◆H18. 1.19 神戸地裁 平成16(行ウ)29 特許権 行政訴訟事件
平成18年1月19日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成16年(行ウ)第29号 認定取消請求事件
口頭弁論終結日 平成17年10月5日
判決
原告 藤栄研材工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 永野周志
被告 神戸税関六甲アイランド出張所長
大谷光男
同訴訟代理人弁護士 高坂敬三
同指定代理人 安西二郎
同 中嶋康雄
同 山崎 徹
同 酒井一成
同 長谷部 剛 史
同 北村正典
同 今岡 浩
被告補助参加人 精和電機産業株式会社
同訴訟代理人弁護士 鳥山半六
同 小宮山 展 隆
同 高 坂 佳郁子
同補佐人弁理士 振角正一
主文
1 被告が,平成16年7月16日付けで,原告に対してした,別紙疑義貨物目録記載1,2の物品が,関税定率法(ただし,平成17年法律第22号による改正前のもの)21条1項5号に掲げる物品に該当するとの認定処分を取り消す。
2 被告が,平成16年7月27日付けで,原告に対してした,別紙疑義貨物目録記載3,4の物品が,関税定率法(ただし,平成17年法律第22号による改正前のもの)21条1項5号に掲げる物品に該当するとの認定処分を取り消す。
3 訴訟費用及び補助参加費用は,被告及び補助参加人の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
主文と同旨
第2 事案の概要
1 事案の骨子
(1) 原告が別紙疑義貨物目録記載1ないし4の石製灯籠用扉及び石製灯籠(以下,順次,「本件物品1」ないし「本件物品4」といい,すべてを併せて,「本件各物品」という。)を輸入しようとしたところ,被告は,本件各物品は,特許第3012200号の特許権(以下「本件特許」という。)を侵害するとして,平成17年法律第22号による改正前の関税定率法(以下,単に,「関税定率法」という。)21条1項5号の輸入禁制品に該当するとの認定処分(以下「本件認定処分」という。)を行い,本件各物品の輸入を差し止めた。
(2) 本件は,原告が,本件各物品は,本件特許を侵害せず,また,仮に,侵害するとしても,本件特許には無効理由が存在するから,本件認定処分は違法であると主張して,本件認定処分の取消しを求めた事案である。
2 前提事実
括弧内に証拠等を記載したもの以外は,当事者間に争いがない。
(1) 当事者
ア 原 告
原告は,本件各物品の輸入者である。
イ 被 告
被告は本件認定処分を行った行政庁である。
ウ 補助参加人
(ア) 補助参加人は,次の特許権(本件特許)の権利者である(以下,本件特許に係る発明を「本件発明」という。)(甲1,弁論の全趣旨)。
特許番号 特許第3012200号
発明の名称 石製灯籠及び石製灯籠用扉
出願年月日 平成8年7月23日
登録年月日 平成11年12月10日
(イ) なお,本件認定処分当時,本件特許の権利者はP1及びP2(以下,両名を併せて,「前権利者」という。)であったが,同人らは,平成16年7月23日,本件特許を補助参加人に譲渡した。
(2) 特許請求の範囲
ア 補正前における特許請求の範囲
(ア) 上記(1)ウのとおり,本件特許の出願年月日は,平成8年7月23日であるが,その際に提出された願書添付の明細書(以下「当初明細書」という。)に記載されている特許請求の範囲は,別紙1記載のとおりである。
(イ) 当初明細書においては,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを固定する機能を果たす「固定部」は,石製灯籠の筒状本体部の下部近傍箇所に配置することとされていた。
イ 補正後における特許請求の範囲
(ア) 前権利者は,平成11年4月15日,特許庁に対し,手続補正書を提出し,本件特許の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明について補正を行った(以下「本件補正」という。)。
(イ) 上記手続補正書添付の明細書(以下「本件明細書」という。)に記載されている特許請求の範囲は,別紙2記載のとおりである。
(ウ) 本件明細書においては,「固定部」の配置箇所が石製灯籠の筒状本体部の下部近傍箇所であるとの限定が外されており,いかなる箇所に「固定部」を配置してもよいこととされていた。
(3) 本件発明の構成要件
本件発明のうち,請求項1(以下,「本件発明1」という。)と請求項4(以下「本件発明4」という。)を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
ア 請求項1
A 石製灯籠の開口部を開閉するための石製灯籠用扉であって(以下「構成要件A」という。),
B 前記石製灯籠に対して固定可能な固定部と(以下「構成要件B」という。),
C 蝶番によって前記固定部に対して回動自在に取り付けられた金属製の扉本体と(以下「構成要件C」という。),
D 前記扉本体に設けられた窓部に取り付けられたガラスとを備え(以下「構成要件D」という。),
E 前記固定部が前記石製灯籠に固定されると,前記扉本体および前記ガラスが一体的に前記開口部に対して開閉自在となっている(以下「構成要件E」という。)
F ことを特徴とする石製灯籠用扉(以下「構成要件F」という。)
イ 請求項4
G その側面に開口部が形成された灯籠本体部と(以下「構成要件G」という。),
H 請求項1ないし3のいずれかに記載の石製灯籠用扉とを備え(以下「構成要件H」という。),
I 前記固定部が前記灯籠本体部に対して固定され,前記扉本体および前記ガラスが一体的に前記開口部に対して開閉自在となっている(以下「構成要件I」という。)
J ことを特徴とする石製灯籠(以下「構成要件J」という。)
(4) 本件各物品
ア 本件各物品のうち,本件物品1,3は,石製灯籠用扉であり(以下,併せて,「本件石製灯籠用扉」という。),その形状は別紙3記載のとおりである。
