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発明届出書の書き方(AI応用発明)
How to Fill out Invention Disclosure Form
弁理士 古谷栄男
Hideo Furutani, Patent Attorney
1.はじめに
本稿で扱う「発明届出書」とは、発明者がその発明内容を記載して、知的財産を担当する部門に届け出るための社内的な書面をいいます。知的財産部門は、この「発明届出書」に基づいて発明を理解し、出願を行うか否かを決定します。また、弁理士は、この「発明届出書」をベースにして発明者と面談を行った後、発明概念を把握し、特許出願の準備を行います。
なお、ここでは、AI応用発明(ここでは、ニューラルネットワークを学習させ、当該学習済ニューラルネットワークにて処理を行うシステムなどに関する発明について検討します)について届出書の書き方を説明しました。ソフトウエア関連発明やビジネスモデル発明については、下記を参照してください。
ソフトウエア関連発明の届出書の書き方
ビジネスモデル発明の届出書の書き方
AI関連の発明には、次の3つの種類があります。なお、ここでは、主としてディープラーニングによるAIを中心に説明をします。
・AIコア発明
・AI応用発明
・AI実験発明
AIコア発明とは、ニューラルネットワークのアーキテクチャそのものについての発明です。たとえば、はじめてCNN(コンボリューショナル・ニューラル・ネットワーク)を考えた場合の発明やDropuotやバッチノーマライゼーションのような発明がこれに該当します。本稿では、このようなAIコア発明についての「発明届出書」の書き方は説明しておりません。いわゆるソフトウエア関連発明と同様の考え方にて、まとめることができるためです。
AI応用発明とは、AIの内部構造には特徴がなく、どのような用途にAIを用いたのかという点に特徴のある発明です。たとえば、医者の患者に対する問診結果を入力することで、その患者が痴呆症であるかどうかを判断するAIを発明したような場合です。本稿では、このAI応用発明を例に挙げて、「発明届出書」の書き方を説明しています。
最後の、AI実験発明とは、実際に実験をせずにAIを使ってシミュレーションを行った結果として得られた構造や化合物についての発明をいいます。この場合、AIによるシミュレーション結果を、「発明届出書」に添付するとよいでしょう。たとえば、ゴルフクラブの空気抵抗をAIのシミュレーションにて検討し、新しい形状のゴルフグラフを発明した場合、その形状の説明に加えて、シミュレーション結果を添付することになります。ただし、化合物のように技術的予測可能性の低い分野(実験してみないと効果が確認できない分野)においては、AIによるシミューレーションだけでは、実施可能であると認められず特許がとれないので、重ねて実験を行う必要がある点に注意が必要です。本稿では、このAI実験発明についても説明はしておりません。
なお、一般に、届出書のスタイルとして、簡易発明届出書と正式な発明届出書があります。私の個人的なお勧めは、簡易発明届出書です。開発者の方に過度の負担をかけず、迅速に手続を進めて、特許出願に繋げることができるからです。ただし、企業によっては、開発者の方に正式な発明届出書を書くように求めている場合もあります。迅速性には欠けますが、開発者の方の特許スキルを磨くという点で効果があります。
ここでは、簡易発明届出書の書き方について解説を行った後、正式な発明届出書(準備中です)についてもその書き方を説明します。なお、サンプルとして示した簡易発明届出書をどのようにして完成させるのかを以下で説明しています。
2.想定した発明
ここでは、次のようなAI応用発明したと仮定して、発明届出書のまとめ方を説明します。下記の発明は、特許庁のAI関連発明における事例についてにおいて示された事例(事例36:認知症レベル推定装置)を参考にして作成したものです。
(発案の概要)
従来は、専門医が患者に対して問診を行い、患者の回答ぶりを診て、認知症であるか否かの判断をしていた。これをAIによって判断し、経験の浅い医者による診断の補助ができるようにしたのがこの発明である。
専門医の質問とこれに対する患者の回答内容に基づいて、認知症であるか否かの判断をするようにしたシステムが提案されている。このシステムでは、質問と回答内容をセットにし、これらに専門医の診断結果を対応付けて、学習データとして、ニューラルネットワークを学習させている。
