◆H18. 1.25 知財高裁 平成17(行ケ)10437 特許権 行政訴訟事件
平成17年(行ケ)第10437号 審決取消請求事件
平成18年1月25日判決言渡,平成17年12月13日口頭弁論終結
判 決
原 告 株式会社メイクソフトウェア
訴訟代理人弁理士 深見久郎,森田俊雄,酒井將行,椿豊
被 告 日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁理士 武顕次郎,鈴木市郎,藤原英夫,復代理人弁理士 中隈誠一
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2004−80010号事件について平成17年3月18日にした審決のうち,特許第3479067号の請求項1ないし3,5,8,20に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告請求に係る無効審判において,本件発明についての特許のうち請求項1ないし3,5,8,20に係るものを無効とするとの審決がされたため,同審決のうち無効とした部分の取消しを求めた事案である。
本件発明に係る特許公報(甲2。以下「本件明細書」という。なお,後記1(2)記載のとおり訂正がされているが,発明の詳細な説明欄の記載についての訂正はない。)によれば,本件発明は,「ゲームセンター等に設置され,硬貨等の投入により使用者を撮影し,撮影画像をプリントして販売する写真自販機等に代表される画像撮影装置および方法に関するもの」(段落【0001】)であり,「被写体とカメラの間に開口部が形成された仕切スクリーンを設け,上記開口部から露出した被写体を撮影することにより特殊な撮影効果を得ることができる画像撮影装置および方法の提供を目的とする」(段落【0009】)ものであるとされている。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許
特許権者:株式会社メイクソフトウェア(原告)
発明の名称:「画像撮影装置および方法」
特許出願日:平成15年1月30日(特願2003−21897号。優先権主張平成14年5月17日日本国。甲2)
特許査定日:平成15年9月3日(甲9,10)
設定登録日:平成15年10月3日(甲2)
特許番号:第3479067号(甲2)
(2) 本件手続
審判請求日:平成16年4月9日(無効2004−80010号)
訂正請求日:平成16年7月23日(甲16)
手続補正日:平成17年1月14日(本件訂正請求書の手続補正書。甲17)
審決日:平成17年3月18日
審決の結論:「訂正を認める。特許第3479067号の請求項1ないし3,5,8,20に係る発明についての特許を無効とする。特許第3479067号の請求項4に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成17年3月30日(原告に対し)
2 本件訂正請求書の手続補正書による訂正後の特許請求の範囲請求項1ないし8,20の記載(以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などといい,これらを総称して「本件発明」という。なお,請求項は20まであり,本件無効審判の対象とされたものは請求項1ないし5,8,20であるが,請求項6,7は,請求項8に引用されている関係で参考に記載する。その余の請求項の記載は省略する。)
【請求項1】撮影領域に存在する被写体を撮影して撮影画像を生成するカメラと,撮影画像を被写体に対して表示するディスプレイと,撮影画像をプリント出力するプリンタとを備え,使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像等をプリントする画像撮影装置であって,上記撮影領域に存在する被写体とカメラとの間に,カメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された画像合成のための仕切スクリーンが設けられ,上記仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成する画像合成手段とをさらに備えたことを特徴とする画像撮影装置。
【請求項2】上記撮影画像を表示して,使用者の操作による上記第2画像の入力を受け付ける第2画像受付手段を備える請求項1記載の画像撮影装置。
【請求項3】上記仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンが設けられている請求項1または2記載の画像撮影装置。
【請求項4】上記バックスクリーンに,仕切スクリーンのカメラ側面に施された着色とは異なる着色が施されている請求項3記載の画像撮影装置。
【請求項5】画像合成のための仕切スクリーンに形成された開口部は,丸型であり,カメラによる撮影時に被写体を照明する照明手段が,上記仕切スクリーンよりもカメラ側に配置されている請求項1〜4のいずれか一項に記載の画像撮影装置。
【請求項6】上記カメラによる撮影動作の操作入力を行うコントローラーが,上記仕切スクリーンよりも被写体側に配置されている請求項1〜5のいずれか一項に記載の画像撮影装置。
【請求項7】撮影操作等の案内情報を音声出力する音声出力装置が,上記仕切スクリーンよりも被写体側に配置されている請求項1〜6のいずれか一項に記載の画像撮影装置。
【請求項8】上記仕切スクリーンが,カメラの撮影範囲をカバーする大きさであり,カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定されている請求項1〜7のいずれか一項に記載の画像撮影装置。
【請求項20】使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像をプリントする画像プリント作成方法であって,撮影領域に存在する被写体に撮影させて撮影画像を生成する撮影ステップと,撮影画像を被写体に対して表示する画像表示ステップと,上記撮影画像をプリント出力するプリントステップとを備え,上記撮影ステップを,撮影領域に存在する被写体とカメラとの間にカメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された仕切スクリーンを設けた状態で実行し,上記仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成することを特徴とする画像撮影方法。
3 審決の理由の要点
(1) 審決は,本件訂正を適法であるとして認めた。
(2) 被告(無効審判請求人)は,甲1(本訴でも甲1。以下「先願明細書」ともいう。)として「特願2002−10486号の願書に最初に添付された明細書及び図面」を援用し,本件発明1ないし5,8,20は,甲1に記載された発明と同一であるから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものであると主張したところ,審決は,特許法29条の2の適用について,次のとおり判断した。
「(イ)本件特許は,平成15年9月3日に審査官が特許をすべき旨の査定…をし,平成15年10月3日に設定の登録がされたものである。
(ロ)一方,…甲1が特許法41条3項の規定により出願公開されたものとみなされるのは,平成15年10月2日である。
