H18. 2.27 知財高裁 平成17(行ケ)10067 特許権 行政訴訟事件

平成17年(行ケ)第10067号 審決取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第199号)
口頭弁論終結日 平成18年2月22日
                   判決
     
             原告                   有限会社東伸計測
             代表者取締役   
     
             原告                   日本弗素工業株式会社
             代表者代表取締役   
             上記両名訴訟代理人弁理士 井  澤      洵
             同                    井  澤      幹
     
             被告                   エスケーエイ株式会社
             代表者代表取締役   
             訴訟代理人弁理士       松  永  孝  義
             同                    飯 塚 向日子
             同    弁護士       小  山     香
                   主文

         1 特許庁が無効2003−35170号事件について平成16年3月30日にした審決のうち,特許第3319592号の請求項1に係る発明についての特許を無効とするとの部分を取り消す。
         2 原告らのその余の請求を棄却する。
         3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。
                   事実及び理由
第1 請求
    特許庁が無効2003−35170号事件について平成16年3月30日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
    本件は,原告らが有し請求項が1ないし2から成る後記特許につき,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,特許権者である原告らがその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
 1 請求の原因

   (1) 特許庁における手続の経緯
      原告らは,平成12年6月5日,名称を「会合分子の磁気処理のための電磁処理装置」とする発明について特許出願をし,平成14年6月21日,特許庁から特許第3319592号として設定登録を受けた(請求項1ないし2。甲8。以下「本件特許」という。)。
      これに対し被告から特許無効審判請求がなされ,特許庁はこれを無効2003−35170号事件として審理した上,平成16年3月30日,「特許第3319592号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その審決謄本は平成16年4月9日原告らに送達された。
      なお,特許庁は,平成17年12月26日に至り,本件審決に明白な誤りがあったとして,職権により,上記結論を「特許第3319592号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」とする等の更正決定をした。

   (2) 発明の内容
      本件特許に係る発明の内容は,下記のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」といい,これらを併せて,単に「本件発明」という。)。
                                   記
     【請求項1】 移動する被処理物中に含まれる会合分子の磁気処理のための装置であって,通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付け,一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させることを特徴とする会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。
     【請求項2】 電気回路は,磁束方向が互いに逆向きとなるように2重のコイルを制御するものであり,かつ磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返すように構成されている請求項1記載の会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。

   (3) 審決の内容
      審決及び更正決定の各内容は,別紙のとおりである。
      その理由の要旨は,本件特許明細書(甲8)の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載されていないのみならず,特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載されておらず,また明確とはいえないから,本件発明の新規性・進歩性を判断するまでもなく,本件特許は,特許法36条4項及び6項の規定に違反して無効である等としたものである。
   (4) 審決の取消事由
      しかしながら,本件特許は特許法36条4項,6項の規定に違反しているとはいえないから,審決は違法として取り消されるべきである。なお,被告が請求項2に係る部分の無効審判請求の請求人適格を喪失したことは,取消事由3で述べるとおりである。

     ア 取消事由1(本件発明1に関する特許法36条4項,6項の要件判断の誤り)
       (ア) 審決は,「本件特許明細書の段落【0007】の「抑制されたイオン励起状態の下で,分子会合を解いて,物質の活性度を回復可能とすること」における「抑制されたイオン励起状態」の技術的意味が,本件特許明細書に記載されておらず,本件発明が解決すべき課題が不明確であり,当業者がその実施を容易にできる程度に発明が明確に記載されているとは云えない。」(5頁38行〜6頁3行)と判断しているが,次に述べるとおり誤りである。
         a 審決が,前記判断の前提として,「励起状態」が「基底状態にあった固有状態の電子が不安定な高エネルギー状態に移動した状態」を意味することは,本訴甲4(審判乙6の1),本訴甲5(審判乙6の2)に開示されるように,本件特許出願時において周知の事項であると認定しているが(5頁13行〜17行),エネルギー状態が不安定かどうかは,電子軌道の最外殻が閉殻しているかどうかで決まることであるから,審決の上記認定は誤認というほかない。

            そして,審決は,このような誤認に基づいて,「本件特許明細書には「抑制された励起状態」が具体的にどのような「励起状態」であって,該状態とするための「より低いエネルギーレベル」とはどの程度かについて何ら記載がなく,先行技術に記載される「高エネルギーレベルでの磁気処理」との区別が明確でない。」と認定しているが(5頁17行〜20行),本件特許明細書(甲8)は,先行技術は高エネルギーレベルで,それが負の作用を為すと認識し(段落【0008】),これに対比する表現として,より低いエネルギーレベル,つまり抑制されたイオン励起状態という文言を使用しているのであるから,高エネルギーレベルは励起を伴っている状態を,低いエネルギーレベルは励起が抑制されている状態を指すものと表現していることと理解することができ,両者の区別は明確である。
            また,本件特許明細書の実施例1〜4には,60アンペアターンないし144アンペアターンという特定のエネルギーレベル状態では,励起が抑制されている状態であること,すなわち「抑制されたイオン励起状態」であることが具体的に記載されている。
         b 以上のとおり,「抑制されたイオン励起状態」の技術的意味は,イオン励起の抑制された状態を示すことを本件特許明細書に記載されているから,審決の前記判断は,誤りである。
       (イ) 審決は,本件特許明細書中に記載される課題を解決すべき手段と,実施例における「電磁処理装置」との関連が不明であり,「負の作用を起こさない抑制されたイオン励起状態の下で分子会合を解いて物質の活性度を顕著な段階にまで回復することができる」という本件特許発明の効果(段落【0026】)が実証されていないとして,「本件特許明細書には,本件発明における課題を解決すべき手段をその作用効果が関連づけて記載されているとは認められず,結果として本件発明が不明確である。」(7頁11行〜13行)と判断しているが,次に述べるとおり誤りである。

