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ソフトウエア特許とプログラム著作権−知的財産の基礎講座
(C)1991.12-2010.1 弁理士 古谷栄男

1.5ソフトウエアの特許について


(1)特許権か著作権か
 ソフトウエアは、著作権による保護とともに特許権によっても保護されています。著作権はプログラムの表現を保護し、特許権はプログラムのアルゴリズムを保護するといわれています。

 では、著作権によって保護されるプログラムの「表現」とは、何でしょうか?プログラムは、プログラムリストという形でプリントアウトもしくは表示できます。著作権法は、これを「表現」としてとらえ、プログラムを著作権によって保護しているのです。換言すると、著作権によって保護されるのは、プログラムそのものであるといえます。

 これに対し、特許権によって保護されるのは、プログラムの背後にある技術的「アイディア」です。たとえば、「アイコンの上にマウスカーソルが来たら、そのアイコンの機能を吹き出しのようにして表示する」というアイディアを、最初に考えたのであれば、このアイディアにつき特許を取得することができます。

 このアイディアに基づいて、具体的なプログラムは、いくらでも存在し得ます。つまり、プログラムを作成する人によって、たとえ同じ言語であっても、個々のプログラムの記述が異なってきます(下図参照)。著作権は、これら個々の具体的なプログラムについての権利なのです。


 たとえば、Aさんが、上記アイディアに基づいてプログラム1を作成したとします。その後、Bさんが、同じアイディアを実現するプログラム2を作成したとします。この場合、Aさんは、プログラム1について著作権を有しますが、プログラム2についての権利は主張できません。つまり、プログラム1の無断複製については禁止できますが、プログラム2の複製については何も主張できません。

 一方、アイディアについて特許権を有していれば、このアイディアを使っている限り、どのようなプログラムについても権利を主張できます。つまり、プログラム1、2の複製、使用を禁止できます。

 このように説明しますと、ソフトウエアの保護は特許権だけで十分であり、著作権は不要ではないのか、という疑問を持つ方がおられます。しかし、全てのプログラムのアイディアが特許になるわけではないことに注意して下さい。著作権は、ほぼ全てのプログラムについて発生しますが、特許権は強力な権利であるが故に一定の要件を満たすものについてのみ権利が付与されます。したがって、特許権だけで全てのプログラムを保護するのは、困難であるわけです。

 また、プログラムにおいて一番問題となりますデッドコピーによる模倣を考えますと、著作権による保護が適しているといえます。つまり、デッドコピーの場合には、複製された側と複製した側のプログラムの同一性を中心として比較的容易に立証できますので、救済が迅速であるというメリットがあります。特許の場合には、相手方のプログラムが特許の対象となっているアイディアを使用しているかどうかの検討が必要であって、必ずしも迅速な救済を受けられるとは言えないでしょう。

 ただし、著作権は、プログラムそのものを保護するものであり、アイディアまで保護しませんので、この点に大きな限界があるでしょう。つまり、技術的に斬新なアイディアであれば、特許を取得しておくべきであるといえます。

(2)どのようなソフトウエアが特許の対象となるのか?
 それでは、どのようなソフトウェアが特許の対象となるのでしょうか。おおむね次のように考えればよいでしょう。詳しくは、特許庁のホームページに掲載されている、審査基準を参照して下さい。

@発明とは
 特許法では、「発明」を特許として保護するとしています。したがって、「発明」に該当すれば、保護対象となるわけです。では、「発明」とは何でしょうか。特許法では、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう、としています(特許法2条1項)。

A発明でないもの
 よって、自然法則を利用していないような思想(アイディア)は、いくら優れていても「発明」には該当せず、特許の対象となりません。たとえば、画期的な株式の運用方法を考えたとしても、これは特許の対象になりません。人為的取り決め、あるいは経済法則をベースとしたアイディアであり、自然法則を利用したアイディアとはいえないからです。