イ 本件各物品のうち,本件物品2,4は,円筒状の石製灯籠に上記石製灯籠用扉を装着したものであり(以下「本件石製灯籠」という。),その形状は別紙4記載のとおりである。
(5) 本件石製灯籠用扉の構成要件
ア 本件石製灯籠用扉の構成を本件発明1の構成要件に対応させて分説すると,次のとおりとなる(別紙3ないし7参照)。
A 石製灯籠2の円筒部22の正面側に設けられた開口部23に対して装着可能で,しかも円筒部22への装着状態で石製灯籠2の開口部23を開閉するための石製灯籠用扉1であって(以下「本件構成A」という。),
B 装着枠11は,開口部23の開口面を覆設可能な形状に仕上げられた金属製部材で形成されており,装着枠11の下方部111には,円筒部22の開口下方周縁部231と係合可能な下方バネクリップ113が取り付けられ,下方バネクリップ113を石製灯籠2の開口下方周縁部231に当接させることによりバネ113aの反発力により石製灯籠2の一部(開口下方周縁部231)を挟み込みことによって下方側で石製灯籠2にしっかりと固定され,また,装着枠11の上方部112には,円筒部22の開口上方周縁部232と係合可能な上方バネクリップ114が取り付けられ,上方バネクリップ114を石製灯籠2の開口上方周縁部232に当接させることによりバネ114aの反発力により石製灯籠2の一部(開口上方周縁部232)を挟み込み,さらに上方バネクリップ114に回動自在に設けられたストッパー114dを片部114b側に回動させ係止部114cに係合しバネ114aの挟み込み力を支持することで,上方側で石製灯籠2にしっかりと固定され(以下「本件構成B」という。),
C 前記装着枠11の前面側には蝶番15が取り付けられており,蝶番15によって装着枠11に対して回動自在に取り付けられた金属製の扉本体12と(以下「本件構成C」という。),
D 扉本体12のほぼ中央部に設けられた窓部14をふさぐように,扉本体12に取り付けられたガラス13とを備え(以下「本件構成E」という。),
E 下方バネクリップ113と上方バネクリップ114が取り付けられた前記装着枠11を石製灯籠2にしっかりと固定すると,扉本体12及びガラス13が,前記装着枠11を介して,一体的に開口部23に対して開閉自在となっている
F ことを特徴とする石製灯籠用扉(以下「本件構成F」という。)
イ 本件構成A,D,E,Fは,本件発明1の構成要件A,D,E,Fを充足する。
(6) 石製灯籠用扉の固定方法
扉部が金属からなり,窓部がガラスからなる石製灯籠用扉を,石製灯籠本体に装着するための技術的構成は複数存在するが,本件明細書に添付された図面に図示されている装着方法は次のアのとおりであり,本件各物品において採用されている装着方法は次のイのとおりである。
ア 内周面押圧方式
@角材部(別紙8の図5の3A),Aネジ部(同3B),Bネジ部を螺進させる回転操作部(同3C)又はネジ(同図6の3D)及びC固定板(同図4の3E)とからなり,回転操作部ないしはネジを回転させることによって,角材部の両端を連接部(同1C)の内周面に押しつけるとともに,ネジ部の先端を連接部の内周面に押しつけて固定する技術的構成(以下,「内周面押圧方式」という。)(甲1)。
内周面押圧方式は,本件明細書に添付された図面に図示されている装着方法であり,本件特許出願当時,当業者が公知技術,周知技術を参酌して,適宜実施することが可能な技術的構成であった(丙2〜4,弁論の全趣旨)。
イ 挟み込み方式
バネクリップ(別紙6の図5の113,同図4の114)を石製灯籠本体の開口周縁部(別紙7の図6の231,232)に当接させることによりバネ(別紙6の図5の113a,同図4の114a)の反発力により石製灯籠本体の一部を挟み込み,さらに,バネクリップに回動自在に設けられたストッパー(同114d)を片部(同114b)側に回動させ係止部(同114c)に係合しバネの挟み込み力を支持することで,石製灯籠本体に固定する技術的構成(以下「挟み込み方式」という。)(甲2)。
挟み込み方式は,本件各物品において採用されている装着方法であり,本件特許出願当時,当業者が公知技術,周知技術を参酌して,適宜実施することが可能な技術的構成であった(甲43〜47,弁論の全趣旨)。
(7) 本件認定処分
ア 本件物品1,2について
(ア) 原告は,平成16年6月16日,本件物品1,2の輸入申告をした(甲25)。
(イ) 被告は,本件物品1,2が関税定率法21条1項5号に定める輸入禁制品(特許権を侵害する物品)に該当すると思料して,平成16年6月21日付けで,同条4項に定める認定手続を開始した(甲25)。
(ウ) 被告は,平成16年7月16日,本件物品1,2が関税定率法21条1項5号に掲げる輸入禁制品に該当するとの認定処分を行い,本件物品1,2の輸入を差し止めた(甲29)。
イ 本件物品3,4について
(ア) 原告は,平成16年6月28日,本件物品3,4の輸入申告をした(甲26,27)。
(イ) 被告は,本件物品3,4が関税定率法21条1項5号に定める輸入禁制品(特許権を侵害する物品)に該当すると思料して,平成16年6月30日付けで,同条4項に定める認定手続を開始した(甲26,27)。
(ウ) 被告は,平成16年7月27日,本件物品3,4が関税定率法21条1項5号に掲げる輸入禁制品に該当するとの認定処分を行い,本件物品3,4の輸入を差し止めた(甲30,31)。
3 争 点
本件の争点は,抽象的には,本件認定処分の適法性であるが,具体的には次の3点である。
(1) 争点1(本件各物品の構成要件該当性)
具体的には,次の4点である。
ア 争点1−1(明細書の補正)
本件補正は,当初明細書の特許請求の範囲を拡張するものか否か。
イ 争点1−2(本件構成Bの構成要件B該当性)
本件石製灯籠用扉の本件構成Bは,本件発明1の構成要件Bを充足するか。
ウ 争点1−3(本件構成Cの構成要件C該当性)
本件石製灯籠用扉の本件構成Cは,本件発明1の構成要件Cを充足するか。
エ 争点1−4(本件石製灯籠の本件発明4該当性)
