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発明届出書の書き方(ソフトウエア関連発明)
How to Fill out Invention Disclosure Form
 

弁理士 古谷栄男
Hideo Furutani, Patent Attorney



1.はじめに


発明者の提出した発明届出書をきっかけとして特許出願を行っている企業が多いようです。この制度は、発明者が発明届出書を出してこそ機能します。そこで、ここでは、発明届出書の考え方と書き方を説明します。

なお、一般に、届出書のスタイルとして、簡易発明届出書と正式な発明届出書があります。ここでは、正式な発明届出書の書き方について解説します。正式な発明届出書を書くことができれば、簡易発明届出書を書くことは簡単です。

正式な発明届出書だけを採用している企業、簡易発明届出書だけを採用している企業、双方を採用している企業があります。

なお、ここでは、ソフトウエア関連発明について届出書の書き方を説明しましたが、ビジネスモデル発明についても、同様の考え方で書くことができます。ビジネスモデル発明の届出書の書き方についても別途解説を行いましたが、ほとんど同じことを書いていますので、改めてそちらを読む必要はないかと思います。ただし、届出書の例は、異なっていますので、これは参考になるかも知れません。



2.想定した発明


ここでは、次のようなソフトウエア発明をしたと仮定して、発明届出書のまとめ方を説明します。

(発明の概要)
従来のかな漢字変換は、同音異義語についての漢字候補の表示順序が固定的であった。つまり、そのユーザにとって使用頻度の高い漢字であっても、あらかじめ固定された表示順序に従って表示され、何度も変換キーを押さなければならないことがあった。
そこで、各漢字ごとに使用回数を記憶するようにし、使用回数の多い漢字から順に漢字候補を表示するようにした。これにより、ユーザの使用状況に応じて、適切な順序で漢字候補を表示することができるようになった。



3.書く前の準備


いきなり届出書に書き始めずに、発明内容を整理するとよいでしょう。慣れないうちは、頭の中だけで考えずに、思考メモにまとめることが効果的です。たとえば、次のような思考過程で発明内容を整理し、思考メモにまとめます。

(1)発明の効果を把握します
その発明が、どのような点において、効果があるのかを把握します。上記の例であれば、「ユーザの使用状況に応じた順で漢字候補を表示できる」という効果を見いだすことができます。この場合、従前の類似のやり方と比較し、従来の技術にはなかった効果を見いだすようにします。従来の類似技術がない場合には、類似するとまでは言えなくとも、最も近い技術と比較して、効果を見いだします。

この効果を正確に把握することが出発点です。効果に思い違いがあると、届出書の作成中にそのことに気づき、再び、出発点に戻って、効果の把握からやり直さねばならなくなります。効果にとらわれすぎるのも考えものですが、ある程度、この段階で、自分で納得のいく効果を見いだしておくべきです。

(2)効果をもたらした工夫を把握します
上記のようにして効果を把握したら、次に、どのような手法を採用したから、そのような効果がもたらされたのかを把握します。その手法こそが、発明の本質部分といえます。

上記の例でいえば、「ユーザの使用状況に応じた順で漢字候補を表示できる」という効果が得られるのは、「漢字ごとに使用回数を記録しておき、使用回数の順に漢字候補を表示するようにした」からだといえます。したがって、「漢字ごとに使用回数を記録しておき、使用回数の順に漢字候補を表示するようにした」点を、効果をもたらした工夫として認識できます。

(3)従来の技術を把握する
これは、すでに、(1)の効果を考えるときに把握しているはずです。前述のように、効果は、従来の技術との相対的な関係によって把握できるものだからです。したがって、ここでは、従来の技術を再確認します。

上記のケースでは、「かなに対応する複数の漢字を、辞書に記録された順に漢字候補として表示する」という従来技術があると認識できます。

(4)従来技術の問題点を把握します
上記のように従来技術を認識すれば、次に、この従来技術の問題点を把握します。これは、(1)の効果「ユーザの使用状況に応じた順で漢字候補を表示できる」の裏返しであり、わざわざ、考えるまでもないのですが、再確認しておきます。上記のケースでは、「ユーザの使用状況に拘わらず、漢字候補の表示順序が固定的であった」ということになるでしょう。