(ハ)被請求人(判決注:原告を指す。以下同じ。)は,『本件の特許査定時には,甲1は公開されてはいないから,本件特許の特許査定は何ら違法性を有さず,本件の請求項1ないし5,8,20に係る各特許発明は,特許法123条1項2号…に該当しない。』…と主張するが,前記(イ),(ロ)によれば,本件特許の設定の登録がされ,特許権が発生した平成15年10月3日には,甲1は,すでに特許法41条3項の規定により出願公開されたものとみなされるのであるから,…被請求人の主張は失当である。
(ニ)また,被請求人は,『特許法123条1項2号は,査定時に,「その特許が…29条の2,…の規定に違反してされたとき。」に無効審判を請求することができることを規定するのみであり,』…と主張しているが,特許法123条1項2号には,「査定時に」との規定はなく,被請求人の前記主張は失当である。」
(3) 審決は,本件発明1と甲1(先願明細書)に記載された発明(以下「先願発明」という。)を対比し,次のとおり認定判断した。
(3-1)「(ア)先願明細書…によれば,先願発明の『デジタルカメラ14』,『プリンタ20』は,それぞれ,本件発明1の『カメラ』,『プリンタ』に相当し,また,先願発明の『スクリーン16p』,『撮像用タッチモニタ13g』は,被写体に対して撮像した静止画(撮像画像)を表示するものであり,本件発明1の『ディスプレイ』に相当するから,両者は,いずれも『撮影領域に存在する被写体を撮影して撮影画像を生成するカメラと,撮影画像を被写体に対して表示するディスプレイと,撮影画像をプリント出力するプリンタとを備え,使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像等をプリントする画像撮影装置』であることは明らかである。
(イ)また,先願明細書…によれば,先願発明の周景演出手段である『特殊カーテン18』は,被写体とデジタルカメラ14との間に設けられ,撮影範囲内に被写体を露出させることができるスリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みが形成されており,利用者は前記切り込みから顔や手など体の一部を出して撮像するのであるから,前記特殊カーテンに形成されたスリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みは,開口部といえ,また,先願明細書…によれば,『特殊カーテン18』は,画像合成のために用いられるのであるから,先願発明は,本件発明1と同様『撮影領域に存在する被写体とカメラとの間に,カメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された画像合成のための仕切スクリーンが設けられ』ているといえる。
(ウ)先願明細書…によれば,先願発明では,利用者が特殊カーテン18(本件発明1でいう『仕切スクリーン』)のスリット面を利用して身体の一部である顔や手を出して特殊カーテン18とともに撮像した撮像画像(本件発明1でいう『撮影画像』)又は該撮像画像に落書きした編集画像を編集用タッチモニタ13fに表示し,使用者により,合成用画像選択ボタン13uで周景となる合成用画像が選択され,前記撮像画像との合成画像が生成されるのであるから,先願発明が,『仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成する画像合成手段』を備えていることは明らかである。」
(3-2)「そうすると,本件発明1と先願発明とは,いずれも,『撮影領域に存在する被写体を撮影して撮影画像を生成するカメラと,撮影画像を被写体に対して表示するディスプレイと,撮影画像をプリント出力するプリンタとを備え,使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像等をプリントする画像撮影装置であって,上記撮影領域に存在する被写体とカメラとの間に,カメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された画像合成のための仕切スクリーンが設けられ,上記仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成する画像合成手段とをさらに備えたことを特徴とする画像撮影装置。』である点で違いはないと認められる。
以上のとおり,本件発明1は先願発明と同一であると認められる。」
(4) 審決は,本件発明2と先願発明を対比し,次のとおり認定判断した。
「本件発明2は,本件発明1を引用して,さらに,『上記撮影画像を表示して,使用者の操作による上記第2画像の入力を受け付ける第2画像受付手段を備える』としたものである。
しかしながら,先願明細書…によれば,先願発明では,撮像画像又は該撮像画像に落書きした編集画像を編集用タッチモニタ13fに表示し,使用者によって合成用画像選択ボタン13uがタッチされて合成用画像が選択され,前記撮像画像との合成画像が生成されるのであるから,先願発明が,『撮影画像を表示して,使用者の操作による上記第2画像の入力を受け付ける第2画像受付手段』を備えていることは明らかであり,そうすると,本件発明2は先願発明と同一であると認められる。」
(5) 審決は,本件発明3と先願発明を対比し,次のとおり認定判断した。
「本件発明3は,本件発明1,2を引用して,さらに,『上記仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンが設けられている』としたものである。
しかしながら,先願明細書…には,隠蔽空間5を囲繞するループ状の特殊カーテン18が回転移動可能に設けられ,該特殊カーテン18は,幅方向に連結した通常面18h,縦スリット面18i,透明一部模様面18j,横スリット面18kを形成する4枚のカーテンで構成されていること,また,被写体である利用者が特殊カーテン18の縦スリット面18i,横スリット面18kの切れ目から顔や手など体の一部を出して撮像することが記載されていることからすると,被写体である利用者が,前記縦スリット面18iの切れ目から顔や手などを出した状態にあるとき,該切れ目を通して,被写体のバックとなる側に特殊カーテン18の一面(横スリット面18k)がバックスクリーンとして見られることは明らかである。したがって,先願発明は,『仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンが設けられている』といえるものであり,当該構成において,本件発明3が先願発明と異なるものであるとすることはできない。」
(6) 審決は,本件発明5と先願発明を対比し,次のとおり認定判断した。
「本件発明5は,本件発明1を引用して,さらに,『画像合成のための仕切スクリーンに形成された開口部は,丸型であり,カメラによる撮影時に被写体を照明する照明手段が,上記仕切スクリーンよりもカメラ側に配置されている』という構成を付加したものである。
しかしながら,…特殊カーテン等の風景演出手段(判決注:「周景演出手段」の誤記と認められる。)に形成されたスリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みは,開口部といえ,さらに,先願明細書…には,カーテン等の周景演出手段は,1以上の切り込み部を備えた幕体を利用することができ,前記切り込み部は,スリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みであることを含むとの記載があることからすると,上記ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みを,丸型という単純な形に刳り貫いて形成した切り込みとすることは,設計上の微差にすぎず,新たな効果を奏するものでもない。