本件石製灯籠は,本件発明4の構成要件を充足するか。
(2) 争点2(本件特許の無効理由の存否)
具体的には,次の2点である。
ア 争点2−1(新規性の欠如)
本件特許には,新規性の欠如による無効理由(特許法123条1項2号,29条1項2号,3号)が存在するか。
イ 争点2−2(進歩性の欠如)
本件特許には,進歩性の欠如による無効理由(特許法123条1項2号,29条2項)が存在するか。
(3) 争点3(無効理由の存在と本件認定処分の違法性)
本件特許に新規性ないしは進歩性の欠如による無効理由が存在する場合,本件認定処分が違法であると評価されるか。また,そのためには,無効理由が存在することが明らかであることを要するか。無効理由が存在することが明らかであることを要するとすると,本件特許は,無効理由が存在することが明らかであるといえるか。
第3 争点に関する当事者及び補助参加人の主張
1 争点1−1(明細書の補正)
(1) 原告の主張
ア 特許発明の技術的範囲は明細書に記載された発明の技術的範囲を超えるものであってはならず,本件補正も当初明細書に記載された発明の技術的範囲を超えるものであってはならない(特許法17条の2第4項参照)。
イ この点,前記第2の2(2)ア(イ)のとおり,当初明細書においては,「固定部」の取付位置は,筒状本体部の下部近傍に限定されており,取付方法は内周面押圧方式に限定されていた。
ウ ところが,本件補正後の請求項1の記載は,石製灯籠の筒状本体部の下部近傍という「固定部」の取付位置についての限定を外すものとなっており,かつ,内周面押圧方式以外の取付方法をも包含するものとなった。
エ したがって,本件補正は,特許請求の範囲を拡張するものであって,特許法17条の2第4項に違反するから,本件発明の技術的範囲は,本件明細書ではなく,当初明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきであるところ,本件石製灯籠の「固定部」は,筒状本体部の下部近傍に配置されておらず,しかも,その技術的構成は内周面押圧方式ではないから,当初明細書記載の技術的範囲に属しない。
(2) 被告及び補助参加人(以下「被告ら」という。)の主張
前権利者は,本件補正により,「固定部」の取付位置の限定を外したが(前記第2の2(2)イ(ウ)),「固定部」の取付位置は本件発明1の技術的本質ではなく,本件補正は何ら特許請求の範囲を拡張するものではない。
2 争点1−2(本件構成Bの構成要件B該当性)について
(1) 被告らの主張
ア 機能的,抽象的な構成要件については,明細書に記載されている実施態様に開示されている具体的な技術的思想を知ることによって,その意味を確定すべきものであり,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度,つまり,当業者が公知技術,周知技術を参酌することにより適宜実施できる構成のものについても,その技術的範囲に含まれると解すべきである。
イ この点,本件発明の技術的意義は,石製灯籠に対して強固に固定可能な「固定部」に,蝶番を介して金属製の扉本体を取り付けるという構成をとることにより,石製灯籠の開口部に対する扉本体の開閉構造を簡素化することを可能にしたという点にある。
ウ したがって,本件発明1の構成要件Bの技術的本質は,石製灯籠に対して,十分な重量を有している金属製の扉本体を強固に固定可能な構成,すなわち,「固定部」を用いて,石製灯籠扉と石製灯籠を固定自在とする構成を備えていることといえ,「固定部」につき,具体的にいかなる装着方式を採用するかは,技術的本質に属するものではない。
エ 以上より,本件発明1の技術的範囲は,本件明細書に明示された実施例である内周面押圧方式に限定されるべきものではなく,石製灯籠に対して,十分な重量を有している金属製の扉本体を強固に固定することができ,かつ,当業者が公知技術,周知技術を参酌して適宜実施することが可能な装着方式を含むと考えるべきである。
オ 前記第2の2(6)イのとおり,挟み込み方式は,本件特許出願当時,当業者が公知技術,周知技術を参酌して,適宜実施することが可能な技術的構成であった。
よって,十分な重量を有している金属製の扉本体を,挟み込み方式により石製灯籠本体に強固に固定することが可能な本件構成Bは,本件発明1の構成要件Bを充足する。
(2) 原告の主張
ア 「固定部」の限定解釈
(ア) 特許請求の範囲に記載された用語が機能的あるいは抽象的であるために,当該用語が意味する技術的構成ないしは技術的課題を解決する技術的方法が一義的に明瞭ではない特許発明の技術的範囲は,明細書の発明の詳細な説明及び図面に開示されている発明の技術思想から合理的に解釈される範囲の技術的構成に限定されるか,明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載されている実施例に限定されるべきである。
(イ) この点,構成要件Bにおける「石製灯籠に対して固定可能な固定部」という表現は,石製灯籠用扉を石製灯籠に対して固定するという作用効果を発揮する手段を意味する機能的表現であるが,かかる表現からは,石製灯籠用扉を石製灯籠に固定するという作用効果ないしは機能を発揮することができる具体的方法が何であるかが明らかにならない。
(ウ) したがって,構成要件Bにおける「固定部」は,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載されている実施例である内周面押圧方式を用いたものに限定されるべきであり,挟み込み方式による装着方法を用いている本件構成Bは,本件発明1の構成要件Bを充足しない。
イ 自由技術
(ア) 本件石製灯籠用扉が用いている挟み込み方式は,本件特許出願当時,当業者が公知技術,周知技術を参酌して,適宜実施することが可能な範囲のものであるが,そうであるとすると,本件石製灯籠用扉は,進歩性を欠く発明であることとなる。