         a 審決は,前記判断の理由として,「課題を解決すべき手段」では,通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付けるとしているが,「実施例」では,コイルを2重に巻き付けることについての説明がないこと,「課題を解決すべき手段」では,一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させるとしているが,「実施例」では,磁束方向を変化させるための具体的な方法についての説明がないことなどを挙げる。
            しかし,本件特許明細書(甲8)の段落【0013】には,使用される処理液の活性化のために本件発明を実施する場合,多重のコイルは被処理物である処理液が流れる管路に巻き付けて設置することができること,図1はその例示であり,実線で示された1番コイル11と破線で示された2番コイル12とは管路10の外周面を巻き胴として,2本の導線を同時に巻き付けるようにして形成することができること(すなわち,2重に巻き付けること)が記載され,【図面の簡単な説明】(5頁)には,図1は「本発明に係る会合分子の磁気処理のための電磁処理装置の一つの実施例を示す説明図」であることが記載されており,本件特許明細書は,実施例の一つが図1に示された構成を有することを明らかにしている。

            また,本件特許明細書には,図1の2重コイルに通電した場合に得られる磁束13,14は,図2に示したように管路10の流れと平行の方向となること(段落【0014】),図3が制御装置15の例示であり,図中検出部は管路を流れる液の状態,磁束密着(注・密度の誤記),極性変換のための交流電流周波数を絶えず観測すること(段落【0015】),磁気処理部は周波数設定回路によって直接制御可能とすることができ,周波数設定回路の1例が図4であること(段落【0016】),その上で【実施例1】として,図5に示すめっき槽20を使用した実験例,吐出側配管24に本件発明に係る電磁処理装置(図3,図4における磁気処理部)25を取り付けて,電解めっき処理を行ったこと(段落【0017】)などが記載されている。
            このように本件特許明細書の段落【0013】〜【0016】及び図1〜図4には,本件発明に係る電磁処理装置の実施例及びその実施の結果が記載されている。
            審決は,「実施例」ではコイルを2重に巻き付けることについての説明がないというが,コイルを2重に巻き付けることについての説明は電磁処理装置の説明中にあり,実施例1〜4においても,その説明と同じく2重に巻き付けるからこそ説明が省略されていることは,本件特許明細書の発明の実施の形態の記載から理解できることである。そして,実施例1では,図3,図4における磁気処理部と同じ電磁処理装置25を取り付けて電解めっき処理を行ったことを記載しており,その磁気処理部は,図4とともに「極性と磁束の単位時間当たりの変化即ち周波数と密接に関係するため,これらを適切な値に設定するものであ」り(本件特許明細書の段落【0016】),その上で実施例1などに周波数が記載されているから,装置の実施例の説明を基礎としてこそ,実施例1などの周波数の意味を了解できるものである。

            また,審決は,「実施例」では磁束方向を変化させる具体的な方法について説明がないというが,それはスイッチを入れるとか,回路を接続するとかいうようなことは特に説明するまでもないことであるから言及しなかったのであって,明細書の記載不備を問題にするようなことではない。
            なお,コイルの通電方向を逆にするということは直流の場合にのみ意義があり,本件発明1における一方の電気回路と他方の電気回路が逆向きに作動するように通電を制御することは,方向が一定の直流でなければならないことであり,そのまま無条件に直流を限定していることになる。
            以上のとおり,本件特許明細書には,本件発明1における課題を解決すべき手段をその作用効果と関連づけて記載されており,特許を無効とすべきほどに不明確な点はないというべきである。

         b そして,そもそも明細書に,容易に発明を実施することができる程度にその発明の目的,効果が記載されている以上,その理論的根拠まで明らかにすることは,特許法36条4項の要求するところではないのであるが(東京高判昭和52年10月27日・無体財産関係民事・行政裁判例集9巻2号634頁),本件発明1の場合,発明の効果の実験的裏付けは,本件特許明細書記載の実施例及び比較例によって明らかにされているから,特許法36条4項の要件を具備していることは一層明らかである。
     イ 取消事由2(本件発明2に関する特許法36条4項,6項の要件判断の誤り)
        審決は,「特許請求の範囲の請求項2「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」との事項のうち,「150アンペアターン以上」については本件特許明細書に記載がなく,また「毎秒」についてはその意味が明確でないことから,該事項の意義が本件特許明細書に記載されているとは云えず,本件明細書の請求項2に記載される発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとは認められず,しかも当該発明の技術的意義も明確とはいえない。」(4頁14行〜20行)と判断しているが,次に述べるとおり誤りである。

