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進歩性のある発明を見つける

 

(C)2017.2 弁理士 古谷栄男
動画コンテンツ「進歩性の考え方」はこちら



1.はじめに


 特許が取れるもの取れないものの境界線がハッキリしないことに、疑問をお持ちの方も多いかと思います。特許を取るためには新規性と進歩性が必要であるということは分かっていても、実際に判断するとなるとボンヤリとしていると感じるかもしれません。

 今までになかったものであるかどうか(新規性)は、比較的簡単に判断することができます。開発したものが、従来技術と同じどうかを判断すればいいからです。これに対して、従来技術に対して進歩しているかどうか(進歩性)の基準は曖昧で判断が難しくなっています。曖昧であるにも拘わらず、特許出願が特許されない理由のほとんどは「進歩性がない」です。

 自ら開発したシステムや製品のどこに進歩性があるのか、そもそも特許を取れそうな部分があるのか、すっきりしないまま、いままで過ごしてきた方もいるでしょう。これは、開発者・発明者だけの問題でなく、経験の浅い知財担当者の問題でもあります。

 そこで、この資料では、進歩性を判断する実際的な方法を解説してみようと思っています。個人的な方法であり、厳密性を欠くところがあるかも知れませんので、「そんな考え方もあるのか」という程度で軽く読んでみてください。



2.進歩性


 進歩性は、発明に対する法的な評価であるということが大切です。例え話になりますが、ここに水の入ったコップがあります。こぼれんばかりに水が入っていれば、誰でもが水がいっぱい入っているというでしょう。逆に、コップの底に貼り付くように水が付着している程度なら、水がほとんど入っていないというでしょう。

 では、半分だけ水が入っていればどうでしょうか。ある人は、もう半分しか水が入っていないというでしょうし。他の人は、まだ半分も水が入っているというかもしれません。事実は同じであっても、人によってその評価が変わってくる可能性があります。

 進歩性もこれと同じで、同じ発明であったとしても、評価の仕方によって、進歩性有りと見たり、進歩性無しと見たりすることが可能なのです。それならば、「進歩性がある」という評価をできるようになった方が、いいのではないかというのがこの資料を作成した理由です。

(1)進歩性の判断基準

 進歩性の判断は、概ね次のようにして行われます。まず、対象となる発明に近い従来技術を探します。この従来技術をベースに、その発明が容易に導き出せるようであれば進歩性無しということになります。逆に、従来技術から見たときに、発想の飛躍があるような発明であれば(極端にいうとサプライズがあれば)進歩性があるということになります。

−事例1
 例えば、パソコンの入力装置としてキーボードしかなかったと仮定します。従来技術として、キーボードがあったということです。このときに、マウスを発明したとすれば、進歩性有りということになるでしょう。キーボードしかない時に、マウスを考えた発明者は凄いですよね。発送の飛躍(サプライズ)があります。



−事例2
 では、次のような事例ではどうでしょうか。従来技術として、有線のキーボード、無線のキーボード、有線のマウスがあったとします。このときに、無線のマウスを発明したとします(ここでは、無線化の手法は考慮せず、単に無線化するというアイディアであると考えてください)。



 この発明は、進歩性がないでしょう。パソコンの入力装置であるキーボードを無線化するというアイディアが既にあるわけですから、パソコンの入力装置の一種であるマウスを無線化するというアイディアに、サプライズは無いわけです。

 事例1、事例2で示した例は極端でした。進歩性の有無が、わかりやすいものです。ここで、確認しておきたいことは、発明の進歩性は、どのような従来技術があるかによって相対的に決まるということです。

−事例3
 では、次のような発明はどうでしょうか。従来技術として、有線のキーボード、無線のキーボード、有線のマウスがあったとします。このときに、事例3に示すような発明をしたとします。
 


 この発明において、キーボードが有線にて本体に接続されています。マウスは、キーボードとの間で無線通信を行うようになっています。つまり、マウスの信号は、無線にてキーボードに伝達され、有線にてパソコン本体に伝達されます。通常の使用状態であれば、マウスとパソコン本体の距離よりも、マウスとキーボードの距離の方が近いですから、パソコン本体との間で無線化するよりも、通信が安定するというメリットがあります。

 本体との間で無線化することも、キーボードとの間で無線化することも、大差ないではないかという評価もありそうです。この立場に立てば、進歩性はないということになりそうです。