(イ) ところが,進歩性を欠く発明は特許を受けることができないから,本件石製灯籠用扉は,進歩性を欠く発明として特許権の保護対象外にある自由技術であることとなる。
(ウ) したがって,本件石製灯籠用扉の本件構成Bは,本件発明1の技術的範囲に属しないというべきであり,本件発明1の構成要件Bを充足しない。
3 争点1−3(本件構成Cの構成要件C該当性)について
(1) 被告らの主張
本件石製灯籠用扉の金属製の扉本体12は,装着枠11に取り付けられた蝶番15により回動自在に取り付けられているから(別紙3参照),本件構成Cが,本件発明1の構成要件Cの「蝶番によって前記固定部に対して回動自在に取り付けられた金属製の扉本体」を充足することは明らかである。
(2) 原告の主張
ア 本件発明1の構成要件Cの「前記固定部」とは,内周面押圧方式を用いた「固定部」であり,固定部分である固定板3Eが略円盤状であること,その配設箇所が筒状本体の内部であること,その配設方向が筒状本体に対して水平であることなどの特徴を有している(別紙8参照)。
イ ところが,本件石製灯籠は,挟み込み方式を用いた「固定部」であり,固定部分である装着枠11は略円盤ではなく,その配設箇所は筒状本体内部ではなく,その配設方向も筒状本体に対して垂直である(別紙3ないし7参照)。
ウ よって,本件石製灯籠用扉の本件構成Cは,本件発明1の構成要件Cを充足しない。
4 争点1−4(本件石製灯籠の本件発明4該当性)について
(1) 被告らの主張
本件発明4は,本件発明1の従属形式であるところ,前記第2の2(5)イ,同第3の2(1)及び3(1)のとおり,本件石製灯籠用扉は,本件発明1の構成要件をすべて充足し,本件発明1の技術的範囲に属するから,本件石製灯籠も,本件発明4の構成要件を充足する。
(2) 原告の主張
本件発明4は,本件発明1の従属形式であるところ,前記第3の2(2)及び3(2)のとおり,本件石製灯籠用扉が本件発明1の構成要件B,Cを充足せず,本件発明1の技術的範囲に属しない以上,本件石製灯籠も,本件発明4の構成要件を充足しない。
5 争点2−1(新規性の欠如)について
(1) 原告の主張
ア 有限会社X商店(以下「X商店」という。)が平成7年9月に発行した商品案内(以下「本件カタログ」という。)において,「扉のみタイプ」と記載されているステンレス製供養箱用扉(別紙9参照。以下「本件供養箱扉」という。)は,本件発明1の構成と同一であるところ,本件発明1の構成は,本件カタログ上にそのすべてが開示されており,本件カタログは,本件特許出願当時,一般公衆に広く頒布されていた。
したがって,本件カタログは,特許法29条1項3号の公知文献に当たる。
イ また,本件供養箱扉は,本件特許出願当時,一般公衆に広く販売されており,本件発明1は公然と実施されていた(特許法29条1項2号)。
ウ さらに,有限会社Y製作所が平成11年2月に発行した商品案内において,「KB−3301」又は「KB−3201」と記載されている線香・ロウソク立て防風扉(別紙10参照。以下,両商品を併せて,「本件防風扉」という。)についても,本件供養箱扉と同様,本件発明1の構成と同一である上,本件特許出願当時,一般公衆に広く販売されており,本件発明1は公然と実施されていた(特許法29条1項2号)。
エ よって,本件発明1には,新規性の欠如による無効理由(特許法123条1項2号,29条1項2号,3号)が存在する。
(2) 被告らの主張
ア 本件供養箱扉は,本件カタログ上,正面から撮影した写真が掲載されているのみであり,同カタログから,本件供養箱扉の具体的な技術的構成,用法,石製供養箱本体への取付方法などを読みとることは一切できない。
したがって,本件カタログが公知文献に当たらないことは明らかである。
イ また,原告は,本件発明1が,本件特許出願当時,公然と実施されていたことを示す適切な証拠を提出していない。
ウ よって,本件発明1が,新規性を欠く発明であるとは到底いえない。
6 争点2−2(進歩性の欠如)について
(1) 原告の主張
ア 本件発明1の効果は,@ 長時間使用しても扉の色が変色することがなく,ロウソクの火によって扉が溶けることがないこと,A 金属及びガラスによって構成された扉は,従来の合成樹脂製扉に比べて十分な重量を有していることから,風によって飛散して紛失するといった問題が生じないこと,B 扉本体を蝶番により水平あるいは垂直方向に回動自在としたので,石製灯籠の開口部に対する扉本体の開閉構造を簡素化することができ,扉本体を開閉しやすくなっていることの3点であるところ,本件供養箱扉及び本件防風扉の効果は,上記効果と同一である。
イ また,本件発明1と本件供養箱扉及び本件防風扉とは,石製灯籠用扉であることにおいて技術分野が同一である。
ウ したがって,本件供養箱扉及び本件防風扉に接した当業者は,円筒状の石製灯籠に用いられる石製灯籠用扉において,本件供養箱扉及び本件防風扉の構成を用いることを当然に着想するところであって,かかる事項は,当業者であれば,極めて容易に想到し得るものである。
エ そして,石製灯籠用扉の石製灯籠への取付方法は,それが石製灯籠用扉を石製灯籠に動かないように取り付けるものであれば足りるところ,接着剤を用いたり,内周面押圧方式又はその他の公知の取付方法を用いて,当該構成に係る石製灯籠用扉を円筒状の石製灯籠に固定することは,当業者であれば極めて容易に行い得るものである。
オ よって,本件発明は,進歩性の欠如による無効理由(特許法123条1項2号,29条2項)が存在する。
(2) 被告らの主張
ア 本件供養箱扉は,本件カタログ上,正面から撮影した写真が掲載されているのみであり,同カタログから,本件供養箱扉の具体的な技術的構成,用法,石製供養箱本体への取付方法などを読みとることは一切できない。