しかし、専門医の質問と患者の回答内容に基づいて、認知症であるか否かを正確に推定することのできる学習済ニューラルネットワークを構築することは難しかった。専門医と患者の問答の進行はケースバイケースであり、現実的に取得できる学習データの数では実用性の高い学習済ニューラルネットワークを構築することができなかった。
そこで、この発明では、医者の質問内容の種別(食事、天気、家族など)と、その質問に対する患者の回答とを関連づけ、専門医の診断結果を教師データとして、ニューラルネットワークを学習するようにした。
3.書き始める前に
いきなり届出書に書き始めずに、発明内容を思考メモにまとめると良いでしょう。たとえば、次のような思考過程で発明内容を整理し、思考メモにまとめます。
(1)発明の効果を把握します
そのAIを応用した製品・システムや仕組みが、どのような点において、メリットがあるのかを把握します。上記の例であれば、「認知症であるか否かを精度よく判断できる」というメリットを見いだすことができます。この場合、従前の類似のやり方と比較し、従前の手法にはなかったメリットを見いだすことが必要です。従前に類似する手法がない場合には、類似するとまでは言えなくとも、最も近い手法と比較して、メリットを見いだします。
この効果(メリット)を正確に把握することが出発点です。最初のうちは、うまく効果(メリット)を見いだせないかもしれませんが、違っていれば後で修正するぐらいの気持ちで、とりあえず書いてみるといいでしょう。
(2)効果をもたらした工夫を把握します
上記のようにして効果を把握したら、次に、どのような手法を採用したから、そのような効果がもたらされたのかを把握します。その手法こそが、発明の本質部分といえます。
上記の例でいえば、「医者の質問内容とその質問に対する回答内容だけでなく、質問種別(食事、天気、家族など)も加え、これらデータに基づいて認知症であるか否かの推定を行うようにした」からこそ、精度が上がったということができます。このようにして、効果をもたらした工夫を認識します。
ただし、この発明の本質部分(効果をもたらした工夫)と、発案者自身が権利を取得したいと考えた部分とが、ずれる場合もあります。その場合には、権利を取得したい部分(工夫・特徴)をあわせて書いておき、後日、知財担当者や弁理士と相談すべきでしょう。
(3)従来の手法・仕組みを把握する
これは、すでに、(1)の効果を考えるときに把握しているはずです。前述のように、効果は、従来の手法との相対的な関係によって把握できるものだからです。したがって、ここでは、従来の手法・仕組みを再確認します。
上記のケースでは、「医師の質問内容およびこれに対する患者の回答内容に基づいて、学習済ニューラルネットワークにて認知症か否かを推定するようにしていた」という従来手法があると認識できます。
(4)従来手法の問題点を把握します
上記のように従来手法を認識すれば、次に、この従来手法の問題点を把握します。これは、(1)の効果「認知症であるか否かを精度よく判断できる」の裏返しであり、わざわざ、考えるまでもないのですが、再確認しておきます。上記のケースでは、「認知症であるか否かの推定精度がよくなかった」ということになるでしょう。
(5)思考メモにまとめます
上記(1)〜(4)を把握したら、その内容を、メモ(思考メモ)にまとめます。参考のため、思考メモの例を下に示します。
思考メモ
(1)発明の効果
認知症であるか否かを精度よく判断できる
(2)効果をもたらした工夫
医者の質問内容とその質問に対する回答内容だけでなく、質問種別(食事、天気、家族など)も加え、これらデータに基づいて認知症であるか否かの推定を行うようにした
(3)従来の手法・仕組み
医師の質問内容およびこれに対する患者の回答内容に基づいて、学習済ニューラルネットワークにて認知症か否かを推定するようにしていた
(4)従来手法の問題点
認知症であるか否かの推定精度がよくなかった
※思考メモは、あくまでも、自分のための覚え書きですから、自分さえ分かれば十分です。提出する必要はありません。
(6)図面を用意します
思考メモができたら、次に、図面を用意します。簡易発明届出書では、発明の概要を示す図面を用意します。余裕があれば、従来技術の概要を示す図面も用意します。
発明の概要を示す図面、従来技術の概要を示す図面の例は、以下のとおりです。