       (ア) まず,アンペアターンは巻数とアンペア数(電流)の積であり,本件特許明細書(甲8)には,実施例1の60アンペアターンから実施例4の144アンペアターンまでが記載されている。また,アンペアターンは起磁力の単位であるから大きいほど磁力も大きく,流向に対して直交する磁束方向となる。甲6記載の先行発明では効果の低下する結果となったが,流向と平行の磁束方向を持つ本件発明の場合,60アンペアターンでも実施例1にみるとおりの効果があり,120アンペアターン,さらに144アンペアターンと起磁力を上昇させるとそれだけ電流効率も向上した。このような実施例1ないし4を実績として,アンペアターンを実施例以上にすれば更に効率が向上するものと考えられるため,請求項2では「150アンペアターン以上」と記載したものであり,このような考え方によって数値範囲を限定しようとすることは,多くの明細書においてよくみられることであり,明細書の記載不備の理由とされるべきものではない。
       (イ) また,アンペアターンが巻数と電流の積であるのは明らかなことであるから,「毎秒」が「反転を繰り返す」にかかっていることも文理上明らかである。しかも,本件特許明細書の段落【0016】には,周波数設定回路の説明の中に,「周波数設定回路は,・・・合分子の大きさが,極性と磁束の単位時間当たりの変化即ち周波数と・・・,これらを適切な値に設定するものである。」と記載され,各実施例には,周波数2000Hzなどと記載され,かつ審決にも「毎秒2000回反転を繰り返すことが実施例に記載がある」と認識されていることから,本件特許明細書に,「毎秒,反転を繰り返す」ことについての記載がないとはいえない。
       (ウ) 以上のとおり,本件発明2(請求項2)における「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」という事項の意義は本件特許明細書に記載されており,発明の技術的意義も明確であるから,審決の前記判断は誤りである。

   ウ 取消事由3(本件発明2に係る特許無効審判請求の請求人適格の喪失)
      原告らは,平成18年2月14日付けで本件特許のうち本件発明2(請求項2)につき放棄をし,同年2月16日付けで特許権の一部抹消登録の手続をしたから,被告は請求項2に係る部分の無効審判請求の請求人適格を喪失した。
      したがって,被告の請求項2に係る部分の無効審判請求は,審決をもって却下されるべきであるから(特許法135条),本件発明2についての特許を無効とした本件審決は違法である。
 2 請求原因に対する認否
    請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
 3 被告の反論
   (1) 取消事由1(ア)に対し
     ア 審決は,「「励起状態」が,光,熱,電場,磁場などの外場により電子のスピンエネルギーが高くなり,基底状態にあった固有状態の電子が不安定な高エネルギー状態に移動した状態を意味することは,被請求人が提出した乙第6号証の1ないし2(判決注・本訴甲4,5)に開示されるように,本件特許出願時において周知の事項であると認められる」と判断し,不安定なのは「原子や分子」でなく外部エネルギーにより原子核から遠く離れた「電子」が不安定であると述べているものであるが,「化学大事典 第9巻」(乙5)の869頁には,「励起状態」について「原子,分子などの力学系の取りうる状態のうち,エネルギーの最も低い状態(基底状態)に対して,それよりエネルギーの高い状態をいう。原子,分子などは熱,光,放射線などにより励起状態に励起される」と記載されているので,審決の上記判断に誤りはない。

     イ 審決は,以下に述べる疑問点などが本件特許明細書に記載されていないことに基づいて,本件特許明細書の段落【0007】の記載が不明確であることを指摘しているものであり,審決に原告ら主張の誤りはない。
       (ア) 本件発明の実施例である電解めっき処理又はエッチング処理において,どの分子が「会合分子」であり,「抑制されたイオン励起状態」をどのように確認したのか,本件特許明細書の記載からは全く不明である。
          すなわち,本件特許明細書の段落【0005】〜【0007】の「無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法では,高エネルギーレベルのイオン励起状態が負の作用をなす」における「高エネルギーレベルのイオン励起状態」がいかなる状態であるのか具体的なデータによる説明がされていないし,「負の作用をなす」のかについての説明も,根拠も開示されていない。

       (イ) また,原告ら主張の「より低いエネルギーレベル」とはどのようなエネルギーレベルであるのか具体例の説明がなく,理解不能である。
          さらに「抑制されたイオン励起状態の下で,分子会合を解いて,物質の活性度を回復可能とすること」における「抑制されたイオン励起状態」と「分子会合を解いて」が「無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法」でどのように具体化されているのがデータに基づく説明がないと理解不能である。請求項1に記載された「会合分子」が本件発明の電磁処理により「無電解めっき法及びエッチング法」で,どのような挙動をするのかについての具体的な説明も本件特許明細書で全くなされていない。
       (ウ) 本件特許明細書の実施例で示されている無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法において本件特許発明を適用したときの「電流効率の向上」又は「エッチングファクター」が各実施例の効果であるとされているが,これらの効果と「イオン励起」又は「分子会合を解いて」とがどのように関わるのか不明であり,その関係が本件特許明細書中に具体的に示されていない。

