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特許権侵害警告−知的財産権の基礎講座
(C)1991.12-2010.1 弁理士 古谷栄男・松下正・眞島宏明

1.4警告状がきたら


 特許調査をしっかりとしていれば、うっかり他人の権利を侵害してしまうことは少ないと思われます。しかし、それでも警告状が来る場合もあります。ここでは、警告状に対する対処方法を説明します。

 警告に対する対応は、弁護士、弁理士に相談して行うべきです。しかし、開発担当者もその基本的な考え方を知っておくことにより、特許事件がどのように処理されているのかを知ることができ、特許部、外部の専門家との打ち合せがスムースに行えます。また、この節で学ぶことは、侵害警告に対する対応だけでなく、特許を取得する場合にも役に立ちます。

(1)本当に侵害かどうかの判断
 まず、本当に自社製品が相手方の特許権を侵害しているかどうかの判断をする必要があります。その手順として、i)権利者の確認、ii)権利の有効性の確認、iii)権利内容の確認をした後、iv)自社の製品が相手方の権利に入るかどうかを判断します。

@権利者は誰か
 まず、特許庁の特許原簿を閲覧して、特許権者が誰であるのかを確認します。特許権者(もしくは専用実施権者)以外の者が警告を行ってくることは考えられませんが、念の為、原簿にて確認しておきます。相手方からの警告状には、必ず特許番号が書かれていますので、この番号に基づいて特許原簿を閲覧し、コピーします。

A権利は有効か
特許権は、特許の登録により発生し、出願の日から20年で満了します。なお、実用新案権は、登録により発生し、出願の日から6年で満了します。出願の日は、特許原簿に記載されています。


 存続期間が満了していれば、現在特許は存在しませんので、差止請求を受けるおそれはありません。ただし、存続期間内の(つまり過去の)侵害について損害賠償を請求されるおそれはあります。いずれにしても、相手方の権利が存続期間満了になっていないかどうかを確認しておく必要があります。

 さらに、特許権を維持するためには、毎年、特許料を支払う必要があります。これを支払っていませんと、特許権は消滅します。したがって、特許料の不払によって、権利が消滅していないかどうかも確認しておく必要があります。特許料の支払も、特許原簿に記載されています。

B権利の内容は
 特許原簿には、特許権の内容が記載されていません。内容を知るためには、特許掲載公報(95年12月以前のものについては公告公報)を見る必要があります。特許公報の番号は、特許原簿に記載されていますので、これをもとに、特許庁、弁理士会、発明協会等で閲覧、コピーをします。

C自社の製品が相手方の権利に入るか
 侵害であるかどうかを判断するためには、まず相手方の特許権の範囲を把握する必要があります。この特許権の範囲を決定するのが、特許公報の記載のうち「特許請求の範囲」の欄です。

 ここでは、特許請求の範囲が次のような記載であったとして、説明を進めます。特許公報の他の記載部分(明細書全体)については、明細書の例を参照して下さい。

 権利範囲を判断するに当たって最も重要なのは、特許請求の範囲です。ただし、実際には、特許請求の範囲に基づいて、発明の詳細な説明、出願経過、従来技術文献等を参酌して、権利範囲が解釈されます。以下では、基本的事項を理解していただくために、特許請求の範囲にのみ基づいて、権利解釈を行っています。

【請求項3】
(a)第1の文字列に対応する第2の文字列を記憶した辞書を格納した記憶装置と、入力装置と、表示装置とを有するコンピュータに、第1の文字列を第2の文字列に変換する変換処理を行わせるためのプログラムを記録した記録媒体において:
(b)第2の文字列ごとに、変換して使用された頻度を記憶装置に記憶し、
(c)入力装置から入力された第1の文字列に対応する1以上の第2の文字列を辞書から取得して1以上の変換候補とし、
(d)当該1以上の変換候補を、記憶装置に記憶された頻度順に表示装置に表示し、
(e)選択命令に従って、1以上の変換候補の中から選択された第2の文字列を、使用文字列として出力し、
(f)使用文字列として出力するごとに、当該第2の文字列の前記頻度を更新する変換処理をコンピュータに行わせるためのプログラムを記録した記録媒体。

 この発明は、日本語ワープロのかな漢字変換に関するものであり、漢字の使用頻度を記憶しておき、使用頻度順に候補漢字を表示するようにしたことを特徴としています。例えば、「あい」という読みの漢字は、「愛」、「哀」、「藍」などがあります。今までのワープロは、かな文字で「あい」と入力して変換キーを押すと、まず「愛」が候補漢字として表示され、次に変換キーを押すと「哀」が候補漢字として表示され、さらに変換キーを押すと「藍」が候補漢字として表示されます。たとえ、「藍」という漢字を最もよく使用している場合であっても、この順序は変りませんでした。そこで、各漢字ごとに使用回数(頻度)を記憶しておき、使用頻度の大きい漢字から順に表示しようとするのが、この発明です。今やあたりまえの技術ですが、説明を簡単にするため、このような内容で特許が成立しているものとして説明を進めます。