 一方、次のように評価することも可能です。無線化するのであれば、通常は、本体との間をそのようにするのであるから、キーボードとの間で無線化を行うという点は普通ではないだろう。サプライズとまではいえないが、普通ではないこと(変わったこと)をしている。しかも、キーボードとの間で無線化を行うという変わったことをした結果、無線通信の安定化というメリットがもたらされている。このようにして、進歩性があると評価することも可能なわけです。

 事例3の例は、進歩性有無のボーダーラインにあるといえるでしょう。ここで大切なのは、進歩性ありと評価するための指標です。2つの要素がそろって、初めて進歩性有りということができるでしょう。1つは普通ではないことをしているか、2つはそのことに起因して何らかのメリットが生じているかということです(裁判例でいうところの、構成の困難性、発明の効果に対応しています)。

 進歩性の説明では、進歩性がない場合を列挙することが多いようです。特許法でも、進歩性がないと特許しないと規定していますので、このように説明することが正確であると思います。しかし、発明者の立場からすると、単なる組み合わせだからだめ、単なる置き換えだからだめ、単なる組み合わせだからだめ等という指摘は、ネガティブでおもしろくないかもしれません。上記2つの要素を探し出すことができれば進歩性がある、と考えれば、特許を取得できそうな部分を見つけ出すのも楽しくなります。



(2)事例による進歩性の検討

 上記の2つの要素に基づく進歩性判断について、実際の場面(発明者であれば特許を取れそうな内容を探し出す時、特許担当者であれば発明者から相談を受けた時)で、どのように考えるのかを、具体例を挙げながら検討してみます。

−事例4
 レントゲン写真をディスプレイで表示するシステムがあります。これが従来技術1です。



 もう一つ従来技術があります。パワーポイント(商標)にてプレゼンテーションをしている途中で、マウスを操作し、画面上に注目してほしい領域を囲うことができる機能があります。これが従来技術2です。下の図では、「注意」という文字を丸で囲うことで、聴衆に注目してもらっている様を示しています。



 発明は、レントゲン写真を表示するシステムにおいて、マウスを操作し、注目してほしい領域を囲う機能を設けたものです。お医者さんが患者さんに、説明をするときに便利なものです。この発明は、進歩性があるといえるでしょうか?



 この発明について進歩性があるということは難しいでしょう。パワーポイントにおいて実現されていたことを、レントゲン写真のディスプレイに適用したに過ぎず、特段変わったこと(普通ではないこと)をしたとはいい難いからです。一般論として、ある分野においてなされていたこと(プレゼンテーションソフトにおいて注目して欲しい流域を線で囲う)を、他の分野(レントゲンのディスプレイ表示)にもって来ることは「普通でしょう」(つまり進歩性がない)とされることが多いようです。

−事例5
 では、上記の従来技術1、従来技術2があるという前提は同じで、次のような発明をしたとしたらどうでしょうか。レントゲン写真を表示するシステムにおいて、マウスによって関心領域を囲んで指定すると、当該領域を他の部分より明るくする(輝度差を付ける)ことだけによって、注目したい領域を示すというものです。



 この発明の進歩性はどうでしょうか。進歩性があるというためには、普通ではないこと、そのことに起因してメリットが生じていることの2つの要素が必要でした。この発明のどこが普通ではないといえるのでしょうか。考えてみて下さいますか。

 次のように考えるとどうでしょうか。この発明では、領域を囲うために線を表示せず輝度差だけを用いています。普通なら、領域を囲うためには線を表示します。しかし、この発明では、線を引かずして、領域を囲っています。そして、線を用いずに領域を囲うからこそ、線によってレントゲン画像を隠すことがないというメリットが生じています。したがって、進歩性があるという主張が可能でしょう。

 ちなみに、本件発明は、平成2年審判第14255(特公平4−3969号)にて、特許査定がなされています。拒絶理由に対する反論として、実務上、直接的に「普通ではないこと」「それによるメリット」を述べるわけではありませんが、どこのポイントで反論すべきか、どこが特許になりそうかという事項を見つけ出す時の手がかりとして使えるでしょう。