また,先願明細書…には,ストロボ照明装置24,拡散板25が,デジタルカメラ14を備えた筐体2に設けられ,筐体2の正面には,特殊スクリーン18が正対している点が記載されており,そうすると,先願発明は,『カメラによる撮影時に被写体を照明する照明手段が,上記仕切スクリーンよりもカメラ側に配置されている』といえる。
したがって,本件発明5は先願発明と実質的に同一であると認められる。」
(7) 審決は,本件発明8と先願発明を対比し,次のとおり認定判断した。
「本件発明8は,本件発明1を引用して,さらに,『上記仕切スクリーンが,カメラの撮影範囲をカバーする大きさであり,カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定されている』と限定したものである。
しかしながら,先願明細書…には,写真シール自動販売機1は,中央に撮像空間4を有してその奥側(背面側)に筐体2を備え,撮像空間4の手前側(正面側)に特殊カーテン18で囲繞した隠蔽空間5を備え,前記筐体2が備えるスクリーン16pの中央少し上方に被写体を撮像するデジタルカメラ14を備えていること,また,先願明細書…には,特殊カーテン18で形成される被写体以外の白色部分(周景)に対して合成用画像をクロマキー合成し合成画像を作成することが記載されていることからすると,前記特殊カーテン18はカメラの撮影範囲をカバーする大きさであることは明らかであり,また,カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定することは,当業者が設計に当たって普通に採用し得る程度の事項であると認められる。そうすると,前記仕切スクリーンが『カメラの撮影範囲をカバーする大きさであり,カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定されている』とした点は実質的な相違点ではなく,本件発明8と先願発明とは実質的に同一といえる。」
(8) 審決は,本件発明20と先願発明を対比し,次のとおり認定判断した。
(8-1)「(ア)先願明細書…によれば,先願発明はデジタルカメラ14で使用者を含む被写体を撮像し,その撮像画像をプリンタ20でプリントするのであるから,先願発明は本件発明20と同様『使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像をプリントする画像プリント作成方法』といえる。
(イ)先願明細書…によれば,先願発明では,撮影領域に存在する被写体(利用者)がデジタルカメラ14で撮像し,また,スクリーン16p,撮像用タッチモニタ13gは,被写体に対して撮像した静止画(撮像画像)を表示し,プリンタ20は,その撮像した撮像画像をプリント出力していることからすると,先願発明は,『撮影領域に存在する被写体に撮影させて撮影画像を生成する撮影ステップと,撮影画像を被写体に対して表示する画像表示ステップと,上記撮影画像をプリント出力するプリントステップ』を備えていることは明らかである。
(ウ)先願明細書…によれば,先願発明の特殊カーテン18は,被写体とデジタルカメラ14との間に設けられ,撮影範囲内に被写体を露出させることができるスリット面の切れ目,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込み(本件発明20でいう『開口部』)が形成されており,また,先願明細書…によれば,利用者が前記特殊カーテン18のスリット面を利用して身体の一部である顔や手を出して前記特殊カーテン18とともに撮像しているのであるから,先願発明では,『撮影ステップを,撮影領域に存在する被写体とカメラとの間にカメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された仕切スクリーンを設けた状態で実行し』ていることは明らかである。
(エ)先願明細書…によれば,先願発明では,利用者が特殊カーテン18のスリット面を利用して身体の一部である顔や手を出して特殊カーテン18とともに撮像した撮像画像又は該撮像画像に落書きした編集画像を編集用タッチモニタ13fに表示し,使用者により,合成用画像選択ボタン13uで周景となる合成用画像が選択され,前記撮像画像との合成画像が生成されるのであるから,先願発明は,『仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成』していることは明らかである。」
(8-2)「そうすると,本件発明20と先願発明とは,いずれも,『使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像をプリントする画像プリント作成方法であって,撮影領域に存在する被写体に撮影させて撮影画像を生成する撮影ステップと,撮影画像を被写体に対して表示する画像表示ステップと,上記撮影画像をプリント出力するプリントステップとを備え,上記撮影ステップを,撮影領域に存在する被写体とカメラとの間にカメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された仕切スクリーンを設けた状態で実行し,上記仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成することを特徴とする画像撮影方法』である点で違いはなく,本件発明20は先願発明と同一であると認められる。」
(9) 審決は,次のとおり結論付けた。
「本件発明1ないし3,5,8,20は先願発明と同一であると認められ,しかも,本件発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明者と同一でなく,また本件発明の出願の時に,その出願人が上記先願明細書に記載された出願人と同一でもないので,本件発明1ないし3,5,8,20は,特許法29条の2の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号の規定に該当するから,その特許は無効とすべきものである。また,本件発明4の特許については,無効とすべき理由を発見しない。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(先願発明(甲1)が特許法29条の2の適用要件を満たすとした判断の誤り)
審決には,法律の解釈及び適用を誤った違法がある。
(1) 審査において拒絶理由が存在しないことを判断する時期は査定時であり,設定登録日ではない。しかし,審決は,設定登録日を基準として特許法29条の2の適用要件を判断する誤りを犯した。その結果,特許を無効とした結論にも違法がある。
なお,審決によると,無効審判制度は審査官の査定という行政処分の是非を争う制度ではなく,特許庁による特許の設定登録という行政処分の是非を争う制度であるかのように判断されているが,この判断は誤りである。審判制度において判断されるべきは,査定の是非であり,設定登録の是非でないことは明らかである。