 上記のような前提で、自社の製品が相手方の特許権を侵害しているかどうかの判断を行ってみます。自社の製品が、上記の特許請求の範囲に記載された(a)〜(f)の要素(構成要件といいます)を全て備えている場合に、特許権侵害となります。

 例えば、自社の製品は、辞書に使用頻度を記憶せず、使用頻度の大きい順に候補漢字を表示していなかったとします。この場合には、自社の製品は、(a)(c)(e)の構成要件を備えていますが、(b)(d)(f)の構成要件を備えていません。したがって、自社の製品を製造販売しても、相手方の特許権を侵害したことにはなりません。

 では、自社の製品が、相手方の特許よりも進んだ学習機能を使用していたらどうでしょうか。例えば、(g)使用頻度だけでなく、前後の文脈からの意味判断も加味して候補漢字の表示順序を選択するようにしている場合はどうでしょうか。この場合、自社の製品は(a)〜(e)の構成要件だけでなく、(g)という構成要件も備えていることになります。とはいえ、自社の製品は(a)〜(f)の構成要件を備えていないとはいえません。したがって、相手方の特許権を侵害することになります。

 では、前後の文脈からの意味判断のみに基づいて表示順序を選択し、使用頻度を全く考慮に入れない方法を用いている場合にはどうでしょうか。この場合には、自社の製品は、(a)(c)(e)の構成要件を備えていますが、(b)(d)(f)の構成要件を備えていません。つまり、構成要素(a)〜(f)を全て備えているとはいえず、侵害とはなりません。

 特許公報の読み方については、動画コンテンツ「特許公報の読み方」を参照下さい。

D例外的に侵害とならない場合もある
 上記の判断によって、侵害にあたったとしても、例外的に侵害とならない場合があります。例えば、相手方の特許出願よりも先に、自社がその発明の「かな漢字変換のプログラム」を社内で使用していたような場合です。この場合には、相手方の特許出願より先に発明を実施していたとして先使用権が認められ、特許権の侵害とはなりません。但し、相手方の特許出願よりも先に、その「かな漢字変換のプログラム」を使用していたことを立証しなければなりません。

(2)侵害していないと思われる場合には
 侵害でないと思われる場合には、弁護士、弁理士を通じて、その旨を明らかにした回答書を出します。また、場合によっては、応訴の準備や提訴の準備をします。例えば、裁判において、先使用権を主張するのであれば、相手方の特許出願より先に発明を実施していたことを立証しなければなりません。したがって、あらかじめ、立証のための資料(開発日誌、製品カタログ等)を整えておくとよいでしょう(応訴の準備)。

(3)侵害であると思われる場合には
 製品の製造販売を中止します。これは、侵害行為を続けるほど、それに伴って損害賠償額が大きくなるからです。また、警告を受け取った後も侵害行為を継続すれば、「故意」に侵害したものと判断され、損害賠償額の点で不利になる可能性もあります。

 また、過去の侵害行為については、精算をする必要があります。つまり、過去の実施分について、損害賠償をする必要があるでしょう。警告後、直ちに侵害行為を中止して誠意を見せれば、特許権者は過去の侵害について問わない場合もあります。

 いずれにしても、回答書を出しておくべきでしょう。

(4)製造販売を続けるためには
 侵害に当るけれども、製品の製造販売を中止したくないと考える場合が多いと思います。特に、ユーザーの評判が良い製品であればなおさらです。ここでは、このような場合に、どのようにすれば製造販売を続けることができるのかを説明します。

@設計変更をする
 上記のかな漢字変換の場合でいえば、自社の製品を変更して、(a)〜(f)の何れかの構成要件に該当しないようにすればよいのです。例えば、使用頻度の順で候補漢字を表示するのを止めて、前後の文脈のみによって候補漢字の表示順序を変えるようにすれば、(b)(d)(f)の構成要件を備えないことになって、侵害を回避できます。また、使用頻度を記憶するのではなく、直前に使用された漢字を優先して漢字候補を表示するようにすれば、(b)(f)の構成要件を備えないことになって、侵害を回避できます。

Aライセンスを受ける
 設計変更が不可能な場合や、設計変更に多くの費用を必要とする場合には、特許権者からライセンスを受けるという方法もあります。この際に自社が相手方の特許を侵害しているというだけでなく、相手方も自社の特許を侵害している場合には、互いに実施許諾を行うという方法もあります(クロスライセンス)。また、相手方が自社の特許を侵害していなくとも、自社の特許のうち相手方が興味を示しそうなものを提示してクロスライセンスに持ち込むことも可能です。この点からも、日ごろから積極的に特許権を取得しておくことが必要でしょう。

B特許権を譲り受ける
 相手方から特許権を譲り受けることも考えられます。ただし、相手方がその特許権を実施している場合には、まず不可能でしょう。

C相手方の権利を消滅させる
相手方の特許出願前に、同じような内容がすでに文献に掲載されている場合には、これをもって特許の無効を申立てることができます(特許無効審判)。


 


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複製して配布していただいて結構です(商業的用途を除く)。
(c)1991-1997 Hideo FURUTANI / http://www.furutani.co.jp

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1.特許制度を利用する
| 2.特許調査をする

3.特許出願をする | 4.警告状がきたら | 5.ソフトウエアと特許

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