       (エ) 請求項1に「移動する被処理物中に含まれる会合分子の磁気処理のための電磁処理装置」とあることから,本件発明が電磁処理する直接の対象の移動する被処理物は「会合分子」を含むものでなければならないから,「移動する被処理物」が「会合分子」を含むものであることが証明されないと,本件特許を実施したことにならないが,本件特許明細書によっても,そのことが証明されていない。
       (オ) 本件特許明細書の【発明の効果】(段落【0026】)欄に「負の作用を起こさない抑制されたイオン励起状態の下で分子会合を解いて物質の活性度を顕著な段階にまで回復することができるという効果を奏する。」と記載されているが,コイルに通電することで,上記括弧内に引用した効果が奏せられることを実証した記載がないので,明細書の記載に不備がある。

   (2) 取消事由1(イ)に対し
     ア 本件特許明細書の「抑制されたイオン励起状態の下で,分子会合を解いて,物質の活性度を回復可能とすること」(段落【0007】),及び「会合分子に対して効果的な活性化処理を行うこと」(段落【0008】)なる記載が何を意味するのか明細書中に記載されていないこと,本件特許明細書によっても,請求項1の「移動する被処理物」に「会合分子」を含むことの証明がされていないことからすれば,「本件特許明細書には,本件発明における課題を解決すべき手段をその作用効果が関連づけて記載されているとは認められず,結果として本件発明が不明確である」と判断した審決に誤りはない。
     イ なお,原告らは,コイルの「2重に巻き付け」が本件発明の特徴であるとしているが,本件発明は,請求項2で初めて「磁束方向が逆向きになるように2重のコイルを制御する」なる限定をしているため,請求項1記載の発明は,2重のコイルの磁束方向が同じになるように制御した構成を含むことは明らかである。そして,本件発明の管路外周に2重に巻き付けた「個々のコイルは,電気回路として,それぞれ独立して作動可能である。各個独立の多重コイルに対する通電を制御することによって,被処理物に作用する磁束方向を変化させる,と同時に磁束方向を変化させる変化量の調整を可能とする。」(甲8の段落【0012】)のであるから,「一方のコイル11を駆動する電気回路と他の一方のコイル12を駆動する電気回路との通電を制御して磁束方向が互いに同じ向きになるようにすること」も可能であり,このときに2重のコイルの各々に同じアンペアの電流を流すと,コイルを2重にすることの実質的意義が失われ,一本のコイルを管路の外周に巻き付けたものと何ら変わらなくなり,実質的に一本のコイルを被処理物が流れる管路の外周に巻き付けて行う電磁界処理と同じ電磁界処理を想定していることに

なる。
        したがって,本件発明1は乙1(米国特許第5074998号明細書)記載の発明と区別ができず,実質的に同一発明であるか,乙1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
        また,原告らは,本件発明1の電磁処理装置が直流回路方式のものである旨主張するが,本件特許明細書には,直流回路方式であることを示す記載や示唆はなく,かえって段落【0015】,【0016】には交流回路を前提とした記載がある。
   (3) 取消事由2に対し
     ア 請求項2の「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」のうち,「150アンペアターン以上」について本件特許明細書に記載がないことは明らかである。
        原告らは,本件特許明細書の実施例1ないし4を実績として,アンペアターンを実施例以上にすれば更に効率が向上するものと考えられるため,150アンペアターン以上と記載したものであり,このような考え方によって数値範囲を限定しようとすることは,多くの明細書においてよくみられることであり,明細書の記載不備の理由とされるべきものではない旨主張するが,原告らが主張するようなプラクティスに従って審査・審判が特許庁で行われているものとは考えられない(乙2の「審査基準」の「2.2.1.1」の(1)参照)。

     イ 「毎秒」なる用語は,特許請求の範囲の請求項2に記載されているだけで,本件特許明細書の発明の詳細な説明中に請求項2記載の裏付けとなる技術的事項の記載がない。原告らは「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」とは「毎秒,反転を繰り返す」を指すことは明らかである旨主張するが,本件特許明細書の実施例1〜4には「60,120,144アンペアターン」なる条件が記載されているとしても,これらの「特定のアンペアターンなる条件で磁束が「毎秒」反転を繰り返す」とはどこにも記載されていないし,この場合にも「反転を繰り返す」主体が依然として不明である。
        したがって,「「毎秒」についてその意味が明確でない」とした審決の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
 1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