B発明に該当するもの
 一方、エンジンの燃焼効率を最大にするため、燃料供給量に対して空気の供給量を適正に制御することを考えつけば、「発明」として特許の対象になり得ます。これは、自然法則を利用した技術であるといえるからです。したがって、「エンジンに対する空気供給量の制御方法」「エンジンに対する空気供給量の制御装置」として特許取得可能です。


C発明に該当するものをソフトウエアで実現したら
 さらに、上記の制御をマイコン等のソフトウエアによって実現するのなら、上記の制御方法、制御装置に加えて、「空気供給量制御プログラム」として特許取得可能です。このようにして権利を取得することにより、当該プログラムの製造や販売行為を特許権侵害として追求可能です。


D発明に該当しないものをコンピュータを用いてソフトウエアで実現したら
 株式の運用方法は発明に該当しない、と先に説明しました。では、株式の運用方法を、コンピュータによって実現したらどうでしょうか。単に、コンピュータを用いたというだけで、発明でないものが発明になるのでしょうか。

 審査基準では、”ソフトウエアがコンピュータに読み込まれることにより、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって、使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築され”ていれば、「発明」に該当するとしています。つまり、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法は「自然法則を利用した技術的思想の創作」にあたるとしています。「コンピュータによる株式の運用方法」「株式の運用装置」「株式運用プログラム」として特許取得可能です。


Eデータの構造は特許の対象となるか
 上の説明によって、たとえば、新しいデータ圧縮アルゴリズムを考えた場合、「データ圧縮装置」「データ圧縮方法」「データ圧縮プログラム」として特許取得可能であることは理解いただけたと思います。さらに、圧縮後のデータ構造が、圧縮処理に対応して特殊な構造となっている場合、このデータ構造についても特許を取得することができます。つまり、「・・・・の構造を有するデータ」として特許取得可能です。

F具体例
 たとえば、次のようなソフトウエア技術のアイディアを最初に考え出したのであれば、いずれも特許出願をして特許を取得できる可能性があります。

(例1)アイコンの上にマウスカーソルを置くと、吹き出しにて、そのアイコンの機能を説明するアイディアを考えた。

(例2)かな漢字変換において、各漢字ごとに使用頻度を記憶しておき、使用頻度の高い順に、漢字候補を表示する機能を考えた(学習機能)。

(例3)遊園地における、該当日の過去数年間の平均入場者数を基礎として、これを天気予報に基づいて補正し、明日の遊園地入場者を予想するソフトウエアを考えた。

(例4)特別な用途に適する新たなコンパイラの概念を考えた。

(例5)検索を高速に行うことの可能なデータ構造を考えた。

(3)まとめ
 特許権は強力な権利ですから、新しいアイディアがある場合には、特許出願をして、特許権を取得しておくことが好ましいでしょう。その後、このアイディアに基づいてプログラムを完成した場合には、そのプログラムについての著作権も有することとなります。つまり、特許権と著作権の双方を有することとなります。

 この場合に、模倣ソフトウエアが現れたら、どちらの権利を用いるべきでしょうか? 模倣ソフトウエアがデッドコピーである場合には、先に説明したように著作権を主張するほうが迅速な救済を得られるでしょう。また、模倣ソフトウエアがデッドコピーではなくアイディアを盗用している場合には、著作権を主張することは無理ですから、特許による保護を主張すべきです。

 なお、アイディアについて特許を取得できない場合や、取得していなかった場合には著作権のみしか主張できません。つまり、アイディアを盗用された場合には、特許でなければ保護を受けることはできません。

 参考のため、ソフトウエアに関する発明の特許明細書(特許出願書類)の一例を掲載しておきます。興味のある方は参照して下さい。

 ソフトウエア特許についてはソフトウエア特許の基礎を参照して下さい。

 ビジネスモデル特許についてはビジネスモデル特許を参照して下さい。

 AI特許についてはAI特許の取得と活用を参照して下さい。

(本章は、弁理士 古谷榮男が執筆しました)

(参考文献)
◇古谷榮男・松下正・眞島宏明「知って得するソフトウエア特許著作権(第六版)」アスキーメディアワークス
 ソフトウエアに関する知的財産権・ビジネスモデル特許などを、易しく解説している。

 


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