(5)思考メモにまとめます
上記(1)〜(4)を把握したら、その内容を、メモ(思考メモ)にまとめます。参考のため、思考メモの例を下に示します。

思考メモ

(1)発明の効果
ユーザの使用状況に応じた順で漢字候補を表示できる
(2)効果をもたらした工夫
漢字ごとに使用回数を記録しておき、使用回数の順に漢字候補を表示するようにした
(3)従来の技術
かなに対応する複数の漢字を、辞書に記録された順に漢字候補として表示する
(4)従来技術の問題点
ユーザの使用状況に拘わらず、漢字候補の表示順序が固定的であった

※思考メモは、あくまでも、自分のための覚え書きであるから、自分さえ分かれば十分です。提出する必要はありません。また、慣れてくれば、頭の中で考えるだけで十分です。



(6)図面を用意します
思考メモができたら、次に、図面を用意します。図面は、特許出願のための、とても大事な情報源です。状況にもよりますが、必要な図面が揃っていれば、文章が無くとも、弁理士との口頭打ち合わせにより出願を行うことができます。

@従来手法・仕組みの図面
まず、従来の手法に関する図面を用意します。初めて、届出書を作成する人にとっては、どの程度の図面が必要であるかという判断が困難かと思います。思考メモにまとめた従来手法の問題点を説明できる程度の図面を用意すれば十分です。

上記のケースでは、「ユーザの使用状況に拘わらず、漢字候補の表示順序が固定的であった」という問題を説明できれば良いのですから、辞書の構造と、漢字候補を表示した画面とを示せば十分でしょう。添付の詳細発明届出書の図1、図2を参照してください。
A発明手法・仕組みの図面
次に、発明の手法・仕組みが解るような図面を用意します。ここで用意する図面は、かなり重要です。質的にも量的にも十分なものとなるよう配慮します。

思考メモの「効果をもたらした工夫」を、プログラムの処理としてどのように行っているのかが分かるような図面を用意します。

i)全体のシステム図を作成
この発明では、スタンドアローンのコンピュータを基本としています。したがって、そのハードウエア構成をブロック図として示します。添付の詳細発明届出書の図3にその例を示します。発明において特殊なハードウエアが必要である場合には、もらさずに示します。また、サーバとクライエントを前提とするような発明であれば、サーバおよびクライエントを示した図面を用意します。

ii)3点セット
プログラムの処理に関連して、3点セット図面を用意します。ここで、3点セットとは、「フローチャート」、「画面」、「データ」をいいます。常に、これらの図面が必要十分であるとは限りませんが、これら3点セットを用意すれば良いことが多いと思われます。

図4が、かな漢字変換処理のフローチャートです。また、図7および図8が、かな漢字変換処理の際の画面表示例です。図8は、変換キーを押した場合に表示される候補漢字の変遷を示しています。

なお、フローチャートがあれば画面はなくとも発明は理解できる、ともいえます。しかし、i)画面によってより理解が容易になること、ii)画面を書いておくことにより、弁理士が画面についての権利取得の可能性を判断できること、などの理由から、画面を示す図面も用意すべきです。画面についての権利取得は簡単ではありませんが、特許をとれれば、侵害を簡単に見つけだすことができ、侵害の立証も簡単ですから、強力な権利になります。

図5および図6が、辞書のデータ例を示しています。図5と図6を比べれば、使用回数が更新されるとデータがどのように変化するのかが分かるようになっています。

以上のようにして、かな漢字変換処理についての、3点セット(フローチャート、画面、データ)を用意します。なお、処理が複雑である場合には、処理を複数に区分し、区分したそれぞれについて、上記の3点セットを用意すればよいでしょう。

以上のようにして、図面の用意が整いました。複雑な処理の場合には、フローチャートの作成に時間を要することになるでしょう。しかし、このフローチャートの作成時に、自分のアイディア内容を再確認したり、付加的なアイディアに思いを巡らしたりすることができます。

iii)変形例に関する図面
発明に変形例があり、図面で示した方がわかりやすい場合には、その図も用意します。図8に示すように、変換キーを押すごとに、漢字候補が1つずつ表示されるのが基本です。しかし、一度に複数の漢字候補を、使用回数の多い順に上から並べて表示する変形例が考えられます。このような変形例を説明するためには、図9のような図面を用意するとわかりやすいでしょう。



4.発明届出書を書きます


以上の用意ができたら、発明届出書を書き始めます。準備にずいぶん時間を費やしたようですが、上記の用意ができていれば、後は比較的簡単です。

企業は、それぞれ、独自の届出書フォームを用意しています。ここでは、添付の届出書にしたがって、書き方を説明します。各企業とも、発明届出書の項目は異なりますが、記入すべき本質は同じですから、参考になるでしょう。