    本件審決は,請求人たる被告が,特許法29条1項3号(新規性)・2項(進歩性)違反,同法36条4項・6項(明確性)違反を理由に本件無効審判を請求したところ,後者の同法36条4項・6項違反を理由に,請求項1ないし2から成る本件特許を無効としたものである。本件審決の詳細は別紙のとおりであり,また審決書の記載に一部明白な誤りがあったため職権により別紙のとおり更正決定がなされたものであるが,更正決定においても,審決の判断4−1,4−2,4−3のそれぞれが特許法36条4項又は6項のいずれに具体的に該当するか必ずしも明確ではない。しかし,審決の判断と当事者双方の取消事由に関する主張は,結局は前記第3の1の(4)(審決の取消事由)及び3のように整理することができるので,以下,この取消事由に沿って審決の適否を判断する。
 2 取消事由1(本件発明1に関する特許法36条4項,6項の要件判断の誤り)について
   (1) 原告らは,本件特許明細書(甲8)記載の「抑制されたイオン励起状態」(段落【0007】)の技術的意味が,本件特許明細書に記載されておらず,本件発明が解決すべき課題が不明確であり,当業者がその実施を容易にできる程度に発明が明確に記載されているとはいえないとの審決の判断は,本件特許明細書が,先行技術は高エネルギーレベルで,それが負の作用を為すと認識し(段落【0008】),これに対比する表現として,より低いエネルギーレベル,つまり抑制されたイオン励起状態という文言を使用し,高エネルギーレベルは励起を伴っている状態を,低いエネルギーレベルは励起が抑制されている状態を指すものと表現していることを理解できること,本件特許明細書の実施例1〜4において,60アンペアターンないし144アンペアターンとして特定されたエネルギーレベル状態が,「抑制されたイオン励起状態」であることが具体的に記述されていことなどからすれば,誤りである旨主張する。

     ア 甲3(「単位の辞典 改訂4版」株式会社ラテイス,昭和56年7月31日発行,13頁)には,「アンペアターン」とは「アンペア回数」のこと,「アンペア回数」とは「起磁力・・・アンペアターンとよぶこともある。n回導線を巻いたソレノイドに1Aの電流を流すとき,n1アンペア回数とよぶ。」との記載がある。
        上記記載によれば,「アンペアターン」とは,コイルの巻数と電流の積で表される起磁力の単位であり,請求項2(本件発明2)記載の「150アンペアターン」とは,巻数と通電量(アンペア)を乗じて算出される起磁力が150アンペアターンであることを意味するものと認められる。
     イ 次に,本件特許明細書(甲8)の【発明の詳細な説明】には,以下のような記載がある。
       (ア) 「【従来の技術】同種の分子2個以上が比較的弱い分子間力によって集合し,一つの単位として行動している状態を会合と称するが,会合を生じている分子から成る物質は,活性度が低いために,浸透性が低下したり,乱流が抑制されたりすることの原因となっている。故に会合を解いたり,より小さい会合状態にしたりすることができれば,その度合いに応じて物質の活性度を回復させ,浸透性の向上と乱流状態の維持等が図られると考えられる。」(段落【0002】)。

       (イ) 「例えば米国特許第5074998号明細書記載の発明は,管壁に付着するスケールの除去及び付着量の減少を扱っている。しかし同発明の効果を期待できるのは,比較的小さい共鳴振動数を持つ会合分子に限られると考えられる。その理由は,同発明の実施品と見なされる装置では,電磁コイルの特性が実質的に120アンペアターン程度しか得られないからである。」(段落【0004】)。
       (ウ) 「さらに本件の発明者は電気コイルによって発生させた磁極をヨークにより分極し,被処理流体の中心部を貫通する磁束を形成することができる装置を発明し,既にその成果について出願をした(特願平11−264410)。同発明は,前記米国特許発明が流れと平行な磁束を形成するのに対して,流れと直交する磁束を形成することができる画期的なものであり,かつ高エネルギーレベルでの磁気処理を可能とするという特徴を有する。ところが無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法では,高エネルギーレベルのイオン励起状態が負の作用をなすという側面がある。」(段落【0005】)。

       (エ) 「【発明が解決しようとする課題】つまり,より低いエネルギーレベルで,磁束を自由にコントロールできることが望ましいというケースも存在する。」(段落【0006】),「本発明は上記の点に着目してなされたものであって,その課題は,抑制されたイオン励起状態の下で,分子会合を解いて,物質の活性度を回復可能とすることである。」(段落【0007】),「また本発明は他の課題は無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法等の上記酸化還元反応系のように高エネルギーレベルによるイオン励起状態の形成が負の作用を為すような条件の下でも,会合分子に対して効果的な活性化処理を行うことができる電磁処理装置を提供することである。」(段落【0008】)。
       (オ) 「【課題を解決するための手段】前記の課題を解決するため,本発明は,通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付け,一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させるという手段を講じたものである。」(段落【0009】)。