イ また,本件明細書には,「石製灯籠に対して固定可能な固定部」と記載されているところ,「固定可能な」という文言及び明細書に記載された技術事項からすれば,「固定部」自体が石製灯籠に対して能動的に作用して固定されることを意味しているというべきであるところ,本件供養箱扉は,接着剤という別の構成物を用いることで初めて石製供養箱本体に固定されるものであり,本件供養箱扉自体が石製供養箱本体に対して固定可能なものではない。したがって,本件供養箱扉は,石製灯籠と金属製扉本体を能動的に固定することを前提とする本件発明と本質的に相違する。
ウ よって,本件発明が,本件特許出願当時において,本件供養箱扉及び本件防風扉から容易に想到し得る発明であったとは到底いえない。
7 争点3(無効理由の存在と本件認定処分の違法性)
(1) 原告の主張
ア 平成16年法律第120号による改正後の特許法(以下,「改正特許法」ということがある。)104条の3第1項は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定しており,無効理由の明白性を要求していないところ,本件には改正特許法が適用される。
イ したがって,本件においては,本件特許に無効理由が存在することが明らかであることまでは要求されず,無効理由が存在することのみをもって,直ちに,本件認定処分が権限濫用に当たることとなるというべきである。
ウ また,仮に,本件において,改正特許法104条の3第1項の適用がないとしても,本件特許に無効理由が存在することは明らかであるから,いずれにせよ,本件認定処分は権限濫用に当たる。
エ 後記被告らの主張アは争う。
(2) 被告らの主張
ア 特許の無効理由の存否と認定処分の適法性との関係
(ア) 特許権は,無効審決が確定するまでは適法かつ有効に存続し,対世的に無効とされるわけではない。
それゆえ,たとえ本件特許に無効理由が存する(ことが明らかである)としても,被告が本件特許を有効なものとして扱い,本件各物品が本件特許を侵害する物品に該当するとした本件認定処分の適法性は,何ら影響を受けるものではない。
(イ) また,特許の有効,無効の判断は,第1次的には特許庁にあり,税関長は,無効審決が確定するまでは,特許が有効であることを前提として,疑義貨物が当該特許権を侵害する物品であるか否かを判断するほかない。
(ウ) したがって,仮に,本件特許に無効理由が存在する(ことが明らかである)としても,本件認定処分が瑕疵を帯びるものではない。
イ 無効理由の存在の明白性
(ア) 本件に改正特許法104条の3第1項の適用があるとの原告の主張は争う。
(イ) 最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決は,「当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されない」旨判示している(民集54巻4号1368頁参照)。
(ウ) 上記「無効理由が存在することが明らかであるとき」とは,無効審判請求がされた場合には無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合をいうと考えるべきであるところ,本件は,かかる場合には当たらない。
(エ) したがって,仮に,本件特許に無効理由が存在するとしても,無効理由が存在することが明らかでない以上,本件認定処分は何ら権限濫用には当たらない。
第4 当裁判所の判断
1 争点2−2(進歩性欠如)の検討
(1) はじめに
原告は,本件発明1が進歩性を欠く発明である旨主張する。そこで,まずは,当業者であれば,本件供養箱扉が掲載されている本件カタログから,本件発明1を容易に想到可能であったのか否かについて検討する。
(2) 本件発明の技術的本質
ア 本件明細書(甲1)に記載されている「本件発明が解決しようとする課題」は,次のとおりである。
「従来の石製灯籠は,開閉扉が合成樹脂製であるために,長期使用すると,透明な合成樹脂の色が白色に変化してしまうという問題があった。また,開閉扉が合成樹脂製であるために灯籠内部に設置されたロウソクの火によって溶けてしまうことがあるという問題があった。しかも,開閉扉が合成樹脂製であり扉自体が軽量であるために,風によって灯籠から外れて飛散して紛失してしまうことが多いという問題があった。本発明の課題は,上記従来の問題を解消することにあり,扉の色が長期使用しても変化することがなく,更に,扉が灯籠内部のロウソクの火によって溶けることがなく,しかも,扉が風によって飛散して紛失することを防ぐことができる石製灯籠と石製灯籠用扉を提供することにある。」
イ 本件明細書(甲1)に記載されている,本件発明1の「発明の効果」は,次のとおりである。
「請求項1(本件発明1)にかかる石製灯籠用扉によれば,扉本体が金属で形成されるとともに,扉本体の窓部にガラスを取り付けているので,長期使用しても扉の色が変化することがなく,更に,ロウソクの火によって扉が溶けることがなく,しかも,このように構成された扉は,従来の合成樹脂製扉に比べて十分な重量を有していることから風によって飛散して紛失するといった問題は生じない。更に,扉本体を蝶番によって水平あるいは垂直方向に回動自在としたので,石製灯籠の開口部に対する扉本体の開閉構造を簡素化することができ,扉本体を開閉し易くなっている。」
ウ 上記本件明細書の記載によれば,本件発明以前の石製灯籠用扉は,扉が合成樹脂製であるため,長期使用により,透明な窓が白色に変化してしまうこと,ロウソクの火によって溶けてしまうこと,風によって石製灯籠本体から外れて飛散してしまうことといった問題点があり,本件発明1は,石製灯籠用扉に金属とガラスを用いることにより,上記問題点を解決することとしたものと認められる。
そして,石製灯籠用扉に金属とガラスを用いると,扉全体の重量が増すことから,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを強固に固定する必要があり,そのために,本件発明1は,「固定部」を用いて,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを固定することとし,それに加えて,「固定部」と石製灯籠用扉とを蝶番でつなぐことにより,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを固定したまま,同扉を自由に開閉できるようにしたものと認められる。
