桝目により特定された商品の表示が,プログラムによるものであることが,これらの図面に示されているものといえる。
以上によれば,発明特定事項B「プログラムが桝目の縦軸,横軸の条件に合った商品を商品一覧表に表示し特定する。」は,当初明細書等の記載から自明であると認められる。
(5) 小活
以上から,審決が,本件補正1は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとしたことは誤りである。
2 取消事由2(本件補正却下決定の適法性の判断の誤り)について
前記1によれば,平成14年5月21日付けの最後の拒絶理由通知において,本件補正1が特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないことを拒絶理由としたことには根拠がないから,本件補正却下決定が,同拒絶理由を前提として,本件補正2が同条4項各号に該当しないと判断し,同補正を却下したことには,瑕疵があるというべきである。
したがって,審決が,本件補正却下決定は適法であると判断したことは,誤りである。
3 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由があるから,審決は,取消しを免れない。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
田 中 昌 利
裁判官
清 水 知 恵 子