       (カ) 「本発明の装置ではコイルを多重に形成することが一つの特徴となる。コイルを多重に形成とは,1本の導線を巻回した1個のコイルを複数個重ねて配置する,というほどの意味である。複数個のコイルの巻数,巻きピッチは,同じであっても,違っていてもどちらでも良い。従って複数個のコイルは同じ面に形成される必要はなく,例えば被処理流体を中心とした場合,内外に配置することも当然可能である。」(段落【0011】),「個々のコイルは,電気回路として,それぞれ独立して作動可能である。各個独立の多重コイルに対する通電を制御することによって,被処理物に作用する磁束方向を変化させる,と同時に磁束方向を変化させる変化量の調整を可能とする。」(段落【0012】),「例えば前述の無電解めっき法や電解めっき法或いはエッチング法において,使用される処理液の活性化のために本発明を実施する場合,多重のコイルは被処理物である処理液が流れる管路に巻き付けて設置することができる。図1はその例示であり,実線で図示された1番コイル11と破線で図示された2番コイル12とは管路10の外周面を巻き胴として,2本の導線を同時に巻き付けるようにして形成することが
できる。1番コイル11,2番コイル12の巻き径,巻き数は同一とされ,導線の番手も同一とされている。」(段落【0013】),「図1の2重コイルに通電した場合に得られる磁束13,14は,図2に示したように管路10の流れと平行の方向となる。ここで制御装置15を操作し,一方のコイル例えば11を駆動する電気回路と他の一方のコイル例えば12を駆動する電気回路との通電を制御し,磁束方向が互いに逆向きとなるようにすると,各磁束13,14は図2に示したように管路10の流れとほぼ平行の方向となる。ここで制御装置15を操作し,一方のコイル例えば11を駆動する電気回路と他の一方のコイル例えば12を駆動する電気回路とが互いに逆向きに作動するように通電を制御すると,各磁束13,14は流れとほぼ平行の方向を保ちながら逆方向へ向きを変えることになる。図1,図2の矢印参照。」(段落【0014】)。
       (キ)@「【実施例1】図5に示すめっき槽20を使用し,ステンレス304より成る100×100ミリメートルのめっき析出部21をめっき浴22に浸漬し,表1に示す電流密度において,めっき皮膜50マイクロメートルを目標とし,循環ポンプ23の吐出側配管24に本発明に係る電磁処理装置(図3,図4における磁気処理部)25を取り付け,電解めっき処理を行った。」(段落【0017】),「処理条件:めっき浴 スルファミン酸ニッケル600ミリグラム/リットル,ホウ酸40グラム/リットル,浴量50リットル,電流効率100%の析出量4.425グラム/平方デシメートル,ポンプ循環量200ミリリットル/分,浴温50℃,ロッキングR=30ミリメートル,50RPM,磁力通電量5A,周波数2000Hz,通電コイル2.2ミリメートル径,巻き数12。なお陽極金属26はニッケルとして,結果を表1に示す。」(段落【0018】),A「【実施例2】磁力通電量を10Aとし,かつ通電コイルの巻き数を倍の12としたほかは,実施例1と同じ条件で,同じめっき槽を使用して,磁力通電量を変化させて電解処理を行った。結果を表2に示す。」(段落【0019】),B「【実施例
3】図6に示すエッチング装置30を使用し,厚さ70マイクロメートルの銅箔に幅100マイクロメートルのラインを100マイクロメートルの間隔でエッチングし,エッチングスピードとエッチングファクターとを測定した。図6中,31は本発明に係る電磁処理装置,32は循環ポンプ,33はエッチング液のスプレー,34は配管,を示す。」(段落【0021】),「エッチング条件:スプレーポンプ250リットル/分,配管内圧1.5キログラム/平方センチメートル,液温50℃,液量60リットル,使用薬品 塩化第2鉄40重量パーセント水溶液,エッチングファクターFC=L/(D1+D2)×1/2,図7参照。結果を表4に示す。磁力通電量は5A,使用周波数2000Hz,通電コイル径2.2ミリメートル,巻き数12。図7において,D1,D2は食刻部の端部の傾斜部分で,板厚Lの上部が表面側となる。」(段落【0022】),C「【実施例4】磁力通電量を12Aとしたほかは実施例3と同じ条件及び同じ装置を使用し,通電量を変化させエッチング処理を行った。結果を表5に示す。」(段落【0023】),D「【比較例1】本発明に係る電磁処理装置を取り外したほかは,実施例1と同じ
条件で,同じめっき槽を使用し,電解処理を行った。その結果を表3に示す。」(段落【0020】),E「【比較例2】本発明に係る電磁処理装置を取り外したほかは,実施例4と同じ条件で,同じめっき槽を使用し,エッチング処理を行った。結果を表6に示す。」(段落【0024】)(表1(段落【0019】),表3(段落【0021】),表5(段落【0024】),表6(段落【0025】)は,別表のとおり)。
       (ク) 「【発明の効果】本発明は以上の如く構成されかつ作用するものであるから,負の作用を起こさない抑制されたイオン励起状態の下で分子会合を解いて物質の活性度を顕著な段階にまで回復することができるという効果を奏する。」(段落【0026】)。
     ウ 上記ア及びイを総合すれば,@本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には,無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法では,高エネルギーレベルのイオン励起状態が負の作用をなすという側面があることから,より低いエネルギーレベルで,磁束を自由にコントロールできるようにするため,「抑制されたイオン励起状態の下で,会合分子に対して効果的な活性化処理を行うことができること」が本件発明の課題であるとの記載があり,この記載は,「抑制されたイオン励起状態」とは,より低いエネルギーのイオン励起状態を示すものであること,A実施例1は「磁力通電量5A」・「巻き数12」(段落【0018】)で60アンペアターン,実施例2は「磁力通電量10A」・「巻き数12」(段落【0019】)で120アンペアターン,実施例3は「磁力通電量5A」・「巻き数12」(段落【0022】)で60アンペアターン,実施例4は「磁力通電量12A」・「巻き数12」(段落【0023】)で144アンペアターンの処理条件で,電磁処理を行っためっき浴液及びエッチング液を用いて,電解めっき処理及びエッチング処理を行い,液の電磁処理を行わない比較例1,2の場合(段落【002