(2) 本件発明は,査定時において特許法29条の2の適用要件を満たすものではない(本件発明は,査定時には,特許法29条の2中の「特許出願に係る発明」及び「特許を受けることができない」とされている「その発明」には該当しない。)。
本件発明と先願発明(甲1)とが同一であると仮定すると,本件発明は,特許査定がなされた後,後発的に特許法29条の2に該当することとなった発明に該当する。しかしながら,後発的に特許法29条の2に該当することとなった発明があるとしても,それによっては特許を無効とすることはできない。
(a) すなわち,特許法123条では,いわゆる後発的無効理由は限定されている。特許法123条1項は,無効理由を限定列挙しているが,特許査定時には適法に成立した特許が後発的に無効になる理由としては,特許法123条1項7号,8号が挙げられているのみである。
これに対して,特許法123条1項2号は,査定時に,「その特許が…第29条の2,…の規定に違反してされたとき。」に無効審判を請求することができることを規定するのみであり,「特許がされた後において,その特許が29条の2の規定に違反することになったとき」に無効審判を請求できること(後発的無効理由)を規定するものではない。
なお,特許を無効にすべき理由は特許法123条に制限的に列挙されるものであり,その制限された理由以外では特許は無効にされることはない(甲7,8)。財産権を保障した憲法29条からみて,当然のことといえる。
本件特許は,特許法123条に列挙された理由のいずれにも該当しておらず,審決の特許無効の判断には,法律の解釈及び適用を誤った違法があり,その結論にも違法がある。
(b) 以上のことは,無効審判制度の趣旨からもいえる。
無効審判は,審査官が行った特許査定という行政処分の適否を争うための上級審としての意義を有する制度である。したがって,無効審判で判断されるのは,後発的無効理由を除き,審査官の査定時の判断に誤りがあったか否かである。本件においては,特許査定に何ら違法性はなく,無効審判でその処分を無効とすることはできない。
(c) 後願排除効の生じる時期は特許出願人が決定できるので,以上のように解しても,何ら問題は生じない。
特許法29条の2は,出願公開がされた先願の明細書などの全体に後願排除効を認めるものである。出願公開の時期は,原則として,特許出願の日から1年6月経過した時であるが(特許法64条),特許出願人は出願公開により生じる効果(特許法29条の2の拡大先願の地位を取得すること,特許法65条の補償金請求権を発生させること)を早期に発生させるために,出願公開を早期に行うことを請求することができる(特許法64条の2)。
すなわち,特許法29条の2における後願排除効をいつ発生させるかは,特許出願人の意思に委ねられており,早期に発生させたいのであれば早期に公開を請求することでその目的は達成される。したがって,審査における特許法29条の2の適用の判断時期を原則どおり「査定時」としても,何ら問題は生じない。
2 取消事由2(特許法29条の2所定の同一性の認定判断の誤り)
審決は,本件発明1ないし3,5,8,20と先願発明とが同一であるとして,本件発明に係る特許は無効とすべきものであると判断した。しかし,以下に説明するとおり,審決は,本件発明の認定を誤り,本件発明と先願発明との相違点の検討における同一性の判断を誤ったものである。このように,審決には法律適用の誤りがあり,その結果,特許を無効とした結論にも違法がある。
(1) 本件発明1(請求項1)について
審決は,同一性につき,前記第2,3(3)(3-2)のとおり認定判断した。
しかしながら,先願明細書(甲1)に記載された写真シール自動販売機は,写真の撮影時の動画像にクロマキー合成によりリアルタイムに画像の合成を行うものであるのに対して,本件発明1は,「撮影した撮影画像」(撮影された後の静止画)の被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に画像を合成するものである。このことは,甲1の段落【0007】において,先願発明の特徴として,「撮影自体に対するアミューズメント性を高めた」と記載されていること,段落【0020】において,「合成手段は,…リアルタイムに合成して」と記載されていること,段落【0027】において,「撮像に対する新しい遊びを発見することとなり」と記載されていることから明らかである。
すなわち,先願発明は,撮影時(撮影中)にリアルタイムに画像合成を行うことで,撮影自体に対するアミューズメント性を高めるものであるのに対して,本件発明1は,撮影後の画像の被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に画像を合成するものである点で,両者は異なる。
したがって,本件発明1と先願発明とは同一ではない。
(2) 本件発明2(請求項2)について
請求項2は,請求項1に従属する請求項であるため,上記と同様の理由から,本件発明2と先願発明とは同一ではない。
(3) 本件発明3(請求項3)について
(a) 請求項3は,請求項1に従属する請求項であるため,上記と同様の理由から,本件発明3と先願発明とは同一ではない。
(b) また,審決は,「先願発明は,『仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンが設けられている』といえるものであり,当該構成において,本件発明3が先願発明と異なるものであるとすることはできない。」と判断した(前記第2,3(5)末尾)。
しかしながら,先願明細書(甲1)には,開口部が形成された画像合成のための仕切スクリーンとバックスクリーンとを用いて写真撮影を行うことは,一切開示されていない。
この点に関し,審決は,「被写体である利用者が,前記縦スリット面18iの切れ目から顔や手などを出した状態にあるとき,該切れ目を通して,被写体のバックとなる側に特殊カーテン18の一面(横スリット面18k)がバックスクリーンとして見られることは明らかである。したがって,先願発明は,『仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンが設けられている』といえる」と認定判断した(前記第2,3(5))。
しかしながら,特許法29条の2は,進歩性などの議論とは異なり,特許出願に係る「発明」と,それよりも先願の明細書などに記載された「発明」との同一性との対比を行うものである。審決においては,仮定的な条件を付加して先願を解釈しているが,そもそも先願明細書には,本件発明3の「仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンを設ける」という技術的思想は一切開示も示唆もされておらず,本件発明3は,先願明細書に「記載された発明」ではない。先願明細書の図8(B)に見られるように,スリットからは,被写体の一部が出るだけであり,バックスクリーンに関する思想は,先願明細書には一切開示されていない。
また,特許法29条の2は,先願の範囲をクレームのみならず明細書に記載された「発明」までに拡大することを趣旨とするものである。記載されていない発明にまで拡大先願の地位を認めることは,先願発明の特許出願人に不当な保護を与え,先後願における原告との間の利益衡量の面で不平等が生じるものである。特に,本件発明3の「仕切スクリーンよりも被写体側の被写体のバックとなる領域にバックスクリーンが設ける」という発明は,先願明細書の開示から見て明らかに新規事項であり,先願発明の特許出願人が補正を行って追加することのできない事項(権利を取得できない事項)である。そのような事項は,そもそも「先願」の対象となり得ず,そのような事項にまでも先願の地位を認めることは,先願発明の特許出願人に不当な保護を与えることになる。