(1)発明の名称を記入します
発明の名称に、あまりこだわる必要はありません。ここでは、「かな漢字変換方法」としました。目的を明確にするため、「学習機能付きかな漢字変換方法」としてもよいでしょう。

(2)発明の分野を記入します
どのような分野に関する発明であるかを記入します。製品への組込型のソフトウエアであれば、製品の分野を記入します。ここでは、「かな漢字変換」としました。

(3)発明の効果を記入します
最初に作成した思考メモを見れば、容易に記入できるでしょう。

(4)効果をもたらした工夫を記入します
これも、思考メモを見れば、容易に記入できるでしょう。なお、企業によっては、この項目を「課題を解決するための手段」「特許を取りたいポイント」と表現していることもあります。

(5)従来の手法を記入します
ここでは、思考メモの「従来の手法」と「従来手法の問題点」の項目を参考にして、用意した図1、図2を参照して説明します。要は、従来どの程度のものがあったのか、発明から見た場合に従来技術にはどのような問題があったのかを分かるように書けばよいのです。

なお、企業によっては、「従来の技術」と「従来技術の問題点」に項目を分けている場合もあります。

(6)発明の実施形態を書きます
この項目は、最も力を入れて書くべき箇所です。まずシステム全体を説明した後、かな漢字変換処理について説明します。

なお、この「発明の実施形態」の項目は、企業によっては、「実施例」と表現しています。
i)システム全体のハードウエア構成を説明します
システム全体のハードウエア構成を、図3を参照して、説明します。また、ハードディスクにインストールされる主要なプログラムやファイルなどについても説明をします。なお、図面の側に符号を付けておき、これを参照して説明すると、説明しやすくなります。

ii)かな漢字変換の処理を書きます
かな漢字変換処理については、フローチャートの順にしたがって、説明すると良いでしょう。したがって、図4のフローチャートのステップ順に説明します。どのステップを説明しているかを明瞭にするため、フローチャート中に、ステップを示す符号(S1、S2など)を付けておくと良いでしょう。また、各ステップの説明は、画面、データを参照しながら進めます。したがって、この場合、図7、図8の画面、図5、図6のデータを参照して説明をします。具体例は、添付した詳細発明届出書を参照して下さい。

(7)その他の実施形態を書く
上記のようにして1つの実施形態について説明がすめば、次に、変形例を記入します。ここでは、図9を参照して、漢字候補の他の表示例を説明します。

このような付加的な内容が、豊富に提示されれば、権利を取得できる可能性が高くなり、また、取得できた権利の実効性が高まります。したがって、このその他の実施形態の項目は重要です。



5.簡易発明届出書


以上では、詳細発明届出書について説明しました。簡易発明届出書は、「1.発明の名称」〜「5.従来の技術」まで、全く同じ記載内容です。「6.発明の詳細な説明」が、大きく簡素化されています。また、図面も、代表的な図面(添付の例では図5)だけを添付します。つまり、簡易発明届出書は、先の思考メモから、かなり容易に作成できる内容のものといえます。



6.最後に


発明届出書は、一度書くまでが大変だといわれています。一度書いた経験があれば、次からは、比較的容易に書ける場合が多いようです。

なお、知的財産担当者の立場からすれば、良くできた内容の発明届出書を数多く出してもらうことを希望されるでしょう。しかし、発明届出書の質をあまり高いレベルで求めることは、届出書が出されなくなるという、好ましくない結果を招くことになります。したがって、最初は、簡易発明届出書として、(1)発明の名称、(2)発明の分野、(3)発明の効果、(4)効果をもたらした工夫、(5)従来の手法、(6)発明の実施形態の概略および発明のポイントが分かる図(上記の図5)だけを提出してもらい、出願をすると決定したものについてのみ、不足図面等を追加してもらうという方法を採用してもよいでしょう。簡易発明届出書ならば、図面を含めてもA4用紙で2枚に収まるので、発案者の負担も少なくなるでしょう。

発案者の方も、最初から完全な発明届出書を作成するという意識よりも、不完全な部分は、打ち合わせ等において指摘してもらい、後で補充するという意識で作成する方が、時間的な無駄が生じないと思われます。
以上



付録


発明届出書(正式)サンプル

発明届出書(簡易)サンプル

この届出書に基づいてどのような明細書が作成されるのかは、参考明細書を参照のこと。



NOTES


この資料は、下記の著作権表示をしていただければ、複製して配布していただいて結構です(商業的用途を除く)。(C)2002 HIdeo FURIUTANI / furutani@furutani.co.jp


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furutani@furutani.co.jp

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