0】,【0024】)に比べて,電解めっき処理では,電圧低下と電流効率の向上が,エッチング処理では,エッチングスピードとエッチングファクターの向上が確認されたことが記載されていること(別表のとおり。段落【0019】,【0021】,【0024】,【0025】)によれば,「抑制されたイオン励起状態」は,具体的には60・120・144アンペアターン(実施例1ないし4の各処理条件)のエネルギーレベルを意味し,この「抑制されたイオン励起状態」による電磁処理が,電解めっき処理やエッチング処理に対してどのような効果を及ぼすかについても,発明の詳細な説明に記載がされているものと認めるのが相当である。
        また,上記のように,本件発明1において「抑制されたイオン励起状態」となる条件を特定することができれば,その条件での処理をし,その効果を確認することができるから,「抑制されたイオン励起状態」そのものまでを確認しなくとも,「抑制されたイオン励起状態」の技術的意味を理解することができるものと認められる。

     エ そうすると,本件特許明細書(甲8)記載の「抑制されたイオン励起状態」(段落【0007】)の技術的意味が,本件特許明細書に記載されておらず,本件発明1が解決すべき課題が不明確であるとした審決の判断は誤りである。
   (2) 次に,原告らは,審決が,本件特許明細書中に記載の課題を解決すべき手段と,実施例における「電磁処理装置」との関連が不明であり,「負の作用を起こさない抑制されたイオン励起状態の下で分子会合を解いて物質の活性度を顕著な段階にまで回復することができる」という本件発明の効果(段落【0026】)が実証されていないことを前提に,本件特許明細書には,本件発明における課題を解決すべき手段をその作用効果が関連づけて記載されているとは認められず,結果として本件発明が不明確であると判断しているが,本件特許明細書に,本件発明に係る電磁処理装置を使用した結果が実施例1〜4として記載されていること,スイッチを入れたり,回路を接続するなどの磁束方向を変化させる具体的な方法は,特に説明するまでもないことであることから言及しなかったことなどからすれば,本件特許明細書には,本件発明1を実施をすることができる程度にその目的,効果が記載され,本件発明1は特許請求の範囲に明確に記載されているから,審決の上記判断は誤りである旨主張する。

     ア ところで,出願が平成12年6月5日である本件特許に適用される平成11年法律第160号による改正前の特許法36条4項は,「前項第3号の発明の詳細な説明は,通商産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定し,同法36条6項は,「第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」とし,1号は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」,2号は「特許を受けようとする発明が明確であること。」,3号は「請求項ごとの記載が簡潔であること。」,4号は「その他通商産業省令で定めるところにより記載されていること。」と規定している。
        そして,特許法36条4項の趣旨は,発明の詳細な説明が発明を公開する機能を有することから,発明の詳細な説明の記載は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分なものでなければならないとしたことにあり,また,同法36条6項の趣旨は,特許請求の範囲は対世的な絶対権たる特許請求の効力範囲を明確にするためのもので,その記載は正確なものでなければならないことから,特許請求の範囲は,発明の詳細な説明に記載して公開した発明の範囲を超えた部分について記載したものであってはならず(1号),特許を受けようとする発明が明確でなければならない(2号)としたことにあるものと解される。
        そうすると,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているのであれば,特許法36条4項所定の発明の詳細な説明の記載要件を充足するものであり,明細書に「発明における課題を解決すべき手段をその作用効果が関連づけて記載されてい」ないからといって直ちに発明の詳細な説明の記載要件に適合しないものとなるものではなく,これによって特許を受けようとする発明が不明確となり特許請求の範囲の記載要件(特許法36条6項2号)に適合しないことになるものということもできないから,本件審決の前記判断は,この点において是認することができない。