よって,本件発明3と先願発明とは同一ではない。
(4) 本件発明5(請求項5)について
(a) 請求項5は,請求項1に従属する請求項であるため,上記と同様の理由から,本件発明5と先願発明とは同一ではない。
(b) また,審決は,「特殊カーテン等の風景演出手段(判決注:「周景演出手段」の誤記と認められる。)に形成されたスリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みは,開口部といえ,さらに,先願明細書…には,カーテン等の周景演出手段は,1以上の切り込み部を備えた幕体を利用することができ,前記切り込み部は,スリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みであることを含むとの記載があることからすると,上記ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込みを,丸型という単純な形に刳り貫いて形成した切り込みとすることは,設計上の微差にすぎず,新たな効果を奏するものでもない。」と認定判断した(前記第2,3(6)の第2段落)。
しかしながら,先願明細書の段落【0013】に記載されているのは,「前記切り込み部は,スリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込み」であり,先願明細書の実施例においても「切り込み」しか開示されておらず(図1,図8),本件明細書の図3及び請求項5などに示される「丸型の開口部」は,開示されていない。
また,「前記切り込み部は,スリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成した切り込み」がどのようなものを示しているかは,先願明細書からは明らかではなく,具体的な物を特定することはできない。このような具体性のない記載から「丸型の開口部」を結びつけることは不可能である。
仮に,先願明細書から「ハート型や星型の形」が想到されるとしても,それらの形はデザイン性をもった形であり,「丸」,「三角」,「四角」などの単純な図形とは異なる。
したがって,本件発明5は,先願発明とは同一ではない。
(5) 本件発明8(請求項8)について
(a) 請求項8は,請求項1に従属する請求項であるため,上記と同様の理由から,本件発明8と先願発明とは同一ではない。
(b) また,審決は,「先願明細書…には,写真シール自動販売機1は,中央に撮像空間4を有してその奥側(背面側)に筐体2を備え,撮像空間4の手前側(正面側)に特殊カーテン18で囲繞した隠蔽空間5を備え,前記筐体2が備えるスクリーン16pの中央少し上方に被写体を撮像するデジタルカメラ14を備えていること,また,先願明細書…には,特殊カーテン18で形成される被写体以外の白色部分(周景)に対して合成用画像をクロマキー合成し合成画像を作成することが記載されていることからすると,前記特殊カーテン18はカメラの撮影範囲をカバーする大きさであることは明らかであり,また,カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定することは,当業者が設計に当たって普通に採用し得る程度の事項であると認められる。そうすると,前記仕切スクリーンが『カメラの撮影範囲をカバーする大きさであり,カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定されている』とした点は実質的な相違点ではなく,本件特許発明8と先願発明とは実質的に同一といえる。」と認定判断した(前記第2,3(7)の第2段落)。
しかしながら,先願明細書(甲1)には,スクリーンがカメラの撮影範囲をカバーすることは開示されていない。また,先願明細書では,段落【0087】に示されるように,「不要な部分」が写ることを前提としている。
したがって,本件発明8は,先願発明とは同一ではない。
(6) 本件発明20(請求項20)について
審決は,「そうすると,本件発明20と先願発明とは,いずれも,『使用者を含む被写体を撮影してその撮影画像をプリントする画像プリント作成方法であって,撮影領域に存在する被写体に撮影させて撮影画像を生成する撮影ステップと,撮影画像を被写体に対して表示する画像表示ステップと,上記撮影画像をプリント出力するプリントステップとを備え,上記撮影ステップを,撮影領域に存在する被写体とカメラとの間にカメラの撮影範囲内に被写体を露出させることができる開口部が形成された仕切スクリーンを設けた状態で実行し,上記仕切スクリーンの開口部から露出された被写体の身体の一部を開口部や仕切スクリーンとともに撮影した撮影画像に被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に第2画像を合成して合成画像を生成することを特徴とする画像撮影方法』である点で違いはなく,本件発明20は先願発明と同一であると認められる。」と認定判断した(前記第2,3(8)(8-2))。
しかしながら,先願明細書に記載された写真シール自動販売機は,写真の撮影時の動画像にクロマキー合成によりリアルタイムに画像を合成を行うものであるのに対して,本件発明20は,「撮影した撮影画像」(撮影された後の静止画)の被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に画像を合成するものである。このことは,先願明細書の段落【0007】において,先願発明の特徴として,「撮影自体に対するアミューズメント性を高めた」と記載されていること,段落【0020】において,「合成手段は,…リアルタイムに合成して」と記載されていること,段落【0027】において,「撮像に対する新しい遊びを発見することとなり」と記載されていることから明らかである。
すなわち,先願発明は,撮影時(撮影中)にリアルタイムに画像合成を行うことで,撮影自体に対するアミューズメント性を高めるものであるのに対して,本件発明20は,撮影後の画像の被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に画像を合成するものである点で両者は異なる。
したがって,本件発明20と先願発明とは同一ではない。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由1(先願発明(甲1)が特許法29条の2の適用要件を満たすとした判断の誤り)に対して
審決は,審査において特許法29条の2の適用要件を判断する時期を設定登録日とするというようなことは明言していない。
本件発明1ないし3,5,8,20は,先願明細書(甲1)が特許法41条3項の規定により出願公開されたものとみなされた時点で,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものであり,したがって,特許法123条1項2号の規定に該当するものであるから,無効とすべきである。審決の法令適用に何ら違法はない。
