ソフトウエアと特許

(C)1997.12 弁理士 古谷栄男
弁護士 松村信夫氏編集"La Place(ラプラス)"の98年1月号に掲載したものを転載しました。

1.はじめに

 ご承知のように、特許庁は、1997年4月1日、ソフトウエア関連発明についての審査基準を改正し、記録媒体形式による特許を認めてソフトウエアに対する保護を強化した。その内容については、弁理士会ソフトウエア委員会等により解説が行われている*1。本稿では、審査基準改正によるソフトウエア保護の限界と問題点について、検討してみたい。

2.審査基準改正の背景と保護強化の内容

 特許法では、発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると定義している(特許法2条1項)。今回の改訂審査運用指針以前においては、「プログラムを記録した記録媒体」は、一律に単なる情報の提示にすぎないとして、発明に該当しないと取り扱われてきた。

 したがって、従前は、ソフトウエア関連発明について、コンピュータと一体となった装置または方法として権利を取得していた。このため、パッケージソフトウエアのように、プログラムを記録したCD−ROM等の記録媒体として販売する行為に対しては、直接侵害としてではなく間接侵害*2としてその追求しなければならなかった。しかし、CD−ROMに他のソフトウエアも併せて記録されていた場合には、もはや特許法101条にいう「生産にのみ」や「使用にのみ」には該当せず、間接侵害は成立しないという主張も予想され、保護が十分であるとはいえなかったのである*3

 改正によって、プログラムを記録した記録媒体が保護対象となり、パッケージソフトウエア等の侵害品について、直接侵害として追求が可能となった*4。また、今回の改正では、プログラムを記録した記録媒体だけでなく、データを記録した記録媒体についても保護対象としている。つまり、データ構造についても、記録媒体に記録された形態において保護を認めたものである。

3.問題点

 上述のように、記録媒体を保護対象とすることにより保護強化が図られたが、以下のように、多くの問題点も残されている。

(1)ネットワークを介して配信されるプログラムについての問題

 記録媒体として権利を取得していても、ネットワークを介して配信されるソフトウエアについては、侵害追求上の問題が残る。つまり、サーバーコンピュータからユーザーに対してダウンロードによってソフトウエアを販売する行為は、記録媒体そのものを取り引きしないため侵害追求が困難である。サーバーコンピュータにソフトウエアをアップロードする行為が、記録媒体の生産にあたり、この行為を差し止めることは可能である。しかし、サーバーコンピュータが国外におかれている場合には、生産行為が外国で行われており、日本の特許権による追求はできない。

 ユーザーにおけるダウンロード行為も記録媒体の生産にあたるが、個々のユーザーを追求するのは、その数の上から困難が伴う。さらに、ユーザーが個人的、家庭的使用の場合には、追求不可能である。

(2)オペレーティングシステムとアプリケーションプログラムとの関係における問題点

 特許請求の範囲に記載された全ての機能を実現するプログラムが記録媒体に記録されていれば、当該機録媒体を生産・譲渡することは侵害である。ここで、機能の一部のみを実現するプログラムが記録された記録媒体の生産・販売はどうであろうか。機能の一部をオペレーティングシステム(たとえば、マイクロソフト社のウインドウズ)によって実現している場合には、アプリケーションプログラムを記録した記録媒体の生産・販売を侵害であるとして追求できるか、という問題である。この場合には、間接侵害の適用を考えなければならないという問題が生じる。

(3)特許用尽の考え方における問題

 特許権者から特許製品を購入した者が、これを転売しても、特許権侵害にはあたらない。その理論的根拠として、当該特許製品については、特許権が用い尽くされたとする見解が多数である(用尽説)。プログラムを記録した記録媒体の特許権においては、この用尽説によっても、解決できない行為が生じる。

 パッケージソフトウエアを購入したユーザーは、CD−ROMに記録されたプログラムを、一旦、ハードディスクにインストールした後、使用する。つまり、ユーザーは、特許製品である記録媒体の生産を行っていることになる。用尽説では、この行為を侵害でないとする根拠にできない。特許権者から黙示の実施許諾が与えられたと考えるべきであろうか*5

(4)プログラムそのものの保護という問題

 プログラムを記録した記録媒体が保護されることとなったが、依然として、プログラムそのものを保護対象として請求することはできない。これは、特許法が、侵害行為を明確にするため、「物」または「方法」の形式にて、発明を保護するようにしたためである。つまり、プログラムそのものは「物」「方法」の何れにも該当しないため、プログラムを記録した記録媒体という「物」としての保護を図ったのである。現行特許法の枠内では、このような取り扱いが限界であろうと思われる。しかし、プログラムそのものが保護対象となっていないことから、上記(2)のような問題も生じている。将来的には、「物」「方法」とは別の「プログラム」あるいは「情報」のようなカテゴリーを規定し、その実施行為を定義する立法的措置が必要となることも考えられる。

(5)審査運用面での問題点

 ソフトウエアに対する保護が強化されたが、これに見合うだけの厳正な審査が行われなければならない。特に、文献化されにくい傾向にあったソフトウエアにおける先行技術を、審査において正確に把握できなければ、傷のある権利が生み出されることとなり、特許制度の信頼を損ないかねない。特許庁では、CSDB(コンピュータ・ソフトウエア・データベース)を構築して、先行技術の蓄積を強化している。米国特許庁やヨーロッパ特許庁との連携を図りつつ、先行技術データベースの構築を急がねばならない。

 また、資料の提供など、特許制度の利用者である出願人の協力がなければ、このデータベース構築は困難であると思われる。さらに、出願が将来公開されることによって先行技術文献となることに鑑みて、出願行為そのものが、先行技術文献の蓄積にもつながるという点を、ソフトウエア業界の企業は考慮しておくべきであろう。
以上

*1平成8年度弁理士会ソフトウエア委員会「こう変わる!ソフトウエア特許の審査」パテント誌、97年1月号など。なお、特許庁ホームページhttp://www.jpo-miti.go.jp/guide/sisin.htmにおいて、全文を入手できる。本文へ戻る

*2物の発明にあっては、その物の生産にのみ用いる物を生産・譲渡等する行為が間接侵害に該当する(特許法101条1号)。方法の発明にあっては、その方法の使用にのみ用いる物を生産・譲渡等する行為が間接侵害に該当する(特許法101条2号)。本文へ戻る

*3この点について言及した判決例は、ないようである。本文へ戻る

*4改正審査運用指針では、1997年4月1日以降の出願について、プログラムを記録した記録媒体を「発明」として取り扱うとしている。しかし、特許法2条の「発明」の定義が変更されたわけでなく、行政庁におけるその解釈が変更されただけである点に注意すべきである。また、4月1日をもって解釈を変更すべき合理的な理由が示されているとは言い難い。したがって、1997年3月31日以前の出願についても、プログラム記録媒体を「発明」として取り扱うことを求める不服申し立てが提起される可能性もある。本文へ戻る

*5ただし、自己の所有するコンピュータ一台に限り、特許に係る記録媒体を生産してもよいという内容の許諾と考える。本文へ戻る


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