     イ そして,@本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,「移動する被処理物中に含まれる会合分子の磁気処理のための装置であって,通電により磁束を形成するコイルを被処理物が流れる管路の外周に2重に巻き付け,一方のコイルを駆動する電気回路と他の一方のコイルを駆動する電気回路を制御することによって被処理物に作用する磁束方向を変化させることを特徴とする会合分子の磁気処理のための電磁処理装置。」であること,A 前記認定のとおり,本件特許明細書には,本件発明の実施例1ないし4として,60・120・144アンペアターンの各エネルギーレベルで,電磁処理を行っためっき浴液及びエッチング液を用いて,電解めっき処理及びエッチング処理を行った具体例が記載され(段落【0017】〜【0019】,【0021】〜【0023】),液の電磁処理を行わない比較例1,2の場合(段落【0020】,【0024】)と比べて,電解めっき処理では,電圧低下と電流効率の向上が,エッチング処理では,エッチングスピードとエッチングファクターの向上が確認されたことが表1,3,5,6に具体的数値で示されており(別表のとおり。段落【0019】,【0021】,【002
4】,【0025】),これらの数値が真実に合致しないことをうかがわせる特段の事情は認められないこと,Bもっとも,被処理物が流れる管路の外周にコイルを2重に巻き付けることは,実施例1〜4に明記されていないが,本件特許明細書の段落【0011】,【0013】,【0014】等に記載された本件発明の装置の説明及び図1に示されており,当業者であれば,実施例1〜4においても同様の構成が採られているものと理解することができるものと認められること,Cまた,実施例1ないし4において磁束方向を変化させる具体的な方法の記載が不十分であるとしても(なお,磁束方向を変えること自体はスイッチを入れる,回路を接続する等のような周知の手段で実現可能である。),このことから直ちに請求項1の記載が不明確となるものでもないこと,以上の@ないしCによれば,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)において,特許を受けようとする発明が明確でないものということはできないから,本件審決の前記判断は誤りである。
     ウ なお,被告は,本件発明1は乙1(米国特許第5074998号明細書)記載の発明と区別ができず,実質的に同一発明であるか,乙1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張するが,前記のとおり,本件発明1の新規性・進歩性について本件審決は審理・判断していないから,被告の上記主張は,主張自体理由がない(本件においては特許庁で改めて審理・判断されることになる。)。
        また,被告は,本件発明1の電磁処理装置が直流回路方式のものであるとの原告らの主張は,本件特許明細書に基づかないものである旨主張するが,本件発明1における通電方式が直流に限られるかどうかの問題は本件審決の前記判断の誤りを左右するものではない。
   (3) 以上によれば,原告らの取消事由1は理由がある。

 3 取消事由2(本件発明2に関する特許法36条4項,6項の要件に関する判断の誤り)について
   (1) 原告らは,本件発明2(請求項2)の「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」との事項のうち,「150アンペアターン以上」については,本件特許明細書(甲8)には,実施例1の60アンペアターンから実施例4の144アンペアターンまでが記載されていること,60アンペアターンでも実施例1にみるとおりの効果があり,120アンペアターン,さらに144アンペアターンと起磁力を上昇させるとそれだけ電流効率も向上したことが記載されていることから,アンペアターンを実施例以上にすれば更に効率が向上するものと考えられるため,実施例1ないし4を実績として150アンペアターン以上と記載したものであり,このような考え方によって数値範囲を限定しようとすることは,多くの明細書においてよくみられることであり,明細書の記載不備の理由とされるべきものではないこと,また,「毎秒」については,「毎秒」が「反転を繰り返す」にかかっていることは文理上明らかであることなどから,本件発明2(請求項2)が発明の詳細な説明に記載されたものとは認められないとした審決の判断は誤りである旨主張する。

      しかしながら,本件特許明細書(甲8)の発明の詳細な説明には,請求項2に規定された「150アンペアターン以上」については,一切記載されていないのみならず,起磁力を実施例に記載した範囲を超えてさらに上昇させた場合に,より電流効率等が高まることを示唆する記載もない。
      加えて,前記認定のとおり,無電解めっき法,電解めっき法及びエッチング法では,高エネルギーレベルのイオン励起状態が負の作用をなすという側面があることから,より低いエネルギーレベルで,磁束を自由にコントロールできるようにするため,「抑制されたイオン励起状態の下で,会合分子に対して効果的な活性化処理を行うことができること」が本件発明の課題であり,より低いエネルギーレベルの励起状態(抑制されたイオン励起状態)とは,実施例1〜4として具体的に記載されている60ないし144アンペアターンとして特定されたエネルギーレベル状態であることに照らすと,実施例1〜4の結果から現れた傾向を,直ちに実施例よりも高いエネルギーレベルのイオン励起状態に適用することはできないものと認められる。

      そうすると,本件発明2の特許請求の範囲(請求項2)の「磁束方向が毎秒150アンペアターン以上で反転を繰り返す」にいう「150アンペアターン以上」は,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていないというべきであるから,本件発明2は,特許法36条6項1号に規定する特許請求の範囲の記載要件に適合しないものと認められる。
   (2) したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないから,その余の点について判断するまでもなく,取消事由2の主張は理由がない。
 4 取消事由3(本件発明2に係る特許無効審判請求の請求人適格の喪失)について
    原告らは,平成18年2月20日の本件第5回弁論準備手続期日において,本件特許のうち本件発明2(請求項2)につき特許権の放棄(一部放棄)をしたから,被告は同部分に係る無効審判請求の請求人適格を喪失した旨主張するに至ったが,特許無効審判請求は特許権の消滅後においてもすることができるから(平成15年法律第47号による改正前の特許法123条2項参照),上記一部放棄は審判における審理判断に影響を及ぼすものではなく,原告らの上記主張は採用することができない。

 5 結論
    以上によれば,本件審決のうち,本件発明2に係る認定判断は正当として是認することができるが,本件発明1に係る認定判断には違法があるから,原告らの本訴請求中,本件審決のうち,本件発明1についての特許を無効とするとの部分の取消しを求める部分を認容し,その余は棄却することとして,主文のとおり判決する。
   
             知的財産高等裁判所 第2部
   
                     裁判長裁判官    中  野  哲  弘
                           
                           
                           裁判官    大  鷹  一  郎
                           
                           
                           裁判官    長谷川 浩 二
(別表)
表1



表3


表5


表6