無効審判制度は,後発的無効理由に該当しないものであっても,審査官の査定時の判断に誤りがあったか否かのみを争うための制度ではない。特許法29条の2は,先願主義を拡大した規定であり,後願登録後に先願が公開された場合であっても,後願に係る特許権を遡及消滅させるべきことを法が予定していると解すべきである。何となれば,後願登録後であっても,先願が公開された時点で後願は新しい技術を公開したものではなくなり,新しい発明の公開の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨に反することに何ら変わりはないからである。
また,先願の出願人には,たとえ自らの出願が権利化されなくても,明細書等に記載された技術が公開されれば後願を拒絶できるとの期待が生じているところ,仮に先願の明細書等に記載された範囲内で後願の特許権が先願公開後も適法に存続するとなると,先願出願人の期待を裏切ることになり,著しく不公平な結果となる。
原告の主張は,早期審査制度,早期出願公開制度の趣旨を全く考慮しない当を得ない主張である。早期審査の請求を行った出願人は,早期審査の請求を行わなかった出願人に対して,非常に有利な立場を得ることになり,著しく公平性に欠けるものとなる。
2 取消事由2(特許法29条の2所定の同一性の認定判断の誤り)に対して
(1) 本件発明1(請求項1)について
先願明細書(甲1)では,プレビュー用の動画像以外にも,静止画像の撮像を行っており,静止画像に対して画像合成を行っている点が記載されている(段落【0058】,【0059】,【0077】ないし【0079】)。
また,先願明細書(甲1)の「特殊カーテン18」は,画像合成のために用いられるものであり,本件発明1の「仕切スクリーン」に相当するものであり,先願明細書には,「撮影後の画像の被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に画像を合成する点」が記載されている。
よって,本件発明1と先願発明とは,審決の示す理由のとおり,同一である。
(2) 本件発明2(請求項2)について
前記のように,本件発明1と先願発明とは同一であるので,審決が述べた理由と同様の理由により,本件発明2と先願発明とは同一である。
(3) 本件発明3(請求項3)について
前記のように,本件発明1と先願発明とは同一であるので,審決が述べた理由と同様の理由により,本件発明3と先願発明とは同一である。
なお,先願明細書には,背景(バックスクリーン)に関する技術的思想が開示されていることは明らかである(甲1の段落【0089】,【0012】)。
(4) 本件発明5(請求項5)について
前記のように,本件発明1と先願発明とは同一であるので,審決が述べた理由と同様の理由により,本件発明5と先願発明とは実質的に同一である。
また,「ハート型や星形等の形に刳り貫いて形成した切り込みを,丸型という単純な形に刳り貫いて形成した切り込みとすることは,設計上の微差にすぎない」とする審決の判断も妥当である。
(5) 本件発明8(請求項8)について
前記のように,本件発明1と先願発明とは同一であるので,審決が述べた理由と同様の理由により,本件発明8と先願発明とは実質的に同一である。
なお,先願明細書における特殊カーテン18は,カメラの撮影範囲をカバーすることは明らかであり,先願明細書には,スクリーンがカメラの撮影範囲をカバーすることが開示されている。
また,原告が指摘する先願明細書の段落【0087】の記載は,合成用画像と撮像画像とのブレを,画像編集枠内で修正できることを記載しているものであって,本件発明8との関連性は認められない。
(6) 本件発明20(請求項20)について
先願明細書では,プレビュー用の動画像以外にも,静止画像の撮像を行って,静止画像に対して画像合成を行っている点が記載されている(段落【0058】,【0059】,【0077】ないし【0079】)。
また,先願明細書(甲1)の「特殊カーテン18」は,画像合成のために用いられるものであり,本件発明1の「仕切スクリーン」に相当するものであり,先願明細書には,「撮影後の画像の被写体の前景として写り込んだ仕切スクリーンの部分に画像を合成する点」が記載されている。
よって,本件発明20と先願発明とは,審決の示す理由のとおり,同一である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(先願発明(甲1)が特許法29条の2の適用要件を満たすとした判断の誤り)について
(1) 証拠(甲1,2,9ないし12)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
本件特許の出願(特願2003-21897号)は,特願2002-142959号を国内優先の基礎として,平成15年1月30日にされた。上記国内優先の基礎とされた特願2002-142959号の出願日は,平成14年5月17日であった。本件特許出願については,平成15年9月3日,特許すべき旨の査定がされ,同年10月3日,設定の登録がされた。
一方,特願2002-142763号の特許出願が,先願発明についての特許出願(特願2002-10486号)を国内優先の基礎として,平成14年5月17日にされた。上記国内優先の基礎とされた先願発明の特許出願(特願2002-10486号)の出願日は,平成14年1月18日であった。そして,先願発明の特許出願につき,平成15年10月2日に出願公開がされたものとみなされた(特許法41条3項)。
(2) 上記事実関係を時系列に従って整理すると,@先願発明の特許出願,A本件発明の特許出願,B本件発明についての特許査定,C先願発明につき出願公開,D本件特許の設定登録という順序でされたものである。
(3) そこで,判断するに,特許法(以下,単に「法」ともいう。)29条の2における「出願公開」という要件は,後願の出願後(当該特許出願後)に先願(当該特許出願の日前の他の特許出願)についての「出願公開」がされれば足りるのであり,後願の査定時に未だ先願の出願公開がされていない場合には,担当の審査官が先願の存在をたまたま知り得たとしても,その時点で査定をする限り,特許査定をしなければならないが,その後にその先願の出願公開がされたときは,法29条の2所定の「出願公開」の要件を満たし,法123条1項2号に該当するものとして特許無効審判を請求することができるものと解するのが相当である。
(a) 法29条の2は,その文言解釈上,先願の出願公開時期につき,「当該特許出願後」(後願の出願後)ということ以外に何ら限定していないことが明らかである。
(b) 法29条の2が設けられた主たる趣旨を考察すると,当該特許出願の日前の他の特許出願(先願)の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明は,一部の例外を除きすべて出願公開によって公開されるものである(法64条等)から,後願である当該特許出願は,先願について出願公開がされなかった例外的な場合を除き,社会に対して何ら新しい技術を提供するものではないという点にあるものと解される。
この趣旨に照らすと,上記のように解するのが相当である。後願である当該特許出願についての特許査定時期と先願の出願公開時期との先後関係がいかにあろうとも,すなわち,後願の特許査定後に先願の出願公開がされたとしても,後願である当該特許出願が社会に対して何ら新しい技術を提供するものではないことに変わりはないからである。
(c) 実質的に考えても上記のように解釈するのが相当である。
