|
ネットワーク時代におけるWIPO新条約と著作権法の一部改正
New WIPO copyright treaty
Tadashi Matsushita, Patent Attorney
1.はじめに
1997年6月10日に著作権法の一部改正案が成立し、平成1998年1月1日から施行されることとなった。この改正は、ネットワーク時代における著作権の保護をより完全なものとすることを目的としたものである。ただ、今回の一部改正では、1996年12月に採択されたWIPO新条約の審議経過報告の提言に基づいて、早急に改正が必要なものに限られている。WIPO新条約を批准する為に必要な事項については、順次改正が予定されている。以下では、WIPO新条約の概要について簡単に述べた上、我国著作権法の改正内容について、報告する。
2.WIPO新条約の概要
1)WIPO新条約の背景
1996年12月のWIPO外交会議では、2つの条約が採択された。1つは、WIPO著作権条約であり、他の1つはWIPO実演・レコード条約である。前者はかつては、ベルヌ条約議定書と呼ばれており、外交会議では第1条約と呼ばれていた条約である。後者は、かつては新文書と呼ばれており、外交会議では第2条約と呼ばれていた。
なお、WIPO外交会議では、第3条約と呼ばれていたデータベースに関する条約案について審議される予定であったが、米国が反対したため、結局審議されなかった。
2)WIPO著作権条約にて、採択された権利
WIPO著作権条約では、頒布権(6条)(但し、2項にて消尽の自由あり)、商業的貸与権(7条)が規定されたが、ネットワーク時代における意義としては、伝達権(8条)が規定されたことである。「伝達権」とは、「有線または無線の方法によって著作物を公衆へ伝達する排他的権利」をいう。ここで、重要なことは、伝達するとは、公衆が著作物を利用可能な状態にすることも含むことである。これにより、送信の前段階のいわゆるアップロードすることについても、著作権の効力が及ぶこととなる。
3)WIPO実演・レコード条約にて採択された権利
WIPO実演・レコード条約では、実演家およびレコード製作者についても、著作権者と同様に、複製権(7条)、頒布権(8条)、商業的貸与権(9条)を規定している。そして、公衆へ伝達する権利(15条)については、報酬請求権としつつも、その前段階の行為である公衆が利用可能な状態とすることについては、排他的権利(10条、14条)として規定している。
すなわち、著作権者は、公衆が著作物を利用可能な状態にすることおよび伝達すること双方について排他権を有するが、実演家・レコード製作者は、公衆が著作物を利用可能な状態にすることは排他権を有するが、伝達することは報酬請求権しか有しないこととなる。したがって、実演家およびレコード製作者は、一旦、公衆によって著作物を利用可能な状態にすることについて許諾すると、後は、これをコントロールすることはできず、報酬金の請求しかできなくなる。
なお、この報酬請求権は、商業目的のために発行されたレコードに限定されている。したがって、「enhancedCD」(いわゆるCD−EXTRAなど)や、生実演から固定したひとつしかない音源などを用いて放送等を行った場合には、報酬請求権は発生しない。
このように、2つの条約で同じ「伝達権」という文言を採用しているが、両者でその内容が異なる点は注意が必要である。
その他、実演家に関しては、人格権(氏名表示、同一性保持)(5条)が規定されている。
4)条約草案から削除された条項(主要なもの)
以下の条項は、草案に盛り込まれていたが、外交会議において採択されず、結局削除された。
@「発行」の定義について
「公衆からアクセスできるようにアップロードされたときには、その国で発行されたものとする」という趣旨の条文については、審議不十分により、削除された。これは、現在のベルヌ条約における「発行=相当部数の頒布」という概念とアップロードという概念の調整がつかなかったためである。
A頒布権の国際的消尽について
今回の外交会議では、頒布権については、各国に消尽の自由を認めた形となった。すなわち、頒布権については国際的に消尽するとの統一見解は採用されなかった。ただ、輸入権(輸入に関する排他権)の導入に反対の国が多かったために、頒布権について各国に消尽の自由を認めたという経緯から考えると、頒布権の国際的消尽は国際的に統一はされなかったが、国際的に了解されたとも考えられる。
B「複製」の定義について
我が国以外の先進国では、コンピュータのメモリに一時的蓄積されることも複製に該当するとした上で、このような一時的蓄積については複製権を制限すべきであると解釈されている。したがって、一時的蓄積についても複製であることを明確にすべく、草案では複製の定義規定が設けられていた。しかし、結局、この様な除外をどの様に規定するかで決着がつかず、この規定は削除された。
C視聴覚的実演に関する実演家の権利
今回の外交会議では、結局、聴覚的実演に関する実演家の権利を認めたが、視聴覚的実演にまでは及ばなかった。
Dライアビリティ規定の拒否
「単に伝達のための手段を提供するだけであれば著作権侵害とはならないとの規定を設けよ」というネットワークプロバイダ等の関係企業の主張については、採択されなかった。