この例を見て、どういう図面を用意すればよいかわかった方は、ご自分の発明について図面を作成してみてください。どのような図面を用意すればよいかよくわからない、どんな基準で図面を作成すればいいのかわからない、という方は、以下の説明を読んだ上、作成してみてください。
どのような図面を用意するかは、思考メモにおいてまとめた内容を参照して決めます。従来技術の概要を示す図面としては、従来技術の問題点を説明するに適した図面であることが大切です。思考メモにあるように、「認知症であるか否かの推定精度がよくなかった」というのが従来技術の問題点です。なぜ、このような問題点があるかというと、医師の質問と患者の回答内容のみに基づいて認知症か否かを推定するようにしているからだといえます。したがって、従来技術の概要を示す図面は、「医師の質問と患者の回答内容のみに基づいて認知症か否かを推定していること」がわかる図面であればいいことになります(もちろん、文章でフォローしますので、図面だけで完全に示すことができなくても大丈夫です)。従来技術を示す上記の図1では、医師の質問と患者の回答データに基づいて認知症の度合いを推定するシステムが示されていますので、適切な図面であるということができます。
発明の概要を示す図面についても同じように考えて用意します。発明の概要を示す図面としては、効果をもたらした工夫を説明するに適した図面であることが大切です。思考メモにあるように、「医者の質問内容とその質問に対する回答内容だけでなく、質問種別(食事、天気、家族など)も加え、これらデータに基づいて認知症であるか否かの推定を行うようにした」というのが、この発明における工夫です。したがって、発明の概要を示す図面は、この工夫がわかる図面であればいいことになります。本発明を示す上記の図2では、質問種別選択ボタン6によって、質問の種別を入力して推定を行うことが示されています。
なお、図2では、このシステムを病院などで使用するものとして、ある程度詳しいシステム構成を書いています。システム構成について予定があったり、おそらくこのようにするだろうという予測があるようなら、書いておいた方がいいでしょう。その構成に基づいて、さらなる改良アイディアが出てくる場合もあります。
図2では、医師の声と患者の声をマイク8にて取得し、これを前処理装置10によってテキストデータに変換して、学習済ニューラルネットワーク4に与えるようにしています。医師による質問か、患者による回答かを区別するために、医師が話者選択ボタン12を押すようにしています。
また、ニューラルネットワークの発明では、どのようなデータにて学習を行うのかを示すことが大切です。発明届出書に基づいて作成される特許出願の明細書において、そのシステムをどのようにして構築するのかを説明する必要があります(構築方法の説明が理解できなければ、特許が取得できなくなります)。通常のソフトウエア関連発明の場合、処理の流れに沿ってそのアルゴリズム(フローチャート)を示すことで、システムの構築方法を示すことができます。しかし、ニューラルネットワークの場合、その中で行われているロジックを知ることはできないのが普通です。したがって、処理のロジックではなく、学習の仕方を説明することでシステムの構築方法を説明することになります。
図3に、この発明における学習データの例を示しています。質問、回答、認知症の度合いだけでなく、質問種別が学習データとして用いられている点が示されています。
以上のようにして、図面の用意が整いましたら簡易発明届出書の作成に入ります。
4.簡易発明届出書を書きます
以上の用意ができた後、簡易発明届出書を書き始めます。上記の用意ができていれば、後は比較的簡単です。
届出書は、各企業によって異なっています。ここでは、添付した簡易発明届出書にしたがって、書き方を説明します。各企業とも、届出書の項目は異なりますが、記入すべき本質は同じですから、参考になるでしょう。
なお、届出書の文章は、1文を短くし、1文に2以上の内容を盛り込まないようにすると論理が明快になります。
(1)発明の名称を記入します
発明の名称に、あまりこだわる必要はありません。ここでは、「認知症推定システム」としました。
(2)発明の分野を記入します
どのような分野に関する発明であるかを記入します。ここでは、医者の診断を補助するため、認知症であるか否かを推定するシステムに関するものであるとしました。
(3)従来の技術を記入します
ここでは、思考メモの「従来の手法」と「従来手法の問題点」の項目を参考にして、用意した図1を参照して説明します。要は、従来どの程度のものがあったのか、発明から見た場合に従来手法にはどのような問題があったのかを分かるように書けばよいのです。