エ したがって,本件発明1の技術的本質は,@ 石製灯籠用扉に金属とガラスを用いること(以下「技術的本質1」という。),A @により十分な重量を有することとなった石製灯籠用扉を石製灯籠本体に固定すること(以下「技術的本質2」という。),B 蝶番を用いることにより,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを固定したまま,同扉を自由に開閉できるようにすること(以下「技術的本質3」という。)にあるものと認められる。
(3) 本件カタログの記載等
ア 本件供養箱扉の構造
甲50号証,54号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば,本件供養箱扉の構造は次のとおりであると認められる。
(ア) 本件供養箱扉は,本件カタログの「ステンレス製供養箱」のページに,「扉のみタイプ」の名称で,写真が掲載されているところ(別紙9参照),本件供養箱扉は,正面視の形状が横長の長方形であるステンレス製枠(以下「ステンレス枠」という。)と扉部とからなっている。
(イ) 扉部は,ステンレス枠を正面視した場合にステンレス枠の右側半分の位置に配置される右扉部と,固定枠の左側半分の位置に配置される左扉部との2枚の扉からなっている。
(ウ) 右扉部は,右扉部扉枠の右側枠部分の上下2か所に設けられた蝶番により,ステンレス枠の右側枠部分に水平方向に回動自在に取り付けられている。また,左扉部は,左扉部扉枠の左側枠部分の上下2か所に設けられた蝶番により,ステンレス枠の左側枠部分に水平方向に回動自在に取り付けられている。
(エ) また,本件カタログ(甲50)からは,本件供養箱扉が石製の供養箱に取り付けて用いられるものであることを読みとることができる。
すなわち,本件カタログのステンレス製供養箱のページ(別紙9)には,「No.200タイプ」及び「No.300タイプ」として,金属製の供養箱に金属製の扉が取り付けられた状況を撮影した写真がそれぞれ掲載されているところ,その上には,上記金属製の供養箱が石製の供養箱に取り付けられている状況を撮影した写真が2枚掲載されている。
上記写真からは,金属製の扉付きの金属製の供養箱は,石製の供養箱に挿入して用いるものであることを見てとることができるところ,本件供養箱扉は,金属製の供養箱が付いていないのであるから,本件供養箱扉自体を何らかの方法によって石製の供養箱に直接取り付けて用いるものであることを容易に理解することができる。
イ 本件カタログの頒布状況について
甲50号証によれば,本件カタログは,X商店が平成7年9月に発行したものであると認められるところ,本件特許出願日が同8年7月23日である(前記第2の2(1)ウ)ことからすれば,本件カタログは,本件特許出願当時,一般公衆に広く頒布されていたものであると認められる。
ウ 本件カタログにより明確でない構造部分
もっとも,本件カタログ(別紙9参照)上には,上記アの本件供養箱扉の構造がすべて明らかにされているわけではない。すなわち,本件供養箱扉の右扉部扉枠と左扉部扉枠には,ガラスが嵌合されているが,本件カタログ上は,ガラスが嵌合されているか否か明らかではない。
また,2つのステンレス製の扉枠を開口部に固定して使用するものであることは見てとることができるものの,固定の方法については明確でない。
(4) 本件発明1と本件供養箱扉の相違点
ア 前記第2の2(3)及び上記(3)からすれば,本件発明1と本件カタログ上に表現されている本件供養箱扉との間には,次の相違点(ないしは同一であるか否かが明らかでない点)を指摘することができる。
(ア) 本件発明1は,扉の窓部にガラスが取り付けられているところ,本件カタログ上は,本件供養箱扉の窓部にガラスが取り付けられているのか否か明らかではない(以下「相違点1」という。)。
(イ) 本件発明1は,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを固定する手段として,「固定部」を用いているところ,本件カタログ上は,「固定部」に相当する部分が存在するのか否かを含め,本件供養箱扉と供養箱本体とを固定するのに,いかなる手段を用いているのか明らかではない(以下「相違点2」という。)。
イ そこで,以下,上記相違点を前提に,当業者が,公知技術,周知技術を参酌して,本件カタログに掲載された本件供養箱扉から本件発明1に想到し得たかどうか,具体的には,本件発明1の技術的本質3点(上記(1)エ)に想到し得たかどうかについて検討する。
(5) 本件発明1への想到性の検討
ア 技術的本質1について
(ア) 技術的本質1は,石製灯籠用扉に金属とガラスを用いることであるところ(相違点1),本件カタログ(甲50)の「お線香・ローソクの火を雨や風から守ります。」との記載(別紙9参照)からすれば,本件供養箱扉の扉枠には,線香やロウソクの火を雨や風から守るために,プラスチックやガラスなどの透明な素材が嵌合されていることを容易に推察することができる(このことは,仮に,扉枠に何も嵌合されていないとすれば,およそ本件供養箱扉を供養箱本体に取り付ける意味がない〔何も嵌合されていなければ,雨や風を防ぐ効果を発揮することはできない。〕ことからも明らかである。)。
(イ) そして,甲33ないし35号証によれば,本件特許出願当時,石製灯籠や供養箱を含む墓前用ロウソク台の扉部分にガラスを用いることは,周知の技術思想であったと認められる。
(ウ) 以上より,技術的本質1は,本件特許出願当時,当業者にとって,容易に想到可能な事項であったことは明らかであるから,技術的本質1には進歩性が認められない。
イ 技術的本質2について
(ア) 本件発明1は,石製灯籠用扉本体と蝶番でつながっている固定部を,内周面押圧方式によって,石製灯籠本体に固定しているところ,本件カタログ上は,本件供養箱扉と石製の供養箱とをどのように固定するのかが,一切記載されていない(相違点2)。