3.我国著作権法の改正内容
1)WIPO新条約との関係で改正されたもの
@「公衆送信」=「公衆によって直接受信されることを目的として無線通信または有線通信の送信をする」という送信概念の採用(2条1項7〜9号)
現状は、無線による公衆への送信を「放送」、有線による公衆への送信を「有線送信」、有線送信のうち公衆が同時受信するものを「有線放送」と区別している。しかし、前記新条約では、インターネット等のリクエストを受けて行う送信について有線と無線を区別していないこと、また、今後、有線と無線が混在した送信形態が増加することも考えられる。したがって、受け手側とは関係なく送り手側が一斉に無線送信するものを「放送」とし、これを有線通信設備で行なうものを「有線放送」とし、受け手側のリクエストがあれば自動送信するものを、「自動公衆送信」と区別する概念の整理を行った。
すなわち、「公衆送信」には以下の3つの形態を含む。
i) 放送(無線)
ii) 有線放送(有線)
iii)自動公衆送信(リクエストを受けて行なう送信(有線・無線を含む)
A著作権について、リクエストを受けて行う送信権に送信可能化権を含める(著作権法23条)。
現状は、送信権は送信を行なう権利であって、その前段階である送信可能状態にする行為についてはなんら効力は及ばない。しかし、WIPO新条約では、リクエストを受けて行う送信については、著作物を公衆が利用可能な状態にする行為についても著作権の効力範囲とされたため(WIPO著作権条約8条)、これに対応した改正を行なったものである。
これにより、既にネットワークに接続されたサーバに情報を記憶させることはもちろん、情報が既に記憶されたサーバーをネットワークに接続することも、送信可能状態としたということで、これを取り締まることができるようになる。情報を記憶するとは、例えば、サーバのホームページ用メモリーへの記憶や、サーバにCDドライブを接続すること、さらには、情報を記憶することなく、インターネット放送のため、カメラ・マイクからサーバーにデータ送信を続けることも含まれる。
B実演家について「送信可能化権」の創設(著作権法92条の2)
現状は、実演家も、著作隣接権を有しており、一定の場合には実演内容を送信することをコントロールできる。しかし、送信の前段階の送信可能にする行為をコントロールすることはできない。一方、 WIPO実演・レコード条約が、リクエストを受けて行う送信行為の前段階の「公衆に提示される状態に置く行為」についても、許諾について独占権を与える( WIPO実演・レコード条約10、14条)旨を採択したので、創設したものである。
Cレコード製作者について「送信可能化権」の創設(著作権法96条の2)
現状は、レコード製作者は複製権のみで送信権を有しない。新条約が、レコード製作者についても、実演家と同様にリクエストを受けて行う送信行為の前段階の「公衆に提示される状態に置く行為」について、許諾について独占権を与える旨を採択したので、創設したものである。
2)WIPO新条約とは無関係で改正されたもの
@プログラムについては、LANによる送信にも著作権の効力を及ぼす。
現状では、全ての著作物についてLAN等によって同一構内で送信することは、著作権の効力が及ばない(2条1項17号)。しかし、サーバからクライアントにプログラムを送信して実行するという形態が増加しており、かつこれらを放置するとプログラムについては保護が図れないので、プログラムについてだけ、このような取扱をおこなった。
これにより、従来使用許諾契約でしか拘束できなかったLANによるプログラムの使用を取り締まることができるようになった点でプログラムを提供するソフト会社にとっては意味がある改正であると思われる。
4.新条約との関係で対応が必要な事項ではあるが、さらなる検討が必要な事項
1)コピー・プロテクション解除装置への対処
WIPO著作権条約では、著作権違反となるような行為を補助するような装置について、適切な法的措置を採ることを、各国に義務付けている(11条)。しかし、どのようなものがこれに該当するか等について、さらなる検討が必要であるので、今回の改正項目からは除かれている。
2) 頒布権の創設
WIPO著作権条約では、頒布権が認められた(6条)。我が国では、映画の著作物のみ認められているが、他の著作物については消尽との関係をどう規定するか、特に、デジタルプロダクツのように、基本的に内容が劣化しない著作物について、中古品販売と絡んで、問題化する可能性がある。
3)実演家人格権
実演家人格権の声望を害する行為の判断基準をどうするのか、たとえば、風刺、物マネ等も含むのか、さらに表現の自由との関係をどのように処理するのかについて、検討されるものと思われる。
以上
NOTES
この論文は、97年12月に、日本ライセンス協会グループ研究会(関東)の「ネットワーク社会と知的財産権」に投稿したものです。この資料は、下記の著作権表示をしていただければ、複製して配布していただいて結構です(商業的用途を除く)。
(C)1997 Tadashi Matsushita / matsushita@furutani.co.jp
MAIL TO
matsushita@furutani.co.jp
発表論文・資料集の目次へ
トップページ(知的財産用語辞典)へ
|