仮に,後願(当該特許出願)についての特許査定時までに先願の出願公開がされていない場合には,その後にその出願公開がされたとしても法29条の2の適用の余地はないと解するならば,不当な結果となる。
そもそも,特許査定の時期は,審査請求をどの時点でするか,審査手続がどのように進行するかなど,個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり,出願公開の時期も,出願人が出願公開の請求をどの時点でするか,法64条1項前段の出願公開についても事務手続がどのように進むかなど,これも個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり,両者の先後関係は,多分に偶然の要素に左右されることは,制度上自明のことである。このような偶然の要素によって特許要件の充足性を左右させることは,特許制度を不安定かつ予測困難なものとするものであって,特許法の予定するものでないと解される。また,そのような不安定かつ予測困難な制度として運用するならば,先願者の防衛的な観点からの手続を誘発することにもなり,法29条の2の企図するところとも背馳することになる。
(d) 原告は,種々の文献を挙げており,確かに,従前の特許法の解説書の記載には,先願の公開が既にされていることを前提に特許の拒絶査定を論じるかのように読めないではないものも存在する。しかし,それは,早期審査制度の運用が開始される前においては,後願の査定時期が先願の公開時期を追い抜く事態を想定し難かったために,先願の公開がされた後に後願の査定時期を迎えるという典型的な事例を念頭において記載されているからにすぎず,後願の査定時までに先願が公開されていなければ,もはや法29条の2の適用の余地はなくなるということを意識的に論じた趣旨であるとは解し得ない。
また,原告は,法123条なども引き合いに出して主張するが,法29条の2を前判示のように解する妨げとなるものではない(後願の特許査定がされた後に先願の出願公開がされた事例であっても,後願の特許査定時には,既に先願が存在しており,それは一部の例外を除きすべて公開されるものであるから,特許要件を欠く原因の本質的部分は存在していたものともいえるのであって,特許査定後に全く新たに発生するような後発的無効事由と同一に論じることは相当ではない。また,法39条1項の事例をも考察するならば,法123条1項2号が特許査定後の事情が付加された無効事由を一切排除するものとは解し難い。)。
(e) ちなみに,平成10年11月「工業所有権審議会企画小委員会報告書〜プロパテント政策の一層の深化に向けて〜」(中山信弘委員長。特許庁ホームページにて公開されている。)の「【4】申請による早期出願公開制度の導入」という項では,早期審査に付された後願の特許査定後に,先願の出願公開がされるという本件と同じ事案について,法29条の2による特許取消事由が成り立つことを前提に,異議申立期間満了前に先願の早期公開を可能とすることの必要性が報告されており,法29条の2についての前判示の解釈と同旨のものと解される。
また,当裁判所に顕著な近時の実務状況から一例を挙げると,本件と同様,先願発明の特許出願,後願発明の特許出願,後願発明についての特許査定,先願発明につき出願公開,後願発明の特許の設定登録という時系列的な流れをたどった事案において,異議が申し立てられ(異議2001−73432号),特許庁は,法29条の2に違反してされたものとして上記特許を取り消す決定をし(平成15年2月6日付け決定),その決定取消訴訟においても,先願の公開時期については特段問題とされることなく,東京高裁判決により取消決定が維持され,確定したものがある(東京高裁平成16年12月9日判決・同平成15年(行ケ)第107号事件)。
(4) 審決は,前記のとおり,本件特許の設定登録前に先願の出願公開がされたことを理由に法29条の2に該当するかのような説示をしており,後願の設定登録の時期と先願の出願公開の時期を対比したかのように解される点において,失当である。しかし,既に判示したところに照らせば,本件においては,そもそも後願の出願後(当該特許出願後)に先願についての「出願公開」がされれば足りるのであり,それ以上に先願の出願公開の時期を限定する必要はないのであるから,審決の結論は是認し得るものであり,上記の点をもって審決を取り消すべきことにはならない。
結局,前記第3,1において原告が主張するすべての点を検討しても,原告主張の審決取消事由1は,理由がないというほかない。
2 取消事由2(特許法29条の2所定の同一性の認定判断の誤り)について
(1) 本件発明1(請求項1)について
(a) 本件明細書(甲2)の段落【0056】,【0099】,【0105】,【0109】,【0116】,【0118】のクロマキー合成に関する記載に照らせば,原告が主張する「撮影後の画像の被写体の前景として写し込んだ仕切スクリーンの部分の画像を合成するものである点」という場合の画像の合成処理とは,「クロマキー合成」を意味するものと認められる。
(b) 先願明細書(甲1)の段落【0012】,【0052】,【0054】,【0064】,【0072】,【0079】,【0086】の各記載に照らせば,先願発明も「特殊カーテン18等で形成される被写体以外の白色部分(周景)のみに対して合成用画像を合成する」ようにしたクロマキー合成を行うものであること,また,先願発明の「特殊カーテン」が本件発明1の「仕切スクリーン」に相当し,先願発明の「周景」が本件発明1の「前景」に相当するものであることが認められる。
(c) そうすると,本件発明1も先願発明も,「撮影画像の被写体の前景として写し込んだ仕切スクリーンの部分の画像を合成(クロマキー合成)するものである」点において相違するものではない。
(d) 次に,上記「撮影画像」が,「撮影した撮影画像」(撮影された後の静止画)であるのか,「撮影時(撮影中)の動画像」であるのかについて検討する。
先願明細書の前掲記載によれば,「撮像画像は制御装置10のRAMに一時記憶し,合成用画像は予め記憶装置27に記憶しているものを利用するようにして,別個の状態で記憶しておいて後に合成用画像のみを他の合成用画像に変更することを可能にしている。」(下線は当裁判所が付した。段落【0079】),「利用者は合成用画像を撮像後に容易に変更することが可能であり」(段落【0086】)というのであるから,先願明細書には,撮影画像(それを静止画とすることに技術的困難性があることを示す証拠はない。)を一時記憶しておいて,後にその画像(つまり撮影時のリアルタイムの画像ではない撮影された後の画像)と合成用画像とを用いて,画像合成を行うようにした技術が記載されているものと認められる。
よって,先願発明も,撮影後の画像の被写体の前景として写し込んだ仕切スクリーンの部分の画像を合成するものであるといえる。
(e) したがって,本件発明1と先願発明との同一性を肯定した審決の認定判断に誤りはなく,本件発明1についての原告の主張は理由がない。
(2) 本件発明2(請求項2)について
上記(1)の説示に照らせば,本件発明2についての原告の主張も理由がない。
(3) 本件発明3(請求項3)について
(a) 上記(1)の説示に照らせば,本件発明3についての前記第3,2(3)(a)の原告の主張も理由がない。
(b) 次に,前記第3,2(3)(b)の原告の主張について検討する。
(b-1) 先願明細書(甲1)の段落【0044】ないし【0049】,【0052】ないし【0054】の各記載によれば,次のことがいえる。