(イ) この点,本件カタログ上は,本件供養箱扉本体の上部及び側部に,扉本体以外の金属製の物体(実際には,横長の長方形のステンレス枠である。)が付属していることを見てとることができるところ,扉本体と石製の供養箱本体とを直接固定してしまうと,扉本体が開閉機能を果たさなくなってしまうことは明らかであるから,供養箱本体に取り付けられるのは,本件供養箱扉本体ではなく,ステンレス枠であると容易に理解することができる(このことは,ステンレス枠の全景が本件カタログ上に掲載されているか否かにかかわらず,容易に理解することができる。)。
(ウ) そして,本件カタログ上は,ステンレス枠をいかなる方法により,供養箱本体に固定するのかについては明らかになっていないが,ステンレス枠と供養箱本体とを接着剤で固定することは,特段の工夫も必要とせずになせることであり,誰でも容易に思いつく固定方法である。
(エ) また,内周面押圧方式及び挟み込み方式は,本件特許出願当時,当業者が,公知技術,周知技術を参酌して,適宜実施することが可能であった(前記第2の2(6))。
(オ) さらに,弁論の全趣旨によれば,上記固定方法以外にも,物体と物体とをネジで固定する方法などは,本件特許出願当時,広く一般に周知されている技術であったと認められる。
(カ) 以上の諸点にかんがみれば,本件特許出願当時,当業者が,接着剤を用いたり,内周面押圧方式などの周知技術を参酌して,ガラスが嵌合された金属製の扉を石製灯籠本体に固定することは容易に想到可能であったと認めるのが相当である。
(キ) この点,被告らは,「固定部」は,石製灯籠に対して能動的に作用して固定されることを意味しているから,接着剤を用いて初めて石製灯籠本体に固定されるようなものは,本件発明と本質的に相違する旨主張する。
しかし,本件明細書には,「石製灯籠に対して固定可能な固定部」と記載されているのみであり,「固定機能を有する固定部」などと固定部の機能を限定して記載されているわけではない。
したがって,本件明細書からは,「固定部」自身が能動的に作用するようなものとして記載されていると読みとることはできず,接着剤を用いて初めて固定されるようなものについても,本件発明と本質的な違いはないと考えるべきであるから,この点に関する被告らの主張は採用できない。
(ク) まとめ
以上より,技術的本質2についても,本件特許出願当時,当業者にとって,容易に想到可能な事項であったと認められるから,進歩性は認められない。
ウ 技術的本質3について
(ア) 技術的本質3は,蝶番を用いることにより,石製灯籠用扉と石製灯籠本体とを固定したまま,扉を自由に開閉できるようにすることであるが,一般的に,蝶番は,物体と物体とを固定したまま,物体同士を自由に開閉できるようにすることを目的とするものであるから,技術的本質3において最も重要な点は,扉の開閉に蝶番を用いる点にあるものと認められる。
(イ) そして,本件供養箱扉についても,本件カタログ上から,扉の開閉には蝶番が用いられていることを見てとることができ,本件特許出願当時,石製灯籠用扉と石製灯籠本体との開閉に蝶番を用いることは,当業者にとって容易に想到可能な事項であることは明らかであったものと認められる。
(ウ) 以上より,技術的本質3についても,本件特許出願当時,当業者にとって,容易に想到可能な事項であったと認められるから,進歩性は認められない。
(6) まとめ
ア 以上のとおり,本件特許出願前に頒布された刊行物である本件カタログに掲載された本件供養箱扉と本件発明1との相違点はいずれも大きなものではなく,これらの相違点の存在を前提としても,当業者であれば,本件供養箱を前提として,これを周知技術と組み合わせることによって,容易に本件発明1に想到し得たものというべきである。
イ よって,本件発明1は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本件特許には,同法123条1項2号の無効理由が存在する。
2 争点3(無効理由の存在と本件認定処分の違法性)の検討
(1) 被告らは,特許権は,無効審決が確定するまでは適法かつ有効に存続し,対世的に無効とされるわけではないこと,特許の有効,無効の判断は第1次的には特許庁にあることを理由に,被告が,本件特許を有効なものと扱い,本件認定処分を行ったことに何ら違法はない旨主張する。
(2) 確かに,特許法は,特許に無効理由が存在する場合に,これを無効とするために専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし(同法123条1項,178条6項),無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしている(同法125条)。したがって,特許権は,無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し,対世的に無効とされるわけではない。
(3) しかし,証拠(甲28の1)によれば,本件各物品についての認定手続(関税定率法21条4項)は,前権利者の申立て(同法21条の2第1項)に基づき開始されたことが窺えるが,このように特許権の権利者の申立てに基づき開始された認定手続を経て,当該貨物を同法21条1項5号に定める特許権侵害物品と認定する認定処分(同法21条6項)がなされて輸入が差し止められた場合,当該特許権に無効理由が存在していても,無効審決が確定していない限り,当該貨物を輸入しようとする者が,当該認定処分取消訴訟を提起しても,同特許権に無効理由が存在することを理由に同認定処分の適法性を争えないとすることは,特許権者に過度の保護を与える反面,貨物輸入申告者に不当な不利益を与えるもので,衡平の理念に反するというべきである。税関長のする認定手続申立人に対する供託命令(関税定率法21条の3)によっても,この衡平は回復し難い。また,認定処分取消訴訟の受訴裁判所が,無効審判の帰趨をみた上で判決する運用をすることも考えられるが,そうすると,当該貨物の輸入申告者は,認定処分を争うためには無効審判の申立てをすることを事実上強制されることになるし,認定処分取消訴訟