−事例6
 では、次のような事例はどうでしょうか。まず、従来技術1について説明します。従来技術1は、飛行機などのチケットを購入したいユーザと、販売する業者との仲介を行うためのシステムです(逆オークションの仲介システムです)。図において、@飛行機などのチケットを購入したいユーザは、自分のPC(申込人PC)から逆オークションサーバにアクセスします。そして、希望便、希望金額などを入力してサーバに送信します。Aこれを受けたサーバは、チケットを扱う各業者のPCに、希望便、希望金額を提示して、見積金額(販売可能金額)を問い合わせます。B各業者は、業者PCから希望金額と同じかもしくは安い見積金額をサーバに返信します。なお、希望金額以下の見積金額を提示できない場合は、NGを返信します。Cサーバは、各業者からの見積金額のうち最も安いものを選択し、申込人PCに送信します。ユーザは、見積もり金額を確認して、サーバに対してチケットの発注を行います。このようにして、ユーザは、最も安いチケットを入手することができます。
この従来技術1の問題点は、せっかくサーバから見積金額を提示したにも拘わらず、ユーザがチケットを購入しない(つまり「ひやかし」)という事態が生じるという点にあります。このような「ひやかし」のユーザのためにサーバの処理負担が大きくなり、本当に購入したいユーザに対する処理速度が低下してしまうという結果を招くことになります。



 次に、従来技術2です。従来技術2は、クレジットカードの番号を入力してウエブ上で商品を購入するというものです。

 発明したシステムは、次のようなものです。この発明では、下図にあるように、@ユーザが申し込みを行う際に、希望金額だけでなく、クレジットカードの番号を入力させるようにしています。A各業者からの見積金額を受けたサーバは、最も安いものを選択する。最も安い金額が、ユーザが当初提示した金額よりも安い場合には、予めユーザから受け取っていたクレジットカードの番号を用いて、業者との間でチケット購入の決済を行います。D申込人PCに対しては、購入したことを連絡します。このシステムによれば、本当にチケットを購入したいと考えるユーザだけがこのシステムを使うことになり、システムの負荷を軽減できることになります。



 この発明について進歩性がないと評価する側からは、従来技術1と従来技術2を組み合わせれば自ずと出てくる発明であるから進歩性がないとの見解が示されることになるでしょう(特許庁の審査官がこのような趣旨の拒絶理由を通知する可能性があります)。本当にそうでしょうか。前述の2つの要素に基づく進歩性の主張はできないのでしょうか。

 次のように考えればどうでしょうか。クレジットカードの番号を使って商品を購入することは従来技術としてあります。普通は、商品の購入金額が分かってからクレジットカードの番号を示して、決済をします。しかし、この発明では、最終金額が決まらないうちにクレジットカードの番号を入力して決裁権を与えています。この点が、普通ではないということができるでしょう。さらに、このようにクレジットカードの番号を先に入力させることにより、ひやかしを防止できるというメリットを得ています。したがって、進歩性があるという主張が可能かと思われます。  なお、従来技術1と従来技術2を組み合わせれば、本発明が導き出せるという見解については、以下のように反論可能でしょう。従来技術1と従来技術2を素直に組み合わせれば、下図のようなシステムになるはずです。


 つまり、サーバから金額が提示されてから、クレジットカードの番号を入力してチケットを購入するというシステムになるでしょう。これでは、ひやかしが防止できません。このことからも、今回の発明が単に従来技術1と従来技術2を組み合わせて得られるものでないことが分かります。


(3)まとめ

 発明者の方であれば自分で考えるのも良し、他の発明者に相談するのも良し、いずれにしても、進歩性のある部分を見いだすぐらいのつもりで取り組んでみるとよいかと思います。特許担当者であれば、単に進歩性がないというダメ出しをするのではなく(そのつもりがなくても、発明者の方がそのように受け取ってしまって、残念に思われたこともあるでしょう)、発明者と一緒に進歩性を見つけ出す努力をすることで、発明者の方のモチベーションを下げることなく、しかも、進歩性の有無について理解をしてもらうことができると思います。

 「普通ではないこと」「それによるメリット」の2つの要素を見つけ出すことで、特許が取れそうな発明をざっくりと見つけ出して下さい。出願の時だけでなく、拒絶理由通知を受け取った時にも使っていただけます。かなり雑に感じられた方もおられるでしょうが、発明内容を抽出したり、方向性を見いだす必要がある時に有効かと思っております。この手法が、発明者の心にともった発明という灯を、大きな輝きにする手助けとなれば嬉しいですね。



 この資料は、出典を明らかにして、複製して配布いただいても結構です(商業用途を除く)。改変や変更、翻訳などはご容赦下さい。(C)2017.2 弁理士 古谷栄男

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