すなわち,特殊カーテン18の縦スリット面18iと横スリット面18kは,互いに対向する面で,共に白色の不透明なカーテンで形成されるものであって,双方のどちらが前面となった場合も,その前面及びバックスクリーンとなる後面の双方が白色の不透明なカーテンであることから,クロマキー合成における合成用画像を合成できる部分に相当することは,明らかである。
そして,特殊カーテン18の利用方法として,「隠蔽空間5内に居て縦スリット面18i又は横スリット面18kの切れ目から顔や手など体の一部を出して撮像する」のであるから,この縦スリット又は横スリットが「開口部」に相当することは明らかであり,また,その顔や手など体の一部の出し方によっては,後面のカーテンが見える場合があることは十分に想定されるところである。
そうすると,「被写体である利用者が,前記縦スリット面18iの切れ目から顔や手などを出した状態にあるとき,該切れ目を通して,被写体のバックとなる側に特殊カーテン18の一面(横スリット面18k)がバックスクリーンとして見られることは明らかである。」とした審決の認定に誤りがあるとはいえない。
(b-2) 本件発明3に係る「開口部が形成された画像合成のための仕切スクリーンとバックスクリーンとを用いて写真撮影を行う」ことの技術的意義の観点からも検討しておく。
本件明細書(甲2)の段落【0109】の記載に照らせば,本件発明3に係る上記の点は,クロマキー処理による画像合成を意図したものと推認される。
先願発明も,既に判示したように,特殊カーテン18の互いに対向する面である縦スリット面18iと横スリット面18kとは,双方のどちらが前面にあった場合も,その前面及びバックスクリーンとなる後面の双方が白色の不透明なカーテンであるから,クロマキー処理による画像合成を意図したものであると認められる。
そうすると,両者とも技術的意義において差はないものと認められる。
(b-3) 以上によれば,審決には,原告が前記第3,2(3)(b)において主張するような違法はないというべきであり,原告の主張は採用することができない(先願明細書の段落【0089】,【0012】の記載を根拠とする被告の主張も採用し難いが,上記のとおり,審決を取り消すべき理由はない。)。
(4) 本件発明5(請求項5)について
(a) 上記(1)の説示に照らせば,本件発明5についての前記第3,2(4)(a)の原告の主張も理由がない。
(b) 次に,前記第3,2(4)(b)の原告の主張について検討する。
(b-1) 先願明細書(甲1)の段落【0013】,【0053】の各記載に照らせば,次のことがいえる。
すなわち,先願発明においては,幕体,すなわち特殊カーテン18に1以上の切り込み部が形成されたものであって,その切り込み部は,スリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いた切り込み等を含むのである。そして,スリット状の縦方向又は横方向の切り込みについては,その利用方法として,その切り込み(スリット面の切れ目)から,顔,足,手など体の一部を出して撮像することが示されており,また,ハート型や星型等の形の切り込みについては,刳り貫いて形成するものであるから,えぐって穴をあけて形成するものであると認められる。
そうすると,スリット状の縦方向又は横方向の切り込み,ハート型や星型等の形に刳り貫いて形成された切り込みが,「開口部」といえるものであることは明らかである。なお,先願明細書又は図面には,ハート型や星型等の形の切り込みの利用方法については開示されていないが,えぐって穴をあけて形成した切り込みから顔,手などの体の一部を出すことを阻害する理由は見当たらないので,ハート型や星型等の形の切り込みもスリット状の縦方向又は横方向の切り込みと同様の利用方法が想定されるものと認められる。
また,「開口部」に相当する切り込みの形状として刳り貫いたものにつき,先願明細書又は図面においては,「ハート型や星型等の形」が記載されているものの,本件明細書に示された「丸型」の開口部については,明示的な記載はない。しかし,「丸型」の形状は,「ハート型や星型」の形状より格段にシンプルでありふれた慣用の形状であり,また「丸型」の形状であることにより,「ハート型や星型」の形状と比較して,格別な作用効果を奏するものとも認められないのであって,「丸型」の形状は,先願明細書における「ハート型や星型等の形」という記載における「等」の中に,当然に含まれるものと理解するのが相当である。
(b-2) 以上によれば,審決には,原告が前記第3,2(4)(b)において主張するような違法はないというべきであり,原告の主張は採用することができない。
(5) 本件発明8(請求項8)について
(a) 上記(1)の説示に照らせば,本件発明8についての前記第3,2(5)(a)の原告の主張も理由がない。
(b) 次に,前記第3,2(5)(b)の原告の主張について検討する。
(b-1) 先願明細書(甲1)の段落【0052】ないし【0054】の各記載に照らせば,次のことがいえる。
すなわち,先願発明の「特殊カーテン18」は,本件発明8の「仕切スクリーン」に相当し,「周景として利用する面」であるところ,その通常面18hを使って「普通に全身又は上半身を撮像する」ことができるものであり,また,クロマキー合成時には,「特殊カーテン18等で形成される被写体以外の白色部分(周景)のみに対して合成用画像を合成する処理が容易に行える」のであるから,被写体以外の部分は,特殊カーテン18等で形成される白色部分(周景)のみであること,及び特殊カーテン18が「カメラの撮影範囲をカバーする大きさ」であることは,極めて容易に認識し得るところである。
また,先願発明においても,合成用画像を合成することによる写真編集を特殊カーテン18等で形成される白色部分(周景)のみに対する処理で容易に行える(つまり,他の余分な作業をすることなく行えるものといえる)のであるから,先願明細書又は図面において明示的な記載はないものの,「カメラの撮影範囲に余分なものが写り込まないように設定されている」という点は,当然のこととして考慮し採用されているものと理解し得る。
なお,原告は,先願明細書では,段落【0087】に示されるように,「不要な部分」が写ることを前提としていると主張する。しかし,段落【0087】の記載は,合成用画像と撮像画像が合っていないことによって発生した不要な部分を削除することを説明しているのであって,本件発明8の「仕切スクリーン」に相当する「特殊カーテン18」の大きさや設定に関係した「不要な部分」を対象とする記載ではないことが明らかであって,原告の上記主張は失当である。
(b-2) 以上によれば,審決には,原告が前記第3,2(5)(b)において主張するような違法はないというべきであり,原告の主張は採用することができない。
(6) 本件発明20(請求項20)について
本件発明20(請求項20)は,本件発明1(請求項1)の「画像撮影装置」に対応する「画像撮影方法」についての発明であって,実質的な技術内容は,本件発明1(請求項1)と同様である。原告の主張もまた本件発明1(請求項1)についてのものと同旨である。
したがって,上記(1)の説示に照らせば,本件発明20についての前記第3,2(6)の原告の主張もまた理由がないというべきである。
3 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
田 中 昌 利
裁判官
佐 藤 達 文