が遅延することも必至である。
加えて,認定処分制度の趣旨は,特許権者その他の知的財産権者の権利を保護する点にあるが,改正特許法104条の3第1項によれば,いわゆる侵害訴訟において,当該特許が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。そうすると,特許権に無効理由が存在し,侵害訴訟において,特許権者の権利行使が制限されるような場合にまで,税関長が,認定処分を行う必要性も合理性も存しないというべきである。このことは,当該認定手続が特許権者からの申立てにより開始されたか否かにより変わりはない。
以上の諸点からすると,関税定率法21条1項5号の「特許権」とは,すべての特許権を指すのではなく,無効理由の存在しない特許権を指すものと解するのが相当であり,輸入しようとした貨物が同号にいう特許権侵害物品に当たるとの理由で認定処分を受けた者は,同認定処分取消訴訟において,同認定処分の根拠となった特許権に無効理由が存在することを理由に同認定処分の違法を主張することができると解すべきである。もとより,これは認定処分をした税関長又は国と認定処分の相手方との間において,無効理由の存在が当該認定処分の違法理由となるというにとどまる。
なお,被告らは,無効理由の存在が「明らかである」ことを要すると主張するが,改正特許法104条の3第1項が無効が「明らかである」ことを特許権者等の権利制限の要件としていないことに照らしても,採用できない。
(4) 以上によれば,本件特許には進歩性欠如の無効理由が存在するから,本件認定処分は違法というべきである。
第5 結 論
1 以上の次第で,本件特許には,特許法123条1項2号の無効理由が存在し,本件認定処分は違法であるから,取消しを免れない。
2 よって,原告の本件認定処分取消請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 佐 藤 明
裁判官 今 中 秀 雄
裁判官 向 井 宣 人
(別紙)
疑義貨物目録
1 墓石配件−窓枠 K型 1880PCS
2 ?独立前開型 30PCS
3 墓石配件−窓枠SRI型 500PCS
4 KB−62 ROUSOKUDAIAKARI−M
54SET(108PCS)
別紙1 補正前(当初明細書)における特許請求の範囲の記載
│請求項│ 特許請求の範囲の記載 │
│ 1 │ 前側所定箇所が開口された筒状本体部と, │
│ │ 前記筒状本体部の開口部を開閉し,少なくとも1つの窓部を有する金│
│ │属製の扉と, │
│ │ 前記筒状本体部の下部近傍箇所に配置された固定部と, │
│ │ 前記固定部の上面に配置されたロウソク立てとを備え, │
│ │ 前記扉が,前記固定部に保持され開口部から前側に突出した部分に蝶│
│ │番によって水平方向に開閉可能に取着されている │
│ │ ことを特徴とする石製灯籠。 │
│
2 │ 前側所定箇所が開口された筒状本体部と, │
│ │ 前記筒状本体部の開口部を開閉し,少なくとも1つの窓部を有する金│
│ │属製の扉と, │
│ │ 前記筒状本体部の下部近傍箇所に配置された固定部と, │
│ │ 前記固定部の上面に配置されたロウソク立てとを備え, │
│ │ 前記扉が,前記固定部に保持され開口部から前側に突出した部分に蝶│
│ │番によって上下開閉可能に取着されている │
│ │ ことを特徴とする石製灯籠。 │
│
3 │ 前記ロウソク立ては,扉の開閉に連動する連動手段によって,扉の開│
│ │閉に伴って開閉時には筒状本体部の中央部に位置し,開扉時には筒状本│
│ │体部の開口部から外側に位置するように構成されている │
│ │ ことを特徴とする請求項1又は2に記載の石製灯籠。 │
│
4 │ 請求項1〜3の石製灯籠に用いられる扉であって,扉本体が金属で形│
│ │成され, │
│ │ 少なくとも1つ設けられた窓部には,ガラスが取着されている │
│ │ ことを特徴とする石製灯籠用扉。 │
別紙2 補正後(本件明細書)における特許請求の範囲の記載
│請求項│ 特許請求の範囲の記載 │
│ 1 │ 石製灯籠の開口部を開閉するための石製灯籠用扉であって,前記石製│
│ │灯籠に対して固定可能な固定部と, │
│ │ 蝶番によって前記固定部に対して回動自在に取り付けられた金属製の│
│ │扉本体と, │
│ │ 前記扉本体に設けられた窓部に取り付けられたガラスとを備え, │
│ │ 前記固定部が前記石製灯籠に固定されると,前記扉本体および前記ガ│
│ │ラスが一体的に前記開口部に対して開閉自在となっている │
│ │ ことを特徴とする石製灯籠用扉。 │
2 │ 前記固定部の上面側に配置されたロウソク立てと, │
│ │ 前記扉本体およびガラスが一体的に前記開口部に対して開閉動作する│
│ │と,その開閉動作に連動して前記ロウソク立てを移動させて閉扉時には│
│ │前記石製灯籠内に位置させる一方,開扉時には前記石製灯籠の開口部か│
│ │ら外側に位置させる連動手段とをさらに備える │
│ │ 請求項1記載の石製灯籠用扉。 │
│ 3 │ 前記固定部は,その両端部が前記石製灯籠の内周部と当接可能に構成│
│ │されている当接部材と,前記当接部材に対して進退移動自在に取り付け│
│ │られたネジ部とを備え,前記石製灯籠の内周部に前記当接部材の端部お│
│ │よび前記ネジ部の先端部が当接して固定される │
│ │ 請求項1または2記載の石製灯籠用扉。 │
│ 4 │ その側面に開口部が形成された灯籠本体部と, │
│ │ 請求項1ないし3のいずれかに記載の石製灯籠用扉とを備え, │
│ │ 前記固定部が前記灯籠本体部に対して固定され,前記扉本体および前│
│ │記ガラスが一体的に前記開口部に対して開閉自在となっている │
│ │ ことを特徴とする石製灯籠。 │