なお、企業によっては、「従来の技術」と「従来技術の問題点(発明が解決しようとする課題)」に項目を分けている場合もあります。
(4)課題を解決するための手段(発明の概要)を記入します
思考メモの「効果をもたらした工夫」に書いた内容をそのまま書くとようでしょう。
(5)実施形態を記入します
実施形態では、具体的な例を書きます。権利を取得したい範囲は、先の「課題を解決するための手段(発明の概要)」で概ねわかります。したがって、ここでは、あくまでも一例として具体的に書いた方が、出願の際の情報として使えます。
特許出願の際には、権利範囲は広く、すなわち抽象的に、実施形態は実施可能(実施可能なように説明していないと拒絶されます)なように具体的に書く必要があります。発明届出書においても、具体的に書いたほうがいいのはこのためです。
多くの場合、学習の際にどのようなデータにて学習するのか、推定の時にはどのようなデータにて推定するのかを順に記載すれば必要な説明ができるでしょう。なお、一般的なニューラルネットワーク(CNNやRNNなど)では、学習の仕方を説明すれば、推定の際の処理は説明しなくともわかりますし、その逆に、推定の際の処理を説明すれば学習の仕方は自ずとわかります。したがって、学習の処理について説明し、推定の時の処理はあっさりと説明するだけでもよいでしょう。
ただし、GAN(敵対的生成ネットワーク)やCycleGANのような特殊なものを用いる場合には、学習の処理についてしっかりと説明することが好ましいでしょう。
今回の例では、学習済ニューラルネットワークをどのように学習するのかを説明した後に、学習済ニューラルネットワークを使用する場合の処理を説明しています。今回例にあげたような発明であれば、ニューラルネットワークの内部構造(隠れ層が何層あるか、コンボリューション層をどのように構築するかなど)を説明しなくてもよいでしょう。ただし、「隠れ層のデータを、条件によっては次の隠れ層ではなく、1層飛ばした先の隠れ層に与えることによって推定精度を上げた」というような工夫があるのであれば、説明の必要があります(純粋なAI応用発明というよりも、半分ぐらいAIコア発明が入ったような発明といえます)。
(5)発明の効果を記入します
最初に作成した思考メモを見れば、容易に記入できるでしょう。
(6)変形例
上記のようにして1つの例について説明がすめば、次に、いろいろなバリエーションを記入します。
たとえば、医者の音声データの特徴を予め装置に記録しておいて、その特徴に基づいて医師の声か患者の声かを判断するようにしてよい、というような付加的なアイディアを書いておきます。
このような付加的な内容が、豊富に提示されれば、権利を取得できる可能性が高くなり、また、取得できた権利の実効性が高まります。したがって、この変形例の項目は重要です。なお、添付例では、文章だけで表現していますが、図面を用いて説明してもよいでしょう。
5.最後に
発明届出書は、一度書くまでが大変だといわれています。一度書いた経験があれば、次からは、比較的容易に書ける場合が多いようです。
なお、知的財産担当者の立場からすれば、良くできた内容の発明届出書を数多く出してもらうことを希望されるでしょう。しかし、発明届出書の質をあまり高いレベルで求めることは、届出書が出されなくなるという、好ましくない結果を招くことになります。したがって、最初は、簡易発明届出書を提出してもらい、出願をすると決定したものについてのみ、不足図面等を追加してもらうという方法を採用してもよいでしょう。簡易発明届出書ならば、図面を含めてもA4用紙で2枚に収まるので、発案者の負担も少なくなるでしょう。
発案者の方も、最初から完全な発明届出書を作成するという意識よりも、不完全な部分は、打ち合わせ等において指摘してもらい、後で補充するという意識で作成する方が、時間的な無駄が生じないと思われます。
以上
付録
発明届出書(正式)サンプル(作成中)
発明届出書(簡易)サンプル
その他
AI特許の取得と活用
ビジネスモデル特許の基礎
ビジネスモデル特許の流れ
NOTES
この資料は、下記の著作権表示をしていただければ、複製して配布していただいて結構です(商業的用途を除く)。(C)2000 HIdeo FURIUTANI / furutani@furutani.co.jp
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